雑感

2013-01-04 大学入学試験に哲学を

2013年、新しい年がきました。

世の中は、「あけましておめでとう」というのが常識でしょう。私は、あまり祝う気持ちにはなっていません。

ほんとに祝えるには、これから国民一人一人が、政治に自覚をもって参加することだと思います。先の選挙でも若い年齢層の投票率が低かったそうですが、未来がある人こそ、これからの社会をどうするのか考え、積極的に行動することが必要です。「ではの神」と海外生活経験者は揶揄されるけれど、フランスの高校生は、教育制度が改正される時、全国的なデモをし、改悪を止めた。日本でも選挙権を18歳にしようという意見もあるようですが、いまのままの若者の政治への意識の低さでは、それこそ国の方向が、とんでもない方へ行くかもしれません。これは、若い人の責任ではなく日本の学校教育に政治を考え語らせることは、ご法度的なムードがあるからだと思います。

戦後の教育が、愛国心を失墜し家庭崩壊を招いたと、新政権憲法改正や教育改革もするという。しかし戦後の長い間政権を執ってきたのは、保守自民党の流れであり、それが失敗だとすれば責任は自らにあると言えないでしょうか。

フランスでは、学校教育哲学が組み込まれて、常に人生について考える訓練がなされているという。教育改革というと戦前の愛国心教育や家族制度を持ち出したがる政治家ーそれも戦争中も知らない若い人が居るのには、驚いてしまいます。改革するのなら、規則のような小手先の改革でなく、人々の人としてどう生きるかの心の改革にしてもらいたいと思います。フランスバカロレア(大学入学資格試験)には、文系、理系とも哲学が必須で、「人間は死について学ぶ必要があるか」、「知識は創造の妨げとなるか」などの問題が過去にありましたが、20点満点で、どんな優れた回答も満点はとれないそうです。神様だけが満点を取れるというウイットもある。しかし、これはフランス人のほとんどが、この問題に真剣に取り組むというシステムになっているのが、すごいと思います。日本も1月の統一大学受験問題に、哲学を必須にしてみたらどうでしょうね。憲法改正するなら、その導入後10年くらいにしてはどうかしらね〜。

2012-12-16 今日は選挙です。

今日は選挙です。

昨日、つくば9条の会の7周年記念の一橋大学の教授、渡辺治さんの講演を聴きました。

今度の選挙は、憲法改正も視野に入れた自民公明維新などの勢力が、強そうです。

ちなみに、自民党の改正案に、天皇は、日本の元首であり、とあるほか、自衛隊国防軍となっています。

また第3章24条が、家族は、社会の自然かつ基礎的な単位として、尊重される。家族は、互いに助け合わなければならない。などに改正されるらしい。

いかにも、正論のようですが、国民の間で熟慮が必要だと思いました。あの戦争で悲惨な目にあったおばあさんとしては、平和憲法を容易く変えられては、困ると思っています。

若い人たちは、自分のこれからの人生が決まるような大切な選挙だと思います。ぜひ投票に行きましょう。

2012-11-22 みんなの協力で無事に終了

 11月18日、日曜日「ほっと・コンサート」が無事に終わりました。つくば市の中心地にあるサイエンスインフォメーションセンターで、午後1時半からの開演でした。毎年水曜日に開催していたイベントでしたが、今年から若者の参加を期待して日曜日にしました。結果は、残念ながら学生さんの参加は少数でした。それでも80名定員の8割のお客様が参加。

第一部は朗読で、筑波大の学生さん男女が若々しい通る声と、シルバーエッジのおば様の年季の入った落ち着いた声が共鳴し合いとてもいい雰囲気でした。「平和の種」は、シベリア抑留生活をした父親のことをM・Yさんが、「ばってんネットワーク」に書いたものです。反核運動をしていると、「戦争は広島長崎だけじゃない」と言われることがあります。全くその通りで、これからは戦争を知らない人たちが主役になる世の中、知ってもらいたいと思います。それとM・Yさんが、今、病の床にあるので少し元気を取り戻してほしいという気持ちもあり上演しました。おば様二人の朗読、なかなかよかった。「明日が来なかった子どもたち」は、学生さんとおば様、「少年と犬ー福島原発事故で置き去りされた犬とそれを想う少年の話」学生さん、「新しい勇気を持とう」これは故濱崎均先生の辞世の詩、は、朗読者全員出演の朗読、ほか。約半年かけて練習してきたものです。学生さんも授業の合間を見つけて練習に参加してくれました。

