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不識庵の面影

2016-06-26

「見立て」という文化

最近、鎌田東二先生『世阿弥-身心変容技法の思想-』というご著書を拝読したのですが、本書で展開される論旨を俯瞰するだけの知識や体験がなく、読了したものの所謂「腑に落ちる」ところまで至りませんでした。

能といえば「薪能」を数回鑑賞したことがあるくらいで、まったくの門外漢ですから当然いえば当然。

ことほど左様に「知らないこと」が如何に多いかを痛感。学びの機会として人と逢い、旅をすることが大事であると改めて感じた次第。

ここ最近、人と逢い酒を酌み交わす機会が多く実に愉快な時間を過ごしております。

その一方で名所旧跡巡り、美術館や博物館、映画や音楽の鑑賞、読書などにも、それなりの時間を費やしております。

その分、自宅でPCに向かう時間は大幅に削減され、書く時期を逸したブログ・ネタも随分と増えました。

今宵は久しぶりに「よしなしごと」として、そこはかとなく書き綴ってみたいと思います。

「よしなしごと」とは、とりとめもないこと、たわいのないこと、つまらないこと。

「『見立て』という文化」というお題は付けてはいるものの、おそらく、とりとめもない文章となることをご容赦くださいませ。

このブログは、もともとは「備忘録」として書き始めたものですから、今回は映画「スポットライト 世紀のスクープ」以降に鑑賞した作品をまとめておきます。

正直、個別にブログを書くだけの時間がありません。


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   映画「世界から猫が消えたなら」


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   映画「殿、利息でござる!」


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   映画「ボーダーライン」


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   映画「エンド・オブ・キングダム」


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   映画「64−ロクヨン 後編」


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   映画「王の運命−歴史を変えた八日間−」


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   映画「クリーピー 偽りの隣人」


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   鑑賞した映画の劇場プログラム


こうして動画を貼り付けておくだけで、映画鑑賞記録となる訳ですから、いまさらながら「記録」としてブログという手段を使わない手はありません。

「知るは楽しみなりと申しまして、知識をたくさん持つことは人生を楽しくしてくれるものでございます」

この鈴木健二氏による名文句で始まるNHKの「クイズ面白ゼミナール」という番組がありましたが、新たに知ったことを覚えるには記録が必要です。

私はブログ「マンダラート」でご紹介したとおり、ちょっと変わったメモ術で記録をとっています。

もっとも学生時代とは異なり、いまは暗記する必要に迫られることは殆どありませんが、その分「学んだ内容を真に理解できたか」「その知識を何に活かせるか」が肝要です。

人生を豊かにしてくれるもの、それが教養なのかもしれません。

ちなみに名文を諳んじることが昔から好きで、いまでも『平家物語』巻第一の「祇園精舎」や蓮如上人の「白骨の御文」、道元禅師の教えをまとめた『修証義』の「総序」などを時折暗唱しては愉しんでおります。


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また「仏説摩訶般若波羅蜜多心経」「舎利礼文」「阿弥陀如来根本陀羅尼」などの経文を暗誦するようになって数十年が経ちますが、若い頃に覚えたものは不思議と忘れないものです。


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それがいまでは新たな外来語を覚えるのにも一苦労します。

例えば気になる海外の若手クラシック演奏家の名前などは、なかなか覚えれません。

それはともかく、名文か否かは音読してみると如実に判ります。

この「へっぽこブログ」も誤字脱字や怪文が多いのは言うに及ばず、頭の中で組み立てられた文章は、とかく想いが前のめりとなりがちで、音読してみると「?」という箇所が随分とあります。

かつて、元警察庁第八方面本部長兼刑務部参事官という凄い肩書をもっておられた方から文章指南を受けたことがあります。

私のへっぽこ文章を超高速で音読され、紙が血の池地獄と化すほど赤字校正を入れていただきました。

その校正の赤字は、それはそれは見事な草書で浅学の我が身には難解で往生しました。

文章の推敲とは斯くの如し・・・文章が格調高いかどうかが、その教養人の校正基準でしたが、「平仄」という言葉をはじめ、実に多くの言葉を学ばせていただきました。

もっとも文章力は「へっぽこ」のままですが・・・


つれづれなるままに日暮らし 硯すずりに向かひて

心にうつりゆくよしなしごとを そこはかとなく書きつくれば

あやしうこそ ものぐるほしけれ


人口に膾炙した兼好法師の『徒然草』の序段ですが、蓋し名文。

しかし、芥川龍之介は『侏儒の言葉』で「つれづれ草」という項目まで設けてコテンパンに扱き下ろしています。

わたしは度たびこう言われている。―『つれづれ草などは定めしお好きでしょう?』しかし不幸にも『つれづれ草』などは未だ嘗て愛読したことはない。正直な所を白状すれば『つれづれ草』の名高いのもわたしには殆ど不可解である。中学程度の教科書に便利であることは認めるにもしろ。」

もっとも、これは芥川の本心ではあるまい。

衒学趣味という点で兼好法師芥川には相通じるものがありますから、その相似を指摘されることを芥川は良しと出来なかったものと考えます。

それにしても皮肉なのは「中学程度の教科書に便利」と揶揄した芥川自身の作品が「中学程度の教科書」に採用されていること。

日本においては明治以前に「句読点」は存在しておらず、芥川龍之介は「文部省仮名遣改定案について」という文章の中で「僕等は句読点の原則すら確立せざる言語上の暗黒時代に生まれたるものなり」などと書いていますが、句読点の置き方の標準が公的に示されるのは明治39年(1906)の文部省大臣官房圖書課が発した「句読法案句読点法案)」だそうです。

英語の終止符(.)とカンマ(,)が、日本では句点(。)と読点(、)になった訳です。

句読点の歴史は古代ギリシャまで遡るといわれますが、その効用こそ「音読」しやすくするための工夫だったのです。

さて、工夫といえば「見立て」という文化が日本にはあります。美意識、殊に「用の美」という視点からこの文化を極めたのが茶道です。


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茶の湯 こころと美」という表千家不審菴のサイトでは「見立て」について次のように説明しています。

