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ふるきちの、家はあれども帰るを得ず。 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2017-01-04 「1984年のUWF」の終わり方。

1984年のUWF」の終わり方。

ひょっとして柳澤健さんの著作について書くのはこれが最後になるのかなあと思いながら(苦笑)。


例によって駄文ツイート転載です。最後の方は妄想含み(^^;)。


>Number連載・柳澤健1984年のUWF」最終回「PRIDE」を読む。うーん、何というか・・・まりにも一方的一面的であると思うのですよ、書きようが。高田がヒクソンと対戦したのは「プロレスを代表して戦った勇者」だったからだろうか? ハッキリ言ってしまえば、経営難で


>やむなく提携した新日本からも切り捨てられ、借金を返すためにやむなくヒクソンとの対戦に乗り出さざるを得なかったというのが実際ではなかったか。ローソンで速報ビデオまで売り出すほどのプロモーションはそのためになされていたのであって。そしてそのPRIDE1の成功で「格闘技は


>金になる」と見込んで群がってきた闇勢力の方々によって、PRIDEの資金力は支えられていたのであり、またそれゆえに06年フジテレビにコンプライアンス的な不安から一方的提携打ち切られたのでもあって(今や民放最低ランクの視聴率となったフジが寄り添ってライジン大晦日中継再開


>させたのも何ともはやなのだけど・苦笑)そういったいきさつも全く無視して、いたずらに高田を「プロレスを代表して戦った勇者」としてしまうのもどうかと思うのですよ(まあ闇勢力云々を書き出したら、03年の森下社長怪死事件などにも触れざるを得なくなって、とても「Number」に


>載せられる内容でなくなってしまうのだけど・苦笑)。思えば「1984年のUWF」には、中井祐樹とヒクソンが戦ったVTJ95には前田リングスも山本宜久を送り込んでヒクソンと戦わせたこと(まあロープつかみしまくった末に惨敗したわけだが・苦笑)も、桜庭とホイスが戦った2000年


>はリングスKOKトーナメントにおいて田村潔司がヘンゾを破っていることも触れられていない。田村がその際「UWFのテーマ」をかけながら入場し、まさにUを背負って戦ったことなどは、UWFに関して語る連載ならば当然触れられるべきエピソードではなかったか? そういうものに全く


>触れずに、ただひたすら「佐山理論をパクって甘い汁を吸い続けしまいにはフロント言いがかりをつけて追い出した前田真剣勝負に関しては何も動こうとしなかった。それに比してヒクソンと自ら戦った高田は真の勇者」と言い立てるのはあまりにも一方的だと思うのですよ。その実、修斗を


>離れた佐山がプロレス復帰して20年以上になることや、高田対ヒクソンを契機に作られたPRIDEがその後どういう経緯を経て崩壊したかについては何も触れられなかったわけで・・・要はあまりにもいびつに終わってしまったなあという感じなのですよ、実際のところ。最終回で「もともと


前田日明ファン・リングスファンだったけど、高田対ヒクソンで考えが変わった。リアルファイトに乗り出した高田こそがUWF」とのたまうのは堀江ガンツ氏だけど、そのガンツ氏がいた紙プロは高田対ヒクソン以後も前田リングスをプッシュし続け、PRIDEがリングスの選手を引き抜き


>まくって業界を制し始めてからようやく手の平返し始めたんじゃないのかねと(苦笑)。それやこれやのいきさつを覚えてる人間からすれば、どうにも首をひねってしまう連載だったのですよ、「1984年のUWF」は・・・最後に、個人的には「1984年のUWF」のラストシーン


>このお二人のスパーリングシーンであってほしかったなあと…http://paraestra-ikebukuro.com/tag/%E8%97%A4%E5%8E%9F%E5%96%9C%E6%98%8E 「俺の技術なんてもう古臭いもんじゃないのかい」「その古臭いものからもう一度何かを学び取りたいんですよ…関節技は柔術だけのものじゃない。昔あこがれた藤原さんの技術から


>学び損ねた何かを、もう一度学び直したい。そういう時期に今また来てると思うんですよ」「…難しいことは分かんねえけどさ」そういうと、関節技の鬼はあの1984年の夏にUWFに参加した時と同じ笑顔を浮かべてこういったのであった。「…スパーリングすっか」  「1984年のUWF」完


