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2016-05-11 再び国際眼科学会で受賞。世界最多の20回の栄誉

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 アメリカニューオリンズで開かれていた、国際眼科学会にて、再びその眼科手術について世界最高の評価が下りました。今回で20回目の記念すべき受賞です。もちろん世界最多の受賞数です。およそ当院の眼科手術技術は世界でもずば抜けて進んだ位置にいます。

 深作眼科が、白内障緑内障網膜剥離の手術技術では世界一であることは、世界中の患者と医師が良く知っています。この為に、世界の多くの医師はその技術を習いたがり、世界中の患者はその卓越した技術の手術を受けたくて、わざわざ海外から来日する。横浜本院の病院と六本木院の手術センターともに世界中から患者さんが集まります。

 このような技術レベルを維持するためにも、毎年春に、アメリカで行われる国際眼科学会に挑戦することは大切なのです。今までに、1990年から27年間で20回の受賞となりました。もっとも、学会の途中3年間は私自身が審査員を務めたこともあり、実質は24年間で20回の受賞です。審査員をやっていると、やはり自分が大御所になって評論するよりも、挑戦者として新しい手術などを教えることが重要だと思っています。この20回受賞は世界最多であるだけでなく非常な高率での受賞です。毎回テーマを変えて、その中で常に最高度の洗練された手術を見せていることが、多くの受賞となっています。今回は受賞20回であり節目の年です。

 今年のテーマは緑内障手術です。多くの日本人が緑内障は手術ができないと思っています。これは非常識な考えが常識になっている「非常識の常識」ですね。

それでは、この日本人の非常識についてお話ししましょう。

緑内障と診断された。薬が良くなった。でも治せないと言われた。でもほんとは治せる?』

 緑内障は日本では常に失明の第一位原因を競っているような、眼科の外来ではよく診る病気です。65歳以上の高齢者では、白内障と同じく多くの方がかかります。また、お年寄りだけではなく、若くても緑内障はあり、少ないですが、かなりの子供もかかります。

ある程度の進行性であり、すでに障害が強くなっている患者さんに、「緑内障の手術を予定しましょう」と告げますと、たいていの日本の患者さんは、少々驚いたような顔をします。そして、「緑内障って手術ができるんですか?よその病院で良い薬があるから大丈夫と言われたけど、どんどん進んで悪くなってしまったんですよ。ほんとに手術なんてできるなんて知らなかった。」と懸念の表情で私に聞き返します。私は、ああまたかと微笑み返し、「薬は緑内障の進行を抑える効果はあります。しかし、ある程度進行すると、より眼圧を下げないと進行を抑えられません。薬はしょせん限界があります。あなたの緑内障の悪化を抑えるには手術しかないんです。私たちが開発した緑内障手術を欧米の眼科医が採用して、緑内障の進行を抑えられることは実証してます。」と述べると、こんどは緊張が取れた安堵の表情を浮かべます。「ああ良かった。お友達に紹介されて救われた。他の病院のように、いずれ失明するからと、また宣告されると思って不安でした。」と述べ「緑内障が手術できるって、早く知りたかった。」と、ぽつっとつぶやくのです。

これは決して特殊な緑内障の患者さんの反応ではありません。非常に多くの患者の「非常識な常識」なのです。この「非常識」とは「緑内障は治せない」という間違った知識であり、「常識」とはこの間違った情報が日本中では「ほぼ共通した認識」だからです。

 今回のニューオリンズでの学会には、新しい緑内障手術を提示し、非常に多くの眼科外科医の関心を集めました。個人的にこのような方法を習いたかったと、世界中の眼科医から何度も話しかけられました。

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緑内障は理解しにくい面があるのは、患者だけでなく眼科医も充分には理解していない方が多いのです。そこで、もう一つ述べます。

『非常識な常識』のもう一つ。

緑内障で『正常眼圧』と言うのがあり、日本の眼科医は、この正常眼圧10mmHg から21mmHgまでを正常域と言います。

 眼圧はもともとドイツ人の眼を使って、圧平眼圧計という、外から押した力を角膜の平べったくなる程度を見て目の圧力を測る機械が出来ています。

ドイツ人の眼は角膜が600ミクロンほどに厚いので、眼圧がやや高く出ます。一方で日本人の角膜は550ミクロンほどで、やや低い眼圧で押してもドイツ人の角膜と同じだけ角膜が歪みます。つまり、日本人の方が歪みが同じなら、眼圧は低いのです。つまり、日本人の正常眼圧はもっとずっと低いのです。さらに、中には角膜が400ミクロン代の方もいます。この人たちはいつも眼圧が見かけ上かなり低いのです。つまり、正常眼圧などは角膜の厚みにより変動し、特に日本人は角膜が薄いので、ドイツ人の使った正常眼圧値の10から21mmHgは使えないのです。

『正常眼圧緑内障』と言う言葉があります。眼圧が正常なのに緑内障を起こしている患者さんです。多治見という岐阜県の地方都市で、緑内障の長期調査が行われました。そして、緑内障の患者の90%以上の眼圧が正常眼圧だったのです。つまり、その方達は、眼科で『眼圧が正常』だから心配いらないと言われ続けていたのに、『緑内障』になったのです。

 実は世界では、正常眼圧、などという言い方はもはや死語なのです。眼圧は経過を見るのに重要です。しかし、『眼圧が正常範囲にあるので問題』、とほとんどの日本の眼科医がいうのはまさに、『非違常識』な認識です。緑内障の原因はハッキリとはしていないのですが、眼圧が重要な要素ではあります。その『眼圧は角膜の厚みによって変わるので、その補正をしなくてはならない』という『常識』が日本の患者と日本の眼科医に無いのは、「非常識の常識」です。

 いずれにしろ、日本では不治の病のごとく扱われる緑内障は、古典的な方法で治療しようとするからです。また、一つだけでなくいくつもの手術手技を知っていることが大事なのです。今回の受賞は出来るだけ手術でも眼の組織に傷害を与えない極小切開の手術です。この方法なら、眼球への障害はまず無く、手術後の眼圧も低めに安定して、患者さんの視機能を守れます。

2016-02-21 網膜剥離から復活したボクサー

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 昨日、夜にテレビをつけるとボクシングの試合が有った。「網膜剥離での失明の危機を克服して試合に臨んだ」と解説が聞こえた。この試合の勝者Nが、実は僕の患者だったのだ。

 実は先日も網膜剥離の失明の危機から、僕が手術したことで治り、復帰し世界チャンピオンに返り咲いた僕の患者のYの試合が放送されていた。

 以前は、網膜剥離になると引退しなくてはならないコミッショナー通達が有った。Yは日本チャンピオンを取ってから網膜剥離になり視力も0.1以下になった。この為に近医の大学病院の眼科教授の手術を受けた。しかし、世界では行われていないのに日本ではいまだに標準手術法であるバックリング法で行われてた。当然治るわけが無い。一見落ち着いたようになっても、眼に衝撃が加われば、バックリングはずれる、ずれてさらに網膜剥離が起こる。彼はエクソプラント法でのシリコンを巻いていただけなので除去しやすいし、眼球強度も充分あるので、バックリンングを除去した後に、最先端の小切開硝子体手術を施行し治した。彼はその後復帰し、世界チャンピオンに上り詰めた。3年より以前ではコミッショナー通達が有る為に、Yは網膜剥離の手術したことは内緒であったようだ。接近戦のブルファイターで眼への衝撃が強かったが、当院での手術は完璧なので眼は耐えた。その後に王座を失ったが、クラスを変えて先日の復帰戦で再びYは世界チャンピオンとなった。その間に実に多くのプロスポーツ選手の網膜剥離の手術をした。深作眼科で手術して世界チャンピオンになった患者が増えた。この為にコミッショナー通達が変わった。網膜剥離が完全に治ったボクサーは試合に復帰できるとコミッショナー通達が変更になった。実際は深作眼科で完全に治した患者は復帰できるとすべきなのだ。なぜなら、いまだに多くは日本の大学病院の標準法のバックリング法をすでに受けて失敗してくる患者が多い。初めから深作眼科に来れば必ずスポーツに復帰できるように直せるからだ。しかし、他院ですでに手術していると必ずしもいくら直しても復帰が難しいことも多くなる。

 具体的な例で言おう。注意しないといけないのは、これがインプラント法でのバックリング法なら、ずれないからスポーツに復帰できると言う医師がいるがとんでもない。インプラント法は強膜ポケットを作る為に、強膜の厚さが約半分になり眼球の強度が極端に落ち、衝撃を受けた時に眼球破裂が起きることもある。しかも強膜ポケットを作った時点で眼球に穿孔している例も少なくない。先日の主治医の見つかる診療所での加齢黄斑変性が治ることを証明したことへ、誹謗中傷した某有名医師はこのインプラント法を行っている。この施設から助けを求めて来る患者が結構多い。その中に手術中のインプラント方法での強膜ポケット作成中に強膜穿孔を起こし、手術中に硝子体線維が外に脱出した症例の患者が助けを求めて当院に来た。埋め込まれたバックリングをはずすと、なんと下から強膜の裂孔が見つかり、そこから眼の中の水がビューと漏れてくる。さすがにこちらもびっくりした。後日に(手術当日までに某医師はカルテコピーを患者に渡さなかった)某医師のカルテを参照すると、手術中に強膜を破ったとある。私も驚いたが、そこは他院で失敗した症例の多くを手術している当方なので、慌てることも無く落ち着いて、テノン膜を利用して丁寧にパッチして直し、当院の高度に洗練された硝子体手術にて完全に直し、視力も0.3から1.2まで回復させた。しかし、そのボクサー患者は、某医師によりすでに強膜穿孔をさせられている為に、眼球の強度が弱いので、ボクシングはもうやめた方がよいであろうとアドヴァイスした。彼は残念そうであったが、視力が完全回復できたので納得して、別の道を歩み始めた。残念だが、初めから深作眼科で手術をしていればボクサーに復帰できたはずだ。「手遅れになる前に」、「他院で手を付けないで」、「深作眼科で、高度に洗練された超上級者の硝子体手術での、網膜剥離手術を受ける」といった3大原則を守ることが現代世界で網膜剥離を直す王道であるのだ。


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昨日の試合の勝者Nは非常に賢かった。彼は安易に日本の大学病院でバックリング法を受けたりしなかった。新人王を取った後の網膜剥離の発症にも慌てることなく、最初から深作眼科に来院したのだ。彼は両眼の網膜剥離が有った。放送でもアナウンサーが何度も述べていたが、彼は網膜剥離での失明の危機を乗り越えて試合にこぎつけたのだ。本来、深作眼科で完全な手術を受けられてので復帰できたと伝えるべきなのだ。そうでないと他院で手を付け、潰れてからでは取り返しがつかないのだ。このボクサーは賢かった。網膜剥離は深作眼科で完全に治癒した。彼Nも他の深作眼科の患者のように、世界チャンピオンになってもらいたい。

 網膜剥離をボクサーなどの病気だと思っている人が多い。とんでもない。最も多いのは2つの峰が有る。一つ目は10歳から15歳くらいの子供なのだ。ちょうど野球やサッカーやテニスなどスポーツを始めて、ボールが目に当たって網膜剥離を起こす事が非常に多いのだ。近医にかかり大きい病院をと大学病院などを紹介される。そして、すぐに手術を勧められる。あわてた母親は冷静に考えることも無く、その大学病院で手術を受け、そして失敗する。患者は子供だがだんだんと見えなくなって不安を訴える。母親は主治医に言うと、大丈夫「日柄ものだ」などと述べ、そのうち主治医は大学から他の病院に移り判らなくなる。母親はパニックになるがもはや手遅れである。こんな例がいままで日本全国から数千例も深作眼科には来院するのだ。母親は延々と他院の不満を述べ続けるが、もはや手遅れなのだ。ここで気をつけなくてはならないのは、大学や総合病院での眼科は基本的には研修病院であることだ。研修とは練習病院である。冷静に考えれば分かるが、研修病院は練習機関なので、患者は練習台になるのだ。当然最高の眼科手術など無理である。「研修病院」はうまくごまかした言い方だが、「練習病院」と同義語なのだ。日本語は同じ意味なのに耳に心地よいごまかし言葉が多く、「練習」を「研修」と述べ高尚に聞こえるように誤魔化している。それを週刊朝日など笑ってしまうが、手術件数のランキングを研修病院だけに限定したのだ。「研修病院とは、練習病院」であるのだから、どちらかと言うと「悪い病院のランキング」なのか。まさかブラック・ジョークでもあるまいし、「研修病院を除いて」「いい病院」をランキング付けするほうが、どちらかというとまともな対応だ。真実は全く逆なのだ。僕は研修病院は必要悪だと思う。大学病院などの学校では練習は必要だ。しかし、患者に誰が手術をして誰が指導者として付くのかを、契約書を交わすべきである。患者は愚かにも、大学病院や総合病院の眼科が練習病院である事実に目をつぶっている。しかし、他も問題が多い。何と町医者が最近多くの手術をしているが、日本の大学でしか研修したことも無く、世界の学会で発表もしないような施設の医師が、世界の最先端の医療などできる訳が無いと思う。真実を隠したり歪めたりするのはもうやめにしようではないか。深作眼科が突出して手術件数が日本で多いことを、既に述べた加齢黄斑変性のテレビについて誹謗中傷した某医師などがここでも暗躍し、週刊朝日のランキングから外すように働きかけて研修病院限定としたのだ。何故、どうどうと面と向かって、僕とフェアに対応しないのか?卑怯者は裏の権力を笠に着て妨害したがるものだが、日本男子とは思えない卑怯ぶりである。その某医師らが手術を失敗した患者を当方は治して、彼の訴訟問題となるのを救ってやっているのだ。もちろん彼は感謝などしない。『深作眼科の手術件数が突出しているのは、日本全国から非常に難しい患者が群がって来院するからだ。』。半数以上は各地の大学病院などで手術を失敗した患者である。そのような事情を知らないで、かつ世界最高の医療とは何かを知りもしないで誹謗する者達が手術失敗した患者を救うのは止めたくなる。しかし、患者は泣きそうな顔で言うのだ。「早く深作眼科のことを知りたかった」と。眼科手術ほど日本のレベルが世界のトップレベルから遅れている分野は無いであろう。僕自身が教育をアメリカドイツで受け、いまや欧米で欧米の医師を教えているので、常に世界の最先端のさらにトップのレベルの先頭にいることが宿命であるのだ。日本人同朋を救うことを念頭に、横浜西口本院と東京六本木院で、一人でも多くの患者を救おうと奮闘努力している。3原則を繰り返そう。手遅れになることなく、他で手を付けず、できるだけ早く深作眼科で検査手術をする。これであなたの眼は治るであろう。

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 東京横浜でも世界のVIPの多くが患者で来院する。それだけ世界中で知られている日本で唯一の眼科施設なのである。六本木周辺には大使館が130以上あり多い。その大使館の半分の大使や公使などは、深作眼科の患者なのである。いずれ世界中のVIPが深作眼科に来るようになりそうだ。

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 時に、日本に国賓で来日し、天皇陛下や安倍首相にお会いした翌日に、深作眼科に来院する大統領首相もいる。この時に困るのは過剰な警備である。この写真時も、警備車両40台やSP(警備の警官)が150人も来て困った。他に一般の患者が300人もいるのにである。できるだけ少ない人数で来るようにお願いしている。時には私が海外出張時に、当地の大統領を診なくてはならないこともある。これらの世界最高の医療を、日本人の患者には最優先で診療しているのだ。先ほどの3原則、手遅れにならないで、手を付けずに、深作眼科に早く行こう。

2015-10-04 ローマ法王の愛の気持ちで世界中の眼を救う

出張でニューヨークに滞在している。国連が始まる頃にはマンハッタンはホテル代も上がり世界中からの人でさらにあふれかえる。今年は特にローマ法王がアメリカを訪問したことでより多くの人々が集まった。

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 日本で実際に患者さんとして見ている方ともお会いすることもある。戦後70周年を記念した国連会議であり、世界中からめったに来ない首脳が集まった。中国の習主席ロシアからプーチン大統領なども来ている。安倍首相も先日深作眼科で診療した某国の首相も演説していた。

