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frrootsのtwitter補完メモ Twitter

2011-10-26

男女間賃金格差問題の基本のき

ええと、どうでもいい話といえばどうでもいい話なのですが、twitterで発生したミスコン批判をめぐる議論の中で、「反ミスコン批判」の立場に立つ小倉弁護士の女性労働についての認識がアレなことになっていたので、議論が雲散霧消する前に書きとめておきます。

小倉弁護士がミスコンを擁護していた理由は

  • 「容姿にすぐれた女性が容姿によって経済的地位達成する機会を奪うな」

でした。

その小倉弁護士が「現在は労働市場は男女平等*1で、賃金格差の問題などない*2」という主張をなさっていたので、私はびっくりしたわけなのですね。「この人ほんとに女性の経済的地位に関心あるんかいな」と。

以下では、小倉弁護士のこの認識がどう誤っているかを、賃金格差問題のごくごく基本的なこと、基本の「き」ぐらいのことからだけで確認しておきたいと思います。

参考にするのは厚生労働省が2010年8月に公表した「男女間の賃金格差解消のためのガイドライン」パンフレットです(内容的にはパンフレットの最初の4ページについてだけ)。

なお、私は労働論も階層論も専門ではありません。以下は学部1、2年生用の授業のために集めてた資料(主に政府公刊物)の切り貼りで、統計的に難しい話とか出てきません。もし間違ってるとこあったら教えてくださいませ>識者の方々

1. 賃金格差の実態


まずは一番基本的な数字の確認から。
男性一般労働者の所定内給与額を100.0としたときの、女性一般労働者の所定内給与額の値です。

(パンフレット p. 2)
f:id:frroots:20111025220645j:image


86年以降ゆるやかに改善傾向にありますが、09年時点でも69.8となお大きな格差があることがわかります*3
これは国際的に見ても大きな格差です*4
じつは非正規労働者との格差はもっとすさまじく、女性労働者の半数以上が非正規労働者となった現在ではそちらの問題がむしろ重要なのですが、今はとりあえずそれは置いておきましょう。

さて、小倉弁護士は当初、男女間での「就業機会と所得格差は85年の均等法によって急激に改善された」と主張していました。

(15:40発言リンク追加)
雇用均等法以降急激に改善しているという認識です。RT @tarareba722: ふむむ、なるほど。では少なくとも立法時には、男女雇用機会均等法が必要な程度には男女の就業機会や所得格差はあったな、という認識なんですね? 今は違うと?
http://twitter.com/#!/Hideo_Ogura/status/126291666545016832


でも上のグラフだけ見ても、「ある時点を境に急激に改善された」なんていう事実がないことはあきらかですね*5。この点を私が尋ねると、次のような認識を披露してくださいました。

急激ったって、限度はありますね。RT @frroots: 「程なく」ってどれくらいですか?85年を境に「急激に改善された」のではなかったのでしょうか。
http://twitter.com/#!/Hideo_Ogura/status/126345699263651840

変わった時期は第一次就職氷河期でしょうね。RT @frroots: ではどの程度の期間に何がどう変わったことを「就業機会と所得格差の急激な改善」と仰ったのかお教えいただけますか。どこに事実認識の違いがあるのか知りたく思いますので。
http://twitter.com/#!/Hideo_Ogura/status/126350277950447616

コース別人事制度採用企業の減少、採用企業での女性総合職採用比率の上昇、コース転換制度とその活用。RT @frroots: 何がどう変わったと仰っているのでしょうか。
http://twitter.com/#!/Hideo_Ogura/status/126356706274979840


つまり、「急激に」と言うのは「85年均等法からしばらくたった第一次就職氷河期(90年代前半〜半ば)」のことであり、そこで「コース別人事制度採用企業の減少、採用企業での女性総合職採用比率の上昇、コース転換制度とその活用」などが生じることで、賃金格差も改善した、というのが小倉弁護士の認識のようです。