 第二部は女性コーラス「あんさんぶるCO CO]さんの美しい歌声で、重くなった気持ちを少し和らげる企画でした。このグループは、茨城県で活躍中のグループですが、気の毒に参加費ワンコインなので交通費しか払えず、ボランティアで参加してくれてます。ありがたいことです。曲は、私や知人のオリジナルと、インターネット被災地を忘れないために歌ってくださいと呼びかけている作品など。小さなイベントでも場所取り、プログラムに載せる上演項目、出演者の依頼、チラシ、ポスターの作成。などプロセスは大きなイベントと同じ。運営スッタフは、できるところをそれぞれが実行します。最近は公的な会場を借りるにも、費用が必要です。やはり、企画に関わる者は、労力、時間、費用と負担は大きなものになります。結局、そんなことにめげて、イベントを断念することになります。

そんな悩みを抱えながら、「大人のしゃべり場主催」の「ほっと・コンサート」は六年目です。私以外は、被爆地、被災地(広範囲で考えれば茨城も入りますが)に関係ない、戦後生まれの人たちが頑張っているのです。

ほんとにすばらしい!、小さくてもこんなグループが全国に生まれると、「被爆被曝被災」への共感が生まれるのかもしれません。そして、最大の収穫は、筑波大の学生さんが再び、このプログラムを学内で公演する企画をしたいという

提案でした。早速、来月から準備にかかることに。参加者が多くともそこでおしまいということもあって、少なくともこうして、あとに繋がることもある。充実感のある一日でした。みなさん、ありがとう!

2012-10-12 「ばってんネットワーク」15年目

 気がつけば、10月も中旬になりました。先月から「ばってんネットワーク、NO,14ー平和のメッセージを長崎から」の原稿整理と編集に追われています。宮崎に住む、嘗ての教え子とこの15年続けてきたもので、限りなく個人通信に近く大したものではありませんがよく15年も続いたと二人で正直驚いています。なぜ続いたかと言われると、常時30名くらいの資金援助をしてくれた人がいたこと、小さな情報冊子から思わぬ反響があり、やめられなくなったこと、そして一番の理由は、第一号の編集を自ら受けて発行した教え子のTさんが、癌で急死したことにあります。彼女は団塊の世代で、長崎原爆投下には直接関係ありませんが、早世した理由に残留放射能があるのではないかという想いがあります。面倒なことは避けたい人が多い中、「私が編集します!」と手を挙げた姿が脳裏に刻まれていて、Tさんは、これを通じて何か言いたかったのだろうと、何人か抜けてしまい二人しか残らなかった状況で、とりあえず海外向けに発行することにしました。Tさんのことがあった年は発行できませんでしたので、15年目ですが、「ばってん〜」は14号です。

Tさん、天国から見ていてくれたかな!!

 事務局として私を支えた河野は、被爆して生涯闘病生活を送らねばならなかった彼女の姉上(「長崎の花嫁」ーYOU TUBE)への思いを、世間に知ってもらうべく文章に纏めました。このことが、この面白くもない活動に最後まで、またこれからも、熱心に取り組んでくれる理由だろうと思います。「核の問題は、誰でもが自分のこととして考え、行動してほしい」と、呼びかけてきましたが、結局は何らかの関係がなければ、他人事なのかもしれません。2008年2月23日のブログのコメントに毒柳さん=この人は高校の同級生が「厚顔無恥で本まで出版したがる〜」と私のことを批判していましたが、やはり、何かの強い動機がないと、他人に知らせようという行動にはでないのかもしれません。毒柳氏は、文章力もないくせに、日記だの本だのと恥を知れとの忠告だったのですが、下手でもなんでも「核は人間と共存できない」ことを知ってもらいたいわけです。(作品は、一応芥川賞作家の指導で仕上げ、編集者の目を通してありますので、毒柳氏の批判は、気になりません。)一方、同級生で、この15年間カンパをし続けたくれた大野さん、楢原さん、山田さん、谷さん、近藤さん日本語教師の同僚、安田さん、勝岡さん、平和コンサートで出会った高橋氏、けい子さん、田中さん、「平和の鐘〜」での大山さん、松田さん幼馴染の岡田さん、そして、河野の同級生、宮崎南教会の関係者の方々、また、時々カンパをしてくださった皆様、皆様のお陰で、19カ国の人々に平和のメッセージを送ることができました。今年は和文版が今月、英文版が来月出来上がる予定です。皆様のお陰で、「長崎からの平和のメッセージ」を送ることができ、ある意味では、驚くほどの広がりを見せています。批判も含めて感謝でいっぱいです。これからは不定期に自力で

