Hatena::ブログ(Diary)

space journal

2009-04-11

[][]vol.18 建築家美術家 江頭慎

今回は建築家美術家である江頭慎さんにインタビューをしてきました。

作品、活動の解説を中心に、ロンドン東京コンテクストの違いについて興味深いお話を聞くことができました。

f:id:g86:20090412024212j:image

江頭 慎

建築家美術家ロンドンAAスクール ディプロマユニットマスター(教授)

1987年 東京芸術大学美術学部建築科卒業

87-88年 北京にて集合住宅の実務に携る。渡英

1990年 AAスクール ディプロマをオナー(honor)にて修了

90-91年 ポストグラデュエートデザインリサーチ及びデザイン指導

1992年 インターミディエートユニットマスター(Intermediate Unit 3)

1996年〜 AA ディプロマユニットマスター就任(Diploma Unit 11)


Interview内容(以下敬称略)

澤田:最初に江頭さんが10年以上続けていらっしゃる新潟県旧川西町の小白倉集落でのワークショップについてお話を聞かせてもらいたいのですが、具体的にどのような活動をされているのでしょうか?

江頭:毎年8月の後半に三週間程度、参加する人の対象はAAの学生に限らず興味ある人だったら誰でもこれるようにしてるんだけど大体20人程度、その場所をドキュメントするってことと、コミュニティと一緒に何か建築的な活動するていいうこと、その間にドキュメントしつつものをつくることもあるし、改造することもあるし。そういうことをしながらひとつは短い期間でできること、それと同時に毎年一回ずつ続けて長い目で見た時に構築されていく部分、あるいは長い目で見ないと記録できない部分ていうのを要はデザインするってことと場所の変容だとかを丁寧にドキュメントしていくという両方の課程を実験的に行ってるという感じかな。

澤田:普通の建築の設計だとデザインして完成したらそれで終わりですよね。

江頭:そうね。でも普通どんな設計でもデザインをし終わってからそれをどう実現するかって時にデザイン自体どんどん変わっていくよね。返ってそのプロセスの方が現時点での問題点だとかリアリティとかに本当に携わる部分だから。もちろんデザインがどこから始まるか、どのようにできるか、の課程を見るとそのラインてそんなにクリアじゃないよね。ただその建築を設計する事務所だとか、世の中の建築家に与えられた条件の中でやってくとしたらもちろんそこには契約があったり、初期設計があってその中から予算をとって詰めていくっていうそういうある決まり事がないと経済の中でデザインが成り立たないかも知れないけれど、小白倉みたいなところだとワークショップをやるっていうことは今ある普通の建築が作られるシステムでは成り立たない場所だと思うのね。それは経済があまり潤わない、建築家がいない場所だったり、特殊というかそういう状況で建築の他にランドスケープを変えていく手法だとか、コミュニティの特殊ですごくイントリケートな部分を尊重しながらその中で何が出来るかってのを考えた時にデザインていうこと自体も一回クエスチョンしないと成り立たないでしょ。そういった意味ではデザインていうのがあるアウトラインを決めてそれを決めて作っていくんじゃなくて、まずひとつはそこにある状況だとか、その内容をどうやって読み替えていくか、使えるリソースだとか条件ていうのを再解釈していくそういうことの方が問題解決のために何かデザインするっていうよりもやっぱり意味があることなのかな。

澤田:なるほど。ルイス・カーン" Architecture does not exist, what exists is the work of architecture"てことを言ってて、要するに建築建築作品は別ものだと言っていると思うんですが、江頭さんの小白倉ワークショップアーカイブを見てると地元の住民の方とのコラボレーションからものを作っているのように思えて、そのプロセスが作品自体より重点的にドキュメントされているように感じたんですが、住民の方からは実際にどういうフィードバックを受けたりするんでしょうか。

江頭:まずデザインに関するボキャブラリとして、やっぱり学校でいうようなフィードバックっていうようなものではないよね。ひとつの現象として、人口が百人足らずの集落で皆家族のように暮らしているところに毎年色んなところから色んな国籍の人がきて、なんだか分んないものを作ってるんだけども何かやってる、何かいつも残していく。そういう現象に対するノートの方が彼らにとっては自信に繋がるんじゃないかな、きっと。いつもは今回一体何やってるんだろうかとか、結局こんなものになったとか、そういう建物の結果というよりも色んな人が来て何を見ているかとかね、どういうものに興味を貰ってそこの場所から何かインスピレーションを貰ったり何か結果として出てくる、フィードバックとしては視点だとかものの見方とかそういう部分のほうが返って興味もってる部分なんじゃないかなきっと。

澤田:川俣正さんとのコラボレーションされたLodging Tokyo、Lodging Londonについてお話をお伺いしたいんですが、コンセプトとしては都市の中の建築としては使われていないような場所を建築的に見立ててロッジングするということなんでしょうか。

