2010-09-04 東浩紀さんとカンニングとtwitterの「不当な量刑」
■[WEB][社会]東浩紀さんとカンニングとtwitterの「不当な量刑」

参考リンク:Togetter - 「東浩紀とカンニング問題」
ここでの東浩紀さんと「カンニングをtwitterで無防備に告白した(しかも、教授の名前入りで!)学生」のやりとりを読みながら、僕は考えていたのです。
ああ、twitterって、ネットって怖いなあ、と。
僕が通っていた大学で、以前、集団カンニングが発覚して大騒動になったことがありました。
僕の後輩もその中のひとりに入っており、なんとか退学は免れたものの、「留年+その(カンニングをやった)年の取得単位ゼロ」という処分が下されました。
彼女はいわゆる「天然」な人で、ギラギラと「なんとかして単位をとってやる!」という感じではなく、「遊び呆けているうちに試験勉強が間に合わなくなり、まとまった人数の友達と『じゃあ、カンニングしちゃおうか!』という話になり、映画『ザ・カンニング』まがいの秘密兵器を試験会場に持ち込んだ」らしいのです。
「罪の意識」なんてそこにはなく、むしろ、「休憩時間に、友達と一緒にトイレに行く」ような「付き合いとしてのカンニング」だったのかもしれません。
バカですよもう、本当にどうしようもなくバカだ。しかしながら、その愚かさを「まったくの他人事」だと切り捨てられるほど、僕も立派な学生じゃなかった。
もちろんそれは「甘い考え」であり、「学問と、その徒である自分自身を侮辱する行為」ではあったのですが、当事者がよく知っている後輩となると、やっぱり僕のなかには、「カンニングする奴は最低だ」という憤りよりも、「こんな厳しい処分だなんて、ちょっとかわいそうだよな……」という気持ちのほうが強かったのです。
もちろん、東教授とは「レベルが違う」のですが、僕のような「赤点医師」でも、専門学校の講師や大学の講義の手伝いを頼まれることがあります(正確には「頼まれたことがある」と過去形ですが)。
そんななかで、僕がいちばん意識せざるをえなかったのは、「いかにして、試験で生徒を落とさないか」だったのです。
いや、優しいからというわけじゃなくって、臨床の片手間にやる講義や過去問を少し改変したくらいの試験問題で、生徒を「不合格にする」のは、すごく怖かったのです。
真面目な話、僕が教えている内容が、そこまで大事なものなのか、自分でも全く自信がありませんでしたし。
そこは、「先生は自信を持って自分の専門を教え、学生も自ら選択して学びにきている超一流大学」とは根本的に違うのでしょう。
それでもやはり、「教える側」に立つと、「学生を不合格にする」というのは大きなストレスでした。
もしこれで留年してしまったら、この子の人生、(たぶん良くないほうに)変わってしまうかもしれないのだから。
試験監督も何度かやりました。
学生のときって、「この人たちは、きっと、誰かがカンニングするのを手ぐすね引いて待っているんだろうな」なんて想像していたんですよ。
でも、自分が試験監督になってみると、試験監督っていうのは「不正を発見するために存在している」のではなく、「不正に対する抑止のために存在している」のだということがわかりました。
ほんと、僕たち(他の先生もみんなそう言っていた)は、見つけたくないんですよ、カンニングなんて。
だって、見つけてしまったら、見て見ぬふりはできないから、「告発」しなきゃいけない。
そのことは、自業自得とはいえ、その生徒の将来に、大きなマイナスとなるでしょう。
他人の人生をネガティブにな方向に変えるのはつらい。
それが「仕事」とはいえ、恨まれたり、当事者や保護者との長い長い争いの原因になるかもしれない。
そもそも、昔大学生だった僕は、目の前で行われるカンニングが「氷山の一角」でしかないことを知っています。
それがわかっていても、目の前に氷の塊が現れれば、まずそれを避けないとしょうがない。
「ほんと、見てるから、頼むから、カンニングとかするなよな、お互いにめんどくさくなっちゃうから」
と切に願いながら、試験監督をやっていたものです。
東先生のツイートのなかに、このようなものがありました。
というか、ぶっちゃけ言うと、カンニングより、「カンニングしています」と堂々とツイートするほうがよほどやばい。大学制度への意識も、ネットへの意識も、すべてなにもかもやばい。なに考えているのだろう。
このツイートは非常に印象的でした。
「カンニングすること」そのものよりも「カンニングしていることをツイートすること」のほうが重罪なのか?
