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2016-02-16 【読書感想】ヨーロッパから民主主義が消える

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Kindle版もあります。

内容(「BOOK」データベースより)

かつてEUが誕生したとき、ギリシャに「国境なき医師団」が入り、「ドイツ帝国」の復活が危ぶまれ、テロの嵐が吹き荒れることを誰が想像できたか。民主主義の理想を掲げたEUは、どこかで道を誤った。それどころか著者が現地で目にしたのは、国境線の内側に閉じこもる、理念とまるで矛書した加盟国の姿だった…。難民とテロによってヨーロッパの誇りである民主主義は終焉を迎えるのか?その先にあるのはナショナリズムの膨張?それとも戦争?そこで日本が学ぶべきは「国境を超える枠組み」とどう向き合うか、ということだ。ベストセラー作家がドイツから届ける衝撃のレポート。


 1993年に生まれたEU(欧州連合)が、いま、揺れています。

 EUに加盟している国家の間での経済格差や難民問題などの現実の問題が、「ヨーロッパはひとつ」という理想の限界を人々に感じさせているのです。

 「ヨーロッパをひとつにする」というのは、これまで戦乱が耐えなかったヨーロッパの平和にとっては素晴らしい解決策ではあったのだけれども、ヨーロッパがひとつになろうとすることは「ヨーロッパの外の世界との壁をつくる」ことにもなりました。

 さらに、さまざまな国がEUに加盟してくることによって、「国境がない」ことの弊害ももたらされてきたのです。

 1993年、EC(ヨーロッパ共同体)は、EUとなった。その目的はいうまでもなく、ヨーロッパの統合だ。彼らは祝福されたヨーロッパを信じた。「ヨーロッパは一つ」という言葉には、夢想的な響きがある。

 しかしいま、そのEUは緊張と絶望にさいなまれている。ヨーロッパに民主主義の理想郷をつくるという夢は、かなり色褪せてきた。しかも、夢が破れる引き金となったのが民主主義の元祖ギリシャであったのは、何とも皮肉なことである。

 そのギリシャを何とかEUに留めようと、厳しい財政規律と構造改革を求めたドイツは、態度が高圧的であるとして嫌われてしまった。押し寄せる難民に対処すべく「EUの連帯」を打ち出すドイツに対しても、他のEUの国々の反発が強まっている。とくにEUの弱小国は、2011年、流れ着くアフリカ難民のあまりの多さに困り抜いたイタリアがEUに向かってSOSを出したとき、「イタリアに来た難民の保護はイタリアの義務だ」と冷たく突き放したドイツのことを忘れていない。彼らにしてみれば、「ドイツにEUの連帯などといわれたくはない」というのが本音なのである。


 現在のEUのなかで、「勝ち組」とされているドイツですが、その分、他国からの反発も大きいのです。

 自分たちの国へ輸出をして儲けているくせに、偉そうな顔をして、厄介事には知らんぶりかよ、と。

 やっかみ半分、というのもあるのでしょうけど。


 それでも、これまでは経済格差がありながらも、EUはもちこたえてきました。

 なんのかんの言っても、EUに加盟している国家間では血が流れるような戦争も起こっていません。

 その安全保障という面は、加盟国や、その国民にとっては、大事なことだったのです。

 しかしながら、「難民問題」は、EUに致命的なダメ―ジを与えようとしています。

 先に述べたように、EUではシェンゲン協定によって、人間の自由な往来が保障されている。シェンゲン協定に加盟しているのは、現在26カ国(うちEUの国は22カ国)で、加盟国のあいだでは基本的に国境審査は行なわれない。関税もかからない。「ヒト、カネ、モノ、サービスの自由な往来」がEUの肝だ。

 しかし、難民に適用されるのはシェンゲン協定ではなく、ダブリン協定である。1990年に定められた同協定によれば、難民は最初に足を着けたEU国で庇護申請をしなければならないとされている。そして、その国が難民の登録、資格審査など、初期対応を引き受ける。つまり、衣食住の世話や医療、子供の教育だ。

 難民の登録は、EU内では一度しかできない。そして、難民を登録した国は、その難民を他の国に自由に出国させることも基本的にはしてはいけない。登録せずに出してしまうのは、なおいけない。だから、ある国で庇護申請している難民が、実は他のEU内から来たとわかれば、その国はその難民を、前の国へ戻すことができる。

 ダブリン協定の定めるもう一つの重要な規則は、庇護申請がEU内でしかできないことだ。つまり、難民として認められるためには、どうにかして、まずEUに入らなければ始まらない。庇護申請がEUのなかでしかできず、しかも、最初に足を着けたEU国でしなければいけないとなると、イタリア、ギリシャ、ハンガリーに難民が溜まってしまったのは、当然の帰結といえる。この国々がEUの外壁となっているからだ。

 1990年代、ドイツは東ドイツをその領土に加え、EU東部の外壁として東欧の国々と対峙したが、いまではEUの拡張により内陸国だ。難民がいくらドイツの庇護を求めたくとも、他のEU国を通らずドイツに入ろうとすれば、空路で来るしかない。実際に、旧ユーゴスラビア、あるいはアルバニアからの多くの難民希望者はドイツに飛行機で入り、庇護申請をしている。ただ、戦乱の地から逃げてくる人々、あるいはアフリカからの貧しい難民がこのような正道をとれることは稀だ。結局、多くの人々が極めて悪条件、高リスクな方法で、どこでもよいから、ひとまずEUへの密入国を試みる。それが成功して、さらにどうしてもドイツに行きたい人たちは、そこからまた違法な手段を使うことになる。


