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2008-11-03

麻生内閣や小沢民主のより、はるかに強力に日本経済を立て直すと思われる政策を、中学生でも分かるように解説してみる  麻生内閣や小沢民主のより、はるかに強力に日本経済を立て直すと思われる政策を、中学生でも分かるように解説してみるを含むブックマーク  麻生内閣や小沢民主のより、はるかに強力に日本経済を立て直すと思われる政策を、中学生でも分かるように解説してみるのブックマークコメント


この記事は、次の4つの章に分かれています。


(1)今回の金融恐慌への経済対策案

(2)今回の金融恐慌の後に来る可能性のある長期デフレ不況(10年以上続くかも)への経済対策案

(3) (1)への予想される反論への反論

(4)麻生内閣の経済対策の問題点


これらを、経済の専門用語を極力使わずに、中学生でも分かるように書いてみました。

(理解に差し支えない範囲では使ってますが)



(1)今回の金融恐慌への経済対策案


国家予算をほとんど使わずに、すなわち、

国の借金をまったく増やさず、

将来の増税の心配もなしに、

埋蔵金にも手を付けず、

円高を解消し、株価を下支え

できる可能性のある政策があります。


この政策により、日本の景気は強力に下支えされる可能性があります。

再来しようとしている就職氷河期も、「氷河期」というほど酷いものではなくなるかもしれません。


それは、

「日銀がお札を印刷しまくって、それで国債を買いまくる。」

という政策です。



日銀が印刷したお札で国債を買いまくると、何が起きるのでしょうか?

銀行、郵貯、生命保険会社、個人などが持っている国債を、100兆円でも200兆円でも、日銀が怒濤のように買いまくったとします。(ただし、GDPデフレータで2%のインフレ率とか、あらかじめ決めておいた目標に達するまで)

そうすると、それらの金融機関や個人の保有する国債が、現金に置き換わっていきます。

市場には、現金を大量保有する法人・個人がどんどん増えてきます。


日銀は、そんな何百兆円ものお金をどうやって調達するのかって?

その心配はご無用。

日銀が供給できるお金は無限大です。

印刷するだけで何千兆円でも簡単に作り出せます。

日銀にとってはお札などただの紙だからです。


そうやって、日本中の金融機関の保有する国債がどんどん現金に置き換わっていくと、

金融機関は、融資先か投資先を見つけなければならないというプレッシャーに晒されます。

なぜなら、金融機関は、いままでは国債でお金を運用することで運用益を出していたんだけど、

日銀が国債を買いまくると、それができなくなるからです。


なぜでしょうか?


日銀が国債を買いまくることで、国債の売り手よりも買い手の方が多くなります。

そうすると、需要過剰になるから、国債の値段が上がってしまうのです。


たとえば、1年後に満期が来て1万円受け取れる国債が、市場で9500円で取引されていたとします。

この国債を日銀が買いまくると、国債価格が上昇し、この国債の値段は9700円になってしまったりします。

そうすると、国債を満期まで持っていても、300円の利益しか出ないから、

1年かけて300円の利回りを稼ぐより、いますぐ国債を売却して9700円の現金に換え、

その現金を別の運用方法、たとえば、1年後にその9700円が10100円になるような

運用方法にした方がお得になります。


この流れは、日銀が国債を買いまくれば買いまくるほど、加速されます。

日銀が国債を買いまくれば買いまくるほど、国債の値段は上昇し、

限りなく満期に受け取れる額面に近づき、国債を保有し続けるのが相対的に損になっていきます。


さらに、日銀が国債を買いまくると、市場に出回る現金の量が増えてインフレ率が上がり、

固定金利の国債を持っていることがますます不利になります。

当然、現金をそのまま持っていても不利だから、国債でも現金でもないものに、

融資や投資をしなければならないという圧力が高まります。


しかし、いくら金融機関が、国債以外の運用方法を必死こいて探しても、

現在は世界中の金融資産が下落局面にあり、下手に融資や投資をすると、

利回りを稼ぐどころか、大損してしまうリスクがあります。


企業の方も、こんな不況でお金を借りて設備投資なんかやったても、作った製品はとても売れそうにないから、そもそも、いくら金利が低くても、お金を借りたいとは思いません。

だから、金融機関は、融資先をなかなか見つけられません。


しかし、いくら恐慌だからといっても、融資や投資が一切なくなってしまうかというと、

そんなことはありません。

単に、融資や投資の量が大きく減ってしまっている、というだけの話です。

逆にパニックじみた酷い大暴落だからこそ、底値買いのチャンスもあると考える人達もいます。

逆張り投資家的な行動をする人達は、パニック売りは、むしろチャンスだと考えたりします。


普通の企業は、まだまだ値崩れするかも知れないですから、融資や投資をするのは危険ですが、

どんな不況でもつぶれそうにない、確固たる技術やブランドを持つ優良企業は、景気が回復すれば、やがて株価が復活する可能性が高いです。

また、都心の優良物件なども同じで、景気さえ回復すれば、やがて資産価値が回復する可能性が高いです。

さらに、優良な物件であれば、景気が低迷していてもそれなりの地代やテナント料が見込めるケースもあるでしょう。

物件の価格が十分に低いからこそ、景気低迷で少々空室があっても、それなりの利回りになったりします。

たとえば、年の家賃収入が10億円のビルを100億円で買うと、利回りは10%に過ぎませんが、

恐慌でビルの値段が半分になるると、50億円で買ったビルの家賃収入が10億円になり、利回りは20%になります。

たとえ空室率が40%にもなってしまったとしても、依然、12%もの高利回りで、

むしろ好況時よりも利回りが高くなるようなケースだって出てくるかも知れません。


なので、3年でも5年でも待つぞ、という長期投資のスタンスなら、大暴落のさなかであっても、市況に引きずられて異常に値段の下がっている優良企業や優良物件へ投資するのは、戦略として十分にありなわけです。


それに加えて、日銀が国債を買いまくると、市場の金利自体が下がるので、

ヘッジファンドなどが優良物件へ投資するための資金を銀行から調達するときも、

低い利率で借りられ、うまみが大きくなるので、それが追い風になります。


なぜ、日銀が国債を買いまくると、利子率が下がるのでしょうか?