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 六本木院を開院したこともあり、周辺の大使館大使や公使そしてその家族や本国から呼び寄せたVIP、さらに東京に働く世界からのビジネスマンも多く来院する。深作眼科は、世界中から来院する外国のVIPの比率が非常に高い世界でも稀な施設になった。ニューヨークに来ていても、当地で加齢黄斑変性など網膜の問題の患者からの相談が多い。私の患者では、白内障手術の多焦点手術の割合が圧倒的に多く、ほとんどの患者が手術後に遠方も近方も裸眼で見えている。アメリカに来る前に日本で見た患者で続けざまに大学病院などの他院で多焦点レンズを移植して失敗した患者が来た。手術後に近くも遠くも0.2程しか見えないのだ。深作眼科で手術した多焦点レンズ手術後の患者のほとんどの方が遠くも近くも1.0以上見えていることと比べると雲泥の差である。患者は早く深作眼科を知りたかったと泣きそうな顔になる。このような患者を救ってやりたいと時間が許す限りテレビに出たり、新聞の報道に協力している。そもそも、同じ多焦点レンズを使用しても、白内障の手術技術が超上級者の手術で無いと、深作眼科の患者のように遠くも近くも1.0以上見えて裸眼で暮らせるようにはならないのだ。それを自分の技術レベルで超上級者のレベルの手術を述べても意味が無い。町の草野球の選手が大リーグニューヨークヤンキースの選手のことを腐してもそれは単なる嫉妬心が言わせる戯言でしかない。眼科手術程技術の差が出る治療は無い。網膜でもそうだ。網膜剥離でバックリング法など世界で行っていない。硝子体手術が世界トップレベルで無い場合はまずしょうがないのでバックリングをしましたと言うならわかる。でもしないでほしい。バックリング法を行うと結膜を大きく切るので、あとで緑内障になる可能性が高いが、緑内障の濾過手術がもはやまともに出来ないのである。加齢黄斑変性でも初期はアヴァスチンが効果的だ。中期までにはかなりの例で硝子体手術の超上級者のレベルなら注意深い黄斑手術を併用してかなりの患者が治る。現実に先日のテレビに出た患者の全員が、他の3か所以上の大学病院などで加齢黄斑変性と診断がついたが、治療法が無いと放置され失明を待っていた者ばかりだ。その患者を治したことをなぜ誹謗中傷できるのか。自分たちの理解できない超上級者の世界を理解できないなら勉強するか黙っているべきだ。一人でも多くの患者を救ってやりたいと毎日朝から夜中まで診療と手術治療をしている。もはや患者が多すぎて、深作眼科の自分と10年以上厳しく手術などを教えた弟子達の限界に近い。ただし他所で手術してこなければより結果が良く手術時間もはるかに短くて済む。バックリングを受けた患者の目からシリコンのバックリングを抜去するのに手術時間の半分ほどかかってしまう。かつこのバックリング除去術は保険項目に無い、失敗することを保険は考慮していないのだ。つまり、一番時間のかかるバックリング除去術を何と無料で行っているのだ。先進国では消えてしまったバックリング法だが、日本では実に多くの施設で未だに網膜剥離にバックリング法を行っている。そして網膜が剥がれたままで患者が視力をどんどん失っているのに、経過が良いなどと誤魔化している。しかも、深作眼科で失明しそうな患者を治しているのにそのバックリングをした施設が感謝するどころか誹謗する施設さえある。なんで他施設で失敗した患者を当方で、しかも無償で、後始末をしてやらなければいけないのだと、非常に不愉快で歯噛みする思いだ。深作眼科での手術件数は年間約1万件あるが、これはかなり無理をして朝から夜中まで毎日毎日6列ある手術施設を稼働しながら可能となっている。でも、間違ったことをしている施設の者から正しいことをしている当方が、少なくとも患者を圧倒的に良い手術結果へと導いている当方が、くだらない不愉快なことを言われる筋合いが有るのか。これからは、くだらないことを言う輩にて手術をすでに受け失敗した患者は、もはや良い結果が出せないと断るしかないと言うことになる。でも患者が泣きそうな顔をして、早く深作眼科を知りたかったと沈み込んでいる姿を見るとあえて火中のクリを拾うことを受けているのだ。まさに受難である。切にお願いしたい。誰が正しいことを言っているのか。日本には残念ながら優秀な眼科外科医は非常に少ない。ズバリ言って、千分の一の確率なのだ。患者を救う為に喧嘩をする時間も惜しいので、言われっぱなしで忍従しているが、患者も心してほしい。『他院で手を付けずに、手遅れになる前に、深作眼科に来院してほしい。』もちろん紹介状などいらない。むしろ無い方が良い。もしも、深作眼科の存在を知っていて他院に行きたいならどうぞすきにしてほしい。しかし、そう判断したならば他院で失敗しても当院に来ないでほしい。7人の世界レベルの超優秀な外科医がいるが日本人1億3千万人を救うことはできないのだ。縁が有った患者だけでも年間1万人を世界最高レベルの診療と手術で完全に治すことに全力を尽くすだけでも、限界なのである。なぜ、日本の最高のセレブの細川さんが初めから深作眼科で手術を受けたか。周りの人間など実に精密な調査をしていたのである。かつてオリコン社が、患者17万人への直接調査で医療施設を評価した時に、なぜ日本で一か所だけ深作眼科だけが医療レベルで10点満点中で10点だったのか。患者は自分のことでは正確に答えられる。真実の前には、相互利益やコネや裏工作など全く通じないのだ。正しい選択をした細川護煕さんは深作眼科で超上級の白内障手術を受け多焦点レンズを移植して、遠方と近方とも裸眼で良く見え、視力が76歳現在で裸眼視力が1.5もあるのだ。網膜剥離の患者も深作眼科で初めから手術することで、超上級の硝子体手術を施行することでほぼ100%の治癒率を誇っているのだ。六本木院を開いたことで周囲には130か国ほどの大使館がある。横浜本院はもうすぐ開院30周年だが、東京六本木駅前ミッドタウン正面の深作眼科六本木院は開院後10か月ですでに、この大使館の実に多くの大使や公使が患者となってきている。彼らの特徴は緑内障の患者が多いことだ。そして、欧米やアフリカ中東などの大使が良い治療を受けてないことが驚きである。白内障手術と並んで、緑内障手術で最高の良好な眼圧コントロールを得られている。この為に、先日などパリ大学などから、経過が悪い緑内障患者が続けざまに紹介されてきて、深作眼科で緑内障手術を受け良くなり、失明の恐怖から解放され、満足してフランスに帰って行った。日本の超セレブや世界のセレブの大使首相だけでなく、深作眼科は一般の日本人をいつでも受け入れている。紹介状などはいらない。遠慮しては駄目だ。『他で手術などすることなく、手遅れになる前に一日でも早く』、深作眼科の横浜本院か六本木手術センターに来院してほしい。すべての眼科治療が世界最高レベルでできる。特に白内障緑内障網膜剥離などの網膜疾患、と言った分野では世界最多の経験を持っていて世界最高の技術をお見せできる。

2015-07-04 『眼脳芸術論』、医学と芸術学の融合芸術論で7月6日生活の友社発刊

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 来る7月6日にいよいよ医学と芸術学の両方の専門家としての、世界にもまれな芸術論である、『眼脳芸術論』が発刊となる。美術出版の大手である『生活の友社』からの出版である。本屋さんやアマゾンや生活の友社からでも買えます。この題名と本の装丁は、世界的なデザイナーの前東京藝大教授の河北秀也先生です。この内容は、もう4年間も月間の美術専門誌の「美術の窓」に毎月連載している、「眼と脳がアートを創造る(つくる)」を校正加筆したものである。初めは1年間12回の予定であった。当時、眼科医師として手術中心で多忙を極めながら、優秀な眼科外科の弟子も育ってきたこともあり、時間を無理やり作り、多摩美術大学の大学院で学び卒業した。大学院からの医学美学を併せ持った研究業績を生かせるものと考え、丁度美術の窓から連載のお話を頂いたので受けたことから始まった。これは実に大変なことであった。実際に医学は長く専門として行っており誰よりも眼科生理学脳科学の知識は豊富であると自負はあった。しかし、この雑誌は熱心な美術愛好家や専門の芸術家に広く読まれている芸術専門誌である。なまじっかな芸術学の知識では太刀打ちできない。そこで、毎月芸術関係の本を20冊ぐらい読まねばならなかった。多くが英語の専門書であった。この為に、連載開始以来4年間経つが、美大の大学や大学院で学んだ芸術学よりもはるかに勉強した。時には従来からの評論家や美術館学芸員などよりも遙かに専門的な深い知識と正確さが有るとの評価を美大や藝大の教授などから多くいただいた。

 内容は専門的な内容を一般の方々が理解できるように噛み砕き述べた。ただし、従来の展覧会図録や評論などとは全く異なった切り口であることも心がけた。簡単に言うと、芸術や画家の本質を深く掘り下げていることだ。この本の序説について引用し、この本の制作に至った理由を自分史的に紹介する。一人でも多くの人がこの本を読んで、芸術をより身近に感じ、そして画家や芸術の隠された真実に触れ、芸術をより身近に感じて頂きたい。横浜駅前西口深作眼科本院でも深作眼科東京六本木院でも眼科ビル内にギャラリーがある。これは、手術によって視力を取り戻した患者さんに、まずは美しい芸術で目を喜ばせて頂きたいとの思いの延長にある。4年間の膨大な時間を使った私の芸術論です。読んだ方は驚くほど面白いと好評です。

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以下は序説です。

      はじめに

子供の頃より絵が好きな子供だった。幼稚園に行きたがらない兄の代わりに、2歳から3歳上の子供達と一緒に幼稚園に通い、意図しないで例外的な早期教育を受けたようなものだ。教室の前で絵ばかり描いていて園長先生が褒めてくれるのがうれしかった。また門前の小僧のように他の子供より早く言葉も覚え、3歳ごろから漢字も覚えていた。本来の幼稚園児の年齢の6歳では、大人に交じって油彩画の教室に通った。ピカソが早くからアカデミックな芸術教育を受けた意味も分かる。

海軍のパイロットで戦後に警察官になった父と、日本赤十字の学校で勉強した助産師の母親の影響をしらずしらずに受けた。そして、高校時代の将来なりたい職業は、一にパイロット、二に医師であったが、しかし子供の頃より馴染んできた絵画の魅力も頭にあり三に芸術家であった。もっとも、どれもこれも実際には身近にその職業の人がいた訳でもなく、どのようになるのかも知らない漠然としのんびりしたものだった。

父親が警察署長としての海外視察が有った。今では考えられないが、昭和46年当時に羽田空港から出るアメリカ行きの視察は誇りであり親戚一同が集まって見送った。この時にアタッシュケースを持ったパイロットを見て、かっこいいなと、自分もなろうと決めてその方法を進路の参考書蛍雪時代をすぐに調べた。怖いもの知らずとはこのことで、全く準備もしていない素人がやる気だけで50倍の難関を通り航空大学に入学した。思えば海外への憧れが多くあったのは確かだ。しかし、3年後には石油ショックなどが理由でパイロットが余り、地上職しかないとされ、それならば医学部入学へと方向転換した。人生とは思い通りにならない事の連続であることをかなり若いうちから身に染みたものだ。公務員の家で、私立医大に入れるお金も無いので厳しかった。ただ、数学と英語の勉強が得意であった為に国立医大に入れた。当時は学費も月3千円と安く、家庭教師や特別奨学生でかなりの収入があり、21歳から自活して生活できた。この頃は絵も時々見るほどでスケッチぐらいしかできなかった。

見ることに興味のある私は眼科外科医をめざし、インターンの頃よりアメリカでの教育を選んだ。海外への憧れが何よりも強かった。医師になってからは、少し時間と経済的に余裕が出来たので、再び芸術の活動を開始した。時間があれば世界の美術館を回り絵画を描いた。眼科医の生活が忙しくなり、しかもなるならば世界一の眼科外科医に成りたいと思った。自分にとっては手術も芸術と同じで、完璧な美しい手術であろうと願った。多くの創意工夫もあり国際眼科学会に挑戦し、今までに最高賞を19回も獲得した。

美術関係者の白内障手術を施行することも多くなり、著名な美術関係者とも知己を得た。銀座画廊主の吉井長三さんとたびたびパリへご一緒した。ある日、ピカソの孫がパリのギャラリー吉井にピカソの若い頃の絵を売りに来た。吉井さんが、「買いませんか?安くしときます。」と勧める。素晴らしい絵に見えた。でも高価であった。ピカソでも油彩一枚なら買えるかもしれない。一晩考えに考えて、別の心が芽生えた。ピカソを買えてもそれを見る喜びだけだ。それならピカソに負けない絵画を描くことの方が楽しいに違いない。との思いが持ち上がったのだ。高校時代より思いえがいた、成りたい者の第三番目の芸術家への炎が持ち上がった。吉井さんのご紹介でピカソ、ルオー、カトラン、バルテュス、クラーベなどなどの有名作家の親族や、多くのパリの美術館長などと身近に接して話すことができたし、パリなどのアートフェアで著名作家の作品購入の現場に同行させてもらった。さらに、眼科外科医として仕事をしながらだが、深作眼科でも他に弟子が何人も優秀な眼科外科医として育ってきたことで時間を作れ、日本でも佐々木豊さんから油彩画の教授を得て、多摩美術大学大学院に就学し多くの芸術家と近しく接した。自身の油彩大作作成でも、日本や世界の公募展に油彩の大作で挑戦し入選した。並行して、深作眼科ビルなどの自社ビルに横浜東京の3か所にギャラリーを作り、日本や世界のオークションにも参加して多くを競り落とした。自身も日本美術家連盟会員としてプロ活動をし、自作の油彩画や版画の新作個展を毎年行い発表した。

このような中で、美術の窓編集長の一井氏から誘いを受け、芸術と医学の両方の専門家という立場からの芸術論などを書いてみてはとのお誘いを受けた。これは世界的に見ても画期的な試みである。とりあえず、1年間12回の掲載でやろうと言うことになった。最初は枚数の制限もきつく、かつ目の病気のある患者である、白内障モネ網膜症のドガ、硝子体出血のムンク、黄視症のゴッホ、白内障で失明したカサット、色覚異常のメリヨン、眼科生理学を応用したタレルなどから始めた。しかし、連載を続けるにつれて、多くの作家論を科学的に分析する方法が面白いと、多くの絵画好きのアマチュアや本当のプロの芸術家など実に多くの方々から感想を頂いた。実はこの連載はひどく大変で、毎回参考文献や本を実に多く読破する必要がある。日本語ではほとんど良い資料が無いので、多くは英語での出版物を読んでいる。毎回20冊以上は読んでいる。本では分からないものも多い。直接世界の展覧会に行ったり、関係者から話を聞いたり、インターネットも利用する。ピカソなど20年間も傍にいた写真家ダンカン氏から南仏のサントロペで何時間も話を聞いたこともある。ムンクの参考にパリのポンピドー美術館に行って、硝子体出血の状況を本人が描いた絵画の写真を撮りに行ったこともある。ベーコンの最後の三幅対絵画にある男性の身元を日本の展示美術館学芸員が展覧会図録でアイルトン・セナなどと書いてあったが、そんな訳が無いと必死で調べイギリスインターネットでのゲイ・サイトでベーコンとスペイン人カペッロがともに写る写真を見つけた時は、思わず「やった!」と叫んだ。三幅対の顔と全く同じ顔が写真に写っていた。この時のベーコンは実に幸せな顔をしていた。多くの作家を調べる時には丁度難しい患者の治療に当たる時と同じ思いで行っている。患者を自分の身内だったらどうするかと身を入れ過ぎるが、作家の調査もそうだ。セナなど絶対にありえないのだが、日本の学芸員はどの程度調査しているのだろうか。これが日本の専門家と言う人の程度なのかとがっかりした。実は眼科外科でも世界から見た日本のレベルが低く酷く遅れている事に、不満を感じがっかりし続けてきたことに似ている。今や、眼科外科医としては世界中に知られ、世界中から治療を求めて多くの患者が来院する。これと同じ気持ちで、この美術の窓での連載も世界最高レベルで有りたいとの目標持って頑張ってきた。それが今でも連載が続き、今や44回目を超えようとしている。

自分自身も近代絵画を中心として研究し、いつのまにか美大で学ぶより実に多くのことを学習できた。そして、その知識や経験により、西洋世界の中にある芸術の流れを肌で感じるようになった。これが、世界の眼科外科の習得と新たな発展の経験と実に似ているのである。今の密かなる思いは、この学習を通して得た西洋文化での芸術言語体系を駆使して、自らが眼科外科医として世界に躍り出たように、芸術家として世界に躍り出たいと願望していることだ。つまり、自らの挑戦はまだまだこれからなのである。今回の、生活の友社からの出版のご厚意は実にありがたいことである。しかし、これはほんの一里塚であり、今後の挑戦への道しるべにしたいと思っている。

2015-05-13 加齢黄斑変性は治療できる。

加齢黄斑変性AMD(Age-Related Macular Degeneration)についてAAO(American Academy of Ophthalmology)での判断を示す。これは世界の国際基準での話ある。日本で勝手に作られた基準もどきの話では無い。

現在、加齢黄斑変性は、北アメリカで50歳以上の人で、両眼もしくは片眼のAMD患者数は約1500万人いて、毎年20万人ずつ増加している。失明の第一位の原因である。

AMDは新生血管のあるタイプWetType(neovascular or exudative)が170万人で10―15%と無いタイプdry(nonneovascular or nonexudative)type 85-90% がある。毎年20万人ずつ増えている。

AMDの多い人は

1、 家族内に患者がいる(遺伝疾患でもある)

2、 喫煙している

3、 遠視眼

4、 虹彩の色が薄い

5、 高血圧

6、 高コレステロール

7、 女性がなりやすい。

8、 心血管、循環器疾患がある

症状は

1、 徐々か急に視力低下、とくに中央の視力低下

2、 視野中に黒い影が見える。(暗点)

3、 グリッド方眼のマス目で、線が「歪んで見える」か部分的に線が見えない

4、 色の識別が難しくなる。特に暗い色どうしや薄い色どおしの比較が難しい。

5、 明るい光を浴びた後の視機能の回復が遅い。

6、 色のコントラストの区別が分かりにくい。

早期発見早期治療が重要

アムスラーチャートでチェックする

AMD予防のライフスタイルの改善

1、 肥満解消

2、 禁煙

3、 高血圧治療

4、 短波長の青、紫外線の光を防ぐサングラス眼鏡装用

レーザー治療は効果が無くむしろ網膜の傷害を増加させる。

AMD

1、 遺伝疾患の面がある。現在遺伝解析が進行中

2、 新生血管の無いグループ

ドルーゼンがある。小さな丸い黄味が掛かった網膜色素上皮RPE(Retinal Pigment Epithelium)のレベルにある。顆粒状の油性成分で膠原繊維がある網膜色素上皮由来とされる沈着物質でブルフBruch膜内にもある。

