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2005-05-29

[][]天才たちに恋をした(6/7号 張栩×小林泉美天才たちに恋をした(6/7号 張栩×小林泉美)を含むブックマーク



 凡人にはうかがい知れない力を持った人に惹かれる。同じことをしているはずなのに異質なほど抜きん出ている、独り勝ち状態の人、「天才」に惹かれる。


 もちろん陰では大変な努力を積んでいるのだろうけど、彼等の能力は単なる技の研鑽だけでは得られない、人間の理解を超えた“何か”に支えられているのではないか。そうした「天才」を、私はもっと深く知りたい。彼等が神様から与えられ、自分自身の精進でさらに極めようとしている“何か”が何なのかを知りたい。


 テレビに映る彼に目が釘付けになったのは、去年のことだった。ダークスーツを身に纏った青年の鋭い眼光、引き結んだ口元。鬼気迫る、とはこのことか、囲碁をまったく知らない私にも一目で「強い人」とわかった。ザッピング途中でリモコンを持ったままポカ〜ンと口を開け、あれは何のタイトル戦だったか、身動きも忘れてそのプロ棋士の姿を見ていた。そして勝者インタビューでは別人のよう、碁盤を離れた途端さっきまでのアグレッシヴな印象がすっかり消えて、照れ笑いしながら小声でぽそぽそ喋っている。なんだこの人。誰なんだこの人。テロップの名前を慌ててメモした。ひとめぼれだった。


 張栩(ちょう・う)さんを知った一番の驚きは、名人本因坊王座*1という圧倒的な戦績よりも、奇遇にも生年月日が私と3日違いである、ということ。え、私より3日早く生まれただけの男の子が、その歳で、日本囲碁界の頂点に立っているの!? “同時代人”にもほどがある。奥様は、祖父・木谷實、母・小林(木谷)禮子、父・小林光一という名門に生まれ、数々の女流最強記録を持つ小林泉美さん。彼女もまた“何か”を背負って活躍する人だ。


 私は囲碁のルールも知らないままに資料を揃え速報を追いかけ、毎週月曜朝は『週刊碁』を探してキオスクをハシゴした挙句に会社に遅刻するほど、この夫婦にのめりこんでいった。


「岡田さん、囲碁が好きだったとはねえー。よく打つの?」
「いや、私やりませんよ。ただ彼等を取材したいだけです」
「?」


 編集会議にかけた「夫婦対談・張栩×小林泉美」の企画書が通ったのは、連勝を続けた張栩さんが史上3人目の1億円プレイヤーになったあとのこと。実際にお会いした憧れの2人は、ずっと同じ環境で育ってきたせいなのか、おしどり夫婦ゆえか、たぶん両方なのだけど、まるで姉弟のように似た雰囲気をもっていた。


 信じられないほど謙虚で、穏やかで、清らかで、まるで聖職者と話しているよう。求道者とは、そういうものだろうか。私の質問ときたら「どうやって口説いたの?」「何処でデートしてます?」なんて俗っぽい話ばかりなのに……(しかもニコニコ答えてくれたのに)。


 写真撮影の際、碁盤を挟んだお2人に、カメラマンの熊谷聖司さんが「ちょっと打ってみてもらえますか」と言った。別の構図を撮るために、軽い気持ちで言ったのだと思う。しかし、彼等が交互にと或る棋譜を並べ始めると、熊谷さんは写真機を構えたままシャッターを切るのを忘れてしまっていた。横の私もそれに気づかず、一緒に息を呑んでいた。


 碁石のたてる澄んだ音が幽玄の間に響くたび、侵しがたい空気がピンと張りつめていく。その光景はあまりにも美しく、だいぶ経ってから我に返った熊谷さんが「あ、えーと、すいません、ちょっと手を止めていただけますか」と言うまで、私たちは心がどこかへ連れ去られていた。「碁盤の中に宇宙がある」という大仰な言葉を、ちょっと信じる気持ちになった。きっと彼等は、「神様がつくったゲーム」と呼ばれる囲碁の、その神様から祝福された2人なのだ。


 「皆さんが少しでも囲碁に興味を持ってくれたら」とおっしゃっていた張栩さんと小林泉美さん。「私が興味あるのは、囲碁じゃなくて栩くんと泉美ちゃん」とうそぶいていた私も、入門書*2を片手にPC画面上で碁石を並べるようになった。まだコンピュータ対局の“初級”に負けるありさまだけど、それもこれも、同じ時代に彼等がいたからこそだ。


 幾百の言葉を重ねて説明されるより、今この時代に一組のカリスマが「いる」ことのほうが、ずっと大きな意味を持つ。彼等が碁盤を挟んで向き合っていた光景、あそこにあった“何か”の凄さ、素晴らしさを、記事を通して少しでも多くの人に伝えることができたら、と思っています。


 もちろん、栩くんの口説き文句を知りたいミーハーファンも、読んでね。


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張栩×小林泉美「〈夫婦対談〉囲碁界の賞金王カップル、対局が初めてのデートだった」
婦人公論2005年6月7日号 id:fujinkoron:20050521

*1:※現在は第60期本因坊戦七番勝負の真っ最中。勝負はこれから…

*2小林泉美監修『9路盤ではじめるわかる!できる!囲碁入門』ISBN:4072344362