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記事一覧
2009-04-20
[
著作・執筆テキスト掲載文献
]
[文献]著作・編集・執筆「書目」一覧。
2009-02-21
シン・チェホ起草・義烈団「朝鮮革命宣言」
[
アナキズム運動史
]
1936年2月21日。シン・チェホは日帝の東アジアにおける侵略と支配に抗する活動の中で弾圧され旅順監獄にて55歳で獄中病死した。
2009-01-24
[
アナキズム運動史
]
1911年1月24日、東京監獄にて11名絞首、幸徳秋水 午前8時6分 新美卯一郎 午前8時55分 奥宮健之 午前9時42分 成石平四郎午前10時34分 内山愚童 午前11時23分 宮下太吉 12時16分 森近運平午後1時45分 大石誠之助 午後2時23分 新村忠雄 午後2時50分 松尾卯一太 午後3時28分 古河力作 午後3時58分 処刑 宮下太吉、執行寸前「無政府党万歳」と叫んだと伝わる。管野須賀子は翌25日に処刑。
2009-01-20
後藤謙太郎の死
[アナキズム運動史]1925年1月20日 後藤謙太郎の死
2009-01-18
[アナキズム運動史]1911年1月18日
2009-01-16
[日誌]
2009-01-01
「アナキズム運動史」1908年1月1日 『高知新聞』幸徳秋水「病間放語」掲載
2008-12-22
[アナキズム運動史]1913年12月22日
[アナキズム運動史]1924年12月22日 中濱哲 獄中にて詩作
2008-12-21
[アナキスズム運動史]1908年12月21日。大条、平民社(巣鴨)で幸徳秋水より『麺麭の略取』を受け取る。
2008-12-19
[アナキズム運動史]1910年12月19日。大逆事件、幸徳秋水らの意見陳述
2008-12-10
[アナキズム運動史]1910年12月10日 大逆事件開廷
[アナキズム運動史]1920年12月10日 日本社会主義同盟結成
2008-11-22
[
アナキズム運動史
]
1938年11月22日 萩原恭次郎、病死 午前零時15分、溶血性貧血(胃病)にて死亡。享年40。翌23日葬儀。 「萩原恭次郎の世界」
[
アナキズム運動史
]
1910年11月22日 エマ・ゴールドマン、幸徳事件、エマ・ゴールドマン、ニューヨークで「幸徳事件」への第一回抗議集会を開く、数百名が出席、「ニューヨーク・アピール」を採択、
2008-11-21
[
国民文化研究所
]
■
2008-11-15
[
アナキズム運動史
]
1924年11月15日 難波大助、天皇国家により処刑される。
2008-11-11
[
アナキズム文献
]
『解放空間のアナーキスト』
2008-11-10
[
アナキズム文献
]
『解放空間のアナーキスト』
2008-11-08
[
アナキズム運動史
]
1922年11月8日。大杉栄書簡、伊藤野枝宛。
2008-11-07
[
アナキズム運動史
]
1913年11月7日。
[
アナキズム運動史
]
1919年11月7日。
2008-11-06
[
アナキズム運動史
]
1925年11月6日。望月桂、近藤憲二、秋田刑務所の和田久太郎に面会。
2008-11-05
金子文子の遺骨、朴烈の故郷の山中に埋葬される。
[
アナキズム運動史
]
1926年11月5日。
2008-11-04
[
アナキズム運動史
]
1927年11月4日。
2008-11-03
[
アナキズム運動史
]
1908年11月3日 宮下太吉、内山愚童制作『無政府共産』50部を郵送で受け取る
[
アナキズム運動史
]
1909年11月3日 宮下太吉、明科で爆裂弾を試爆
2008-11-02
[
日誌
]
虹の彼方と烈風
2008-11-01
[
アナキズム運動史
]
1922年11月1日 大杉栄ら『労働運動』9号発行