>あの連載はそんな風に終わるべきだったのだ、と僕は勝手に思うのでした。妄言多謝。




・・・まさに妄言多謝多謝でした(^^;;;)。ではではまた。

2017-01-01 大晦日、ミルコは新日本プロレスに刃を突き付けた。

大晦日、ミルコは新日本プロレスに刃を突き付けた。

皆様、あけましておめでとうございます(^^)。


新年一発目の駄文ツイートまとめです。

どうしても格闘技とプロレスを重ね合わせて語ってしまうワタクシ、いつまでもスマート(すでに死語?w)にはなれませんなあ(苦笑)。

ではではご笑覧あれ(^^)。


>とにかく昨日はミルコに尽きた!!headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20161231-… そりゃまあクロンは強かっただのRENAは可愛かっただの所はKIDとやるにはタ〇ゥーが邪魔になるだろだの北岡「明日また生きるぞ」が地上波であんま説明してもらえず残念でしただの色々あるけど(苦笑


>でもまあ総合転向から数えても15年(藤田、見てたか?)、Kー1初登場から数えれば20年になる選手が、未だに日本のリングに上がり続けてくれてそして勝ってくれること自体が嬉しいじゃないかと。世代交代なんか知るもんかね。そういうものを見たけりゃUFC必死に追いかけてれば


>いいんじゃないかと。少なくともヒョードルもノゲイラも事実上ヴァンダレイも去った日本のリングにおいて、彼らが出てくる以前からリングに立ち続けてるミルコが、15年20年の時を経てなお己を貫いてくれた(もちろんその間には紆余曲折あったのだけど・苦笑)ことが嬉しいんである


>ミルコがいなかったらライジンは単なる「衰退した日本格闘技によるフジテレビの穴埋め番組」に堕していたのではないか。そして4日にドーム大会を控えた新日本プロレスに対してもミルコは(あえてライジンは、とは言わないw)刃を突き付けたのである。何といっても棚橋(99年デビュー)も


内藤(06年デビュー)もオカダ(04年デビュー)もケニオメ(00年デビュー)もプロ入りしてない時代から戦い続けているミルコが存在感を示したんである。「俺は自分を貫いた、お前らはどうだ?」・・・むろん新日本のレスラーがもうММAを戦う必要はどこにもない。しかしリング外の


>戦いは依然続いている。プロレスはプロレスの戦いで格闘技に勝つべきなんである。他ジャンルの戦いに感銘と感化を受け、そして目の前の何かに立ち向かうべきなのだろう。プロレスラーもそして我々も。・・・・・・本年もよろしくお願いいたしますm( )m  (この稿了)


>いわでもの追記。そう言えば、15年前(もう16年前になったけど)の大晦日にも、ミルコは地上波リングに上がってたよなあ、永田さん?w(言わんといてやれよと^^;;;)。


言わんでものことをあえて言ってしまう当ブログ&ツイート(苦笑)。

今年も何とぞよろしくお願いいたしますm( )m(^^;)。


ではではまた。




追記:これを書いた後で行われた新日本プロレス1・4ドームでのオカダ・カズチカ対ケニー・オメガはまさにミルコへのアンサーとなりうる素晴らしい46分の激闘・・・オカダとケニオメはまさにプロレスの名誉を保ったと言えると思います。素晴らしい。今年は何度こういった格闘技とプロレスの鍔ぜりあいを見られるもんですかね(^^;;;)。


2016-12-31 2016年版・今年のブログ記事まとめ。

2016年版・今年のブログ記事まとめ。

今年のブログ記事まとめ連発です(笑)


今年は全25記事!!ご笑覧あれ(^^)。


(1)(5年ごとの)新日本1・4ドーム小史。

http://d.hatena.ne.jp/fullkichi1964/20160104


(2)石原慎太郎「やや暴力的に」から佐山対マーク・コステロ、柳澤健「1984年のUWF」までを強引につなぐ駄文ツイートまとめ。

http://d.hatena.ne.jp/fullkichi1964/20160123


(3)76年猪木対ルスカ、86年猪木藤原・・・つの「2・6」。 http://d.hatena.ne.jp/fullkichi1964/20160206


(4)意外と怖い『プロレス入門』。

http://d.hatena.ne.jp/fullkichi1964/20160216


(5)馬場猪木、50年前に行われた伝説の2試合

http://d.hatena.ne.jp/fullkichi1964/20160227


(6)猪木具志堅、初代タイガー・・・70年代から80年代初頭におけるファイティングヒーロー系譜http://d.hatena.ne.jp/fullkichi1964/20160308


(7) ここにきてUWF。〜【朱夏としてのU】への思い。

http://d.hatena.ne.jp/fullkichi1964/20160319


(8)1971年3月、倍賞美津子との婚約結婚に見るアントニオ猪木28歳の野心について。http://d.hatena.ne.jp/fullkichi1964/20160329


(9)初代タイガーデビュー35周年に贈る、サミー・リーの知られざる英国最後試合http://d.hatena.ne.jp/fullkichi1964/20160423