僕はこのtwitterでのやりとりのなかでの「フォロワー」たちの存在を考えずにはいられません。
おそらくそんなことはないのでしょうが、ある学生が、試験中、東教授の目の前でカンニングをしたとしましょう。
その場合、東教授には、2つの選択肢があります。
「その学生を現行犯で告発する」か「見て見ぬふりをする」か。
前者であれば、その学生にはそれ相応のペナルティが課せられ、周囲の学生からは「要領の悪いヤツだ」と憐れまれることでしょう。
それでも、身近な人からは同情もされるでしょうし、社会的に「抹殺」されるようなことにはならないはずです。
後者であれば、その学生が、実力よりも少し良い点を取ることになりますが、学生も試験監督も、面倒事を避けられるのも事実です。
しかしながら、この学生のツイート「カンニングしました宣言」が、こうしてtwitterで世界中にばらまかれるとなると、問題が格段に大きくなります。
twitterを媒介にすることにより、「東教授が知った」だけではなく、「東教授が知ったことを、みんなが知っている」ことになるから。
そうなると、もうこれは「なあなあで済ます」とか「見て見ぬふりをする」ってわけにはいかないじゃないですか、大学側も、東先生も。
「どうして大学側は知っているのに、カンニングを放置するんだ!」って責められるのが目に見えているので、「情状酌量」は難しくなります。
僕はこの件に関するたくさんのコメントや学生や東さんへの言及を読んで、なんかイヤだな、と思ったんですよ。
こうしてこの件をリツイートして広めたり、東教授や学生を責める人たちは、自分が「当事者」になるかもしれない、という恐怖感はないのだろうか?
自分だけは、常に「名無しさん」でいられるという確信を持っているのだろうか?
「明らかに悪いと決まっているものに、罵声を浴びせて快感を得る」のは楽しいかもしれないけれども、この件に対して、何の利害関係も責任もないあなたのリツイートで、ひとりの若者の立場が、どんどん悪くなっていくのです。
そのことに対する、罪の意識はありませんか?
もしこれが誤報だったら、「責任」をとる覚悟はありますか?
いざとなったら、「自分は他人の言葉をリツイートしただけだから、関係ない」ですか?
これも東さんのツイートから。
カンニングは悪いことだと思います、でもぼくたち無名なんで許してください!か。アホなんじゃない?
「関係無い連中は黙ってろ」とまでは言いません。僕だってこうしてネタにしているので。
ただ、twitter(をはじめとするネット)というツールのなかでは、ある種の罪は、不当に重い量刑を課せられているのではないかと、僕は考えているわけです。
元アメリカ大統領ジミー・カーターに、「麻薬常用者に対する最大の処罰は、常用者本人の健康の阻害にとどめるべきであって、それ以上のものではあってはならない」という言葉があるのですが、「カンニング」に対する処罰も「過剰な個人攻撃や社会的制裁」になるべきではない、と僕は思います。
「学問をバカにしている」のは事実だけれども、「単位を取れない、進級できない、あるいは、退学となる」以上の個人情報晒しを含む「社会的制裁」が「善意をふりかざした野次馬」たちによって加えられるのは、あまりに酷でしょう。
まだ、年端もいかない学生がやったことでもあるし。
そもそも、こういう事例をみるたびに「リテラシー」について訳知り顔で語る人がいるけれど、本当に「リテラシー」がある人って、こういうときに嬉々としてしゃしゃり出てくるのだろうか?「情報」として存在しているのは、その学生が言ったとされる、ツイートだけなんですよ。
マスメディアの報道に対して、「まだ証拠も揃ってないのに」、ブログの内容に対して、「これはブログ主の勝手な想像だ」って「批判」する一方で、こういうときには、「既成事実」として対象者を大バッシング。それは「リテラシー」じゃなくて、「叩きやすい他者を叩いて、優越感に浸りたいだけ」じゃないの?
こんな「鼻くそほじりながら、安全な場所(だと本人は信じているところ)で、他人を責めることができる」twitter(あるいはネット社会)って、すごく怖いよ僕は。
とくに「失うものが多い人」にとっては、百害あって一利あるかどうか。
いやほんと、個人サイトは数年くらいの間、比較的開放感があったのに、ブログは1年くらい、twitterは流行り出して半年にもならないうちに「失言が許されない場所」になってしまっているよなあ。
「誰にも相手にしてもらえない淋しさ」を抱える多くの人たちと多数のフォロワーを抱えている一方で「自由に発言することができない息苦しさ」を抱える少数の人たち。それが哀しきネット格差社会。
本当に「リテラシー」がある人って、たぶん、「ネットで発言しない人」なのでしょうね。
僕も黙っていられれば、あれこれ苦労しなくてすむのだろうけど。
ちなみに、僕のTwitterはこちらです。
- Twitter / @m_suikyou
- なまえかんがえるのめんどくさい - 東浩紀さんとカンニングとtwitte...
