僕ラブ16戦利品感想④

音ノ木坂学院の死/綾部小説館/綾部卓悦さん

ラブライブ!×本格推理小説」を謳った、実に野心的な長篇小説。クローズド・サークル、死体消失、テン・リトル・インディアンズ、読者への挑戦状……と。二次創作ながら、うるさ型のミステリマニアでも感嘆すること請け合いの、「本格的な」本格ミステリとして仕上げられた逸品です。
物語は原作の本篇終了から七年後。久々の再会への期待と一抹の気掛かりを胸に、絢瀬絵里が母校、音ノ木坂学院での同窓会に合流する場面から始まります。白状すると僕はこういった「〇年後」といったifストーリーがあまり得意ではないのですが、各メンバーとも、しっかりとした分析に基づき、原作の描写やキャラ付けの延長線上に違和感のない形で「未来の姿」を構築されている点に、まずびっくり。変わったように見えて変わらない部分、変わらないように見えて変わった部分。丁寧でかつ配慮の行き届いた交流シーンに気付けばすっかり引き込まれ、事件発生前のこの時点で、既に傑作たり得る兆しをひしひしと感じていました。……が、まさかこれが核心だったとは
ネタバレになるのでもちろん多くを語る訳にはいかないのですが、個人的に本作最大の離れ業は「原作の物語との時間的な隔たり」を導入することで、本格ミステリとしても、ラブライブ!二次創作小説としても、作品自体に奥行きと意外性、更には強烈な批評性までを持たせてしまったことだと考えます。あえて大袈裟な言葉を使うなら「μ'sの物語を無根拠に永遠のものと捉えて、アニメの時間の中だけで生きようとする読者」は、この作品で扱われる「最奥の真実」には決して辿り着けない構造となっているのです。作者の綾部さんがどこまで自覚的にこの構造を作り上げられたのかはわかりませんが、少なくとも同じくミステリ二次創作を試みている人間としては、強く突き刺さってくるような衝撃を感じました。ある見方をするのであれば、この到達点は僕が九作の短篇連作で行き着いたものとは、ほとんど正反対とも取れる結論でもあったからです。
あとがきでは「二次創作としての出来は下の下」「この話ならラブライブでやる必要はなかったのでは?」と謙遜を仰られていますが、そんなまさか、とんでもない。古き良き「本格」のコードを忠実になぞった展開は楽しくて仕方ない一方、読み手によっては食傷めいた感覚を呼び起こすかも知れませんし、個々のトリックや動機だけを切り出してくると、いずれも古今東西のミステリで一度ならず見覚えのある手筋ではあるのですが。それでもなお本作が優れた娯楽性とメッセージ性、新奇性を獲得し得た背景では、間違いなく原作に語られた要素を換骨奪胎する、二次創作的な想像力が大きな役割を果たしていると言えるでしょう。
そしてまた、一々の推理を支える細やかなロジックの気持ち良さと、ある事象をロジックとして自然に機能させる根回し・土台作りの周到さと来たら。この部分にももちろん原作のキャラクター性などが存分に活かされており、不自然さを感じる描写も、そのほぼすべてが後にしっかりと回収される誠実な作りに脱帽。流麗で、誤字や誤用もほとんどない文章の建て付けまで含め、アマチュアの作品とは思えない完成度となっています。
さて、ここまではひたすら讃辞を綴ってきましたが。プロのミステリ作家を目指されているというお言葉に感銘と敬意を表し、あえて気になった部分についても少しだけ。
前段まで二次創作的な意義についてはむしろそれを是とする旨を書いてきたものの、とは言え、一部には多少の違和感を覚えるような箇所もありました。具体的に一例を挙げるなら第四章の最後、急転直下を迎えて以降、一同が深刻な疑心暗鬼と対立に陥る展開など。「極限状態」「七年後」というエクスキューズ、そして作品全体を貫く主題によってある程度まで整合性と必然性を担保されてはありつつも、やっぱり些か性急に過ぎる印象も。これはほとんどミステリが抱える宿痾みたいなものなんじゃないかとも思うんですが、プロットの都合が先行することで、人物の思考や行動が歪められてしまっているような危惧が若干ながらありました。この点は、本作でも数少ない「ラブライブ!二次創作」であることがややマイナスに作用している要素でないかなと。あとあとのことを思うとこの展開は不可欠ですし、これが仮にオリジナル作品であったなら何の引っかかりも感じなかった気がするんですが、前述の通り僕は本作の真価を「ラブライブ!二次創作」であることだと考えているので……うーん、悩ましい。
最後は殆ど言いがかりみたいな感じでしたけれど(本当にすみません……)、逆に言うと、こんな些事にさえ目が行くほど細かな鑑賞にも堪え得る傑作なんです。絶妙なバランス感覚の上に成立した、二次創作ミステリ界隈の新たなメルクマールを是非多くの方に知っていただきたいと心の底から思います。
すげえやべえぞ(語彙の消失)