(10)対ゴッチ45周年、対猪木40周年、対ハンセン35周年、対前田30周年の今だからこそかみしめるアンドレ・ザ・ジャイアントの偉大さ。

http://d.hatena.ne.jp/fullkichi1964/20160429


(11)10年前、日本格闘技界の全盛と転落。そしてその毒がもたらしたものhttp://d.hatena.ne.jp/fullkichi1964/20160505


(12)45年前、アントニオ猪木の「挑戦」をなぜジャイアント馬場は避けたのか、避けざるを得なかったのか。http://d.hatena.ne.jp/fullkichi1964/20160519


(13)モハメッド・アリの死と、その最後の対戦相手について。

http://d.hatena.ne.jp/fullkichi1964/20160605


(14)藤波前田から30年…かつての自作記事再掲も含めて。

http://d.hatena.ne.jp/fullkichi1964/20160612


(15)アントニオ猪木対モハメッド・アリ40周年〜勝つわけにはいかなかった猪木、負けるわけにはいかなかった猪木

http://d.hatena.ne.jp/fullkichi1964/20160626


(16)勝手に「1984年のUWF」を補足する。〜「フォロースルーをしない」佐山がなぜ凄かったか。

http://d.hatena.ne.jp/fullkichi1964/20160702


(17)G1クライマックス初の外国人優勝者ケニー・オメガに捧ぐ駄文ツイート群。

http://d.hatena.ne.jp/fullkichi1964/20160815


(18)「1984年のUWF」、ゴルドー回への批判と注文。

http://d.hatena.ne.jp/fullkichi1964/20161007


(19)前田対ニールセン30周年を、「今」だからこそふるきちが語る。

http://d.hatena.ne.jp/fullkichi1964/20161008


(20)柳澤健1984年のUWF」で行われている意図的時間的情報操作について。 

http://d.hatena.ne.jp/fullkichi1964/20161022


(21)藤原組長と鈴木みのる、恩讐の30年。

http://d.hatena.ne.jp/fullkichi1964/20161103


(22)「1984年のUWF」フロント偏重視点への疑問。

ttp://d.hatena.ne.jp/fullkichi1964/20161120


(23)カール・ゴッチは水木しげるである

http://d.hatena.ne.jp/fullkichi1964/20161129


(24)中邑真輔の凱旋快挙は、47年前の猪木対ドリーの「続き」である

http://d.hatena.ne.jp/fullkichi1964/20161204


(25)早すぎたシューター、上田馬之助5周忌に捧ぐ。

http://d.hatena.ne.jp/fullkichi1964/20161221  


皆様、本年もご愛顧ありがとうございましたm( )m 

来年もよろしくお願いいたします(^^)。


2016-12-21 早すぎたシューター、上田馬之助5周忌に捧ぐ。

早すぎたシューター、上田馬之助5周忌に捧ぐ。

全ては駄文ツイート転載の通り。以下ご高覧あれ。


本日上田馬之助5周忌。新日本ワールド現在入っておられる方ならもちろん、入ってない方でも999円払ってぜひ見ていただきたい一戦、上田馬之助対前田日明シングルマッチ!!(86年6・6)http://njpwworld.com/p/s_series_00067_1_1 当日のテレビ中継では中盤の前田キック攻撃から(続


>入ったこの試合、その前の展開を見ると印象が全然違うんである・・・まず上田身長前田と同じくらい(ひょっとして上田が高い?)なことに驚かされる。そしてスタンドでの腕の極め具合も投げのシャープさも、上田の仕掛け方の方がハードなんである。この年46歳、猪木より3歳上(!)(続)


>というのが信じられないほどに・・・圧巻は前田に股裂きと見せかけてのヒザ固めを仕掛けたシーン。あの前田リング中央でヒザを極められて「しまった!」という表情を浮かべるんである・・・ほどなく上田がレッグロックに移行して「くれた」から良かったようなものの、本当のシュートマッチ(続


>なら「あわや」の場面であった・・・実は上田は69年にダニー・ホッジ相手にアームロックで動けなくさせ、恥をかかされたホッジが激怒したというエピソードを持っている。その17年後、まさに「元祖日本人シューター」の面目躍如たる場面であった。この後、前田は古館アナの実況開始と(続)


>同時にキック攻撃を開始、場外転落した上田凶器を持ち出して反則負けというお決まりパターンにはなるのだが、前田にしてみれば「藤波戦(この試合の6日後)を前に、このオッサン相手に怪我するわけにはいかん」上田にしてみれば「キックに逃げやがって」との思いがあったろうか…ちなみに(続


上田は著書「金狼の遺言」の中で、前田の素質を讃えながら「キックに頼らずもっとグラウンドに徹した方が」という意味発言をしているが、それはこの一戦を見た後ならあまりにも説得力ありすぎ……口癖だったという「俺が俺がばかりじゃダメだっちゅうの」は前田にも言いたかったことだろうか。合掌。