「ドルーゼンのあるドライタイプ。欧米で多い。」

ドルーゼンは視細胞を覆って視力障害を起こす。視力が落ちたり暗視力低下が出る。

50歳以上の患者ではこの小さな黄色の沈着物は良く見られる。このうちある程度が網膜の変性や血管新生の原因となる。ドルーゼンと網膜色素異常や網膜色素剥離が起きやすい。この後、12-20%で、地図状萎縮病巣となることもある

「ウエットタイプのNeovascular AMDは血管新生と出血を伴う。」

血管新生が起きている。抗VEGF抗体Avastinなどが効く。

断層撮影のOCTを撮影すると理解しやすい。」

「新生血管や黄斑部の局所の剥離が良くわかる。」

『具体的患者の症例』を見ながら加齢黄斑変性の世界最先端の深作眼科の治療方法を紹介しよう。

男性、60歳

2年前に来院

平成24年10月頃より縦線の歪みと視力低下、部分的に中央が暗く見える。との症状で町医者院受診。東○医大を紹介された。加齢黄斑変性と診断。治療ができないとされた。さらに日○大と井○眼科病院にもかかったが治療できないとされた。そこで、評判の高かった、深作眼科に平成25年2月21日に受診。加齢黄斑変性があり、新生血管増殖と黄斑部の出血を認めた。物が歪んで見え、特に縦の線が歪んだ。暗く見えて、視力も低下した。矯正視力は0.3で裸眼視力は0.1であった。

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眼底カメラで黄斑部の中央に新生血管と出血を認める。

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上眼底カメラのOCT断層撮影像で、新生血管の立ち上がりと、血液成分が脈絡膜から網膜色素上皮を突き破って神経網膜に達している新生血管から漏れていて、漿液性の網膜剥離も合併している。

まずは、Avastin(抗VEGF抗体)(抗血管新生促成因子抗体)を注射することにした。一か月ごとに注射して、徐々に新生血管も引いて、かつ網膜剥離も改善した。

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26年2月26日。Avastin注射後のOCT。異常所見の丈は低くなったが、重症例であり、いまだ網膜下の血液漿液性成分は残る。

しかも、増殖膜が黄斑上膜の形で残っていて見え方の歪みはかなりある。

そこで硝子体手術を施行した。これは深作眼科が誇る世界最高レベルでの硝子体手術であって、一般のイメージでの硝子体手術では無い。


黄斑部に増殖膜が張っていて、物が歪んで見える原因となる。網膜下に残っている血液由来の血漿成分と黄斑部の炎症後の増殖膜、さらに網膜下の血液漿液成分を除去する為に、黄斑上膜剥離術と網膜の硬い膜である内境界膜も剥離し、空気環流下で網膜を押さえつけた。その後、歪みは消え、しかも、視力も1.2まで改善したのが次の網膜断層撮影像のOCTである。

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平成27年2月4日時点でのOCT断層撮影像。世界最先端の深作眼科での加齢黄斑変性への硝子体手術後に、患者の見え方の歪みは完全に取れて、視力も1.2と向上した。

{繰り返すが、この患者は日○大、東○医大、井○眼科などなどで加齢黄斑変性と診断され、かつ治療法が無いとされた患者である。テレビでも紹介した患者である。これに対して無能で悪党の眼科医である門○○などが匿名の、かつ眼科学会を騙った門○○の半匿名メール誹謗中傷メールで、加齢黄斑変性の患者ではないだろうなどと中傷してきたのである。番組中でも3大学病院以上で加齢黄斑変性と診断されたことは述べたのだが、テレビ局がこれらの大学病院らの能力の低さを明らかにしてしまうのであえてカットしたのだ。それを自らの能力の低い眼科医がバカバカしい中傷メールを送ってきた。自分の知らない世界最先端の方法を、馬鹿は自分の無能さを反省するのではなく、他の優れたものを中傷するという弱い犬の遠吠えである。少なくとも匿名で送るなど卑怯者の最たる者である。自分に唾する者よ恥を知れ。}

世界のセレブ達は深作眼科の凄さを良く知っている!!

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世界の方が深作眼科の凄さを知っている。パリ大学で長く治療し経過が悪かったある大国の大使閣下がいる。かれはパリ大学の医師に、世界最高の眼科医に治療を任せたいので紹介をしてほしいとお願いした。するとパリ大学の眼科教授は、世界最高の眼科外科医は日本のProfessor Fukasakuであると答えた。その大使閣下はさっそく来日して、そしてこの深作眼科が開発した方法による私の手術を受けた。この結果見え方の歪みが消え、視力が劇的に向上した。大使閣下は非常に喜び、できるだけ多くの国の大使首相などに知らせるべきだとの意向を示した。今後も今まで以上に各国の大統領首相大使が来院するであろう。まさに日本の誇る世界最高の眼科施設なのである。

2015-03-06 加齢黄斑変性、3月9日主治医の見つかる診療所出演

加齢黄斑変性アメリカで1500万いて、毎年20万人ずつ増えている、日本では統計もちゃんとしていないので80とか90万人などと言っている。人口比からして700万人はいるであろう。先進国では失明原因の第一位である。この加齢黄斑変性を話題にして、3月9日月曜日夜8時から9時までの予定の「主治医の見つかる診療所」でお話しする。

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 早期の加齢黄斑変性の治療には眼科用のアヴァスチン(大腸癌用のアヴァスチンを使っては駄目だ)の硝子体注射で治療できる。また、中期の患者は硝子体手術で完治できる。末期は非常に予後が悪い。変性が強くなったり出血が酷かったりする。中期までに深作眼科に来院して治すことを強く勧める。

 深作眼科の六本木院が出来て2か月だが、患者の手術予約は既に3か月先までいっぱいになっている。横浜院は半年先まで一杯だ。毎日40件も手術を行っていてもだ。いかに多くの失明に苦しむ患者が日本には多いかだ。加齢黄斑変性の中期患者では、硝子体手術が著効を示す。ただし近代的な極小切開無縫合硝子体手術での黄斑手術が最高度の腕でできるかである。

 日本で勘違いしやすいのは、大学病院が研修病院もしくは練習病院である、(医学だが)学校であることを正しく認識していないことである。学校であるからして、研修病院は世界レベルの最高度の手術など望む方がおかしい。自動車学校の仮免ドライバーに自動車レースなど出られないであろう。無理して出てもレースカーなど動かせないし、動いたら事故になる。深作眼科は世界の眼科学会で世界一を競争して連続して世界一になっている。自動車の世界ならF1レーサーでF1グランプリの優勝者のようなものだ。

 テレビで出た患者は3か所以上の大学病院で治療法がないと言われていた中期の加齢黄斑変性患者である。その患者をテレビ局はライブで取材した。初診時から検査時患者に症状のインタヴューをした。患者は縦も横も線がひどく歪んで見えた。階段も歪んで見えるので恐くて手すりを持たないと歩けない。視力も矯正で最高0.5であった。手術も手術室に入りリアルタイムに取材した。そして手術後1週間後に、患者を僕が診る前に、早朝にインタヴューした。患者はニコニコ顔である。縦も横も線の歪みは全く無くなった。視力も0.5から1.0まで向上した。網膜断層撮影でも治癒したことが判る。

 患者が他に伝えてくれる。他院で手を付けずに、手遅れにならないうちに、横浜西口の深作眼科か六本木駅前東京ミッドタウン正面の深作眼科六本木院に行きなさいと。そうすれば、あらゆる失明の恐怖に怯える眼の病気の患者を救ってくれる。これが、日本中いや世界中からの患者のメッセージである。世界で失明の第一原因の加齢黄斑変性でも、早くから他で手を付けずに深作眼科に来れば、必ずや治療できるでしょう。あきらめないでいただきたい。

2015-02-07 2015年度硝子体手術件数、日本一、網膜剥離、多焦点レンズ世界一

 2015年度の厚労省から情報開示請求にて得た正しい情報を今年も報告があった。読売新聞社から当院に届けられた『病院の実力』には全国の硝子手術と角膜移植術の件数が正確に載っていた。当然のことながら、毎年深作眼科はあらゆる眼科手術で日本で最も多い手術件数である。

 現実には、網膜硝子体手術(特に網膜剥離手術)と白内障手術(特に多焦点眼内レンズ移植手術)、さらに緑内障手術の施行件数は世界一位である。手術件数だけでなく、手術の成功率は圧倒的に世界ナンバーワンであることを自信を持って言える。

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 六本木駅前に開院した深作眼科六本木院は、地下鉄大江戸線六本木駅8番出口正面に位置していて、地下1階地上9階で背の高い眼科専用ビルであり、すぐにわかる。開院して2か月が過ぎた。私はここで火曜と木曜日に手術を手術を施行している。横浜本院では月曜と水曜日に手術をしている。この六本木院が予想以上に多くの手術希望患者が殺到している。横浜本院は29年の歴史があり毎日40件以上の手術を施行している。多焦点レンズでの白内障手術のような回復が早いものだけでなく、重症の糖尿病や重症の網膜剥離が非常に多い。重症の緑内障も多い。六本木院は多焦点レンズの白内障手術を多く想定していた。確かに毎日実に多くの多焦点レンズでの白内障手術施行をしてほとんどの方たちが裸眼で暮らしている。とくにごく最近認可になった乱視矯正付多焦点レンズの白内障手術が多い。あらゆる日本の屈折矯正方法を世界でも早くもちろん日本で最初に始めた深作眼科だからこそ、乱視矯正の多焦点レンズの取り扱いに慣れている。もちろん白内障手術の近代的テクニックを多く開発してきた当方であるので最高の結果を出せる。先週アメリカからこのレンズの製造元のAlcon社のアメリカ人社長が当院を表敬訪問に来た。ここで多くの製品の改良点のアイデアを教えた。この米人社長は「日本人でこんなに英語のできるドクターに初めて会った。」と感心し、指導に感謝していた。当方がアメリカで働きアメリカ眼科学会の理事であることを知り納得していた。六本木院の設備の素晴らしさを、日本で一番進んだ驚くべき設備だと感心していた。この六本木院も横浜本院に負けじと日本中から網膜剥離など困難な患者が多く訪れ手術をしている。また、特徴は多くの海外や東京周辺の外国人特に欧米系の患者が多く来院する。彼らは、今まで大学や総合病院で英語が通じなくて困っていたらしい。アメリカで教える当方であるので、当然に外国人の訴えを懇切丁寧に聞いて直してくれるので評判となっている。世界中の患者を診ている病院が他に日本であるだろうか?アメリカイギリスに行って解決できなかった眼の病気を、深作眼科では治しているのである。日本中でももちろんだが、さらに深作眼科の評判は世界中で高いのである。

 深作眼科が最も手術件数が多いことは周知のことであるが、朝日がどうやら研修病院のみに手術件数のアンケート送付を制限したようだ。前に、いい加減なアンケートの調査をしていた朝日なので、またぞろ悪癖がでたようだ。研修病院とは、大学病院など練習する学校や、大学だけでは練習材料が不足するので材料を必要とする総合病院の眼科のことを言う。初めはブラックジョークだと思った。練習する研修病院だけ選んで手術件数のランキングを出すらしい。これでは、「いい病院」、では無く。研修施設に限定したのは、「悪い病院」、を知らせる為に、研修病院だけのアンケートを採ったのだろうか?読者は騙されてはいけない。研修病院限定のアンケートで2015年度「いい病院」を選んだ真意は、間違っても研修病院で練習台にならないようにとの深遠な心使いではないだろうか。「悪い病院」と出すと出てくれなくなるので、表面は柔らかくして頭の良い患者なら、練習台になる研修病院は避けるであろうと読んでるとしか思えない。網膜剥離なら深作眼科では1回の硝子体手術で治る。しかし、○○大医療センター眼科で、3回以上も手術して治らないで、ぐちゃぐちゃになった網膜で当方に助けを求めて来院する患者が非常に多い。もしも、患者が研修病院眼科の練習台になる酷さを理解できれば、手を付けずに深作眼科に直接来院するであろう。そうなれば1回で治る。安いばかりか視力結果も最高のものになる。それを知らせる為に研修病院を避けるようにあえて研修病院だけのデーターを出そうとしているのだろう?性善説ならそうである。ただ最近の朝日は慰安婦問題のねつ造など多くの怪しげなことをしている。しかし、丁度良い機会である。読売は正しい厚労省の生データーを出した。深作眼科が断トツの一位である。朝日は出さない。その代り怪しげな研修病院のランキングを出すらしい。Y市医療センター眼科の硝子体数が700だとしよう、このうち推測で何度も手術をして失敗する件数が非常に多いことを知っている。仮に延べ人数では多くても実態は成功してないし同じ患者に複数回手術をしてるのだ。数だけを研修病院と比較しても意味が無いのだ。200人の患者を数回手術して700例としても意味が無い数である。しかも、この朝日に間違った情報を伝えたのは、このY医療センターの悪党であるKであり、悪党Kがごり押しをして無理やり研修病院だけの調査に変えさせたのだ。Kが多くの患者に酷い態度で接し患者が憤慨していることを直接その患者達から聞いている。悪党のKにとっては私利私欲の為なら何でも行っている。Kにより失敗手術を受け、酷い態度で満ちたKへの患者の怒りははるかに強い。一昔前ならKのような悪徳者は大学にも珍しかった。世も末である。実に多くの患者さん達がKにより酷い目に遭っており、Kへ憎悪を抱いている。そんな悪党Kの言うことをうのみにした週刊朝日の愚かさを反省し、すぐにでも元に戻すべきである。

 深作眼科は1551件でほとんど一回の手術で治っている。1500人超の患者を硝子体手術が年間で1551症例となっているので、延べ人数がほぼ実際の患者数である。どんなに重症の網膜剥離でも治している。どんなに重症の患者が、世界中日本中から、多く来ているか、見てみるとよい。世界で最も難しい患者が集まる施設である。これこそが真の意味で「いい病院」である。朝日は2015年度の題を変えなくてはならない。「いい病院」は間違っているので、患者数も調べて、「手術繰り返し数で分かる研修病院」、もしくは成功率を比べて(研修病院では治って無くても治ったと言い張る)「手術繰り返しで分かる問題研修病院」としなくてはならない。

 六本木横浜で、毎日毎日多くの患者を特に重症患者を手術している。特に網膜剥離患者が多い。こんな時に読売の正確な発表と、朝日の、信じられないお粗末なことだが、研修施設だけにアンケートを限定する、との理解できない方針を聞いて腹ただしいものである。我々は一人でも多くの失明に苦しむ患者を救おうと全国からの患者を受け入れている。実態も把握できないでごく一部の悪党の意向を朝日が取り入れるとはあきれ返る。患者は多くの情報にさらされるが、間違った意向に左右されないように賢く正確な情報を得る努力をしてもらいたい。それが自分を守る方法である。

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2014-09-15 iPS細胞での網膜色素上皮移植術

 9月12日にiPS細胞から作った網膜色素上皮移植術を理研の関連病院で手術が施行され、翌日の新聞朝刊には第一面に出ていた。たまたま、当日にテレビのインタビューを受けそのコメントを話した。そして夜には山中教授のiPS細胞の講演を聞いた。その際の違和感を正直に述べよう。

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 突然木曜日に依頼があり金曜日の診察の合間にテレビ局のニュース報道のインタビューを受けた。12日の金曜日に神戸理研主導で、加齢黄斑変性のウエットタイプの網膜色素細胞を除去してiPS細胞から10か月かけて分化させた人工的な網膜色素細胞を移植すると言うプロジェクトだ。

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 これがiPS細胞で、これから網膜色素細胞が分化してできるのだと言う。ほんとに実際の網膜色素上皮が出来たのかを、どのように検証したのかが分からない。形態だけ同じでもしょうがない。機能の検証がされていないようだが、この内容についてのコメントでは無い。実は当日のインタビューの後、すぐ後の夕方の学会で山中伸弥教授のiPS細胞の講演があり参加したのだ。

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 内容は従来の報道と同じく目新しいものはなかったが、問題は臨床の利用の検証をどの程度やったかが無かった。当方の専門の眼科手術について述べるが、網膜色素上皮移植術を施行していることに、どの程度臨床情報があるのだろうかと思った。内容は後で放送の中でもあったが、加齢黄斑変性での痛んだ網膜色素上皮と血管を

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除去して、その後網膜下に

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iPS細胞から作成した人工的培養網膜色素上皮を移植すると言う方法である。

 この方法は多くの眼科医や、もちろん一般の人々には、ひどく新鮮な新しい手術方法に映るであろう。

しかし、この加齢黄斑変性への網膜色素上皮移植術はかなり歴史のある方法である。私が9年前にドイツの国際眼科学会で講演していた時である。あるドイツの先生が、2年間の成績として発表した。患者自身の自己の周辺網膜下の色素上皮を取り出す。傷んだ中央の黄斑部下の網膜色素上皮と異常血管を取り出す。そして、周辺から採取した網膜色素上皮を移植したのだ。つまり少なくとも、11年前からこのような方法は行われていた。しかも、本人の網膜色素上皮であり、拒絶反応などの異常反応は無いし機能的な検証も問題ない。しかし、十数例での術後結果はどうであったか、結論は視力改善は無かったのである。まして、培養した網膜色素細胞と言われているシートを移植する方法は、ドイツの例よりも条件が悪い。ドイツの手術は私も興味を持って患者を検証している。しかし、今回の理研の症例はマスコミ的なセンセーションを狙っているのが不思議だ。