今までは、金融機関は国債を買うことで運用益を得ることができましたが、

日銀が国債を買いまくったせいでそれが出来なくなって、

行き場を失った現金は、金融機関の中であふれかえることになります。


その現金を運用するために、国債以外の運用方法=融資先を見つける必要があります。

しかし、お金を借りてくれる人の数は限られているから、

お金の貸し借りをする市場において、お金が供給過剰になってしまいます。

お金が供給過剰になると、借り手市場になり、借り手は貸し手を選べるから、

いちばん利率の低い貸し手から資金を調達することができます。

このため、日銀が国債を買いまくると、市場の金利はどんどん下がっていきます。


もちろん、単に金利が下がったから融資や投資がどんどこ増えるなどというほど

話は単純ではありません。


まだまだ10%も20%も下落するかもしれないという市況の時に、

単に融資の利率が0.5%安くなったからという理由だけで、

金を借りて株や不動産に投資するバカはいません。


しかし、優良物件のパニック売りの底値買いを長期投資で狙っている人達にとっては、

実質金利が高すぎると、長期で考えると利子負担が大きくなるので、

そこが足枷になりえます。

日銀が国債を買いまくって市場金利を下げることで、

そのボトルネックを解消する効果があるわけです。


このようなメカニズムが働くため、日銀の国債買いまくりにより、

金融機関の優良企業への融資や、金融機関からお金を借りて、

優良物件に投資したりする人達を増やすことが出来ます。

それによって、優良物件市場は底堅くなっていきます。

優良企業・優良物件の投資機会が食い尽くされると、その次くらいに優良な物件や企業の株の底値買いの動きが出てきます。

こうして、不動産や株の下支えになります。


また、日銀がお金を印刷しまくると、お札の希少性が薄れてきます。

市場の現金の総量が増え、いたるとことで現金があふれている状態になるので、現金の価値自体が減っていきます。

お札の価値も、需要と供給のバランスで決まります。

現金ばかりをどっさり持っている人がたくさんでてくるということは、現金の供給が増えるということです。

現金の需要が変わらないなら、現金は供給過剰になり、現金の価値は下がっていきます。


現金の価値が下がるということは、相対的に現金以外のものの価値が上がるということと同じです。

たとえば、株や土地の相対的価値が上がります。

そうすると、現金で資産を保有していると、資産が目減りしてしまうから、

現金の資産を株や土地に移し替えることの魅力が上昇していきます。

このようなメカニズムで、マネーサプライの増加は、株や土地の価格を下支えする効果も見込まれえます。


ただし、全ての現金が株や不動産に変えられてしまうわけではありません。

また、どれだけの現金が株や不動産に向かうかは、その時の状況しだいなところがあります。

たしかに、マネーサプライが大きく増えると、インフレがちになり、

タンス預金の価値は目減りします。

しかしながら、現金をタンス預金で持っている人の方がむしろ少数派です。

大多数の人は、現金を銀行口座に預けており、銀行口座の利子率(名目利子率)というのは、

インフレ率(現金の価値が目減りする率)よりも高くなることが多いです。

(「名目利子率−インフレ率=実質利子率」はプラスになりがちだとうこと)

なので、銀行の利子率しだいでは、単に銀行に預けておけば、現金の価値が目減りすることもなく、

わざわざ銀行預金を株や不動産に変えないと大損こくというほどではなくなる可能性もあります。


この圧力が働くため、30兆円とも言われるタンス預金の一部は目減り被害を恐れて、

タンスから出てきて銀行に預けられ、ますます、金融機関にあふれる現金の量が増えていきます。


また、もう一つの要因として、日本の企業はこれまで、

いざなぎ越えとも言われる、期間だけはやたらと長い「実感無き景気回復」の中、

業績の良かった輸出企業を中心に、大量の内部留保を貯め込み、有利子負債はずいぶん減りました。

つまり、外から融資や投資などの形で現金を注入してもらうニーズそのものがそれほど大きくない状態にあります。

このため、金融機関の中であふれる現金は、ますます行き場を失い、マネーがあふれかえる状態に拍車をかけます。


こうして、ますます現金の価値は低下します。


一方で、現金の価値がどんどん下がっていったからといって、人々は単純にその現金を消費に回したりはしません。

国債や現金を貯め込んでいた人は、

なんで消費せずに貯め込んでいたかというと、

お金を貯めたい理由があったからです。

しかも、後述するような社会情勢の変化で、

お金を貯めたいという欲求が

極めて強くなっている

かもしれないのです。


だから、

現金で資産を貯めるとその価値が目減りするからといって、

資産を貯めるのを放棄して、

お金をどんどん使い始めるようなことをするわけがありません。


なので、現金を貯め込んでた人は、現金の価値が目減りするようになると、

現金を現金以外の価値の保蔵手段(土地、株、貴金属、外国の通貨・国債・株)に置き換えようとします。


だから、日銀が国債を買いまくると、

現金以外の価値の保蔵手段である、土地、株、貴金属などの需要が増え、値段を押し上げる力が強くなりますが、

日用品(食料、お菓子、家電)やその場で消費されてしまう贅沢品(レストランとかディズニーランドとか)の値段を

押し上げる力はそれほど強まりません。

インフレになるといっても、全ての物の値段が一律に上がるわけではなく、

このように、値段が大きく上がるものとあまり上がらないものの、ムラができるわけです。


日用品や消耗品の物価があまり上がらないまま、資産性のあるもののの値段だけが上がるとなると、

普通の生活者の日常感覚としての「インフレ」のイメージとは、少しずれるかもしれません。


貯金する(=価値を保蔵する)理由は人によって異なりますが、それは

「現在消費するよりも、将来消費したい」という欲求から生じると考えられます。


よく、「なぜ利子というものが存在するのか?」

ということの答えとして、

「いますぐ200万円の車を買って乗れるということは、

4年後に250万円受け取るのと同じだけの価値があるから。」

というものがあります。

すなわち、4年後の250万円と現在の200万円は同じ価値なのだから、

その差分が、4年分の利子になる、という考え方です。

(もちろん、実際には貸し倒れリスクや手数料など、いろいろ組み入れる必要がありますが)