しかし残念ながらこの認識は誤りです。

まず第一次就職氷河期を境に賃金格差が劇的に改善しているわけではないことは上のグラフからも明らかです。

続いてコース別人事について言えば、多くの企業がコース別人事によって実質的な男女別賃金体系を維持していくのは、85年の均等法以降のことです。なぜなら、85年均等法では定年・解雇・教育訓練などについて男女差別が禁止されたのみで、募集・採用・配置・昇進における男女の平等な取り扱いについては「努力義務」に過ぎなかったので、コースを分けて男女別に採用すれば、実質的な男女別賃金が実現できたからです。これらについても差別が「禁止」となるのは、ようやく97年に均等法が改正されてからのことです*6

さらに総合職への女性採用比率も、厚労省が公表している『コース別雇用管理制度の実施状況と指導状況について』によれば、2001年時点でわずか2.2%です。

要するに、85年から90年代半ばまでの間に就業機会と賃金の男女間格差が改善されたなんていう事実はないのです。実際、やはり厚労省が公表している『働く女性の実情』によれば、2000年の時点で、就職活動中に活動者が出会った差別もいくつも報告されています

このように均等法についての認識からだけでも、労働市場における男女の機会平等をめぐる小倉弁護士の認識は相当おかしいことがわかります。

2. 賃金格差の原因


では、賃金格差の原因はいったい何なのでしょうか。(小倉弁護士は「家庭内の経済格差が原因」というよくわからないことを言っていましたが)パンフレットの4頁では、男女間の賃金格差にもっとも影響を与えている要因は「職階」(続いて勤続年数)であると示されています。つまり、高い職階に占める女性の割合が低いことが一番の要因だということです。実際どんくらい低いかというと、これくらいです。

(パンフレット p. 4)
f:id:frroots:20111026001105j:image


部長相当職にいたっては09年時点で3%ですから、「ほとんどいない」と言っていいような状態です。課長相当職以上の国際比較は5頁にありますね。

ところが、小倉弁護士によれば、職階や勤続年数の違いによって賃金格差が生じることは何ら是正すべき問題ではありません。なぜなら、女性が仕事をやめたり、賃金の低いパート労働に就いたりすることは、女性個人の自由な選択の結果だからです。したがって賃金格差を是正しようとすることは、逆に個人の自由を制限することであり、認められないというのが小倉弁護士の主張です。

任意に専業主婦+パート労働につく人が相当数いることを無視されてもなあ。RT @frroots: 多数の女性にとって経済的地位達成なんてハナから門戸が閉ざされている状態なの。女性労働者で年収300万超える人は34%に満たないんですよ。700万超える人なんてわずか3%。
http://twitter.com/#!/Hideo_Ogura/status/125043522507255808

平均賃金に男女間格差がない社会を作るためには、同一労働で女性割増賃金を実現するか、給与水準の低い職業に女性が就こうとすることを政府が制限することが必要となります。
http://twitter.com/#!/Hideo_Ogura/status/127878908216492032

選択の結果ですね。こういうものを実質的な不平等に含めるのだとすると、その解消のためには、むしろ女性の選択の自由を政府が制限することが必要になりますね。
http://twitter.com/#!/Hideo_Ogura/status/127901502206509056


もちろん、すべての女性がキャリアアップを望まず、出産・結婚を機に仕事をやめたいと思っていて実際にやめ、それゆえに勤続年数や職階の男女差が生じ、結果として賃金格差が生じるという事態を想定することは可能です。

しかし、現実は本当にそんな麗しい自由な世界になっているのでしょうか。

パンフレットの5ページには賃金格差を(つまりは職階や勤続年数の差を)生むさらなる原因として、次のふたつの側面が挙げられています。

  • 制度設計の面
    • 性別役割分担意識を持って運用されることが実質的に容認される制度になっている
    • 家事、育児と仕事との両立が困難な制度になっている
  • 賃金・雇用管理の運用の面
    • 採用、配置や仕事配分、育成方法の決定、人事評価や業務評価などの側面で、男女労働者間に偏りがある

以下順番に見ていきましょう。


2.1. 性別分業の影響

多くの女性が結婚や第一子出産を機に仕事をやめることは事実です。また、子どもがある程度成長してからは(多くは非正規労働者として)労働市場に再参入するので、女性の労働力率は有名なM字型カーブを描くことになります。

