『青い薬』 フレデリック・ペータース

 主人公はジュネーブの漫画家。旧知の女性に再会し、意気投合してつき合いはじめる。それはどこにでもある男女の出来事なのだが、女性はその息子と共にHIV感染者だった。


 自伝的な作品らしい。愛する女性を支えながらも感染に怯え、連れ子への対応にとまどう主人公が等身大に描かれ、ともすると硬い内容になりがちなテーマが穏やかにほどよい情感で語られ大変身近に感じられる。観念的なパートもあり、その辺に好みは分かれると思うが素晴らしい作品である。
 惜しむらくはビビッドなテーマにも関わらず日本で訳されるのに12年経っていることで、海外コミック出版のブームが無ければ出版されることも無かったことは理解しつつも、ちょっと残念に感じてしまう。

『皆勤の徒』 酉島伝法

 話題の新人による同じ設定を背景にした遠未来SF連作短篇集。表題作は第二回創元SF短編賞受賞。ちなみに作者はデザイナー兼イラストレーターで本文中の挿画も本人。
 無理矢理一言で言えば、黒丸訳(ま、他は無いんですが)ニューロマンサーや誤変換を連想させる独特な言語感覚で奇怪なイマジネーションを喚起するといった作品。主人公らしき生命体は一見人間のようでもあるが、読む進むと体も認識も大きく異なり、虫やら内臓やら気色の悪いイメージがテンコ盛りで登場する(そういうのが苦手な方は無理かも)。また漢字を中心としていることもあり(またイラストでも)、社・鳥居といった日本的な要素が取り入れられているのも特徴か。とくにかく強烈なインパクトの作品で、正直設定については(丁寧な解説を読んですら)おぼろげにしかつかめなかったが面白かった。
「皆勤の徒」 なんか仕事がツラい感じの主人公。デカい社長コワい。
「洞(うつお)の街」 分類学部で学ぶ学生が主人公。といってもみんな超不気味なんですが(笑) 片仮名がとりわけ少なく、日本的な要素が特に目立つかな。
「泥海の浮き城」 のっけから城同士の結婚ですからね。異世界ファンタジー的に読むことも出来るのかな?イマジネーションという意味ではこれが一番かな。その分かなり手強い。
「百々似隊商」 4作の中ではSF的な部分と異世界ファンタジー的な部分が比較的分かりやすく書かれており(解説の通り)一番親しみやすい(はずの)作品。まあでも相当歯応えありますよ(笑)。

 言葉遊びの部分はユーモアがたぶんに含まれていて、変な小説が好き(でグロテスクがOK)な人は自分のようになんとなくの理解でも十分楽しめると思います。いやこれまたユニークな人が出てきたな。

 
 

『バルタザールの遍歴』 佐藤亜紀

 第二次大戦前、ベルリン。一つの肉体を共有する双子であるバルタザールとメルヒオールは傾いた公爵家に生まれ、無為な日々を過ごし転落の道をたどる。身内にも見放され、ウィーンを追いだされた二人は・・・。

 この一つの肉体を共有する双子という設定に首を捻りながら読んでいくことになるのだがこれが重要な伏線となる。前半は没落貴族の頽廃的な暮らしと濃密な人間関係が読みどころとなるが、後半流れ流れて地中海はアフリカにほど近いへき地の島へと舞台は移動すると
ファンタジー的なアイディアであっと驚かされナチスも絡んでノワール小説の様な様相を帯びてくる。強い自我を持つ主人公たちが生き生きと闊歩する多面的な魅力のある小説だ。

映画‘ゴールデン・ボーイ’TV視聴

 ええともう寒い位ですね(苦笑)、夏休みキング映画特集最後。

 教師から一目置かれるくらい優秀な高校生トッドは近所に住む老人が元ナチス高官であることを突き止める。そのことを口外しない代わりに彼がナチスでこれまで行った残虐行為の数々を話すよう持ちかける。怖ろしい告白を聞くうちにトッドは次第に自らの異常性を自覚するようになる一方、老人も過去の嗜虐的な日々に回帰するようになる。やがて奇妙な二人の緊張関係は破滅的な様相を呈していく。