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 iPS細胞の可能性を否定するつもりは全くないどころか非常に期待している。しかし、結論が分かっている手術に用いる理由がよくわからない。理研のリーダーが臨床医で無く、網膜色素上皮移植術の歴史を知らない可能性がある。翌日の新聞に、患者が明るく見えると言ったという。網膜の手術でガスを入れて俯せしている患者が見えるわけが無い。この中で解説が無いが、白内障手術を併用したのではないか?そうならば正直に言うべきである。明るくなったのは白内障手術の為であり、このiPS細胞からの網膜色素上皮(と言われる細胞シート)移植術の為ではないであろう。

 他の例でいえば、世界で否定された加齢黄斑変性へのPDTレーザーを遅ればせながら日本に導入して、いったいどれだけの失明者を作ったのか?日本の学会で、私がなぜ世界で否定されたPDTを行うのかと質問したところ、当時のPDTを主導していたその教授は、日本人は違うのだとの答えた。こう言った某教授が作った何千人もの失明者に何と申し開きするのか。やっぱり日本人も同じだったとでも言うのか。私は世界中で白人東洋人黒人など診療や治療や手術を施行しているが、世界中の誰もが、日本人が他の人種と違うなどとの愚かなことをいう医師はいない。日本人として悲しいが、日本の眼科レベルは先進世界の眼科医療のレベルからはかなり遅れているし、正しい主張が通りにくい現実がある。私は日本人同朋を一人でも救おうと、アメリカから帰ってきた。かなり昔の話だが、網膜アメリカよりドイツの方が進んでいた為に専門医まで取得にドイツに通った。深作眼科は世界最高最新の眼科医療を提供しているのは、患者本人に聞けば一番わかる。加齢黄斑変性でも早くから来れば、深作眼科なら治せるのだ。

 この理研のプロジェクトにも多額の費用を税金から投入しているが、眼科用のアヴァスティンを積極的に導入するほうがはるかに人の視力を救える。さらに、早い段階での、深作眼科での、正しく黄斑上膜や内境界膜の剥離など正確に行うことのほうが視機能回復が得られる。もちろん世界的なレベルの正しい硝子体手術をできる技能が絶対に必要だ。

 理研STAP細胞ねつ造論文事件など大切な税金を無駄に使っている事実がある。いくら基礎研究で優秀でも、現実には患者の視機能を守るのは臨床医の手術の腕による部分がほとんどであろう。この検証が抜け落ちているのが、臨床医として不思議である。

 2年後を目標にiPS細胞パーキンソン病に応用するらしい。これは分野が違うのでわからないが、ドーパミン不足で起こる疾患なので、ドーパミン産生能を持つ細胞を作り、注入する方法などのほうがiPS細胞の結果は出そうだ。正しい応用分野を選ぶことが最も重要であろう。それができて初めてiPS細胞の有用性が証明されるのであろう。

2014-08-15 網膜剥離の治療、手術

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さる6月27日にフジテレビの『教訓のススメ』で、網膜剥離緑内障白内障、多焦点レンズなどの話題を中心に、病気の症状、診断や治療法について話した。

その後の反響であるが、実に多くの視聴者が、眼科の病気について知識が無い事、正しい情報を得ていないことが判明した。

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テレビはあくまでも情報を伝える手段と割り切って出演を受けた。笑いも多く、肩肘が張らないで情報が得られたと、思いのほか患者に好評であった。

患者に早く、手遅れになる前に、他で手を付けずに、速やかに深作眼科に来院することで、網膜剥離白内障緑内障は治せる病気であることを伝えたかった。しかし、さらに日本全国より、既に他院で手を付け非常に状況が悪くなった、いまにも失明しそうな、網膜がボロボロなっていたり、視神経機能がほぼ消えようとする重症例が、ますます集まるようになった。深作眼科に来院する患者は世界でも最も難しい患者の集まる施設となって久しいが、さらに困難な患者が世界中から集まってくる。

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日本だけでなく世界中から患者が来院する。この黒服集団は警備のSP警察達である。深作眼科には世界の大統領首相が来院する。彼らは、アメリカヨーロッパの有名な病院や眼科医に見せても治らなかった患者でもある。深作眼科はこうした著名人も分け隔てなく一患者として、最大限の注意と誠意をもって診断し、世界最高の施設と世界最高の技術で治療し治している。これがひいては日本国の評判を高くしている。彼らの首脳が医療で恩恵を受けることで、日本への尊敬と感謝をもたらしていることを、外務省はもっと知らねばならない。これには少々不満をもっていたところ、外務省から担当者が何人も来院し強い感謝を述べていた。

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彼らはスペインイタリアの患者であるが、わざわざ深作眼科で見てもらう為に、日本に来院して治療を受け、治り感謝の笑顔をむけている。この記事を書いた本日も、フランスアメリカからの患者が来院した。彼らにとっては眼科治療の最高峰が日本国にあることをどこで聞いたのだろうか。疑問に思い聞いたところ、アメリカフランスでも深作眼科は有名で、現地の医師から日本の深作眼科に行きなさいと勧められていた。これでは最善を尽くすしかないであろう。日本全国の国民、世界の首脳たち、世界から来院する海外の患者達、彼ら一人一人に世界最高の眼科手術を届けることに生きがいを感じている。

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それにしても網膜剥離は、バックリングはしないでほしい。とくにシリコンプレートを眼球に埋め込むインプラント法は絶対にしないでほしい。長い年月の間に眼球強膜を破り網膜も破る。このインプラントは強膜が薄くなっているので摘出できないことが多い。世界ではバックリング法など行わないことがやや知られたのか、硝子体手術で初めから行う施設も増えた。しかし、これがさらに問題となっている。近代的な硝子体手術を完全にマスターしている術者は残念ながら非常に少数でしかない。他院でこの劣悪な技術で硝子体手術を行い、網膜をボロボロにして網膜剥離が治らないで来院する患者が多く来院する。網膜が剥がれたままで、患者は視力を失いつつあるのに、その病院では網膜は治っていると説明されているのだ。OCTなどの断層撮影装置やデイトナや眼底カメラなどで網膜の裂孔や皺皺になった網膜剥離部分を患者に説明すると、どんなに素人でもすぐに治っていないことは分かる。しかし、適切な説明がなされずに放置しいよいよ失明しそうになって深作眼科に来院する。深作眼科がいかに設備が充実して世界最高の技術を誇っても魔法使いでは無い。手遅れになる前に、手を付けずに速やかに深作眼科に来院してほしい。そうすれば必ずや治せるであろう。これは、何も網膜剥離だけの問題では無い。白内障手術でもそうである。当方の患者が術後にいかに良い視力を得ているか。1.0以上は当たり前である。多焦点レンズを移植して遠方も近方も非常によく見えて、喜んでくれる顔が我々の最大のご褒美である。緑内障を手術できないと思っている患者が多い。手遅れになる前に、適切な時期に手術を施行することで緑内障は救うことができる。

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これらのほかにも、多くの特殊な患者を救っている。例えば小眼球症の患者などは小さい角膜に大きな水晶体、網膜欠損、チン小帯欠損など複雑な眼球である。白内障手術、緑内障手術、網膜硝子体手術など全てで世界最高のレベルの深作眼科で行ってこそより良い結果を出せる。難しい患者を無理して手術しないでほしい。手を付けずに深作眼科を来院すれば患者も幸せになれる。ところが日本中からすでに手を付けて手術失敗した小眼球の患者が多く来院する。とても難渋するし結果は悪い。患者の心境を考えると当方もとても苦しくなる。アトピーでの白内障網膜剥離も難しい患者でしかも若年である。これこそ深作眼科のような世界最高の施設で最初から手術をしなくてはならない。組織がもともと弱いので他院で手を付けてきて失敗した症例では最善を尽くしても力及ばないこともある。

手を付けないで早く来院してほしい。このメッセージを見て、それでも来ないのは全く構わない。日本人民1億3千万人の全てを救うことは物理的に不可能である。だから、たまたま世界中から来院した縁があった人々を、分け隔てなく年間1万人程は救っている。しかし、いまだに7割の患者は、全国ですでに手を付けて手術に失敗した患者が来院する。世界一難しい患者の集まる施設である。どうせなら来院する患者に最高の結果を贈りたい。初めから手術を施行すれば、必ずや治っただろうに思う患者が多い。すでに他院で手を付けて駄目になっていたり手遅れとなっている患者が多く来院するが、患者と共に当方も苦しく悲しくなってしまう。人々を救いたいとの一心で眼科病院を設立している。日本人民同朋を救いたいとの一心で、世界での要望が強いのに、日本に帰って患者を診て手術している。手を付けずに速やかに来院することが患者の為であることを強調したい。

2014-06-23 網膜剥離について、「主治医の見つかる診療所」にて解説。

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6月2日の「主治医の見つかる診療所」という番組に於いて網膜剥離についての話を依頼され出演した。

司会は著名な草野仁さんでした。

この番組をきっかけに草野さんとは親しく交流させていただくきっかけとなった。司会者が上品だと番組も上品になる。この番組が、医療番組の走りだが、真面目に制作に取り組んでいることが判った。

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番組では網膜剥離の発見方法などを中心に解説した。いまだに、網膜剥離となって失明する人が日本では多い。多くの眼科医でさえ網膜剥離を失明する病気と恐れている。しかし、今日の近代的硝子体手術を駆使した網膜剥離復位術であれば、恐れることは無い。手遅れにならずに、他で手を付けることなく深作眼科に来院して手術治療した患者は、現在までに数万件の網膜剥離手術を施行しているが、100%の治癒率である。いたずらに恐れずに速やかに深作眼科に診察、治療に来院していただきたい。あなたは救われるであろう。

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番組に於いて網膜剥離についての早期発見方法について、カレンダーを使った視野異常の発見方法について解説している。これは出演者の梅沢富雄さんの視野を観察している。このようなカレンダーを使った簡易型検査でも、かなり正確な視野異常が分かる。

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この視野検査は大桃さんを被験者にしている。彼女はなんと視野異常が出たのである。左目の耳側視野が欠けていた。事情を聴いてみると、番組でも述べていたので紹介するが、何と大桃さんは左眼に緑内障があるそうだ。彼女のように緑内障と、また他の網膜剥離の患者すべてであったように、視野異常が大変大切な検査である。網膜剥離の視野欠損は急速に広まるが、緑内障の視野欠損は非常に長い時間が掛かる、ことが特徴である。

以前出た、日テレの番組では「白内障」の最新手術について解説し、多くの多焦点レンズ移植術について解説した。当たり前のことであるが、同じ多焦点レンズを使ったからといって、遠くも近くも裸眼で見える眼にはならない。多焦点レンズの場合は、手術の腕の差が極端に出る。手術が良くないと、かえって遠くも近くも共に見えなくなってします。眼科は外科であり、眼科手術の腕がすべてに優先する。

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テレビ番組に、忙しい時間を縫って出演するのは、ひとえに患者に正しい情報を伝え、失明の恐怖に恐れをなしている人々を一人でも救いたいからである。こと網膜剥離白内障(特に多焦点レンズ)、緑内障と世界で最も多くの手術を経験し世界で最も良い成績を出しているのは深作眼科である。ぜひとも手遅れになる前に、他で手を付けないで、速やかに深作眼科にいらしてください。患者が深作眼科に掛かるのには紹介状がいると思い込んで患者が多くいます。日本で一番大きな眼科施設ですから、紹介状が無いと診てくれないのでは、と思う気持ちは分かりますが、紹介状はいりません。手術をしてしまった方は前医のカルテをコピーしてもらってください。偏見に陥ることなく、患者の目線で十分な解説をして、手術治療いたします。

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緊急通知、

6月27日金曜日のフジテレビ8チャンネル夜7時から9時までの「教訓のススメ」の4人のコメンテーターの2人目として、眼科の白内障緑内障網膜剥離について説明します。ダウンタウンの司会なので今までとは感じの違う医療説明となるでしょうが、新しい検査方法など、参考になることもあるのでご覧ください。

2014-06-05 網膜剥離だけでなく、緑内障、白内障などの手術も世界一位

テレビ東京での網膜剥離の放送が今週有ったが、先週はもっと大変であった。

某国の大統領が来院した。彼は今回、日本の国賓で来日した為に、赤坂の迎賓館に宿泊していた。前の日に天皇陛下との会合を済ませ、また安倍首相との会議も終えて、翌日は深作眼科に来院した。何回か打ち合わせで、大使館や警護担当の警察関係者が来院していたが、当院は毎日何百人も世界から患者さんが来院する施設であり、毎日何十件網膜剥離白内障緑内障の手術を4列並行で手術を朝から夜中まで行っているので、あまり大げさな警護は困ると伝えていた。

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当日、警護担当者が何と150人も来たのだ。警察車両が約40台で付近の道路や高速道路を閉鎖したのだ。診察時には深作眼科にいた約300名の患者は行動を規制され入院患者は部屋に居るように規制された。天皇陛下診察なみの警護レベルだ。深作眼科地下駐車場に約20台の車両が入り玄関付近には約10台が警護に着いた。周りの住民などは何と思ったのであろうか。パトカーは来ないでとお願いしたが、3台も来ていた。SPは日本の要人警護警官だけでなく、外国のSPとまた軍人も来ていた。

患者は日本だけでなく海外からも来る。当日もアメリカ人とスペイン人、イタリア人など深作眼科に掛かる目的で海外から来院した方達や、日本でも北海道沖縄など遠方の方達も多かった。深作眼科の約100人のスタッフで対応した。しかし、人でごった返してさすがに5000平米もある眼科施設が狭く感じたほどだ。遠方の患者もびっくりしていた。

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しかし、この大統領はすでにアメリカヨーロッパの有名病院に掛かっていた。そして、治療には深作眼科でとの希望で来院した。さすがに確実な情報を得るものだと感心した。眼科手術は腕が全てであり、良い結果を求めたければ、仮に外国でも出かける必要がある。しかし、日本人は幸せである。なぜなら、海外に比べて非常に安い医療費で、海外の大国が世界最高と認める眼科医療施設の深作眼科があるのだから。日本の患者さんは国内移動だけで世界最高の眼科手術を受けることができるのだ。

今週もテレビ東京の出演で主治医の見つかる診療所で出演し、網膜剥離の症状と検査と手術について話した。そしてその翌日には新聞のインタビューで緑内障の検査と治療について取材を受けて本日記事となった。

このようにマスコミの取材に協力しているのは、網膜剥離手術で全例成功し、白内障手術では世界トップの多焦点眼内レンズを移植し患者は裸眼で見えるようになって、ほとんどの緑内障で最高の手術成績で眼圧コントロールを得ている。まさに、網膜剥離緑内障白内障手術では世界最高の結果を出しているのだ。それでも、当院のことを知らないで各地ですでに手術を受けて結果が悪くなってから、最後の希望として深作眼科に来る患者が未だに何と多い事か。患者は泣くような顔をして、深作眼科を早く知りたかったと懇願する。何とか正しい情報を世界中の人々に伝えたい。これは宣伝では無い。深作眼科の現在の手術件数は年間せいぜい1万件である。世界最高ではあるが1万人は救えても日本人1億3千万人は救えない。しかし、初めから手術するなら手術時間も圧倒的に短く、手術成績は世界最高を達成できる。手術時間も非常に短い。一回で治るから患者の負担額も少ない。皆さんもできるだけ多くの日本人同朋を救う為に協力してください。ぜひ深作眼科に手遅れになる前に、他院で手を付けないで、深作眼科に早く行けと教えてください。彼らは必ず幸せになるでしょう。

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2014-04-06

主治医が見つかる診療所出演し、網膜剥離手術について解説

深作眼科理事長の深作秀春が、『主治医が見つかる診療所に』出演し、『網膜剥離と手術』について解説する。

”放っておくと危険な眼の病気「網膜剥離」”という題で、

6月2日テレビ東京(7チャンネル)で、午後8時から1時間の放映予定。

昨日のテレビ東京の収録は大変だった。眼科国際学会WOCと重なって、しかも締め切りの原稿を朝6時まで書いていたことと、最近さらに網膜剥離の患者がますます増えて、しかも重症の患者ばかりで毎日深夜まで手術を施行して消耗押し切った週末にテレビの収録があった。

今テレビを見たら、以前深作眼科で網膜剥離の手術をした方のボクシングの世界タイトルマッチ防衛戦をやっている。従来から言うように、バックリングの手術では網膜剥離は完全治癒ができない。なぜなら網膜剥離の原因である硝子体線維が残っているからである。他にも欠点が多い。冷凍凝固をするので、広範囲な網膜に壊死を起こす。眼内に強い炎症とそれによる混濁が残り視力が出ない。また、完全治癒にはならないのは、もし手術後にボクシングの試合を行えば、また眼球に衝撃が加わりバックリングがずれて、眼球内に残っている硝子体線維が強く揺れ、また新しい穴が出来て以前よりさらに重症の網膜剥離となる。これが理由で以前のボクシングコミッショナー通達では、網膜剥離を起こした選手は引退を勧告された。ところが、深作眼科の網膜剥離の手術は、原因である硝子体線維を完全に除去し、しかも0.4ミリから0.7ミリという範囲の極小切開のトンネルから器具を入れて手術終了時には傷はふさがっている。冷凍凝固などの野蛮な道具は使わない。手術中に完全に網膜を復位させて、その穴の周りにレーザーを打っている。レーザー部分は小さいだけでなくほとんどが将来機能を復活できる。冷凍凝固をすると凝固部分と周辺部分が壊死を起こし大きな網膜裂孔が新たにできるようなもので最新網膜手術ではほとんど使われない。よって、バックリングと冷凍凝固の手術後は仮に視力が出ても完全治癒でなくいつ再発するかわからない為に、「寛解(完全治癒ではないが、とりあえず落ち着いている状況)」というべきである。