ところが、社会が流動化し、

企業の平均寿命が短くなり、企業の入れ替わりが激しくなり、

年功序列も終身雇用も崩れ、

リストラや転職などの頻度が増え、労働市場が流動化し、

自分の将来の収入が予測しにくい世の中になってくると、

多くの人が、万一の時のことを考えて不安を感じるようになります。


ほんの20〜30年ほど前までは、

いい大学を出て、いい企業に就職し、そのまま終身雇用、年功序列で

何事もなく歳をとっていくだけという将来が見えてしまっている、

「レールの敷かれた人生」に疑問を投げかけるマンガや小説がよくありましたが、

今は「レールが無くなって、先が読めなくなること」が問題だという時代になってきているのです。


このため、万が一、将来の収入が激減するようなことがあった場合でも、

生活に困窮したりしないように、「貯金=将来消費できる権利」の魅力が増してきます。

すなわち、「将来のお金」の価値が高まるわけです。



また、高齢化の影響もあります。

どんどん長寿化して、自分は何歳まで生きるか分からりません。

そうすると、万が一長生きしてしまっても、死ぬ直前まで、困窮せずに暮らせるように、

「貯金=将来消費できる権利」の価値が増大します。


もちろん、これは年金システムの将来に対する不安が加速させている側面もあります。

しかし、今後、年金システムに大量の税金が投入されるなどしても、

主に年金支給額の低い、貧困層の老人達への年金支給額が底上げされるだけで、

金融資産を貯め込んでいる中高資産保有者の老人達が、

現在と同じ豊かな消費生活を、将来にわたって行えることを保証することで、

安心して貯め込んだ金融資産を吐き出して消費に回せるようになるような制度改革が行われる見通しはほとんどありません。


そもそも、若者よりも老人の方が格差がずっと大きいのだから、

年金改革は格差を是正する方向で行われる見通しが高いわけです。


また、

「貧困層の老人達の消費性向(所得のうち、消費に回す割合)が高いから、

貧困層へより多くの年金が支給されると、社会全体の消費が増える」

という議論がありますが、

これは、政府によほどの信頼感がないと景気刺激には繋がらないと思われます。

例の地域振興券のケースがよい例ですが、

貧困層の方が、むしろ将来に対する不安を抱えているから、

「貯金=将来消費できる権利」の価値が高い。

だから、一時的に収入があったときに、それを消費に回すのではなく、

貯金してしまう傾向が強くなる可能性があります。


そして、たとえ政権が代わって、

貧困層の老人への年金支給を増やすような年金制度改革が行われたところで、

その政権が今後もずっと続くとは限りません。

何年か後に別の政権に代わって、

「この年金支給額だと、若い世代の負担が大きすぎます。

やっぱりこんなに充実した年金支給は無謀だったことが分かりました。

前政権はアホでした。失敗を認めて、元に戻します。」

などということにならない保証はありません。

そうなると、年金制度改革で年金支給額が増えても、安心してそれらを

消費に回せないかもしれません。

行政と法律が変われば、年金制度は、いい方へも悪い方へも変わってしまうのであり、

将来の収入源として、絶対的に信頼できるようなものにはなり得ません。

もはや、将来の年金制度ですら、流動性が高く、予測しにくい時代に突入しています。

こうして、ますますそのリスクヘッジとして、

「貯金=将来消費できる権利」の価値が高まっているわけです。


さらに、たとえ年金制度が変わって、

貧困層の老人の消費が増えるようになったとしても、

それは、中流〜プチ富裕層の老人達が貯め込んだ資産を消費に回させることとは直接は関係なく、

依然として老人達の膨大な金融資産は市中には出回らないままです。*1


さらに、「貯金=いざというときに消費できる権利」は、

自由をもたらします。

たとえば、今の仕事がつまらないから思い切って転職してみたいと思っても、

貯金がないと、いざ転職に失敗したら生活に困窮することになります。

そのため、貯金がないとリスクを冒すことが出来ず、

実質的に転職する自由が減ることになります。


もちろん、これは現在の日本の社会保障制度の在り方が作り出している状況だ、という見方も出来ます。

転職に失敗しても十分な失業保険をかなり長期に渡って得られるような社会保障制度があれば、

貯金がなくても比較的安心して転職できることになり、

「貯金=いざというときに消費できる権利」の価値は、相対的に低くなります。


この意味で、社会保障制度改革と、景気対策は関係があると言えます。

すなわち、社会保障制度改革は、日本人の消費性向(収入の内、貯蓄せずに消費に回す割合)自体を多少なりとも変えるかもしれない、という議論は可能かもしれません。


しかしながら、転職失敗のリスクに備えて貯金しなくてもいいや、

と安心できるほどの強力な失業保険制度となると、

そのための保険料や税負担もかなりのものになるので、

どのくらいの負担をして、どの程度の所得保障をするか、

というコンセンサスを国民の間で作り出すのは、かなりの時間がかかります。


さらにその上、たとえ手厚い失業保険制度ができても、

それが将来の政権交代でまた反故にされるリスクは残ります。

そうすると、やはり、貯金しておかなければ、将来の自由が奪われるリスクを抱えることになります。

なので、やはり貯蓄の魅力は消えません。


あるいは、子供を作りたくなった場合でも、子育てのために会社を辞めたり休職したりすると、

あとで職場復帰ができるかどうかは保証されていません。

貯金が無く、すぐに職場復帰できないと、生活に困窮するリスクがあるので、

不安で子供を作ることもできなくなります。

しかし、十分な貯金があれば、一時的に職が見つからなくても、

貯金が底をつく前に、十分に時間をかけて職探しをすればいいので、

生活困窮に陥るリスクなく、子供を作る自由が得られます。


もちろん、これも現在の日本の社会保障制度が作り出した状況であって、

長期的には制度を変えることである程度対処できる可能性がありますが、

たとえりっぱな社会保障制度ができたとしても、いつまた揺り戻しが起きて、

その社会保障制度が崩れるかもしれないというリスクもあり、

そのリスクに備える意味でも、

やはり「貯金=いざというときに消費できる権利」の魅力は十分に大きいままです。


このようにして、現代の日本社会においては、

相対的に「現在消費する」ということの価値がどんどん低下し、

「貯蓄=将来消費できる権利or自由な選択をできる権利」の価値がどんどん上昇していきます。

そうすると、人々は、たとえ利子がゼロであっても、現金を貯蓄するインセンティブを

十分に持つようになります。


場合によっては、現在の200万円より、将来の200万円の方が価値が高くなり、

実質利子率がマイナスであってすら、貯蓄するインセンティブが生じてしまうかもしれません。

すなわち、いま預けた300万円が、30年後に290万円になってしまうような世の中になってすら、それでも人々は老後のために貯蓄するのをやめたりはしないかも知れない、ということです。*2



