2010-10-02
■[告知]2010シューレ大学公開イベント「自分からはじまる研究ってなに?」

2010年度のシューレ大学公開イベントは「自分からはじまる研究」にスポットを当てます。シューレ大学で行われている「自分からはじまる研究」とは何か?…その意義や独自性などについて学生の研究発表とシンポジウムでご報告いたします。ゲストは思想家の最首悟さんです。ぜひご来場ください。
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研究はそもそも自分が知りたいことを問うことからはじまったはずです。しかし、「そのようにできない」とか「そんな風に考えたことがなかった」とかいう声が学会からも研究者の卵からも聞こえてきます。「私」たちが自分が何者なのか知ることが難しく、また、社会を自分の目で捉えることが難しいことと同じ根から始まっているように思います。この社会が生きがたいのもきっと同じところからきているのでしょう。「私」たちはこのまま死んでいくことに納得できないのです。自分を知るということは、この社会を知ることであり、自分や社会を変えることなのです。
【内容】
▼シンポジウム「自分からはじまる研究ってなに?」
シューレ大学で行われている「自分から始まる研究」とは、はたしてどのようなものなのか、どのような思いで進めているのか。実際に取り組んでいる学生達と、生命・社会のあり方について独自の思想を構築してこられた最首悟さんが「自分から始まる研究」の意義を大いに語ります。
最首悟(思想家)…1936年生まれ。東京大学助手時代から全共闘運動や水俣病問題へ積極的に取り組む。また、愛娘・星子が障害を持って生まれたことから障害者問題へも深く関わってきた。近著に『「痞(ひ)」という病いからの 水俣誌々パート2』(どうぶつ社)。
▼学生研究発表
不登校経験、摂食障害、働きづらさなど…日ごろ泣き笑いしながら、自らに切実なテーマを研究してきました。その成果を発表します。
※終演後には交流パーティーも予定しております(参加費2500円)。ぜひご参加ください。
■日時
2010年10月23日(土)13時開場 13時半開演
■会場
大久保 R's Art Court(労音大久保会館)※JR新大久保駅下車徒歩8分、JR大久保駅下車徒歩12分
★イベント特設ページ★
★最新情報はtwitterで★
◎シューレ大学とは
1999年に開学した学生が創るNPO法人の「オルタナティヴ大学」。「知る・表現する」ということをテーマに、学生が自分で計画を立てて学ぶというスタイルが特徴です。自分の生き方をつくる大学でもあります。
詳細はホームページをご覧ください。
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■参加費
予約 1800円(18歳以下 900円)
当日 2000円(18歳以下1000円)
■申込方法
E-MAIL、電話、FAXでお申込みください。その際、お名前、住所、電話番号、人数と年齢をお知らせください。
TEL:03-5155-9801(平日10時〜19時、水曜のみ13時〜19時)
FAX:03-5155-9802
Mail:univ@shure.or.jp
2010-04-28
■彷徨する魂を追う〜NDUからNDSへ〜

転載です。
NDU+NDS作品上映
「彷徨する魂を追う〜NDUからNDSへ〜」
――人として生きる権利を奪われた者、奪われた事実さえ無かったことにされようとする者達の、可視化されることのなかった姿が浮かびあがる――
――関西発、若手ドキュメンタリー集団登場。
大阪・西成を拠点とするNDSの旗揚げ上映!
大阪市・九条シネ・ヌーヴォにて一挙公開!!
このたび、ドキュメンタリー集団であるNDU(日本ドキュメンタリスト・ユニオン)とNDS(中崎町ドキュメンタリー・スペース)は、両作品の上映会を行うことが決定いたしました。5月1日(土)から14日(金)の間、二週間かけて一挙作品上映を行います。新作二作品「空っ風〜千里開発・RCの陰謀〜」、そして「遺言なき自死からのメッセージ」の初のおひろめとなります!
*2009年山形国際ドキュメンタリー映画祭アジア千波万波正式招待作品「長居青春酔夢歌」(監督:佐藤零郎)
*ヒロシマ平和映画祭招待作品「中村のイヤギ」(監督:張領太)
*ゆふいん文化・記録映画祭上映作品「釜の住民票を返せ!」(監督:金稔万)などを含む前15作品一挙上映!!