江頭:そうだね、結構昔の話だからちゃんと覚えてないんだけども笑。川俣さんは藝大での先輩になるんだよね、川俣さんはいつも新しいものに興味持ってる人でしょ。小屋のプロジェクトだとかホームレスシェルだとか、すごいテンポラリーな部分に興味持つと同時にね、彼の作品ずっと見てるとさ、普通皆彫刻家だと思うかも知れないけども、川俣さんて絵画なんだよね。平面からものを始めてそれをインフォーマルに都市の残余空間だとか廃材だとかを使ってテンポラリーなものを作っていくっていう手法があった時に、自然と建築に興味を持ち始める時期っていうのがあったと思うのね。そういう流れの中でちょうど僕らが2000年前後にAAで始めてたことっていうのも都市の残余空間だとか過剰生産物、余剰物、要は建築として普段あんまりこう認められてないけれども都市を生成する上では非常に重要なエレメントとしてこう介在している、副産物としてあるパターンだとか空間を作っているものに興味を持ってたのね。そこで興味が合ったのかな。身体的なスケールから見た時の都市の様相だとかね、小さなスケールでもものごとをずっと繰り返していくうちに可能となる建築的なもの、あるいはテンポラリーであると同時にパーマネントていうのかな、繰り返しっていうことでものが成立しているとかね。Lodgingでやろうとしてたことっていうのは要はもし僕らが自分達の体だとか感性だとかテクニックだとか、ありとあらゆる手に入る材料を使って出来る限りの中であらゆる有用な場所、スペースをプリコラージュ的に都市の空間をリサイクルしていくっていうのかな、それを皆でシステマティックに進めていくことによって作品を作るよりもひとつの現象を作れないかなと、そういうことを同じ視点でひとつ東京でやってみて今度はロンドンでやってみた時には、違うものが見えてくるのか、もしくは似ているものが見えてくるのか、それをちょっと確認してみようっていうプロジェクトなんだよね。

澤田:実際に結果として東京ロンドンでやってみてどういう違いが見えてきましたか?

江頭:そうだね、東京はね、僕らがやる以前からぱっと見てこれは凄いなと思う部分が既にいっぱいあるんだよね。既に現実化されてしまってる。普通のリサイクル業者がいつの間にか作ってしまっているようなものだとか。そういう意味からいうと東京では東京に既にある事例から学ぶことの方が多くて、ロンドンっていうのは要はものを集めて来て手を加えるとそれがコントラストとして非常にこう作品として成り立つような気がしたななんか。建物が煉瓦でできていたりだとか、やっぱりそういう重い中でちょっとインフォーマルなことをすることによって作品ていうものがパフォーマンスとしてだけじゃなくて、実際のものとして成り立つんだよね。そういう土壌っていうのはハードな面からいったらロンドンの方があるんじゃないかな。歴史的なコンテクストがある上でっていうのもあるかもしれないけれど。

澤田:なるほど。こないだ再オープンしたサーチギャラリーに行ってきたんですが、元々兵舎だった建物をコンバーションして使っているんですが、兵舎の外壁が凹んだ部分に新しく階段部が入って、今まで外部だった場所が内部になっていて、そういう歴史的なレイヤーが重なっている様子が凄く面白かったんですね。テート・モダンなんかもそうですけど歴史的なコンテクストがあるとそういう単純な作業で凄く面白くなるんだなとも思いました。

江頭:そうかもしれないね。たださ、東京とかで凄くいいなと思ったのはもしアートワークっていうのが世の中の既にある状況を探し出してそれをリプレゼンテーションするっていうとこで成り立つんだとしたら、僕らがやっていたLodgingっていうのはどちらかっていうと東京の中で既に存在するような現象をもう一回コミュニケートするっていう意味では本来の意味でのファインアートに近い部分なのかも知れないね、きっと。逆にロンドンとかだとさ、妙にそれが作品になってしまってるっていう事態がもしかしたら不自然なことかも知れないね。東京で面白いなと思ったのは作品だとかものの成り立ちを説明するにあたって、手がかりとしてシステムをまず説明しなくちゃいけないていうのがあって。こういう部分があって、なんでそれが成り立っているのかとか、どうしてこうなったとか。そういう決まり事の枠がもうちょっと複雑なのかもしれないね。ロンドンていう場所は制約とかルールだとか、自分たちで約束事を破らないとものが成り立たないというか。そうするとさパフォーマンスの部分ていうのが、建築家にしてもアーティストにしても凄く英雄的、ヒロイックに物事を進むような気がするんだよね。要はさ、例えばアジアの都市とか見るとさ都市が面白いなって部分はさ、あんまり生活のスタイルにこだわらずに営利活動してたり商業活動してたりそういう部分で都市のダイナミックが成り立ってる感じがするよね。香港とか行くと高速道路とかの陸橋の下にレストランがいっぱいあったりだとか、ビルの隙間にものすごい数のがらくたを売ってるお店があったりとか、そういう部分が普通のこととして成り立ってるでしょ。そこで住んでる人っていうのは活力がやっぱりあるよね。ロンドンみたいな場所って皆生活にこだわるからさ、こんだけレールウェイアーチがいっぱいあってもそこの下に住んでる人ってあんまりいないでしょ。大体パターンが決まってて、自動車とかMOTの倉庫になってたりとか。ひとつのコードみたいな部分での約束ごとっていうのがなんかこうもっと限られているような気がするな。

澤田:『メイドイントーキョー』的な特殊な風景ってロンドンだとやっぱりあんまり無いですよね。

江頭:そうね。ここ三年ぐらいね、ユニットでは東京ロンドンを比較するような都市の見方をしてるんだけどね。そうすると逆に東京にあるスペースのタイポロジーみたいなのをこちらに持ってきてアダプトするっていう事の方が、それはもちろん僕らがロンドンでリサーチして勉強しているってこともあるかもしれないけど、逆に都市の特異性だとか特殊状況みたいなものを学んでそれを分析してどうやったらそういう状況が成り立つかってことを考える場合には返って東京から学ぶ事の方があるかもしれないね。