ここで、一つ疑問が生じます。

アメリカやヨーロッパでは、日本ほど貯蓄率が高くないじゃないか、という疑問です。


これは、こう解釈できます。

アメリカやヨーロッパの経済においても、社会は流動化していて、

「貯金=将来消費できる権利」は高まっているために、消費が低迷する圧力があった。

しかし、その潜在圧力を、全世界的な証券化バブルやEU内の労働市場自由化による好都合な労働力の

サプライショックによる景気底上げ圧力が覆い隠してしまっていた可能性はないでしょうか。


すなわち、バブルによって、自分の総資産額がどんどん増えているのだから、

貯蓄しなくても、「資産=将来消費できる権利」がどんどん膨張しており、

その分が満たされて、余った分は、どんどん消費に回せたわけです。


しかし、全世界的な証券化バブルがはじけた今となっては、

人々の「資産=将来消費できる権利」が大きく目減りしてしまっているわけだから、

今後は、貯蓄によって「資産=将来消費できる権利」を増やそうとする傾向が

増えていく可能性があります。

すなわち、世界中の先進国の国内消費は、

もはや二度と、いままでほどの力強さを取り戻さない可能性があります。



日銀の国債買い取りの話に戻します。


現金というのは「高い流動性=現在消費できる権利」と「価値の保蔵=将来消費できる権利」の両方の価値を持つという見方ができます。

この2つの価値のうち、後者の「価値の保蔵=将来消費できる権利」の魅力の方が

相対的にどんどん高まっている、というのが現代の先進国社会だと考えることができます。


社会が流動化したために、自分の将来収入が予測しにくくなり、

「高い流動性=現在消費できる権利」に対して、相対的に、

「価値の保蔵=将来消費できる権利」の重要性が増してしまうような時代になったわけです。


こういう社会で、日銀が現金を印刷しまくって、現金の価値が目減りするようになると、

価値の保蔵手段としての現金、すなわち、「将来消費できる権利」という現金の魅力が毀損されることになります。

もちろん、「高い流動性=現在消費できる権利」については、現金の方が依然として

土地や株よりも高いですが、流動性の魅力自体が、相対的に低くなってしまっているから、

現金は最高の流動性を持つにもかかわらず、価値の保蔵機能が低下することで、

他の価値の保蔵手段、すなわち、土地や株の価値が相対的に上昇しやすくなっているのではないでしょうか。


また、不動産の証券化や株のインターネット取引によって、流動性が高まっているため、

現金に対する不動産や株の魅力が高まっている、という力も作用しています。


このような力学が働くために、日銀が現金を印刷しまくって市場の現金の量を増やしても、

それが人々の消費を直接的に増やすかどうかは怪しいですが、

少なくとも、株や土地の暴落に多少なりともブレーキをかけることができる可能性が高いのではないでしょうか。



また、日本円をたくさん印刷しまくって、それが市場にあふれると、

他の国の通貨に対する日本円の希少性が薄れてきます。


円高になるのは、売りたい円の総量(供給)より、買いたい円の総量(需要)の方が大きいからです。

しかし、日本銀行が日本円を印刷しまくって、市場に大量供給すれば、

日本円は供給過剰になります。

日本円を印刷しまくったので、円は市場であふれていて、供給は十分なわけです。

むしろ、円以外の通貨の方が、相対的に足りなくなります。

そうなると、円は値崩れして、円高は解消されます。


円高が解消されれば、日本の輸出企業の利益率はそこそこ改善されます。

もちろん、いくら円安になったところで、世界中の消費が落ち込んでいるのだから、

輸出企業の業績は、いぜん厳しいままであることはかわりません。

しかし、円高が続くよりは、はるかに企業業績は良くなるのではないでしょうか。


こうして、株価がそこそこ回復すると、株を保有していた人達は、

自分の総資産額が回復して安心し、不況で固く閉まった財布の紐も、多少はゆるんでくるかもしれません。

すなわち、「このぐらいは貯金(=価値の保蔵)しておけば安心」と思える額以上に、

資産が回復すれば、将来の不安無くお金を使える分が増えるわけです。

こうして、消費も少し回復し、国内企業の業績も下支えされる可能性が出てきます。


さらに、不況であっても、

現在の日本社会において、人々が「将来消費できる権利」を重視するという

仮定からは、「将来収入=将来消費できる権利」の増大を促すような消費は、

むしろ積極的に行われる可能性がある、ということが導き出せます。


生鮮食料品など、保蔵が困難であるものは、「将来消費できる権利」を減らすだけなので、

人々はそういうものへの支出は減らそうとします。

しかし、英会話スクールや資格取得のための本や教材などは、

スキルアップによって、自分の将来の収入を増大させるためのものだから、

「将来の収入=将来消費できる権利」の増大に繋がります。

したがって、マネーサプライが増加すると、

一種の資産性があり、そういう「自分への投資」に繋がるサービスの消費が拡大する可能性があります。

あるいは、「自炊のための料理教室」みたいな、安い材料で、美味しい料理を、短時間で作るスキルは、

将来的な生活コストの低減と、生活の質の上昇をもたらすから、やはり、

需要は伸びるかもしれません。


すなわち、「将来消費できる権利」の価値の増大がボトルネックになるために、

いくらマネーサプライを増やしても、単純になんでもかんでも、

あらゆるものの消費が無差別に増えるわけではないですが、

一方で、まったく消費に回らないわけではなく、

「投資的な消費」に関しては、「将来消費できる権利」の価値増大が

ボトルネックにならないために、増加する可能性があるわけです。


また、インフレによって個人・法人の借金が目減りします。

正確には、固定金利の借金が目減りします。

これは、借金をして、事業投資していた企業の業績を回復させる効果があります。

もちろん、お金を固定金利で貸していた側の金融機関は、損失を被ります。


ついでに、固定金利の国債を買った法人・個人が損失を被り、

それ以外の全ての納税者が、将来の税負担の軽減という形で得をします。

なぜなら、インフレによって国の借金が目減りするからです。

これは、固定金利の国債を保有している法人・個人から、

それ以外の人間への所得移転とも見ることが出来ます。



まとめると、日銀の国債買いまくりによって、

株価は次の6つの経路で押し上げられる可能性が考えられます。


(1)マネーサプライの増加によって、価値の保蔵手段が現金から株に移る。