さて、このような女性の一般的なライフコースが、必ずしもすべての女性にとって「個人の自由な選択」と言い切れるものではないことは、しばしば「潜在的労働力率」によって説明されます。潜在的労働力率は、実際の労働力率の分子に就業希望者をくわえた場合の労働力率です。要するに「実際には働いていないけど、働きたいと思っている人が働けていたとした場合の労働力率」ですね。2009年版の『働く女性の実情』から引用してみます。

(『H21 働く女性の実情』p. 18)
f:id:frroots:20111026011026j:image


試しに30-34歳の年齢階級を見てみると、女性の労働力率は64.1です。それに対して女性の潜在的労働力率は79.4です。つまり、15.3ポイントぶんだけ、「働きたいけれど、働けていない」女性がいるわけですね。25-49歳までの年齢階級において、女性の実際の労働力率と潜在的労働力率の差が男性とくらべて大きいことがわかります。

まずはこれだけ取ってみても、「仕事をやめる」という選択が、少なからぬ女性にとって「任意」の選択というよりは、「本当は働きたいけれども仕方なく」という側面を持っていることが推測できようかと思います。

ところが、小倉弁護士によれば違うのです。小倉弁護士によれば、女性の非労働力人口における就業希望者の存在は、「やめるときは本気でやめたくてやめた女性が、あとから働きたくなったことで生じている」そうなのです。

新卒時に勤めた会社を結婚や出産等を機会に一旦やめた女性が再び働こうということになったときに職場が見つからないという例が、男性より女性に多いということでしょうね。
http://twitter.com/#!/Hideo_Ogura/status/127899648370290688

やめたときにはやめたかったんでしょう。人間の選択ってその時々で変わるのですよ。RT @frroots: 就業希望者なら結婚・出産しても仕事をやめずにすむなら、やめないでしょう。にも関わらず、「就業希望者が」やめるという選択肢を選ぶなら、選ばざるをえない事情があるわけです。
http://twitter.com/#!/Hideo_Ogura/status/127903012709601281


まるで日本の女性は仕事をやめるにあたって、将来働きたくなるかどうかも、再就職のしにくさも考慮にいれない場当たり的な考えしか持たないのだと言っているようでアレなのですが、まあ可能性としては確かにそういうことも考えられなくもないかもしれなくもないでしょう。

しかし、その解釈にはさすがに無理があります。

もし小倉弁護士の解釈が正しければ、結婚・出産などで「やめたくてやめる」人が出てくる年齢階級では労働力率と潜在的労働力率の差は小さく(「希望どおりやめてる」のだから)、逆に「また働きたくなる」人が増える年齢階級以降では、その差が大きくならなくてはなりません(「再び働きたくても職場がみつからない」のだから)。ところが実際には、差が最も大きくなるのはM字型の底にあたる35-39歳年齢階級で、その後差は縮まっていくのです。

では、就業を希望していながら、実際には求職することができない*7女性たちは、どのような理由でそうなっているのでしょうか。同じ『働く女性の実情』の中では、就業希望者に非求職理由を尋ねています。

(『H21 働く女性の実情』p. 19)
f:id:frroots:20111026020326j:image


25歳以上で、圧倒的に「家事・育児のために仕事が続けられそうにない」という理由が多いですね。要するに、「働けるなら働きたいけど、家事・育児があるからできない」状態だということです。

よく知られていることですが、日本の女性の家事・育児負担は相当に強烈です。言い方を変えると、日本の夫は強烈に家事・育児をしません。09年の『男女共同参画白書』からグラフを借りてみましょう。

(H21『男女共同参画白書』p. 75)
f:id:frroots:20111026021007j:image


見ての通り、妻が専業主婦だろうが、短時間労働者だろうが、フルタイム労働者だろうが、夫の家事・育児・介護等時間は30分程度で変わりがありません*8。このことが意味するのは、日本の女性は、結婚したらその途端に家事のほとんどを負担しなければならなくなる(そして子どもができたら育児のほとんどを、要介護者が出たら介護の…)ということです。