NDSとは、大阪・西成を拠点とする若手ドキュメンタリー集団です。これまでわたしたちは、長居公園の強制執行や千里ニュータウン建替え問題にともなう強制執行といった、生存の場所を奪われる瞬間を記録し続けてきました。1970年代学生運動の現場から出現し、沖縄からアジアへと渡り流浪する人々の姿を撮り続けてきたNDUもまた、そうした生存の場を奪われようとする者、奪われた事実すらなかったことにしようとされる者たちの、可視化されなかった姿を映し出しています。
最近ではデジタルビデオを使って誰でもドキュメンタリーをつくれるようになりましたが、わたしたちはかつてフィルムの時代に行われていた集団による制作過程を大事にしたいと思っています。それぞれ個人が内にこもっていくような現代社会の中で、ドキュメンタリーもまた自分の身の回りの出来事を追っかけるようになってきているように感じます。そんな中でわたしたちNDSは、フィルム時代に行われていた集団制作を行うことを通し、グループ内で議論や互いの作品の批評をしあうことによって、制作段階からより社会に開かれた表現をしていきたいと思っています。
今回の上映会では、2009年山形国際ドキュメンタリー映画祭のアジア部門において655作品の中から正式招待作品に選ばれた「長居青春酔夢歌」(監督:佐藤零郎)や、ヒロシマ平和映画祭招待作品である「中村のイヤギ」(監督:張領太)、ゆふいん文化・記録映画祭上映作品「釜の住民票を返せ!」(監督:金稔万)といった既に各地で上映がくり返されている作品群に加え、NDS初の集団制作である「空っ風〜千里開発・RCの陰謀〜」(監督:中村葉子)、そして梶井洋志監督による「遺言なき自死からのメッセージ(仮)」(NDS)の二作品初上映が決定、さらにNDUの諸作品や招待作品も含めた全15作品が一挙上映されます。
○会期:2010年5月1日〜2010年5月14日
○会場:シネ・ヌーヴォX
●前売り1回券800円、3回券2400円、フリーパス8000円
前売り券は劇場窓口、にて好評発売中!
●当日:1000円
*連日朝より当日分の整理番号付きの入場券の販売を開始します。ご入場は各回10〜15分前より整理番号順となりますので、前売り券 なども受付にて入場券とお引き換えください。各回完全入れ替え制となりますのでご注意ください。
■主催/NDS、シネ・ヌーヴォ
→シネ・ヌーヴォhttp://www.cinenouveau.com/
→NDSブログ http://karasunazenakuno.blog29.fc2.com/
→NDS HP(作成中) http://nakazakids.sakura.ne.jp/#
問い合わせ・連絡先
メール;nds-2010osaka@hotmail.co.jp
***上映作品***
――NDU――
「bastard on the border 幻の混民族共和国」
「アジアはひとつ」
「パレスチナ76−83 パレスチナ革命からわれわれが学んだもの」
「沖縄エロス外伝・モトシンカカランヌー」
「風ッ喰らい時逆しま」
「倭奴へ 在韓被爆者・無告の二十六年」
「鬼ッ子 闘う青年労働者の記録」
――NDS――
「中村のイヤギ」
「釜の住民票を返せ!」
「空っ風 〜千里開発・RCの陰謀〜」
「(仮題)遺言なき自死からのメッセージ」
「長居青春酔夢歌」
――招待作品――
「雲の上」「空族」・富田克也監督
「FURUSATO 2009」「空族」富田克也さん・相澤虎之助さん来場トークあり!
「へばの」木村文洋監督来場トークあり!