澤田:関係ないかもしれないですけど、その対比は建築教育にも共振してるように思えるんです。僕は日本の建築教育受けてないのでちゃんと分ってないかもしれないですけど、元々あるものを再解釈してリプレゼントする東京ロンドンで作品が都市とコントラストを成すっていうのは、僕は日本の建築教育受けてないのでちゃんと分ってないかもしれないですけど、日本の学校がこっちより空間の構成に重きを置かれていたりだとか、例えば家型のアーチの流行だとかと、ロンドンのAAとかだと例えばザハ的、AADRL的なちょっと現実の都市とは乖離した「作品」を作ってるストリームの対比にも共振する気がするんですが。

江頭:そのザハとかがやってる部分てのはもちろん現代建築の一旦を担ってるからさ、それと都市の分析を比べるのは不可能な気がするけどな。どちらかっていうと、ザハの最近の流れを見ていると、都市自体を建築にしていくような流れだよね。都市をプロトタイプだとかプロダクトといてやっている。そのスケールの大きさっていったら、昔あったメタボリズムだとかそういうレベルだよね。都市っていうものが今のテクノロジーを使って今まで建築家ができなかったようなデザインのスケールで、ルールだとかスクリプティングだとか都市論ていうのをインフラのレベルまで見ていってデザインの対象にしてしまうっていう流れだよね。それって現状のコンテクストを読んで手を加えていこうっていうのとは全く逆のアプローチなんじゃないかな、きっと。

澤田:なるほど。ロンドン建築教育でいうとバートレットについてはどうですか。アート色、ペーパーアーキテクト色が強いですよね。

江頭:バートレットで最近external examinerをやっていて最終の作品をいっぱい見る機会があるんだけれど、バートレットとAAはまるっきり違うかもしれないね。凄いバートレットはナラティブっていうのかな。要はベスポークって分るかな。テーラーメイドってものあるよね。 特殊状況に対して特殊なものを提示していくっていう。それに近いものがあるかもしれないな。やっぱり建築の特異性だとかスタイルだとかで、特殊状況を更にこう建築的にリプレゼントしていくっていうのかな。僕が時々最近思うのは、もしAAの伝統として今でも残っているものがあるとするなら建築を通して都市を勉強していく態度だと思っていて、建築の学校だからじゃぁ建築をつくるためにリサーチをするんじゃなくて、建築ボキャブラリーだとか技術だとか知識を使ってデザインすることによってどうやって自分と都市の関係を築いていくだとか建築をデザインすることによって都市がどう変わっていくだとか、既にある現在僕らが住む都市は何が一体それをコントロールしていて、どういった状況なのかっていうのを建築を通してリサーチしていくっていう。そういう違いがあるんじゃないかな。多分の日本の設計っていうと工学部だとかデザインの意匠ていうと最終的に建物のスタイルだとか出来たものによって評価されるけども、それがもしアプローチの中にもうちょっとリサーチっていうものが入っていたら見えてくる都市のあまり見られてない部分だとか、設計を成り立たせるための、もっと有用なパレメーターだとかダイナミズムだとかそういうものをもしかしたら見失ってしまうようなことがあるかもしれないよね。

澤田:リサーチは建築をつくるためのアプローチっていう単純なイメージがあったんですけど、逆に建築パラダイムに都市を見るっていうことなんですね。そう考えると小白倉のワークショップなどの姿勢がすごい理解できた気がします。

江頭:昔から都市論て都市計画だとか地域計画とか、要は計画案、ひとつの決まり事、約束ごとをつくっていくっていうのがあって、逆に建築をデザインしていくことによって都市と関係していくっていうのは都市論じゃなくてやっぱり建築論だと思う。ある状況の中で一体どういう建築が成り立つんだろうかとか、建築的な手を施すなかでそれが一体都市の中でどういう意味を持って成り立っていくのかっていう部分から考えると、都市がどんどん変容していく中で建築のデザインていうのもそれをリフレクトしながら常にリニューアルして新しいアプローチだとか知識だとかを使っていくものだとしたらね。もちろん建築の学校でもいつも同じことやっててもしょうがないわけでしょ。何を見てそこから建築のあり方を見てこうかなって考えると、やっぱりなんでも変わっていく中で建築に対する解釈も変わるだろうし、その中で都市と建築を切り離してしまったらあんまりこう社会との関わりってあんまり無くなっちゃうと思うよね。

