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損害保険の歴史

海上保険、火災保険、自動車保険や新種保険などの損害保険の歴史と解説をしています。

2008-10-27

明治時代の保険事情

明治時代の損害保険は、海上保険と火災保険の2種類が大半を占めていました。

前述の東京海上保険会社のように、海上保険と火災保険はそれぞれ別々の保険会社が片方の保険だけを扱っていました。

損害保険会社の現在の社名を見ても、「海上」「火災」を含むものが多く、どちらの種目を当初、メインにしていたか推測できます。

日本で初の損害保険会社は、三菱グループを作った岩崎弥太郎が参加して、渋沢栄一が世話人になった海上保険会社です。

火災保険会社は、神奈川県の税関が明治2年に、保税倉庫内の貨物について火災損害の請負を行なっていました。

強制火災保険制度が明治11年に議会で提案されるも、最終的に火災保険は任意加入方式を採用する運びとなりました。

海上保険の方が日本での扱いは幾分、早かったのです。

保険会社はその後、明治時代の財界人によって相次いで多くの保険会社が設立されました。

しかし、保険業界の競争の激化、大正時代に入って関東大震災が起こり、その影響などで複数の保険会社が経営難となり、整理統合を余儀なくされます。

それ以降は大蔵省の監視のもと、損害保険会社、生命保険会社がそれぞれ20社ほど営業をする時代がしばらく続きました。

当時の主な損害保険会社は、以下のようなものがありました。

 

  • 東京海上:明治12年(1879年)設立
  • 東京火災(後の安田火災):明治20年(1887年)設立
  • 明治火災(後に東京海上と合併):明治24年(1891年)設立
  • 帝国海上(後に安田火災と合併):明治26年(1893年)設立