●これを書き始めた今の時点(四日の午前一時をまわったくらい)で、というか、パソコンの前に座るちょっと前に外に出て確かめてみたのだが、雪はもうほぼ降っていなくて、屋根の上や自動車の上などに白く積もっているくらいで、地面にはほとんど積もらないまま終ってしまいそうなのが残念というか肩すかしな感じなのだが、雪が降り始めた夕方くらいには、この雪はきっと積もるんだろうなあという期待に軽く昂揚しつつ、傘を手には持ったがささないままで散歩に出かけたのだった。真冬のような寒さに頬が硬直しひりひりとして、両手はジャケットのポケットに入れているので傘は肘よりやや下のところにひっかけて、寒いから思わず早足で歩くと、意外にはやくからだの芯はポカポカとしてくる。こういう日はやはり歩いていて開放感のある川沿いを歩こうと川を目指し、しかし昨日も川沿いを歩いたので今日は昨日とは逆の上流へ向かって歩いた。寒い雪の日でも土手の道は人が多く出ていて、その多くの人もまた傘をささずに雪に触れていた。土手の上の道は遠くまで広く見える見晴らしの良さで、寒いから早足でせかせかと歩いても、まわりの風景がゆっくりとしか変化しないので、せわしなくはならず時間がゆったりと流れる感じがする。散歩している間にも雪はだんだんと強くなり、このままいけば天気予報通りにきっと積もるだろう、積もったらまた明日、川原まで積もった雪を見に来ようと季節外れの積雪を期待したのだが、今の様子ではきっと積もらないのだろう。
途中で橋を渡って対岸に行き、ついでに川沿いの道から外れてすこし奥へ入って行くことにした。普段頻繁に通る道ではないが、はじめて通るというわけでもない道。少しずつ上ってゆく坂道はその先でトンネルに入り、しかしトンネルの手前で脇に階段があって、階段を上るとその丘には迷路のようにはり巡らされた道に沿った住宅街があるはずだ。そのまままっすぐ進むつもりだったが、交差点で信号に阻まれたので、青になっている方へと左折して車道をわたって、そこから細い路地に入ってみた。路地は蛇行しながらも一本道で、このまま進むと何処らへんに出るのかだいたい予想がついてしまうので、脇へ逸れる道はないものかと探しながら進んだ。家と家の間を通る細い私道のような道があり、その奥に上へと上ってゆく階段がちらっと見えた。そっちへ行ってもおそらく道はなく、どこかの家の玄関にぶつかって行き止まりだ、っぽい感じの雰囲気だったが、とりあえずそっちに行ってみることにした。遠慮がちに細い道を抜けてゆき、階段を上ってみると、予想外に広い空間が開けていた。そこは大掛かりな団地の敷地の一番隅っこで、団地と外とを仕切る大きな木が並んでいる切れ目のようなところだった。団地は何棟も並び、どこまでもつづいているようだった。団地の内部に入ってゆくのははばかられたので、端っこの並木沿いをずっと歩いた。古い団地の建物は、空き部屋がちらほら目立つように思えた。一階部分に、あきらかに保育園用につくられたスペースがあったのだが、そこもがらんと空室だった。しばらく行くと、並木のための土の部分を利用して(おそらく勝手に)そこを畑にして、野菜をつくっているところがいくつかあった。そのうちの一つで、何人かのおばちゃんたちが土を掘り返していた。土の匂いが濃く、強く漂っていた。それは土の匂いというよりも、ニラとかタマネギを切った時のようなツーンとする匂いだった。その匂いは、ずいぶんと先までずっとついてきた。
川沿いまで戻り、今度は来た道を逆に下流の方へ戻った。雪が降っているのに、小学生くらいの兄弟に見える二人の子供が川のなかで遊んでいた。流れのなかから頭を出しているいくつかの大きな石の上を、ぴょん、ぴょん、と飛び移って、流れの中程までゆき、水面の奥を覗き込むように見ていた。土手の上の道という高いところからそれを見ていて、ふいに、その子供たちと自分との位置が逆転して、自分は今、本当は、あの川の流れの中程の石の上に立っているのではないかという目眩のような感じに襲われた。目から入る視覚像としては、確かに高い位置からそれを見ているのだが、感覚的には、水の流れる音、その匂い、足もとの石の硬い感触とからだの不安定なバランス、こそが、すぐ近くに、触れられるものとしてあって、土手の上からの視覚像は、川のなかにいる自分が、土手の方から見られていることを想像している像でしかないような遠い感じなのだ。そのような目眩に襲われながらも、実際には足取りさえ乱れることなく、はーっと息を吐いて白いなあとか思いながら、せかせかと足早に歩きつづけているのだが。こういう時、自分が世界のなかで存在する位置という感覚が、よく分からなくなる。