琥珀色の戯言 このページをアンテナに追加 RSSフィード Twitter

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2016-01-29 【読書感想】あの日

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あの日

あの日


Kindle版もあります。

あの日

あの日

内容紹介

STAP騒動の真相、生命科学界の内幕、業火に焼かれる人間の内面を綴った衝撃の手記。1研究者への夢 2ボストンのポプラ並木 3スフェア細胞 4アニマル カルス 5思いとかけ離れていく研究 6論文著者間の衝突 7想像をはるかに超える反響 8ハシゴは外された 9私の心は正しくなかったのか 10メディアスクラム 11論文撤回 12仕組まれたES細胞混入ストーリー 13業火etc.


 ああ、なんだか芥川龍之介の『薮の中』みたいだな……


 この本を読むと、STAP細胞が本当に存在するのかどうかわかる……ということはありません。

 そもそも、小保方さんが「本当のこと」をここに書いているかどうかが、わからない。

 読み始めるまでは、「僕になら、この人は嘘をついているのか」判別することができるのではないか」という気持ちも少しあったのです。

 でも、読めば読むほど、小保方さんが「わざと」やったのか、あるいは「何らかのミス」を信じ続けてしまったのか、わからなくなってきたのです。

 小保方さんは「平気で嘘をつく人たち」のひとりなのか、それとも、「本人は嘘だとは思っていない」のか。


 この本の冒頭で、研究生活に入る前の小保方晴子さんの人生が、振り返られています。

 勉強ができる子だったにもかかわらず、合格確実といわれた第一志望の難関高校に落ちて、滑り止めの学校に行くったことや、病気だった親友をみて、人のために役立ちたいという思いから、早稲田大学の応用化学科に進学したこと、大学時代、「心の弱い自分を叩きなおすため」に、サークルにではなく、大学の公式運動部であるラクロス部に入ったこと。


 早稲田大学理工学部応用化学科(当時)では、大学4年生時に研究室に配属され卒業研究を行なう。大学での講義は比較的真面目に受けていたが、卒業研究を行う研究室を見つけることには熱心ではなかった。就職活動と同じように、研究室見学に熱心な友人たちを横目に、私はラクロスに夢中だった。午前7時からの練習開始に向けて、朝4時台に起き、5時台の電車に乗る毎日。学部4年生は最終学年だ。中学高校と運動経験がまったくない私にとって、全国大会レベルで戦う早稲田大学の運動部で活動することには無理があった。基本の体の造りすら他の選手とは比べ物にならず、筋肉も骨も運動神経もまったく周りについていけなかった。私は一番足の遅い、下手な選手だった。しかし、苦手なことに挑むこと、自分への試練を作り、精神を鍛え、体力を作ることを大学生活の目標としていた。毎日、慢性的な骨膜炎に対する痛み止めを服用しながらの練習だったが、いつも一番後ろを走る私を受け入れてくれる、快い仲間たちに恵まれ、ラクロスは当時の私にとって一番の優先事項だった。

 ちなにに、のちに所属する常田聡先生の研究室では「ラクロスの朝練を終え、そのままジャージで研究室に来る私のことも笑顔で迎えてくれた」と書かれています。


 僕も大学時代、運動部に所属していて(とはいっても、単科大学の運動部ですから、そんなに厳しい練習でもなかったのですが)、まったく良い成績を出せない、補欠生活をおくっていたのを思い出しました。

 だからこそ、あえてこれを読みながら考え込んでしまったのです。

 小保方さんがラクロス部員として、「レギュラーとして活躍できる見こみもないのに、厳しい公式運動部に所属し、練習していたこと」は、すごいことだと思うんですよ。

 ただ、僕の経験からいうと、「試合で活躍できる見こみがないのに、がんばって部活をやる人間」というのは、よほどその競技の魅力にとりつかれているか、あるいは「そういう『みそっかす』でも、ちゃんと一生懸命やる人間であることを自分に課したい、あるいは、それを周囲にアピールしたい」のどちらかです。

