琥珀色の戯言 このページをアンテナに追加 RSSフィード Twitter

この日記のはてなブックマーク数

2006-03-10 西の魔女が死んだ/「空気が読めない人」

[]西の魔女が死んだ 西の魔女が死んだを含むブックマーク 西の魔女が死んだのブックマークコメント

西の魔女が死んだ (新潮文庫)

西の魔女が死んだ (新潮文庫)

児童文学っぽい内容に大きめの字、空いた行間。ああ、なんか柄にもない本を読み始めちまったな、という感じだったのですが。読み終えて、清々しい気持ちになりました。このくらい子どもの感情に媚びていない(と僕は思ったけれど、今のリアルな中学生にとってどうなのかは、正直わかんないんだけどさ)小説じゃないと、かえって子どもにも伝わらないんだろうなあ、という気がします。

それで、僕がこれを読んでいちばん考えさせられたのが、自分の「生」に対するスタンスなのですよ。僕も子どものころは、「歴史の片隅にでも、名前を残せる人間になりたい」なんてココロザシがあったのですが、今は正直、「太っても美味しいものを食べたい」とか「勉強するのめんどうだから寝る」とか、かなり現世利益方面に比重を置いて生きているわけです。まあ、どうせそんなエライ人にはなれそうもないことは、自分でもわかるしね。

でも、この本を読んで、なんというか、自分が死んだあとに周りの人に「あの人は『偉人』ではなかったけど、立派な人だった」と言われるような生き方をしなくてはならないな、と思えてきたんですよね。周りがどうであろうと、ちゃんと、背筋を伸ばして生きるように心がけなくては、って。むしろ、生きることに慣れ、死ぬことを諦めてしまった大人こそ、読むべき本なのかもしれません。

ただ、あとがきの人が、これを「田園小説」的な「スローフード・スローライフ推奨本!」みたいに解釈していたのが、僕にはちょっと寂しかったのだけれど。

[]「空気が読めない人」と「空気が読めないふりをする人」 「空気が読めない人」と「空気が読めないふりをする人」を含むブックマーク 「空気が読めない人」と「空気が読めないふりをする人」のブックマークコメント

「嫌われている証拠を見せて」

http://aozora.sub.jp/diary/rnote.php?u=diary/2006/03/20050306_1442.htm

「空気の続き」

http://aozora.sub.jp/diary/rnote.php?u=diary/2006/03/20050308_1515.htm

「子連れは邪魔?」

http://kasumination.blog50.fc2.com/blog-entry-13.html

 僕は「空気が読めない人」というのが大嫌いなのですけど、この3つの文章を読んでいて、それが誤りだったということにようやく気がつきました。そう、僕が嫌いだったのは、本当は「空気が読めない人」じゃなかったのですよね。

 逆に「本当に空気が読めない人」に対しては、全然腹なんて立ちません。例えば、お葬式で3歳くらいの子どもが異様な雰囲気に耐え切れずにはしゃぎまわったりしますよね。もちろん僕たちはそれをたしなめるわけですが、そういう状況で、その子どもの無知に腹を立てる人はほとんどいないはずです。「まだ、そういう知識を持っていないんだからしょうがない」と、周りはみんな「理解」するでしょう。でも、20歳くらいの大人が、お経をあげているときに携帯で突然話し始めたら、そりゃあみんな怒りますよね。そんなの当たり前です。それでも、その大人が「ああ、僕ってよく『空気の読めないヤツ』って言われるんですよね〜」って言ったらどうでしょうか?ああ、空気の読めない人なら、しょうがないなあ!って納得できますか?

 「本当に空気が読めていない人、読めるはずがない人」に対しては、僕は寛容になれると思います。外国人が茶席であたふたしても、当たり前だと思うもの。でも、「オレって、空気が読めない人なんだよね〜」と、自分をアピールするために、わざと場にそぐわないことをやってみせる人ってけっこういますよね。僕はそういうのって許せない。だいたい「空気が読めないんですよね〜」とか言っている時点で、コイツはちゃんと、その場の「空気」を読んで、「この自分の行動は、『空気が読めないヤツの行動』だ」と判断し、あらかじめ自分で宣言することによって予防線を張っているのだから。そもそも「オレってバカだから…」と言いながらバカなことをやるやつとかも許せないんだ僕は。バカだと自覚できるくらいの能力があるのなら、バカじゃない行動だってやればできるはずだろ?