澤田:なるほど。では昨年展示された『都市を歩く表象』についてお話を聞かせてもらっていいですか。

江頭:あれは建築っていうよりもアートワークに近いかもしれないな。岡村っていう家具の会社とコラボレーションしてインスタレーションをつくっていくっていうプロジェクトだから、デザインていう仕事と工業デザインの違いがあったとすると、ひとつに世の中の発展してきた便利な技術でもっと効率にもっといいものをつくろう、改善していこうという流れがあると思うんだけど、それとは別に建築の視点からものをみた時にもうちょっと違う見方があるんじゃないかなと思っていて。世の中不思議な状況がいっぱいあるわけでしょ。こういうAAの建物にしても昔のジョージアンスタイルの建物の中で、同時に違う国籍の人達が一緒にいて携帯だとかコンピューターとかそういうものが混在している不思議な状況ってあるよね。そういう物事がどれだけ同時に混在していて世の中がどんなに効率的に見えても実はそうでなくて物事っていていうのは元々のアイデンティティを超えてそれが応用されることによって偶然的に何かと関係したりして、そういうことによって本当の意味でのリアリティって成り立っているんじゃないかなと思っていて。そういうひとつの仮定がある中で空間的なインスタレーション考えてったって言えばいいのかな。都市を歩く表象の中で使ってる材料として百年前にエドワード・マイブリッジが映画がまだできる以前に動物や人間の動きをカメラで撮って動画を作ってた時のモチーフとしての象があって、そのモチーフを僕でも使えるようなiMovieだとかでアニメーションしてそうやって作った象が動く様子を今度はコンピューターでプログラミングしてインタラクティブなスイッチで再生していくことで、北斎がつくった北斎漫画で象のイメージを木版画でつくってたように、コラージュ的にモーターだとか木だとか硝子だとか色んな技術をチグハグに組み合わせて、曖昧な空間の中で百年前の映像を流したんだよね。ただ色んなレイヤー、読み方があって、その中で象っていうのは北斎木版画作った時ってのは日本にまだ象がいない時期で大陸からくる情報から思い描いて象を彫ったんだけど、その中で象に目の見えない人達が手で色んな場所を触りながら、象をディスクライブしていくのね。全体は見えないんだけどディテールを触ることによって象の意味っていうものが出てくる。それを木版画にしたのが北斎の「象にのぼるひとびと」っていうものなんだけども。実際のディテールっていうのは色んな側面を繋ぎ合わせていく事によって変容していくものなんだよね。だからバックグラウンドとして移されてる映像の中も東京に実際にあるバックグラウンドとかディテールだとか音だとかそういうものがインタラクティブの中に入ってくる。概念的になっちゃうかも知れないけどね、象の横に人遍をつけると「像」、つまりイメージ、ビジョンになるよね。象の横に人がいてそこから触発されるイメージが像っていうのかな。もし仮に都市っていうのが建築家達が思い描いているイメージの中で構築されるんだとしたら、色んなディテールだとか建築的な空間だとかアクシデントだとかそういうものを色々重ね合わせた時に初めて見えてくるものがもしかしたら都市の表象なんじゃいかなと思って。一応、象をモチーフにしているけども作られてる映像っていうのは例えばその会場の壁を全部取っ払って360度回した時に見えるだろう東京のイメージを使っているのね。そういう風に視点を色々変えてインタラクティブに象を介在させて都市を表象させていくという。それがテーマにチグハグな技術のバランスをとりながら不思議な状況を作り出すっていうね。わかるかな笑。

澤田:客観的に把握てきる都市というものがあるんじゃくて、自分と他人の色んなパースペクティブから捉えられた表象が集まったものとしての像として都市があって、逆にそうでしか都市を把握できないっていうことなんでしょうか。

江頭:基本的にさ、人がものごとをどうやって把握するかって事を考えるとある程度スケールが大きくなった時ってのは、物事を同時に把握するってことは不可能だよね。どんなものでも既に起こってしまった事象を、後から見直したり、ニュースを見て分ったりだとかでしょ。実際にリアリティだとか都市を一体なんだろうと思ってもそれは絶対把握できないものだよね。どういう媒介をしても、ある自分の知覚だとか知識だとかそれをもう一歩サテライトだとかニュースだとか、そういう情報のドキュメントのリプレゼンテーションをもう一回フィルターを通して見直してるわけだから、実際そのリアルな中で自分たちが何をリアルとして見るかっていうのは、このスピードとスケールの中でこれだけの情報の量をプロセスするキャパシティってのがこれだけ多様になってる中で、もう一回都市っていうのが簡単なものじゃなくて色んなものを可能にするキャパシティ、柔軟性があるべきなんじゃないかなって思うんだよね。


澤田:AAのDiploma unit11ではどのような活動をされているんですか?

