リバタリアニズムの多面体

編著 森村進
リバタリアニズムのワークショップをまとめたもの。以下、章毎に簡単にコメント。
第一章 なぜ自由か? ジャン・ナーヴソン
まだ日本語では紹介されることの少ないジャン・ナーヴソンの論文である。ナーヴソンは契約論に依拠するリバタリアンである。契約論自体、日本ではあまり取り上げられないが、リバタリアニズムの基礎を固めるためには重要である。積極的自由と消極的自由の比較にもなっている。
第二章 ハイエクの「行為ルールとしての伝統」論 土井崇弘
ハイエクとマッキンタイアの比較。文化が異なると行為ルールも異なる可能性があるがそれをどう乗り越えるか、という話題。
第三章 古典的自由主義と自由の共和主義的観念 オラシオ・スペクター
自由を積極的自由と消極的自由に分類する以外に、自然的自由と公民的自由という分類軸を提唱する。
第四章 リバタリアニズムADR 山田八千子
ADRとは代替的紛争解決のことである。民間司法のあらまし、問題点についてまとめている。裁判における秘密保持とその裁判自体の評価(口コミ)が原理的に両立しないなど面白い指摘あり。
第五章 連邦制、政治的無知、足による投票 イリヤ・ソミン
無政府資本主義と小規模で分権の進んだ自治体では概念上は大きなギャップがある。しかし、無政府資本主義の社会がどのようなものかを想像するときには、分権の進んだ自治体というものの延長として考えることもさほど悪くないだろう。分権の進んだ自治体と競合する法サービスには類似点が多いからである。本章では自治体が独自性を打ち出した際の人の移動を「足による投票」という言葉で表現し、考察している。政治的無知も今の選挙制度を考える上で重要。
個人的見解であるが、法サービスの乗り換えに伴う問題点などは、携帯のナンバーポータビリティと比較すると面白いと思う。あるいは自動車保険を他社で更新するときなど。
第六章 リバタリアン相続税の提案 森村進
森村氏の持論である、相続税リバタリアニズムに組み込む試みの解説。森村氏は他の税がリバタリアニズムに受け入れがたいこと、遺産は「無主物」であることから、政府が没収することも悪くないだろうと考えているようだ。確かに一理あるとは思うが、そもそも政府自体が必須かという問題にはあまり触れていない。また、遺産も元々の持ち主の「遺言」という意思に縛られていることへの反論が弱いように思う。
第七章 リベラリズムからの退却 ダグラス・デン・アイル、ダグラス・ラスマッセン
アマルティア・センをとりあげそのスタンスの曖昧さを解説する。しかし、センの「いかなる倫理理論も、ある「領域」において平等を要求するものである」という言葉については非常に鋭い指摘だと考える。リバタリアンも自由が平等に与えられることを重視するからである。
以上簡単にまとめてみたが、第一、四、五章は特に参考になるように思う。リバタリアニズムに興味がある方にはぜひ一読を勧めたい。