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不識庵の面影

2016-09-26

死を乗り越える映画ガイド

久しぶりに待望の「一条本」が刊行されました!

『死を乗り越える映画ガイド〜あなたの死生観が変わる究極の50本』(現代書林)です。一条真也先生の最新刊、いわゆる「一条本」として82冊目となります。


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   待望の一条本・最新刊!


既刊の『死が怖くなくなる読書』(現代書林)の映画版というべき内容です。

一条先生は、読書を「古今東西、読書は豊かな知識のみならず、思慮深さ、常識、人間関係を良くする知恵、ひいてはそれらの総体としての教養を身につけて上品な人間をつくるメディア」と定義されていますが、本書は映画というメデァアが「死生観」を涵養し「癒し」をもたらしてくれるという視点から厳選した50タイトルを紹介しておられます。


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   『死が怖くなくなる読書』  


本書の「目次」は、以下の通りです。


はじめに「映画で死を乗り越える」

第1章  死を想う


「永遠の僕たち」―死を見つめる切ないラブストーリー
母と暮せば」―優霊映画の定番ゆえに泣ける1本
「はなちゃんのみそ汁」―大切なことを伝えたい母の思い
そして父になる」―先祖へつながる家族の絆
東京家族」―「東京物語」へのオマージュ
「悼む人」―「死者を忘れるな」という強烈なメッセージ
四十九日のレシピ」―限りない家族への希望
涙そうそう」―冠婚葬祭と家族愛を描いた沖縄の映画
オール・ユー・ニード・イズ・キル」―戦闘シーンがリアルな日本人原作のSF
サウルの息子」―「人間の尊厳」と「葬」の意味を問う名作

コラム●映画から死を学んだ

第2章  死者を見つめる



おくりびと」―世界に日本の儀式の素晴らしさを発信
「おみおくりの作法」―孤独死した人々へのやさしいまなざし
「遺体 明日への十日間」―何が人間にとって本当に必要か
「蜩ノ記」―「死ぬことを自分のものとしたい」
「おかあさんの木」―樹木葬をイメージする戦争映画
「ハッピーエンドの選び方」―イスラエル版「おくりびと
「世界の涯てに」―生きる目的を探す不思議な三角関係
「バニー・レークは行方不明」―観る者に実存的不安を与える名作

コラム●ホラー映画について

第3章  悲しみを癒す


 
岸辺の旅」―世界は「生者のような死者」と「死者のような生者」にあふれている
「ポプラの秋」―「死者への手紙」に託す想い
想いのこし」―成仏するための作法
ニュー・シネマ・パラダイス」―「人生最高の映画」「心に残る名画」への違和感
「アバウトタイム〜愛おしい時間について〜」―タイムベル映画の新境地
ファミリー・ツリー」―家族の絆は別れ際にあり!を実感
「インサイド・ヘッド」―ピクサーのヒット作。葬儀で泣くということ
「リトル・プリンス 星の王子さまと私」―ハートフル・ファンタジーの力を再確認
アナと雪の女王」―男女の恋愛話だけがアニメの世界ではない
風立ちぬ」―最大のテーマは「夢」

コラム●SF映画について

第4章  死を語る



エンディングノート」―「死」を迎える覚悟の映画
オカンの嫁入り」―日本映画の王道の冠婚葬祭映画
「縁〜The Bride of Izumo」―日本の美に涙する1本
「お盆の弟」―「無縁社会」を打ち破る「血縁」映画
マジック・イン・ムーンライト」―大好きなウディ・アレンの佳作
マルタのことづけ」―「死」を覚悟して笑顔で旅立つ姿に感動
「海街diary」―この上なく贅沢で完璧な日本映画
「クラウド アトラス」―輪廻転生を壮大なスケールで描く
永遠と一日」―名作は必ず「愛」と「死」の両方を描く
「天国は、ほんとうにある」―臨死体験することの意味

コラム●ファンタジー映画について

第5章  生きる力を得る



「海難1890」―トルコと日本の国境を越えた大いなる「礼」の実現
「6才のボクが、大人になるまで。」―時間というのは現在のことだ
アリスのままで」―アルツハイマー病の現実を描く
博士と彼女のセオリー」―絶望を希望に変えてくれる名画
マリーゴールド・ホテルで会いましょう」―ホテル業ほど素敵な商売はない
アルバート氏の人生」―自分らしい生き方を模索する姿に共感
「シュガーマン 奇跡に愛された男」―生きる希望を与えてくれる傑作
セッション」―音楽と教育の力を実感する1本
「ライフ・オブ・パイ トラと漂流した227日」―青年を成長させてくれる漂流映画
「レヴェナント 蘇りし者」―生きることの過酷さを実感する巨編
ゼロ・グラビティ」―死者に支えられて生きていることを実感できる
インターステラー」―親は、子どもの未来を見守る幽霊

あとがきにかえて「最後にもう一本」

裸の島」―『葬式は、要らない』に対する答え




前作の『死が怖くなくなる読書』でも同様だったのでしょうが、テーマに基づくとはいえ、名作映画を取捨選択するためには「いかに映画を観倒してきたか」がモノをいいます。

周知のとおり、一条先生は希代の映画通として知られ、映画について該博な知識をお持ちです。

50タイトルで選外となった膨大な作品でも「オススメ映画」がいくらでもあるはずですから、本書に掲載する映画の選定作業は楽しくもあり切なくもあり、といったところでしょうか。

いずれにしても、映画をこよなく愛する一条先生が本書に込めた愛情は想像に難くありません。

そのせいもあってか、コラムというフリースタイルで「映画から死を学んだ」「ホラー映画について」「SF映画について」「ファンタジー映画について」で実に多彩な映画作品が紹介されています。


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   映画への愛情が詰まっています!


本書で一条先生は、映画と写真という2つのメディアの特性を比較し、「映画を含む動画撮影技術が生まれた根源には人間の『不死への憧れ』がある」と洞察されています。

写真は「時間を殺す芸術」、動画は「時間を生け捕りにする芸術」だと解説され、写真は「死」のメディア、映画は「不死」のメディアだと喝破されています。

さらに昨夏に上梓された『唯葬論』三五館)で詳述された論旨の一部も引用されながら、人間の文化の根底には「死者との交流」という目的があることにふれ、映画が「死者との再会」という人類普遍の願いを実現するメディアでもあるとも述べられています。

本書の白眉は「映画館を訪れるたびに死者となっている」という発見でしょう。


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   映画は「死者」となる予行演習?