 そして、さらに嫌いなのが、「なら証拠を見せてみろ」って言う人なんですよ。というか、相手が何も言ってこなかったらOKの証拠だなんていうのは、痴漢の理論じゃないのかね。言葉や行動に出なくても、「こんなことをしたら相手は嫌がるはずだ」なんていうのは、考えればある程度はわかるはず。自分が面と向かって注意されなかったからといって、それを「許容」だと判定するなんて、まさに「空気を読めないふりをする行為」だと思うのですよ。いや、人って言葉や行動にあらわさないときでも、内心には「喜び」から「激高寸前」まで、たくさんあるんですよ。腹が立っていても口には出せない、出しにくいこともあるのです。「空気を読めないふりをしている人」というのは、そういう他人の気持ちに対する「思いやり」ってものが欠けているから嫌われるのです。「人が嫌がりそうなこと」なんて、大人だったらある程度想像がつくはずだし、「オレは空気が読めないヤツだから、他人の心を傷つけてもしょうがない」なんていうのは、そっちの勝手な都合なんですよね。僕からすれば、「空気が読めない」と自覚していて、本当に他者に対する配慮があるならそんなに威張り散らさずに黙ってろ!としか言いようがありません。

本当は、誰よりも「空気を読んでいる」くせに、「空気なんて読めない」なんて言う人は、自分が他人と違う人間だとアピールしたいだけなんですよ。本当に空気が読めない人は、自分が空気を読めているかどうかさえ、わからないはずだもの。

 ところで、子ども連れの話って、最近ネット上のいろんなところで話題になっているようなのですが、これってまさに「子どもを連れている人」と「周囲の人」の「空気」だと僕は思いました。どちらの責任というより、世間には不躾な親もいれば、理解のない周囲の人もいるのですから。そして、いちばんいい関係というのは、子供連れの側の「ご迷惑かけてすみません」という気持ちと、周囲の人の「子どもがいて大変なんだから、温かくサポートしてあげよう」という気持ちが行き届いて、お互いの配慮が緩衝材になっている状況だと思うのです。少なくとも、僕がもっと小さいころの日本というのは、大概において、そういう空気で満たされていたような記憶があります。親は「子どもがいるんだから騒ぐ権利がある」と主張し、周囲の人は、「自分はこの道を通る権利があるのだから、邪魔なベビーカーをどかす権利がある」と叫んでいるような世の中って、ものすごく住みにくいのではないでしょうか。

 「空気が読めない自分はカッコいい!」って思っている人もいるかもしれないけれど、「空気が読めないフリをして自分のやりたいことをやっている人」ほど、みっともないものはないんだけどなあ……

 僕は、自分に空気が読めているかどうか、あまり自信はありません。

 でも、空気を読もうという努力は常にしているつもりです。小心者なのでね。

4167741016
文藝春秋 森絵都
購入: 24人 クリック: 291回
4101234175
新潮社 恩田陸
購入: 13人 クリック: 150回

anesthesia2003anesthesia2003 2006/03/11 14:10 その努力は必ず周りの人に伝わっていると思います。私もそうありたいです。

tomtom 2006/03/11 22:12 こんにちは。(以前書き込みしたことがあったような気がします。)
私はずばり怒られました。web上での話ですので、狭い範囲の話ですが。
「場の空気を読んで書き込みするように」て。
私も自分なりにそういう努力をしていたつもりでした。その上で、面白くて笑えるコメントを考えて書いていました。
「よく考えて行動しなさい」と、同じ方に言われました。
あんまり厳しいことを言うので、相手はちゃんとできているんだろうと思い、見本を見せてもらおうと観察してました。結果は、まあ、fujiponさんがおしゃっているように、空気を読めているかどうか、完全に把握できるわけがなく、相手もしょっちゅう場違いな発言をしていたようです。でも本人は全く気付いていないようで、周りの方が大変そうでした。良くない方の見本を見せてもらえました。

「自分は完全に空気が読めている」と信じ込んでいる人も、考えものです。という経験談でした。

daidai 2006/03/14 10:23 「空気が読めない」という言葉の『空気』を常識・ルール・マナー、という言葉のニュアンスでおしゃってると思います。
確かに常識・ルール・マナーを知り、そこから正しい判断の基で行動する事も『空気を読むこと』に違いないのです。

しかし、『空気』というのはそういう言葉では表現しきれないものではないでしょうか。

「空気が読めないフリをする」ことは「空気を読むことの出来る人間が、自己主張する為のアピール行為」ではなく、その行為を実行してしまえる事こそが『空気を読むことが出来ない証明』ではないかと僕には思えるのです。