江頭:さっき言ってたことに近いかも知れないな。今はマイクロシティってのをテーマにしてるんだけど、今まで三年間バターシーっていう川の南側のバターシーパワーステーションがあるところなんだけど、そのエリアってのは昔から都市のインフラストラクチャーが混在していて、非常にダイナミックな状況なわけ。でも面白いのはマーケットにしてもゴミ処理場にしても物のサーキュレーションにしても全てうまく成り立っていてその間に不思議な状況がいっぱいあるわけね。でそういう部分を今まで都市カタログってのにまとめてたのね。それは残用空間、余剰生産物、アダプテッドインダストリーだとかアクシデンタルパブリックスペースだとかそういうものがどういう関係性の中で色々派生してきたかってのをタイポロジー化してカタログをずっとつくってたわけ。結局都市を材料、プログラム、大きなスケール、小さなスケール、あるいは余剰生産物、技術っていうそこにすでに存在している部分を一旦全部カタログ化した時には、そのカタログをもう一回使い直すと色んなものの組み替えだとかができるから、それを元に都市を再編成してみようっていう一個の流れがあってその三年間の蓄積で去年一区切り打ったのね。そこからでてきた色んなタイポロジーだとか建築的な可能性だとか、そういうところからいくと、ひとつは都市建築タイポロジーっていうのかな、色んなレベルでのテンポラリティだとかパーマネンシーだとかスケールのオペレーションだとか絶対必要なインフラストラクチャーだとか排泄物の処理の仕方だとか色んな部分がある中で、それがある種の手法として成り立つとしたらどうしようかと。今年から場所を一回変えて、Elephant&CastleとKing's Crossでやってるんだけども。そこを選んだ理由ってのはElephant&Castleはこれから再開発が始まるところなのね。ロンドンの中では一番込み合ったバスの集客点でそのエリアってのは昔からコラージュ的に発展してきていてそれをこれからどうやって場所的に取り壊しながらやっていくかっていうマスタープランが一個あるわけね。そのマスタープランをコンテクストにして、これから消えていく可能性のある建物とミックスプログラムだとかがマスタープランとして存在している部分を一回ディテールから、既にそこに存在しているボキャブラリーを再編成しながら、都市の再開発を見てったらどういう結果が生まれるかってのを見るのがElephant&Castleでのプロジェクト。King's Crossの場合には既にユーロターミナルが入っていて、昔イメージされてた部分と今現状として提示されてる不思議な状況ってのが混在している状況だから、それのポストになるかプロセスになるか、都市が変容しているふたつのモデルを今まで使ってきたカタロギングだとかサンプリングっていう手法を使って、都市の建築プロトタイプってのを作っていて。マスタープランではない残用空間によって再構築されていくっていう新しい手法、シナリオづくりをテーマにしてるって感じかな。その中では十二月には東京に行ってメイドイントーキョーみたいな既にあるミックスプログラムだとかクロスユーティライゼーションだとか、要はフラグメントとしていくつかの建築物が不完全な形で共存する中から補い合いながら存在しているネットワークのシステムだとか、サービスのインフラともうちょっと小さなコマーシャル、あるいはパブリックスペースがどういう形で補い合いながら共存しているかとか、そういうものの関係性ってのを東京の中からサンプルとして持ってきてそのフレームの中でどういうアクシデンタルに共有できるようなものが存在できるかってのを、現実のシナリオと比べ合いながら進めていくと。パーマネントな構築物によって成り立っているテンポラリーなプログラム、あるいはパーマネントなプログラムによって成り立っているテンポラリーなストラクチャーだとか、そういう色んな関係性からデザインの手法に変えていくっていうのかな。

澤田:どういう経緯でロンドンに来ることになったんですか?

江頭:やっぱりAAがあるあら来たんだよね。一度藝大を出て北京仕事をやってた時期があるんだけどね。もともと藝大に入った理由ってのも、本当は高校生の終わりまでは美術家にはなろうと思ってたけど建築家になろうとは思ってなかったのね。でも高校の先生に言われたのが今からアーティストになるなら、例えば絵画を描くために絵画科に行くなんてことはこれからは成り立たないから、違う技術だとか視点だとかディシプリンを勉強してそれを他の部分に役立ててくことの方が意味があるからと。今面白いことやってる美大に行っても絵画科行っても絵画描いてる奴なんて一人もいないからと。お前一体何を勉強してそれをどう使っていくかってのをちょっと考えた方がいいって言われてね。初めに興味持ったのがやっぱり建築が面白いなって思ってさ。それが発端で今でもそうかもしんないね。建築勉強したから普通に建築の仕事に携わっていこうってつもりはあんまりないわけ。ただその物の表記の仕方だとか分析の仕方だとか、建築的な手法、言語だとかは他では絶対勉強できなかった部分なんだよね。でも一回大学出て実務をやってみるとやっぱりこうなんか違うんだよね。なんていうかな、高校の美術でも現代美術は教えないよね、大体高校の美術の教科書ってのはピカソ辺りで終わっててさ、その後一番面白い時期の二十世紀後半に一体どういう動きがあって何が生み出されたかっていうコンテクストってのは建築だけじゃなくて美術に対してもリアリティを感じないわけ。要は大学に入っても現代建築史って近代で終わってて、それから今いる場所で今やってる人達の仕事と建築コンテクストがなんか切り離されててさ、大学で興味をそそられて見る部分て大体a+uだとか雑誌を通して入ってくるものでさ。ちょうど僕が学生だったころっていうのは、安藤さんがいっぱい建物つくりはじめる時期だったりとか、アメリカからポストモダニズムってのが入ってきてパステル調のものが多かったりしてね、その中で一番目を引くのはチュミだとかレム・コールハース、ザハ、ナイジェルとか彼らがまだ建物をつくる前の状況でね、グラフィックにしてもなんか不思議な感じがして見ても分んないわけ。でもなんかこれは視点があってやってうんだろうなと思ってて。それが元々AAに興味持った時期なんじゃないかな。彼らみたく、どうも建物をデザインするってことを目的にしてるんじゃなくて、もうちょっと他にもっとメタのレベルで何か考えてやってるんじゃないかなって本能的に分るわけね。まだそん時学生だから、他の学生と見ても、やーこれ面白いんだけどよく分らないと。大体コラージュのテクニックを盗んだりだとか、ナイジェルみたいに文章を書いてみようだとかその程度のレベルなんだけどね。それから卒業して実務やってる間に、もう一回ちょっと勉強し直そうかなって思った時に昔そういう風に見てたのもあったから、それが影響したんだよね。ちょうど働いてたのが中国が開き始めた時期で、その後天安門事件で閉じるちょうどその間だったんだけど、生活費かからないし、出張補助金もでて、日本に返ってきた時には結構お金がたまってたから、じゃぁそろそろ使おうかなと。それでロンドンに来たんだよね。でも元々興味持ってたのはセドリックプライスだとかアーキグラムだとか、その辺の流れに一番興味持ってたからそういう人達と会えて一緒に勉強できたらと思って来たんだよね。

