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福耳コラム このページをアンテナに追加 RSSフィード


希望とは、あるともいえないし、ないともいえない。 それは道のようなものである。
地上にもともと道はない。 歩く人が多くなれば、それが道なのだ。

<魯迅 「故郷」>

しかし、そのとき、はじめて人は気づくのである。
すべて奪われても、なお、自分が最後の一線で渾身の力をふるってふみとどまれば、
万人に平等に与えられている唯一の、そして本当の武器がなお残っていること。
それは言葉である。もうそれしかない。だが、自分で捨てない限り、これだけはだれも奪うことはできない。

<山本七平 「私の中の日本軍」>

神様を信じる強さを僕に 生きることをあきらめてしまわぬように
にぎやかな場所でかかりつづける音楽に 僕はずっと耳を傾けている

<小沢健二 「天使たちのシーン」>

2011-12-30-Fri

ボランティアじゃいけないの?

むかし某掲示板でこんな書き込みがあったそうで...。

41 :就職戦線異状名無しさん :2006/03/10(金) 01:09:12

『働く理由は?』
「社会貢献したいから」
『ボランティアじゃいけないの?(・∀・)ニヤニヤ』

素で困りました。

これは聞く企業の側がよっぽど正論。ビジネスは結果として社会貢献にもちろんなるが*1、そのために営利事業を行っているわけではない。「生計を立てる」ということを教育プロセスで馬鹿にして教えるからこういうことになる。

ビジネス(営利事業)でこそ出来る社会貢献と、ビジネスでも非営利事業でも出来る社会貢献と、非営利事業だからこそ出来る社会貢献、それぞれどう違って、そのどれかをどういう理由でやりたい、というなら、こちらはとことん議論に応じるつもりですが、多くの若い人はただなんかよさげな「自己アピール」をする言葉のつもりで口にする。社会にもビジネスにもボランティアにもちょっと失礼ですよ。

時には「自分がやっていることは生計が立たない」ことを自慢にしている人文系の人までいたりしてね...。*2

まず「お金を払ってもらえる、」、ひいては「元が取れる」ということがどんなに偉大なことか、経営学も産業研究もちゃんといわなきゃいけない。いわなくてもわかるだろ、と昔は思っていてそれでよかったんだけど、この数年でだんだんそうはいかなくなってきた、そういう時代の変化をちゃんと見たいもんです。もちろん自戒を込めて。

もちろん、「元が取れないのがなんだ!」という言い分もありですよ。それならそれでその言い分をちゃんと深めなきゃ。

皆様よいお年を。110901

*1:そうでなければお客様がお金を払ってくれるわけがない

*2:人文系とは限らないが。

chuukyuuchuukyuu 2012/01/02 08:59 ネット社会で、多くの人が発言者(?)になっています。他人には無価値どころか迷惑な発言すらかいま見られます。
そんなとき、タダの発言だっていくらかの人には有価値ってことを悟らせるのもありか、ともおもっています。
しかし、知識はタダ---と心得ている若者がふえるのは困ったものでもあります。

fuku33fuku33 2012/01/02 14:10 >西尾先生
価値の有無と価格の有無はまた違いますものね。生計の手段として、価格がつくことは偉大ですし、それはなくても誰かの役に立つ、価値がつくということも偉大ですね。問題は、本来価格がつく品質のものもあるのに、安易に価格ゼロの錯覚を持っていたり、価値がゼロのものも価値があると思っていたり。価値の主観性を見えにくくする近代工業的価値観の教育の弊害もあると思います。

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