古代の宗教儀式は洞窟の中で発生したという説があることを紹介。

その上で「洞窟も映画館も暗闇の世界」である符号から以下のように書かれています。

「暗闇の世界の中に入っていくためにはオープニング・ロゴという儀式、そして暗闇から出て現実世界に戻るにはエンドロールという儀式が必要とされるのかもしれません。

そして、映画館という洞窟の内部において、わたしたちは臨死体験をするように思います。

なぜなら、映画館の中で闇を見るのではなく、わたしたち自身が闇の中からスクリーンに映し出される光を見るからです」

さらに「闇とは『死』の世界であり、光とは『生』の世界です。つまり、闇から光を見るというのは、死者が生者の世界を覗き見るという行為にほかならないのです。つまり、映画館に入るたびに、観客は死の世界に足を踏み入れ、臨死体験するわけです。
わたし自身、映画館で映画を観るたびに、死ぬのが怖くなくなる感覚を得るのです」と書かれています。

この着眼点こそ、本書企画を生み出した核心であるように想像します。


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   「書籍」と「映画」で死生観を涵養する


本書に紹介されている映画はDVDやブルーレイで購入あるいはレンタルできるものばかり。

是非、本書を「きっかけ」として選定された映画鑑賞されることをオススメします。

さらに言えば映画は劇場(映画館)で鑑賞する習慣を身につけたいものです。

「闇の中からスクリーンに映し出される光」を体感しながら「見ず知らずの人とも作品を通じて繋がっている」

ことを体感する醍醐味は「有縁社会」「ハートフル・ソサエティ」そのものです。

本書が提示する「死を見つめる眼差し」は「こころ豊かな人生」への重要なヒントに満ち溢れています。

読書がそうであるように、映画も観る者の精神を豊かにする「こころの王国」への入り口です!











謎のレビュアー 不識庵


死を乗り越える映画ガイド あなたの死生観が変わる究極の50本

死を乗り越える映画ガイド あなたの死生観が変わる究極の50本



2016-09-19

ヴァネッサ・ワーグナー(Vanessa Wagner)

既にCDを収納する複数のラックが満杯となり、機能的な収容が不可能となっています。

が、しかしです。「これを聴かずに死ねるか!」という魅惑的なクラシックCDが後を絶ちません。

これまで「調べを愛でる」というカテゴリにおいて、私のお気に入りの女流ピアニストたちをご紹介してきました。

クレール・マリ=ル・ゲ(Claire-Marie Le Guay )、 カティア・ブニアティシヴィリ(Khatia Buniatishvili)アンナ・ヴィニツカヤ (Anna Vinnitskaya)オルガ・シェップス(Olga Scheps)ヴァネッサ・ベネリ・モーゼル(Vanessa Benelli Mosell)ムーザ・ルバッキーテ(Muza Rubackyte)、そして須藤千晴

「天は二物を与えず」などと申しますが、例外は実に多いものです。

女流演奏家の形容は「美人」と相場が決まっていますが、私がクラシックを聴き始めた頃は「無理矢理美人」しかおりませんでした。

しかし、ここ最近は女優顔負けの女流ピアニストヴァイオリニストチェリストが百花繚乱といった感じです。

もっとも「美意識」は人それぞれですから、「私にとって」という前置きを付けておきます。

まだまだご紹介したい美人演奏家は多いのですが、「ほんま、べっぴんさんや、おまへんか」というNO.1女流ピアニストのひとり、ヴァネッサ・ワーグナー(Vanessa Wagner)をご紹介しましょう。





1973年の生まれですから今年で43歳の淑女です。

クラシック音楽の祭典「ラ・フォル・ジュルネ金沢 音楽祭 2014」にも出演していますね。

ワーグナーという姓ですが、フランス古都レンヌ出身のフランス人です。

名門パリ国立音楽院を卒業し、レオン・フライシャー、ドミトリー・アレクサンドロヴィチ・バシキーロフ、マレイ・ペライア、フー・ツォン、アレクシス・ワイセンベルクという名立たるピアニスト達に師事しています。

1999年には最も有望な若手楽器ソリストとして「ヴィクトワール・ドゥ・ラ・ミュジーク」(フランスグラミー賞)を受けました。

ちなみに前年にはクレール=マリー・ル・ゲが受賞していますが、彼女はヴァネッサの1歳下ですね。

2010年よりシャンボール城音楽祭の芸術監督に就任しています。

フランス国立管弦楽団をはじめ、世界各国のオーケストラと協演していますが、日本では大阪フィルハーモニー交響楽団と協演しています。




CDもそれなりリリースされていますが、私が初めて購入したのはシューマンの作品集です。

これは彼女の4枚目のアルバムで、2001年の録音ですから28歳頃の演奏ですね。

既にラフマニノフスクリャービンモーツァルトのCDが発売されていましたが、残念ながら現在は廃盤になっており、セコハンで出物待ちです。

かろうじてAmazonでモーツァルトのCDは購入できました。

クラシックの国内新譜発売点数は年を追うごとに細ってきていますが、ヴァネッサ・ワーグナーのような才色兼備のピアニストでさえ、国内盤は発売されず輸入盤に頼らざるを得ません。

まあ、日本のクラシック人口を考えれば致し方なし、というところですね。

まれにクラシック好きなんですよ〜という方とお話することがありますが、あくまでモーツァルトなど作曲家の話止まりで、演奏家で聴き比べるという方はそうそういらっしゃいません。

音楽は嗜好ですから、それが演歌かロックか、クラシックかというだけで、聴く本人が何を音楽に求めるかなのですけれど、クラシックは嗜好を超えて至高の芸術であることはたしかです。

私は中学2年から聴き始めましたので、既に数十年聴き続けていますが、未だに未聴の作品や演奏は気が遠くなるほどあります。

さて、私が所有しているヴァネッサ・ワーグナーのCDとDVDは以下のとおりです。


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 □シューマン ピアノ曲集(2001年)

ピアノソナタ第1番嬰 ヘ短調 作品11
◇4つの夜曲 作品23
(1葬列 2奇妙な仲間 3夜の宴 4独唱つきの輪唱) 
ピアノソナタ第2番 ト短調 作品22


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 □モーツァルトピアノソナタ集(1999年)