 僕自身は、部活以外に友達がほとんどいなかったというのと、この後者の要素が大きかった。

 小保方さんは、「不器用に生きているように周囲に見せること」が、ある種の「武器」になると見抜いていた人のように思われます。

 それが意図的になされていたものなのか、無意識にそういうふうに生きるようになってしまったのかはわからないけれど。

 そして、その「故意だったの?、悪意はあったの?」という問いは、STAP細胞の発見・発表の経緯にも繋がっていくのです。


 この本を読んでいると、小保方さんは「他者から自分への評価」をしきりに言及しているのです。

 「これまでのラボのなかで、いちばんのポスドクだった」

 「これまで指導したなかでも、ベスト3に入る学生」

 「最高のプレゼンテーションだった」

 「誰もうまくやれなかった実験を、ハルコはうまくやってみせた」

 これらを、当時の上司の言葉として、この本のなかに散りばめています。


 小保方さんって、「自分は何かができる人間だ」という自信と、「他人に認めてほしい」という承認欲求が強い人である一方で、「敷かれたレールから外れてしまうこと」への恐怖も人一倍もっていた人なのではなかろうか。


 前半部、ハーバードへの留学時代のエピソードを読んでいると、小保方さんは実験が上手で、器用なアイディアマンという印象を受けます。

 与えられた課題に対して、小さな工夫を積み重ね、課題をこなしてみせる。

 指導教官の意向に反発することはなく(まあ、いちいち反発する人って、そんなにいなんですけど)、ひたすら、期待に答えようとする。

 上司からすれば「自分の言う通りに動いてくれる、かわいい部下」だったんだろうな、と。

 そして、「私は実験が上手い」という自信(これは、若山先生にも言えることなのですが)と功名心こそが、「再現性が乏しかったSTAP細胞を見切り発車で発表したこと」につながってしまったのだと思うのです。

 僕みたいな不器用な実験者であれば、「こういうものができたのは、自分の実験上の手違いかもしれない」と、もっと「再現性」に慎重になったはず。

 ところが、優秀な実験者であったふたりは、「みんなにこれができないのは、実験者のテクニックが劣るからだ」という「判断」をしてしまった。

 世界中で、もっとも競争が激しいジャンルの研究であり、「少しでも速く結果を出さないと、先を越される」という恐怖感もあったのではないでしょうか。

 

 小保方さんは、常に、他人の目線で、自分を語る。

 他人の言葉で、自分の価値を測る。


 ただ、そういう人って、世の中にはたくさんいるんですよね。

 僕にだって、そういう面はある。


 それでも、小保方さんは、ちょっと自己演出が「過剰」なのではないかと思うんですよ。

 ラットへの負担を減らすため、丁寧にかつ素早く移植部位の皮膚の縫合を行う。手術が終わるとまた両手でラットを温め、ピクピクと動き出すと、「頑張ってくれて、ありがとう」という気持ちがあふれ出す。術後の感染を防ぐために清潔な床敷きのケージに戻し、次は経過を待ち、移植した細胞シートの解析を行う。


 実験動物に対する感謝の念は、実験者なら誰しも持っているはずです。

 でも、さっきのラクロスの話についてもそうなんですが、こういう「自分は良い人ですアピール」みたいなのがやたらと散りばめられていると「そんなの心の奥にしまっておけよ。わざわざ本に書かずに。それより、STAP細胞は有るのか無いのか、わかりやすい言葉で、小保方さんの言葉を待っている『普通の人』たちに説明してくれないか」と毒づきたくなるんですよ。

 それでも、動物実験はやるんだろ?って。

 小保方さんにとっては「わかる人にわかればいい」のかもしれないけどさ。


 そして、さまざまな言い訳も、「結局他人のせい」にしている。

 若山先生の責任についても、「ずっとお世話になっていて、感謝もしているから、悪口を言いたくなかった」ということで、これまで名指しで批判することはなかったし、早稲田大学の博士号取り消しについても、「ずっと通っていて、愛着がある大学だから、揉め事を起こしたくなかった」ので、受け入れた、と。


 闘えよ、小保方晴子! 