「千利休は、独自のすぐれた美意識によって道具類の形を定めたり、本来茶の湯の道具でなかった品々を茶の湯の道具として『見立て』て、茶の湯の世界に取り込む工夫をしました。
この『見立て』という言葉は、『物を本来のあるべき姿ではなく、別の物として見る』という物の見方で、本来は漢詩和歌の技法からきた文芸の用語なのです。
利休は、この文芸の精神であった『見立て』の心を大いに生かして、日常の生活用品を茶道具に採り入れました」

この利休の「見立て」の具体例が以下のように紹介されています。

「たとえば、水筒として使われていた瓢箪を花入として用いた逸話や船に乗るために出入りする潜り口を茶室のにじり口に採り入れた逸話などは有名です。
利休に留まらず当時の茶人たちが、喫茶用としての茶碗といえば唐物の茶碗が主流であったのに対して、朝鮮半島の雑器であった高麗茶碗をわび茶の道具として採り入れた精神や、当時の南蛮貿易でもたらされた品々を茶道具に転用したのも、『見立て』の精神だといえるでしょう。このように、茶の湯に何かを採り入れて、新鮮で趣のある試みを加えようとするのが『見立て』の心でした。
近代では、早く仏教美術などの品々が茶室に採り入れられたり、また世界各地の陶磁器やガラス製品、あるいは金属製品なども茶道具として『見立て』られています。
茶の湯を楽しく実践し革新する上でも、この『見立て』の精神は、茶の湯の原点とでもいうべき心なのです。
たとえば、旅先でその土地の伝統工芸品などを眺めつつ、これを蓋置や香合として見立てられないかなど考えながら歩くのも旅の楽しみであり、茶の湯の生活の楽しみでもあります。
また、すぐれた美意識を伴った『見立て』の心が、各地の伝統工芸や伝統産業を活性化させる可能性もあるでしょう」

利休のような審美眼はありませんが、私も「見立て」に興じることがままあります。

「アーチルーラー」という、ちょっと曲がった定規があります。

2007年にグッドデザイン賞を受賞したスグレモノです。

知る人ぞ知る定規で、あの東急ハンズでも「ジミ」な陳列で目立ちませんし、ちょっと気の利いたセンスの文具専門店でなければ扱っていません。

もっともAmazonで購入できますから一安心です。

私は一条真也先生『あらゆる本が面白く読める方法』三五館)というご著書で、この定規の存在を知ったのですが、ご興味のある方はブログ「アーチルーラー」で使用方法をご覧ください。

以前、ブログ「永遠葬〜想いは続く(一条真也著)」で、私の書斎のデスクに置いて使用している孔雀の羽根をデザインした金地のトレー「Fringe Peacock Plume Guest Towel Tray」をご紹介しましたが、これも「見立て」のひとつです。

このトレーは本来はタオル用のトレーなのですが、未読の書籍用のトレーとして使っているのです。

速読ならぬ遅読を誇る私ですが、このトレーによって読書欲を高めていきます。


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   「見立て」でタオル用のトレーを書籍置きに!  


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   単行本サイズまで対応できます


先日、某大手家具店で陶器製のフラワーベースを発見しました。

フラワーベースですから、本来は花器として使用するものです。

福岡市のプリザーブド専門店「サラズタッチ」(代表:赤羽根 務さん)のブログでは、下の画像のようなアレンジに使用されています。


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   美的な余りに美的なアレンジメント

   
ちなみに、赤羽根さんは九州国際大学経済学部卒業後、福岡市内の大手園芸店に就職。

その後ブライダル、ディスプレイなどのフラワーデザインの仕事を経た後、2010年に「プリザーブドフラワー専門店SARASTOUTH サラズタッチ」を開業。

赤羽根さん、実に惚れ惚れする美的センスで花と器をインテグレートしています。

このフラワーベース、株式会社クレイ(Clay Co.,Ltd.)という会社の製品です。商品名は「JAPANESQUE2OVAL」 GUN METALICの最小のタイプ

昭和53年(1978)に創業した花器(フラワーベース)メーカーで、インテリア性の高いオリジナル商品を提供するハートフル・カンパニーです。本社は大阪府河内長野市ですが、東京港区六本木にショールームを開設しています。

このオーバル型の花器の曲線が「アーチルーラー」の曲線と相似していることに気づいた私は「或る見立て」を思いついたのです。

そう、ペン入れを兼ねたスケール・ボックスとして、わが書斎に置くという贅沢。

檸檬を「黄金色に輝く恐ろしい爆弾」に見立てた梶井基次郎の高揚感よろしく、このフラワーベースを購入すると脱兎の勢いで帰路についたのです。

それにしても、このフラワーベースはアーチルーラーのために開発されたのではないかと錯覚するほど、実に見事な収まり具合。


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   これが「JAPANESQUE2OVAL」!


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   トレーのデザインとも調和しています


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   もう専用の商品としか思えない!


こうした瑣事に欣喜雀躍する自分が愛おしい・・・わが人生の最重要関係人からみれば「で?」という雰囲気の視線・・・「そこが、いいんじゃない!」

とんとん、とんがらしの宙返り!


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  自画自賛 オレが誉めねば 誰(た)が誉める   不識庵


みうらじゅんの『ボク宝(ホウ)』よろしく、私が認定した「魅惑的なボク宝」も「見立て」で使用しているものも少なくないのですが、またの機会に・・・


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さて、折角ですから7月に公開される映画の中から「観たい映画」の予告動画を貼り付けておきましょう。

今月中に観たい映画が2本あるのですが、7月以降も続々とロードショーが待っていますから気が抜けません。

  
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  7月9日公開 映画「インデペンデンス・デイ:リサージェンス」
   

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   7月16日公開 映画「太陽の蓋」
   

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   7月29日公開 映画「シン・ゴジラ」


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   7月30日公開 映画「夢二〜愛のとばしり」 


「人生を幸福にする為には、日常の瑣事を愛さなければならぬ。
雲の光り、竹の戦ぎ、群雀の声、行人の顔、―あらゆる日常の瑣事の中に無上の甘露味を感じなければならぬ。
人生を幸福にする為には?―しかし瑣事を愛するものは瑣事の為に苦しまなければならぬ。
庭前の古池に飛びこんだ蛙は百年の愁を破ったであろう。が、古池を飛び出した蛙は百年の愁を与えたかも知れない。
いや、芭蕉の一生は享楽の一生であると共に、誰の目にも受苦の一生である。我我も微妙に楽しむ為には、やはり又微妙に苦しまなければならぬ。
人生を幸福にする為には、日常の瑣事に苦しまなければならぬ。
雲の光り、竹の戦ぎ、群雀の声、行人の顔、―あらゆる日常の瑣事の中に堕地獄の苦痛を感じなければならぬ。」

芥川の箴言ですが、蓋し名文ではないでしょか。

今宵も あやしうこそ ものぐるほしけれ



不識庵

2016-06-20

たかが「へっぽこ」されど「へっぽこ」!


