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Snap Days 〜Shuichi Taira’s photo gallery〜

2011-05-31

つづき

君が代起立斉唱強制条例に伴う危険について

件の条例案ですが、維新の会が府議会で過半の議席を持っている以上、 残念ながら可決されるでしょう。 ということで、強制化&免職条例は施行される事になるでしょう。 さらに憂慮すべき点は、橋下徹は、不起立教員の氏名を公表するという 意向を示していることです。 クビにするのみならず、“さらし首”にするということです。 橋下はツイッター上でも、不起立教員への敵意と憎悪をむき出しに しています。

ちなみに、橋下が盛んに批判した光市事件弁護団に対して、 匿名の集団による強烈な嫌がらせが相次ぎました。 また、 橋下知事になってから、府に対して賃金交渉にあたる労組などに対して嫌がらせの電話が鳴り響き業務の妨害をしたり、 橋下に対して批判的な質問をした女性府職員の場面がテレビに映ると、 その職員の本名、経歴、住所までネットで晒され、 非難、誹謗中傷、嘲笑がネット上であふれかえりました。
そういう橋下のヒステリックな支持者たちの存在について、 かつての橋下の弁護士時代の上司である樺島弁護士は、 ヒトラーユーゲントになぞらえて“橋下ユーゲント”と命名して 危惧の念をあらわにしています。 橋下のみならず、その支持層も合わせてファシズム的兆候の 表れとして警戒しておく必要があります。

おそらくですね、
これから制定されるであろう不起立教員免職条例の適用さらに 氏名公表によって、解職されるのみならず、その後、 “橋下ユーゲント”たちによる、執拗な嫌がらせ、誹謗中傷が、 ネット上でも実生活においても繰り広げられる可能性が高いと 見ています。 さらに、 それを容認する世論状況が醸成されてしまうと、 本人のみならず家族までが巻き添えをくらうでしょうね。 子供がいるならば、その子供が学校においていじめの対象になる 可能性も考えられます。
そして、 そうなったのも自業自得、起立しなかったからいけなかったのだと。 そういってそれこそ、“国賊”扱いされてしまうのでしょう。 そして、 それが、大阪から他の都道府県へと伝播して、条例化法令化によって 全国化すると、もうこの国は、ファシズムへとまっしぐらとなって しまいます。

そんなのは大げさだ、 杞憂だと思われるかもしれませんが、 民主主義によって人権が殺され、気がついてみたら全体主義に なっていたというプロセスについて、 憲法学者の浦部法穂先生は、 『必ずしも「自覚症状」はない。 「民意」にもとづく政治が行われているはずなのに、いつの間にか、気がついてみたら「民主主義」は死に絶えていた、ということにさえなるのである。』 とおっしゃっています。
http://goo.gl/tLDAI
ナチズムの勃興を許した戦前のドイツがまさにそうでした。 民主主義社会においては、大衆の間に人権についての理解が無いと、 暴走し、民主主義的プロセスによって民主主義と自由主義を後退させ 全体主義、国家主義を増長させる可能性を内包しているのです。 その点は、 自覚しておくべきだと思います。

それにしても厄介にして危険な人物を大阪府民のマジョリティ は支持しちゃってますわ。

“君が代起立斉唱強制化&不起立教員免職条例化”についての私見

私は、先日、mixiのあるコミュニティにおいて、橋下徹大阪知事と大阪維新の会が進めている君が代起立強制化と不起立教員を免職させる条例案について議論したのだが、そこで私が投稿したコメントをこちらにも転載しておく。私はこの問題についてこのように考えているということで。

以下コメから

公立学校教員が公務員である以上、国歌国旗に対して起立斉唱しないと いけないゆえに、罰則を受けてもしかたない、さらに橋下知事は、 免職まで条例化しようとしている。 これを肯定しようとしている人たちは、会社などにたとえられていますね。 私は、ここで私立学校にたとえるべきだと考えます。

作家の高橋源一郎は、あるキリスト教系私立大学の教授を勤めています。
その同僚の教授のことをツイートで話していました。
(かりにA教授とします)
A教授は、その大学の校歌の歌詞の一節の中で、 どうしても自分の信条とは合わない箇所がある、 それゆえにどうしても歌う気になれない。
また賛美歌を斉唱することにも抵抗がある。 そういった理由で、何年も卒業式に出席することを 拒んでいるというのです。

君が代起立強制化条例、免職条例を、この事例に当てはめると、 校歌や校旗、校訓はその私立学校を象徴するものであるわけで、 儀式の場において、それを歌うことを拒むことに対して、 人事権を持つ理事会が、その教授を解職するという 判断を下すことに相当しますね。 その学校に就職した以上、従うのが当然のことであって、 従えない教員は辞めろというわけです。

そのA教授が誰であるかは、私はわかるのですが、
(高橋源一郎氏も匿名にしているので私も実名は伏せます)
大変教育熱心であるし、ゼミを通しての学生の指導内容は、 学外でも評価されているあるジャンルにおける有名な教員です。 卒業生と連帯したある活動でも知られています。 名前を出せば、おそらく知っている方もいるかと思います。
そして、決して勤務先の大学に反旗を翻すような 教育や主張をしているわけでもありません。

