2012-03-28 『木村政彦はなぜ〜』が描く「岩釣氏の馬場(当初は猪木)への挑戦。
■ベストセラー『木村政彦はなぜ〜』が描く「岩釣兼生氏の馬場(実は当初は猪木)への挑戦」について。
今年の大宅壮一ノンフィクション賞候補にプロレス・格闘技方面から2作が選ばれたようで。
>第43回大宅壮一ノンフィクション賞の候補作が決定しました。選考委員会は、きたる4月10日(火)午後5時より、「帝国ホテル」にて開催いたします。
増田俊也(ますだ・としなり) 『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか』(新潮社刊)
柳澤 健(やなぎさわ・たけし) 『1985年のクラッシュ・ギャルズ』(文藝春秋刊)
まことにめでたい限りなんですが、木村本には一方でこんな批判もあり・・・。
http://omasuki.blog122.fc2.com/blog-date-20120327.html
>Kaminoge vol.4で、グレート小鹿が「木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったか」を論じている。
「あなたがリスクを背負って会社を作ったと。カネを出して、いちから組織を全部作って会社を大きくして、そこに俺がパートタイムで雇われて入ったとき、あなたと俺が対等の条件だと思う?」
「もし戦ったら、なんていうのはナンセンスなんですよ。木村さんは柔道で強くて、やさしい人だった。おいらはそれだけでいいと思うんだけどなあ」
>100%同意。当ブログでもまさに、「社長対契約社員なんだから」と言う言葉で論じたことがある。この本の発売当時の評判の良さは、すごく不思議だった。ナンセンスだとしか思わなかったからだ。
まあこれは筆者批判というよりは、力道山への恨みを馬場さんに持ち込んで復讐させようとした岩釣兼生氏(全日本柔道選手権優勝者)の取り巻きへの批判ですけどね(苦笑)。
ついでにいえば、岩釣氏が全日本入りしようとしたときのことが『木村政彦はなぜ〜』にはこう書かれているわけです。
「それで君自身はどうなの、岩釣君。デビュー戦は誰とやりたいの」
「なに……?」
馬場が腕を組み直して、しばらく唸った。
「新日と話がつくと思ってるのか? うちの団体の中にはやりたい相手はいないのか?」
「……俺と君がか?」
……これは76年夏、つまりその2月に猪木がルスカに勝った異種格闘技戦アングルのあった後の話。
柔道サイド(岩釣氏の取り巻き)から見れば、木村政彦への復讐と同時に「ルスカを異種格闘技戦に引っ張り込んで柔道に泥を塗った猪木をやってしまえ」との思いがあったのだろうと。
で、滑稽なのはそれを全日本に入ることで成し遂げようとしていたこと。
柔道サイドは「新日本と全日本は敵対している、だから猪木にケンカを売るなら全日本」と思っていた。
というか、知る必要もないと思っていたのではないか。
プロレスサイドから見たらおそろしく馬鹿げた話だろうと思いますねえ・・・。
『木村政彦はなぜ〜』が「師の仇討ち」として美談に描こうとしている「岩釣氏の馬場(当初は猪木)挑戦」にはそういう側面があることを知っておく必要があると思います・・・。
『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか』が増田俊也氏の情念のこもった名著であることを十二分に認めた上で。
ではではまた。
2012-03-14 本日、週刊ゴング休止5周年記念日。
■本日、週刊ゴング休止5周年記念日。
えー誰も気づいてないと思いますが、本日は週刊ゴング休止5周年記念日であります(苦笑)。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%80%B1%E5%88%8A%E3%82%B4%E3%83%B3%E3%82%B0