ピアノソナタ第10番 ハ長調 K.330
ピアノソナタ第2番ヘ長調 K.280
ピアノソナタ第4番変ホ長調 K.282
ピアノソナタ第8番イ短調 K.310


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 □ドビュッシーピアノ曲集(2005年)

◇版画
 ・塔(パゴダ)
 ・グラナダの夕べ
 ・雨の庭
◇忘れられた映像
 ・レント
 ・ルーヴルの思い出
 ・嫌な天気だから「もう森へは行かない」の諸相
◇ロマンティックなワルツ
◇映像 第1集
 ・水に映る影
 ・ラモー賛歌
 ・動き
◇映像 第2集
 ・葉ずえを渡る鐘
 ・そして月は廃寺に落ちる
 ・金色の魚
◇「喜びの島」
◇レントより遅く


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 □ピアノによる変奏曲集(2008年)

ハイドン:変奏曲 ヘ短調 Hob.XV僑供  
ラフマニノフコレッリの主題による変奏曲作品42
ベリオ:5つの変奏曲
◇ラモー:ガヴォットと6つの変奏
ブラームスシューマンの主題による変奏曲作品9


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 □シューベルト ピアノ作品集(2010年)

即興曲D899 Op.90(ハ短調変ロ長調変ト長調変イ長調
ピアノソナタ 第13番 イ長調 D664
ピアノソナタ 第14番 イ短調 D784


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 □ラ・ロック・ダンテロン国際ピアノ・フェスティバル(DVD)

ブラームス
・バラード集 第1番 ニ短調 作品10―1
・バラード集 第2番 ニ短調 作品10―2
・バラード集 第3番 ロ短調 作品10―3
・バラード集 第4番 ロ短調 作品10―4
シューマン
ピアノソナタ 第1番 嬰ヘ短調 作品11

どのCDも知的なセンスの良さを感じさせる素晴らしい演奏ですが、これほどのピアニストが日本ではほぼ無名に近い存在とは驚くばかりです。

個人的には彼女のセンシティブにしてクールなドビュッシーの演奏がお気に入りです。

是非「前奏曲集 第1巻&2巻」や「ベルガマスク組曲」もリリースして欲しいものです。

それと残念なのが、協奏曲のCDが1枚もリリースされていないこと。

ラヴェルシューマンピアノ協奏曲を聴いてみたい・・・ちなみに、ラヴェルピアノ曲集が2014年にリリースされていますが、なんと既にHMVやAmazonでも新品購入できません。

ヴァネッサ・ワーグナーだけでなく、様々なクラシックCDを購入していることもあり、ちょっと油断している間に・・・

いずれ、この不識庵の面影で紹介したいと思っている美人チェリストオフェリー・ガイヤール(Ophelie Gaillard)ヴィヴァルディの作品集もそうでしたが、一旦廃盤になるとセコハンしかありませんが、まず出物自体が極めて少なく数万円という値が付けられます。その価格でさえ購入する猛者も多くクラシック魂が震える思いです。

ちなみにヴァネッサ・ワーグナーは、現代フランス作曲家パスカル・デュサパンから初演を任されるなど、現代曲も得意としているようですが、私自身がコンサバで現代音楽を好まないので、デュサパンの「ピアノのためのエチュード」を収録したCDは未聴です。

最近、『年を取るのが楽しくなる教養力』齋藤孝著(朝日新書)という本を読みましたが、その中で「自分が楽しめるものを人生の時間よりオーバーさせる」ことの効用について書かれていますが、ホント、それは実感しますね。

もう膨大に所有するCDやDVD、美術図録などを存分に鑑賞できるのだろうか・・・老後の時間破産確定です。

しかし、毎月Amazonへの注文点数と金額を考えると老後を迎える前に経済的に破綻しないかと脅える今日この頃です。






不識庵



Schumann: Sonate No.1 Op.23

Schumann: Sonate No.1 Op.23



Debussy Images & Est

Debussy Images & Est


Variations

Variations


Schubert: Piano Sonatas

Schubert: Piano Sonatas


2016-09-15

映画「太陽の蓋」と映画「シン・ゴジラ」

9月になりましたが、季節は間もなく秋分を迎えようとしています。





7月下旬から体調が優れず、部屋の中は図録や書籍やCD、DVD、各種のパンフレット類が平積み状態。

手間のかかる仕事を家でもやっていたこともあり、ちょっと肉体的&精神的にバテぎみでした。

とはいえ、休日は美術展などを愉しみ、郷里の新潟へも帰省することもでき、充実した時間を過ごせたことに感謝。

しかし、9月に入り再び体調が悪化、休日は静養を余儀なくされています。

「徒然なるままに日暮し」といった感じです。


さて、久しぶりのブログですが8月に鑑賞した映画「太陽の蓋」映画「シン・ゴジラ」について、備忘録として徒然なるままに書いておきます。





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   その存在さえ一般に知られているのか・・・





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   私の周囲でも話題となっています


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   4DXで鑑賞するも映画は2Dとは・・・


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   定番となった劇場用POP(シン・ゴシラ、おまえもか!)


結論から言えば、どちらも極めて秀逸な映画であり、描かれているテーマの重さから、鑑賞後にじんわりと安穏と惰性的な生活をしている己に内省を促す衝撃がありました。

この2本の映画はドキュメンタリーとフィクションと基本設定は異なるものの、「核の脅威」というテーで通底しています。


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   映画「太陽の蓋」劇場プログラム


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   映画「シン・ゴジラ」プログラム


東日本大震災から5年が経過しましたが、本年4月14日には熊本地震が発生。

正直なところ、かつての阪神淡路も含め、被災したことがない人々の災害に対する意識は年とともに薄れていきます。

日本が抱える原発の問題は軽々に語ることが出来ない深刻な状況にあることを観る者へ問いかけてきます。

「或る日、突然に被災者」となる可能性を覚悟できている人は、そうそういないのではないでしょうか。

「人間性なき科学」がどんなに進歩したとしても、その進歩は自然災害の前には「想定外」かつ不可逆的な多重災害を引き起こしてしまう危険性を孕んでいるのです。

さらに「理念なき政治」「道徳なき商い」が人心を荒廃させて久しく、宗教や哲学が軽んじられ、「人が人であることの美しさ」へのこだわりを持てなくなっている時代です。

映画「太陽の蓋」は佐藤太監督による作品で、東日本大震災に伴う原発事故発生から5日間を首相官邸内で何が行われていたのかを描いた映画です。

本年のモントリオール映画祭に招待されており、世界的に評価の高い映画でもあります。

東日本大震災当時の民主党政府がリアルに描かれています。

なんと、菅直人総理三田村邦彦)、枝野官房長官(菅原大吉)、福山官房副長官(神尾佑)などが実名で登場するのです。


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   三田村邦彦が演じる菅直人総理(映画プログラムより)


