愛国のススメ〜一期栄華一盃酒〜 このページをアンテナに追加 RSSフィード


2007-10-26 愛国のススメ第64号

[]第六十四段「吾が間をして必ず探りて」


今回は「用間編」から、

実際の諜報活動のさらに具体的な方法について。


 「およそ攻撃したい軍隊や、攻略したい城邑や、暗殺したい要人については、必ずその軍隊指揮や城邑守備や要人警護などの任に当たる将軍や、左右の側近、謁見の取り次ぎ役、門衛、雑役係などの姓名を事前に割り出した後、配下の間諜に必ず彼らの身辺に探りを入れさせて、それらの人物の履歴、性癖、境遇などを調べ上げさせよ。」


 この段では、実際に戦闘行動や非公然活動を実行するに当っても、自前の情報収集活動の実施が必要である事を述べている。


戦闘行動において「謀攻」を計る場合、指揮官の抱きこみが可能であるならば実施しない手はない。


また、要人暗殺を行う際にもその警備状況や、側近など様々な周囲の人間の身辺調査は不可欠である。


その地位が低ければ低いほど、なりすまし等の準備活動は容易である。


また要人に近い人間であっても、その履歴に弱みを持つ者や、境遇に不満のある者、金銭や女性に弱い性癖を持つ者が存在するならば、これを利用しない手はない。


諜報活動の原則をより細やかに説明した段であると言えよう。



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2007-10-22 愛国のススメ第63号

[]第六十三段「三軍の親は、間よりも親しきは無く」

 

再び用間編から。


ここでは、スパイを使用する際の「君主」


即ち政策決定者の心構えといったものが述べられています。


「そこで全軍のうちでも、

君主や将軍との親密さでは間諜が最も親しく、

恩賞では間諜に対するのが最も厚く、

様々な軍務では間諜の行うのが最も秘密裏に進められる。

君主や将軍が俊敏な思考力の持ち主で無ければ、

軍事に間諜を役立てる事はできず、

部下への思いやりが深くなければ、

間諜を期待通りに忠実に働かせる事ができず、

微妙な事まで察知する洞察力を備えていなければ、

間諜のもたらす情報中に潜む真実を選び出すことができない。

なんと計りがたく、

奥深い事か、

およそ軍事の裏側で、

間諜を利用していない分野など存在しないのである。 

君主や将軍が間諜と進めていた諜報・謀略活動が、

まだ外部に発覚するはずの無い段階で、

他の経路から耳に入った場合には、

その任務を担当していて秘密を漏らした間諜と、

その極秘情報を入手して通報してきた者とは、

機密保持のため、

ともに死罪とする。」




 前段までの諜報活動の重要性を踏まえて、最初の段落では、間諜を如何に扱うかについて述べられている。



第一に政策決定者、軍指揮官と間諜の意思疎通の重要性、

第二に間諜に対する恩賞の重要性、

第三に間諜の行う任務の秘匿の重要性が述べられている。



政府及び軍指揮官との意思疎通がままならない状態では、いかに優れた間諜も、その任務の最も重要な点の一つである「情報の伝達」を完遂することは困難となる。そして恩賞を十分に与えなければ、「反間」の事態を招く事にもなりかねず、また常に生死を争う事態に自らを投げ込むような間諜の任務の性質に鑑みれば、厚く待遇する事は合理的であり、そうでなければその士気にも関わるであろう。そしてその任務の秘匿性が確保されなければ、その任務の成功率は限りなく低くなるであろう。まさに「兵とは詭道」なのである。

 


 次の段落では政策決定者、軍指揮官の心構えといったものが説かれている。諜報活動全般に及ぶ物事の判断が優れていなければ、如何に貴重な情報であってもそれを生かすことはできず、間諜の生死を賭した職業的運命を配慮する思いやりがなければ、その忠誠を保つ事はできず、情報評価が確実に行われなければ、敵国のディスインフォメーションにあっさり乗せられてしまうような事態を引き起こす事となる。 「およそ軍事の裏側で、間諜を利用していない分野など存在しないのである」この言葉は、現在の我が国が最も認識しなければならない言葉の一つであるということができよう。 