このことと、これまた悪名高い日本の労働者の長時間労働(『H18 国民生活白書』)などをあわせて考えれば、それだけでも、結婚・出産をして女性が就業継続していくことの大変さが想像ができるでしょう。

日本の雇用システムは極端な「男性稼ぎ主モデル」であると言われます。「夫が稼いで、妻が家事・育児(と家計補助の非正規労働)をする」というモデルのもとでは、「正規労働者」というのは「家のことをやってくれる人(=妻)がいるがゆえに長時間労働や転勤ができる人(=夫)」のことであり、家事・育児を負担する人は時間的にも体力的にも正規労働者として就業継続することが難しい状況におかれます。

小倉弁護士はもちろん、この圧倒的に偏った家事分担も「夫婦間で決めたことだから問題ない」と言うでしょう。しかし仮に女性が自ら望んでこれだけの家事育児負担を負っていたとしても、それゆえに働きたくても就業継続できないという状況に女性が置かれることには変わりがありません。つまり、労働市場への参入という機会を考えるとき、ここには実質的な機会の不平等があることになります。

パンフレットの中で「家事、育児と仕事との両立が困難な制度になって」いないかどうかに注意が促されているのも、賃金格差の解消のために「ワーク・ライフ・バランス」の取り組みが必要だと言われるのも、こうした理由からなのです。


2.2. 賃金・雇用管理上の差別

パンフレットには制度設計の側面に加えて「賃金・雇用管理の運用の面」に注意が向けられています。つまり、職階の違いを生み出すような差別的待遇が、現在もあるのだということです。これはふたつの点から考えることができるでしょう

ひとつはやはりコース別人事です。『論争・日本のワーク・ライフ・バランス』の中で山口一男氏が論じていることですが、総合職と一般職では賃金プレミアムが異なり、年齢による賃金勾配がまったく異なってきます。つまり、一般職は長く勤めていても賃金が上がらない賃金体系になっているということです。そして、97年均等法改正で男女別の募集・採用・配置・昇進は禁止されたとはいえ、上で述べたように正規雇用における総合職の女性比率は極めて低く、95%以上の女性が一般職についています。山口氏が指摘しているのは、実質的な男女別賃金体系のもとで労働者のインセンティブが異なってしまうという統計的差別問題です。また、上記の家事育児負担の問題とも関係して、間接差別が存在していないかも重要な問題です(06年の均等法改正で全国転勤を要件にした総合職募集と転勤経験を要件した昇進については禁止されました)。

論争 日本のワーク・ライフ・バランス

論争 日本のワーク・ライフ・バランス



もうひとつは、同一価値労働同一賃金原則が通用しておらず、経歴や年功などの「職能」で賃金評価がおこなわれることの問題です。労働者がおこなっている職務を評価するのではなく、属人的な職能評価がおこなわれるので、人事考課に性差別が入りやすいということです。これについては森ます美氏が『日本の性差別賃金』の中でくわしく論じています。

日本の性差別賃金―同一価値労働同一賃金原則の可能性

日本の性差別賃金―同一価値労働同一賃金原則の可能性



住友金属や昭和シェルの事例から、実際には同一ないし類似の職務をおこなっているにもかかわらず、女性だけが職能資格等級が上がっていかない仕組みが丁寧に明らかにされています。

女性だけ昇進させなければ当然職階に違いが生じますが、そこまでいかなくても、仕事の配分を変えたり、訓練・研修等の教育機会に差をつけたりすれば、能力開発の機会に差が出ることで、結果的に管理職比率の差につながるでしょう。また当然労働者のインセンティブの差にもつながるでしょう。訴訟になった事例だけでもいくつもあるのですから、こうした事例が現在ではほとんど存在しなくなっているとは考えにくいです(だからこそこのパンフレットでも注意が促されているのでしょうし)。少なくとも、こうした差別をおこなっている企業が現在はないか、平均賃金格差に影響を与えないほどごくわずかであると主張する側には、それなりの実証的根拠が要求されるでしょう。

