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おまけ人生フェルマータ

2011-07-27

[][]GPCの測定を頼まれるのこと。いわゆる接待のようなものを受けてみるの巻。

もうすこしで日本に帰るので、すこしまとめておこうかと思います。

1.GPCの測定を頼まれるのこと。いわゆる接待のようなものを受けてみるの巻。

2.中国では工程師にご飯をごちそうするのは普通であるの巻。および食事のマナーのようなもの。

3.中国語がしゃべれるとなにが便利かってなにも便利じゃないの巻。

とりあえずこの三つくらい書いておこうかと。今日は一つ目。



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1.GPCの測定を頼まれるのこと。いわゆる接待のようなものを受けてみるの巻。


大まかな内容はなにかというと、うちの研究室はGPCという装置を所有していて、溶媒がDMFと設定がめずらしい。それで、ほかの溶媒に溶けないサンプルを測りたい人が現れる。研究室の方針としてGPCは原則、外の人間には触らせないことになっているので、代わりに測定するなんてことが出てくるのだが、忙しいときにはうっとうしい。という状況の中で、ある日「いつも迷惑かけてるからご飯ごちそうするよ」と誘われた。そんな接待みたいなのにはのるか(クワッ!)って思いつつも、これがいわゆるやり方かと思って試しについていってみた、という話。


*    *    *


中国にいるとよくご飯をごちそうされるし、ごちそうする。研究室内だとかの友人の間ではあまり気にしないけど、外の人にごちそうするだとか、外の人が申し出るとかだと、ただ食いというものでもないわけで、なにかしら意味が(具体的な頼み事がなくても)こもっていることが多い。たとえば今回のケースの後ろには、明らかに、さらに測りたいサンプルが控えているのが見えた。逆に言えば、なにか困ったことがあるときに、すっと自然に(不自然なのを気にせずに)、食事でも、と言い出せるのが中国の慣習であるとも言える。

日本だと、どうなんだろう。実はこうやって日本だとどうなんだろうと考えてしまうと、日本もそう一括りにできるものではないので、そういうシチュエーションもありそうだなぁ…むにゃむにゃ、となっていつまでもエントリが書けなってしまう。ので、一応、日本でこういう、1.裏に意味を込めた唐突な食事のお誘い(日本でも“お礼”だと比較的ありだと思うのだ、これが“お願い”になるとぐっと露骨でやりにくくなる)、かつ、2.装置担当者を直に誘ってしまうような、上を通さない接待、はイレギュラーであるということにしよう。中国では、我々にとって違和感のあるこのスタイルの“お食事の申し出”、これは割と“誰でも使いこなす基本スキル”であるという意味で、日本とは違う(日本でもこういうのを自然にできる種類の人はいると思うが)と言えるのではないか、と思うわけである。

さて今回の件なのであるが、うちはGPCは基本的に外の人には触らせない、どうしても必要なひとは先にボス間を通して正式に契約した後にのみトレーニングする、それ以外の測定の依頼は管理者(自分ともう一人)が自分で断ってよい、ということになっている。この規則はGPCが累積的に壊れていくタイプの機器であるってことと関係してる。ひとつくらい不安定なサンプル打ってもその瞬間は問題が発生しないので、まぁ平気だろってやられちゃうと困るっていう理由である。じゃあ、この規則通りおれがむげに断れるかっていうと、そんなわけにもいかない。だってそれ測らなきゃ相手の研究が進まないわけだし、装置の融通って言うのはお互い様の部分があるからだ。結局、はじめてやってくる人には、いくつかの測定をしてあげて、結果をみてさらに続けたいようなら正式に…という風にならざるを得ない。今回のケースはちょうどこの狭間のあたりの出来事。

おれは日本人in中国なので、正直な話、測定を介して中国人の知り合いができるのはありがたかったりもする。だから、その分ほかの中国人に比べても外の測定をやってる方だと思う(“中国人に比べても”というのは、そもそも中国では人から頼まれた測定をいやがらずにやるって言うのはほとんど当たり前なのである。これは研究室ごとに装置がまだ十分じゃないという環境によるところもあるだろうし、中国人としての性質もあるんだろう)。が、おれにも忙しさの山と谷があるわけなので、「今はムリ。待つなら可。いやなら正式にボスに話して。」みたいな時がでてくる。まあそんなときだな、ご飯ごちそうするよって言われたのはね。

いつも測定してもらってるからご飯食べに行こうよって言われて、正直なところいやーめんどくせーべーって思った。でもやんわり断ってもめげない。どうしても外に食事に連れて行ってくれると言って聞かない。おれとしては、その食事を食べたら次に出てくる測定が断りにくくなるのが目に見えてるから、正直食べたくない。別に一緒に食事をするのがいやだというわけではないので、じゃあ学食でご飯食べようよと言ってみても、学食なんてダメダメダメと。

おれはどちらかというと素が人間関係めんどくさい的な方面の人間なので、こういうやりとりの間にも、「めしもいらないからサンプルも持ってこないでくれればいいのに」とか思っちゃったりする。で、やんわり断ってもめげない相手にははっきり断れば済むわけだけど、それはやっぱり面白くないと思うによって、じゃあ今回は、この誘いにのるといったいこの後どういう展開になってしまうのか、というのを体感してみようということで、折れてしまったというわけであった。

お礼じゃん、ただのお礼のご飯なのになんでそんな穿った見方をするのかしらん、と見る向きもあろう。ま、そういえばそう。でもまぁたまにはそういう穿った見方を試してみるくらいでいいのある。