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この試合中に記録した写真だが、顔面に強烈なパンチを受けている。今回が3度目の防衛戦で勝ったが、とてもかつて網膜剥離を起こした選手だとは思えない。実は彼は以前に網膜剥離を起こして近所の大学病院分院でバックリングの手術を受けている。ところが試合でまた再発し、二度目の手術でほとんど見えなくなった。引退を覚悟したが、他の紹介で深作眼科を受診した。かれは左眼を旧式のバックリング手術と冷凍凝固手術を受けて大きな網膜裂孔が口を開けていた。右眼は網膜剥離だが放置されていた。プロボクサーにとり引退は失業となる。かれは私の手術を受け、すでに2度手術を受け0.1以下になっていた左眼は術後0.8になり、放置していた網膜剥離が起きている右眼は初めから手術したので1.2まで回復できた。そして、復活し今や3度も防衛する世界チャンピオンである。彼は接近戦のブルファイターでありいかに眼球に衝撃が来るか写真を見るまでも無く分かる。深作眼科の手術を受ければスポーツなども含め日常生活は完全に元に戻るのが分かろう。他院とは手術の質が全く違うのだ。世界最高の網膜剥離の手術施設は深作眼科であることは手術件数で世界一であることから分かるかもしれないが、このようなプロボクサーという過酷な環境でも耐えられることから手術の質の高さが実証されている。深作眼科で手術したプロボクサーが復帰できるようになったために、昨年から、「完全治癒した網膜剥離術後者は試合に復帰できる」とコミッショナー通達が変わった。しかし、これは「深作眼科での網膜剥離手術を受けて治癒した者は復帰できる」というのが実態である。Y選手の眼は他の正常な人の眼よりも強くなったと言えるのだ。なぜならあれだけパンチを浴びれば、普通の眼の強度だと網膜剥離は来るほうは普通だ。深作眼科で手術を受けた眼球は衝撃への補強もするので、前より強くなるのだ。

 しかし、他院の手術をすでに受けている眼を手術することがいかに困難かは想像がつくであろうか?私は世界で手術時間が最も早い。白内障なら4分程だし、網膜剥離なら30分程で完全治癒させる。ところが、他院でバックリング、とくに眼球強膜壁の中にシリコンプレートを埋め込むインプラントなどされていたら、そもそもそれは取り出せないことも多い。強膜インプラントなどは絶対にやってはならない。これは時代遅れであるだけでなく、時間と共に眼球内に入り込んで広く網膜を破り、二度と視力回復をできなくなることもある。バックリングを除去する手術は保険にない為に、当院では無料で行っている。なぜ、他院での不始末を当院で負わねばならないのか、正直不愉快だし、他人の失敗を引き継ぐ気苦労は並大抵では無く、しかも30分で終わる手術が1時間も2時間もかかってしまう。当院は手術室が6室あり4人の術者が同時に手術している。私は通常2室の手術室を交互に手術する。毎日数十人の手術があるが、最近の私は網膜剥離の手術ばかり行っている。毎日12人ほどになる。初めから深作眼科に来た網膜剥離の患者なら12人でもX30分で、6時間ほどで完治できる。他院ですでに手術した患者が入れば2倍以上の手術時間が掛かることになる。現に多くの来院患者が日本全国から来ることもあり、各地の基幹大学病院で手術をして失敗した患者が7割ほどを占める。どんな急いでも、最近は朝から手術を初めても全例終了するのに、夜の10時頃までかかってしまう。重症例が多いと明け方の2時や3時などとなる。

 他院で手を付けていないで、深作眼科に手遅れになる前に来院して網膜剥離手術を受ければ、現在までのところは100%の治癒率と術後の視機能の改善を誇っている。さらに大事なのは、手術後に何年かして、白内障緑内障を起こす事もある。この白内障手術の近代的方法の多くは深作眼科で開発されたものであるし、緑内障のじつに多くの器具や手術法も開発している。もちろん昨年度約1600例施行し約800例の重症網膜剥離を治した網膜硝子体手術だけでなく、約5000例の白内障手術、約400例の緑内障手術ともに、日本では毎年最多の手術経験を持っている。つまり、常に後の手術の可能性を考えて、例えば緑内障手術の為に結膜を気付けないように保存したり、水晶体も触らずに保存したりしている。すべてに目を配っている手術であるからこそ、合併症も後遺症も起きないで、世界最高の手術後の視力を得ているのだ。

 最近の激務と収録当日は原稿の締め切りで朝までかかってやっと書き、さらに東京の国際眼科学会に出向き、食事も摂れないまま、深夜までのテレビ収録があった為に胃が痛くなりキリキリと痛い胃で説明していた為に、かなり早口になっている。声音も普段より高くかすれている。疲労の極致であった。

このような事情も考慮して、5月12日の午後八時からのテレビ東京(7チャンネル)をぜひご覧ください。動画の方が理解しやすいので、患者さんの話も聞いてください。

他で手を付けずに、もちろん手遅れにならないうちに深作眼科で網膜剥離を手術れば、必ずや治る。これは宣伝では無い。来てくれと言っているのでは無い。いかに多くの患者が他院で手術失敗してから来院して、「早く深作眼科のことを知りたかった。」と泣きそうな顔になっていることか。深作眼科は年間約1万人の患者を手術して、あらゆる眼の病気の患者を救っている。

 深作眼科横浜本院は日本最大級の眼科施設だが、これでも足りなくなり、いま9階建ての六本木院を建築中である。東京ミッドタウンの前で大江戸線六本木駅を上がると目の前である。東京の患者さんには大いなる福音である。患者対象は世界中である。特に大使館の多い地域であるので、横浜本院と同じように世界中の患者に対応している。いまでも北米南米アジアヨーロッパアフリカオセアニアと、世界中から実に多くの難病患者が手術を求めて来院している。もちろん北海道から沖縄まで日本中の患者が中心だ。『手遅れになる前に、また他で手を付けずに深作眼科に至急行こう!』と眼で困った人を見つけたら、このように教えてその患者を救ってほしい。

 先週5歳の男子の網膜剥離を手術した。この患者は先月に、他病院にて何と同時に両眼の網膜剥離に対して、先進国では10年以上前に消えてしまった古典的方法の、大きなシリコンプレートの「バックリング手術法」を行っていた。こんな方法で、もちろん治るわけが無い。網膜は両眼とも網膜全剥離でひどい増殖膜が張っている。

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他院での手術後のこの眼底写真を見て分かるように、もはやほとんど視機能回復の望みはないが、数日前に左眼を当院で手術して網膜を付け復位させた。他院のカルテを即時出せと要求したが、他病院は結局出さずに手術には間に合わなかった。私はこのような気の毒な特に子供の患者をみると暗澹たる思いで胃が痛くなる。この子の将来はどうなるのかと患者に身を入れ込み過ぎてしまう。

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手術直後の眼底写真である。シリコンオイルが入っているので、少し反射光が屈折している。この時点では何とか網膜復位している。望みが出てきた。しかし当院での修復手術中を振り返ると、この患者は他院に於いて、信じられないくらいに大きなシリコンプレートでバックリング手術されていたのだ。前医のカルテも無いので、まさか、こんな小児にこれほど大きなシリコンプレートを縫っているとは思わなかった。しかも、大きなシリコンプレートを縫う際に針で眼球壁を貫通したらしく、網膜に6か所ほどの明らかに針で刺した穴が開いていた。もちろん網膜は完全な網膜剥離で増殖膜がひどく張っていた。しかも、バックリングを縫う時に穿孔創から出血したらしく、患者家族には硝子体手術を併用したと説明していた。この硝子体手術がまた問題で、他院での硝子体カッターで水晶体の後嚢を突いて破っており白内障を併発していた。このような困難な症例でもあきらめずに、後嚢の破けた水晶体の白内障手術も併用して、ひどく張った増殖膜を丁寧に外して、網膜復位術を施行したのだ。

 これだって、深作眼科で初めから手術をしていれば、ずっと短時間手術ですっと楽に手術でき、明らかに完全治癒しただろう症例だ。悔しくなる。患者に情報があれば、手術経験の浅い病院で子供が手術を受けないですみ当院で治せたのに。アメリカなどでは子供手術は小児病院ではもちろんしないで、十分以上の成人手術の経験のある術者でなけれさせてもらえない。私はすでに10万件以上の白内障と硝子体手術を中心に経験している。

 難しければ難しいほど、他院で手を付けずに深作眼科に行くようにアドヴァイスしていただきたい。それを聞いても来ないのはもちろん構わない。そもそも宣伝するつもりは全くないし、当院で日本人1億3千万人を全員救うことなど物理的にできない。ただし、手を付けなければ手術時間も早く手術成績も圧倒的に良い。つまり圧倒的多数の患者を失明の危機から救ってやれるのだ。初めから深作眼科で網膜剥離の手術をした患者の、手術後の視力も素晴らしく良い。人は他人を幸せにする気持ちをいつも持つべきである。ぜひご紹介してください。我々日本人が一人でも多くの失明の恐怖に怯えている同朋を救う為に協力していただきたい。

 尚また、患者層であるが、昨年度の網膜硝子体手術約1600件中で、網膜剥離手術件数は約800件だが、ボクサーはせいぜいが20件程で2%に過ぎない。また、もちろん子供より大人の患者の方が圧倒的に多い。つまり、一般の患者の網膜剥離を多く治しているので誤解無きように。

2013-06-16 深作眼科の世界最多の網膜剥離手術症例数には理由がある

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最近はまたとくに職務が忙しいのだが、その中でどうしても断りきれずに、イタリア眼科学会での講演招待でミラノに出向いた。写真はこの学会中での講演写真である。この学会はヨーロッパ中から医師が集まるが、何と1週間もみっちりとスケジュールがある。まずはイタリア眼科学会で網膜関係の発表と緑内障の発表が2日間、続いてイタリア白内障屈折矯正手術学会で白内障と近視老視矯正などの2日間、さらに最後にOSN(Ocular Surgery News)という世界中で眼科の専門誌を発行している専門部会でのLive Surgeryでのすべての分野での数十例にわたる手術の生中継と質疑応答が2日間ある。この手術生中継はカメラを左右の二台使って立体画像で会場では見せていた。ここで感心したのは、ヨーロッパ白内障網膜硝子体手術の同時手術がごく一般的であることを再確認できた。つまり、我々の深作眼科で行っていることが世界では標準であるやり方なのだ。ただし、正直言って、すべての手術手技は深作眼科の手術のほうが圧倒的に正確で綺麗であることだ。私は国際眼科学会で手術手技やその内容についての審査委員を長くやっていて、つい技術力を評価する癖がある。その目から見て、やはり深作眼科の技術力は世界最高であることが、欧米各国の代表的手術名人の手術と比較しても、明らかに深作眼科が勝っているのを確認できたのである。

以前から、実は深作眼科は白内障手術では日本では圧倒的に多くの手術を施行していて20年ほど世界ランクでも1位である。そして、10年前くらいから網膜硝子体手術件数でも日本では一番多かった。この手術件数のアンケートを新聞社がとってはいたが、アンケートでは正確な数字が出るわけがないので、つまり各施設が勝手な数字を書いてもそのまま乗ってしまうので、数字自体が意味が無いので、当院ではアンケート自体に答えなかった。ところが、昨年度に近年制定された情報開示請求権を使って、朝日新聞社厚生労働省に手術件数の開示を請求した。この厚労省の手術件数は保険点数の計算する資料なので、嘘はありえない。初めて真実の数字が出たのである。この、数字が当方も知らないうちに週刊朝日に出た。眼科のメーカーの人間がこのコピーを持参した。その時に、深作眼科が日本ではすべての手術件数で、圧倒的に日本で第一位であることが正確な厚労省の数字で明確になった。当方もそんな調査結果はその日に初めて知ったのである。そして、朝日新聞からアンケートが来た。一方で、多くの患者が深作眼科を知らないが為に、他で眼の手術をすでに受けてしまい、結果が悪く、深作眼科に最後の望みで日本中からいかに多くの患者が来ることか。彼らの共通の嘆きは、「深作眼科を早く知りたかった。」ということに尽きる。これらの事情と、朝日のデーターは厚労省からのデーターであり信頼できるだろうとアンケートにそのままの当方の手術件数を記載して送った。すると、朝日新聞は、今年の出版物で、眼科手術件数の全国ランキングを出した。当然、深作眼科が断トツの一位で網膜硝子体手術件数が昨年度には1511件あった。多くの施設が深作眼科の手術件数の多さにびっくりしたのだと後で聞いた。しかし、ここで改めて言うが、ずっとそれ以前から一位の件数なのだ。今更な結果なのである。

多くの施設や眼科医からは称賛で包まれていたが、中には嫉妬心でやっかみを述べる輩も居た。ある親しくしている大学教授から聞いたが、某大学の某医師(もちろん誰だかは特定できている)2−3人が、あろうことか、深作眼科が簡単な多くの症例をチョコチョコと簡単に手を出しているのではないか、とかたいそう侮蔑する悪たれを会合で述べたそうだ。はっきり言って、その2−3人の輩の施設でぐちゃぐちゃになった、つまり手術を失敗した患者達を深作眼科で多数救っているのだ。このようなふざけた嫉妬心での嘘八百を並べる暇があったら、自分の下手糞な手術を少しは勉強して反省したらどうかと、私にすれば珍しくその2−3人の輩に非常に腹が立った。私がその下手糞な手術の結果を救ってやっているのにもかかわらずにだ。しかも中には、その馬鹿な輩から失敗の手術を受けた数人の患者さん達が、その輩達を裁判に訴えたいというのを、私が穏やかに「そんな人を恨んでもあなたの精神は救われない。私が剥がれたままの網膜剥離は直しますよ。」と説得していて、その不愉快な某医師連中をかばって救ってあげているのにだ。

私が猛烈に不快な理由は、このような不愉快なことを述べた連中は、裏を返せば、このような嫉妬心や歪んだ自尊心で自らを飾り、一方で弱い立場の患者の失明への恐怖を救うどころか、劣悪な手術技術しか持ち合わせていないので、もうどうしようも無いほどにぐちゃぐちゃな眼にして反省するどころか誤魔化している連中でもあることだ。私は、ますます、多くの日本人の困難な患者を救ってやらなければと、さらなる闘争心に燃える自分を感じている。

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この写真は13歳のスポーツ少年の眼である。運動中、眼に相手の手や頭がぶつかり網膜剥離を起こしたらしい。そして、町医者から紹介されて、T大学の関連病院KN病院を受診した。そこで、バックリングによる網膜剥離手術を受けた。しかし、視力はどんどん悪くなり、0.01(矯正で0.06)とほとんど使えない視力となった。断層撮影すると薄く網膜は剥がれている。バックリングの手術では網膜剥離は根本的には治らない。この世界の常識が日本では全く通用しない。KN病院の医師は家族にだんだん良くなってくるのでもう少し待ってくれと述べている。それが逆にどんどんと悪くなっている。術後一か月でほとんど見えなくなった。網膜に白い線が見えるが、これは網膜下の増殖膜である。子供の網膜下の液は非常に粘調度が高くて、薄い剥離でも吸収はされない。また、外傷やアトピーなどの破れは、網膜の最も外側か、網膜のさらに周辺の毛様体扁平部であることが多い。この場所は絶対にバックリングでは押さえられないし、絶対に治らない。手術の話をすると、母親が天下のT大学のTKN病院の医師がもう少し待ってくれと言っている、となにやら矛盾することを言う。私も世界で最も多くの手術をして世界ランク一位に長くおりアメリカ眼科学会で指導的立場にあるのに失礼な話だと、迷っているならもう手術はやめましょう、とこちらから断った。しかし、13歳の息子のほうが偉かった。「先生手術をしてください!」と必死で頼んできた。彼は、TKN病院での手術後にほとんど全く見えなくなったことを最も自覚しており、術後にさらに悪くなり今やほとんど失明している。また、通常はバックリングのメリットは白内障を起こしにくいのだが、TKNでは白内障も起こしていた。私も13歳の患者本人の必死の頼みで他の患者を診てから又呼んだ。母親も息子の病状と気持ちが理解できたのかTKN病院のマインドコントロールから離れ、手術を頼んできた。数日後に手術を行った。私が想像した通り、網膜の外側のPars Plana毛様体扁平部が破けて、さらにそこに続く網膜鋸状縁が剥がれ、水が網膜下に入っていた。網膜下液はこれも予想通り非常に粘調度の高い液であった。できる限り増殖膜を除去して、網膜下液を原因裂孔から除去した。この結果0.01の視力は0.6まで改善した。あのままにしておけば間違いなく、13歳のスポーツ少年は片眼を失明した。手術から3か月たち治癒した少年は、スポーツクラブの活動に復帰できた。

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次の患者は、20歳の女性で、N県S大学病院網膜剥離バックリング手術を受けた。しかも、手術後にさらに網膜剥離が悪化した為に、バックリングの追加手術を受けた。さらに、翌月に眼の中にガスを入れて俯せにさせた。しかし、その後3か月が経ち、視力はますます低下して0.01までになりほとんど見えなくなった。そこで、日本で一番良い眼科はどこかと多くの人に聞きまくり、やっと深作眼科にたどり着いた。この写真は網膜が剥がれていることが判る。

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次の断層撮影ならもっとよくわかる。まさか大学病院断層撮影OCTが無いわけが無いと思うが、経過は落ち着いていると言われたそうだ。視力は0.01で実質的に失明状態である。

