●「ÉKRITS」に書いた「幽体離脱の芸術論」で引用した『体外への旅』(ロバート・A・モンロー)はオカルト本で、幽体離脱へ至る身体的な感覚を具体的に書いている以外のところは退屈なのだけど(例えば、科学的な実験について書いてある部分の「実験」は、まったく科学の体を成しているものではないと思われる)、幽体離脱を経験する前の段階として、「腕が伸びる」という体験があったと書いてあるところがあって、これも微妙に小鷹研理さんの装置と被っていて興味深い。
モンローはまず、横たわって眠ろうとする際に、金縛りのように体が動かなくなって、体が勝手に振動するという出来事を繰り返し経験するようになる。
《そのとき、私は全身が激しく振動し始めるのを感じた。しかし、私は自分では身動きひとつできなかった。それはまるで万力のように私の全身をつかんだ何かが、私の身体を振動させているような感じだった》
《振動は一定の周期---一分間に60の私の脈拍よりずっと遅い、おそらく一分間に30くらいの振動数---で私の身体を震わせつづけた。それは、痛みをともなわない電気ショックが、全身を駆け抜けていくような感じだった。》
《(…)振動と一緒に電気火花の輪のようなものが頭のまわりに現れるのを感じたことが、一度ならずあるということである。その輪は直径60センチほどで、目をつぶるとはっきり見え、私の身体を取り巻いた形で頭から爪先へ、爪先から頭へと比較的ゆっくり移動を繰り返した。往復の周期はおよそ5秒で、一定していた。この輪が移動するにつれて、輪の作る平面と私の身体の交わる部分、すなわち輪切りにされた部分に、振動が起るのが感じられた。そして輪が頭部を通過するときには、耳の中でとどろくような音が響き、私は脳が振動するのをはっきりと感じた。》
このような経験が日常的に繰り返し起こるようになる。そしてある夜に次のような経験をする。ベッドで眠りにつこうとしたときに振動現象が起り、モンローは早く眠りにつきたくて、振動現象が過ぎ去るのを待っていた(この時点で彼はまだ幽体離脱を一度も経験していない)。
《そうしてじっと横になっているうちに、私はふと片方の腕がベッドの右側からずり落ちて、指が絨毯に触れるのを感じた。》
《私は何気なく指を動かしてみた。すると指先が絨毯に擦れるのが感じられた。いつもなら振動の最中に身体のどこかをそんなふうに動かすことはできるはずがなかった。そのことに思いつかないまま、私は今度は指先を絨毯に押しつけてみた。すると、少し抵抗があってから、指先が絨毯を突き抜けて、下の床に触れたように感じられ。私はぼんやりと好奇心を呼び起こされ、指をさらに押しつけてみた。》
《私の手は床板を突き抜け、下の部屋の天井板のざらざらした表面に触れた。私はその手であたりをさぐってみた。小さな三角形の木片と、曲がった釘、それにおがくずらしいものに触れた。やはりぼんやりと興味を引かれながら、私はさらに手を下へ伸ばした。すると、相変わらず腕は身体につながったまま、手は下の部屋の天井板を突き抜けて、どんどん下へ伸びた。やがて私は指が水に触れるのを感じた。私は何気なしに指で水をはねかえした。》
これは普通に考えれば、朝、もう起きなくてはと思い、起きて、支度を済ませるのだけど、その「起きて支度を済ませる」というそのことが、実は寝ながらみていた夢だったという、わりとよくあることの延長のような出来事だと思われる。要するに、半覚半眠状態でとてもリアルな夢をみていると考えられる。
ここで興味深いのは、私の身体の位置から最初に分離するのが「腕」であるという点だ。腕(手)はよく動くし、正中線を超えて左右へとズレることも多い。さらに、道具などをよく使って感覚を「その先」にまで延長させることも多い。フルボディイリュージョンよりも、ラバーハンドイリュージョンの方が起りやすく、またリアルであるという事実ある。腕(手)は、感覚的に体から分離しやすいのだろう。
もう一つ興味深いのは、分離のきっかけが、腕が「下に垂れる」という出来事だという点だ。幽体離脱は、重力に逆らった浮遊や重力反転によって起りやすいと考えられるが、ここでは腕が重力に従う(重力に導かれる)ようにして体から分離しているのだ。腕を、意識的に下へと伸ばすという行為は、相対的にみれば、身体を上へと浮遊させるという行為と重ねられるし、「伸ばす」という行為自体は重力とはあまり関係がない(上へだろうが横へだろうが「伸ばす」ことには変わりない)とも言える。しかし、まず最初に分離が起きる時に、そのきっかけが、腕がだらっと垂れるという事柄であることが不思議だ。
ここでは、「垂れる=ずり落ちる」という感覚が分離を促すことつながるのだろうか。ここに、重力反転や重力の希薄化と「無重力」との間にある、微妙な違いが現れているようにも感じられる。