 本当に自分が正しいと思っているのなら。


 僕も「事なかれ主義の人間」だから、気持ちはわかる。

 世間からのバッシングで、心も弱っているんだろうとは思う。

 でもさ、こんな形で恨み言を連ねても、みんな「他人のせいにばっかりして」としか感じないよ。

 「感謝している」「迷惑をかけたくない」から、墓の中にまで持っていくというのならそれはそれで筋は通る話だけれど、こうして本にして言い訳に使ってしまえば、かえって相手は困るはず。


 ただ、小保方さんをバッシングする話については、どんな荒唐無稽なものでも「正義のため」と賞賛し、「冷静に検証しよう」という声には「人類の敵」「科学の敵」と、「小保方の仲間」としてバッシングしてきた「世論」があったのも事実なわけで。

 この本を読んでいると、小保方さんの言葉に、けっこうもどかしくなってくるところもあるのです。

 論じられている大きなポイントの一つは、この「STAP騒動」で、「善意の協力者であり、科学界の良心」のようなポジションにおさまった若山先生の責任問題なんですよ。

 ある日いつも通りスフェアを渡すと、「これまではスフェアをバラバラの細胞にしてから初期胚に注入していたが、今日からはマイクロナイフで切って小さくした細胞塊を初期胚に注入してキメラマウスを作ることにした」とおっしゃった。それから10日後、若山先生からキメラができたと連絡を受けた。その上、残りの細胞をES細胞樹立用の培養液で培養したらES細胞様に増えだしたと報告された。毎日、スフェア細胞を培養し観察していた私は、細胞が増える気配すら感じたことがなかったので大変驚いた。「特殊な手技を使って作製しているから、僕がいなければなかなか再現がとれないよ。世界はなかなか追いついてこられないはず」と若山先生は笑顔で話していた。

 増殖が可能になったと報告された細胞培養に関しても、どうしても自分で確認がしたく、「培養を見せてください、手伝わせてください」と申し出たが、若山先生は「楽しいから」とおっしゃり一人で培養を続け、増えた状態になって初めて細胞を見せてくれた。若山先生によると「ES細胞の樹立も研究者の腕が重要だから、自分で行ないたい」とのことだった。

 このように、後にSTAP細胞と名付けられる細胞の存在の証明が、キメラマウス作製の成功、もしくは増殖する細胞であるSTAP幹細胞への変化であるなら、「STAP細胞の作製の成功・存在の証明」は常に若山先生がいなければなしえないものになっていった。

 お世話になっている若山先生のために幹細胞株化の論文は仕上げなければと思ってはいたものの、自分では再現できない研究の発表を急がされていることへの不安は払拭できずにいた。2012年10月頃、論文の共著の先生たちに、「若山先生に幹細胞株化の論文を急がされているが、自分では再現が取れず不安である。もっと検証すべきだと思う」と率直に不安を打ち明けた。幹細胞株の樹立に関して私の手でできないことは、若山先生と私との間に手技の大きな差があるためという若山先生の説明に反論はできなかった。しかし、なにより不安に思っていたことは、若山先生の実験にはコントロール実験と呼ばれる対比のための実験が行なわれていなかったことだった。


 もちろんこれは、小保方さん側からの見解なので、「事実」かどうか、僕にはわかりません。

 しかしながら、これが事実であるならば、若山先生は、僕が思っていたよりもはるかに小保方さんの論文、そしてSTAP細胞に深くコミットしている、ということになります。


 この本を読むと、小保方さんは、STAP騒動まで、博士論文くらいしか論文執筆の経験がなかったようです。

 理化学と医学では違うのかもしれませんが、僕が経験したことのある医学論文の世界では、論文を書いた経験がほとんどない人間は、指導教官に、文字通り手取り足取り教えてもらいながら、論文(多くは英語)を書き上げていきます。

 この本のなかで、理研の笹井先生に論文を指導してもらったとき、その文章のすばらしさに驚き、圧倒された、という記述があるのですが、僕も研究生時代、同じような経験をしたことがあります。

 1か月くらい、ウンウンうなってなんとか書き上げたつもりの英語の論文を書いて教授のところに持っていくと、翌朝、僕のデスクの上には、固有名詞とand、ofなど以外のすべてに朱入れされた論文が置かれていました。