最近はブログの更新もままなりません。

生来の筆不精ゆえ、一旦休んでしまうと・・・まあ、気張らず気の向くまま備忘録として徒然に書いていきたいとは思っています。

まもなく日が変わろうとしていますが、毎年6月20日は「思いを新たにする日」。

私がこの世に生を授かった日であり、いま、生かされていることに感謝しつつ、何のために生きているのかを再認識する記念日です。


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吾十有五而志于学 三十而立 四十而不惑

吾十有五にして学に志す 三十にして立つ 四十にして惑はず

そして、五十而知天命 

しかし・・・未だ惑うことも多く「論語」の教えのようにはいきません。はっきり自分にとって何が「天命」なのか得心してもおりません。

論語といえば、パオロ・マッツァリーノ『エラい人にはウソがある―論語好きの孔子知らず』さくら舎)という本を読みました。

表紙のタイトルとイラストだけでは何の本かわかりませんが、サブタイトルの「論語好きの孔子知らず」が雄弁に内容を物語ります。

もう、既存概念への挑戦的な内容であることは間違いない!

通読してみると・・・著者がしっかりと理論武装した上で、「ありのままの孔子」の姿を提示する痛快な読み物でした。

「生涯努力したけど報われなかった哀しいポンコツおじさん」

このショボすぎる孔子像は一般的な孔子のイメージとかけ離れているだけに、「著者は孔子嫌い」なのかといえば、そんなことはございません。

通読すれば、客観的に事実関係を確かめた上で、思い込みを廃した冷静な分析により、「等身大」の孔子像を描いた上で「ポンコツおじさん」と断言していますが、「そこが、いいんじゃない!」と孔子の人間性に共感を示しています。

浅野裕一氏の『儒教 ルサンチマンの宗教』のように「孔子中国最大のペテン師」と決めつけるのではなく、丹念に『論語』を通読、孔子に親近感を抱いた人物評となっています。

孟子については酷評していますが・・・)

巻末に掲載された参考文献も半端ではなく「適当な放言」ではないことは明らかです。

後世に捏造されていく偉人像のイメージを解体しながら、ありのまま、人間くさい孔子の真の姿を提示。

第1章から第3章で「孔子という人物への誤った解釈」を正しながら、第4章から第6章では日本での『論語』の歴史(評価の変遷史)を俯瞰した上で、結論として孔子を再評価していきます。

惜しむらくは巻頭のエンタメ風のイントロダクションが軽すぎて通読を拒む恐れがあること。

本編も著者の持ち味でもあるPOPな文体で書かれているため、孔子をリスペクトする方から怒りを買う危険性大です。

もっとも衣の下には鎧あり。

著者自身は「あらゆる反論」を想定しながら論旨を展開させており、「生涯努力したけど報われなかった哀しいポンコツおじさん」という著者の孔子像への反論は容易ではないでしょう。

目から鱗!一読の価値はある一冊です。

私自身、ポンコツならぬぺっぽこおじさんではありますが「人が人であることの美しさ」を心掛け、卑しい生き方だけはしなくないと考えています。

まだまだ子供じみたところも多く、非力な我が身を省みずに無茶をしてきたものですから・・・猛省する今日この頃ではあります。

世の中は道理が通るとは限りません。

不条理なことも多いのも確かですが、何事も陽に捉えて明るく前向きに歩んでいくことが大事です。


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北越軍談 謙信公語類」には、私が敬愛する上杉謙信公が次のように語られたと記されています。

“輝虎(謙信)公曰く。天の時、地の利に叶い、人の和とも整いたる大将というは、和漢両朝上古にだも聞こえず。いわんや、末代なお有るべしとも覚えず。もっとも、この三事整うにおいては、弓矢も起こるべからず、敵対する者もなし”

謙信公曰く、天の巡り合わせが良く、地勢に恵まれ、家臣・領民がよくまとまっている、この三つの条件を満たす大将を、日本の歴史中国の歴史神話の時代にさかのぼっても存在しない。しかし、もしこのような大将がいたら、戦さは起きず、敵対しようという人物もいないだろう」

おそらく、謙信公は「和漢両朝上古にだも聞こえず」と言い切りながらも、その大将たらんとする気概を持っておられたのではないでしょうか。

『名将言行録を読む』において渡部昇一氏は“武将が憧れ尊敬した武将の中の武将”と謙信公を形容しておられます。

不肖なる我が身を恥じながらも、「非道を知らず存ぜず」という謙信公の御遺徳に添った人生を歩んでいく所存です。

謙虚にして驕らず、学びて時に之を習う。

日々学ぶという謙虚な姿勢を忘れないよう、素直なこころで「人として何が正しいか」という判断基準で、人生の王道を歩んでいきたい。たくましく、そして やさしい人を目指して!