空族のHP→ http://www.kuzoku.com/
木村文洋監督→ http://teamjudas.lomo.jp/
<NDU・NDSについて>
NDU(日本ドキュメンタリストユニオン)
NDUは、「早大150日間ストライキ」を担った早大中退者を中心に1968年に結成された。その映画づくりは小川プロ、土本典昭らと同時代にあって学生運動高揚期から長期にわたって闘争の現場を撮り続けてきた。その視線は学生運動とベトナム反戦でもりあがる新宿から、沖縄―台湾―朝鮮へと歩を進め、国境をまたいで流浪する労働者の姿を追い続け、“アジア”への視点を独特の地平から切り開いていったといえる。
NDS(中崎町ドキュメンタリー・スペース)
NDSは映画監督・原一男氏による「ドキュメンタリーする快楽」(2006年春〜2007春)講座を受けていたメンバーの集まる場としてはじまった。講座終了後も、自分たちで製作途中の作品をともに批評し合いながら切磋琢磨してきた。中崎町にあったそんなスペースをいつしかNDSと呼ぶようになったのである。皆既存の枠に収まることを拒んだ者達だ。住居・人として生きる権利を奪われた者、奪われた事実さえ無かったことにされようとする者達の、可視化されることのなかった姿を浮かび上がらせようと、カメラを回す。現在、中崎町にあった事務所を西成区の釜ヶ崎に移し、劇映画を企画している。現在では珍しい若手ドキュメンタリー制作集団。
記録映画制作集団:大阪・釜ケ崎から風穴を 「支え合い、つながる場」に拠点 - 毎日jp(毎日新聞)
僕が在籍しているシューレ大学では今年も映画祭を開催。なにか関わりがもてないだろうか、ということを考えたり。
■そしてこちらも

【シューレ大学国際映画祭*上映作品募集中】2010年6月30日(水)必着
「シューレ大学国際映画祭」は「生きたいように生きる」をテーマに全国から募集・選出した作品を上映する予定です。作品を選ぶのは、映画祭実行委員会と、映画監督の原一男さんです。選出作品の制作者には、上映会当日、原一男さんから直接コメントが送られます。
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生き難さを感じながら、また、その生き難さの正体も、自分とは何者なのかさえわかりにくい状況に私たちはいます。その生き難さに穴を穿ち、生きていこうと私たちは日々格闘しています。穴の穿ち方には様々ありますが、私たちは映像で表現することで穴を穿っていこうとしています。日本にも世界にも生きたいように生きていこうとして夢中になって映像をつくっている人々がいます。この映画祭は、それらの人々の映画を集め上映しようという試みです。
私たちはささやかながら、そのような映画を観に足を運んで下さる方々が出会える場にしたいと、この映画祭を計画しました。それだけでなく、この映画祭を通じて同じような気持ちを持って映像をつくっている人々同士が出会える場にしたいという思いが、この映画祭を始める大きな動機としてあります。同じような思いを持って映像をつくっている方、ぜひご応募ください。
●募集要項
1.テーマ……「生きたいように生きる」をテーマにした映像作品。ジャンル不問。
2.形態……miniDVテープ、DVD-R、VHS(いずれもNTSC方式)
3.資格……不問。国籍・年齢・プロ・アマは問わず。
4.作品時間……45分以内(時間を超過する場合は事務局までご相談ください)。応募点数無制限。
6.応募〆切……2010年6月30日(水)必着
7.エントリー料……1作品につき3000円。
8.応募方法……作品を郵送していただき、エントリー料をお振り込みください。作品受納、振込確認次第ご連絡を差し上げます。
●上映機会
厳正な審査の結果、入選した作品を2009年8月27日(金)〜29日(日)に行なわれるシューレ大学国際映画祭にて上映。
※映画祭当日は入選作品他、原一男監督作品の上映とトークを予定しております。
詳しくはウェブサイトをご覧下さい。
●シューレ大学国際映画祭実行委員会
TEL 03-5155-9801
EMAIL univ@shure.or.jp
シューレ大学とは…1999年に開学した学生が創るNPO法人の「オルタナティヴ大学」。「知る・表現する」ということをテーマに、学生が自分で計画を立てて学ぶというスタイルが特徴です。詳細は以下をご覧ください。
2009-10-04 そして膠着は続く