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   関係者が実名で描かれる衝撃(映画プログラムより)


大震災のみならず、福島原子力発電所内のメルトダウン・・・未曽有の危機への対策に混迷する政府、電力会社や原子力委員会の隠蔽体質など、よくこんな映画が撮影できたものです。

映画は少なからず製作費用を捻出してくれる企業スポンサーが必要であり、「原発」はタブー視されるテーマでしょう。

東宝松竹など、大手の映画会社は「反原発」を主張するような映画は製作はおろか、配給もままならないのではないでしょうか。

映画「シン・ゴジラ」は記録的な興行収益を上げているようですが、少なくとも私のまわりで映画「太陽の蓋」を鑑賞することはおろか、映画の存在さえも知られていません。

福島原発事故をドキュメンタリーさながらに描写する「危険すぎる映画」が実現したことに驚きます。


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現実:日本は未曽有の危機に晒されていた!(映画プログラムより)


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虚構:日本が未曽有の危機に晒される!(映画プログラムより)


鑑賞後の印象は「言葉」さえ失う衝撃とでもいえばいいでしょうか。

「喉元過ぎれば熱さを忘れる」のは世の常とはいえ、原発の孕む大きな危険性について慄然とする内容でした。

戦争の是非は問うまでもありませんが、有史以来「諍い」が途絶えたことはなく、好むと好まざるとにかかわらず「有事」に対して「国家」であれ「個人」であれ、覚悟を決めて備える必要があります。

一方、映画「シン・ゴジラ」がフィクションとしての怪獣映画でありながら、極めてリアリティを持っているのは「自衛隊」という存在が「軍隊」であるという現実を見事に描いていることではないでしょうか。


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   変態していくシン・ゴジラ(映画プログラムより)


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   リアルなCGに驚きます(映画プログラムより)


庵野秀明総監督は撮影に先立って防衛省に協力を仰ぎ、シナリオ製作の段階から自衛隊関係者へヒアリングしていったそうです。

自衛隊、というよりは政府防衛省が全面協力していることが如実にわかる映像でしたし、その軍備が「現実」であることは言を待ちません。





自衛隊としても、いかに自分たちが国家の存立と国民の生命を守るために日夜「想定」とはいえ「勝てる組織」を維持出来るかに腐心しているかの「広報」になると考えたのでしょうか。

勿論、現実はゴジラではなく、北朝鮮中国という「やっかいな隣国」を想定している訳でしょうが・・・あまり考えたくありませんが、アメリカをも「仮想敵国」とする極秘シナリオも存在するのでしょうか?


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   米国に出現していたなら・・・(映画プログラムより)



ゴジラはメタファーであって「未曽有の大災害」や「他国の武力行為」に、いまの官邸は果たして「機能」するのか?

映画「太陽の蓋」は事実に即したリアルなフィクションとはいえ、政権がいまや存在しない「民主党」であれ現政権の「自民党」であれ、大差はなのではなかろうかとさえ感じさせるものでした。

安倍首相ならば、とも考えますが「いまの日本」では、おそらく映画「シン・ゴジラ」官邸のように混迷を極めるように感じます。

ネタバレになりますので書けませんが、フィクションとはいえ、米国という国の本質が描かれていたように感じました。

欧米先進国には「とんでもない国」が多いという認識を日本人は持つ必要があります。

自虐史観によって「国を思う気持ち」がメルトダウンしている日本人は世代を追うごとに劣化しているように思えてなりません。

かく言う私も、勿論「反省ある毎日」を送らねばなりません。

「勇気を持って事に当たる―卑怯な振る舞いがあってはならない」

これは稲盛和夫翁・経営12か条のひとつですが、かくありたいと思いながらも時折、世の中の「建前と本音」のギャップに呆然とします。

少なからず「自分の人生」においては、建前ではなく「是は是非は非」、心身共に潔くありたい。

かつて「東海村JCO臨界事故」が起こった時、「なんで、そ〜なるの?」という杜撰な作業工程の実態が報道されました。

まさに「事件は現場で起こっている」のです。





何も「原発」に限らず、「歌舞伎町ビル火災」に象徴されるように「人命」を蔑ろにした会社や経営者やお役所仕事の監督官庁・・・悲惨な事件や災害が起こるたびに法令順守が説かれます。しかし「コンプライアンス」なる言葉はどことなく空虚な感じがします。

コンプライアンス」なるカタカナ用語ではなく、「隠蔽やめますか?それとも人間やめますか?」というコピーの方が抑止力となるように思えてなりません。

見た目は綺麗でも裏側は・・・人も施設も同じです。

もっとも、「法を犯してもバレなければいい」「法に触れなければ何をしてもいい」というものではありません。

「赤信号みんなで渡れば怖くない」はギャクならば笑えますが、「人の生き方」としては最低です。



閑話休題






映画「太陽の蓋」『原発危機 官邸からの証言』ちくま新書)という書籍に着想を得て「同時の官邸」を描いているようです。

この本は、福島第一原発の事故当時、政権の官房副長官だった福山哲郎氏が事故の直後からつけていたメモ、いわゆる「福山ノート」をもとに事故からの数日を事実ベースに綴ったもの。