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   謙信公御影コラージュ:不識庵)


不識庵

2016-06-04

死をテーマとする音楽検屮蹈瓮とジュリエット」

今回、死をテーマとするクラシック音楽は、チャイコフスキー作曲の幻想序曲「ロメオとジュリエット」。

ちなみに文学では一般的に「ロミオ」と表記されますが、クラシック音楽は「ロメオ」なんですね。

何故なのか・・・寡聞にして存じませんが、クラシック音楽をご紹介するブログでもあり「ロメオとジュリエット」で表記していきます。

ストーリーは、あまりにも有名でもあり記述するまでもありませんが、対立する名門に生を受けた青年と乙女の儚い恋の物語、そして二人の死による結末。

映画化もされていますから、ストーリーを知らない人がいないほど。


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この悲劇から何を学ぶべきか、ですが・・・僅か数日の17歳の青年と13歳の乙女、いまに引き直せば、高校2年生と中学1年生の「純愛」です。

勿論、時代背景が異なるとはいえ、本人たちを取り巻く関係者たちを経緯はともかく殺めた挙句、ふたりとも死を選んでしまう。

「恋は盲目」とはいえ、今風にいえば「ありえねーくらい、アホらしいストーリーじゃね?」とでもいえばいいでしょうか。

多くの犠牲者を出しながら、自分たちの愚行を悟った両親たちが和解して終わる陳腐な結末です。

何もシェイクスピアの作品をこき下ろそうというのではありません。

本朝の『源氏物語』もしかり、です。

学生時代に芥川『侏儒の言葉』を愛読しておりましたが、芥川のアフォリズムにはキレがあります。

「恋愛」を次のように解釈しています。

「恋愛は唯性慾の詩的表現を受けたものである。少くとも詩的表現を受けない性慾は恋愛と呼ぶに価いしない」

さらに「多忙」では次のようにロミオを引き合いに出しています。

「我我を恋愛から救うものは理性よりも寧むしろ多忙である。恋愛も亦完全に行われる為には何よりも時間を持たなければならぬ。ウエルテル、ロミオ、トリスタン―古来の恋人を考えて見ても、彼等は皆閑人ばかりである」

いずれにしても、事実は小説よりも奇なり・・・愛憎による悲喜劇には、平成の御世においてさえ時に「命」という代償を払わねばなりません。

「人生は一箱のマッチに似ている。重大に扱うのは莫迦莫迦しい。重大に扱わなければ危険である」

こう、人生を達観していた芥川も自ら命を絶つのですから・・・



閑話休題



ロメオとジュリエット」を題材とした全5幕の歌劇フランス作曲家シャルル・グノーが作曲していますが、私は鑑賞したことはありません。

また、ベルリオーズが劇的交響曲として、プロコフィエフバレエ音楽(作曲者自身が管弦楽組曲ピアノ独奏用組曲しても転用)が有名ですが、私としてはチャイコフスキーの幻想序曲がイチオシです。


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音楽評論家許光俊氏が『クラシックを聴け!』で「基本の三曲、これだけ聴けば、クラシックは完全にわかる」と豪語されていますが、その3曲に選んでいます。

許氏は実に辛辣な批評で知られた方ですが、セルジュ・チェリビダッケ指揮ミュンヘンフィルハーモニー管弦楽団の演奏に沿いながら、幻想序曲「ロメオとジュリエット」がストーリーを見事に描き出しているかを解説しています。

かつて中学時代に宇野巧芳氏の呪縛で「アクの強い批評」には免疫があるため、「そんなアホな」とつっこみを入れながら愉しんで読ませてもらいましたが、いかにチャイコフスキーが優れた作曲家であったかが理解できる文章ではあります。

周知のとおり、シェークスピア戯曲の多くは、洋の古今東西を問わず世界で最も優れた文学作品として評価されています。


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   クラシックにしては粋なジャケット(ガッティ/ロイヤルPO盤)


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   名画をあしらったスタンダード(シャイー/クリーヴランドO盤)


さて、シェークスピアが生を授かった1564年、日本は戦国時代の真っ只中、そして死去したのは1616年、神君家康公が薨去した年です。

織田信長今川義元に勝利した「桶狭間の戦い」は永禄3年(1560)、上杉謙信公と武田信玄公の一騎打ちで有名な「第四次・川中島の戦い」は永禄4年(1561)。

関ヶ原の戦い」が慶長5年(1600)、「大坂夏の陣」が慶長20年(1616)。

黒澤明監督の映画「乱」は、シュークスピアの悲劇『リア王』をベースに、架空の戦国武将をの晩年と3人の息子との確執を描いた名作ですが、世の中が如何に変わろうと人間の「喜怒哀楽」の感情は変わることはなく、これからも「悲喜劇」は繰り返されていくことでしょう。


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このシュークスピアの戯曲をもとにした歌劇もありますが、私は歌劇は苦手で全曲盤のCDを所有していません。

もっぱら序曲や前奏曲、間奏曲をまとめた管弦楽曲、劇中で歌われるアリア合唱曲をまとめた歌曲のCDを愉しんでいます。

それじゃあ、モーツァルトワーグナーヴェルディを理解したことにならないだろうという批判は甘んじて受けます。

歌劇に限らず演劇やミュージカルも、ほとんど鑑賞したことがありませんが、お教養として芸術を鑑賞している訳でもありませんし、まあ趣味嗜好の問題です。

純文学もそうですが、歌劇のストーリーも「ゲスの極み」といった色恋ものが多く個人的にまったく興味がありません。


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   チャイコフスキー管弦楽曲集(アシュケナージ/ロイヤルPO)   


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   管弦楽曲のアソート集(プレヴィン/ウィーンPO)


ちなみに、シェークスピアの作品か着想されたクラシック音楽が随分とあります。

さて、シュークスピアの戯曲をもとにしたクラシック作品で有名どころを紹介しましょう。

劇付随音楽「夏の夜の夢」フェリックス・メンデルスゾーン交響詩ハムレットフランツ・リスト交響詩マクベス」 リヒャルト・シュトラウス歌劇オテロ」、歌劇ファルスタッフ」(『ウィンザーの陽気な女房たち』)、歌劇マクベスジュゼッペ・ヴェルディ
歌劇ウィンザーの陽気な女房たち」オットー・ニコライなど。

幻想序曲「ロメオとジュリエット」は、チャイコフスキーシェイクスピア戯曲ロミオとジュリエット』を題材として作曲した演奏会用序曲ですが、「幻想序曲」という表現から想像がつきますが、交響詩といってもいい作品ですね。

チャイコフスキーには幻想序曲と銘打ったシェイクスピア戯曲を題材とした作品として「テンペスト」「ハムレット」があります。

ロメオとジュリエット」は1869年(明治2年)の9月から11月にかけて作曲され、翌年年3月16日、モスクワにおいてニコライ・ルビンシテインの指揮によって初演されています。