 それがまた、僕にもわかるくらい、カッコいい論文になっていて。

 たぶん、教授が自分で書けば、半日もかからないようなものだったのでしょうけど、それを承知の上で、あえて若手に経験を積ませたのでしょうね。

 ものすごく忙しくて、分刻みのスケジュールが詰まっている人なのに、いつも「スタッフの実験や論文の指導をするのは、私のいちばん大事な仕事だから」と、遅い時間でも、「おっ、きたきた」とパイプをくゆらせながら、最優先で若手の論文をみてくれたのを思い出します。

 笹井先生も、そういう人だったのだろうなあ。

 とりあえず、この本を読んだかぎりでは、笹井先生は、論文がほとんどできあがった状況からコミットすることになり、内容は正しいという前提のもとで、メジャー科学雑誌に掲載されるように小保方さんを指導していったようですから、実質的な責任はほとんど無かったと僕は思います。

 そもそも、著者を「信じる」ことからはじめないと、科学論文というのは、あまりにも狭き門になってしまいます。

 著者を疑い、提示されているデータを、すべて『ネイチャー』が再実験したり、ビッグデータをひとつひとつ検証したり、というのは、現実的ではないのです。

 

 そういう経験から、僕は、若山先生も小保方さんに「だまされていた」と思っていました。

 でも、この本に書かれていることが事実で、実験やデータ集めの段階から、ここまで深くコミットしているのであれば、小保方さんと若山先生には、少なくとも「同じくらいの責任」があるはずです。

 ところが、現状では、小保方さんだけが、大バッシングを受けている。

 そもそも、雑誌に論文を投稿した経験が博士論文くらい、というレベルの駆け出しユニットリーダー(それも、論文の研究をしていた時点では、ユニットリーダーですらなかった)に、どれほどの「悪事」ができる?

 万が一そういう可能性があっても、それを防ぐのが指導教官の役割ではなかったのか?

 そして調査委員から説明を受けた若山先生の証言から、若山先生は真実を言っていないのだと思った。たとえば、不正判定をされたSTAP幹細胞が増えていく様子を示した増殖曲線の図表について、「細胞の数の数え方を自分は知らないので、小保方さんに任せていて、自分はまったく途中経過を知らないうちに作成されたデータである」と証言していると聞き、驚きとショックが大きかった。細胞培養を日常的に行なっている人が細胞の数え方を知らない等ということは通常ありえない。もともと若山先生に指示をされ、作成された図表であったが、まったく認知していなかったように証言していることを知った。

 僕は、小保方さんが無罪だったと信じているわけではありません。

 ただ、小保方さんだけがスケープゴートにされ、「笹井さんが亡くなったのも、小保方さんのせいだ」と言う人がいることには、納得がいかないのです。

 小保方さんは、承認欲求が強く、「自分でついた嘘を、自分で信じてしまう人」なのかもしれません。

 その可能性は、否定できない。

 でも、そんな小保方さんを止める、あるいは、その「承認欲求」みたいなものを、もっとうまくコントロールする術は、あったのではなかろうか。

「リケジョ」とか、「割烹着を着た、がんばりやの可愛い女の子」に何かを投影して、勝手に失望している側に、罪はないのか。

「科学ってもっと優雅なものだと思ってた」と私が言うと、相澤先生は「やっぱりお前はバカだな。こんなどろどろした業界なかなかないぞ。もうやめろ」と言ったことなどを思い出していた。


 ただ、もし本当に若山先生がここまでコミットしていたのだとしたら、小保方さん本人はともかく、なぜ理研はそれを積極的に糾弾しなかったのか、という疑問もあるんですよね……僕だって、「何それ?」と思うくらいだから、ちゃんと研究をやっている人たちにとっては、指導教官の責任なんて、自明の理でしょう。

 なんらかの力関係や圧力があって、「トカゲの尻尾切り」で小保方さんだけがスケープゴートにされたのか、それとも、この話全体が小保方さんの作話なのか。


 どんなに科学が進歩しても、人の心のうちは、わからない。

 少なくとも、いまのところは。