 最後の段落では、機密保持の重要性を説いている。諜報・防諜活動そのものの漏洩は、その規模によっては国家の存亡を左右するものともなる。ここでは関わった者全てを死罪とするとされるが、現代においてこれを解釈するならば法に則った処罰及び対処を行うものと解釈するのが適当であると考えられる。ここで死罪と述べられているのは、「厳格な対処が必要である」との意味を特に含んでいるのであろうと考えられるからである。防諜活動をも念頭に置いた先人の兵法から、我々が学ぶところは非常に大きい。法に則り処罰するべき行動が存在するにも関わらず、準拠すべき法が存在しない我が国の実態というのは非常に危険な状態であると言わざるを得ない。


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2007-10-21 愛国のススメ第62号

[]第六十二段「間を用うるに五有り」


用間編の続きです。


今回は、スパイの実際的な運用法について。


これが二千年前に既に考えられていたこと自体が驚きと言わざるを得ないでしょう。


それと比較すると、現在の我が国の実態は非常に問題があるということが自ずと見えてくると言えます。




「そこで、

間諜の使用法には五種類ある。

因間があり、

内間があり、

反間があり、

死間があり、

生間がある。

これら五種の間諜が並行して諜報活動を行いながら、

互いにそれぞれが位置する情報の伝達経路を知らずにいるのは、

これを神妙な統轄法と称し、

人民を治める君主の貴ぶべき至宝なのである。

生間というのは、

繰り返し敵国に潜入しては生還して情報をもたらすものである。

因間というのは、

敵国の民間人を手づるに諜報活動をさせるものである。

内間というのは、

敵国の官吏をてづるに諜報活動をさせるものである。

反間というのは、

敵国の間諜を手づるに諜報活動をさせるものである。

死間というのは、

虚偽の軍事計画を部外で実演して見せ、

配下の間諜にその情報を告げさせておいて、

欺かれて謀略に乗ってくる敵国の出方を待ち受けるものである。」



 


この段では五種類の間諜の解説を行っている。つまり、因間、内間、反間、死間、生間である。



?「因間」

これは敵国の民間人を利用した諜報活動、現在でいう所の「現地エージェントの開拓」である。

例えば、圧政を敷く敵国の反体制グループなどを自国情報要員が利用する場合などを言う。

敵国の民主化を名目に、NPO団体構成員などを装い、対象に接近していく方法などが考えられうるであろう。

この活動では情報収集だけでなく、当該民間人を利用した世論誘導や破壊活動の煽動を通して社会不安を煽るなどの工作・謀略活動も可能である。



?「内間」

 これは敵国の政府職員、政府関係者を利用した諜報活動であり、最も精度の高い情報が得られる事もあり、情報収集活動としてはかなり有効なものであると考えられる。

閑職に追いやられた者を買収に手を染めさせ、出世願望の強い者の功名心に火を付け、その証拠をこちらが握ったならば彼はもう後戻りはできない。

金に目が無い者、女性に目が無い者の引き込みは非常に容易である。

この活動は、我が国においても数多く事例が見られる。

また、この活動においても、自国側が掌握した、対象の「弱み」を利用した工作・謀略活動が可能となる。

自国に不利となる政策決定を妨害したり、自国に有利となる政治活動を対象に行わせるものがその例としてあるだろう。

諸国間の往来が容易となった現在では、自国から諜報員を派遣せずとも、外交使節団として来訪した者をその対象とすることも可能である。



?「反間」

 これは敵国の諜報員を利用した諜報活動、いわゆる「二重スパイ」である。

これに関しても、自国から派遣した諜報員には得る事のできないような重要な情報を握った者が多いため、情報収集の手段としては非常に有効である。

これには防諜活動を実施する中で捕獲した者、敵国の待遇に不満のある者を掌握する方法があるだろう。

捕獲した者に関しては、その捕獲と情報の漏洩が露見した場合、本国に戻ったとしてもその身分保障は非常に危ういものとなるため、その秘匿を条件にこちら側のための活動に従事させる事が可能である。

待遇に不満のある者に関しては、破格の待遇によってこちらに迎え入れる事が肝要である。

第六十段にあったように、間諜に対する恩賞を惜しんで敵情把握に努めないのは、「不仁の至り」である。

その利点としてはこの活動が露見したとしても、敵国諜報員が処罰されるのみであり、自国には被害が及ばない。

但しそれは自国が関係した証拠を一切残さない事が原則であり、そうすることにより敵国のスパイ派遣を外交的問題として非難することも可能となる。

逆に注意すべき点として、敵国の意図を持って故意に二重スパイになろうとする者がいることである。

後に述べる「ディスインフォメーション」や、様々な工作・謀略活動の原因を作ることになるため、そもそも二重スパイとは「裏切り者」であるのだから、その身辺調査には万全を期す必要がある。