チャイコフスキー30歳頃の作品となりますが、完成度の高い名曲ですが、現在演奏される決定稿が出版されたのは1881年(明治14年)ですから、さもありなん。

楽器編成は以下のとおり。

ピッコロフルート2、オーボエ2、コーラングレクラリネット2、ファゴット2、ホルン4、トランペット2、トロンボーン3、テューバティンパニ、大太鼓、シンバルハープ、弦五部

曲は起承転結、すなわち、発端⇒発展⇒急転⇒結末と進行していきますが、先に紹介した『クラシックを聴け!』の解説を読みながら聴くと「へえ〜」と感心すること請け合い。

もっとも、私はチェリビダッケ盤は未聴ですが、許氏が「世界中で売られているあらゆる曲のあらゆるCDのなかでも超一級品であろう」という神をも畏れぬ断言を俄かには信じることは出来ません。


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   アバドチャイコフスキー交響曲全集


この曲を特に好んで聴くという訳ではありませんが、探してみると・・・それなりのCD枚数となります。

アンドレ・プレヴィンウィーンPO、ウラディミール・アシュケナージ/ロイヤルPO、リッカルド・シャイークリーヴランドO、ダニエル・ガッティ/ロイヤルPO、西本智実/日本フィルハーモニーSO。

また爆演系では、ロリス・チェクナヴォリアン/アルメニアPO、エンリケ・バティス/メキシコ国立SO、エドゥアルド・マータ/ダラスSO。


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   チェクナヴォリアン/アルメニアPO盤


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   バティス/メキシコ国立SO盤   


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   マータ/ダラスSO盤
   

さらにクラウディオ・アバドチャイコフスキー交響曲全集にも収録されています。

実家にはカラヤンマゼールもあるはず・・・

私が初めてこの曲を聴いたのは中学2年生の頃でしたが、カラヤン指揮ベルリンPOのレコードでしたねえ・・・あれから早数十年の月日が流れますが、「恋は、遠い日に花火ではない。」という名コピーではありませんが、クラシック音楽は常に現役ですから凄い!

曲もそうですが、かつてはレコード、いまはCDでリマスタリングされた演奏も同様に現役です。


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最近は情けないことに「自分が所有しているCD」を把握出来ておらず、不覚にも二度買いの愚を犯すことも稀にあります。トホホ・・・

ちなみにチャイコフスキーは1893年11月6日に53歳で急逝していますから、日露戦争が始まる明治37年(1902)には存命しておりません。

開戦当時、生きていれば62歳です。

周知のとおり、チャイコフスキーも自死したのではないかという説もありますが・・・現在ではコレラによる「病死」が定説となっています。

それはともかく、多くの名曲によりチャイコフスキーは永遠に生き続けことでしょう。


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   西本智実/日本フィルハーモニーSO盤




不識庵

2016-06-01

上杉謙信公の銅像に想う

いま、日本には数えきれない銅像が建立されていますが、大東亜戦争以前にも約1000体ほどの銅像があったそうです。

しかし、戦中の供出や戦禍、戦後のGHQ統制下で撤去され、戦前から建立のされていた銅像は約60体ほどだとか。

最近、集中して鑑賞した銅像の中で、戦前の作品は愛知県の清須公園に建立されている織田信長像のみ。


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   清州公園の織田信長像(本年撮り下ろし)


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   戦前の銅像には名作が多い!(本年撮り下ろし) 
  

世に有名な「桶狭間の戦い」に出陣する姿をイメージした像だそうで、桶狭間の方向を見据えているそうな。

昭和11年[1936)に建立されており、平成に入ってから補修工事が施されているそうです。

ちなみに東京の3大銅像といえば、蘘國神社の「大村益次郎像」皇居外苑の「楠木正成像」上野公園の「西郷隆盛像」ですが、いずれも戦前に建立されたものです。

大村益次郎像は日本初の西洋式銅像で、明治26年(1893)に建立されたもの。

西郷隆盛像の建立は明治31年(1888)建立、楠木正成像は明治33年(1900)に別子銅山の開坑200年を記念し、当時の住友家当主が献納したものだそうです。

大村像の原型製作は大熊氏広氏、南洲翁と楠公の銅像は名匠・高村光雲氏の作品ですが、いずれも芸術性の高い名作です。

さて、私が敬愛してやまない上杉謙信公の銅像が戦前存在したのか・・・新潟県内で米国の空襲を受けたのは長岡市のみですし、米沢も空襲を受けていませんが、戦中の物資不足で金属供出させられた可能性はありますが寡聞にして知りません。

いま、謙信公の銅像は新潟県内では上越市「春日山城跡」、「上越市埋蔵文化財センターリージョンプラザ上越にあった銅像を移設)」、同県栃尾市「栃尾美術館」「秋葉公園」 、最近開業した北陸新幹線が停車する妙高上越駅前にも建立されましたから、現在体の5体の銅像があります。

また、山形県米沢城跡公園に1体、さらに単体ではありませんが長野県「川中島古戦場跡」武田信玄との一騎討の像がありますから都合7体が存在します。

これらの銅像を建立順に概観してみます。

なお、撮影はすべて不識庵によるものです。

まず、もっとも古い銅像は「秋葉公園」に建立されたもの。


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   長岡市(旧栃尾市)・秋葉公園の謙信公像


秋葉公園西側に、謙信公が旗揚げされた栃尾城跡を背に建立されています。

一般的に知られた謙信公の図像どおり、右手に軍配、左手に数珠を持ち、佩刀した法体姿の坐像を忠実に再現した造形です。


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   唯一法体の銅像です


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   背面まで無理なく鑑賞できます


建立は昭和40年(1965)、新潟市出身の彫刻家・金子直裕氏の作品。

台座にある「謙信公」の文字は戦後の名宰相・田中角栄先生によるもので、揮毫当時は大蔵大臣をお務めでした。


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   田中先生の雄渾な揮毫


昭和44年(1969)、NHK大河ドラマで海音寺潮五郎氏の原作による「天と地と」が放映されましたが、この番組を機に2体の謙信公像が建立されます。


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謙信公ゆかりの春日山城跡川中島古戦場跡です。

まず、6月に春日山城跡の中腹に滝川毘堂氏の作品が建立されました。

もう何十回、仰ぎ見たことでしょうか・・・もう惚れ惚れとする出来栄えです!