 なかなか面白かった。ブライアン・シンガー監督イアン・マッケラン(ナチス元高官役)出演作品ということからか、ゲイな映画だった。トッド役のブラッド・レンフロも繊細なイケメンでなかなか好演していて二人のやり取りが全体を通じて映画の推進力となっている印象がある。ただちょっと検索すると評価は分かれているねえ。バッドエンディングな感じもよかったけんだが、原作の方が面白いという意見も結構あり。原作読まないとなー。
 ブラッド・レンフロは初めて見た俳優さんで、この時設定どおり16歳で将来有望そうに見えるが、ドラッグでわずか25歳で亡くなっているのが惜しい。wikiの写真は日米とも18歳なのに既に容貌に衰えが感じられるのが悲しい。大和君という日系の息子さんがいるらしい。

映画『怪盗グルーのミニオン危機一発』

 

元怪盗で今は平和に3人娘を男手一人(+バナナ生物ミニオン)で育てているグルーが反悪党同盟の捜査官ルーシーと世界を揺るがす陰謀をつきとめる話。(吹き替え版、2D)
 前作は観ていないのだが、ウェルメイドなファミリーコメディでギャグのテンポが良く大変面白かった。洗練とベタのバランスが取れた音楽のセンスがなかなかよい。

 吹き替えに関しては聞いていられないとまでは思わなかったものの、あまり感心しなかった。メインの二人が声優どころか専門の俳優でもないというのはどういうことか。その点俳優がやっている役はさほど気にならず、芦田愛菜にはその対応力にまた驚かされたくらい。

映画‘パッション’

 最新の携帯デザインを扱う広告代理店で、奔放で華やかなクリスティーン(レイチェル・マクアダムス)と有能で控えめな部下イザベル(ナオミ・ラパス)は良好なパートナーシップで仕事を成功させている。しかしイザベルは密かに上司の恋人ダークと関係を持っていた。イザベルは自らの片腕ダニと共に画期的な広告の動画を作り上げたことから、クリスティーンとの間に亀裂が生じ始める。

 デ・パルマの最新作。最先端のビジネスオフィスが背景になるようなことは割合デ・パルマには少ない印象があり、前半はクリスティーンとイザベルとダークの三角関係が誰が真の悪か定まらない形で(まあダークは悪いけど)抑えた感じの心理劇として描かれ、おっこれは新機軸?と思ったが、成功するイザベルにクリスティーンが攻撃を開始し画面が暗転するといつもの画面とストーリーのめまいを起こすほどの映像マジックであっという間に(これまたいつもの)唖然とするようなラストへまっしぐら。うん!これでなくちゃ!いや〜堪能いたしました。監督、70越えても元気一杯なのがうれしい。一般性という意味では確かについていけない人も多々ありそうで、公開は短いのは残念だが仕方のない気もするが、是非多くの方に観て欲しい作品。あとリメイクだそうだが元はどんな展開だったのかなあ。

 

 以下若干ネタばれ。

 「ファム・ファタール」でもあった夢オチ的な手法が複数回使用され、まあある意味禁じ手がちょっと多いのは批判される可能性はあるが、流石に熟練の使い手であり、悪夢の生々しい手触りが巧みに表現されている。いやむしろ悪夢そのものを描き出している映画ともいえる。また転がる死体という描写も「ブラック・ダリア」などと共通し、主要なモチーフなのだなあと思った。

 

『アル中病棟』失踪日記2 吾妻ひでお

 吾妻ひでおの傑作自伝漫画『失踪日記』の続篇。失踪の話中心であった前作で終盤に少し出てきたアルコール依存症治療の入院中の話の詳細が描かれている。
 基本的には管理された単調な生活ではあるが、一般的な病院の入院生活とは異なる、個性的な人物たちによる独特の社会が形成されている様子が興味深い。背景にある依存症という現実は本人や周囲に取って大変重く、一口で語れるようなものではないだろうが、本書ではギリギリのところでユーモアを持って描かれているのが素晴らしい。本書での妬み・悲哀・不安といったネガティヴな感情に襲われる人間の生き難さは、普遍的なものとして依存症ではない我々にもずしりと伝わっていくる。
 従来の三頭身ではない現実的寄りにアプローチのある絵柄については、デッサンを学校で学び直したという巻末の対談でのエピソードが泣かせるが、同時に漫画家という仕事の大変な過酷さも感じられた。