いつもいつも思うが、網膜剥離になぜバックリング手術などするのか困ったものだと思う。バックリングの手術(エクソプラントもインプラントも)では硝子体の問題が残り本質的に治らず、良くて一時的に落ち着く寛解状態であり、激しいスポーツなどできなくなる。だから、ボクシングの選手が網膜剥離でバックリングの手術を受ければ引退しかないのだ。昔のT選手が国内では引退したのはバックリング手術のためだと言える。深作眼科の硝子体手術を受けて網膜剥離が完治すればボクシング、サッカー、体操、飛び込み水泳など眼に衝撃の加わるスポーツでも全く問題なく復帰できる。ただし、深作眼科のレベル、つまり世界のトップレベルの硝子体手術ではという条件が付く。残念ながら世界トップレベルの硝子体手術を施行できる施設はほとんどない。だから、先ほど怒ったような低レベルの硝子体手術をするような輩が、当方の圧倒的多くの手術件数を理解できずに、嘘八百の中傷を言えるのだ。我々の施設程、難しい患者が集まる施設は無い。何しろ日本中の大学病院や総合病院の眼科ですでに手術を受けて、失明の恐怖におののいている患者が毎日多数日本中、いや世界中から来るのだから。簡単な症例をチョコチョコやっているなどと、馬鹿げた邪推ほど不愉快なことは無い。なにしろ、他院でバックリングをした患者のシリコンバンドなどを無料で除去しているのだ。その後に、本式の世界レベルの硝子体手術を施行するのだが、なんせすでに散々手を付けている。眼の組織はぼろぼろになっている。世界のトップサージャンはまず使わない冷凍凝固を網膜の全周に置いてある。眼の中に毒性のあるパーフルオロカーボンが多く残っていて、網膜下に迷入しているなどよくある。網膜が剥がれているのにシリコンオイルが入れられており、すさまじい増殖膜が張っている。このような眼を直すことがどんなに困難な手術かわからないのかと、例のふざけた輩の妄言に怒り心頭なのである。しかも、いかれた妄言を言ったやつの施設で失敗した手術を直してやっているのだ。嫉妬心で狂った妄言を放つ輩の存在を人づてに聞いた心境を理解できるだろうか。患者は気の毒である。しかし、患者と共に、患者の眼をぼろぼろにしたその眼を直してもらっているのであるから、某大学の某医師は無礼な妄言を吐く前に、自らを良く鑑みて、「天に唾する行為」を深く反省してもらわねばならない。

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話を戻す。S大学で施行し失敗したバックリング法でのシリコンバンドを、当院で外して除去し、硝子体手術の最先端の方法で手術を施行した。最先端と言ったのは、広域観察装置のBIOMで網膜の全体、さらに毛様体扁平部まで観察してすべての裂孔をふさぎ、原因裂孔から下液を抜いて、水晶体を温存する方法である。23Gでの無縫合で結膜をできるだけ痛めない。BIOMより簡単なResightでも良い。しかし、コンタクトレンズは駄目である。コンタクトレンズ使用では、網膜全体やその外側の疾患を完璧には操作できない。網膜手術の進んでいるドイツでは術者の7割がBIOMで手術を行う。一方日本では、真の意味でBIOMを使いこなせているのは深作眼科しかない。BIOMで網膜鋸状縁までの網膜すべてと毛様体扁平部までをすべて観察しながら、シャンデリアライトで照らし、両手でセッシやカッターを両手法で操作している。この図は手術後の写真である。こうしてすでに3回もS大学病院で手を付けて痛んだ眼であるが、当院で網膜剥離を直し、0.01から0.8まで視力回復できた。

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次の症例は、43歳の男性である。前の子供たちと違ってやはり大人である。自分で危機を脱した。かれは、町医者から網膜剥離を指摘されT大学病院に紹介された。金曜日に入院して網膜剥離手術を月曜日にすることになった。土曜に日曜と手術医に検査を受け、網膜の孔がわからないが、手術中に見つけるからバックリング法で手術をすると説明を受けた。その話しぶりに自信が無いことが判ったし、世界の網膜剥離の事情をインターネットで調べたら、世界ではバックリングなどほとんどやっていないことを知ってより不安になった。そこでインターネットで日本で最も良い病院はどこかを検索して深作眼科を見つけた。彼が偉いのは手術当日の月曜日であったが、T大学病院を断って早朝に退院し、すぐに深作眼科に来院したことだ。当日も数十件の網膜剥離白内障の患者の手術で満床であったが、比較的軽い患者さんをホテル宿泊に変えてもらって、この患者を手術に入れた。上の写真のように網膜は剥離しており、確かに裂孔は見つからない。外来のコンタクトレンズでの見える範囲は網膜の全てではない。まして網膜の外側の毛様体扁平部は見れない。

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断層撮影OCTでも網膜の半分が大きく浮いているのが判る。彼は、長い間オルソケラトレンズを装用しており、このレンズは網膜剥離の原因になる。つまり、夜間に平たい大きなハードレンズを装用して寝ると網膜は引っ張られかつこすられアトピーの眼をこするのと同じことが起きる。この患者がオルソレンズを装用していて網膜剥離があり網膜裂孔が見つからないとのことで、毛様体扁平部の裂孔と判断した。実際に手術中のBIOMで予想どうりの場所に破けがあった。若い網膜剥離の患者は外傷やアトピー、オルソなど広い意味で外傷の患者がほとんどである。そしてかなりの患者が網膜の外が破けている。これらにバックリン法を行っても絶対に治らない。よって、この患者はT大学病院を逃げてきて本当によかったのである。

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上の写真は手術後の4日目で、治った写真である。上にまだ少しガスが残っている。深作眼科で初めから手術した患者の、眼の回復の何と早いことか。この患者は網膜剥離で視力が0.4まで落ちていたが、深作眼科で月曜日に手術して、金曜日には1.2の視力が得られた。本当に、心から思うが、手遅れにならないうちに、他で手を付けない状態で深作眼科に来院してほしい。これは宣伝ではない。日本人1億3千万人を全て救うことなど物理的に不可能である。ただし、毎日何十人もの手術をしているが、網膜剥離は半数以上が他でバックリング手術などで失敗した患者である。中には8回もすでに手術を受けて眼の組織がぼろぼろになっている患者がいる。一人でも救ってやりたい。でも最高の結果を出したい。それにはやはり手を付けずにできるだけ早く来てもらうしかない。僕らの報酬は患者の感謝の笑顔である。その為に毎日命を削って患者に奉仕している。我々の仕事はまさに使命感に基づいた自己犠牲によって成り立っている。ぜひ、深作眼科のことをできるだけ多くの人に勧めて、人々を幸せにしてやるお手伝いをしてください。情けは人の為ならず。必ず、良い結果となって戻ってきます。明日もまた40件程の手術です。最近は私は毎日、網膜剥離ばかり10件以上手術します。しかも、最難関の手術ばかりです。手術室が6室あって、私の弟子達も同時にやるのでかなり壮観です。最新の硝子体手術機械のコンステレーションも3台活躍しています。他に硝子体、白内障手術の最新の機械が6台稼働しています。それでも年に一万例ほどがやっとです。1万例の中の硝子体手術が1511例だったのです。しかも、この多くは網膜剥離手術です。ちなみに、深作眼科で初めから網膜剥離手術した患者は全例が治癒しています。100%の治癒率は世界で最も多くの経験と努力の賜物です。

2012-10-07 網膜剥離手術はある意味では運との出会い

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この写真は16歳のA大学付属高校の野球部員で眼底写真である。真ん中を見てほしい。丸い穴が開いている。この患者は写真を撮った約1か月前に野球の硬球をこの目に受けた。バッティングマシンを5台も並べて、ボールを出す役をしていたそうだ。その隣り合う他のマシンから出たボールを打った球が、16歳の彼の左目に当たった。至近距離からバットで打った硬球を眼に受けたのである。一瞬で見えなくなった。網膜の真ん中に大きな穴が開き、網膜剥離となったのである。そのあと、彼は近くの町の眼科にかかり、B大学病院を紹介された。約1か月前である。その大学では難しすぎると言われたが、とりあえず点滴を打ちましょうとそのまま入院となり、そのうち自然に治るかもしれないと言われて、何もできずに1か月放置された。患者と家族は不安になり、他府県ではあるが、住居のある埼玉県東京の知人に、日本で最も良い手術ができる眼科はどこかと聞きまくり、最終的に最も技術があると結論づけた深作眼科に来院した。

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次の写真は、先ほどの眼底カメラだけでなく、網膜断層撮影を撮ったものである。誰が見ても分かるが、網膜の真ん中に大きな穴が開いていて、網膜はまくれ上がるように網膜剥離を起こしている。視力は全く無く、光しか感じなかった。なぜ、点滴などをして放置したのか。おそらく、その大学では古典的な方法であるバックリング法は行っているのであろう。しかし、網膜の真ん中に大きな穴が開いて、しかも網膜剥離となっている患者は、経験も無く治せなかったのであろう。初診時に、患者には、時間がたっているのはまずいが、でも運が良かったね、と言った。患者は不思議そうに見たが、決して皮肉ではなく、他院でバックリング法や、不完全な硝子体手術を受けたり、水晶体摘出術など、よく行われる間違った方法で行われなかったのに、正直ほっとしたのである。1か月も放置していた為に光しか感じない眼であったが、その日に緊急の網膜剥離手術を施行した。23Gの小切開無縫合硝子体手術を施行し。黄斑上膜と内境界膜を短時間できれいに剥離除去し、網膜下液を黄斑円孔から抜き出し、完全に網膜を復位した。術後は無菌空気でタンポナーデした。水晶体はもちろん温存している。

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次の写真は手術後5日目の断層撮影像である。まだ眼内には空気が残っているときである。網膜の孔は完全にふさがっており、網膜剥離も治っている。視力も術後5日目で光覚弁から0.8と劇的に改善した。患者に付き添った母親は涙を流して喜んだ。患者自身ももちろん喜んだ。1か月もすれば、また野球もできるであろう。多くのスポーツ選手の網膜剥離を直している。深作眼科で初めから網膜剥離手術施行したスポーツ選手は皆現役復帰している。バックリング手術後ではもはや激しいスポーツには復帰できない。ボクシング、サッカー、体操、野球、テニス、競泳、飛び込み、柔道、レスリングなどの選手は、頭や眼にまた衝撃を受けるであろう。完全に治す深作眼科の手術法でなら良いが、バックリング法では再剥離する可能性が高く、現役生活は引退となることが多い。なぜなら、バックリング手術は網膜剥離の根本原因である眼の中の硝子体線維の牽引が残るからである。また、硝子体の混濁を除けず、網膜上に線維化が残り術後視力も悪いことが多い。

それでは、硝子体手術と言えば、すべて良いのか、これは違う。あくまでも世界最先端の硝子体手術を施行する設備と技術がある場合に、この硝子体手術が優れていることは真実である。実は、この硝子体手術で最先端の技術レベルにあることが必要なのが、最も難しい問題なのである。

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次の眼底写真を見てほしい。C県の36歳であるが、やはり打撲外傷の方である。違うのは、町のお医者さんに紹介されてC大学病院ですでに手術を受けてしまっていることである。この患者は20Gでの硝子体手術を受けていて、しかもシリコンオイルが入ったままで数か月が経っていた。水晶体はとられていて何もなかった。虹彩も切られてほとんどなかった。眼底はシリコンオイルの反射があり分かりにくかった。真ん中が浮いているように見えた。浮いているのにシリコンオイルを入れること自体がおかしいのだが、詳細が分からないので患者が大学病院のカルテを持参した。手術中のビデオからの写真があった。増殖カットしている写真が続いていた。患者がダメでもともとでも良いので手術してくれと懇願する。手術ではやや濁ったシリコンオイルをまずは除去した。なんと毒性の強いパーフルオロカーボンもかなり残っている。シリコンオイルを除去していき、思わず助手の医師に語った。「この患者、網膜が残っていないよ。」なんと、他院のカルテの写真で増殖膜をかじっているように見えたのは網膜そのものを除去していたのだ。出血があったのでわからなかったのであろうか。最終的にわずかに残った網膜の部分をくっつけた。術後は、光を感じるようになっただけだったが、患者は喜んでくれた。

他にも、30歳代女性で、網膜剥離手術後に治癒しないで眼球摘出をされた患者も来院した。反対眼にも網膜剥離があった。網膜レーザーを打たれ、それが多くの孔になっていたが、眼球と網膜が残っていたので深作眼科で手術をした。幸い1.2まで視力が改善した。患者は大喜びであるが、他院で眼球摘出された目はさすがに魔法使いではないので直せない。

網膜剥離は眼科外科手術施設では比較的多く出会う疾患である。

因みに、昨年度一年間でも深作眼科では網膜硝子体手術を1511例施行して、世界で最大の症例数を施行している。このうちで網膜剥離の手術件数は821例であった。

網膜剥離の手術は失明か見えるようになるかといった極端に白か黒かの結果となりやすい。

簡単に言えば、手術の腕がすべての分野である。当院で初めから手術した網膜剥離の患者の、現在までの治癒率実績は100%である。全員が治癒している。毎日、日本で最も難しい患者が殺到している施設であるので、今後も全員が治るかどうかは分からないが、今の実績を今後とも積み上げていきたいと、兜の尾を締めている。

しかし、深作眼科には他院ですでに何回も手術を受けた患者が多く来院する。最後の頼みと必死思いで、日本47都道府県のみならず海外からも多くの患者が来る。このすでに手を付けている患者が実は非常に困るのである。2〜3回の手術はざらで、8回も網膜剥離の手術をして治癒しないで、網膜がぼろぼろになってからくる患者もいる。

なぜ、患者は初回手術で治せる施設を選ばないのか。良くあるパターンは、町のお医者さんに、見えにくいとので診察を頼むと、網膜剥離が見つかる。すると、町のお医者さんは、大きな病院に紹介します、となる。これは決して悪気があるのではない。深作眼科は5000平米もある日本最大級の眼科専門施設だが、この大きな病院とは、大学病院や総合病院の眼科のことを示すことが多い。しかし、正確な情報を患者は持っているのだろうか?大学病院は、学校であるので、患者さんで勉強させてもらう必要がある。これは悪いことではなく、そのような施設であることを理解しない患者がある意味で悪い。総合病院は通常は大学の関連病院であるから、大学とほぼ同様に、患者さんで勉強する施設との意味合いが強い。

さらに、眼科は世界の中で、毎年毎年進歩するといった非常に進化が早い分野である。この為に、私が学会活動を主にしているアメリカドイツでは眼科外科医は医学の中で最も優秀な医師が切磋琢磨している分野なのである。ところが残念ながら日本では、言葉の問題もあり、また日本では眼科医を眼医者などと侮蔑語で呼んだり、マイナーな科(小さい分野の科)などと軽んじる傾向がある。一方でアメリカでは、眼科外科は外科のクイーンであると言われる。つまり最高の外科医の意味である。アメリカドイツでの網膜剥離の手術代金は日本の10倍以上もすることもあり、眼科外科医の収入は日本よりはるかに高く、その結果最も優秀な外科医が集まり、手術の技術も猛烈な勢いで進歩する。

この結果の典型例が、網膜剥離の手術方法に現れる。日本ではいまだに、網膜剥離の多くを、バックリング法というシリコンバンドやスポンジを眼球の外から縫い付けて凹みを作り、眼球に冷凍凝固を当てて、炎症によって網膜をつけようとする、1940年代開発の方法で手術施行する。これは結果的に一時的に落ち着くことはあっても、完全治癒とはならないし、硝子体中に炎症が飛ぶことで、網膜を痛め硝子体を濁らせる。先進国では専門家はバックリング法をほぼ施行しないで、洗練された硝子体手術で治す。では、なぜ硝子体手術ではなくバックリング法を初回手術で選ぶのか。答えを簡潔に言えば、最新式の硝子体手術を最高の技術で行うことができないからとしか言いようがない。いまだに、結膜を切って、古い20Gの方法で硝子体手術をするとか、新しい23Gや25Gであっても、ただ器具を使ったというだけで、技術が伴っていないのである。だいたいが、硝子体手術は水晶体を残せない方法で、若い患者の水晶体を残すに為に、バックリング方法が良いと、本当に信じて言う術者がいかに日本には多いことか。バックリング方法を行えば、当然、結膜は全周で切らなくてはならない。これでは23Gや25Gで行う意味など無くなる。この小切開無縫合硝子体手術の最大の利点は結膜をほとんど傷つけないことだからである。また、硝子体手術では水晶体を残せないで白内障手術を併用するなどと、本気で言われては困る。こんなことを世界の先進国で言えば大笑いされる。技術が高度であれば、硝子体手術で水晶体に全くダメージを起こさないで網膜剥離手術ができる。できなくてはならないし、できないなら、硝子体手術をしてはいけない。この高度な硝子体手術が無理なのでバックリング手術を採用した、というなら理解できるし、現実にはこれなのであろう。しかし、高度な最先端の硝子体手術のレベルに達していない状況を無視して、硝子体手術よりバックリングの手術を最初にやるべきなどと、世界に笑われることを、あたかも真実のように言うべきではない。患者が何よりも不幸である。

眼科外科医が同様に良い手術ができるなどとの幻想は患者も持っていないだろうが、想像以上に網膜剥離眼科手術の分野は、世界レベルの言い方で言えば、通常の日本のレベルよりもはるかに先行してきているのだ。毎日毎日、日本中から他院で手術をすでに受けて、治らないで失明の恐怖におののいて、藁をもつかむ思いで深作眼科に助けを求める患者のいかに多いことか。私の願いはただ一つ、患者を救いたいだけだ。私は患者を前にして、この患者が自分の家族や自分自身だったらどう判断するかと、患者への思いに身を心を入れ過ぎることが多い。深作眼科で初めから網膜剥離の手術を施行すれば必ず治っただろうと思われる患者が、もはやすでに手の施しようがなくなるほど網膜が痛めつけられているのを間の当たりにして、患者が気の毒で心が痛む思いを、毎日、日本中の患者を診て感じるのだ。