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   春日山城跡の謙信公像(本年撮り下ろし)


白頭巾に甲冑姿の立像です。

白頭巾と書きましたが正式には「行人包」といい、白妙の練絹で作られた頭巾で、僧兵であった武蔵坊弁慶なども行人包です。

この「行人」は仏道を修行する者のことですね。


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   やはり銅像は面貌次第(本年撮り下ろし)


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   川中島方面を睥睨(本年撮り下ろし)


ちなみに謙信公がご出家されたのは、元亀元年(1570)であり「謙信」と号されたのは、これ以降のこと。

巷間流布する「第四次川中島での戦い」での謙信公の姿ですが、これは『甲陽軍鑑』の記述に基づくもので、史実に即したものではありません。

武田信玄公との一騎打ちがあったとされる「第四次川中島の戦い」は永禄4年(1561)であり、「行人包」であった可能性は極めて低いと思われます。

上杉謙信所用の伝承を持つ色々威腹巻、飯綱権現前立兜を着用していたと考えることもできます。

ちなみに昭和63年(1988)に放映されたNHK大河ドラマ「武田信玄」では柴田恭兵が謙信公を演じていましたが、川中島一騎打ちでは飯綱権現前立兜を着用していました。


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   威風堂堂とは斯く如し(本年撮り下ろし)


そして、この一騎打ちを再現したモニュメントが川中島古戦場跡に昭和44年(1969)11月に建立されるのです。

両雄一騎討像を製作したのは銅像製作では日本一の実績を誇る株式会社竹中銅器

原型は後藤光行氏が担当されています。


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   歴史の名シーンを再現(川中島古戦場跡


当時、NHK大河ドラマは国民的な番組であり、春日山城跡や川中島古戦場跡は「観光名所」として賑わったことは想像にかたくありません。


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   上杉謙信公像(川中島古戦場跡


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   武田信玄公像(川中島古戦場跡


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   ド迫力の一騎打ちシーン(川中島古戦場跡


謙信公を藩祖とする米沢藩の居城であった米沢城跡本丸の銅像は昭和49年(1974)9月の建立。

右手に采配、左手には刀、甲冑に陣羽織姿、烏帽子頭巾という出で立ち。鎧櫃に腰掛ける造形です。


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   米沢城跡公園の謙信公像


春日山城跡の謙信公像は川中島を遠望していると言われていますが、米沢の謙信公像は越後春日山城の見据えて鎮座しているとか。

山形県高畠町出身の彫刻家・鈴木実氏の作品です。


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   老成した表情(米沢城跡公園


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   降魔の軍神とは斯くの如し(米沢城跡公園


時代は平成に入り、平成2年(1990)7月、佐川急便グループから上越市に騎乗した謙信公像が寄贈されます。

馬上で刀をふるう謙信公像は台座を入れて約5メートル。原型製作は南郷祥雲氏


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   上越市埋蔵文化財センターの謙信公像   


当初は上越市下門前のリージョンプラザ上越前に設置されていましたが、平成22年(2010)8月に春日山の麓にある「上越市埋蔵文化財センター」前に移設されました。


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   表情はやや平板(上越市埋蔵文化財センター


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   騎乗の銅像としては迫力に欠ける(上越市埋蔵文化財センター


春日山城跡中腹の謙信公立像は高台に建立されているため、観光客が銅像と一緒に写真に納まろうとすると銅像は自ずと小さく写ることに・・・春日山の観光振興を目的に組織された「謙信公の郷振興協議会」が、春日山周辺に新たな銅像など撮影スポットが欲しいと提起、銅像を新設するには費用がかかるため、リージョンプラザ上越にあった謙信公像を移設することになったそうです。


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   鑑賞するには高すぎるか(春日山城跡


そして平成7年(1995)には長岡市栃尾美術館の前庭に、米納宗宏氏の原型による「謙信公騎乗像」が建立されています。

「上越市埋蔵文化財センター」と比べると同じ騎乗像とはいえ、かなり小さな銅像です。


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   現時点で最小の謙信公像(栃尾美術館


そして、平成27年3月に久しぶりに、というより何故か・・・北陸新幹線開通に合わせ、上越妙高駅東口に謙信公の銅像が建立されました。

原型を担当されたのは上越教育大名誉教授にして彫刻家の峯田敏郎氏。


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   おもわず絶句・・・(上越妙高駅・本年撮り下ろし)


ブロンズ像は高さ3.7メートル、全長さ4.1メートルで、川中島の戦いの頃の謙信公をイメージした造形像だそうです。

この不識庵の面影でも紹介した「金箔押左折烏帽子形兜」を被り、右手に軍配を持った甲冑陣羽織姿で騎乗する銅像です。


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   騎乗像としては平板すぎるでは・・・(本年撮り下ろし)


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   兜と軍配は遺品を参照してはいますが・・・(本年撮り下ろし)   


全体的に直線を強調したモダンな造形で、兜は金色、陣羽織の背には「毘」の文字があしらわれています。

大概のことには肝要な私ですが、この銅像だけは許せません。

建立や造形が決定するまで経緯は知りませんが、もうありえない「トンデモ銅像」です。


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   ロボットかい!(本年撮り下ろし)


いま、銅像ブームといえるほど新規に建立される銅像が目白押しですが、この謙信公像はカッコ悪すぎです!

銅像の一部だけを金色で着色するという悪趣味、さらに陣羽織に「毘」は映画やドラマの演出に影響された俗悪な意匠でしかありません。


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   陣羽織に「毘」は映画「天と地と」の影響か(本年撮り下ろし)


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折角、騎乗しているにもかかわらず、造形的に静的すぎるのもいただけません。

勿論、謙信公をGACKTさらがら「美的にアレンジせよ」というのではありません。


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謙信公を顕彰し後世に残る作品として「相応しいか」という視点でモノ申したいのです。

まずもって、既に2体の銅像が建立されている上越市内に謙信公の銅像が本当に必要だったのか、です。

百歩譲って建立するからには「謙信公の御遺徳」が偲べる造形にするべきではないか!

