2008-12-02 映画『トロピック・サンダー/史上最低の作戦』感想
■[雑記][WEB]才能あるレジのおばさんを「給料」だけで評価するのは間違っている

才能あるレジのおばさんにはそれ相応の給料を払ったほうが良い(コトリコ 2008/12/1)
↑のエントリを読んで、僕も「こういう人がもっと優遇される社会であってほしいなあ」というようなことを考えました。
誰が言ったのかは失念してしまったのですが、日本を訪れる外国人(この話をしていたのはフランスの人だったと記憶しています)が最も驚くことのひとつは、「道路で掃除をしている人が、通行人に朗らかに『こんにちは』を声をかけてくれること」なのだそうです。
フランスでは、「サラリーの安い仕事は、それ相応の態度でやるのが当然だから、あの仕事をあんなに気持ち良い態度でやっているなんて信じられない!」とのこと。
こういう話を聞くと、日本もまだまだ捨てたもんじゃないな、と思います。まあ、日本の場合は、だからこそ「社会的な地位が高い」人たちのノブレス・オブリージュみたいなものが欠けてしまっている面もあるのかもしれませんが。
僕もこういう「気持ちの良い接客」に出会うと、本当にうれしくなります。この人にもっと給料あげればいいのに、とも思う。
でも、実際問題として、なかなかそういうわけにもいかないんですよね。
給料というのは、「技術」そのものに対して払われるものではないから。
このおばさんの「技術」は、確かにスーパーの買い物客の役に立っています。
でも、客が「このおばさんがいるから、このスーパーを選ぶ」ということは、まずありえないはずです。
逆に「ものすごくひどい接客」とか「遅すぎるレジ打ち」のようなマイナス要因があると、客は他所へ行ってしまうかもしれませんけど。
もし、このおばさんの「技術」に「価値」があるのだとすれば、おそらく、こういうおばさんは同業他社から高給で引き抜かれるはずですし、世の中に「スターレジ打ちおばさんを集めたレジ打ち界のニューヨーク・ヤンキース」みたいなスーパーだって出てくるでしょう。そうならないのは、少なくとも彼女たちの技術は、「目に見えて売上に直結するわけではない」=「利益にはつながらない」と経営側が判断している、ということです。
考えようによっては、彼女たちの労働条件が高騰することを嫌う経営側が、「そういう技術はサラリーには反映しないことにしている」という業界の「暗黙の諒解」があるのかもしれません。
本当は「まったく利益につながっていない」ってことはないのだろうから。
仕事をやっていてつくづく思うのは、結局のところ、サラリーというのは才能や技術そのものに対して払われるわけではなくて、「それがどのくらいの利益につながるか」あるいは「他者とどのくらい『差別化』できているのか」ということに対して払われているものなのだ、ということです。
村上春樹の『国境の南、太陽の西』という小説で、主人公が経営しているジャズバーのバーテンダー(あの若い男の子)に「びっくりするくらい高い給料」を払っている、というエピソードが出てくるのですけど、それは彼の存在が「他店との差別化」につなかっているから。
残念ながら、このおばちゃんの「才能」「技術」がいかにすごくても、「おかげでこのくらい利益が上がった」という結果がついてこないと、給料は上がりません。
僕がこのエントリを読んでいて気になったのは、このおばちゃんの「新人の女の子に対する態度」なんですよね。
おばちゃんの技術がどんなにすごくても、レジ打ちひとりの力でアップできる利益なんて、たかがしれたものです。
でも、おばちゃんは自分の技術を「新入りに対して、優越感を得るための道具」にしかできてない。
「そんなに甘いものじゃない」かもしれないけど、このおばちゃんが自分が技術を身につけるプロセスをまとめて、新人に対するコーチングを体得すれば、おばちゃんの給料は上がるはずです。
「彼女の力で、店全体のレベルが上がり、サービスで他店と『差別化』できた」ということになれば。
ところが、実際は、そこに気づく人は少ないし、気づいてもそこまでやろうとはしない人がほとんどです。