>週刊ゴング(しゅうかんゴング、Weekly Gong)は、1984年から2007年まで日本スポーツ出版社(NSP)が発行していた週刊のプロレス専門雑誌。略称は『ゴング』『週ゴン(しゅうゴン)』。毎週水曜日に発売されていたが、2007年3月14日発売の1168号(3月28日号)を最後に「一時休刊」となった。
>元々、1968年から1986年までNSPが発行していた月刊の格闘技専門誌『ゴング』(『月刊ゴング〔げっかんゴング〕』とも表記。のちの『ゴング格闘技』)の別冊として、1969年から発行していた月刊誌『別冊ゴング(べっさつゴング)』を週刊化する形で発刊された。
今のゴン格はたしかに素晴らしい格闘技情報誌の王道を歩んでると思いますが、
あの元々のゴングが持ってた「見てるだけで楽しい」グラビア雑誌的ムードは今のゴン格にはないと思いますねえ・・・。
(もっともそれは週ゴンよりも「月刊ゴング」「別冊ゴング」にこそあったものかも)
ゴン格にしても、もともとは極真&前田日明を推す保守的雑誌だったのに、いつから高島学が乗っ取ったのやら(苦笑)。
今はまあほぼ季刊のGスピリッツが力を入れた特集をしてるからそれはそれでいいのでしょうけど。
毎週、週プロ、週ゴン、週刊ビッグレスラー(なんてのもありましたw)が本屋の一角を占め、駅の売店に行きゃファイトとザ・プロレス(東スポの別冊)が売れてた時代が懐かしいですのう・・・。
ワタシが一番最初に買ったプロレス雑誌は猪木対ロビンソンの時の月刊ゴングだと思いますよ、たしか。
ではではまたー。
【追記】
こんなスレッドも見つけました(苦笑)。
2012-03-05 1週間遅れのUFC日本大会観戦記。
■12年後の2・26〜UFC144日本大会観戦記
2月26日午前9時20分、僕はさいたまスーパーアリーナの野外グッズ売り場にいた。
言わずと知れた、UFC144「エドガー対ヘンダーソン」日本大会の開始直前時刻である。
1年半前に、DREAM15青木対川尻が同会場で開催された時(2010年7月10日)をさらに上回る観衆が、午前9時台という微妙な時間帯にも関わらず会場に押し寄せていた。
会場周囲でエンセン井上や廣田瑞人、藤井惠といった関係者&選手の姿を多数目にしながら僕はある感慨に耽っていた。
2月26日といえば、12年前の2000年にリングスKOK準々決勝において田村潔司が「UWFのテーマ」を高らかに鳴らしながら入場し、ヘンゾ・グレイシーを破ったその日ではなかったか。その12年後、リングス休止(これが載るのと同時期の3月9日に再旗揚げ興行が行われるが)、PRIDEの隆盛と崩壊、K−1凋落などのさまざまな出来事を経ながら、今、「もう一つのU」が日本を侵略・占領しようとしている・・・。
感慨に耽っているうちに、第1試合の開始時刻9時30分になってしまった。ややあわてながら会場に入る。
自分の席に着いたときはちょうど第1試合田村一聖対ヂャン・ティエカンの1Rが終わったところ。2R、いきなりのハイキックからパウンドで田村が勝利を収めた時には、まだ6分入りながら会場が最初の大爆発。急なオファーによる代打出場にも関わらずのこの勝利はまさに快挙であり、この日の大成功の予兆のようにも思われた。
しかし第2試合の水垣偉弥対クリス・カリアゾは再三再四水垣がテイクダウンを奪って優勢に試合を進めていたにもかかわらず、判定はカリアゾに。この日のジャッジもネバダ州コミッションから派遣されていたようであるが、テイクダウンをパンチ一発ヒットくらいにしかとらえていないだろう判定基準にはMMAファンは到底納得しがたいだろう。毎回こういう判定の時に、デイナ・ホワイト社長が苦言を呈しては敗者にもボーナスを出すというパターンもそろそろ食傷気味である。何とか改善してほしいところだが……。