(2)円安による輸出企業の業績回復という実体経済の効果によって輸出企業の株が買われる。

(3)株価が上がることで、人々の資産が回復し財布の紐がゆるむことで消費が増えて、国内企業の業績が回復し、国内企業の株価を押し上げる。

(4)株や不動産の価格が回復することで、企業が保有していた資産の含み損が解消され、その企業の株価も上がる。

(5)実質利子率が下がるので、新規ビジネスチャンスを見つけて、借金して新規事業に投資する企業が有利になる。

(6)インフレによって企業の過去の借金が目減りし、負担が軽くなる。


こうして、株価が回復し、実体経済も治癒してくると、

企業も無理なリストラが減り、

内定を取り消して新卒学生の未来を奪うようなことも減る可能性があります。

若者達が氷河期の中に置き去りにされることも少なくなり、

リストラされて失業し、野宿者に転落する人の数も減かもしれません。


このようにして、日銀がお金を印刷しまくって、国債を買いまくると、

円高は解消され、株安もかなりマシなり、企業業績の悪化も緩和され、

景気悪化が食い止められ、人々の生活状態の悪化はずいぶん緩和される可能性があります。


註:トラバからの指摘によると、国債の日銀引き受けは原則禁止のようですが、1年未満の短期国債の引受は可能だとのこと(実際していますね)。また、ブクマコメの指摘によると、国が発行する国債を直接日銀が買い取るために国会の議決が必要だというだけで、市中に出回っている国債を買オペするぶんには法的な制約はないとのこと。



(2)今回の金融恐慌の後に来る可能性のある長期デフレ不況(10年以上続くかも)への経済対策案


今回の恐慌が収まった後、もしかしたら、

10年以上続く、長期のデフレ不況がやってくるかもしれません。


このセクションでは、その長期デフレ不況から脱出する方法について考えてみます。


ただし、そもそも日本の失われた10年と言われる平成デフレ不況の原因や処方箋ですら、

経済学者たちの間では、意見が割れまくっていて、統一見解はありません。


ましてや、まだ到来してすらいない、世界恐慌後の長期デフレ不況への

対策案など、経済学者の間で統一見解など有り得るわけがありません。


したがって、何を書いても、「間違ってる」「いやいやそれも違う」という、

異論だらけになって、何の結論も出ないで終わることは見え見えです。


しかし、専門家の間で統一見解がないからといって、

全ての有権者が思考停止してしまうと、

今後我々がどのような政治家に投票すべきかの判断もできなくなってしまうので、

無謀を承知で、一有権者として、今後どのような政策を訴える政治家に

投票すべきか判断するための材料として、

思考実験も兼ねて、今後予想される長期デフレへの対策を検討してみることにします。


まず、今後訪れるかもしれない長期デフレ不況は、

次のような構造を持つ可能性があるのではないか、と仮定してみます。

社会の流動化

→ 将来の収入が読めない (20年後のオレの収入なんてワカンネ)

→ 「将来消費できる権利」の価値の増大

→ 貯蓄の魅力の増大

→ 消費の低迷(恒常的な総需要の不足)

→ 不景気


こういう状況で

「構造的に高まりすぎた貯蓄欲求が飽和して、

あふれ出てしまうまでドバドバとマネーを注ぎ込み続ける」

という政策が、総需要を押し上げることができるかどうか、検討してみます。


そもそも、国民みんなが将来が不安で、

消費よりも貯蓄をしたいと思っているのに、

無理やり貯蓄を阻害して、消費させるような政策は、

まるで北風と太陽の童話の、北風のような政策です。


そっちの方向であれこれ政策を工夫しても、

いろんな副作用が起きて、なかなか上手く行かないのではないでしょうか。

北風で旅人のコートを吹き飛ばそうとすればするほど、

旅人はコートの裾を、ますます固く合わせようとするのではないでしょうか。


人々に、無理やり消費させようとしても、

人々は、あの手この手で抜け道を探し、

なんとか貯蓄しようとするから、

イタチごっこになってしまうのではないでしょうか。


したがって、北風ではなく、太陽のように、

みんながおなかいっぱいになるまで貯蓄させてあげれば、

「これ以上の貯蓄は、もういいや」と思って、

消費性向が上がるのではないでしょうか。


そのために、これでもかという程、お金を印刷して印刷して印刷しまくることを考えてみます。


最初のうちは、お金をいくら印刷してばらまいても、

みんな将来が不安だから、お金を貯め込むばかり。

ばらまかれたお金は、みんなの銀行口座にひたすら積み上がっていきます。

だから、日銀がいくらお金を印刷してばらまいても、

それらは消費には向かわず、したがって、物も売れず景気も良くなりません。


しかし、それは「臨界点」に達するまでの話です。


日銀というのは政府機関の一つですから、

日銀がお金を印刷しまくって、それで国債を買いまくるということは、

政府の借金が減っていくのと同じことです。

たとえば、日銀が市場に出回っている全ての国債を買い占めたとすると、

政府が日銀に500兆円の借金をしていることになります。

しかし、日銀というのは政府組織の一つですから、

政府が政府に借金をしているようなもので、

実質的には、もはや借金ではありません。


こうなると、日本政府の借金は、実質的にゼロになったのと同じことです。

極端な話、日銀が全ての国債を買い取った後、その国債を破り捨ててしまっても、

一般的な債務不履行のような大問題には発展しません。

(実際には、万が一インフレが酷くなってきたときに、ばらまいたお金を回収するために、

買い取った国債はストックしておかなきゃならないけど。)


そして、日本政府の借金が減るということは、

将来の増税の心配が減るということです。

これは、実質的に国民の将来の期待収入が増えたのと同じことになります。


さらに、今後ますます高齢化が進み、

医療費が高騰し、

介護費用が嵩み、少子化対策費用が嵩み、教育費用が嵩み、

生活保護費が嵩み、失業対策費用が嵩み、

社会保障費がどんどん増大して、

ますます財政の恒常的な赤字が続く状態になっても、

その国債を片端から日銀が買い取りまくって市場に出さない状態を

続けられるとしたら、今後もずっと増税などしないで済むことになります。


この状態になると、政府が社会保障費という形で、

文字通りの意味でお札をバラマキ続けてるのと同じ状態になります。

(麻生氏のインチキなバラマキでなく、これこそ本物のバラマキです。)