そしてA教授は、大学から戒告はもちろん免職の圧力をかけられた という話は一切聞いたことがありません。

そもそも、国歌であれ、校歌であれ、それを歌うということが、 教員としての職務としていったいどれほどの重要性があるという のでしょうか?
国歌であれ、校歌であれ儀式の場において 儀礼としては歌うべきです。
でも、どうしても 歌いたくないという信条を持つ人に強制して、 その強制をルール化して、従わない人間は解雇するという 発想など、公立学校であれ、私立学校であれ、 到底民主主義、自由主義をいただく国の学校として ふさわしいとは思えませんね。
戦前の日本やナチズム、北朝鮮のような全体主義に繋がりかねない 危うい発想だと思います。

教員の職務は、公立学校でも私立学校でも、 担当する各教科の知識をきちんと伝授し、生徒の資質を伸ばし、 壁にぶつかったり、悩める個々の生徒の声を聞いて、ともに 考え、よりよい方向に導いていくことであって、 そういう事に怠慢な教師を問題化するべきであって、 卒業式や入学式において、 国歌斉唱のとき起立をしたか否かなど、 教員の職務にとって枝葉末節にすぎないと思います。

結局ね、橋下徹は、 日の丸君が代を、“踏み絵”にして権力者に対して
従順な羊の群れを作りたいのですよ。 日の丸君が代を利用しているだけのファシスト体質を持つ 人物だと考えています。

追伸

卒業式の場で日の丸君が代に対して起立斉唱しない教員がいるからと 言って、いったいどれほどの問題があるというのでしょうか?
日の丸君が代強制化、免職条例を支持する人たちは、 日の丸君が代に対して起立しない行為を さぞかし大問題であるように喧伝し、 大衆を煽ってきた右派政治家たちの印象操作に まんまと乗せられているように思いますね。
何度でも繰り返しますが、 その意図するところを推察してみれば、 結局は、日の丸君が代を利用して、 権力者にとって従順なる羊の群れとする第一歩としようという 意図はミエミエだと思いますね。

ちなみに米国の判例においても


1943年 バーネット事件 連邦最高裁判決

「国旗に対する敬礼および宣誓を強制する場合、その地方教育当局の行為は、自らの限界を超えるものである。しかも、あらゆる公の統制から留保されることが憲法修正第1条の目的であるところの、知性および精神の領域を侵犯するものである」(ウエスト・バージニア州 vs エホバの証人)

1977年 ニューヨーク連邦地裁

「国歌吹奏の中で、星条旗が掲揚されるとき、立とうが座っていようが、個人の自由である」

国旗掲揚、国歌斉唱に関する諸外国の判例・事例

このようにありますが、
橋下と維新の会がやろうとしている条例案は、 世界の非常識であって、私は聞いたことがありません。 先進諸国においてこのような 条例案など噴飯物だと思いますよ。 日本はまだ人権意識という点では、先進国とは言えないのかなとも
思ってしまいます。いや、先進国ではないですね。(キッパリ)

民主主義と自由主義のメルトダウン

君が代訴訟、起立命じる職務命令「合憲」 最高裁初判断
http://www.asahi.com/national/update/0530/TKY201105300242.html

今、この判決について検索してみたら上位で
ヒットしたあるブログにこうあった。

(引用開始)

人間としての範を示しえないこのアカ狂師どもは、
おもりをつけて海に沈めても足りないくらいである!

(引用終了)

そして、この一文に対して真っ先に寄せられたコメントは、

(引用開始)

錘つけて、しづめるそうで、その時は手伝いますので、呼んでください。

 石は墓石がいいですか?

(引用終了)

http://o-u-tarasuke.jugem.jp/?eid=389

今後、ますますこういった不穏で不気味な言葉が平気で言われていくだろうし、
それを許容するか、取るに足らないことだとする雰囲気がこの国に広がって行くでしょう。
不起立教師のみならず、誰でも国歌国旗に対して異を唱えようものなら、
反日のレッテルを貼られ、国賊扱いされ、日本が嫌いなら出て行け的な言い回しが勢いを増していくでしょう。つまり国歌国旗を踏み絵に使っての異物排除。
この流れに、自己のルサンチマンをレイシズム、マイノリティ排除という形で発散させようというファシズムが勃興していく時に特徴的な集団心理が結びついて
いって右傾化のタガが外れていくと、全体主義化はもうすぐそこ。
日本は敗戦と占領という形での究極の外圧でしか民主主義と人権を制度化できなかった国なので、啓蒙思想に基づく市民革命によって自力でこれらを勝ち取った国とは民主主義、自由主義についての土台の強さが圧倒的に違うと思う。
長引く不景気、大震災、原発事故、解消されない先行き不安によって、
大衆の心理がナショナリズムになびきやすい状況にある昨今は、未成熟な脆弱な土台の上に日本の立憲主義が乗っているだけに、その崩壊のプロセスは早い。
つまり、民主主義、自由主義のメルトダウンに向けての動きが大変憂慮される。

日本が危ない。