場内の憤懣やるかたないという風情を吹き飛ばしたのが第3試合福田力の入場とともに流された師匠格・長州力のテーマ曲「パワー・ホール」!! 試合も、交通事故での負傷明けというハンデを感じさせないファイトぶりでスティーブ・キャントウェルを圧倒。前回のニック・リング戦での不当判定による負けに腐らず精進してきた成果を見せて判定勝利を上げた。今後にも期待できる存在だといえるだろう。
一方、第4試合に現れた山本KID徳郁。新鋭ヴァヴァン・リー相手にパンチのラッシュで勝機をつかまんとしたもののことごとくブロックされ、苦し紛れに出したタックルでテイクダウンは奪ったものの、下からの三角→十字でもろくもタップ負け。リーに三角でとらえられた段階で客席から「あー……」とあきらめのため息が漏れてしまうところに今のKIDが置かれている状況が垣間見えてしまい、切ない(ちなみに、この後の休憩時間に山本姉妹がにこやかにファンとの写真撮影に応じている姿が目撃できたが、KIDの落ち込みぶりを考えるとやや複雑な思いにさせられた・苦笑)。
そして第5試合は五味隆典対光岡映二。ジョージ・ソテロボロスの欠場によりこれまた急遽代打出場の光岡相手に、しかし五味は1Rカウンターを食らいダウンを奪われてしまう。2R光岡のタックルをさばいてのパウンドラッシュで何とか勝ちをもぎ取ったが、自己の得意分野である打撃で勝負してもらってさえ危うい場面があったのに、寝技巧者のソテロボロス相手だったらどうなってたか、と思わざるを得ない。五味・KIDのレジェンド二人は勝敗において明暗を分けたが、今後が不安であることには変わりがないといえる。
PPV&WOWOW放送の最初となった第6試合アンソニー・ぺティス対ジョー・ローゾンはわずか81秒でペティスのハイキックKО勝ち。ぺティスはこの日王者となったベンソン・ヘンダーソンにも判定勝ち(動画サイトで話題になった金網使っての三角飛び蹴りを披露している)しており、ある意味ベンソンにとってはエドガーとの再戦より警戒すべき存在であろう。
少し先走った。第7試合において日沖発は強敵バート・パラジェンスキーを打撃・寝技ともに完全圧倒。前回のジョージ・ループ戦苦戦で生じた不安を払拭してみせた。日沖・福田・田村・今回負けはしたが水垣にはまだまだUFC上位陣を大いに引っ掻き回す期待が持てると言えるだろう……ただ、そこから王座挑戦&奪取まではまだ遠い道のりなのだが。
そしてすでに昨年8月にアンデウソン・シウバへの挑戦(2RKО負け)を果たしている日本人エース岡見勇信は……格下と見られていたティム・ボーシュ相手に1・2R試合を有利に進めながらも、3Rボーシュのクリンチアッパーの前にまさかの逆転KО負け!! この時、客席に多数来ていた外国人客(電通による「仕込み」の招待客も混じっていたか?)から岡見のグラウンドの間中「ホウッ!ホウッ!」というような奇声による茶化しが入っており、それに日本人客も相当数呼応して一緒に奇声を上げていたことで、岡見のメンタリティに少なからずの影響を与えていたことも考えられる。これがかつて「世界で一番観戦態度のいいファン」とされていた日本のファンの態度なのだろうか(それも自国のエースの凱旋試合であるにもかかわらず!)。同国人として猛省を促したいところである。
第9試合「セクシー山」こと(選手紹介でも「セクシーヤマ」としかアナウンスされなかったのは少々悪ノリか・苦笑)秋山成勲対ジェイク・シールズの試合は、秋山がたびたび柔道技で見事なテイクダウンを取るのだが、残念ながらその後の展開がない。逆にタックルで金網に押し込まれたり、バックを取られチョークを狙われるなどの展開が目立つ。結果は3−0の判定負け。ちなみに秋山への(例のヌルヌル事件による)ブーイングが一部で問題になっていたが、僕の席からはひどいと思えるほどのものはなかった。ある意味「ブーイングキャラ」として定着してしまった、ということなのだろうか。それがかえって試合中も両者どちらを声援していいのか迷ってしまう中途半端さにつながってしまった気もするが。
