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Snap Days 〜Shuichi Taira’s photo gallery〜

2011-06-06

鈴木邦夫と野村秋介

新右翼団体一水会最高顧問である鈴木邦男氏の著作『愛国者の座標軸』(作品社)より引用。

『 しかし、不思議だね。国旗・国歌が法制化された時「これは強制するものではありません」と政府や(当時の)文部省は言っていた。つまり、「日本の旗は日の丸ですよ。日本の歌は君が代ですよ」と確認するだけだ、と言っていた。しかし、法律を作ると、急にそれを拡大解釈しようとする人が出る。
 「じゃあ、国旗・国歌にふさわしい扱いをしよう」 「じゃあ、公立の中学・高校では生徒に歌わせよう」となる。さらには、「全員で歌った方がいい」となる。全員が立ち上がり、全員が口を開けて歌う。そこに「統一美」を感じるんでしょうな。また、それが「愛国心」だと錯覚する。いかんですな。
 さらに、「歌わない人間は困る」 「処分しろ」という発想になる。いやいや立っても「歌ってないじゃないか」と責める人がいる。「あら探し」が始まる。都内の高校で本当にあった話で、「実際に口を開けて歌っているかどうか」を写真に撮って歩いている人間がいるという。教育委員会や保守派の議員だ。やだね。法律ができるとこんな人間が出てくる。でも、写真を撮っている人間は少なくとも歌っていない。じゃあ、そいつが一番「君が代」を侮辱している「国賊」だよ。違いますかね。
 さらに「口を開いて、歌っているフリだけしている人間がいる。だから、本当に声を出しているかどうかを調べよう」という人もいる。つまり、音声を計るわけだ。いやだね。よくこんなことを考えつくもんだ。
 これじゃあ、君が代がかわいそうだ。ただ「強制」の道具にされているだけだ。左翼教師や「内心の自由」を持った教師を苛めるための道具にされている。「国歌」として大事にされていない。尊重されていない。まるで「拷問の道具」だよ。「踏み絵」だよ。
 それに「何でもいいから歌え!」と言っているだけだ。いや「何でもいいから」なんて言っていない、と「強制派」の人は言うかもしれない。しかし、違う。「君が代」を今まで5000回は歌ってきた私が言うのだから間違いない。
 ・・・・・・・
 ここで思った。よし、私は、これから教師になってやる。今から大学に入り直し、教職課程をとり、公立高校の教師になる。それで、入学式や卒業式の時、君が代で起立しない。当然、処分される。しかし、今まで5000回、君が代を歌ってきた「愛国者」である私を、誰が処分できるのか。そう言ってやりますよ。「じゃあ、あなたは何回君が代を歌いましたか?」と。20回ですか? 30回ですか?その程度で「君が代を愛していると言えるんですか」。20回しか歌わん人が、5000回歌った私を処分できるんですか? と。』

http://blogs.yahoo.co.jp/kaze7yoi/35727577.html

どうにもこうにも思考停止したネトウヨ、似非愛国者の相手をして辟易している今日この頃だけど、こういう筋の通った右翼は評価したい。支配層に良い様に洗脳され利用されていることにも気づかずに、差別的発言を臆面も無く吐き散らし、日の丸君が代を武器にして“いじめ”に使って己の鬱憤晴らしをして思考停止に陥っているアホどもは、鈴木邦夫や故野村秋介の爪の垢でも煎じて飲むべきだ。

P.S

故野村秋介とは、任侠右翼の大物だが、「黒シール事件」で男気を示した人物だ。かつて衆議院議員選挙に際して、石原慎太郎陣営が、同じ選挙区からの候補者であった元大蔵官僚、故新井将敬が朝鮮籍から帰化したという経歴をあげつらい、新井の選挙ポスターに「1966年に北朝鮮から帰化」と書かれた黒いシールを貼って回ったという事件だ。これに激怒した野村秋介は、石原事務所に怒鳴り込み、「石原は、全ての在日朝鮮人に土下座して謝れ」と迫ったという。また、野村が、刑務所に服役中に、ある左翼青年である服役囚が、勤勉で真面目に懲役に服しているにも関わらず看守から虐待を受けているさまを見て、これを管理部長に抗議し、彼の勤勉さと誠実さを訴え、後に仮釈放が決まった際、お礼に来た青年に対して、野村は、「僕の力ではない。君自身の生きざまというか姿勢が、僕を感動させて、管理部長も感動させたんだ」と、答えたという。


P.S
てか、野村氏は故人ですので、煎じて飲むべき爪の垢も無いということに今気づいたのですが・・・