- Twitter / @FLGtter
- 興味ひとくち - 東浩紀氏×カンニング宣言
- Twitter / @kamakiri_ys
- Re: 東浩紀とカンニング問題
- Twitter / @yonetin
- Twitter / @sagatosu
- Log of ROYGB - 非正統的な手段と合理性
- Twitter / @fuji_taka_
- 消毒しましょ! - カンニング自白に釣られてカンニング看過宣言を得...
- MANABIAIをHIROMERUまいにち in HUNGARY - [その他]試験監督
- カンダタ - カンニング問題について。 その2
- Twitter / @ekken
- Twitter / @fujipon2
- Twitter / @ekken
- 痛みと最悪の別れ話 - 自分用メモ(よりぬき)
- blabberblog - 東浩紀の怒りの対象はカンニング行為ではなくて早稲...
- blabberblog - 2ちゃんのようにTwitterを使う人はキモい
- 琥珀色の戯言 - 2010年の『琥珀色の戯言』を振り返って
- 琥珀色の戯言 - 2010年の『琥珀色の戯言』を振り返って
- 東浩紀さんとカンニングとtwitterの「不当な量刑」 - 琥珀色の戯言

抑止するために存在する、というのはまさにそうですね。
ですから、カンニングを発見してしまった場合、
試験監督が責められます。「なぜ抑止できなかったのか?」と。
私自身、教え会うという物理的証拠の残らないカンニングを
目の前であからさまにされてしまい、反射的に摘発してしまいました。
結局、当事者二人はカンニングを否定し、私と大学院生の証言は認められず、
私は事実上の始末書を書かされました。物的証拠がなければ、裁判になったとき
勝てないから目撃証言だけではだめだと言われてしまいました。あからさまに
カンニングしたのに「私はカンニングしてません」と堂々と主張する学生を見て
一月ほどショックが抜けませんでした。ちなみに、発見した時点での解答(四択)は
二人ともすべて同じだったそうです。
そういう不確定な情報で勝手に個人の名前を拡散させた東浩紀さんにもリテラシーは欠如していると思います。
犯罪予告とか犯罪自慢とかを自分と関係先を特定できる形でつぶやいてはダメ。
当たり前のことが理解できない人がいるメディアは危ういです。
受ける罰が重すぎる気はしますが、こうしてルールが周知されていくのでは。
つぶやきなんて言いながら、全世界に届く大声で叫んでいるのと同じなのだから。
東氏は「重罪」ではなく「やばい」と書かれていますね。
例えて言えば、立ちションベンはどこでやっても立ちションベン
だけど、物陰でこっそりやっていれば捕まる事はまずない。でも
警察署の玄関で立ちションベンをしたら、まず間違いなくしょっぴ
かれます。
その「警察署の玄関で立ちションベンをしてしまうような、
判断力・認識力の低さ」を「やばい」と表現しているように
読めました。
この場合は、教官と学生と学校の三者で直接連絡をとりあった後に、見解を見せなければ、誤解が生まれるだけで、その上、ヤフーニューストピックスのトップや、はてなブックマークに一覧されてしまって、どこまで一般のネットユーザーは事実関係までアクセスできるのでしょうか。
どうしても、したいなら、フィクションという形をとった方がいいです。フィクションという形でも、現実と妄想してしまう人がいても。フィクションは表現作品だからです。
鬱憤が晴れるものではないでしょう。
憂さ晴らしのためのサンドバッグになった学生には気の毒ですが、彼はルールを破ってしまった。
不正行為をし、それを実名で公表してしまった。
叩かないで下さいというほうがおかしい。
自然現象ですよ。人間の悪口なんて現実でもこんなもんです。ある程度教養や忍耐がある人は我慢していますが、そうでない人は平気で酷い事を言います。
陰口は罰を与える為に言うんじゃなく、憂さを晴らすために言うんです。
「彼はたくさんの人に悪く言われてるから優しくしよう。」より
「彼はたくさんの人に悪く言われてるから、私も悪く言おう」
と思う人の方が多いと私は思います。
学校や職場の陰口でそうなら、
ネットでの陰口でもそうなるでしょう。「みんながやっつけてる」「みんなでやっつける」ってね。「やり過ぎだ」とか「彼は罰を受けている」という声はその他大勢にかき消されてしまう。よーく調べないとそんなログは出てこない。
この自然現象は確かにフェアじゃない。だけど日常生活一般はそもそもフェアじゃない。不当な制裁を余すところなく発揮してるのは多分マスメディアです。ネットで私刑をやってる人に罪の意識を持たせようというのは難しいと思います。この国からいじめや陰口を消すには魔法が必要だと思います。