その、バラマキ続けたお札は、どこへいくのかというと、

ひたすら人々の銀行口座に積み上がっていきます。

なぜなら、みんな将来が不安だから、将来のために貯金しておきたいからです。

だから、バラマキをやりつづけても、消費はあまり増えず、

したがって景気もたいして良くなりません。


しかしながら、それでも根気よくバラマキを続けていると、

やがて、人々の貯蓄意欲が飽和する時が来ます。


たとえば、今後もずっと年収500万円の暮らしで十分満足だと

思っている人間の貯金残高が1億円になれば、

将来の不安がだいぶ解消され、

もうそろそろ、現在の楽しみのために消費をしてもいいのではないか、

と思うようになるのではないでしょうか。


つまり、「将来の不安」が人々の消費行動のボトルネックになっている

現代の先進国経済においては、「将来の不安」を押し流すほどの

膨大なマネーを供給することで、はじめて景気がよくなるのではないでしょうか。


また、これは、一時的なものであるにせよ、

貧困と格差の強力な是正策になりえます。

現在、政府の収入の多くは、中高所得者や富裕層から来ています。

一方で、政府の支出の多くは低所得者層のために費やされています。


だから、政府がお金を印刷しまくってばらまくと、

ばらまいたお金の多くは低所得者層へ向かうわけで、

低所得者層の福利厚生が大きく改善し、格差を縮めることになります。

それでインフレがおきたとしても、インフレの被害は、

広く薄く、国民全体にかかります。

とくに貧困層だけに負担が集中するわけではありません。

すなわち、福祉は低所得者層が受け取り、

そのための負担は、国民全体で行われることになります。


インフレの費用(=シニョリッジの裏返し)が国民のだれにどのように負担されるかは、

価格メカニズムのチェーンによって調整されるため、かなり複雑にななります。

インフレによる現金の価値の目減り=インフレ税とは、現金保有税のようなものですが、

たとえば、現金保有税をかけられた金融機関は、

その税の一部を融資先や出資先に転嫁し、融資先や出資先の企業は、

その一部を、商品やサービスの価格や、従業員への賃金や、株主への配当に転嫁することで、

たくさんのステークホルダーに薄く広く負担されます。


ただ、このようなバラマキを可能にしてしまうと、

政府の財政規律がゆるんでしまうという弊害が考えられます。

印刷されたお金で天下り法人がどんどん作られ、

そのお札は、天下り役人の5人目の愛人の3匹目のペットの犬がしゃぶるシャネルのロゴの入った骨になったりするかもしれません。

あまり人通りのない、田舎の山奥のきれいな道路が莫大な予算をかけて作られてしまうかも知れません。


そして、いったん財政規律がゆるんでしまうと、

大量の寄生虫的な利権が発生してしまいがちです。

また、格差是正の名の下に、膨大なマネーが福祉に注ぎ込まれるのが

当たり前だと感じる人々が大量発生してしまうかもしれません。


その状態になったあと、いざ、人々の貯蓄意欲が飽和し、

インフレが起き始めて、日銀によるこれ以上の赤字国債の買い取りができなくなり、

国家予算を削らなければならなくなっても、

「福祉切り捨て反対」を唱える大量の人々の圧力から、予算削減が政治的に

極めて困難になってしまうかもしれません。


だから、もし、このようなお札印刷しまくりバラマキ政策をやるのだとしたら、

それとセットで発生してしまう、

天下り役人や中央の金に寄生する田舎の利権ゴロの無駄遣い大暴走や、

規律のない福祉予算の膨張にどう歯止めをかけるかが問題となります。


だから、日銀の国債買い取りを大規模に行う政策を実行するには、

必ず、無駄遣いを許容可能な範囲内にとどめるような、強力な政治体制の構築が

セットでなければなりません。


しかし、これは言うは安く、行うのは極めて困難です。

現に、あれほどの議論を巻き起こしたにもかかわらず、

いまこの瞬間も役人達は天下りを続け、

田舎には、採算のとれる見込みの怪しい道路が造られまくっているのを、

誰も止めることができていないのですから。


もしかしたら、日銀が国債買い取りに慎重なのは、

このような無駄遣いに歯止めがなくなってしまうことを警戒していることも、

原因の一つかも知れません。


しかし、困難だからと言って、それが不可能だということにはなりません。

もしかしたら、どんなに困難でも、それはやるだけの価値ある政策かも知れないのですから。


また、もう一つ重要な点は、一時的な世界恐慌のための対策として行う

日銀の国債買いまくり政策と、

先進国の構造的な需要不足に対処するための

日銀の国債買いまくり政策とは、区別しなければならない、ということです。


前者は、いますぐにでもやるべき、対処療法的な緊急経済対策であって、

後者は、この恐慌を脱出した後にやって来るかもしれない、

長期のデフレ経済に対する処方箋の話です。


後者の話はまだまだ議論が必要かも知れませんが、

少なくとも前者の緊急経済対策としての、大規模な日銀の国債買い取り政策は、

今すぐにでもやるべきなのではないでしょうか。




(3) (1)に書いた今回の金融恐慌への経済対策案へ予想される反論への反論


(1)に書いたような日銀が国債を買いまくるような政策を主張すると、

さまざまな反論をする人達がいます。


たとえば、よくあるのが、

「ジンバブエのようなハイパーインフレになったらどうするんだ?」

という反論です。


しかし、これについては、ハイパーインフレになるほどお札を印刷しなきゃいいだけです。

許容可能なインフレの範囲を決め(たとえば、GDPデフレータで1〜3%とか)、