第10試合、マーク・ハントがUFCヘビー級強豪の一角をになうシーク・コンゴ相手に見事なKО勝ち!! 08年の大晦日にメルビン・マヌーフ相手に18秒KО負けを喫して選手としてどう見ても「終わった」観があったことを考えれば、ハントの見事な復活はまさに大絶賛ものであろう。何より石井和義館長も谷川貞治プロデューサーも復活を未だなしえていないK−1がオクタゴンの中で、しかもハントによって復活されたかのように思えたのは、まことに痛快であった……たとえそれがほんの数瞬の錯覚であったとしても。
そしてそのノスタルジー錯覚を、さらに数十倍の形で爆発させてくれたのが、セミファイナルでのクイントン・ランペイジ・ジャクソンの入場であった。なんとあの「ダンダンダダン!!」で始まる「PRIDEのテーマ」での入場!! まさにこの日最大の盛り上がり・最大の興奮がこの場面であった。あたかも冒頭で書いた12年前2・26の「田村潔司・Uのテーマで入場」に匹敵するものがあった。当時PRIDEに抗してリングスで戦っていた田村がUのテーマをまとって入場した、その同じ日の12年後にランペイジが今度は「もう一つのU」UFCのオクタゴンに「PRIDEのテーマ」をかき鳴らして上がっていく……試合そのものはランペイジが強烈なスラム(ノーザンライトボム?)を決めた以外はまったくといっていいほど相手ライアン・ベイダーのペースで終始したまま終わってしまった。ほとんど出オチと言ってもいいほどの有様。まあ計量時2・7キロオーバーしていたというのでは無理からぬところではあるが。それでもあのPRIDEテーマ入場という名場面を作り出しただけでも、ランペイジは今大会の成功を印象付けてくれた一人といっていいのだろう。
そしてメインのUFC世界ライト級タイトルマッチ、王者フランク・エドガー対挑戦者ベンソン・ヘンダーソンの試合は、まさに予想と期待に違わぬ激闘となった。とにかく両者のスピードが凄まじい。ノンストップで動き続け、しかも一瞬たりとも目が離せないのだ。2Rのベンヘンのペタラーダ(下からの蹴り上げ)が強烈ヒットしたことが中盤からのエドガーをやや失速させた感はあるが、それでも瞬時のスキが攻防を一変させかねない緊張感は試合の最後まで続いた。
前述したが、この日の観客は決して「世界で一番観戦態度のいいファン」と言えるほど行儀のいいファンではなかった。すでに記した岡見対ボーシュ戦での奇声ブーイングはあったし、さらにはランペイジ対ベイダーでもベイダーが上に乗っただけでブーイングするようなMMAファンらしからぬ行動も見られた。しかしその観客をして、このエドガー対ベンヘンは最終ラウンド開始と同時に拍手の嵐を巻き起こさせたのだ。まるでエドガーとベンヘンが二人して「世界最先端のMMAとはこういうものだ」とさいたまスーパーアリーナ超満員の観客に教えているかのような光景ですらあった。激闘の末の判定がベンヘン勝利を告げた時も、ため息こそ起これ不満の声など皆無であったのも当然であった。
大会終了後、陶酔と感嘆に満ちた人ごみの中で、
僕は36年前の猪木対アリに、24年前の第2次UWF旗揚げに、そして12年前この日のリングスKOK田村潔司のUのテーマ入場に再び思いを馳せた。
時の移り行きは僕らを遠い遠い場所へ連れて行ってしまったようだ。
12年後僕らはどこにいるのだろう? UFCに完全占拠され植民地の民として幸福な観戦をしているのだろうか? それともジャパニーズMMAの奇跡的復興が成り立ち、ガラパゴスながらも北米MMAとは一線を画した独立国となっているのだろうか? それとも占領も復興もなされず、MMAも(下手したら他の格闘技もプロレスも)死に絶えた島国で過去を懐かしみながら生きているのだろうか?