?「死間」

 これは虚偽の情報を敵国側に伝達する、いわゆる「ディスインフォメーション(偽情報)」である。

外交上の情報であっても、軍事上の情報であっても、利害関係国及び敵国に、自国の実情を知られることなく事を進める必要があるのは自明の理である。

国家間の国際取引を行う場合、実際は3万ドルでの妥結を目論んでいたとしても、最初からその値段を知られていれば、実際にはその値段での交渉成立は難しい。

そこで「2万ドル程度で考えているそうだ」などの情報を流しておけば、後に3万ドルという数字を提示することによってこちら側に有利な取引が可能となる。

軍事においても、自国の虚偽の戦略的欠点を故意に漏洩させることにより敵国を油断させる事が可能である。

ある地点の防備が脆弱であるとの偽情報を敵国に流し、実際は強固に布陣していたならば、戦局の推移は非常に優位である。

また、偽のテロ情報を流し治安機関の目を逸らし、本来の任務であった情報収集活動を行うといった陽動作戦としてもこの活動は有効である。

謀攻編第十三段「彼を知り己を知れば百戦危うからず」にあったように、「計略を仕組んでそれに気付かずやってくる敵を待ち受けるのは勝つ」のである。

このように、偽情報を飛び交わせることにより真実を見えなくする手法は現在でも行われている情報任務の基本中の基本であり、情報収集の手段としても、防諜活動の手段としても非常に有効である。



?「生間」

 これは敵国で情報を収集し、自国に生還し伝達する、本来の意味での「スパイ」である。

諜報活動というと主にこれが念頭に置かれるが、他者に情報を探らせるのではなく、特にその諜報要員自らの技量によって情報収集を行うことから、その育成には多大な時間と費用を要する。

しかしそれに鑑みても、この要員の活動によって、何らのフィルターを通さない、いわば「生の」情報が得られる事を考えれば、その労力は費やしても費やしすぎる事はない。

このような活動には、やはり連綿と継がれる「職人芸」の如きノウハウが必要となる。

戦後ぷっつりと途絶えてしまった我が国の諜報活動は、小手先の対応ではなく、一から構成し直す必要があるようにも感じられる。

それが「己を知り」、自己反省をした上での結論ではなかろうか。



 そして、これらの五種類のスパイが相互に作用しながら活動していく事により、複合的な効果を得る事ができる。それが引き起こす結果に関しても把握、理解するのが「君主」、即ち政策決定者の責任である。上記のような「情報戦」は、実際の戦闘行動と同様に、必ず不確定な要素が付きまとう。

そしてその要素次第では、予期せぬ結果や突発的な事態を招く可能性も十分に考えられる。

それに対し、事前に対策を練ったうえで冷静に対処できないようでは、「君主」としての資格は無いと言わざるを得ない。そしてそのような君主に忠誠を誓う諜報員は無に等しいであろう。



 また、スパイの運用法で重要な点として、

「互いにそれぞれが位置する情報の伝達経路を知らずにいるのは、これを神妙な統轄法と称し、人民を治める君主の貴ぶべき至宝なのである。」

つまり、敵国に送り込んだスパイは、各個独立して行動すべきことを述べている。

それぞれのスパイが頻繁に連絡を取り合い、複合的に動くならば、合理的な情報収集が可能となり、一面的には優れた手段であるように見えるが、その要員が一人でも捕獲されたならば、いわば芋づる式に全要員が捕獲される事態を招きかねない。

複合的にスパイ網を構築する場合であっても、その各個の位置情報や情報伝達経路については互いに知りえないようにしなければ情報収集活動そのものの破綻を招く事となる。

現代の進歩した技術が、それを容易にするであろう。

こうした運用法が「君主の貴ぶべき至宝」であるのと同様に、この文言は五つの間諜そのものを修飾する言葉でもある。

自国の利益の伸長だけでなく、自国の防衛にとっても、諜報活動というものは欠かす事のできない存在である。

そして決してその活動が表沙汰になることなく、英雄ともなり得ないにも関わらず、自らを死地に投入してまで自国のためにその任務を果たす諜報要員の自己犠牲の精神に、我々は最大限の敬意を払わねばならない。

ある者は国民のさらなる利益伸長のため、ある者は民主主義の擁護のため、それが「君主」、即ち政策決定者自らの利益のためだけに使われるのでなければ、それはまさに国家の「宝」と呼ぶことができよう。