その範囲を超えるインフレになったら、お札の印刷をやめればいいだけです。

それでもインフレが止まらないようなら、印刷してばらまいたお札を、市場から回収すればいい。

具体的には、日銀が買い込んだ国債の一部を、インフレが収まるまで売ればいい。


このようにして、国債を売ったり買ったりして、ちょうどいい湯加減のマイルドなインフレになるように、

コントロールすれば済む話です。


ちなみに、このようにしてマイルドなインフレを起こすことを、リフレ政策と言います。


また、別の反論としては、

「またバブルを引き起こすんじゃないのか?」

というものがあります。


これに対する答えも同じです。

現金の供給過剰が原因で、株や土地の値段が上がりすぎて、バブルになりそうになったら、

早めに国債を売りまくって、市場から現金を回収すれば、

現金の供給が足りなくなって、バブルの沈静化を行えます。


もちろん、バブルはいったん発生すると、制御不能になることがあります。

また、バブルの最中は、それがバブルなのかどうかはなかなか判断しにくいので、

ついつい放置されたままバブルが膨らんでしまいがちです。


しかし、だからと言って、そもそもバブルを全く発生しないようにすると、社会そのものが活力を失ってしまいます。


たとえば、ソ連崩壊後、放棄されていたウクライナの耕作放棄地が

近年の全世界的食料価格バブルのおかげで、瞬く間にグローバル金融資本によって買い占められ、

農業機械がどんどん投下され、農地として耕され、食料の大増産が始まりました。

治安が悪いので、マフィアに襲撃されないように私設の軍隊まで雇う徹底ぶりです。


つまり、余ったマネーは投資機会を見つけ、そこに投下され、

瞬く間に市場で不足しているものを増産し、人々に供給するパワーがあるわけです。

そして、この金融資本パワーは、投資機会が枯渇すると、バブルゲームを引き起こしがちです。


マネーは免疫システムに似ています。

正常に機能しているうちは、経済システムの損傷(有効活用されていないビル、工場、農地、特許、著作権)を

見つけては、その損傷を修復します(それらをビジネスに結びつけ、市場に商品やサービスを提供する)。

しかし、投資機会が枯渇して、マネーが行き場を失うと、まるで暴走した免疫システムが自分自身を攻撃し、リュウマチやアレルギーなどの自己免疫疾患を引き起こすように、狂って暴走したマネーは、バブルを引き起こし、崩壊して経済システムを傷つけます。


もし、マネーの供給を抑制しすぎると、免疫力が低下し、

経済システムに損傷が起きても治癒されずに放置されてしまうようなことが起きてしまいます。

たとえば、市場には食料が足りないのに、世界一肥沃なウクライナの黒土地帯には資本が投下されず、

農地は放棄されたまま、食料は作られず、食料も供給されないまま、というようなことが起きてしまうでしょう。


日本国内に限った話でも同じです。

多くの人が欲しがるすばらしい新サービスをある起業家が思いつき、

それをビジネス化するために、資本が必要だとします。

しかし、マネーの供給が足りないと、そのビジネスに必要な資本をなかなか調達できず、

その新サービスは実現されないことになってしまいます。


だから、マネーは供給過剰でも困りますし、供給不足でも困ります。

恐慌で信用収縮が起きているときはマネー供給を増やし、バブルの時はマネー供給を減らすべきでしょう。

完全にはコントロールできないが、そこそこ上手にコントロールすることで、

バブルや不況の被害を緩和することぐらいはできます。

もちろん、マネーサプライのコントロールだけでは限界があるから、

それとセットで、極端に複雑な金融商品の流通に規制をかけるなどの工夫は必要でしょうが。


なので、マネーサプライを増やすことそのものが悪であるかのように

考えるのは、完全に間違いでだと思います。

少なくとも、現時点での経済状況においては、日銀はお札をどんどん印刷し、

マネーサプライを増やすべきではないでしょうか。



もう一つの反論としては、そもそも現在の世界金融恐慌そのものの原因の一つが、

日銀が量的金融緩和をやりすぎたために発生した円キャリートレードだったのではないか、

というものがあります。

円キャリートレードも一因となって、世界中で信用バブルが起き、バブルの崩壊で

円キャリートレードが逆流しはじめたために、円高が起き、それで日本の輸出企業が大打撃を受けて、

日本の景気が悪化したのじゃないか、という見方です。


しかし、これについては、以下のような疑問点があります。


●そもそも、今回のバブルは、どこまで円キャリートレードに起因しているのか怪しい。バブル自体は、円キャリートレード以外の要因の方がはるかに大きい可能性があり、円キャリートレードがそれに関係しているとしても、どの程度それを加速させたのかははっきりしない。たとえば、アメリカの住宅バブルや証券化バブルなどが主因で、円キャリートレードがあってもなくてもこのバブルが引き起こされたのかも知れない。

●そもそも、円キャリートレードを発生させた要因として、どこまでが量的金融緩和が原因なのか、はっきりしない。別の要因による、為替レートの将来見込みも絡んでくる。


また、たとえ量的金融緩和が今回のバブルの原因の一つだったとしても、

とにかくに現に円高が進みすぎている現時点のタイミングにおいては、

円キャリートレードの逆流による円高を緩和するためにも、

日本円を印刷しまくって、円の供給を増やす政策が正しいのではないでしょうか。



また、日銀が日本円を印刷しまくると、また円キャリートレードが発生して、

日本円が海外流出してしまうから、日銀がいくら円を印刷しまくっても、

国内のマネーサプライは増えないのではないか?