ただし、この本が原作ということではありません。

この書籍が映画「シン・ゴジラ」の製作関係者も参考にしているのではないかという指摘もあります。

それを象徴するシーンが両作品にあります。

映画「太陽の蓋」では制御不能になった原子力発電所映画「シン・ゴジラ」では未確認巨大生物、この未知数の脅威にどう対処すべきか・・・

政府官邸に「有識者・専門家」を招聘して、この先どうすればいいのかを問うというシーンが酷似しています。

結果は共に「わからない」というもの。





当たり前といえば当たり前ですが、「有識者・専門家」なるものの本質を描いているように感じます。

有体に言えば「専門的な知識」は「既知のモノ」には役に立ちますが「未知のモノ」には訳に立たない証左です。

しかし、問題は彼らの次の発言です。

映画「太陽の蓋」では「原発水素爆発は起こりうるのか?」という質問に対し、専門家たちは「可能性はゼロではないが、まぁ、爆発はしないでしょう」と答えます。

一方、映画「シン・ゴジラ」では「東京湾に現れた未確認巨大生物の上陸はありうるのか?」との問いに「まぁ、その心配はないでしょう」と返答。

しかし、こうした発言とは裏腹に原発水素爆発を繰り返し、巨大生物は東京に上陸し街を破壊していく・・・








勿論、専門家に罪はありませんが、彼らに欠如しているのは「使命感」ではないかと感じた次第。

彼らにとっては「国の存亡」に対する責任がないと言ってしまえばそれまでですが、「人格なき知識」の虚しさのようなものを感じたのは私だけでしょうか。

ちなみに、東日本大震災発生当時の政府原子力委員会に作成を依頼した福島第一原発の「最悪のシナリオ」というものがあります。

福島第一原発の1号機の原子炉が爆発、作業員が全面撤去。2号機と3号機への注水ができなくなり、使用済み核燃料1331本が入っている4号機のプールが干上がる・・・という想定シナリオです。

大量の放射能物質が飛散し、250キロメートル圏内への立ち入りが不可能となり、首都圏の機能が完全にダウンしてしまうという戦慄すべき内容です。





この事態が発生する可能性があったということが、映画「太陽の蓋」では描かれていました。

いずれにしても、面白かっただけでは済まされない「人類が背負った現実」を直視せざるをえない映画作品ではありました。

「人間性なき科学」がもたらす悲劇・・・この2本の映画を観終えて、せめて政治には理念や使命感があってほしいものだと感じた次第。


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   第一作が無性に観たくなり購入


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   シン・ゴジラと初代ゴジラ、買っちゃいました!




不識庵

2016-08-06

銅像礼讃2(佐久間象山先生の銅像に想ふ)

ブログ「銅像礼讃1(雨ニモマケズ風ニモマケズ)」から、はや一年が経とうとしています。

この一年間でおそらく100体近い銅像を鑑賞したのでは・・・まだまだ観たい銅像が全国各地各方面で「雨ニモマケズ風ニモマケズ」佇んでいると考えると旅に出たくなりますね。

渡部昇一先生『日本の歴史』(全8巻セット・WAC)という大著がありますが、ここで紹介される人物をすべて銅像で紹介するという途方もない企画を密かに目論んでいます。

しかし・・・意外にも著名かつ重要人物の「銅像」がないことに愕然とするばかり。

顕彰する人がいないと「銅像」は建立されないのですから致し方ありませんねえ。

さて、信州川中島の銅像といえば「上杉謙信公と武田信玄公の一騎打ち」のモニュメントが有名ですが、川中島古戦場跡に隣接して建立されている銅像があります。


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   これは存在感のある銅像です


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  誰の銅像なのかというと・・・


「松陰の胆略 虎三郎の学識 皆稀世の才なり 

 但事を天下に為す者は吉田子なるべく 

 我子を依託して教育せしむべき者は独り小林子なるのみ」

松陰とは吉田松陰先生、虎三郎とは小林虎三郎先生のことですが、この偉人たちを評した師、幕末の異才・佐久間象山先生の銅像です。


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   吉田松陰先生の御尊像(萩市


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   小林虎三郎先生の御尊像(長岡市


周知のとおり、この川中島の地は江戸時代には松代藩・真田家が統べており、象山先生は松代藩士であったことから「おらが町の偉人」として建立されたのでしょう。

碑文には次のように記されています。


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   象山先生の遺徳を偲ぶに相応しい銅像   


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   台座もセンスがありますねえ


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   顕彰すべき偉人には碑文は必須!


「知有繋五世しめせ象山の志

余年二十以後乃ち匹夫一国に繋り有るを知る 三十以後乃ち天下に繋り有るを知る 四十以後乃ち五世界に繋り有るを知る

右は佐久間象山の名著『省諐録(せいけんろく)』の最後の一節である

『私は二十才以降凡夫ながらも信濃の国に三十才以後は日本国に四十才以後は全世界につながりのあることを悟った』と意訳できる

佐久間象山(一八一一〜一八六四)は信濃国松代藩(現長野市松代町)出身の明治維新の大先覚者で、その門下から吉田松陰勝海舟・坂本竜馬等多くの俊秀を輩出した象山は常に世界的な視野に立って日本の現状をみつめ遠く国家の将来を見る先見の明があった

その卓見は没後着々と実現され今日我が国の繁栄にまで及んでいるのである

21世紀に向けて『明るく豊かな社会』を創り出すために象山の詞のごとく地域に国家にそして全世界に繋りをと視野の広い人材が雲の如くこの地から起こることに願いをこめて象山先生の像をここに建立する

平成二年十一月吉日  長野市長 塚田 佐」


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   製造はあの竹中銅器です!


ちなみに、銅像の作者は長崎県出身の彫刻家・冨永直樹氏。

冨永氏は、大正2年(1913)生まれ。東京美術学校(現在の東京芸術大学)で彫刻塑像を学び、平成元年(1989)には文化勲章を受章されている名彫刻家です。

地球儀と分厚い百科事典に手をかざし、左手には未来を見るかのように望遠鏡を持っています。

しかし、なぜ古戦場跡である「八幡原史跡公園」に建立されているのか?

下衆の勘繰りかもしれませんが、観光名所に建立すれば「気づいてもらいやすい」からですかね。

もしかすると建立地には由縁があるのやもしれませんが、寡聞にして知りません。


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   この質感、やはり銅像はこうでなきゃ!


それはともかく、文化勲章を受章されている作者による見事な銅像で申し分ないのですが、柔和な風貌になってしまっているのが惜しまれます。

象山先生を顕彰する人々にとっては「偉大なる人格者の風貌」を希望されたのでしょうか。


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   この風貌は優しすぎるか?


