希望とは、あるともいえないし、ないともいえない。 それは道のようなものである。
地上にもともと道はない。 歩く人が多くなれば、それが道なのだ。
<魯迅 「故郷」>
しかし、そのとき、はじめて人は気づくのである。
すべて奪われても、なお、自分が最後の一線で渾身の力をふるってふみとどまれば、
万人に平等に与えられている唯一の、そして本当の武器がなお残っていること。
それは言葉である。もうそれしかない。だが、自分で捨てない限り、これだけはだれも奪うことはできない。
<山本七平 「私の中の日本軍」>
神様を信じる強さを僕に 生きることをあきらめてしまわぬように
にぎやかな場所でかかりつづける音楽に 僕はずっと耳を傾けている
<小沢健二 「天使たちのシーン」>
2012-01-07-Sat
高齢者とゲームセンター
そういえばときどきゲームセンターの中を見て回ったりするのですが、ご年配の方がメダルゲームをやっていらっしゃるのが非常に多いですね。むかしは中高生が詰めかけるものでしたが、いまはプリクラとクレーンゲームのフロアーと格闘ゲームのコーナーとカードバトルやオンライン麻雀のコーナーで面白いほど客層がくっきり分かれている。そしてやはりご年配の方が際だって増えているように思います。
メダル落としだけじゃつまらないですから、ご年配の方が単に時間つぶしだけでなくって新しい人生の可能性が開けるようなゲームを開発して欲しいですね。なんかないかな。むかしはその年齢の方は囲碁将棋をされるものだったけれど、あれらは、強弱のメリハリがつきすぎる。弱い人が年取ってから強くなるのも困難で、挑戦する気も起きにくいでしょう。僕は年輩の方は、むしろネトゲにはまる可能性があるのではと思います。
あの方たちが勝ち負けは余り気にしていない、ように見えるのは錯覚ではないかと思うのです。つまり気にしないタイプだけが碁打ち将棋指しコミュニティに残存して、もっと勝負にこだわって、でも囲碁将棋では勝てなくて、なんらかのゲーム体験を欲している潜在年配消費者がけっこういらっしゃるのじゃないかな、と思ったのですが。
もちろんコミュニケーションの場も欲しいんでしょうけれど、やっぱりいくつになっても勝負は燃えるから楽しいという人も少なからずいるのでは。まあ、わたくしが知っているおぢさまたちは、独立自営企業家が多いので、血の気が世間平均より多いかも知れません。でもやっぱり、そういう大人げない方が、いくつになっても枯れないで勝ちに行く、というのも格好いいと思います。悟れないですよわたくしもきっと90まで生きたとしてもなお、信長の野望とかで天下統一したがったりするのではないかと思います。「姉小路家はつらいもんや」とか言ってね。
ケータイで課金ゲーム、というブームはもうじき終わる。次はリアルなサードプレイスでシルバー世代が、なんやかやして半日過ごす、メダルゲームよりアトラクティブななんか、そんなものが出てくるとか、誰か書かない?110905


