★不惑で上京

2014-10-10

あさイチ・プレミアムトーク・宮崎吾朗監督ご出演。

http://www1.nhk.or.jp/asaichi/2014/10/10/01.html

日曜日に録画を視聴。

久保田祐佳アナ、可愛いな〜♪
紅白歌合戦の司会者を追求され「音声の調子が・・・」と小ボケ。


本題は
土曜日からBSプレミアムで始まる『山賊の娘ローニャ』の番宣
昨日の放送の反響はどうだったのかな。

宮崎吾朗監督は、もう47歳か。
声が小さい(笑)
席順の都合だが、近いイノッチに話す時は正対して
遠い有働由美子アナには首を振るのみ。
シャイなんだか押しに弱いのか。



今回、鈴木敏夫Pの肝いりスタジオジブリを離れたが
タイトルのフォントは『思い出のマーニー』と同じ”鈴木明朝体”に見える。

先日の特番の映像が多かった。
http://d.hatena.ne.jp/fuwakudejokyo/20140809/p4
あの「歴史が変わる」は、言わされた感が滲むサービストーク。
3DCGの処理というか、海外は陰影が深く、日本は浅い。
浮世絵時代からの技法・文化の違いだとか。

吾朗さんの絵コンテの画柄、結構好き。
『ローニャ』ではペンタブで書いてた。
コクリコ坂から』で、初めて絵コンテ集を買ったのも懐かしい思い出。


NHK初のテレビアニメシリーズは『未来少年コナン』だったのね。
パパ宮崎駿が監督した名作。吾朗さんは最近まで知らなかったらしい。

パンダコパンダ』と『アルプスの少女ハイジ』は
今の子供が見ても変わらずに面白く見られ
かつ
大人の鑑賞にも耐えられる凄い作品と、絶賛。
当時は”家族で”見ていたとか。
あの白い髭のおじさんを「当時は大した人ではなかったので」と暴言(笑)

吾朗さん、最初はローニャの監督話を嫌がっていたのね。
「テレビシリーズ期の”親父”は、毎日帰宅していたが遅かったから」
「でも、折角の機会なので、やっておいた方がいいのかな」
「2本撮ったのはジブリという枠の中=”親父”の庇護下だった」
「向いてないかもと、転職しようかとも考えた」

そんな、内向的で自傷癖っぽいのに、オファーされるのも羨ましい。

アニメーションの世界に踏み込んだ契機はアレだし
今でもきちんと飯を食えているのが羨ましい。


芸能界一筋のいのっちが感心する転職人生。
有働アナの「数奇な人生ですね」に苦笑の監督。



父の世界に憧れはあったが、就職に当たり、同じ世界には行かなかった。
アニメ産業は経済的に恵まれない仕事とハッキリ言った。
ジブリ以外も正社員の会社、あるよね?
今でこそ正社員制度を確立し安定した品質を世に送り出すジブリだが
この先どうなるのかな。
出資者がいないと会社も立ち行かなくなるし。

吾朗さんはジブリの社員は退職したのかな。
出向扱いなのかな。
元々役職者だった(と思う)から、退社とかではないのかな。
健康保険とか年金とか大丈夫かな。
(↑余計なお世話)




信州大学の情報管理能力が疑わしいエピソードも、今では笑い話だろうが
「キミ、宮崎駿の息子なんだって?」は、本人にとってはショックだったろうな。
森林工学科なのは既知だが、児童文化研究会だったのか。
保育園や小学校などに公演に行ってたらしい。
人形劇の活動をしていたのは「未練があったのかな」と回顧。
ジャリ研の同級生、『ローニャ』の鳥女役・加藤沙織さんが
着ぐるみして楽しそうだった監督の黒歴史を暴露し
「行くぞ!」ではなく「そこに吾朗がいる・・・」という存在だと評した。
褒めてる?