正直なところ、平成に入ってからの謙信公像は「芸術性」が極めて低く、既存の謙信公像と伍するどころか、存在価値が無いに等しいと考えます。

もう建立された銅像たちを打ち壊すことはできませんし、造形した彫刻家を責めるつもりも毛頭ありません。責められるべきは「謙信公の銅像」を安易な発案で建立した輩です。

今回ご紹介したような「へっぽこ銅像」は日本全国にありますが、安易な発想で建立された銅像が可哀そうでなりません。[稲盛和夫翁ではありませんが「動機善なりや、私心なかりしか」です。

「建立発願」が安易で、かつ低予算なるがゆえに造形的にゆるい「へっぽこ銅像」が建立されることが残念でなりません。


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   上越市には、この名作があれば十分です(本年撮り下ろし)



不識庵

2016-05-28

映画「スポットライト 世紀のスクープ」

先月末、映画「スポットライト 世紀のスクープ」を観ましたが、この後に劇場で5本の映画を鑑賞しており、ブログを書くペースが追いつきません。


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もっとも、追いつく必要はありませんね。兼好法師よろしく「徒然ブログ」な訳ですから・・・

三度の飯よりも好きな銅像鑑賞もブログ「今年も銅像巡り、はじめます!」を書いてから、既に20体以上の銅像を鑑賞していますし、書籍やCD然り、です。

休日は予定が目一杯でもあり、これからブログは月1〜2本程度の更新できれば良しとしなければという感じです。

ここ最近、週末は劇場で我が人生の重要関係人と映画を愉しむことが定番となっています。

映画を観ることもさることながら、鑑賞後にお互いの価値観や感性の親和性や「え、そうですか!」といった相違を愉しんでおります。

私はドキュメント風映画を好みます。

そう、実話に基づいた映画は脚色はあるとはいえ、大筋で「ほんとうにあった話」ですから、感動的な作品が多いもの。

この映画「スポットライト 世紀のスクープ」も、そんな映画でした。


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   劇場プログラム


ウィキペディアには次のような文章が掲載されています。

「映画は2003年にピューリッツァー賞を公益報道部門で受賞した『ボストン・グローブ』紙の報道に基づき、米国の新聞社の調査報道班として最も長い歴史を持つ同紙『スポットライト』チームによる、ボストンとその周辺地域で蔓延していたカトリック司祭による性的虐待事件に関する報道の顛末を描く。
マーク・ラファロマイケル・キートンレイチェル・マクアダムスジョン・スラッテリースタンリー・トゥッチ、ブライアン・ダーシー・ジェームズ(英語版)、リーヴ・シュレイバービリー・クラダップらが出演している。
本作は2015年、ヴェネツィア国際映画祭のコンペティション外部門で披露されたほか、テルライド映画祭やトロント国際映画祭の特別招待部門でも上映された。
北米ではオープン・ロード・フィルムズの配給で2015年11月6日に公開された。
日本ではロングライドの配給で2016年4月15日に公開される予定。本作は数多くの組合賞や批評家賞を受賞したほか、様々な媒体によって2015年最良の映画の一つに挙げられた。
第88回アカデミー賞では作品賞、監督賞、助演男優賞 (ラファロ)、助演女優賞 (マクアダムス)、脚本賞編集賞6部門にノミネートされ、作品賞と脚本賞を受賞した」


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   数えきれないほどの受賞に輝く!


カトリック司祭による性的虐待事件という暗澹たるテーマですが、「宗教とは何か」を仕事柄考える機会も多いため、この映画は観なければと考えていました。

「事実は小説よりも奇なり」と申しますが、大きな組織には権力抗争あり、また隠蔽体質ありは世の常とはいえ、宗教団体で起きている不祥事は敬虔な信者さんへの「精神的な詐欺行為」以外のなにものでもありません。

映画「スポットライト 世紀のスクープ」の公式HPのイントロダクションは次のとおり。

「2002年1月、アメリカ東部の新聞『ボストン・グローブ』の一面に全米を震撼させる記事が掲載された。
地元ボストンの数十人もの神父による児童への性的虐待を、カトリック教会が組織ぐるみで隠蔽してきた衝撃のスキャンダル。1000人以上が被害を受けたとされるその許されざる罪は、なぜ長年にわたって黙殺されてきたのか。
この世界中を驚かせた"世紀のスクープ"の内幕を取材に当たった新聞記者の目線で克明に描き、アカデミー賞6部門(作品賞/監督賞/助演男優賞助演女優賞脚本賞編集賞)にノミネートされるなど、名実ともに全米で絶賛を博す社会派ドラマ、それが『スポットライト 世紀のスクープ』である。
本作は、このジャンルの金字塔というべき名作『大統領の陰謀』を彷彿とさせる生粋の“ジャーナリスト映画”でもある。
虐待被害者の生々しい証言に心揺さぶられたチームの皆が、元少年たちの悲痛な叫びを世に知らしめようと、寸暇を惜しんで奔走する様を力強く描出。“間違っていることは間違っている”と報じたい、“正しいことは正しい”と表明できる社会でありたい、ただその一心で、立ちはだかる権力と対峙しながらも記者魂を貫く彼らの姿は爽快ですらあり、閉塞した現代を生きる観客の共感を誘うことだろう。≪スポットライト≫が報じたこの調査報道は、2003年に栄えあるピューリッツァー賞(公益部門)を受賞している」


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   禁断の世界をこじ開ける(劇場プログラムより)


“間違っていることは間違っている”と報じたい、“正しいことは正しい”と表明できる社会でありたい。これは家庭や会社にも言えることです。

しかし、『名将言行録』に掲載された鍋島直茂の「わが気に入らぬことが、わがためになるものなり」という名言は上に立つものが、諫言の難しさを理解しているかを「戒める」ものです。

