婦人公論ブログ - 編集部からお届けします、ここだけの話。 このページをアンテナに追加 RSSフィード

blogtitle.gif

2005-09-14

[]背伸びをする 背伸びをするを含むブックマーク

美容院にゆき、今日はどうしましょうかと尋ねられると、私は決まってこう言います。「切ったことがわからない程度で…お願いします」大抵、美容師さんはイヤな顔をします。翌日、「髪切った?」と言われることもめっきり減りました。同居している両親にさえ指摘されなくなって10年になります。こんな風ですから、些細な変化に気づいてくれた人には、もれなく惚れるようになりました。
高校生のときは、パーマをかけた同級生の男の子が苦手でした。鏡の前で長時間、大きな容器をかぶってきた彼の姿を想像するのがたまらず、そうこうしているうちに、私のまわりに寄ってくるのは、10分1000円カットの人ばかりになりました。
カメラを向けられるのもイヤでした。ごまかしのきかない個人写真が特に苦手で、まともに撮れたものがひとつもなかった。本当は私が一番、自意識過剰だったのだと思います。笑うこともできずにむすりとしていたり、首を振っていて写真がボケていたり。あとから見返すことも憚られたため、私は卒業アルバムを1冊も持っていません。

来年の夏、没後25年を迎える向田邦子さんには、20代のときの写真が数多く残っています。先に述べたようなひねくれた思春期を送っていた私にとって、当時、これはとても受け入れがたいことのように思えました。映画スタアをまねたポーズ。ファッション誌から抜け出てきたような完璧な出で立ち。目線ははずしていても、カメラに向かうまっすぐな姿勢。なにより抵抗をおぼえたのは、彼女が給料3ヵ月分をつぎこんだというジャンセンの水着でした。飾り気のないシンプルで美しいデザインでしたが、肩紐をはずした水着姿はおよそ日本の海水浴場には似合わないように思えました。今なら、水着を手に入れた経緯も、当時の彼女の気持もよくわかる。けれど、好きだったからよけいかもしれません。膨れっ面の私は、「かっこいい女性」の代表とされている彼女を「欲しいもののために、我慢や努力を厭わなかったなんて」と心のなかでちょっぴり罵ってみたものでした。

配属されたばかりのころ、ファッションのページの撮影に何度か同行させてもらったことがあります。カメラマンさんやスタイリストさん、ヘアメイクさんにそれぞれアシスタントの方もいらっしゃるので、撮影は大人数で進められます。私は新人ですから、何かしなければ、と内心ちょっと焦っているのです。ふとアシスタントの方たちを見ると、どうもみんな私と同じ立場のように思えました。
炎天下立ち続けるモデルさんに日傘をさしかけていたら、横からスッと傘が別の手に渡っていました。お茶を入れようとして、急須のなかでお茶っ葉がひらくのを待っていたら、別の人がささっと注いで持っていったこともあります。手持ち無沙汰になった私は、ほかに手伝うことはないかとキョロキョロ探す心のゆとりもなくて、いつも心の中で唇を噛みしめていました。「なにムキになってんのかしら」「こんな些細な作業を取り合うなんて、バカみたい」そんなことを思いながら、他人から褒められたがっている自分を認められずにいました。努力する人、頑張っていることを素直に表に出せる人を嘲りつつ、同時に羨んでいたのだと思います。

服装、容姿、知性、要領……。頭のてっぺんから爪先まで隙なくキメることに抵抗を感じていたのは、自分が気取り、背伸びをしている姿を見たくない、見られたくないという気持からでもありました。そんな私が、いま編集部にインターン生としてきている大学3年生の女の子に、「上手にアピールできたほうがいいのかもね」などと訳知り顔で言っていることに、自分でもおかしくなります。
私ももうすぐ25歳。人は放っておけば、背伸びをする生きものです。そして思春期のときなんかよりいまが一番、背伸びをしやすい年頃のような気もしています。けれど、髪型を変えようとしない自分がまだいるかぎり、いくら耳年増になっても、立てた爪先を下ろそうとするでしょう。その気持が、いまの危うい私をかろうじて支えているのかもしれません。