澤田:なるほど。本日はどうもありがとうございました。

2008-10-15

[][]Vol.14 プロダクトデザイナー 鈴木有理氏

f:id:g86:20080916014707p:image

g86 London インタビュー第2弾です。今回はロンドンをベースに活躍されているプロダクトデザイナー、鈴木有理さんにお話しを伺いました。プロダクト、インタラクティブデザイン、音楽に対する氏のユニークなアプローチがとても新鮮でした。

鈴木有理さんはデジタルアートフェスティバル東京東京デザイナーズウィーク、デザインタイドに出品される予定です。


ptofile

鈴木有理

プロダクトデザイナー電子音楽家

1980年生まれ、東京出身。

明和電機のアシスタントワークを経てRoyal College of Art, Design Products

学科にてSamHecht、DurrellBishopに指事、ロンドンをベースに活動している。

ほとんどの作品は音と人との関係性を探る目的にデザインされており、その実験

的な作風は好評を呼び、LABoral(スペイン)、Designhuis (オランダ)、

Arnolfini (イギリス)にて現在展覧会を展開中。

同時に電子音楽に傾倒。世界最古の電子楽器「テルミン」奏者として数々のイベ

ントに出演。イギリスドイツレコードレーベルより2枚の自身の音源を発表

している。

http://www.yurisuzuki.com



interview内容 

(以下敬称略)


澤田ーでは始めに有理さんの作品を解説していただいていいですか。

鈴木ーではプロモーション用のビデオを見て貰いながら説明しますね。まず僕のバックグラウンドについてなんですけど、RCAを今年で卒業したんですが元々僕は明和電機のアシスタントを五年ぐらいやってたんですね。そこでやってたことはエンジニアリングでありパフォーマンスもやって、最終的にはショーの組み立てにも加わったりしてました。エンジニアリング的なことから、そのテクノロジーでそうやって人を喜ばせるかってことをずっと五年間やってたんです。自分は一応音楽もやっているので、テルミンていう楽器を弾いたり、まぁ自分自身で一応レコード出したりしてるんですね、ダンスミュージックみたいな打ち込みの音楽が好きで。RCAの二年間の間は音楽、サウンドエクスペリンスみたいな、音によってどういう経験が得られるかみたいなプロジェクトをずっとやっていて。

f:id:g86:20080701132315j:image

最初は「Performance Object」といって物自体がパフォーマンスしてくれるようなプロダクトデザインですね。これはミュージカルケトルといってこれ全然評判悪くて全然つくんなかったプロジェクトなんですけど、これは一応その今度のオランダの展覧会では見せる予定で、何かっていうとノズルに笛がくっついていて、お湯が沸くとそれが鳴るっていう笑。

これはジェリーフィッシュテルミンといって、水槽の中にクラゲが入ってて、そのクラゲの動きが音に変換される装置です。サインウェーブをコントロールするような仕組みが入ってるんですが、

f:id:g86:20081015031708j:image

澤田ーおぉ。これは何を使ってクラゲの動きを感知してるんですか?センサーですか?

鈴木ー赤外線センサーですね。で、これがRCAの卒業制作でやったサウンドチェイサーというプロジェクトで、レコードをカットしてコースをつくるとそれが音楽のトラックになってて、その上をこういう風にまぁ走るという。

f:id:g86:20081015034701j:image

f:id:g86:20081015034702j:image

澤田ー可愛いですね笑

鈴木ー結構可愛い。なんか自分の作品で初めて動いてるの見て笑っちゃった笑。でもそれって多分重要なことで、今まで作った作品て大体どう動くのか自分の中で分ってて実際動かしてみて、あぁやっぱりこう動くんだって感じであんまり笑いみたいなのが自分の中に無くて、でもこれは作ってる時点でそう動くかは分ってたんだけど、実際動かしてみたらそれ以上に面白かったんですよ。これはすごい自分の中で初めての経験で。これはRCAの卒制の一部で、これを含めて七つ作ったんですが、ちょっとビデオ用にカテゴライズされてるんでまたそれはちょっと後で説明します。

f:id:g86:20081015031712j:image

これはTip Tapというプロジェクトで、デザインプロダクツっていう僕の勉強してった学科がまぁなんでもやるところで、何をテーマに二年間やっていったらいいかなと思った時にやっぱり新しいことをやっても二年間じゃ短いので自分の得意な分野を掘り下げていこうと決めていて、運がいい事にYAMAHAとの協同プロジェクトが最初あったんですね。どうやったらミュージカルリスナーをプレーヤーにできるかというプロジェクトで、要は初心者のための楽器を作りなさいていうテーマで、ハンマーの中にソレノイドっていう勝手に電気で動いてくれる装置が入っていて、スキルが無くてもリズムを勝手に刻んでくれる、持つだけで勝手に演奏してくれるような楽器をつくりました。