第3の可能性だけは無しにしてもらいたいのだが。
〈追記〉
この原稿を遅ればせながらまとめた段階で、3・3(現地時間)ストライクフォースにおいて三崎和雄が非UFCウェルター級の強豪ポール・デイリーをスプリット判定ながら破る快挙が伝わってきた。UFC日本大会に出場した秋山と、いわずとしれた2007年大晦日「やれんのか!」で名勝負を演じた三崎のこの勝利はまことに喜ばしい。たまアリでの日本人勝利者(田村・福田・五味・日沖)の列にもう一人三崎も加わったかのようである。SFでそのままやっていくのもいいが、UFCオクタゴンでその剛拳を振るう姿もやはり見たい。
ジャパニーズファイターの挑戦は、やはりまだまだ終わらない。
ではではまたー。
2012-02-23 50年前に戻った日本、そしてUFC。
■50年前に戻った日本、そしてUFC。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120222-00000990-yom-bus_all
>金融広報中央委員会が22日発表した2011年の「家計の金融行動に関する世論調査」によると、2人以上の世帯で「貯蓄がない」と答えた世帯の割合が28・6%に上り、調査を始めた1963年以来、過去最高となった。
>貯蓄の平均値は1150万円で、前年より19万円減った。人々の実感に近い中央値(答えた世帯の中間の値)は前年より80万円少ない420万円だった。
>貯蓄残高が1年前に比べて「減った」世帯は40・5%で、「増えた」世帯(21・3%)の2倍近くになった。減った理由(複数回答)は「収入が減ったので取り崩した」が43・3%で最も多く、景気減速が家計に大きな影響を与えている。
1963年といえば力道山が亡くなった年。
敗戦で打ちひしがれてる日本人に勇気を与えるため、プロレスという虚構の場で鬼畜米英をなぎ倒す英雄を演じた力道山、彼が活躍していた時代にまで日本は戻ってしまったのだ。
阪神大震災と東日本大震災はまさに第3・第4のヒロシマ・ナガサキであった。
(そのうちの一つは実際第3の核災害であったのは言うまでもない)
ただ、今回の進駐軍は一度滞在してもう二度と戻ってこないかもしれない。
それほどの価値がもうないとみなされるかもしれないのだ。
力道山がもたらしたプロレスによって、そしてそれを糸口として知った格闘技によって多々勇気づけられてきた日本人の一人として、
僕はその50年間の帰結を見に行くだろう。
2012年2月26日、
12年前に田村潔司が「Uのテーマ」を鳴り響かせてグレイシーと戦ったあの日と同じ日付に、
僕は「もう一つのU」を見に行くことになる。
何かの決着をつけるために。
ではではまた。
2012-02-06 昨日のあの試合。
■昨日のあの試合。
まあもちろん物議を醸したディアス対コンディットのことですが(苦笑)。
あの試合判定への違和感はもうミクシイのコミュでもツイッターでも言い尽くして入るのですが、要は、
「アウトボクシングを広いオクタゴンで無制限に認めて良いのか?」
ということに尽きる。
「良い」「良くない」はそれぞれに判断されるがよろしい。
ただ、これだけの選手・関係者が意見を轟轟と戦わせてることは把握しておきたい(まあミゲール・トーレスのはネタだが・笑)。
http://sadironman.seesaa.net/article/250643779.html
MMAの判定基準はまだまだ流動的なものであり、決してすでに確定・固定化されたものではない、ということはきちんと認識して議論していくべきなのだ、と思う。
そして、WOWOWに進言したいこととしては、
(1)シャードッグと契約して、向こうの判定をラウンドごとに載せるようにする(ちなみにシャードッグの判定は、1・3・4・5Rコンデイット、2Rニックであった・・・)
正直、TKアメリカ基準分かってないもの、オレと同じで(苦笑^^;)。
しかし、一番困ってるのは、日本大会を必死に宣伝しようとしてる電通だろうなあ、「宣伝にならねえじゃん!!(怒)」と(爆笑・苦笑)。
ではではまたー。




