2006-09-24 ブログは「自伝」なのだろうか?/DOORS2006
■[WEB]ブログは「自伝」なのだろうか?

http://www.geocities.jp/hasep1997/_6/09/21.htm
ある講演で
「個人化が進む社会では、自伝をつくることが礼賛される」
として、その一例として、ブログが流行していることを挙げられた。
そうで、それに対して↑の筆者は「ブログは自伝なのだろうか?」と疑問を呈されています。
もちろん、ブログ(あるいは個人サイト)の中には、「自伝であることを明らかに志向していないもの」が多くありますので、それらは除いて、「自分の日常を書いているブログ」というのは、果たして「自伝」と考えてよいものなのでしょうか?
「何のためにブログや日記を書くのか?」って、言葉にするのは、けっこう難しいことなのです。
僕自身は、今までに何度か、こうしてブログや日記に書いているのは「書きつづけられる遺書」なのだと言明していますが、それは今も基本的には変わりません。僕の場合は、かなり「自伝的」なものであるという意識は持っています。
人間には、「自分の生存証明をしたい」という欲求がもともとあるのですが、少なくとも人類の歴史の大部分においては、「歴史書に自分が生きてきた証を残せる人」というのは、ごく一部の「英雄」とか「偉人」だけでした。残りの人々は、自分の無力を受け入れて日常のなかに朽ちていくことを受け入れ、あるいは、子孫を残すというかたちで直接的に「生存証明をしてきた」わけです。
ところが、このインターネットというツールは、自分の力で「世界中に発信」することを可能にしたのです。そう、「普通の人」も、ネット上で自分自身を「歴史に残す」ことが可能になったのです。実際に、今の形でのインターネットそのものやネット上の情報があとどのくらい続くかなんていうのは、予想がつかないのですけど。
人間というのは誰でもいずれは失われてしまうという宿命を持っていますから、やはり「何か」をこの世界に残したいという気持ちって、誰にでもあると思うのです。でも、今までの世の中では、「普通の人」にできることは、日記を書くか、写真を残すくらいしかありませんでした。「個人化」云々よりも「自分の一部を世界に残しておきたい人は今までもたくさんいたのだけれど、現在になってようやくそのための道具ができた」というだけのことなのかもしれません。
だから、ブログというのは「自伝」というか、生きているうちは「自分のプロフィール」であり、死んでしまえば「墓碑銘」になるものではないかな、と僕は感じています。
僕はたぶん、自分が消えちゃうのが怖いから、こうしていろんなことを書き続けているのです。どんなに人気ブログになったとしても、歴史というものを長いスパンで視れば、早いか遅いかの違いだけでいずれは消えてしまうものであることにかわりはないのですが。
■[TV]DOORS2006

そのうち面白くなるのかなぁ……などと思いつつ観ているのですが、ダメだこりゃ、つまらん、激烈につまらん。
こういうのはアトラクションの魅力が非常に大事だと思うのだけど、アトラクションがみんなありきたりで、1つ1つが冗長。仕掛けが大きいわりには競技内容が地味で、バンジージャンプもあんまり怖そうに見えないんだよなあ(やってる人はすごく怖いんだろうけど)。
これならもっと時間を短くして、厳選したアトラクションだけにしたほうが良いのでは……
うーん「TV的に」とか連呼されても、視てて引くだけだなあ。
あまりにつまらないと、『アナコンダ』とか観ちゃいそうになるじゃないか。蛇大嫌いなのに。
■[野球]日本ハム金村が監督批判

http://sportsnavi.yahoo.co.jp/baseball/npb/headlines/20060924-00000057-kyodo_sp-spo.html
今季最終登板の金村は試合後、「絶対許さない。外国人の監督だから個人の記録は関係ないのでしょう。顔も見たくない」と監督批判を繰り広げた。
金村の投球は、5回途中で8安打と褒められる内容ではない。実際、球団幹部は「監督はよくあそこまで引っ張った。この時期に個人成績をどうこう言うのはおかしい」と口をそろえた。
ピッチャーというのは、このくらいの鼻っ柱の強さが必要なポジションなのかもしれませんが、これはちょっとあんまりです。この記事が事実であるならば、金村に「個人記録のことしか考えてないのか?」と思う人のほうが多いのではないでしょうか。完璧に抑えていて、突然交代を告げられたわけじゃないみたいだし。
よりによってこんなチームにとって大事なときに、エースと呼ばれるピッチャーがこれでは……
プレーオフがあるとはいえ、今年のルールでは、1勝分のアドバンテージがある1位通過チームが圧倒的に有利なのに。

「外国人だから…」という差別的な発言はどうかと思いました。
もちろん、監督だって余裕のある状況だったら、もっと投げさせていたのだと思います。「監督」という立場上、「角を矯めて牛を殺す」という状況にはしたくなかったのでしょうし。(結果として負けてしまいましたが)
このようなトラブルにも負けず、日本ハムはシーズン1位突破を決めましたね。1勝分のアドバンテージはけっこう大きいと思いますし、金村選手が投げられない分先発の頭数に不安がありましたから、とりあえずは一安心なのではないでしょうか。
僕もこの記事を読んだとき「なんて身勝手なヤツなんだ!」と憤っていたのですが、時間が経つにつれ、「もしカープの黒田が同じことをやったら、どう思うだろうか…」と考えるようになりました。弱いチームの屋台骨をエースとして支えてきたピッチャーが、最近出てきた若手(日ハムならダルビッシュや八木)に「主役」の座を奪われ、10勝がかかっていた試合でなんとか踏ん張ってきたのにあと一人で投手交代というのは、かなりプライドを傷つけられることなのだと思います。「このチームを長年支えてきたのはオレなのに!」というような気持ちもあったでしょうし。
こういう発言は「社会人として、団体競技の一員として」やってはならないことだと感じつつも、「1回くらいは許してあげてもいいんじゃないかなあ」と今は考えています。あとは、金村選手自身のモチベーションと、何と言ってもファンの気持ち次第だと思うのですが。