……ただ、「そこまでやってキャリアアップを図ろう」という人は、最初からレジ打ちじゃない業種を目指したほうが効率はいいよね、やっぱり……
最初の話に戻りますが、僕が感心してしまうのは、「このレジ打ちのおばさんが、他の人と給料も待遇もそんなに違わないはずなのに、こんなに自分の仕事にプライドと誠意を持って働き続けていること」なんですよね。
おばさん自身だって、「どんなにこの仕事を頑張っても、劇的に給料が上がるはずがない」ことは百も承知でしょう。
そういう「街のちょっとした職人のプライド」を「割に合わない仕事をするバカ」と軽蔑するような世の中は悲しい。
実際、彼女たちが求めている「報酬」ってさ、「大幅な給料アップ!」というような非現実的なものじゃなくて、「おばちゃん、今日もがんばってるね!」っていうちょっとした労いの言葉だったり、「自分はレジ打ちだったら誰にも負けない」という「自己承認」だったりするのだろうし。
そういう意味では、こんなふうに「もっと給料上げてやってくれ!」って言われるだけでも、「自分の仕事が評価されていること」に、けっこう喜んでくれるかもしれませんね。
以下は余談。
「産科医減少」に対して、「診療報酬を上げればいい」って声をよく耳にするのだけど、現場の医者には、「これ以上高い報酬」+「『こんなに高いお金払っているんだから』という雇い主としての叱責」よりも、「いままで通りの報酬」+「人間的な関係(「こんな時間にすみません」「いえいえ、これが仕事ですから気にしないでくださいね」)」と考えている人がけっこう多いと思います。
■[映画]トロピック・サンダー/史上最低の作戦 ☆☆☆

監督としても活躍する人気スター、ベン・スティラーが『太陽の帝国』に出演した約20年前にひらめき、長年企画を温め続けてきたサバイバル・コメディー。自己中心的な役者たちがアクション映画の撮影で東南アジアへ赴き、本物の戦争に巻き込まれてしまう。監督のベン共々主演を務めるのは、『スクール・オブ・ロック』のジャック・ブラックと『アイアンマン』のロバート・ダウニー・Jr。爆笑に次ぐ爆笑の展開と、多数の豪華ハリウッドスターによるカメオ出演が話題となっている。
あらすじ: 落ち目のアクション俳優スピードマン(ベン・スティラー)は、戦争大作『トロピック・サンダー』での返り咲きを目指すことに。コメディー役者のジェフ(ジャック・ブラック)や演技派のラザラス(ロバート・ダウニー・Jr)とともに撮影に臨むが、クランクイン5日目で予算オーバーに陥ってしまう。あきらめ切れない監督は東南アジアのジャングルで撮影を強行しようとするが……。(シネマトゥデイ)
うーん、これは僕にとってはちょっと微妙な映画だったなあ……
「サバイバル・コメディー」だそうなのですが、けっこうグロテスクな場面が多いです(あの内臓がビローンと出てくるのは『プライベート・ライアン』のパロディだ!ということなのかもしれませんが、僕は正直ドン引きしました)。「笑う」にしては状況が深刻すぎますし、「シリアスな戦争映画」としては不謹慎すぎるという中途半端さのため、どういうリアクションをとっていいのかずっとわからないまま観終わってしまった感じです。
中には「ハリウッド批判」や「演技論」みたいな(なぜ、ショーン・ペンは『アイ・アム・サム』でオスカーを獲れなかったのか、とか)、いかにも「有名俳優が作ったパロディ映画」という感じの「内輪ウケっぽい内容」もあり、それはそれで面白くはあったんですけどね。というか、そちらのほうがみしろ「見どころ」なのかも。
この映画、「ベン・スティラーが『太陽の帝国』に出演した約20年前にひらめいた」ということなのですが、ベン・スティーラーは、『太陽の帝国』という映画か、「ハリウッドの戦争映画のフォーマット」そのものがものすごく嫌だったんでしょうね。
ただなあ、元ネタが「戦争」だと、やっぱり僕は笑えない……
この映画で本当に「爆笑に次ぐ爆笑」なのだとしたら、アメリカ人があまりにも「戦争慣れ」していることに驚かざるをえません。
ところで、例の「超有名スター」の出演なのですが、僕は驚いたのは驚いたんだけど、「仕事選べよ……」というのが率直な感想でした。
最近「落ち目」だと伝えられているだけになおさら。