主観において嘘と真の区別はないため、諌める方は「覚悟」がなければ「諫言」などできないのです。

しかし、普段から耳触りのいい言葉しか聴いていないと耳逆らうことは稀であるため、諫言する者の方が「異常」に感じられるのです。

青臭いと自分でも思いますが「処世術」という言葉は大嫌いです。

しかし、いい意味で「諦める」ことは大事だと最近は考えることが出来るようになりました。

「諦」とは四諦というブッダの言葉からも解るとおり「言偏」に「帝」です。他人はいざ知らず、自分にとって恥ずかしくない生き方であればいいのですから・・・



閑話休題



映画「スポットライト 世紀のスクープ」のストーリーを公式HPから引用します。


「2001年の夏、ボストン・グローブ紙に新しい編集局長のマーティ・バロンが着任する。
マイアミからやってきたアウトサイダーのバロンは、地元出身の誰もがタブー視するカトリック教会の権威にひるまず、ある神父による性的虐待事件を詳しく掘り下げる方針を打ち出す。
その担当を命じられたのは、独自の極秘調査に基づく特集記事欄《スポットライト》を手がける4人の記者たち。
デスクのウォルター・ロビンソンをリーダーとするチームは、事件の被害者や弁護士らへの地道な取材を積み重ね、大勢の神父が同様の罪を犯しているおぞましい実態と、その背後に教会の隠蔽システムが存在する疑惑を探り当てる。
やがて9.11同時多発テロ発生による一時中断を余儀なくされながらも、チームは一丸となって教会の罪を暴くために闘い続けるのだった・・・」


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   ただ真実のために・・・(劇場プログラムより)


絵画や彫刻、音楽同様、映画も鑑賞する者によって「名作」ともなり「駄作」ともなるのです。

私は書籍限定でAmazonに「へっぽこレビュー」を書いていますが、評価は5段階あるのですが、私は「5つ星の書籍」のみ紹介しています。

勿論、同じ「5つ星」でも微妙な相違はありますが、それを3、4、5と判定することはナンセンスです。

この5段階評価は「お客様アンケート」でもありますが、基本は「よい」か「よくないか」ですし、「ふつう」は「よくない」と同義です。事実、Amazonのレビューに対する評価は「参考」になったか、ならなかったかの二択ですから。

千差万別、百人百様、十人十色、三者三様ですから、評価は「私にとって」という前置きが必要ですし、公序良俗に反しているものがAmazonで売られている訳もなく、「よくない」ことを、ことさら吹聴する必要性を私個人としては意味を見出せません。

ちなみに私にとっての最上級の表現は「金額に代え難い満足感」。

映画「スポットライト 世紀のスクープ」は「金額に代え難い満足感」が得られた作品でした。

この映画に関する評価はさまざまですが、バチカン放送のコメンテーターは「誠実」で「力強い」作品と讃え、グローブ紙の報道こそが米カトリック教会に「罪を完全に受け入れ、それを公に認め、すべての責任を取る」ことを促したと評しています。

また、バチカン日刊紙オッセルヴァトーレ・ロマーノ」は本作がアカデミー作品賞を受賞した際、「反カトリック的な映画ではない」「同作は、敬虔な人々がこうした恐ろしい現実の発見に対峙したときの衝撃と絶大な痛みを表現することに成功している」といった内容のコラムを掲載しているそうです。


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   仕事に必要なのは使命感(劇場プログラムより)   


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この映画の原案となったのはボストングローブ紙の600本以上の報道記事をまとめたノンフィクション『スポットライト 世紀のスクープ カトリック教会の大罪』

この日本語翻訳本には映画監督脚本家の序文が寄せられているそうです。

その内容は、いま新聞は茨の道を歩んでおり、販売部数が十数年間で半分以下まで落ち込んでいるという事実が記され、こうした現状において時間と労力と資金がかかる昔かたぎの「調査報道」はもはや不能ではとの疑問もあるが、だからこそ映画を撮影したのだと書かれているそうです。

この映画の「もうひとつの主題」が滲んでくるようです。


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   教会の暗部を解明していく!(劇場プログラムより)


この事件が明るみに出たボストンは、都市部に住む380万人のうち200万人以上がカトリックで、米国で唯一人口の半分以上がカトリック教徒が占める大司教区の要。

政治家、警察、法曹、企業の重役に信徒も多く、「聖職者が起こす不祥事」の隠蔽が日常茶飯事であったようです。

勿論、ボストンだけが特別な都市だったわけではなく、1950年から2015年に米国だけで1万7259人の性的虐待を受けた被害者が6427人の司祭を訴え、教会は結局和解のため計30億ドル(約3249億円)以上の和解金を支払い、12の司教区が破産を申請しているのです。

映画で取り上げられたジョン・ゲーガン神父は、数十年にわたり、名乗り出ただけでも200人近い子供たちがレイプされたと教会に苦情を申し立てていたといいます。

さらに、この神父が卑劣なのは貧困家庭や片親の子供たちを狙っていたことにあります。

こうした家庭では神父は絶対的に信頼できる存在であり、信者としても「無防備」であること熟知していたからだといいます。


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しかし、なにより問題なのは教会が組織として隠蔽していたという事実です。

不祥事を起こした司祭は教区を転任するなど「たらいまわし」にされることで、多くの場合転任先で不祥事を重ねていくのです。

教会付属の治療機関に入院させられた司祭もいたようですが、出所しても新たな赴任先で不祥事を起こしたものも多かったようです。

加害者である司祭にはゲイも多くいたようですが、勿論ゲイだから性的虐待に走るわけではないでしょう。

同性愛がキリスト教や聖職者として正しいか否かではなく、聖職者による性的虐待という犯罪行為を教会が組織ぐるみで隠蔽し続けてきたことが問題なのです。

もっとも堕落しきった日本の出家者たちからみれば、まだ信仰に使命感をもった聖職者が多いようにも感じます。

日本仏教においては非僧非俗を打ち出した宗祖の親鸞聖人以来の伝統で真宗のみが「肉食、妻帯、有髪」を認められていたのです。まあ、キリスト教のプロテスタントの牧師さんが結婚が認められているのと同じですね。

日本仏教は大乗仏教とはいえ、真宗以外は出家し戒律を堅持しており「肉食、妻帯、有髪」は認められていませんでした。

しかし、明治以降、「我が子による世襲」が常識となった寺院に「法灯」を継いでいけるのか、はなはだ疑問です。

出家しても家で生活する僧侶を道元禅師や弘法大師は想像し得たでしょうか?

私は仏教系大学出身なだけに、僧侶の犯罪や珍事件を見聞きするたびに心が痛みます。


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   報道とは何かを考えさせる映画(劇場プログラム裏表紙




不識庵