ささやかな「平和のメッセージ」を発行していくつもりです。ありがとうございました。

2012-09-09 岩垂弘氏の出版記念会

8日、岩垂氏の出版記念会が高輪和彊館で開かれた。岩垂氏は、元朝日新聞記者で、リタイア後、退職金を注ぎ込んで「平和・協同ジャーナリスト基金」を創設され、官権からはなかなか評価されないジャーナリストの仕事を評価し支援していこうといういう活動に取り組んでおられます。この度は、昨年の秋出版された「ジャーナリストの現場からーもの書きをめざす人へ」という約500ページに及ぶ内容の濃い立派な著書の出版記念会でした。この方にしては遅い出版記念会でしたが、ご本人ではなく周囲の方々の企画でした。謙虚で穏やかな人柄が多くの人の信頼を集め、いつも錚々たる方々が、岩垂さんの周囲を固めています。この本は、ジャーナリストとして、どんな時でも現場主義を通し、「名もない人々のつぶやきを聞け」、記事のウラをとれなど、ジャーナリストとしての基本的なあり方が経験を通して書いてあり、若いジャーナリスト、もの書きをめざす人には、必読書です。

錚々たる方々がお集まりになった記念会で、私ごときに、スピーチの機会を与えてくださいました。高齢になって、時々的確な単語がでてこない状況で、ちょっと緊張しました。以下スピーチの一部。

「岩垂さんは、長野県出身の方なのにどうして、「広島長崎沖縄〜と平和問題を追い続けられるのだろう」という疑問がありましたが、この御本を拝読してその理由がわかりました。それは、広島出身の靉光画伯が義理のお父様でいらっしゃること。靉光画伯は、残念ながら1946年に他界されましたが、反戦、反骨の画家でメッセージの強い画風で、

共感していましたから、びっくりしました。(実は、2008年に出した本「いっしょうけんめい生きてきたと!」に手記を寄せた橋本和明画伯が惹かれたという画家だったので、調べていた)靉光画伯の養父母に当たられるお二人は、原爆の影響で戦後まもなく亡くなられたということで、(私が肉親を亡くした想いに共通するものをお持ちである)一般的には記者として広島長崎は通過点になるはずなのが、今もなお拘って取材し世に問われていらっしゃるのだと知り、味方を得た気持ちになりました。

もう一つ、この本にお書きになってないことを、恐縮ですが私の経験からお話させていただきます。約20年前、原爆童話を書き、皆さんに読んでいただきたくご迷惑も顧みず、コンタクトのあった方々に送りました。その中に岩垂さんがいらっしゃいました。岩垂さんは、その本のことを、街の話題にして載せてくださいました。さすが大新聞、思わぬところから連絡があり、人、団体とのネットワークが出来ました。そしてその10年後、その童話の英訳本を出来たネットワークのお陰で、世界に配布することになり、その送り先のアドレスに「平和のメッセージを」というミニレターを届け続けて15年になります。小さな記事から世界へ大きな広がりを見せ、記事という無機質なもののウラに血の通った人々の繋がりが出来、お互いに元気と勇気をいただいて、今に至っています。まがりなりにも、平和活動が続けてこられたのは、岩垂さんのお陰です。ご本人には、自覚しておられないでしょうし、お手柄みたいなことは、お書きにならないのでしようが、ジャーナリストは真実を報道し人々を啓蒙するほかにも、こうした人々のつながりにも大きな役目があるのだということ、このことでどんなにたくさんの人が、勇気と元気をもらうことができるかということを、若い記者さんのためにも次のご著書でお書きください。「名もなき人々のつぶやきを聞いていただき」私のような経験をした人が、岩垂さんの周りにはたくさんいらっしゃるはずですから。これからもますますお元気でご健筆をお祈りいたします。

最後に、リタイヤ当日、帰路わざわざ車を止め、奥様にありがとうの花束をお買い求めになったシーンで、やはり完璧なジャーナリストだと、感動しました。(私は男女共同参画社会実現の活動もやっているので〜)これからは、お二人で世の中をリードしていただきますようお願いいたします。

本日は、おめでとうございました。(岩垂さま、当日、さん呼びで失礼致しました。緊張してお祝いと感謝の気持ちをあまりうまく話せませんでしたが、以上のような内容でした。)