このブログをはじめたのはいつだったのかもう忘れたけれど、そのころよりも今のほうが少しは生きやすくなっている。それと引き換えにブログを更新する機会は減っている。インターネットでなにか書くのが少しこわいのだろう。
でもまた少しづつ、書けることをかく。かもしれない。
■宮下公園ナイキ化計画反対の署名

行こう行こうと思いながらデモに1度も行けていない。後ろめたい。でもぼくは堂々と、公園で酒を飲める社会になってほしいので、後ろめたさを押しのけて反対したい。
8月27日に渋谷区とナイキ社との間でネーミングライツ契約が非公開に調印され、9月1日付けの渋谷区ニュースの第一面には、ナイキにより改造された宮下公園の完成予想図が掲載されました。いま、宮下公園は多国籍企業ナイキに売り渡されようとしており、数々の問題点に答えが出されないまま工事の強行が画策されています。これに対し、私たちは10月の半ば、開催中の渋谷区議会にあわせた大規模な抗議行動を準備しています。
それにあたり以下の声明を準備しました。取り組みに心を寄せて下さる多くの皆さんからの賛同をお願いします。個人/団体両方からの賛同を受け付けます。
氏名または団体名を公表していいかどうか、合わせてお知らせ下さい。賛同金は不要です。第一次集約の締切りは10月10日です。メールでの集約先はminnanokouenn@gmail.comです。
(みんなの宮下公園をナイキ化計画から守る会: 東京都渋谷区東 1-27-8-202/TEL 080-3127-0639/FAX 03-3406-5254/MAIL: minnanokouenn@gmail.com)
お名前/団体名:
肩書き(個人の場合):
公開可否:
メールアドレス(非公開):
- 以下声明 ------------------------
「宮下NIKEパーク」の命名権契約と改造工事の撤回を求める共同声明
2009年8月27日、渋谷区長とナイキジャパン社長の間で区立宮下公園を「宮下NIKEパーク」とする命名権売却の調印式が非公開で行われ、9月1日には渋谷区報に完成予想図が掲載されました。工事期間は9月〜2010年4月とされ、十分な説明がなされないまま、公園の作り替えが行われようとしています。私たちは、この計画に関して主に4つの理由から撤回を求めます。
(1)宮下公園の公共的な価値を奪う計画内容
今回の改造工事では公園内に新たに有料のスケートボード・ロッククライミングなどの施設を設け、公園名が「宮下NIKEパーク」に変わります。
すでにできているフットサルコートを含めると、公園の大部分をナイキ商品販促のための施設が占めることになり、実質的に利用者はスポーツ施設に関心のある人、つまりナイキジャパン社の潜在的顧客に限られます。本来、多面的な機能をもち老若男女が消費せずに憩える「公」園の価値が奪われ、商売を優先する一企業の意のままに変質されてしまいます。
(2)民主主義的な手続きを無視したずさんなプロセス
この計画は単なる命名権契約の範囲を大きく逸脱し、公園の中身の改造にも踏み込んだものです。にもかかわらず、渋谷区政はこの1年間、基本プランの公開を行なわず、市民からの意見の募集もせず、驚くべきことに区議会での議決すら経ずに区長と一部の議員のトップダウンで計画を実行に移しました。公募や競争入札が行われておらず、数ある企業の中からナイキジャパン社が選ばれた経緯についても情報の公開を拒んでいます。
(3)野宿を強いられる人々の追い出し
現在、宮下公園で野宿を強いられている約30名は、ナイキ化工事を理由に住まいを奪われようとしています。ナイキジャパン社・渋谷区とも、これらの問題について十分な説明や対応策を提示しておらず、当事者は不安を感じています。
昨年以降の世界的な経済危機のもと、仕事・住まいを失う人々が大量に生み出されており、東京都下の炊き出しには、前年を大きく越える数の人々が集まっています。行政窓口はこの事態に対応できていないにもかかわらず、都内各地で炊き出しをつぶし、同じ渋谷区では区役所駐車場で夜を過ごす約40名を10月にも締め出す計画が進められています。このような状況のもとで宮下公園を含めた公共空間は、経済的・社会的な排除を受ける流動的貧困層の避難場所としての機能を実質的に果たしています。公園から野宿者を追い出すことは、直面する当事者の問題だけにとどまらず、仕事・住まいを失ったすべての人々の生命を著しく危険にさらす行為です。
(4)グローバリゼーションの典型としてのナイキ化計画