これが戦国武将ならば、肖像画が現存していても「実際の当人」通りに描かれたかどうか判然としないので左程気にならないのですが、幕末から明治維新に活躍した人物には写真が現存しているだけに、どうしても「面構え」が異なると感情移入し難いのです。

勝海舟の妹である妻の順子に、象山全盛は自作のカメラで撮影させた晩年の写真が現存しています。


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   象山先生写真(「松代町ものがたりウォーキング」)


銅像の芸術性は作者によりピンキリですし、冨永氏による「佐久間象山先生の銅像」は「非の打ち所がない芸術作品」なのですが、やはり象山先生を敬愛するものとしては、欧米列強を睥睨する鋭い顔貌に仕上げて欲しかったと感じてしまいます。

ちなみにNHK大河ドラマ「八重の桜」で象山先生を演じた奥田瑛二氏はハマリ役でした。


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奥田瑛二演じる象山先生(大河ドラマストーリー『八重の桜・前編』) 


嘉永4年(1851年)、象山先生は江戸木挽町に西洋砲術・兵学を教授するための私塾「五月塾」を開き、その門下は先に紹介した吉田松陰先生、小林虎三郎先生以外にも、勝海舟、橋本左内、坂本龍馬、河合継之助、高杉晋作、加藤弘之(帝大第二代総長)など錚々たる顔ぶれでした。

巷間、象山先生は「異形なる面構え」からくる印象とあいまって、傲岸不遜な性格であったと真しやかに語られます。


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河野通勢作・象山先生肖像画(「松代町ものがたりウォーキング」)


上の象山先生の肖像画は河野通勢によって1919年3月に制作されたもので実に見事な肖像画です。

右上の額の中には黒船、白馬に騎乗した象山先生とおぼしき人物が描かれており、象山先生の手元にはショメール百科辞典と地球儀が描かれています。

絵画もそうですが、やはり銅像にも、その人物の「人となり」を暗喩する表現が欲しいものです。

象山先生にとって義兄にあたる勝海舟は「氷川清話」で象山先生が「大法螺吹きだった」と述べていたと書かれていますが、海舟自身が元来口汚く言葉を額面通りに受け取るべきではないと考えます。

「海舟」という号は象山先生に授かったものであり、海舟が「先生」という敬称を使っているのは象山先生に対してだけであったといいます。

江戸時代とは「士農工商」という身分制度があり、士分の中にも厳然たるヒエラルキーがありました。

極端な話、無能であろうが家老の家に生まれた者が家老になる、いわゆる徹底した世襲制の時代だったのです。

下級武士であった象山先生は、松代藩においては優秀であるがゆえに無能な門閥からは過小評価や讒言が多かったことは想像に難くありません。


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   象山先生の御尊像(松代町八幡原史跡公園)


各藩では秀才であるもにに江戸遊学を許していた訳ですが、その江戸で最高の塾との評価を得ていたのが象山先生の私塾だったのです。

象山先生は、当時の典型的な知識人として漢学、儒学、詩文、和算の習得はもとより、松代藩主・真田幸貫公が幕府より「海防掛」に任じられたことを契機に見出され、洋学(蘭学)を短期間で習得、洋書を読んで西洋の大砲製造技術を独学で習得し、実際に西洋大砲を製造しているのです。

ちなみに、真田幸貫公は寛政の改革を主導した老中首座・松平定信の長男(ただし庶子であったために公的には次男)にして、8代将軍・徳川吉宗の曾孫に当たる人物です。

松代藩8代藩主にして老中まで務め、国許では殖産興業、産業開発、文武奨励などに努めた江戸後期を代表する名君の一人と評されるほど。

しかし、象山先生の悲劇は松代藩という薩長土肥という大国とは比較できない小藩の出身だったため、その異才を遺憾なく発揮するバックボーンがなかったという事実。

この点は越後長岡藩の河井継之助公も同様でしたが、蓋棺事定とはよくいったもので、その時代には評価されずとも歴史を遡及すれば「偉大なる人物」は必ずや光り輝くのです。



閑話休題



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   象山先生の御尊像(松代町八幡原史跡公園)


欧米列強の技術が如何に高度なものかを学びを通じて知った象山先生は、幕府の砲台が海防に役に立たないことを早くから指摘し、ペリー来航により象山先生の慧眼は立証されることになります。

象山先生は「夷の術を以て夷を制す」、それには開国して欧米列強の技術を自家薬籠中のものとする必要性を説いておられたのです。

「東洋道徳、西洋芸術」

これは象山先生が小林虎三郎先生の御尊父宛の手紙に書かれたスローガンですが、「和魂洋才」というテーゼを先取りした実に見事な表現です。

しかし、象山先生は門人であった吉田松陰先生の米国密航未遂事件に連座し、10年近く松代での蟄居を余儀なくされ、歴史の表舞台から消えることになったのです。

文久4年(1864)1月、将軍・徳川家茂が入京、将軍後見職・一橋慶喜が禁裏守衛統督兼摂海防禦指揮に任じられ、慶喜は異才・象山先生を幕府御用で上京させるのです。

象山先生は「開国政策」を天皇の勅許によって推し進めるため公武合体論を献策しますが、元治元年(1864)7月11日夜半、尊皇攘夷派の熊本藩士・河上彦斎らによって斬殺されていまいます。   

ときに象山先生、享年54歳。





司馬遼太郎氏が或る小説の中で、この河上彦斎の象山先生斬殺後の心境について次のように描写しています。

「犠牲者は小物ばかりであるといったが、ただひとりの例外は、社会的地位はひくいとはいえ、その言説の影響力の点では大物といえる佐久間象山が、河上彦斎のために殺された。

彦斎はこのあと人変わりがしたように暗殺家業をやめた。

斬った瞬間、斬ったはずの象山から異様な人間的迫力が殺到してきて彦斎ほどの手だれが、身がすくみ、このあとも心が萎え、数日のあいだ言い知れぬ自己嫌悪におちいったという」

しかし、松代藩内には「佐久間憎し」の門閥も多く、彼らは象山先生の死後3日目にして佐久間家の知行・屋敷地を召し上げ、断絶に追い込んだという。

佐久間象山死後3日に佐久間家の屋敷は没収され佐久間家は断絶します。


  時に逢はば散るもめでたし山桜 めづるは花のさかりのみかは


これが象山先生の辞世ですが、非業の死を遂げることを予見していたかのような歌ですが、実践的な思想家であった象山先生の銅像を見上げながら「志とは何ぞや」と沈思黙考した次第。


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   象山先生の御生誕地にて(松代町



さて、問題はここからです。

長野県松代町には象山先生を祀る「象山神社」がありますが、ここに馬上姿の象山先生等身大の銅像が建立されました。


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   シルエットなら何とか絵にはなりますが・・・


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   馬の造形予算を象山先生に注ぎ込むべき!