 著者によると、難民にとってのいちばんの魅力は「医療」なのだそうです。

 病気の治療のために、難民申請をする人も少なからずいるのだとか。

 病人であれば、庇護申請が却下されても、「人道的見地から」強制送還にはならないのです。

 しかし、医療にはお金がかかるので、税金を納められない難民に医療を提供するというのは、その国や国民にとっては「持ち出し」が大きくなりすぎます。

 

 ナチス政権下での近隣諸国の侵略やユダヤ人迫害という負の歴史をもつドイツは、戦後、政治亡命者は無条件で受け入れるという姿勢を貫いています。

 ただし、経済的に困っている人を無制限で受け付けるとキリがない、ということで、「安全な第三国」と定めた国からの難民や政治亡命者は原則として引き受けないとのことです。

 日本もその「安全な第三国」に入っていて、原則的にはドイツへの政治亡命は難しいのです。

 まあ、希望する人もあまりいないとは思いますが。

 ただし、現実的には「経済難民」として、「安全な第三国」からも、ドイツに職を求めてくるひとが、たくさんいるのです。


 ドイツは、EUでは「勝ち組」だけれど、現在の国境線では、難民が最初に押し寄せてくる国にはなっていません。

 EUの「外壁」となっているのは、裕福な国ばかりではないのです。

 でも、「EU外に接しているから」という理由で、ダブリン協定で、彼らは難民対策の矢面に立たされている。


 そして、ドイツもけっして「幸福の絶頂」にあるわけではないのです。

 独り勝ちのドイツのイメージとは矛盾するようだが、じつは、ドイツでは近年、貧富の格差が急激に広がっている。グローバル化の副作用だ。人や資本の自由な移動によって、安い労働力が豊かな国の産業に引きつけられると、買い手市場に鳴るので労働者の賃金は下がる。その結果、東欧などから多くの安い外国人労働力がなだれ込んでいるドイツでは、ドイツ人自身も安い賃金で働かなければならなくなる。つまり、企業は儲かるが、残念ながら、その利益が国民のあいだで公平に分配されているわけではない。


 ああ、この「企業は儲かるが……」というのは、いままさに日本で起こっているのと、同じだよなあ、と痛感します。

 ドイツの場合は、公共事業への投資に向かいがちな日本と比べると、節約によって財政の健全化をめざしている、という違いはありますが、節約は、必ずしも良い面ばかりではないのです。

 ついでにいえば、公共施設だけではなく、ドイツは一般企業も節約をしすぎだ。極限までリストラをしてしまったうえに、休暇も病欠も多いので、店に入っても店員はいないし、郵便局(民営化済み)は不親切なうえ、郵便物は遅れる。届かないことさえある。さらに教育費まで切り詰めたため、良質な労働者の不足が生じ、質がよくて安価な外国人労働者への依存がますます強まっている。

 つまり、ドイツは外に放出しているイメージとしては豊かな国だが、なかは節約の行き過ぎでかなり綻びが出ているのが現状だ。輸出超過で非難されたのを機会に、内需の拡大と公共投資に舵を切り替えるなら、これは国民にとっても、他のEU国にとっても、まことに好ましい気がするが、現実はその反対で、現在、大量に流入している難民も、できることなら最低賃金法から外し、安い労働力として組み込もうという腹のなかが透けてみえる。他の国がちょっと油断していると、ドイツはあらゆるEUの事象を自国の利益に変えてしまうかもしれない。


 ただしこれは、あくまでもドイツという「国」と、その国の「企業」が受ける恩恵であって、難民の流入によってさらに仕事を奪われるドイツの国民の幸福には繋がりそうにありません。

 こうしてつくられた、ドイツの安くて高品質の商品が、EUの他の国に輸出され、その国では、国産の商品が売れなくなり……

 

 EUに納めている額と、受けている額をプラスマイナスしたとき、持ち出しの国はドイツ、デンマーク、ルクセンブルク、イギリス、スウェーデン、オランダ、ベルギー、オーストリア、フランス、フィンランドなど12カ国で、あとの16カ国は実入りのほうが多い。もらう国々にとっては、EUからの補助金はすでに重要な収入源の一つだし、もらうのが当然という空気さえできている。EUの予算編成における問題を一言でいうなら、豊かな国から貧しい国へお金が流れるという構造が定着してしまっていることだろう。


 EUが「ひとつ」になることによって、ヨーロッパ全体で、日本の「東京と地方」のような経済格差や補助金問題が生まれてきているのです。

 さらに「難民」の流入が、各国、とくにヨーロッパとそれ以外の世界との「国境」を有する国にとっては、大きな負担としてのしかかってきています。

 難民を積極的に受け入れているドイツにとっても、あまりにも大勢の難民の流入は国民の不安や不満を高めることにつながるのです。


 ヨーロッパの国境を失くすというEUの試みは、加盟各国の「国境意識」の再燃と、「EUの外からの圧力の増大」によって、厳しい局面を迎えているのです。

 日本にいると、あまり意識することもなく、「かわいそうだから、受け入れてあげればいいのに」と思う「難民問題」なのですが、最前線はそんなに甘いものではない、ということを思い知らされる新書でした。


イスラム化するヨーロッパ (新潮新書)

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