まさに早すぎたシューター、リアル桜五郎(@「1・2の三四郎」)上田馬之助選手のご冥福を改めてお祈りいたします。

ではではまた。

2016-12-04 中邑真輔の凱旋快挙は、47年前の猪木対ドリーの「続き」である。

中邑真輔の凱旋快挙は、47年前の猪木対ドリーの「続き」である

ども、ノアでの鈴木みのるシングル連戦合計70分(http://kakutolog.cocolog-nifty.com/kakuto/2016/12/post-701e.html)についても語りたいと思ったのですが、今回はこれ。


「12月・大阪」からドンドン妄想が加速していきました(笑)

以下、例によって駄文ツイート転載、ご笑覧あれ(^^)。


WWENXT12・3大阪大会!ナカムラNXT王座奪還!アスカNXT女子王座防衛!blog.livedoor.jp/nepstleblog/ar… まずは中邑のNXT王座奪還をことほぐ。転落した時はあれれ、という感じだったけど、こっちで奪回という流れだったか(笑)。そしてこの一年


>「2016年の中邑真輔」が積み上げてきたものは、今年初頭に新日本離脱してショックを与えてしまったファンへの不義理を補って余りあるものでなかったか。不詳ワタクシふるきちは2年半前にして「中邑真輔よ泰平新日本の中で前髪垂らした独眼竜政宗であれ」http://d.hatena.ne.jp/fullkichi1964/20140522/p1というコラムを(続


>書いていたものですが、今回のこれは伊達政宗が欧州に攻め込んで戦利品たっぷり得て帰ってきたようなものなんである(笑)。こうしてみると、移籍当初「本隊に食い込めねば意味がない」と思っていたボンクラ頭のワタシでも「NXTという自治区を得たのだからこれはこれでいいではないか」


>と思えてくるから不思議である(笑)NXTのNは「ニッポン」のNなのだw(強引・苦笑)。実際、本体に食い込まされてまだまだ英語不慣れな弱点をさらけ出すよりは今の状況の方が何ぼかい(笑)。そしてこのNXT自治区獲得は、変形したとはいえアントニオ猪木から中邑が受け継いだ


>「ストロングスタイル」の勝利でもあるのだ。考えてもみるがいい、「12月・大阪」といえば、猪木ストロングスタイルの原点の一つ対ドリー・ファンク・ジュニア戦の舞台ではないか!!(笑)60分フルタイムの末にコブラツイストを掛けながら世界を逃さざるを得なかった猪木の無念を


>後進が受け継いだ末に「2016年の中邑真輔」の凱旋快挙があるのだ(さらに「12月」に絞れば、ドリー戦の10年後、ボブ・バックランドからWWF王座を奪いながら6日後に返さざるを得なかった、すなわち馬場を「NWA王座の1週間レンタル」と揶揄しながら、結局は同じ轍を踏まざるを


>得なかった、あの無念を一部晴らしたともいえる)。今頃、猪木さん(2010年WWE殿堂入り)も「やるじゃねえか、ムフフフフ」と喜んでくれてるのではないかと(笑)。さらには大阪と言えば、あのクイックキックリー格闘王の地元でもある(笑)。「中邑たいしたもんやが、俺はМSG


>戴冠したで!」と某兄さんが葉巻くわえて自慢すれば、「アキラ、あの王座は僕が正統だから!それに僕は防衛戦たくさんやってるし、ジュニアではサーキットもしてるし! ハハッハハッ!!(笑い声でなく独特の息遣いでw)」とこれも殿堂入り炎の飛龍辰っつあんも割って入り、さらには「ジュニア王座でサーキットは僕もやってますよお!それから


>大阪で王座奪回ブラック相手の僕が先だから!!」と虎仮面のあの人もAED持参で割って入ったりするんであるw(←おい^^;)さらには大阪と言えば、この13日に10周忌を迎えられる自称「大阪のバカ」I編集長も・・・「中邑という独眼竜が海外で花開いた、これは編集長としても


>うれしい誤算やおまへんか?」「たしかに快挙だが、中邑のボマイエはキンシャサに名称変更させられた。猪木・アリの友情のあかしと言っていいボンバイエ、ボマイエよりも、やはりアメリカ人はアリ単独幻想・キンシャサの奇跡思い入れがある。それと同じで、NXTもいつまで日本人


ブランドであり得るか…」「いつか中邑は戻ってくるんでっか?」「すべては時間という魔術師のなせる業…」・・・I編集長の嵐山トーク夢想しながら(笑)今はとにかく中邑の快挙を讃えよう。そしていつか中邑が戻ってくるその時、その「場」がきちんと存在していますように。(この稿了)


ちなみに辰っつあんの「ハハッハハッ!!」はブログで付け加えました(笑)


最後に、ここに出てきた(または出てきていない)すべてのストロングスタイルの継承者たちにこの一文を捧げます


ではではまた。