子供たちの目の前で演じ、楽しませ
反応がダイレクトに返ってくることに手応えがあったとか。
これは私もかつて味わった音楽・楽器演奏にも通じる。
ストリートフェスタなどで、特に興味ない買い回り客などが立ち止ると
「よしっ!」と思いながら演奏していたのも懐かしい思い出。



22歳で設計事務所に就職。一浪
「公園は誰にも害のない仕事かなと選んだ」と言ってたが
前職でも、要するに「煩い子供」や「犯罪の温床的」などを言われたが
公園も「葬儀場」「救急病院」「ごみ焼却場」と並ぶ迷惑施設と思う人もいる。

確か、吾朗さんの会社は、業界でも名うてと思ったが、仕事が減ったのか。
公共事業の比重の高い公園事業、不況の波をモロに被っていたのね



31歳でジブリ美術館総合デザイン監修、34歳で初代館長。
鈴木敏夫って人から」建築の知識の助言を乞われて出向いたのが
今後に繋がる数奇な人生の始まり。
宮崎駿の美術館の原案が、まさに”子供のための城”で
「面白そうだなと思っちゃった・・・」と自嘲気味の吾朗さん。



39歳で『ゲド戦記』で監督デビュー。
有働さんのナレ「他にやる人がいなかったから」と酷い言われよう。
美術館で暇そうにしていたら
鈴木敏夫って人から」企画検討会議にオブザーバーで参加を打診され
いつの間にか「間に合わないぞ」と、気が付けば逃げられない状況に。
現場経験の無い人が監督ということで、現場の反発は強かったのは既報の通り。

そして自身の監督登板を「事故」「中継ぎ」と的確に表現。
後に、クオリティなどが色々と言われ続けることになるが
日本人の”怖いもの見たさ”の結果
2006年の興行収入76.5億円(邦画1位)というのは事実。

その後の2本目『コクリコ坂から』は映像のみでスルーされ
NHKに抗議の電話でもしようかと思ったが
録画だw
2011年の邦画興行収入44.6億円(邦画1位)というのも事実。
 ↑
いかに2011年が不作だったかということ、と言われると腹が立つが
東日本大震災で、映画産業の最大の需要を賄う関東地方も影響を受けたとはいえ
「あの」監督の2本目であり
作風として、以前のジブリや後の『風立ちぬ』に比べ波風が大人しいから・・・。



監督業は
「今でもいつ辞めてもいい」と「いいな」の交互に入り混じるとか。
作品が終わった瞬間が「次もやりたい」と思うらしい。
いのっち「この経験を活かして?」吾朗「いや、ある種の興奮状態だから」
暫く監督して「やらなきゃよかったと思う」
きっと吾朗さんMだよね。

自ら絵コンテは描くが、後の作業(原画・動画)は現場に託すので
アニメーターたちが監督の想像を超えた動きをしていると、嬉しいとか。

いつかのインタビューで「宮崎駿のような作家性は無い」と自らを評していたが
ゼロから創作する『ナウシカ』や『ラピュタ』『千と千尋』ではなく
原作(文字)を映像化する『コクリコ』や『ローニャ』ならイケるということかな。
(『借りぐらしのアリエッティ』や『マーニー』とかも、『魔女の宅急便』も?)


ローニャの制作にあたり
「変なあざとさを持つよりも誠実でありたい」をモットーにしている。
応援FAXでも”良心と良識を持って”が監督の根底、とあったかな。

親子でも「他者に対して抑圧的であってはならない」ともね。
自己の人生を投影させる部分でもあるだろうな。
”いい関係って”なんだろうね、私には分からない。




初回は、息子さんと一緒に観ようと思ってると言ってた。
多忙を極める制作環境だが「明日(土曜日)ぐらいは」と
誰かに懇願するような独白でコーナーを終えた。

すべての働き口が完全週休二日制で、皆が広く働ける世の中であってほしい。
 ↑
また理想というか夢物語を・・・。




リンドグレーンって女性なんだ!
今日、知った(笑)




そういえば
特番「ローニャはこうして生まれた『山賊の娘ローニャ』直前スペシャル」
地上波では台風18号関連で放送されなかった。

酷い、酷いよ・・・。





追記。

手嶌葵ジブリで首を絞められた!? 宮崎吾朗監督との共通点は「人見知り」
2014年10月11日 8時15分
http://www.cinematoday.jp/page/N0066631

ローニャ見られないけれど、葵ちゃんの歌声が好きなのでCD買う。





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