澤田ー(ビデオを見ながら)使ってる人が楽しそうですね。

鈴木ー卒業制作ではこれを発展させたものを展示したんですけど。これってプログラムで勝手に動くだけだったんで、声でハミングした音がそのままフィジカルなアウトプットになって出てくるものをつくりました。スピードも変えられます。

これは新しいミュージカルインターフェースを作ったらどうなるかっていうテーマで作ったんですが、靴にプルートゥースユニットが仕込んであってそれがそのbluetoothによって信号がコンピューターに送られるようになってて、タップを踏むとそれが音としてでてきます。例えば歩くとドラムの音が鳴ったり、こんなファミコンみたいな音が入ってたり。

このプロジェクトで面白かったのが、音のコンテンツのとしてリバーブの効いた音とかを使うと狭い中でも広い空間にいるような錯覚があってそれがすごい面白かったですね。あとはロボットのような音にすると自分が重機になったような錯覚を覚えて、自然と足取りが重くなったりするんですよね。音の錯覚みたいな事が面白くできたんじゃないかなと思ってます。

f:id:g86:20081015031713j:image

これはターンテーブルをどれだけ楽器として作れるかっていうテーマで作ったもので、昨今のエレクトロニックミュージックてのは割とライブの時もコンピューターに張り付いて演奏するようなものが多くて、それをDJっていう要素とデジタルミュージックをどうやったら融合できるかなってことでこれを作ったんですけど、独立したターンテーブルがあってそこにいくつもトーンアームが載せることができてループのレコードを再生してそれを楽器のように演奏できます。再生する位置を変えられたり、違うループの音が同時に再生できることで割とテクノとか電子音楽の手法でかつフィジカルに演奏できるターンテーブルをつくりました。

澤田ー同じレコード上に置くので、BPMも自然と同じになるんですね。

鈴木ーそうなんです。このためにループレコードってのをつくって。

これは最近のプロジェクトで、自分の今やってるテーマでどうやったら人がパフォーマンスとかアトラクションに入り込めるかという。これはヴィクトリア&アルバートミュージアムのヴィレッジフェイトっていうイベントがあるんですが、それは毎年デザイナーがゲームなりお店なりのコンテンツをやるものなんだけど、これは椅子にバイクの空気入れがついてて、パイプで相手の風船に繋がっていて、膨らまし合って先に相手のを割ったら勝ちみたいな笑。単純なんだけど、パフォーマンスとして凄い面白かったんです。

澤田ー笑。(映像を見ながら)

鈴木ー理屈抜きで笑っちゃうんですよね。自分でやったパフォーマンスを後で自分で見るって結構重要な要素だと思っていて、例えばディスニーランドとかって落ちる瞬間をカメラに撮ったりするじゃないですか。これもそれを一応取り込んでて、マイクが仕込んであって人が叫んだり風船が割れたりする瞬間にカメラで撮るようにしてたんですよ。それで最後にプリントしてあげるということをしました。

これが150人ぐらい二日間できて、結構人気でした。

f:id:g86:20081015031714j:image

これはサウンドグラフィティというプロジェクトで、街全体がどうやったらパフォーマンスなり音楽的なアクティビティーをできるかと思って、こういうことができるよっていうインフォメーションだけつくりたくてやったんですが、QRコードって日本だとむちゃくちゃ有名だけどこっちだと全然まだ普及してなくて、これから普及するとは思いますけどまだ目新しくて、割とエッジな人でも使ってもOKな感じなんですね。グラフィティとかこういうことやるエッジな人って凄くコマーシャルなものを嫌うと思うんですけど、ロンドンではまだ流行ってないのでセーフ。これは何かっていうとサウンドコンテンツみたいなのを街の壁にスプレーで吹き付けて、音でグラフィティを聞こうみたいなことをやりたかったんですね。サウンドグラフィティみたいなことは色んな人が試みているんだけど、あんまり上手くいってないんですね。スプレーを吹き付けるっていう行為とゲリラ的なラジオみたいな要素が融合できないかなと思ったんです。

澤田ー今ちょうど東京のg86メンバーが「自由が丘ストリートエキシビジョン2008」というの商店街の壁面にQRコードを展示してそこからアーティストの作品に飛ばすっていうプロジェクトをやってるんですが、グラフィティ的な要素ってのは面白いですね。

鈴木ーなるほど。あとQRコードは30%欠けてても読めるよくできたバーコードなので。

澤田ーそれはスプレーを使うグラフィティには適してるかもしれないですね。

鈴木ー考えてるのはインフォメーションだけ流して、ローカルのミュージシャンなりが自分の音をアップロードして、それを自分のローカルな場所に吹き付けることで、携帯さえあればすぐそこで音楽が聞けるような。QRコードジェネレーターで簡単にQRコードは作れるんですよね。