いま、ナイキジャパン社が宮下公園で行っているのは、公園の社会的、地域的、倫理的な次元を無視し、公共空間を、制限なく商品を販売するための場として意のままにすることです。規制緩和のなかで、議会での議論や情報公開などの正当な手続きが省略され、貧者の排除が強行されます。この、地球のすべての空間を市場原理に従わせ、あらゆる活動を市場と商品に変換しようという動きは、宮下公園だけでなく日本や世界各地で進行しています。一握りの多国籍企業による社会全体の再編であるグローバリゼーションの進行、このような動きに私たちは反対します。
みんなの宮下公園をナイキ化計画から守る会
東京都渋谷区東 1-27-8-202
TEL 080-3127-0639
FAX 03-3406-5254
MAIL: minnanokouenn●gmail.com
2008-04-03 公共と暴力

先日のアントニオ・ネグリの藝大でのイベントで見た「素人の乱」のドキュメンタリーがとてもおもしろかったのだが、その中で印象に残ったのが、新宿での「クリスマス粉砕集会」の様子。新宿コマ劇場の前で、こたつを出して鍋をつつく人々に対して、大勢の警察官が集まってきて、「ここは公共の場所だから、迷惑になることはやめろ」という理屈でもって撤収しようとする映像が納められていた。その光景を見て「公共って言葉に矛盾がつまってるな、うーむ」などとえらそうな感想を持ったのだが、その数日後にまさか自分も同じような言葉を聞くとは思わなかった。
本日、新宿区のとある小さな公園で、大学の人々と花見を行った。公園の桜はなかなか見事なのだが、街頭が少なくとても薄暗いので、宴会や見物人もほとんどいない。野外生活者の人や、通行人がまばらに通るだけの、都市の片隅にあるような公園である。桜の下にビニールシートを敷いて、カセットコンロを持ち込み鍋つつきながら、約20名ほどが飲んだり食べたり話したり、ついでに花を見たりしていたのだが、その数分後に公園の管理事務所から事務員がやってきて、撤収するように言ってきたのである。そのときに事務員が言った理屈は、この公園は煮炊きや飲酒が禁止であること、それが看板に明記されていること、住民から苦情がくるからやめること、そして公共の場所だから迷惑になることはやめろ、ということであった。その時はみんなが粘ったおかげで、一時間だけ「許して」もらったのだが、本当に一時間後にきっちり彼はやってきて「協力してください」と言いながら撤収を即す。いろいろ粘ったが、結局撤収することになった。
まあ別にめずらしいことじゃない。最近はどこの公園も煮炊き、飲酒、寝泊まりなどを禁止する旨が明記された看板が立っている。そしてたいてい、「みんなが使う公園だからマナーを守ろう」ということが書かれている。煮炊きや飲酒をしているのだから、当然文句を言われる。そして文句は必ず「公共性」が持ち出される。
公園は公共性を持つ。公共性という言葉をgooの辞書で引けば「広く社会一般に利害・影響を持つ性質。特定の集団に限られることなく、社会全体に開かれていること」となる。公園で花見をすることが、公共性を害するとしたら「特定の集団が公共物を占有する」ということなのかもしれない。では僕たちが公園を占有したかと言うと、花見をすることが公園の占有だと言う人は恐らくいないし、そして占有する意志もないし、通りがかりの人が参加したかったら、恐らくみんな参加することに意義はないだろうから、となればますます占有していない。公共性とはいったいなんなのか。
でもね、そういう理屈を僕がぐちゃぐちゃこねたって、迷惑は迷惑だし、ダメなものはダメなのだろ。知ってるよそのくらい。だったらさ、そこに桜の木を植えなくていいし、公園なんか造らなくていいよ、といいたくなるが、そういうこと言うとまた「公共性」とか持ち出されるのである。だから本当に顔が見えない。煮炊き禁止の看板を立てたやつの顔が見えない。だから僕は唯一顔の見えた公園の事務員に牙をむいてしまう。あからさまに激しく威嚇してしまう。そんなことしたって、しょうがないと思いながら。本当にバカバカしくて、やるせない。そして、そういう権力みたいなのものを振り回されたときに僕が感じる、押さえがたい攻撃性みたいなものは、きっと世界で悲惨な争いが続く理由とも通じるところがあるんだろうと、ぼんやりと思う。
公園で宴会もできず、その辺で寝ることもできず、路上で酒を飲むことも許されない。本当につくづく、あらゆることが馬鹿げてる。



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