軍事・情報機関が弱体化していく原因は、政策決定者がその機関を自らの為だけに使い始めるところから始まるのである。


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2007-10-20 愛国のススメ第61号

[]第六十一段「敵の情を知らざる者は、不仁の至りなり」


ここからは、下にもありますが「用間」、つまりスパイの運用法についての検討です。

いかに情報収集活動が重要なのか。

いかに敵の情報収集活動を防止することが重要なのか。

これについて考えていきましょう。


第十二章 用間編

 ここでは「用間」、つまり間諜の運用法について特に述べられている。二千年もの昔にこのようなスパイの研究がなされていたというのは驚くべき事であるが、現代においてもその本質は古びたものではない。原則というものを提示しているからこそ、現代においても活用すべき点が多々あると考えられる。以下、用間編の全編を検討していきたい。



第六十一段「敵の情を知らざる者は、不仁の至りなり」



孫子は言う。およそ十万規模の軍隊を編成し、

千里の彼方に外征するとなれば、

民衆の出費や政府の支出は、

日ごとに千金をも消費するほどになり、

遠征軍を後方で支えるために朝野を問わず慌しく動き回り、

物資輸送に動員された人民は補給路の維持に疲れ苦しんで、

農事に専念できない者たちは七十万戸にも達する。こうした苦しい状態で数年にも及ぶ持久戦を続けた後に、

たった一日の決戦で勝敗を争うのである。



かくも莫大な犠牲を払い続けながら、

ただ一度の決戦に敗北すれば、

これまでの努力すべてが一瞬のうちに水の泡と消えてしまう。

それにもかかわらず、

間諜に爵位や俸禄や賞金を与える事を惜しんで、

決戦を有利に導くために敵情を探知しようとしないのは、

民衆の永い労苦を無にするもので、

民を愛し哀れむ心のない不仁の最たるものである。

そんなことではとても民衆を統率する将軍とは言えず、

君主の補佐役とも言えず、

勝利の主催者ともいえない。

だから、

聡明な君主や智謀の優れた将軍が、

軍事行動を起こして敵に勝ち、

抜群の成功を収める原因は、

あらかじめ敵情を察知するところにこそある。

事前に情報を知ることは、

鬼神から聞き出して実現できるものではなく、

天界の事象になぞらえて実現できるものでもなく、

天道の理法と付き合わせて実現する事もできない。

そうした神秘的方法によってではなく、

必ず人間の知性の働きによってのみ獲得できるのである。」

 


実際に戦争を開始する段になると、その戦闘規模にもよるが、現代であれば陸海空軍及び海兵隊を戦時編成し、それを敵地に派兵していくには莫大な予算が必要となる。そして民衆は戦時経済の統制下に置かれ、重税に苦しむ。また避難訓練や消火活動などの民間防衛業務に忙殺され、本来の業務に従事することが非常に困難となる。また、その形態が全面戦争であればこのような困窮状態が数年にも及ぶ。にもかかわらず、その勝敗を左右するただ一度の決戦に敗北したならば、戦時中の多大な犠牲や支出は全くの無駄だったこととなる。



そこで、孫子はスパイによる情報活動の重要性を説く。スパイに対する身分保障や対価の拠出を惜しんで敵情の把握を行わないことにより、逆に上記のような損害を被ることを述べている。そのような意思決定を「不仁の最たるものである」と口を極めて排撃しているように、情報収集活動を戦争の不可欠な要素として位置づけている。また、それは軍事行動の成否を左右するものでもある。「彼を知り己を知らば百戦して危うからず」との記述があったように、敵情把握と自己評価なしには戦闘行動における勝利は得られないのである。また、その情報収集活動の手法についても、神仏に祈ったり、星や太陽の動きから情報が得られるのではなく、実際の人間の活動によってのみ得られるという、当時としては非常に画期的な、現実的な視点を持って述べられている。これは現代においても、人的情報収集(HUMINT)が結局は決定的な鍵を握ると考えられている事にも通じる思想であろう。