生誕200年記念事業実行委員会が松代町内外の賛同者から御寄進を募り、平成22年9月に建立除幕式が執り行われました。

作者は富山県高岡市の彫刻家・田畑功氏。


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   台座からセンスがありませんねえ


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   生誕200年記念事業はいいのですが・・・


「象山先生ゆかりの地に銅像を!」という気持ちは分かりますが、建立するのならば「八幡原史跡公園」の象山先生の尊像に勝るとも劣らない芸術的な作品にして欲しかったですね。

製作された田畑氏に問題があるというのではなく、依頼する側に明確な造形イメージがあったかどうかが問題です。

ただ、この田畑氏は謙信公の小型銅像も製作されていますが、私個人としては「・・・」です。

上越市の高田駅前本町商店街の郵便ポストの上に設置されていますが、「謙信之像」と刻印されています。

呼び捨てかい!何を考えているのか・・・「謙信公」でしょう!

特に騎乗する姿となれば「人+馬」ですから製作コストが嵩む訳ですから、十分な予算と全国に建立されている騎乗銅像を調査した上で、製作者をコンペで選定する必要があったのではないでしょうか。

勿論、建立までの具体的な経過は知らない私が、とやかく意見すべきではないとは思いますが、一銅像ファン、また象山先生を敬愛する者としては「この緩さ」は看過できません。


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   顏の造形が緩すぎて誰の銅像なのか不明


銅像から押し出してくる「威風」が感じられません。

ブログ上杉謙信公の銅像に想う」に書いたとおり、既に銅像が建立され、その銅像が秀逸な作品である場合、さらにいえば至近距離に「?」の銅像は地元の良識ある方はもとより、観光客をも惑わすだけです。

私は銅像が三度の飯より大好きなのですが、低予算で志の感じられない「銅像」は後世に禍根を残すだけではないでしょうか。

象山神社はご本人を祀っている神社であるだけに、誠に遺憾ですね。


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   象山神社 正面鳥居


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   象山神社 本殿





この「困った銅像」はともかく、神社境内地内には素晴らしい石碑が建碑されています。

万延元年(1860)春、象山先生50歳の時の作「櫻賦(さくらのふ)」の碑です。


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   銅像よりも趣のある石碑で十分では?   


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   「櫻賦」の碑


孝明天皇の天覧を賜った由緒ある名文なのですが、櫻花の美徳をたたえ憂国の至情をこれに託し、人に知られぬ山の奥に散りゆく桜の花を自分にたとえ、ひそかに勤皇の志を述べた韻文です。

この碑文は長野市文化財に指定されている象山先生眞筆から複製したもので、昭和51年4月11日、篤志家の寄進によって建碑されました。

渡部昇一先生が、郷里の山形県庄内地方の豪商である酒田の本間家、鶴岡の風間家の威徳を折に触れご著書で紹介されていますが、こうした旧家の篤志家は全国各地に存在していただろうと語っておられます。

旧家はGHQの農地解放で潰えていくことになります。

渡部先生は旧家を潰したのは「GHQ」の名を借る富者を妬む「左翼の民法学者」だったのではと推測されています。

郷土の人々の幸せを念じて慈善事業を行っていた商家が立ち行かなくなって久しいのですが、地元の名士や有力企業も「己が功名のための緩い銅像」の建立だけは止めていただきたい。





不識庵

2016-07-13

仏国土

久しぶりに上杉謙信公について書いてみたいと思います。

「毘」の旗印は謙信公のトレードマークともいえますが、これは謙信公が「毘沙門天」に深く帰依してことによるものです。


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   「毘」と「懸かり乱れ龍」(米沢市上杉博物館


問題は、なぜ、如来でもなく、菩薩でもなく、天部なのか。

さらにいえば「不動明王」をはじめとする五大明王や持国天、広目天、増長天ではなく「毘沙門天」だったのか。

ご存知の方も多いでしょうが、一般的な毘沙門天は「仏法を守護する四天王の1人であり、「北方」を守護する甲冑姿の武人神であり、「憤怒の形相」で右手に宝叉、左手で宝塔を捧げて御座します。

謙信公が信奉された「泥足毘沙門天」像は有名ですが、これとは別に「刀八毘沙門天王」という異形の明王像が上越市の林泉寺に伝わっています。

まさに武神と畏れられた謙信公さながらの尊像です。


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   林泉寺の刀八毘沙門天王コラージュ by 不識庵)


私は謙信公が「毘」の旗印を掲げた本意は「天皇」への崇敬の念にあったのではと考えています。

司馬遼太郎氏の小説に『王城の護衛者』という最後の会津藩主・松平容保公を描いた作品があります。

容保公が孝明天皇のため身命を擲ち至誠を尽くしたにもかかわらず、やがて「朝敵」とされていく悲劇が描かれています。

小説の結末には、容保公が孝明天皇から賜った「宸翰」のエピソードについて書かれていますが、強く胸を打つ逸話です。

「朕はもっとも会津を頼りにしている」という孝明天皇の御言葉・・・そう、容保公がそうであったように、謙信公の尊皇精神への傾倒も、天文22年(1551)春に後奈良天皇より綸旨を賜ったことに始まります。

かつて映画「天と地と」では、この綸旨を後奈良天皇の勅使が春日山城内で読み上げるシーンがありましたが、これは謙信公を敬愛するものとしては感銘する演出でした。





綸旨の内容は以下のとおり。


平景虎 

住国並隣国挿敵心輩所被治罰也

伝威名子孫施勇徳万代

弥決勝於千里

宜尽忠一朝


読み下すと次のとおりです。


平景虎

住国並びに隣国において敵心を挿む輩治罰せらるる所なり

威名を子孫に伝え勇徳を万代に伝え

いよいよ勝ちを千里に決し

宜しく忠を一朝に尽くすべし



謙信公は越後守護代・長尾家の出自ですから源平藤橘でいえば「平家」の末裔です。

ちなみに名跡を継いだ山内上杉家は「藤原家」の末裔です。

上越市の林泉寺の山門に掲げられた「第一義」の扁額は謙信公が揮毫されたものですが、「藤原輝虎」と署名されています。

(「輝」の一字は足利十三代将軍・義輝の諱を拝名したもの)