2008-10-31
[
アナキズム運動史
]
1922年10月31日<大杉栄より伊藤野枝宛書簡「執筆状況」>
2008-10-30
[
アナキズム運動史
]
1914年10月30日 大杉栄『生の闘争』刊行
2008-10-28
[
日誌
]
赤い表紙の国禁の書が古書店より届く
[
アナキズム運動史
]
1916年10月28日大杉栄「立太子礼」に向けて悪戯の相談
2008-10-27
[
アナキズム運動史
]
1922年10月27日<大杉栄より伊藤野枝宛書簡「ボルシェヴイキ四十八手裏表」>
2008-10-25
[
日誌
]
台高山脈・三峰山
2008-10-24
[
アナキズム運動史
]
1922年10月24日<大杉栄より伊藤野枝宛書簡「ボルの暴政」
2008-10-21
[
アナキズム運動史
]
1922年10月21日<大杉栄より伊藤野枝宛書簡「自叙伝」執筆>
2008-10-17
[
アナキズム運動史
]
1922年10月17日<大杉栄より伊藤野枝宛書簡「原稿」>
2008-10-15
[
日誌
]
青山霊園
[
日誌
]
『トスキナア』8号発行 2008年10月15日
[
アナキズム運動史
]
1925年10月15日 古田大次郎処刑される
2008-10-12
[
日誌
]
ロシア侵略・日帝侵略の痕跡
2008-10-11
[
日誌
]
日帝の侵略痕跡
2008-10-10
[
アナキズム運動史
]
1931年10月10日
2008-10-08
[
アナキズム運動史
]
1923年10月8日。新山初代、本郷区駒込蓬莱町18、雑貨菓子商、22歳、母と妹二人、大正9年3月、東京府立第一高等女学校を卒業、後三カ月程、正則タイピスト学校に通う約2年程事務員、その間1年程正則英語学校、夜学に通学、昨年8月事務員を止めて、同年11月駒込に一戸を構え独立して商売を始めた。
2008-10-06
[
アナキズム運動史
]
1919年10月6日 大杉栄『労働運動』創刊
2008-10-05
[
アナキズム運動史
]
1913年10月5日。大杉栄、シンヂカリズム研究会開催。「会する者総て13名、大杉は講話、資本家と労働者」
[
アナキズム運動史
]
1919年10月5日。大杉栄、午後5時 築地精養軒 山崎今朝弥開催 晩餐会に出席。「晩餐会は本年8月8日より一週間平民大会に於て自己主催の下に開催せる夏季講習会に関する講師竝に尽力せし者に対し慰労」
2008-10-03
[
アナキズム運動史
]
1926年10月3日。黒色青年連盟・東海連盟、清水にて発会記念演説会を開く。記事「黒旗の下に」《東海連盟》清水、10月3日。「」『黒色青年』6号掲載。1926年12月1日発行。
2008-10-02
[
アナキズム運動史
]
1919年10月2日。大杉栄、巡査殴打事件第二回公判。弁護士花井卓蔵、大澤一六、長野■助、山崎今朝弥、布施辰治の5名出廷。被告は先般も起立せす悪習慣は改めさるへからす依て起立するの必要なしとて起立せす…
[
アナキズム運動史
]
1922年10月2日。朴烈、大島製鋼争議支援。
2008-10-01
[
アナキズム運動史
]
1912年10月1日大杉栄、荒畑寒村 『近代思想』創刊 幸徳伝次郎発行『自由思想』の購読者名簿に拠り各地方の同志に対し葉書を発送して該雑誌の購読を勧誘大杉栄テキスト<本能と創造>評論<発刊事情><9月の評論>
[
アナキズム運動史
]
1922年10月1日『労働運動』8号刊行
2008-09-25
[
アナキズム運動史
]
1915年9月25日 野澤重吉死亡
2008-09-24
[
アナキズム運動史
]
1923年9月24日不逞社のメンバーで金子文子の同志、新山初代が逮検挙される。新山初代。1902?年?-1923年11月27日。東京府立第一高等女学校2年で父親が死去。肺病になり、新潟で半年間静養、生死の問題に悩んで仏教を研究。1920年3月、女学校を優等で卒業後、正則英語学校夜学に通学、金子文子と知り合い、後に不逞社に参加。金子は「初代さんは恐らく私の一生を通じて私が見出し得た、ただ一人の女性であったろう」と語っている。