という反論もあります。


要するに、日本人のための風呂桶に穴が開いていて、穴の先は、

「世界金融市場」という海になっているので、

日本人のためにいくらお湯を注いでも、

風呂おけにお湯がたまらないのではないか、という反論です。


これに対しては、今回の世界恐慌の件で、

円キャリートレードのリスクについては、

みんなが身にしみて理解しただろうから、

いままでほど盛んに円キャリートレードが行われるかどうかが疑問、というのがあります。


それでもこりずに円キャリートレードをする人達もいるでしょうが、

今回の大暴落で、以前よりはずっと風呂桶の穴が小さくなっているでしょうから、

少々穴からお湯が漏れたところで、

気にせず、ジャブジャブお湯を供給し続ければ、

十分に風呂桶にお湯は溜まるのではないでしょうか。



また、さらに別の反論として、日銀の独立性を保証するために、

政府は日銀の金融政策に介入するべきではない、というものもあります。


しかしながら、日銀が独立性を保証されるべきは、手段の独立性であって、

目的の独立性ではなありません。

たとえば、政府が日銀に対し、

「GDPデフレータで1〜3%に収まるように、量的金融緩和を行え」

と指示したとしても、それは日銀の独立性を侵したことにはなりません。


日銀は、そのように政府が定めた目標を達成するために、

さまざまな手段を使う(いつ、どのようなタイミングで、どれだけの国債を売ったり買ったりするか、

あるいは、金利を上げたり下げたりするか、日銀総裁のスピーチで、市場にどのような期待を抱かせるか)が、

その個別の手段について、独立性を確保されていれば、それで十分なのではないでしょうか。


その意味で、金融政策は日銀ではなく政府が大枠の方針を打ち出すべきであり、

金融政策の失敗のせいで景気が悪化したとしたら、

それは、内閣や与党の責任でもあるのではないでしょうか。


そして、日本の長期経済停滞を作り出したのは、

量的金融緩和が不十分だったからだ、という声も大きいです。

ノーベル賞経済学者のクルーグマン氏も、現FRB議長のバーナンキ氏も、

過去のそのような指摘を行っています。


すなわち、バブル崩壊はともかく、その後の日本の長期経済停滞は、

避けられなかった自然現象でも何でもなく、

頭のヌルい政府や官僚や日銀が引き起こした人災ではないのか、

というのが、それらの、世界のトップレベルの経済学者達の見解なわけです。


# あと、インフレ期待がないとインフレは起きないとか、

# デフレ期待があってかつゼロ金利になると名目金利をマイナスにできないために

# 実質金利が高止まりして、タンス預金であっても実質利回りが生まれてしまっている

# 問題とか、いろいろあるんですが、そこらへんは、あとで気が向いたら追記します。


(4)麻生内閣の経済対策の問題点


まず、麻生氏が「景気が良くなったら消費税率を10%に」と宣言すると、

人々は、

「だったら、消費税率の低い不況のうちにたくさんものを買っておこう」

と考え、消費が増えて、景気の浮揚効果があるかもしれない、

という議論について検討してみます。


たしかに、いつかそのうち買わなければならないことが決まっているものであれば、

今のうちに前倒しして買うという効果もあるかもしれません。


しかし、そもそも人々が貯蓄に回そうと思っていたお金まで

消費に回そうとするかどうかは、怪しいです。


最初の章で解説したように、

そもそも、人々がなぜ貯蓄するのかというと、

社会が流動化し、自分の将来の収入が読めないので、

いざという時に備えて、貯蓄しておきたいから、という理由があるからです。

将来が不安だから、その備えとして、貯蓄をするわけです。

「現在の消費」よりも「貯蓄=将来消費する権利」の方が優先するから、

貯蓄するわけです。


だから、将来消費すると5%ほど損だからと言って、

将来消費する権利の確保を捨てて、現在の消費に走ったら、

ますます将来が不安になってしまいます。

5%やそこら税金を節約するために、

将来のための貯金を取り崩し、不安を抱えて生活するようなことを、

人々が選択するとは考えにくいです。


むしろ、人々は今後ますます消費税が上がっていくことを予感するのではないでしょうか。

もしかしたら、自分が年取ったときには、消費税は20%ぐらいになってるかもしれない。

そう考えると、むしろ、目標額より20%余分に貯金しておかなければ

将来の生活が不安だ、と考えるようになるかもしれません。


こうなると、

将来目減りする分まで見込んで、もっともっと貯金しなきゃ。」

と考え、

逆に貯蓄率が上がり、消費が落ち込んでしまわないでしょうか?


もちろん、消費税率のあげ方にもよるでしょう。

一気に5%も上げるのであれば、5%上がる直前に、

値段の高い家電や家具などの駆け込み需要は起きるでしょう。

その直後の消費の落ち込みと引き替えに。

しかし、前述したように、貯蓄(=将来消費できる権利)の魅力自体がなくなるわけでもないですから、

短期的な需要喚起は、長期的にみると、逆効果だった、

ということにもなりかねません。


このように考えると、これらの経済政策がどのような効果を及ぼすか、

なかなか予測が困難なように思えます。




次に、麻生氏の打ち出した住宅ローン減税について考えてみます。


まずそもそも、住宅価格がまだまだ下がるかも知れない、という状況では、

いくら税金が安くなっているからといって、あわてて住宅を買ってしまうと、

買ったとたんにさらに価格が下落し、税金が安くなった分ぐらいは、

すぐに吹き飛んでしまうリスクが大きいです。

住宅ローン減税なんて、せいぜい住宅購入価格のほんの数%くらいなもので、現在の住宅価格の価格変動のぶれ幅を考えると、そんなもの誤差の範囲ではないでしょうか。

その数%が欲しいために、まだまだ10〜20%ぐらい値下がりするかもしれない住宅を

いますぐ購入する人が、どれだけいるでしょうか?


また、そもそもの大前提として、

社会が流動化し、転職も転勤も増えています。

同じ会社であっても、通勤先のオフィスが変わる頻度が高くなっています。

また、離婚も増え、住宅に必要とされる部屋数も変動が大きいです。


そういう時代においては、住宅を購入するリスクはますます大きくなっています。

せっかく会社に通勤しやすい場所に自分の家を買って、通勤が楽になった一ヶ月後には、

リーマンショックが起きて、会社が倒産し、

別の会社に転職することになり、いきなり片道3時間、地獄の遠距離通勤に

なってしまうかもしれない社会に、我々は住んでいるわけです。


結婚してラブラブな二人のために子供は二人欲しいね、と言いながら、

30年ローンでお家を買っても、半年後にすでにセックスレスになり、

2年後には離婚し、家族四人用の広い部屋のリビングで、

ただ一人で、30年ローンの返済の重さをかみしめて、ため息をつきながら、

170円のカップラーメンを食べているかもしれないのです。


土地付き一戸建ての「オレの城」を持つなどという人生ビジョンは、

高度成長期の、終身雇用、年功序列、転勤もめったにない、という特殊な時代だけに

生まれた、うたかたの夢のようなものなのかもしれないのです。


こうして考えると、社会がますます流動化していく現代においては、

「住宅ローン減税」

という政策は、浦島太郎っぽい時代遅れ感を感じずにはいられません。


自分の将来の収入や家族構成がますます予測しにくくなっていく時代においては、

住宅は買うより借りた方が、はるかにリスクが少ないのです。


もちろん、

「あの時代のセメント会社の社長の感覚で政治をやっているのか」

などという皮肉は言うつもりはありません。


小沢氏の感覚はもっと酷いかも知れませんので、

安易な自民党批判に結びつけるつもりもありません。


ただ、日本の政界全体が、そんな感覚の老人達に牛耳られているような気は、

なんとなくしています。

*1:富裕な老人達の資産をとりあげ、貧困層の老人にばらまく、という社会主義革命みたいな政策も考えられなくはないですが、実現が政治的に困難であるばかりでなく、副作用のことを考えると、たとえ実現したとしても、どれほど長続きするかは疑問です。

*2:もちろん、ここでは、あくまで貯蓄のインセンティブ構造の話をしているのであって、将来的に実質利子率がマイナスになる、と言っているわけではない。たとえ実質利子率がマイナスになってすら、貯蓄をしてしまうほどの強いインセンティブがある、という意味だ。

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