網膜剥離は必ず治る病気である。ただし、条件がある、速やかに、何も手を付けずに、深作眼科に急行してほしい。よく病院選択で、近くなので行ったとか、町のお医者さんに紹介されたので行ったと述べる方が多い。なぜ深作眼科に、日本の47都道府県から万遍なく患者が来るのか。理由はあえて言わない。患者も真剣に考えてほしい。世界最高の設備と技術で白内障緑内障、屈折矯正、などすべての分野で世界一の施設が、網膜剥離の手術を世界で最も多く施行しているのである。

これは決して宣伝ではない。日本人1億3千万人の、すべての患者は救えない。縁が無い人は救えない。でも、他で手術をして見え無くなって、がっかりして泣きそうになった顔で、何とか助けてほしいと来院する人がどれだけ多いことか。彼らが異口同音に深作眼科の存在を知らなかったのだという。世界中から患者が来院するのに、日本国内で知らない患者がいるのかと、患者が早く知りたかったと嘆く姿を見るのは大変につらいのだ。せめて、知らせてあげたい。それで来院しないなら縁が無いのであるから、これはもう仕方が無い。そこまでは自らの命を削ってまで救う対象ではない。初めから網膜剥離の手術をするならば、治せるだけでなく、手術後の視力など明らかに圧倒的に有利で良いこととなる。

このように見てくると、網膜剥離手術の成功は、いかに良い施設と手術を施行する最高の術者を見つけることが99.99%の理由であり、これを見つけられることは縁も含めた運があるとしか言いようがない。そこで、題名の”網膜剥離手術はある意味では運との出会い。”となることが理解されるであろう。

2012-05-18 2012年度ASCRS.アメリカ眼科学会で再び世界一位に

今年度は本当に多忙で、色々のことが始まり、ブログも書かなかった。

昨年末から、画家としての個展が続き、2度にわたり個展を開いた。美術雑誌に連載も始まった。「美術の窓」で、医学美学を融合した、「眼と脳がアートを創造(つくる)」をテーマに書いている。今までに、白内障モネ網膜症とドガ。硝子体出血とムンク。を6回にわたり連載を続け、読者からも非常に好評である。

さらに、1月末より、銀座5丁目の数寄屋橋交差点近くのSS85ビル10階で深作眼科銀座分院を開業した。日帰り手術施設だが、横浜楠木町本院にあるものとほぼ同様の手術設備がある。東京千葉の患者さんなどには通いやすい。

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そして、本年2012年ASCRS(アメリカ白内障屈折手術学会)で再び、世界第一位の栄誉に輝いた。実に19回目で世界最多の受賞である。深作眼科は白内障では世界で最も有名な施設であるが、網膜硝子体手術でも緑内障手術でも世界で最も進んだ最も有名な施設となっている。写真は授賞式のスピーチであり、約2千人の聴衆の前でやや長めのスピーチとなったが、拍手が鳴り止まなかった。

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学会会長とツーショットであった。会長からは、次回の国際眼科学会での特別講演の依頼を受けた。日本人でありながら、国際眼科学会で常に賞を受け、特別講演を依頼されることで分かるように、深作眼科のレベルは世界でも突出して優れている。その特別な存在であることが、今期あの受賞で紹介された。それに応えるように日本を代表して昨年の大震災への世界各国からの援助にもお礼の言葉を述べた。もちろん、ユーモアを必ず入れて、受賞スピーチは大変に好評であった。

銀座にHFGギャラリーを出した直ぐ後に、横浜の2番目の画廊として、FEI Art Museum Yokohamaを作った。横浜はもちろん日本でも最大級の画廊である。眼科では既に世界の頂点を極めているが、いつの日か、画家としても世界の頂点を極めてみたいものだ。画家も単なる絵描きではなく、哲学を持った表現者である必要がある。その為にも高い教養が非常に重要である。現代美術教育で最も欠けているのは、この教養の高さでは無かろうか?芸術は突き詰めると一つの哲学であり文化である。文学や音楽と表現方法が違うだけで、目的は同様であろう。

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これは個展開催中に出した100号の油彩である。モロッコの風景である。モロッコのような敬虔なイスラム教徒の中では人への施しの喜捨は宗教上の正しい行いである。路上の老人は乞食であるが、決して自分からは施しを要求しない。むしろ、京都で見る雲水のごとく、道を歩く婦人に喜捨のチャンスを与えている聖人のごとき風格さえ持っている。通り過ぎた婦人がふと振り返り宗教上の喜捨をすべきかどうかと迷っている瞬間である。そこに、普遍的な宗教空間を感じてその瞬間を留めようと思った。

2011-11-01 網膜剥離

この朱色の手術風景は、プロ画家でもある、私の、S100号の油彩大作作品である。冷静な気持ちの中で、困難な病気の患者を何とか助けたいと、極端に集中した熱い気持ちを、絵の中に表している。毎日毎日、燃える使命感で、多くの人々を、眼の病から救ってやりたいと、文字通り命がけで頑張っている。

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近年網膜剥離患者の手術が激増した。初めから深作眼科にきて網膜剥離の手術を受ける患者は幸せである。なぜなら、今まで100%の患者が治っている実績がある。しかし、半数は残念ながら他院で手術を既に受けてきて、治らずに来院した患者である。これが、実に苦労することとなる。中には大学病院で8回も網膜剥離手術を受けて直らずに、深作眼科を受診して助けてほしいと来院する患者もいた。今や、日本中はもちろん世界中から網膜剥離の患者が殺到する。2回や3回の手術を受けて治らないで、苦悩の果てに、深作眼科に最後の頼みとして来る患者が多いが、これが実に困ることになる。誰が、私がである。私が断れば、世界のどこでも治せないのは分かっている。であるから、どんなに困難でも引き受けてしまう。ほとんどの困難な症例は、練習病院である大学病院での手術を受けた患者である。うまい手術を受けた患者なら、仮に追加手術が必要でも、ちょっとした工夫で治せる事が多い。しかし、経験の少ない大学病院の術者による手術では、頭をひねってしまう難しい状況に追い込まれていることがほとんである。大学病院は初心者を教育する教育病院であるから必要悪とは思うが、患者の大部分は実質が練習台になることを理解していない。もちろん大学病院でも優れた術者もいる。しかし、大学は学校であるから、基本的には手術の練習をするのに決まっているのである。しかも、予算が厳しいので、通常は手術機械も最新の物は備えるのは難しい。

私はアメリカの国際眼科学会から帰国したばかりである。毎年、学会で最高賞など受賞している。常に、世界最高のレベルを保つために、世界の誰よりも努力している。隣は、アメリカ眼科学会の会長であるが、私の国際学会での実績から、アジア太平洋地域から初めてアメリカの国際学会での理事として呼ばれた。世界の中で戦うのは、日本での競争とは次元が違うトップ競争である。その競争から得た、世界最高の眼科手術技術と設備による世界トップの眼科手術を、日本人の同胞を救うのに役立てたい。

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深作眼科での良い手術成績が日本中で評判になっている為に、網膜剥離だけに限定しても、難しい患者が多く来院し、毎週毎週20件程度の網膜剥離手術を施行している。深作眼科の手術件数は年間約一万件であるので、それから比べれは一千件程度の全体の一割と思うかもしれないが、他所で手を付けて上手くいかなっかた症例が沢山来るので、頭が痛くなるような困難な例が半分である。

また、最近はスポーツ選手の網膜剥離手術を施行することが増えた。例えば、ボクシングの選手や体操の選手。飛び込みの選手、サッカー選手、格闘技の選手、テニス選手などである。中にはゴルフでボールが目に当たり眼球が割れてしまった網膜剥離などもある。これらの難しい例でも、初めから深作眼科に来た方は深作眼科の世界最高の硝子体手術によって、全例が治っている。問題は何度も言うが他院で手術をした、治っていない症例である。このような困った症例が毎日毎日5から10例ほどは来る。

例えば、ボクシングの選手は顔面を打ち合うために、むき出しの臓器である眼球に直接障害が及びかねない。非常に網膜剥離の起きやすいスポーツである。後で述べるAも、網膜剥離を起こし、大学病院で手術を受けた。しかし、大学病院は基礎的な手術を練習する施設であり、今や先進国のトップの外科医ではまず行わない1940年代に開発された古い方法の、シリコンバンドを眼球に巻きつけるバックリング法を行うことが多い。外側からシリコンバンドで眼球を締め付けることで、硝子体線維が網膜を引いている力を弱めて、網膜を復位しようとする方法である。しかし、網膜剥離の根本原因の硝子体線維は残ったままなので、本質的な意味では治癒しない。一時的に落ち着いた状態を作るに過ぎない。根本原因が治らないので、ボクシングなどで眼に衝撃を受ければ、硝子体線維が多きく揺れることで網膜を引き、再び網膜剥離を引き起こしかねない。つまり、不完全なバックリング法後の眼ではボクシングやサッカー体操競技、飛び込み競技、格闘技などを再開すると網膜剥離の再発が怖くて、もはや競技が出来なくなる。プロでは仕事を失いかねない。

この網膜剥離術後に激しい運動が出来ないと眼科医から聞くことがあろう。しかし、これは全く間違っている。根本的な治療法ではない、シリコン・バックリング法が問題である。勘違いをしてはいけない。後で述べる、世界最先端の極小切開硝子体手術を受けなくてはならない。ただ、この硝子体手術での最先端の手術法は技術的に難しい面も多いので、目安として、少なくとも5,000例以上の手術経験があり、眼科先進国ドイツアメリカなどで専門医となったような眼科外科医による手術を受けた場合は、根本的な網膜剥離の問題を原因も全て含め治しているので、網膜剥離の再発はまず無い。よって競技スポーツには復帰できる。この手術方法の差について知らないで、網膜剥離手術後に激しい運動ができないなどと思い込まないでほしい。真実は全く違うのである。

もちろん、この硝子体手術を5,000例以上経験が無い眼科外科医からの硝子体手術は大きなリスクがある。硝子体手術は難しいのである。もちろん、誰でも最高の硝子体手術が出来るわけでは無いのだ。基礎手術教育の大学病院では、難しい硝子体手術で失敗するよりも、より単純なバックリング法のほうが成功率が高く安全である、と考えても不思議ではない。しかし、今述べたのは、プロスポーツの選手が現役復帰が出来るかどうかの話である。手術後に激しいスポーツをしないで済むお仕事の方は、別にバックリング法でも問題ないであろう。なぜならば現実に5,000例以上硝子体手術を経験している眼科外科医は、多くは無いのが現実だから。当院は年間約10,000件の眼科手術を施行している。日本ではもちろん最も多い。それでも日本人1億3千万人全ては救えない。物理的に不可能である。だから、ここは、プロスポーツ選手を何とか救って、世界を切り開いてやろう、との話と思ってほしい。

ずっと昔にあった、ある例を述べよう。彼はA君という、プロのボクシング選手を治療したことがある。Aは、将来を嘱望された有望な選手であった。それが、激しい打ち合いで網膜剥離となった。これに対して、残念ながら、彼も、大学病院でこのバックリング法を施行され、しかも2度もされていて成功せずに、視力が出なくなっていた。もはや発症から数ヶ月経っていて視力も出ないために、本人も引退を決意したわけであった。しかし、Aはそれでもあきらめずに、日本で最も手術の成績の良い眼科はどこかと調査して、深作眼科を紹介された。

当院での初診時には、大学病院で2回手術されていた眼は、旧式のバックリング式手術を施行されていたが、網膜は剥がれたままで、網膜上に増殖膜変化が強くあった。視力など出るわけが無い。しかし、大学病院からは、本人に対して、治っていると、言い続けられていた。しかし、治っていないので、徐々に本人は視力が無くなり、引退まで覚悟するほど追い詰められていた。不安な気持ちで、深作眼科に藁をもすがる思いで来院したのだ。

実際の初診時の所見は、網膜は、はがれたままで、かなりいじくられた網膜は増殖膜が強く張っていた為に、視力は0.1未満であった。最新の網膜断層撮影装置画像を本人に示し、網膜剥離が治っていないことを説明し本人も理解した。さらに困ったことに、しかも、反対の眼も網膜剥離があった。こちらは見落としていたのか、何も説明されておらず、ほったらかしであった。

Aは、気の優しそうな好青年であった。小さなやや高い声で、裸眼で0.3以上無いとプロの試合ができない、ということであった。このままでは、左目は失明し、右目も同じく低下してしまう。そもそも旧式のバックリング方法は眼に衝撃の加わる人には向いていない。なぜなら、衝撃を受けて、眼の中の硝子体線維が揺れる。硝子体線維が網膜に付着している為に、揺れた硝子体線維は網膜を引っ張り、網膜を引き破き、再び網膜剥離が起こる危険性があるからだ。バックリング手術後の網膜では、その後は激しいスポーツはできなくなる。

それならどうするか。要は先ほどより述べた、世界最先端の技術である、注意深い硝子体手術を施行することが重要である。衝撃が来ても問題ないように、増殖性の硝子体線維を除去して、剥がれた網膜を完全に付けて治し、網膜の孔を完全に閉鎖すれば良い。こうすれば、ボクシングの試合だろうが、体操の選手で頭から落ちようが、網膜剥離は起きないし、完全に治せる。これは、実際に私が多くの若いスポーツ選手、特にボクシング、格闘技、体操選手、サッカー選手、飛び込み選手などの網膜剥離を数多く手術し、再発した人がいない、完全治癒して競技スポーツも続けられることを、深作眼科での10万件以上の手術実績で証明しているから言えることである。

Aは大学病院で2回手術して、治癒せずに半年もたっている、という条件の悪さはあったが、私が断れば、選手生命を絶たれることは分かっていたので、手術を引き受けた。即座に、まずは視力が極端に悪い、すでに大学病院で手をつけてしまった眼から緊急手術をした。Aはやはりスポーツ選手であり、硝子体手術後の治療のSF6ガスを入れた後の、うつ伏せ体位をしっかり守った。そして、視力も何とか0.1未満から術後には0.8まで回復した。はがれたまま時間が経っていたので、増殖膜を処置するのは非常に困難であったが、奇跡的に回復できた。さらに、見落とされていた反対眼の網膜剥離を手術した。むしろ幸いに、大学病院で手をつけていなかったために、深作眼科で初めから手術できたので、手術も楽で、空気置換だけで完全に治り、1週間という短期間で治癒し、視力も1.2も出た。

当院では網膜剥離も、0.7ミリという極小切開のトンネルでの無縫合硝子体手術と空気かSF6ガス置換で直す。よって、ほとんど切らないこともあり、驚くほどの速さで回復する。

今まで、他院では不安な説明しか受けていなかったAが、私が、治りましたよと説明すると、実際に良い視力を回復できていたので、実にうれしそうな顔で笑顔を見せていたのが印象的であった。そして、Aは、短期間でボクシング選手として復帰していった。そして、再起をかけ、日本選手権チャンピオンになり、さらには世界チャンピオンにもなった。試合の後に眼をチェックしたが、網膜は完全に治っており、異常は出なくなった。その後、Aは再診しないが、もはや不安も無くなり、自分の世界で頑張っているのであろう。私に助けてもらったのを、もっと感謝しても良いのにと、やや不快にも思ったが、色々とあったのかもしれない。昔の話である。

僕が世界最高の技術の眼科外科医になろうと、昔、欧米の世界トップの医師や施設で研修を何年も繰り返し、今はそこで欧米の医師に手術を教える立場にある。今や世界の誰にも負けない眼科手術を提供できることを誇りに思う。何人ものプロスポーツ選手の眼を助け、いくつものプロの世界チャンピオンを生み出す手助けが出来たことは幸運に思う。

いかなるスポーツでも、頭や眼に衝撃をきたすスポーツには網膜剥離がつき物である。かなり以前に、ボクシングのT選手が網膜剥離で引退という報道があったような記憶がある。これも、旧式のバックリング法を受けていたようだが、バックリング法ではなく、当院での完全な世界最先端の極小切開での硝子体手術を受ければ、完全に網膜剥離は治り、プロ選手として復帰できた可能性はある。

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近年は網膜剥離を全て直す施設として評判が高まったせいか、ますます日本中や世界中から患者が来院する。当院は年間1万件近くの数々の手術を施行する。その中で、網膜剥離だけでさえ、毎週20件ほどの網膜剥離硝子体手術を施行して、全て直している。間違いなく、日本で最も多くの網膜剥離手術を施行し、世界で最も網膜剥離の治癒率が高い施設となった。他院で何回も手をつけてくる患者が多いが、できるならば変に手をつけないで、初めから直ぐに来てほしい。網膜剥離は全く怖くない。ただし、症状が出たら他でいじくらないで、直ぐに深作眼科に来院して、直ぐに深作眼科の世界最高の硝子体手術を受けるならば、という条件がつくが。

もしも、網膜剥離で困っている方がいたら、できるだけ早く手をつけないで、当院に受診しなさい、と勧めてやって頂きたい。もちろん、白内障など他の症状があれば、これも世界最高の技術と設備の深作眼科なら、世界最高の結果を出すので、他の眼科の病気も全く問題はない。

2011-10-30 新国立美術館

昨晩、アメリカフロリダで開催された世界中から約5万人も集まる、眼科アカデミー学会から、帰国した。私は日本人で最初のアチーブメントアカデミー会員として、世界の最先端の眼科知識と技術を討論しあう学会で毎年発表する。