高い家には雷が落ちるものだと覚悟して住むしか方法はないんです。
なんか文章下手ですみません。
今回の件は、文中に名前が出ているとはいえ、@によって本人に直接話しかけたのではなく、東氏が自分のお名前でtwitterのpostを検索するという習慣から知ったことなので、「直接本人に言った」というのとはちょっと違います。
ただ、当然東氏のお名前を出して悪事をネットで呟いたのですから、当然それは本人の耳に入るものとして考えなければならないのは当然の事だとは思っています。
しかしそれでも、「発言した学生やその周辺にではなく、何万人という東氏のフォロワーに向けてRTでそのことを広めること」がどうしても正しいこととは思えません。
学生の過った認識を正したいのなら、@返信またはダイレクトメールで本人に直接指導すればよいことで、更に悪事に関してはきちんと事実関係を確認の上学校側に報告し、処分を決めればいいことです。
「もし、カンニング発言を見た人から、カンニングを許す学校と思われたくない」というのであれば、「(実名やアカウントをわざわざ晒さず)このような学生がいたが、カンニングという行為、そしてそれをネットで堂々と発言する行為は嘆かわしい。しかるべき処分をしました」とだけ報告すればよいことではなかったのでしょうか。
あえてRTで学校でカンニング行為があった、またそのような学生が入学しているということを広め、正すのでもなく「何なのこいつ馬鹿じゃないの」的な「攻撃」をし、なのに「後のこと(しかるべき処分など)はボクは動きませんかかわりません」というのであっては、ただの2ちゃんねるの叩き・晒し、「こいつ馬鹿」と集団にふいてまわる行為と同じではないでしょうか。
また東氏はどのような形態であれ、学校側からお金をもらっている立場です。その立場の方が、学校自体の評判を落とすようなことを平気でする、またそれを許す土壌も信じられません。
学校の人間であるのに、完全に学生のことを他人事のように「今の学生ってこんなんばっかなの?馬鹿なの死ぬの?」という見下し【ただけ】の存在というのは、いかに大学は幼稚園じゃない、しつけは家の問題、であっても良くないと思います。
大学はしつけの場所じゃなく学問を学ぶところというのはもちろんです。しかし、社会でも企業の新入社員の態度やミスは会社の教育の責任になります。学校もただの「知識の伝書鳩」でなく、もう少し手本となる大人の姿は見せられないものかと今回の件を読んで思いました。
18歳を超えた、社会的に大人としての判断力があると認められている人間を捕まえて、年端も行かないとか言ってしまうのは、個人を馬鹿にしすぎています。
これぐらいの過ちはやってしまうかもしれないね、と情状酌量するのなら、同じように22禁とか、25禁の制限を世の中にかけるべきでしょう。
仮に彼らが責任を逃れてしまうとするのなら、彼らは自分のしたことが公になるとどのような処罰が下るのか?という貴重な経験をする機会を逸します。
また、教育側には最低限、卒業の資格に見合った知識を生徒に与える義務があるはずです。
医師ならば、その知識や技術がないことが、どれほどの迷惑を周りに振りまくか、想像が出来そうなものです。
私はむしろ、知識や技術のないものに単位という資格を与え、そのものが後日取り返しのつかない失敗をすることの方を危惧します。
その失敗の責任は、情状酌量で資格のないものに資格を与えたものにもあるはずです。
医師が失敗して他人が命を落とすことがあるかもしれません。
IT技術屋が失敗して、カード情報がばら撒かれ、自殺するものがでるかもしれません。
自身の行為に対する責任というのは、その責が小さい学生のときにこそ、しっかりと取らせるべき。
現実が正解なんです。
純粋培養で育った早稲田の坊ちゃんには、良い社会勉強だと思いますよ。
これだけ隙だらけで無防備に身を晒して、無事ですむ訳が無い。
そのために叩いておかなくてはならないのでしょうか。
ここで大学教授、はたまた教師というものがなめられてしまうと、それこそ被害が大きくなると思います。
なので見せしめに徹底的に叩いておいて正解だったと思います。
一線を越えたものにはそれなりの罰を受けてもらわないと
ブログやツイッターで叩かれる件なんて今に始まった訳じゃないし、定期的に出てくる話。
責任を持って発言するのは当たり前。
ブログ主さんも「事なかれ主義」「嫌われたくない主義」の親みたいですから、ご自身のお子様の教育も気を付けてくださいね。
なんか東さんが告発せざるを得なかったみたいに書いてますが、そんなわけないじゃないですか。
自主的に告発したんです。
指導者ってそれが当たり前じゃないですか?