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※左から順に、石烤虾、肥牛金针斷法回锅肉。


さて、飯の中身は直接は関係ないけど、まぁせっかくだから臨場感を演出するために書いておくとうまかった。最近は学食がめっぽうおいしくないものだから、外で食べるご飯はすばらしいですね。とくになんだあの、串に刺したエビを唐辛子など薬味の山の中に埋めたままグリルしたのとか、回鍋肉とかも味が違うわけであるし(回鍋肉は実はあの肉がうまいのである、野菜はニラだけだったりする)、中華は豚中心とか言いつつも、ちゃんとしたお店だと牛肉も実はおいしくて、エノキと一緒に酸辣スープで煮たやつとかはもーその汁だけでご飯何杯でもいけちゃうんじゃないかって感じで、あの中身たべちゃうと即座に下げてしまう感覚は永遠に共感できないわーとか思ったり…。とかはどうでもよくて、いやそれも大事なんだけど、なんだやっぱり人と食事するって言うのは、月並みだけど、仲良くなる。中国の飯は長い。2時間くらい食べながら延々と話をしているわけで(別にお酒を飲んでいるとかではない)、料理の話に始まり、日本の話、相手の田舎の話、研究室のうわさ話、あとは普段の生活上気になってるちょっとしたことを聞いてみたりとかね。そんなのまぁ楽しくないわけない。すっかり仲良くなってしまったのである。


食事が楽しめた一因は、ご飯食べてる間は頼み事には一切触れないの原則を守っていたかじゃないかと思う。もちろんお誘いにのるって決めた時点で、頼みも引き受けることになるだろうと思っていたから、頼まれごとをすることを警戒してたとか言うわけではない。むしろごく自然体でご飯食べていたわけだ。それにしても安心してご飯食べた気がするのは、話題がどんなにGPCに近づいても、つまり研究の話になっても、というかむしろGPC自体の話になった時でさえも、頼み事に触れる気配すらなかった。これはむしろ後で思い返してみて強く感じたことだけど。ほんとにただのご飯だったんだよね。

では、その測定サンプルの追加という話は結局いつどういうかたちで出てきたかと言えば、食事もおしゃべりも一区切りした最後にあっけなく出てきたのであった。ちょっとあらたまってから、「実はね、GPCのことで困ってることがあるんだけど…」から始まって、今扱っている系についての説明と、GPCが必要なこと。正式に、ひとつの頼み事として。

感心した。というと偉そうに聞こえるかもしれないが、こういう風にやるんだったのかと。うまいな。何がうまいかって、この話を聞いたときに、確かにおれ自身がそりゃあGPCがないと大変だよねと思えたところ。わかりやすく言うなら、そこに一人の友達がいて、ここに装置がある、ならばぜひ測定をして、その結果がいったいどうなるのかを“一緒に”見てみたい、という心境に変化していたということだ。「そういうことだったら、測定の前に濃度は正確に測っておいた方がいいね、あとあの装置もつなげて一緒に測っちゃってデータを比較した方がいいね…」とか自分の口から流れでるのを聞きながら、自分の中の客観的観測部隊が「おいおい?2時間前のめんどくさいのと忙しいのはどこにいったんだ?(笑)」とか言ってる。でも話してて楽しいからそういうのはあまりひっかからない…。


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中国人の接待上手(接待好きというか接待に慣れているというか)なんていうのはよく聞くわけだけど、正直想像と違った。というかよく考えれば、接待(のようなもの)なんて、した経験もされた経験も無いわけで、そもそも接待ってこういうもんだよって言われればそうなのかと言うしかない。なにしろ自分にとっては、“交換条件じゃない”というところが目から鱗だった。自分の力及ばない件については、その力及ぶ人に頼らざるを得ないわけだけど、そのときに何かを差し出して助けを借りるのではなくて、まずその人と友達になっちゃうっていう方法をとるっていうのは、自分にはない発想だった。これ以前に中国人の接待について確固としたイメージがあったわけじゃないけれど、あえて言うならば、ギブ&テイクがうまくてかつギブのところに金とかメシとかをつっこんでくるのがうまい、っていう感じだったのかもしれない。そうではなかったということ。最初にも書いたけど、これを読んで、なんだ普通の人付き合いじゃんって思う日本人もそこそこいるだろうが…(少なくとも最近こういうのが得意な日本人もよく見る環境にいる)、これはどこかで学ばないと(真似ばないと)できないんじゃないかな。そして中国人は社交的な人もそうでない人もおしなべてこれをやるって言うのが、特筆すべきところ、わざわざこの文章を書いた理由でもある。…まぁいい気分にさせられて案件を飲まされただけじゃないかと言われればそれはそれで否定しないが。

食事を終えた(というのはいつ測定するかっていうのを決めた)帰り道、相手が言った一言は印象的だった。「あぁよかった。老板も絶対にこのデータは出せって言ってて。もし助けて貰えなかったら、またなにか別の方法を考えなくちゃいけなかったんだよ。」と。老板も隣の研究室の装置管理人に飯を食わせて懐柔しろとは言ってないだろうに。これなのだ、中国人エネルギーというか、タスクを完遂させるための手段が広い(正確には、日本人と方向性が違うから広く見えるということだが)。たぶん中国人相手にはこれが必要だし、逆にいえば、たとえば中国人の部下を使うことなれば、部下はこういう行動をとるのだ。これは経験しないとなかなか分からないところだし、だからこそ、研究室内の一機器ではあるものの、その責任者という立場で接待(のようなもの)を受けてみるっていうのは、結構わるくない案だったと思うのである。

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