まとめ


このごくごく基本的なことの確認で私が言いたいのは単純なことです。正規労働者として、みずから経済的に自立するために労働市場に参入しようとするとき、男性と女性では「働き続ける」という選択肢の選びやすさが全然違う、ということです。家事育児負担を負い、また差別的な賃金体系も残る中では、女性にとって「働き続ける」という選択肢は(少なくとも男性とくらべて)非常に選びにくいものです。この条件の違いを考えたとき、少なくとも経済的地位達成という点において、男女の機会は実質的には平等にはほど遠いと言うべきでしょう*9

もちろん、個々人は自ら「選んで」仕事を続けたり辞めたりしているわけです。それを「個人の自由な選択」と呼びたければ、呼ぶこともできるかもしれません。でも、頭に銃を突きつけられて「歩け。歩かなければ殺す」と言われて歩くことだって、殺されるより歩くことを選んでいるという意味では「個人の選択」です。けれどその「歩く」ことを「自由な」選択だとは私たちは言わないでしょう。そこでは、「歩く」という選択肢と「歩かない」という選択肢のあいだには、選びやすさにおいて圧倒的な非対称性があるからです(殺されることを決断するのはたいへんです)。同じように、女性が「働き続けること」を考えるときにも、それが女性にとってどれくらい選びやすい選択肢になっているかを、さまざまな条件から考えてみなければなりません。

小倉弁護士は、男女間の賃金格差を現在より縮小しようとすることは、個人の自由の侵害になると考えているようです。

じゃあ、茨の道を歩きそうですね。女性の側の選好にまともに踏み込んでいかないといけないので。
http://twitter.com/#!/Hideo_Ogura/status/128771962284687360


しかし、パンフレットの6ページにあるような点検を企業におこなわせ、ポジティヴ・アクションによって女性を支援するとともにロールモデルを提供し、ワーク・ライフ・バランスを進めていくことは、別に「個人の選好に踏み込むこと」ではありません。それは選択肢の選びやすさができるだけ性別によって異なることのないようにする、つまり実質的に機会を平等にするための取り組みなのです。

もしこうした取り組みを「個人の選好に踏み込むこと」だと本気で考えるなら、小倉弁護士はミスコン批判しているフェミニストをおちょくってる暇などありません。全力で政府に抗議しなくてはなりません。我々の自由が(我々の税金によって)危機にさらされているのですから!

ちなみにですね、私としてはここに書いたことがすべて正しかったとしても、「容姿にすぐれた女性が容姿によって経済的地位達成する機会を奪うな」という反ミスコン批判の立論それ自体はなお可能だと思うですよ。ただ、ミスコンなくなったとしても芸能オーディションや「なんちゃらキャンペーンガール」みたいなのがなくなるわけでもなし、テレビ局にエントリーシート出せなくなるわけでもなし、なので「容姿でのしあがりたい人」の機会がたいして減るとは思えないですし、それよりは圧倒的多数の女性にとってはここに書いたことのほうが自分の経済的地位にとって大きな影響を持つわけなので、本当に女性の経済的地位に関心があるなら、反ミスコン批判なんてしてないで賃金格差問題取り組むべきですよ、とは思うけどね*10

おまけ


ミスコンの話から随分遠くに来てしまったのですが、少しだけ関係する話もしておきます。上記のような就業継続の困難さがあることで、女性の場合は職業によって経済的地位を獲得することが男性にくらべて難しくなっています。そうすると、女性にとっては「結婚」による経済的地位の達成が重みを持ってくることになります。

このことを確認するため、日本に特徴的な傾向として、しばしば「高学歴女性の専業主婦化」という現象を挙げておきます。木村邦博氏は、『日本の階層システム4 ジェンダー・市場・家族』に収められている「労働市場の構造と有配偶女性の意識」という論文の中で、「高学歴女性の専業主婦化」現象を、「労働市場の分断のもとでの合理的選択」から説明しています*11