通りすがり通りすがり 2006/03/15 00:39 「日清日露に勝ったので満州にも勝てる。」
「日本の大和魂があるので英米に楽勝である。」
「韓国、中国は劣等人種である。」
少なくとも、僕がもっと小さいころの日本というのは、大概において、そういう空気で満たされていたような記憶があります。
...
......
.........
「日本の精神力をもってすれば竹槍でB29を落とせる。」
............
「日本男子の半分を特攻させて本土決戦すれば米国に勝てる。」

ちょっと通りますよちょっと通りますよ 2006/03/15 01:21 んー、fujiponさんの書き方だと『大人なら空気が読めて当然』というように言っているようにも聞こえます。
私も空気が本当に読めているかどうか自信が無い人なので、『本当に空気が読めない人』なのか『フリをしている人』なのか、そこのところの判断を誤って人を嫌うことの無いようにだけはして欲しいです。

亡くしたもの亡くしたもの 2006/03/15 01:48 >誰よりも「空気を読んでいる」くせに、「空気なんて読めない」なんて言う人
という方にお会いしたことがありません。
私は自分で「あぁ、空気が読めてなかった」と思うことが多々あります。
周りに気を遣い、節度のある行動を心がけているつもりですが、どなたかと会話していると思わず出たしまった言葉に自己嫌悪したり。
あとは自分がどこまでノっていいのか、また、面白く(もしくは慎ましく)振舞っていいのかわからないことも多々。
そんなことってよくありませんか?

774774 2006/03/15 15:38 大体賛成です
ですが、「そして、さらに嫌いなのが、「なら証拠を見せてみろ」って言う人なんですよ。」について
嫌いな理由が何も書かれてないのが気になりますね
よく使う言葉なんで、詳しく聞きたいです。

じょーじょー 2007/12/27 19:53 通りすがりです。
結構前の記事なのですが、最近やたら空気を読むことが重視されすぎているので、あえて書き込ませていただきます。
おっしゃっていること納得できます。しかし私は「空気を読めない人」責めすぎるのは如何なものかとおもいます。
fujiponさんは「自分は読めてないかもしれない」と思われながら、読もうと努力されております。こういう方は問題ありません。
しかし、一番問題なのは思考を止め、場に流されるだけを空気を読むと勘違いしている連中です。昔の戦争中の新聞とかに踊らさせていた方々と同類ですね。
そういう連中は自分たちのお友達仲間の中でしか空気が読めません。全体を見ていない。しかしそれでも偉そうに指摘する。自分たちが空気が読めていないことを自覚しない。そして自分たちも読めていないことがあると言うことを自覚しない。

私は「空気を読め」という言葉が吐き気がするほどきらいです。ファシズムと思考停止の臭いがします。「人のことを考えろ」とか「回りのことを考えろ」とかもっと別の、具体的な言い方をすればいいと思ってしまいます。

じょーじょー 2007/12/27 19:53 通りすがりです。
結構前の記事なのですが、最近やたら空気を読むことが重視されすぎているので、あえて書き込ませていただきます。
おっしゃっていること納得できます。しかし私は「空気を読めない人」責めすぎるのは如何なものかとおもいます。
fujiponさんは「自分は読めてないかもしれない」と思われながら、読もうと努力されております。こういう方は問題ありません。
しかし、一番問題なのは思考を止め、場に流されるだけを空気を読むと勘違いしている連中です。昔の戦争中の新聞とかに踊らさせていた方々と同類ですね。
そういう連中は自分たちのお友達仲間の中でしか空気が読めません。全体を見ていない。しかしそれでも偉そうに指摘する。自分たちが空気が読めていないことを自覚しない。そして自分たちも読めていないことがあると言うことを自覚しない。

私は「空気を読め」という言葉が吐き気がするほどきらいです。ファシズムと思考停止の臭いがします。「人のことを考えろ」とか「回りのことを考えろ」とかもっと別の、具体的な言い方をすればいいと思ってしまいます。

エルヴァエルヴァ 2008/03/19 22:39 こんばんは。初めまして。エルヴァともうします。
私もよく「あなたって、全然空気が読めてないね」
と言われます。自分の言った一言で今までの相手の態度が急変してしまうことも
多々あるのです。自分でも発言をするときはよく考えて発言しているつもりなのですが。
どうしても、分からないんですよ。
この人はこう言えばこういう反応をするだろう、だからここはこう言えば場がおさまる。
私は上のような器用なことはできません。無理です。努力はしています。
全然実りませんけど・・・。