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2007-10-19 愛国のススメ第60号

[]第十三段「彼を知り己を知らば、百戦して危うからず」


本日はかの有名な、「敵を知り己を知れば百戦危うからず」です。


様々な分野、ひいてはエンターテイメントの世界においてまで引用されるこのフレーズ。


じっくりと理解すれば、実生活にも役立つでしょう。



 「そこで、勝利を予知するのに五つの要点がある。

第一に、戦ってよい場合と戦ってはならない場合とを分別しているのは勝ち、

第二に、大兵力と小兵力それぞれの運用法に精通しているのは勝ち、

第三に、上下の意思統一に成功しているのは勝ち、

第四に、計略を仕組んでそれに気付かずにやってくる敵を待ち受けるのは勝ち、

第五に、将軍が有能で君主が余計な干渉をしないのは勝つ。

これら五つの要点こそ、勝利を予知するための方法である。

従って軍事に於いては、

相手の実情を知って自己の実情をも知っていれば、

百たび戦っても危険な状態にはならない。

相手の実情を知らずに自己の実情だけ知っていれば、

勝ったり負けたりする。

相手の実情を知らずに自己の実情も知らなければ、

戦うたびに危険に陥る。」



 ここでは、実際の戦闘を左右する5つの要素を示している。この5つの要素を自国と敵国とで比較し、その勝敗を分析するのである。



第一の要素は戦ってよい場合、戦ってはならない場合の区別ができているかどうかである。今日で言うなれば核兵器保有の有無により判断する事も可能であろう。また、局地的な戦闘の場面において、歩兵小隊が戦車部隊に一斉突撃を行うような場合、その結果は明白であるから、極力接触を避け退路を捜し求めるのが一番の策であろう。



第二の要素は兵力の大小により異なった運用法が実践できるかどうかである。狭い入り組んだ建物内に潜むテロリストの殲滅のために重装備の山岳師団を大量に投入したり、数が物を言う広い野戦場に軽装備の特殊部隊を少数投入したところで、たいした戦果は上げることができないであろう。



第三には上下の意思統一である。作戦行動の目的が指揮官と兵員で異なっていたなら、目的の達成は困難であろう。また、各兵員の人心掌握が指揮官によって完全に出来ていないならば、窮地に追い込まれた際に、前線部隊が瓦解しバラバラに逃げ散っていくような状況も考えられる。



第四には計略を仕組み、それを敵に悟らせず待ち受ける点である。敵部隊の到着の前から狙撃兵が配置されていたならその狙撃はいとも簡単であるように、物理的に敵軍よりも早く部隊展開ができるのか、地理的に有利な条件を確保できるのか、という点である。



第五には、現地の指揮官に遠く離れた君主、現在で言うならば高級官僚や政治家が実際の作戦要領に口出ししないということである。現地では時々刻々と状況が変化するにも関わらず、紙面上だけでの判断を頼りにあれこれ命令されては、現地部隊が有効な行動を実施することは期待できない。



これに当てはまる事件として、先日の愛知県長久手市における発砲立てこもり事件が想起される。銃器を持った犯罪者に対抗するべく創設されたSAT隊員が死亡するという事態まで引き起こしたこの事件であるが、SATがそこまで脆弱な部隊であるとは考えにくい。「発砲をしない」という原則を振り回したことが、あのような最悪の結末を招いたといっても過言ではないであろう。極限の状態にいる現地部隊を不合理な「ひも」付きで行動させることの危険性を学ぶ教訓とすべき事件である。



その次の段階として、これら五つの要素を、「彼」と「己」で比較する必要がある。これらの戦略的情報は、敵国によって秘匿されていることは明白であるから、様々な手段を活用して情報収集を行う必要がある。先の段で述べられたように、戦争の前段階における様々な活動により実際の戦闘を地均しする必要性があるのと同様に、ここでも、あらゆる情報収集活動を行い、戦闘行動の補助とするべきことが述べられている。



何の情報もなしに敵軍と対峙したところで、無用な自軍の損害を増長させるだけであるからである。それと同様に、自軍の評価もまた重要である。敵国にあって自国にないものは何か。弱点はどこか。そういった過程を繰り返す事によって、自国の決定的な弱点が補強されていく事となる。



しかし、「およそ人間にとって、自己の欠点やら弱点やらを眼前に突きつけられ、それらをすべて認めるよう強要される事は、甚だしい苦痛である。」(本書より)自国の欠点、弱点の克服の課程は、その弱点などを認識することから始まるが、その現実から目を背けようとする人間の本質が大きな落とし穴となる。これが自己正当化や弁護へと繋がり、結局は何らの対処も行われないという結果に結びつく場合がある。この事を見落としたならば、「己を知る」ことはできず、「百戦をして危からず」という結果は得られないであろう。「彼」、つまり敵とは、敵国とは別に、「己」の中にも存在しているのではないかということも考えられる。


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