現代版ノアの箱舟

 CNN.Comに億万長者の掩蔽壕(Billionaire bunkers)という記事があった。掩蔽壕(えんぺいごう)は聞きなれない言葉だが、爆撃などから人や航空機を守るために地下に建設される施設のことだ。英語ではバンカー(bunker)というが、これからはゴルフ場の砂が入った障害物しか思い出せないわたしにも新しい言葉だ。わたし達になじみの防空壕と比較すると、掩蔽壕のほうはコンクリート製の極めて堅牢な建造物だと言える。核シェルターと全く同じではないが近いもので、この方がわたしたちには分かりやすい。掩蔽壕はどうもなじみがないので、以下ではバンカーという言葉を使って話を進めていく。

 この記事によるとこのバンカーが富裕層に売れているとのことだ。テキサスに本拠を持つライジングSカンパニーの幹部リンチ氏によると、同社の2016年におけるバンカーの売り上げは前年比700%アップで、特に11月の大統領選以後だけで300%アップ分を達成したそうだ。ヴィヴォス(Vivos)という企業でも選挙以降顧客の関心が高まり(これはリベラルも保守も同じだそうだ)、あっという間に数十のシェルターと共有施設を備えたコミュニティの物件が売り切れたそうだ。トランプ大統領出現以降、米国の金持ちは戦争を含む大災害のリスクを感じているのだろうか。

 両社が販売するバンカーは核攻撃にも耐えられるほど堅牢で何世代にわたって使用できるものだが、昔のシェルターのイメージとは違い快適な生活ができる豪華施設だ。最低1年分の食料が蓄えられ、電気、浄化した水を供給し、核だけでなく化学兵器による空気汚染を清浄化するシステムを持っている。通常何十棟かでコミュニティを作り水栽培による庭を備え、医師や教師を確保し、長期の滞在(生存)に必要な物やサービスを用意している。
 いったい誰がこんなものを買うのかということだが、世界中のエリート、即ちヘッジファンドマネージャー、スポーツのスター選手、IT長者たちが家族と自分のために購入しているという。記事によるとあのビル・ゲイツも自分の所有地にバンカーを作ったという噂があるそうだ。

 こうした会社は冷戦時代に米国やソビエトが作り、今は使われなくなった軍事用のバンカーを購入し豪華な施設に作り変えている。軍事用のバンカーを今建設したら何百億円もかかるというから不動産会社にとっては良い買い物なのかもしれない。前述のヴィヴォス社は南ダコタのブラックヒルズで、陸軍の弾薬庫として1967年まで使用されていた575のバンカーを5000人が住むことが出来る施設に変えた。小さな町の機能を持ち、シアター、教室、水栽培の庭、医療施設、スパ、ジムなどを備えている。
 同社はドイツでも旧弾薬庫にもっと豪華な施設を作り'現代のノアの箱舟'として販売している。34の住居(バンカー)は面積が230平米から460平米ある。同社は所有者にこの住居を地下の豪華ヨットとして作ることを推奨しているそうだ。なぜならほとんどの所有者は豪華ヨットを持ち、自分好みのインテリアをデザイナーに依頼して作った経験があるので、同じことをすれば快適な住まいになるからだ。

 カンサスで米国陸軍が建設したミサイル格納サイロを住居につくり変えたラリーホール社のCEOはこう語っている。「わたしたちの顧客は豪華なセカンドハウス、それがたまたま核攻撃に耐えうるバンカーでもあるのだが、それを所有することのメリットに気付いている。維持費用を超えて資産価値が上昇する物件として考えているのだ」同社の物件は300平米程度のもので5億円だという。

 こうしたバンカーは他の国、ロンドン郊外やチェコにもあるという。まあ世界は広いし、金持ちの数は多いというわけだ。ちなみに最近発表されたフォーブスの調査では2017年で10億(1100億円)ドル以上の資産を持つ億万長者は世界で2043人いるという。わたしには想像がつかない額だがこういう人たちにとっては買えないものはないのだろう。もっとも記事のバンカーはフォーブスのいう億万長者だけではなくもう少し広い範囲の金持ちが買っているようだが。日本には米国のような大規模な軍事用のバンカーがあるとは思えないので、日本で成り立つ商売ではないだろう。もしかすると日本の金持ちたちは米国のバンカーを買っているのかもしれない。こんなものが必要かどうかはよく分からないが、経済格差の広がりを示す記事であることは間違いない。