第3回若手研究者交流会(第40回社会事業史学会・大会 於:日本女子大学)

 昨日、社会事業史学会・大会に行ってきました。昨日は若手大学院生を中心とした博士論文の構想発表会が行われ、東北福祉大学立教大学長崎純心大学東北大学に所属する5名の博士課程の学生による発表が行われました。ここでは、3人の方に絞って、内容を要約しておきたいと思います。

宮野澄男「戦前期長崎における社会事業行政に関する研究」

 まず、宮野さん(長崎純心大学大学院)の発表は、戦前の長崎における社会事業行政の展開に注目したものでした。これまでの社会事業史研究では、社会事業行政の組織化の一画期として、中央行政官庁によって設置された「社会局」が中心に検討されてきました。一方、地方に設置された「社会課」も社会事業行政の組織化の事例であるにもかかわらず、これまでほとんど注目されることはありませんでした。そこで、宮瀬さんは戦前期の長崎における社会局に注目することで、社会事業行政の組織化過程が地方ではどのように展開していったかを記述することを目的としていました。
 1920(大正9)年に「長崎県社会課」が誕生した頃は、政府や県の意向を踏まえて、都市部の防貧を目的とした事業が行われていました。そのため、住民の意向とは異なり、さらに、地方での社会事業は進みませんでした。しかし、1926(大正15)年頃より、住民の意向もくみ取りながら、地方にも社会事業が広がっていき、行政体制が一応の確立をみます。そして、1937(昭和12)年から、社会事業行政が軍事援護事業を中心に、急激に拡大していきます。その結果、戦後の社会福祉にも通じるような、一定の要件を満たせば手厚い援護の対象となるという制度が作り上げられていったのでした。

安田理人「優生保護法の運用実態――A県優生保護審査会議録の分析を通して」

 次に、安田さん(東北大学大学院)は、優生保護法(1948年)下における優生手術が、地方ではどのように実施されていたかについて具体的に検討していました。昨今、再び活況を呈している優生学史研究ですが、これまでは優生運動や関連法の展開をどう理解するかについて検討されてきました。一方、安田さんの研究は、ある県(具体的な県名は伏せられていました)における「優生保護審査会議録」(昭和35〜38年)という記録に注目し、緻密な分析から事実を立ち上げていこうとする非常に禁欲的な研究となっていました。
 分析の結果、地方優生保護審査会については、少なくともA県においては、それほど実質的な審議が行われていなかったこと、また、優生手術の対象となった者は、既に公的扶助を受けていた者が多かったことなどが明らかになりました。
 フロアからは、A県における優生手術の実態が、他県と比べて特徴的なところはあるかどうかが問われました。それに対する回答として、実施数などは他県と比べて多いわけでもないと説明がありましたが、詳しい比較検討はまだ行っていないようで、今後の課題にしたいとのことでした。
 また、優生学史研究を行っている平田勝政氏からは、国民優生法以来の各地方自治体における優生手術への積極性が、優生保護法下の優生手術実施にも引き継がれている可能性が示唆されました。つまり、優生保護法による優生手術の実施を検討するのではなく、国民優生法(1940年)下における実施状況と比較する必要があるのではないかという問題提起がなされました。

田中美喜子「長崎における寺院社会事業の歴史的研究」

 そして、田中さん(長崎純心大学大学院)の発表は、ご自身の所属する浄土宗の寺院に残る史料を手がかりとして、戦前の寺社による社会事業について検討したものでした。この研究トピックについては、社会事業史研究の先駆である吉田久一による『日本近代仏教社会史研究』(吉川弘文館、1964年)や吉田久一・長谷川匡俊『日本仏教福祉思想史』(法藏館、2001年)などがありますが、田中さんはそれらの議論に学びながら、そこで提示されている枠組みの検証を試みています。
 具体的に検討されるのは、明治後期から終戦までの間の、行政から寺院に対する「社会改造の原動力」としての期待というテーゼについてです。その際に利用する史料は、長崎教区の浄土宗の寺院・宗務所、官庁とのやり取りの記録で、明治後期から終戦にわたるものが残されているそうです。

参考文献・関連文献

宮野さん(社会事業行政史について)

新・日本社会事業の歴史

新・日本社会事業の歴史

近代社会事業の形成における地域的特質―山口県社会福祉の史的考察

近代社会事業の形成における地域的特質―山口県社会福祉の史的考察

安田さん(優生学史について)

優生学と人間社会 (講談社現代新書)

優生学と人間社会 (講談社現代新書)

田中さん(寺院社会事業史について)

日本近代仏教社会史研究 (1964年)

日本近代仏教社会史研究 (1964年)

日本仏教福祉思想史

日本仏教福祉思想史