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in and around

2018-08-14

一年経ちまして

大変にお久しぶりだ。
あまりにも書いていなかったので、何から書いたものかと思っているうちに日が過ぎてしまいました。

去年からゴタゴタしたところは続いていて、
昨年11/26に洗礼を受けたものの、
その後苦しい日々が続いたり。

とりあえず、また時々書く、ということは書いておきます。

2017-08-21

洗礼を、受けるかもしれないというか

たぶん受けることに。

飲み屋で、牧師ともう一人友人と飲んでいて、
友人が、フッと席を立った時、
牧師
「洗礼を受けると決めてから、洗礼を実際受けるまで
どのくらいの期間が必要ですか」
と聞いてしまったのでした。

・・・・あれ?何?(笑)
まあ、いいか、みたいな。

まあ、うん。
中の人は、去年のクリスマスで受けろ、と言っていたのを
無視していたのだけど。
まあ、妄想かもしれないし。
今つらい時期だから、いいのかもしれない。

失恋というのだろうか

すごく久しぶりに好きな人が出来、
好かれて、
色々あった挙句に、私が耐えきれなくなり、
先日別れた。

相手がいても苦しい、
いなくても苦しい。

私は、
私が大事だと思うほど
相手にとって大事なものではなかったのだが、
私には、
それでいい、と思えるほどの
愛がなかった。

愛がない自分も苦しい。
愛されていないことも苦しい。
今も、相手のことが好きだが
共にいることも苦しい。
いないことも苦しい。

これが、いつか、温かいものに変わりますように。
私にも、人を愛することが出来るようになりますように。

2017-02-10

僧侶ケンテン

最近、圧倒されるようなことが多く困っていたので
また退行瞑想してみた。

足元を見ると、布の靴を履いており
エンジ色の布をまとっている。
外では、低音の管楽器の音が響いている。
祭典が行われている、という思いがあった。
自分の役目を果たすため、私は足音をさせないようにしながら、階段を駆け下りていた。
私は、チベットの僧侶。
ケンテン、もしくはケンティエンと呼ばれている。

母親に、手を引かれている。
まだ2、3歳といったところだろうか。
温かい目で私を見ている。
大きな手だ。
私は、寺に預けられようとしていた。
一段ずつ、おぼつかない足取りで幼子には高い階段を昇っていく。
母親は、私が階段から落ちないように、私の右手を握り導いていく。
時折母の顔をみると、泣き出しそうな、微笑みのような顔をしていた。
やがて、山門の入り口に来ると、老僧侶が私に両手を広げて迎えてくれた。
中年、青年、子供の僧侶も迎えてくれた。
老僧侶は「ようこそ、あなたの家だ」といい、私を自分の衣でくるんだ。
母はそれを見ると、一礼をし、そのまま帰って行った。
きっと、泣いていただろう。
二度と会うことはなかった。

「わたしだね」とケンテンが、「私」に話しかけてきた。
ケンテンは、薄暗い部屋で瞑想している。
目を閉じて、「今の私」に話しかけきた。
初めての経験だ。
目を見て話せないかと問うと、「目の印象が強すぎるから」という。
まばたきをのような間で、瞳を見せてくれたが、
枯草色の、白っぽい緑色の瞳だった。
「私の瞳は、派手だから、あまり見せないようにしているんだ。
いらないものを見なければ、瞑想も進むからね」
ケンテンは、
瞑想のなかで、「今の私」に邂逅したようだった。
こんなことなかったなあ、と私が思うと、静かに微笑む。
心を、共用しているような感じがある。
共有ではなく。
「あなたの今の痛みは、あなたを広げる。
頭のなかに聞こえているというその声が言うように、あなたはただ進めばいい」
「正しい、正しくないと考えてしまうのは、あなたの古い殼だ。
感謝して脱ぎ捨て、他のものに変える。
すべてのものは、再利用可能だよ。
次のなにかに使われるのを、今が過去になるときが待っている」
ケンテンは、ガラスもはめられていない窓から差し込む光を膝に抱いて、
目を閉じて瞑想している。
「私は悟りの姿に見えるかもしれないが、再起点にすぎない。
そう、長い歌を歌うための呼吸をする一瞬のようなものだ」
ケンテンは、私に語りかける。
その姿は、同じ場所に座りながらも、老いて行く。
ケンテンの座る周りに他の僧が座ったり、ケンテンが自分の席を人に譲ったりしているが、
同じ部屋のなかで、ケンテンは座り続けている。
早回しの映像を観ているかのようだ。
「私はあなたと共にいる。なぜなら、私はあなただからだ。
あなたは、私であり続ける。
世界自体がそうであるように、部分と全体は同形をなし、
根元を同じくすることに覚めているほど、私たちは自由だ」
座り続けるケンテンは、老い、骨と皮だけのようになっていった。
みすぼらしさは、ない。
彼は幸福だったからだ。
何が幸福であるかをわかっていた。
何かがあることが幸福なのではないということを、わかっていた。

年若いケンテンが、石積の井戸のそばで一人水を汲んでいる。
何かに呼ばれたような気になり、振り返ると、恐ろしいほど青い空に鷹が円を描き飛んでいた。
「私と、彼は同じものだ」
という思いが突然に胸に去来する。
ああ、私は世界の一部だった、と、私は気がついた。
鷹が見下ろす自分が見えた。
小さな人よ。
小さなものが、私を見上げている。
寒さと日射しで頬が赤く染まった私を、私は見下ろしている。

2017-01-25

南の島 レイ

前のゼロカイスと前後して、見たもの。

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2017-01-03

紀元前?428年 ゼロカイス

どっちが先かよくわからないが
最近気になる人間関係について前世退行瞑想していたら
出てきた。
もうもはや、CDなくてもタイミングさえ合えば瞑想で出てくるので
妄想みたいなもんだという気もしています・・・。

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