ですから、今自分に自信がもてなくなりました。
それでも人はどんどん発言して自分を知ってもらえています。
自分も負けじと発言すると「空気よめ」「こんな時にそんなこといわないで」
「私の気持ちも考えてくれる?」

もう、うるさいです。自分ではかなり気を使って人に接しているつもりです。
でも、もうつかれました。
「もうちょっと、普通にふるまえないの?」
その普通とは、いったいなんなんですか?
「周りを見ていればわかる」
「空気読んで」
「やっぱりあなたってズレてるよね」
分からないんですよ。先輩と話すときだって、
なにも発言しない先輩が何を求めているのかなんて、
全然わかりません。私は自分なりの敬意をもって接してるのに。
しまいには、
「なんであなたはなにもしゃべらないの?自分がないね。」
最悪です。だったらなんだって言うんでしょうか。
友達に私が発言をするとよく空気が凍りつくことを話すと、
「だって、あんたは人を馬鹿にしたような言い方してるもん。あたしヒヤッとするんだから」


訳が分かりません。わたしは自分なりにかんがえているのに。
人を馬鹿にするだなんて私はまったくそんなつもりはありません。
いったいどうしてなんでしょう。
自分が分からなくなる一方です。

fujiponfujipon 2008/03/20 00:01 >エルヴァさん
コメントありがとうございます。
お話を読んでみて感じたのですが、エルヴァさんは、むしろ「コミュニケーションの場で、いろいろと考えすぎてしまうタイプ」なのかもしれませんね。
みんながノリや勢いで会話をしているときに、冷静に考え抜いた発言が投げ込まれると、みんな困惑するものなんですよ、たぶん。
僕も昔から「人とどう接してよいのかわからない」ということが多くて、長年悩んでいたのですが、結局のところ、「自分のことを判ってくれない人に判ってもらおうとするよりは、自分のことを判ってくれる人が見つかるように世界を広げていったほうがいい」と思うようになりました。中学や高校のような狭いコミュニティでは難しいことなのですが、大人になると、「空気を読んで周りに合わせることしか出来ない人」よりも、あなたのような「物事に対して真摯に向き合う人」のほうを評価してくれる人たちが必ず出てくるはずです。もちろん、多数派じゃないんですが、必ずあなたを「面白い」と感じてくれる人がいます。

なんといったら良いのだろう?
たぶん、あなたは「空気が読めない」のではなくて、「その場から一歩引いて冷静に分析してしまうタイプ」のではないかと。
 それは、けっして「悪いこと」ではないですし、ひとつの大事な個性です。そして、エルヴァさんにとって大事なことは、そういうあなたの個性を認めてくれる人が必ずいるのだということを信じて、今は「自分が分からない」ということを認めて試行錯誤していくしかないと思うんですよ。そこに気が付いているだけ、あなたは周囲より「大人」なんです。
僕も「自分」ってよくわからないんですが、社会なんてものの歯車になってみると、意外と「肩書き」とか「儀礼」で、不愉快な相手とのコミュニケーションはスルーできるものです。むしろ、「儀礼」なんていうのは、そのためにあるのです。

ひとつだけ年寄りからのアドバイスをさせてください。
笑っている人がいても付き合って愛想笑いをする必要はありませんが、泣いたり悲しんでいたりする人がいたら、何か「気の利いた慰めの言葉」を探すのではなくて、一緒に泣いたり(は難しいかもしれませんが)、一緒に悲しい顔をして話を黙って聞いてあげてください。「自分をアピールすること」よりも「相手を受け入れてあげること」のほうが優れたコミュニケーションである場合って多いんですよ。

個人的には、エルヴァさんのような人こそ、文章を書いてみればいいのにな、と思うんですけどね。このコメント、真剣に悩んでいる人に対して失礼かもしれませんが、僕はすごく興味深かったし、本当に「面白いな」と感じました。
長々とレスしてしまい、申し訳ない。

tonatona 2010/10/20 10:24 「空気が読めない人」について読ませていただきました。
なるほど、そういう感じ方をする方もおられるのだな、と知ることができました。

そのような考えをもっているfujiponさんにひとつ知っておいてほしいことがあります!
それは、[アスペルガー症候群]というものについてです。

知った上でfujiponさんが「空気を読めないふりをしている人」にどのような感想をもつのかはfujiponさんの自由ですが、知ることによってよりfujiponさんの人生が豊なものになるのではないかと思います。

下手な文章ですみません。ただどうしてもお伝えしたかったんです。