女性も(男性と同様に)大学・短大進学が職業的地位達成の手段であると見なしており、性別役割分業に否定的な女性が大学・短大に進学しようとする。しかし、フルタイムの労働市場では女性が結婚・出産後も就業を継続しにくい環境があり、多くの女性が結婚・出産を機に退職する。性別役割分業に否定的で就業継続を希望する傾向のある大学・短大卒の女性にもこのことはあてはまる。その後、有配偶女性が再就職しようとしても、フルタイム労働市場には戻りにくい。これに対してパートタイム労働市場では、企業が学歴や配偶関係にかかわらず女性を安価な労働力として採用しようとする。ここに引きつけられるのは、高校・中学卒の方である。高校・中学卒の女性は、高校・中学卒の男性と結婚することが多く、夫の収入がそれほど高くないので、家計補助のために働きに出る必要がある場合が多いからである。こうして、大学・短大卒よりも高校・中学卒の方が専業主婦の比率が小さくなり、志望していたのとは異なる就業形態に至る有配偶女性が多いことになる。
(木村 2000: 184-185)


日本の階層システム〈4〉ジェンダー・市場・家族

日本の階層システム〈4〉ジェンダー・市場・家族



こうした事実があるなら、日本の女性にとって、学歴は職業だけでなく結婚を媒介にして、自らの経済的地位に関与することになります。今回ミスコン批判者に向けられた揶揄の中に、「ミスコン批判は高学歴女性が学歴で得た自分の地位を守ろうとするもの」だというものがありました(まあ言ってたのは小倉弁護士ですが)。しかし、木村氏の説明が正しければ、日本の女性については学歴メリトクラシーさえ普通にはあてはまらないのです。むしろ、学歴にかかわらず女性に(結婚市場における価値としての)「若さ」や「容姿」プレッシャーがかかるという(わりと常識的直観にかなった)傾向が示唆されているのではないでしょうか。労働市場における機会の不平等と、「女の価値は容姿」という価値観は、多分無関係ではないですよ。どっちがどっちの原因みたいな単純な話ではなく。

*1:14:37追記:たとえば「同じ学歴でも女性のほうが不利」という私の発言に対して「いつの時代の話?」と返答されています

*2:15:40追記:「所得格差は均等法で急激に改善された」という認識を述べられています。すぐ後で述べますがこの認識は誤りです。

*3:ちなみに10年は69.3と少し拡大してしまいました

*4:2007年の男女共同参画白書参照

*5:19:00追記:この点について「85年で急激に改善されたかどうかは86年からのデータじゃわかんねーじゃねーか」というご指摘をいただきました。まことにごもっともでございます。お詫びするとともに数字をご紹介しておきます。84年は58.6、85年は59.6でございます。NWECのデータベースで「男女間格差」とでも検索していただければ、賃金構造基本統計調査のデータをご確認いただけると思います。とはいえ、小倉弁護士が「急激に」の時期を「第一次就職氷河期」までの時期とご指定くださっておりますので、結果的には本論の論旨には影響はございませんね。

*6:しかしその後も転勤等を要件とした間接差別の利用や、非正規雇用の拡大などにより、実質的な男女別賃金は維持されていきます。間接差別が限定的に禁止とされたのは06年の均等法改正時でした

*7:「就業を希望していて求職していない」という表現は奇妙に聞こえるかもしれませんが、労働力調査では現在仕事についていなくても、求職活動をしている者は労働力人口に数えるので、非労働力人口の中の就業希望者の表現はこうなります。

*8:この時間は平均値なので、実際にはやってる人はもっと長くやりますし、やらない人はまったくやらないというのが実態なのですが。

*9:もちろん、逆に言えば男性は家事育児に参加する機会を奪われているとも言えます。男性の長時間労働や過労死、自殺率の高さの問題なども、この観点から考えられなくてはなりません。

*10:そして、フェミニストに対して「ミスコン批判より○○に取り組まないのはなぜか、実証的根拠はあるのか」と言っていた人たちには「女性の経済的地位に関心あるなら反ミスコン批判より賃金格差問題に取り組まないのはなぜか、実証的根拠はあるのか」と尋ねますけどね

*11:論文の元になったと思われる同内容の報告書がWebで読めます(pdf注意)