しかし、日本を留守にするとせっかくの機会を逃すことがある。

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学会に出かける前には、本年度も私が入選し、130号Fサイズの私の油絵大作を展示していた独立美術協会展を新国立美術館でやっていた。ご覧になった方も多いかもしれない。二足のわらじとも言われるが、もともと油彩は6歳から始め、世界中の美術館や画廊を知っている眼からすれば、すでにプロの領域にあった。これを現在名実共にプロ画家として頑張っている。願わくば、眼科外科医として世界トップの評価を得て、アメリカ眼科学会の理事や眼科殿堂選考委員などで世界の中心にいるように、画家としても世界最高の高みまで上り詰めたいものだ。

2011-06-23 青年は荒野を目指す

f:id:fukasaku:20110115070251j:image:w640『光を!光を。開眼手術』深作秀春、作画、油彩、100F

僕が高校生の頃だったか、五木寛之さんの同様な題名の紀行小説があった。シベリヤ鉄道でヨーロッパに行きフィンランドのホテルに泊まり、そこでの恋愛などが描かれてもいた。

これは後日初めての海外旅行の時であった。僕が医科大学の5年生の夏休み時に、2ヶ月間有効のユーレルパスを使い、列車でヨーロッパを回ったときに、フィンランドで小説と同じホテルに泊まった。街のディスコに行き、そこに来ていた若い連中と酒を飲みながら盛り上がった。中でも特別に可愛い金髪の女の子と気があって仲良しになった。僕は航空大学から医学部に入った為に、もはや26歳であった。しかし、日本人は若く見えるらしく23歳ぐらいにしておいた。これはまるで小説のようなロマンスが生まれたと思った。彼女と熱気のこもるディスコを出て、外へ行こうかと、大人びた美人の彼女に何気なく年を聞いた。すると彼女は15歳と言う。え?と振り返り彼女を見た。その妖艶な唇と形の良い鼻筋の横顔には、透き通るような白い肌の上に、幼い年齢を示す金髪の産毛があった。今とは違う昔の話しである。海外に行くのが憧れだった時代に、僕の恋愛話は海外で起きた。15歳が大人びて見えたのは、西洋へのコンプレックスが有った為か。彼女は僕を好きだと言った。しかし、15歳相手では、さすがにそれ以上の恋愛にはならなかった。外に出ると、酔った顔にフィンランドヘルシンキの夜の風は夏とは言え冷たく、頭はさえて来ていた。しかし、自分の心は熱く高まっていて、僕はこのとき、世界で羽ばたいてやろう、世界に我有り、と西洋世界でも一目置かれる存在になるのだと、妙に強く確信を抱いていた。

また、当時はやっていたフォークグループが、青年は荒野を目指す、との題でヒット曲を作っていた。今でも覚えている。一人で行くんだ幸せに背を向けて、さらば恋人よ、さらば友よ、青年は荒野を荒野を目指す。挑戦し続けるのは青春の特権であるが、挑戦する青春は、若い年の問題ではなく、精神の問題なのであろう。

思い起こせば、僕はこの年になっても、気質や美意識が昔と全く変わらないことに驚く。今でも、青年は荒野を目指す、との気持ちが渦巻く。つまり、常に何かに挑戦し続けているのだ。

高校を出てからパイロットになり、しかし、当時の不景気世相から日本航空へのパイロット就職が閉ざされて方向転換を迫られた。まさか、近年日本航空が破産するとは、人生とは分からないものでもある。パイロットの道を変更し、この為に学費の安い国立大学の医学部に入りなおした。父親が定年退職となったので授業料免除となり、また自分の生活費と学費全てを自活して稼ぎ勉学した。学費稼ぎが教師とともに、商業デザインで一枚につき5万円をもらってデザインした。当時大卒が10万円ほどの月給なのに、月に18万円ほど稼ぎ、休みごとに海外に行けた。これは自らの目を海外に向ける契機でもあった。卒業後の外科医から手先が器用なので眼科医に変わり、眼科の一番の研修先としてアメリカに渡った。眼科医になってからは、世界一の眼科外科医になりたいと、世界中で修行を繰り返した。世界の眼科学会で発表を繰り返し、多くの新しい手術方法などで、国際眼科学会で眼科のアカデミー賞と呼ばれる、最高賞を世界最多の18回も連続受賞して、アメリカ眼科学会のアカデミー基幹会員となり、理事までになった。その後、世界で得たこの最高の技術を、日本の同胞を救う為に、日本最大最高の眼科病院を出身地の横浜西口に作った。これが現在の深作眼科楠町本院である。

こうして、今は何を挑戦しているのか。この写真は実は僕が描いた、100F号の大きな油絵である。僕は今や3番目のプロの生き方として、プロ画家となっている。プロ画家の団体である、日本美術家連盟のれっきとした会員である。実は絵画暦は古く、6歳から油絵を開始しているので、一朝一夕で始めた趣味の世界では無いのである。この世界でピカソを超えてやろうとしている。大作もここ三年で30枚ほど描き、小品は300点ほど描いた。夜中と週末に描いている。このため睡眠時間はさらに短くなり平均3から4時間ほどである。睡眠も仕事も極端に集中して行っている。最近、画廊で個展を開いた。16点の購入があったが、最近の不景気の中では驚異的な人気作家誕生である。

2011-05-20 Never Ever Give Up、(決して絶対にあきらめない)

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3月11日の東日本大震災は今日でも多くの傷跡と後遺症を残している。

毎日の診療と手術件数が日々増えていることからブログを書き込めなかったこともあるが、大震災後の不安な心理を僕自身も感じていることもブログの遅れている理由でもある。

福島を中心に今でも原子炉からの放射能汚染や東北や北関東地震余震で苦しんでいる。そんな中で、避難している南相馬町の患者さんを初め多くの福島からの患者さんなど、多くの患者さんが来院してくれている。彼らは避難地から不自由な交通手段を乗り継いで、深作眼科に来院してくれている。

多くの外国人が地震や放射能汚染を恐れて日本を離れている。そんな中でも、海外からの眼科治療を求めて来院する患者さんはいる。また、深作眼科の世界最高の技術を習おうと海外の眼科医が研修に訪れている。

この女医さんはスペインカナリア諸島からわざわざ研修しに深作眼科に来ている。彼女は私がドイツで発表した内容や手術手技に感動してぜひ研修したいと来院している。非常に熱心な眼科医師であり、特に私の行っている網膜硝子体手術を習得したいと熱心である。

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深作眼科の硝子体手術は現在世界で最も進んだドイツ式の方法であり、BIOM4で網膜を全て観察して、23Gの極小切開でのトンネルから手術を施行する。網膜剥離の治癒率は100%であり、世界でも稀に見る好成績である。日本では網膜剥離レーザーやバックリングの方法で行う二世代前の方法で行われることが多い。これでは根本的な治癒は望めない。世界最先端の硝子体手術方法を行うべきである。しかし、これはかなり高度な技術と非常に高価な最高機種の手術機械を必要とする。私はドイツで硝子体手術の技術を習得し専門医となった為に、ドイツの最も進んだ施設と同等以上の成績を上げている。

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日本では北は北海道、南は沖縄と全国から患者さんが殺到する。そればかりか、世界から多くの患者さんが来院される。この患者さんはロシアの病院でもはや治療ができないと宣告されて、深作眼科に来院した患者である。隣のお母さんが患者で、先天奇形の小眼球症であり、白内障虹彩欠損網膜欠損など非常に難しい患者であった。しかし、幸いなことに私の手術で視力を回復して、家族中の笑顔満点で帰国して行った。

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この患者さんは中国の少数民族ウイグル族で、中国新疆ウイグル自治区ウルムチから来院した。最近は中国からの患者がとても増えたが、この患者は中国国内では原因も治療法もわからず失明の恐怖の中にあった。しかし、多くの方の協力で日本の深作眼科を知り、ビザをやっと取得して来日した。幸いに、ブドウ膜炎を原因とする白内障網膜硝子体の問題であり、手術で完治した。

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大震災の後ではあったが、国際眼科学会のためにアメリカに向かった。白内障によって人間の色覚が大きく変わることを科学的に解明した発表である。

このモネ睡蓮の絵はアメリカ近代美術館MOMAの一番人気の絵画である。近代は抽象画全盛となったが、やはり、モネの描く睡蓮の絵のようなほっとできる絵画に人々は安らぎを得るようである。

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その20年後の80歳代のモネの絵を見ると、形は不明確で色は茶褐色となっている。この原因がモネを苦しめた重度の白内障である。白内障になると水晶体がオレンジ色味を持ち、まずは暗い青色を黒と感じるようになる。また進むと暗い緑色も黒色と勘違いする。全ての形は曖昧になる。これらを科学的、医学的に考察して教育的発表を行った。幸なことに、学会で最も参考になった良い発表と選ばれた。

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近年は毎日、30から40症例の網膜硝子体手術を中心としてさらに白内障緑内障を手術している。患者が殺到しているので朝から夜中まで働いている。しかし、特に夜行バスなどを乗り継いで東北の被災地から続々と来院する患者達を救うことで、私もこの大震災を共通の認識として感じている。

我々は決してあきらめてはならない。最高の医療を彼らに施行するために、いつも、”Never , ever, give up” と心の中で唱えながら粉骨砕身、人々のために働いている毎日である。

2010-09-01 GOETHE、細川護煕、佐々木豊

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幻冬舎発刊でGOETHE(ゲーテ)という雑誌がある。仕事と人生を楽しんだ文豪ゲーテに因んだ名前だという。10月号での眼科の多焦点眼内レンズ移植術について取材したいとの連絡があった。ついては患者さんで著名な方との対談をお願いしたいとあった。著名な方の患者さんは多いが、日ごろより敬愛する日本を代表する文化人である細川護熙さんにお願いした。近年特に陶芸作家などでの芸術家としてだけでなく、細川家18代当主で79代総理大臣などの経歴から文化や歴史についての著書も多く講演や取材で非常に多忙な方であるが、深作眼科の関係ならと快く引き受けていただけた。

ホテルオークラで会見場が設定されて、写真撮影や対談を行った。細川さんは知れば知るほど日本の文化人の奥深さを知るし、また細川家700年の血統が生んだ良い意味での貴種とはこういうものかと感じ入る。武家の頭領であるが同時に文化の庇護推進者の伝統を体現している。

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細川さんは若々しいが、白内障による視力障害が通常の年齢変化に伴って起こってきた。白内障には誰でもなるので、皺のように当たり前の変化であるが、視力低下は生活の質を著しく低下させる。多くの人はまずは近所の眼科にかかり、そこから紹介で大学病院や総合病院に行く方が多いのではないか?そして、日本で通常行われる眼の上からの切開で白内障を取り除き、単焦点レンズを移植することとなる。手術後にメガネを合わせ、最大で0.8ぐらいの視力が出て、まあこんなものかと終わることとなる。しかし、細川さんの凄いところは、けっして軽はずみに病院を決めていない。まして、近くの眼科にとりあえずいって診てもらおうとはしない。細川さんの人脈を駆使して、日本でいやおそらく世界で最も良い病院はどこかと調べたはずである。手術を含む治療で大切なのは、どこで誰によって手術を受けることで、これに正しい判断を下すことが治療の99%である。つまり多くの患者は最も重要な誰に手術を受けるかという99%の治療をおろそかにしているのである。あとの1%は近くの病院とか、職員が親切とか本質にあまり関係が少ないことである。単純に言えば、眼科は外科の特殊な微細技術を持った超専門家であり、腕が全ての結果を決める為に、患者は最高の技術を持つ眼科外科医に手術を依頼することが、眼科疾患の治療の全てである。

細川さんなどの凄みはこの情報が実に正確であることである。深作眼科が世界最高の技術と設備、実績を持つ眼科施設であることを熟知していて、完全に治療を任せたことである。近年の患者は非常に怖がりになっている。この眼の手術を受けることは怖いであろうから、最近は基本的に手術中は眠らせるようにしている。しかし、細川さんは全く怖がっている感じがなかった。後でお尋ねすると、完全に信頼していたので、全く恐怖感は無かったとのことであった。普段はこんな穏やかな人はいないと感じ入るのであるが、手術中の冷静沈着振りは、全く豪胆な武家の頭領の血を受け継いでいる方だと感じた。

細川さんは私が白内障手術を施行し、多焦点レンズを移植した。多焦点レンズは、外から来る物からの反射の光を分ける性質がある。単純に言えば、遠くと近くからの両方の光に焦点が合うように作られている。この焦点の合った光が眼の網膜に届き、電気信号に変換されて脳に伝わる。脳の後ろの部分でその電気信号を過去の記憶と照合しながら認識し、物が何であるかを知る。これが物を見るという行為である。細川さんは常に遠くと近くの物からの光情報に焦点が合うために、遠くと近くの物をいつもピントが合った状態で見えている。この情報から必要な情報を脳が選んで今は遠くを見ている、とか今は近くを見ているとかを意識することとなる。人間の目はあくまでも光を電気信号にかえる受容器と変換機でしかない。見るのはあくまでも脳である。最近注目される3D立体テレビであるが、あれは右の目の受容器からの電気情報と左目からの光の電気情報とを別々に与えて、その電気情報を脳に伝え、脳が過去の情報と比較解釈して、テレビ画面が立体的であると解釈するのである。つまり脳が見ることの主体であることの身近な例である。

大切なのは、この多焦点レンズを移植したならば、遠くと近くが見えるようになるのかとの一般論である。単純に言おう。決め手は手術の腕である。通常の白内障の方法では、多焦点レンズ手術後に、むしろ近くも遠くも見えなくなる恐れが多く、実際に他院で手術を受けた多焦点レンズ移植後の患者で、視力が著しく悪い患者が助けを求めて来院する例が増えた。ゲーテの取材でも簡単に述べたが、白内障手術のレベルが超上級者のレベルでなくては良い結果は出ない。CCCとよぶカプセルの窓だが、完全に正円で、ど真ん中に、しかもレンズにわずかに辺縁が架かる直径5.5ミリの正円窓のCCCを作らなくてはならない。白内障手術の終了直前のカプセルの裏面に、薄く残る皮質のかすを完全に取り除き、クリーニングをしなくてはならない。これは完全に上級者のみができることである。他院での多くの手術では、カプセルのクリーニングが不完全である。もうぴかぴかに磨かなくてはならない。もちろん、その他の小切開とか洗練された超音波白内障手術とかは当たり前のことではある。多焦点レンズの度数の誤差はなくさなくてはならない。また乱視もほとんどなくす。もしも、必要なら手術後に残った乱視は、LASIKで完全に除去できる。

このような経過を経て、細川さんのように手術後に裸眼で1.5という視力が得られる。細川さんは遠くも近くも完璧に見えるのである。深作眼科では普通の世界であるが、これは全て完璧な白内障手術の技術によって得られる成果である。現実には日本の他院で、有名な病院でも多焦点レンズを移植して、手術後の視力が悪くて、深作眼科に助けを求めに来る人が後を絶たない。多焦点レンズ手術に必要な高度な技術には、従来の単焦点レンズ手術でよい視力を得られるレベルの手術では不足である。本当に良い視力を得たいのならば、実績数10万件を超え、多焦点レンズの使用例が、世界的に見ても、もちろん日本では例外的に多い、深作眼科で手術を受けるべきである。初めから深作眼科で多焦点レンズ白内障手術を受けた方々がいかに喜んでいるか、また他院で既に手術を終了してあり早く、深作眼科を早く知りたかったと非常な落胆振りを示す患者のいかに未だに多いことか。私はできるだけ多くの人に最高の視力を取り戻し、幸せな人生を手助けしたいと思う。一人でも多くの方が、細川さんのような賢明な選択をされんことを切に祈っている。

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最近、深作眼科の一階に画廊を開いた。人気プロ画家の企画展を連続して開いている。今回は著名な佐々木豊さんの個展を開催している。大作を多く含め、30数点を出されている。小品は画廊専用のスペースで、大作はロビーとレストラン伽羅などを使い展示している。今日はギャラリートークとパーティーを行った。

基本的には患者さんとその家族に美を堪能してほしいと設営したが、今日はとくに美術のみを目的に来館された方が多かった。数百人で各会場はごった返していたが、どの顔も佐々木豊さんの魅力溢れる各年代の、傑作を見ながら喜んでいただけたようだ。

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大作が多い中で、ひとつ面白い作品がある。『二束の草鞋、ドクターF』だ。これは佐々木豊さんの説明で知ったが、ヌードを描きたいので、設定は産婦人科医が診察している傍らで絵筆を振るっているが、どうやら『ドクターF』とは僕のことであるそうだ。いずれ、僕の画業を自らの個展で世に問いたいと思う。絵画でも眼科外科医と同様に、日本人で初めての世界最高の境地にたどり着きたい、とは願っていて、努力をしたい。

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佐々木豊さんのファンと同時に、多くの著名な画家もパーティーにいらした。佐々木さんの左は僕も会員である日本美術家連盟の理事長で、二紀会理事長、芸術院会員でもある山本貞さんだ。他にも入江観さんとか多くの芸術家、また日本一画廊主の吉井長三さん、日動画廊など多くの画廊関係者などがいらした。佐々木豊人気とともに、最近元気が無い日本の文化活動に活を入れるべく、新しい美の発信地が誕生したことを喜んでいただけたようだ。

ぜひ一人でも多くの方々が、深作眼科で視力を取り戻し、またその良い視力で1階の画廊を訪ね、まずは美しい美術を鑑賞することで、心の栄養を得ていただきたいものである。