2008-09-22
[
日誌
]
東京の景観・二本榎
2008-09-19
[
アナキズム運動史
]
1925年9月19日。和田久太郎書簡[望月桂宛]「古田君と面会した」「特別許可を願って、正札附、最後の手紙を書く。昨日は古田君と面会した。別に話すべき事のあらう筈がない。馬鹿話をして愉快?に握手して別れた。今日、これから愈々執行になる。行先は未だ告げられない。今朝、近藤君と岩佐君とが面会に来てくれた。十一時すぎだと、もう駄目だつたかも知れない。全くいい時だつた。いい天気だね、今日は秋の彼岸だからな──」
2008-09-16
[
アナキズム運動史
]
1923年9月16日。大杉栄、伊藤野枝、橘宗一虐殺さる「戦友の死「大杉栄、伊藤野枝両君が、去る九月十六日、橘宗一君と共に東京憲兵隊本部で虐殺された事は、既に諸君の熟知せるところである。
[
アナキズム運動史
]
1924年9月16日「九月十六日には大杉君、野枝さん、宗一坊の一周年追悼会が、東京、大阪、和歌山、静岡、等各地で行はれた。本号は記事輻輳の為、遺憾ながら其等の盛況を載せ得なかつた。追悼会のあつた各地の同志に、謹んでお詫びします」『労働運動』第六号 1924年12月1日発行
[
アナキズム運動史
]
1925年9月16日「大杉君の命日だ。まだまだ生命がある。今日もいゝ天気だ。しかし、死ぬには余り明るすぎる。前には午前十時頃に死にたいと言つたが、朝の中は如何も暑苦しい、ケバケバし過ぎる感じがして厭だ。矢張り夕方がいゝ。今日の夕方なんか實によくなりそうだ。
[
アナキズム運動史
]
1925年9月16日「追悼会「来る九月十六日は、大杉君等が殺された第三周年に当ります。就いては、次の如く、同志諸君と共に追悼茶話会を催すことに致しました。御出席を願ひます。
[
アナキズム運動史
]
1926年9月16日「9月16日、大杉栄追悼会を労働運動社にて行なう。関西にては解散を命ぜられた」
2008-09-15
[
日誌
]
キムチが届く
2008-09-12
[
日誌
]
東京
2008-09-10
[
アナキズム運動史
]
1924年9月10日古田大次郎逮捕。古田大次郎、弾圧。上蛇窪の根拠地に刑事を派して内偵させた所、倉知は七月二十八日金策のため下阪して六畳、三畳二間の長屋には古田と村木が潜んで既に製造された爆弾十数個が積み上げられてゐることが判り、万一踏込みが知れるや爆弾を爆発し自殺しかねまじき形成なので刑事は二日三晩といふもの同家を遠巻にして捕縛の方法に苦心の末遂に多少の犠牲者を出す覚悟でいよいよ九月十日午前一時頃刑事部からは土屋、出口、恒岡の三警部及び特高、内鮮刑事部からそれぞれ敏腕な刑事三十名を選び全部変装してこれを三隊に別ち、一隊は各道路の要所々々を固めて、逃走を防ぎ、一隊は家の周囲を取囲み、残る一隊の十人こそ機を見て家内に飛び込み犯人を捕縛すると云ふ手はずを定め中谷刑事部長等はこれ等の三十名の決死隊を集めて出発に先だち一場の訓辞を行つたのである。…この時電報配達人の如く装つた平山刑事はは表戸をたたき「電報々々」と叫ぶやそれと知らぬ古田は寝衣のまま起き出で戸を開き電報を受け取るべく片手を出したせつ那、
[
アナキズム運動史
]
1925年9月10日古田大次郎獄中手記より『死刑の宣告を聞きにゆく日』九月十日! 去年の今日、朝早く、寝込みを襲はれて村木君と僕は、他愛なく警視庁に挙げられて終つたのだ。早いもので、もう一年経つた。因縁の深い今日、刑の宣告を承はりに、さア出掛けるとしようかな。
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