直接本人に言うべきとのことですが、もう本人はカンニングしたことを世間に向かって叫んでるわけです。
一旦ツイートしちゃったら、それを削除したとしてもネットの世界からは完全に消えません。
後からカンニングの件を指摘されたらどうなりますか?
それを内側だけで密かに処分してたら、それこそ大学の評判を落とします。
偉い人が頭下げて謝ってるニュースって、大抵そういうクローズドな環境で物事決めちゃったって問題が多いじゃないですか。
それとカンニングが表に出たら大学の信用を落とす?
逆じゃないですか?
私だったらカンニングを告発した大学の信用度は上がりますね。
カンニングというのは凄く重いことなのです。
ってかいてあるので、「事実を隠す」のでなく、あくまでその発言者は学校規定の処分をし、個人的に叱ればいいことで、「名指し」しかもあえて知らない人にまでRTで広め、しかも「(晒して叩くけど)公的な処分は僕し〜らない」はまずいという話です
私は言っている内容はこっちの方を指示する。
どう思われます?
http://d.hatena.ne.jp/AntiSeptic/20100904/p2
この東氏の発言の趣旨をもう一度よく考えたほうがいいのでは?
今回は社会にでる前の学生で、カンニングだから迷惑かかるのは本人と大学だけでよかったですよね。
ではたとえばこれが企業の重要な情報であったら?病院だったら?お役所だったら?
おそらく東氏はそういったことをさして「堂々とツイートするほうがよほどやばい」言ったのだと思います。
少なくともこの学生は二度とこういった類の情報の漏洩はしないでしょう。
それは結果的に本当の意味での教育となり私たちの社会の秩序と安全が保たれることではないでしょうか?
そしてあなたが教育と称してしていることは、単に問題の先送りで、問題児を問題児のまま社会人として送り込んでいることではないでしょうか?
ある一人の学生の1年と社会に生きる人達の秩序はどちらが大事なんでしょうね。
もう一度考えてみてください。
はっきり言って、この件では、東「教授」にも、学生にも、同情する余地はないですね。
もうアホかと。税金使ってアニメの勉強かと。ぞういうのは、美大のようにちょっと頭のねじが緩んでる連中のいるところでやんなさいと。
いくら理論武装したところで、オタクはオタク。もうどうしようもない。
早稲田がそんなどうしようもないところになったというのは、よく分かったので、この「問題」は意義があったと思います。
そういうバカは血祭りに上げないといけません。それが「正義」です。
犯罪告白など不快なものですからね。正義の名の下に行われるリンチです。
そして文句は言えない。
そういう力学が働くことを世に知らしめたことで意義があったと思います。
東さんはツイートされたものをリツイートして何が悪いんだよという発想だと思います。
何も悪くはないですね。
たとえ犯罪を犯したとしても世の中にはそれが同情されるようなケースがいくらでもあります
それはいうまでもなく罪の意識が多少なりともあるという前提で、です
つまり自分から犯罪自慢をした時点で犯罪に対する同情など全くなくなります
当たり前です
今回の件では犯罪自慢をしただけでなくその被害者とも呼べる教授本人に対して侮辱とすらいえるような発言までしています
このような人間に対してだけ同情するのに、侮辱された本人の気持ちというものに全く無頓着な人たちの神経の方を私は疑わずにはいられません
ブログ主はどうやら教える側に立った経験があっても自分の教えているものに自信がなかったからそうした気持が解らないようですね
この世にはあたなとは違い自分の教えているものにものに絶対の自信があって、それが世の中の役に立つに違いない、いや立たせてみせるという確信と高い志がある人だっているのです
そうした人があのようなことを言われてどう感じるか、ということを少しは考えて欲しいです
拙文失礼しました