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   「第一義」扁額(レプリカ・上越市埋蔵文化財センター)


仏教が日本に伝来して以来、その教えは「鎮護国家」のためにあったことは周知のとおりです。

謙信公は深く仏道に帰依していたことは有名ですが、謙信公にとって「宜しく忠を一朝に尽く」ことは、取りも直さず、此岸、すなわち「この世」に仏国土を築くことだったように感じます。

戦国の武将たちは神仏に対して「戦勝祈願」、すなわち現世利益の信心は持っていたようですが、謙信公が神仏に祈願していたのは「仏敵」を成敗するための筋目が己にあることのアファメーションであったのです。

「非道を知らず存ぜず」とは「己は道に外れず」というのが本義なのです。

道とは即ち「仏道」に他なりません。

私たちが単純に「現代の物差し」で中世の宇宙観や人生観を測ってしまっては「大事」なものを見逃してしまいかねません。

世阿弥の「風姿花伝」の序文にも「まづこの道に至らん者は非道を行ずべからず」とあります。

「非道」とは己が極めんとする道を逸れることを意味するのです。

謙信公は王城の北方を守護する「毘沙門天」たらんという気概で「入我我入」という境地を求めて求道に精励しておられたのです。

「我、毘沙門天となり、この世を仏国土たらしめん」という仏道者の旗印が「毘」の旗印であったのです。

武家に生を享けた謙信公なればこそ、武神としてしか己を活かすこと能わず、僧侶以上に僧侶らしい「いきざま」で戦国の世で「仏法」の法灯を守られていた稀有な存在です。

謙信公が薨去されてから約400年が経過し、僧侶たちは使命感を失い、謙信公が予想だにしなかった事態となっています。

現在、日本の僧侶の大方は在家と同じような、いや金銭的には在家以上の生活を享受し、「出家者」とは言えない実態にあります。

一昨年、「こうやさんフェスタin奈良 〜行くなら高野山〜」の中の催しとして「美・坊主僧侶10人によるファッションショー」なるイベントがありました。

企画をしたのは「高野山真言宗青年教師会」で、全国に約3600ある高野山真言宗寺院の青年教師が運営をしている全国組織。

何を考えているのか・・・高野山金剛峯寺といえば、その塔頭のひとつ無量光院の住職であった清胤から、謙信公は伝法潅頂を受け「阿闍梨権大僧都」となられています。

もう、弘法大師が開かれた聖地でさえ・・・肉食妻帯はもとより、このスノッブさには何をか況やです。





好むと好まざるとにかかわらず、大概の僧侶は「生臭坊主」として寺を世襲し続けています。

社会環境が大きく変化して肉屋、魚屋といった家業が立ち行かなくなった時代にもかかわらず、生臭坊主たちは法的根拠のない寺請制度に安住し、出家せぬ「職業住職」に成り下がっているのです。

江戸幕府はキリシタン弾圧と既存の仏教勢力を体制内に取り込むため、寺請制度により寺院に檀家を宛がい、過去帳という住民台帳(戸籍)を管理させたのです。

戦国時代一向一揆が象徴するように狂信的な宗教アジテーションによる武装化を恐れた江戸幕府は、特定の宗派が勢力を拡大しないよう「宗論」を封じ、僧侶の布教活動を禁じていたのです。

檀家という謂わば「固定客」に庇護された寺院は幕府出先機関となり下がり、僧侶もまた字義の如く「住職」として居座りはじめます。

しかし、「肉食妻帯」は御法度であり、血の繋がっていない弟子が住職を継いではいたのです。

ところが明治を迎え、宗派を問わず「肉食妻帯勝手たるべし」という政令を「何故か」受け入れ、挙って妻を娶り、自分の子供に「住職」という家業を継がせていくのです。

例えば曹洞宗では「葷酒山門に入るを許さず」という石碑を臆面のなく山門前に出し、あろうことか道元禅師が知ったならば怒り狂うであろう「水子供養」に血道を上げている寺さえあります。

「非僧非俗」を宗祖以来の伝統とする浄土真宗の僧侶はいざ知らず、出家し戒律を堅持することが大前転であった天台宗、真言宗、臨済宗、曹洞宗、浄土宗、日蓮宗が、我先にと「非僧是俗」化していき、その堕落ぶりは目を覆わんばかり。





「遭いがたき仏法」に遭うため、一大決意して「出家」する気概をもった僧侶は少数であり、大半が「世襲」で住職の地位を約束された子息が寺院を継承し、世代を重ねるごとに僧侶は「徳なし、悟りなし、説法なし」と劣化し続けています。

怖いことですが「信心」すらない僧侶も多いように感じます。

「己が寺院の子息として生まる」ことになった歴史的な背景さえ知らない者が、煩悩に塗れながら「住職」という家業を継ぐ・・・まさに寺院の在り様は末法状態!

庶民の先祖を崇拝するこころ、法的根拠の失効した寺檀制度に支えられ、僧侶は安穏と葬儀と法要、墓地管理を「生業」としながら、住職(親)から副住職(子)へ世襲しながら檀家に寄生しています。

一宇を構えず、托鉢しながら説法する清貧な僧侶はどれくらいいるのでしょうか?


鎮護国家はもとより、衆生さえ救えない僧侶たち・・・何故か「寺格」の高い寺院の僧侶ほど「徳」は低く、銀座の高級クラブのホステス顔負けの高額な「御布施」をせしめているという実態。

出家者として清冽に生きられた謙信公が希求した「仏国土」はおろか、堕落しきった僧侶たちによって「葬儀」という儀礼文化さえも死滅してしまうかもしれない世相になってきています。

今の今、いただいた「命」を「使う」こと。

それが使命。

職業僧侶たちよ、

宗祖の熱く高邁な使命感を想え! 

乱世に仏道を歩まれた清冽な謙信公に学べ!





Dies iræ, dies illa
solvet sæclum in favilla:
teste David cum Sibylla

Quantus tremor est futurus,
quando judex est venturus,
cuncta stricte discussurus


不識庵