これはホワイトチャペルなんですけど実は何カ所か既に実際にやっていて、

澤田ー笑

鈴木ーこれ完全にイリーガルなので笑。まだ残ってるんですけど。

あとワークショップも色々やっていて、プロダクトデザインするというよりは人がどうやって経験するかということに今もっと興味があって、例えばテルミンワークショップを小学校とかデザインミュージアムで開いてみたり。RCAのワークショップで紙でつくった楽器を皆で作ってみたり。

f:id:g86:20081015031715j:image

これが卒業制作のシリーズです。さっき紹介したものに加えて、指で再生できるレコードプレーヤーってのを作りました。このレコードのシリーズは何かっていうと、今って音楽媒体のメディアとかってあと写真とかってどんどん実体のないものになっていて、昔だったら写真だったっらフィルム、音楽だったらレコードっていうちゃんと形のあるものが保存出来たんだけども、今はそれがどんどんバーチャル化していって僕なんか音楽のコレクションのほとんどがmp3でハードディスクに入ってるんだけど、ただのデータなんですね。データが消えた瞬間に全部を失っちゃうんですよね。それをもっと力学的に音を出すことを、レコードを使ったガジェットで人に経験して欲しいっていうのがこのプロジェクトだったんですね。ただアームを置くのと指を使ってレコードを鳴らすのだとやっぱり感覚的に違うんですよね。

f:id:g86:20081015031716j:image

サウンドジュエリーってものも作りました。音っていうものがどれだけの価値を持つかってのがこのプロジェクトだったんですね。ブレスレットにレコードの溝が切ってあって、レコードプレーヤーに置くと実際に再生できるという装置。今ブリストルで展示を一個やってるんですけど、そこでは五ポンドでブレスレットに自分の声を録音できるということをやりました。

最後はデジタルアナログというもので、CDの盤面にレコードが切ってあるんですね。片側にデジタルが録音してあって反対側にアナログで録音してあります。


「performance object / performance entrance」

澤田ー始めの方の作品は「performance object」ということでオブジェクトが人の力を介さずにパフォーマンスをするプロダクトで、

鈴木ーそうですね、プロダクトデザインでもおまけ的要素がその物の価値をあげることがあると思っていて、例えばバング&オルフセンのテレビがショーの幕が開くような感じでつく、とか、アップルにしてもゴミ箱のアイコンがちょっと揺れたりしたりするだけなんだけど、そういったものが物のバリューをあげたりするところがあって、そこっておやつ的なものなんだけど、自分はそこにすごい惹かれるので、そこだけちょっとデザインしたいなと思っていて。さっきのケトルのアイディアもそこから来ていて、リチャード・サパーのケトルで二音鳴るものがあって、それが汽車の汽笛みたいにすごくいい音が鳴るんですよ。

僕はプロダクト・デザイナーではあんまり無いので、全体的なものよりスペシフィックなある部分をがっとやりたいというところがあって。でもそれだけではマスターのプロジェクトとしては弱いということで結局やめちゃったんですけど。

澤田ーなるほど。でも後半の方の作品になっていくと、オブジェクト自体よりもそれをプレイする人自体がパフォーマーに変わるというか、端から見ていて面白い動きをしていたりしますね。それは明和電機でパフォーマーとして参加していたことが影響したりしてるんですか?

鈴木ー多分、自分の興味っていうのが段々、プロダクトとインタラクティブするっていうよりも、人をどうやってアクティビティに巻き込んでそれをどうやって演出するかっていうことに興味が移っていったと思うんですけど。まぁ割と明和電機でやってたのはそういうことだったので、そこがバックグラウンドとしてあると思うんですけど、自分ではそこに最初気付いては無かったんですけど段々そういう部分は出てきました。自分は人を楽しませればいいやって感じです。

鈴木ー昨今のプロダクトデザインっていうのは人に考えさせたりするものが多くて、それは重要なんだけど、その反面プロダクトのユーモラスな部分というか人がとっつきやすい部分みたいなものが欠けてきてる気がしていて。自分はそういうエントランスをつくるのが上手い人間なんで上手い具合にそこに自分の要素を入れられないかなと思ってます。


「Tangible Bits / メカニズムが明快であるということ」

澤田ーMITの教授で石井裕さんという方でタンジブルをテーマにインタラクティブインターフェースをすっと研究されてる方がいます。例えば瓶の蓋を開けると音楽が流れてくる作品があるんですが、そういう身体的に操作するタンジブルインターフェースに近い要素を有理さんの作品を見ていて感じたんですが。

鈴木ーその作品は見ました。そうですね、それも一個の要素だと思います。僕の教えてくれてた先生がまさにそれをずっとやってた人で、ダレル・ビショップっていう人なんですけど、彼はまさにそのタンジブルの第一人者で彼もRCAの出身なんだけど、彼の一番有名な作品でアンサーマシンというのがあってまぁ留守番電話なんですけど、当時は全て電子化されていて、デジタルなものをフィジカルに操作するって概念が無かったその時代に彼がつくったアンサーマシンってのがメッセージが入る毎にビー玉が出てくる笑。

澤田ーほぉー。

鈴木ー帰ってくるといくつメッセージが入っているかビー玉の数で分って、そのビー玉をポンってデバイスに入れるとメッセージが再生されて終わるとそれが違う色で出てくる。

澤田ー面白いですね。

鈴木ー彼はそういうフィジカルでタンジブルなインターフェイスをずっとやってきた人で80年代からずっとやっていて、彼はアップルフィジカルインターフェイスを研究する部門にいて、そういう要素が今のアップルインターフェースに利用されたりしてる。

澤田ーマックインターフェイスはすごいですよね。直感で動かせる。普段マックを使ってるんですが、ウィンドウズを使う時にいつも凄い感じるのが、二本指でスクロールできないとかそういう小さくて単純なインターフェイスの違いが結構ものすごく歯痒くて、インターフェイスって身体的にやっぱり深く根ざしているんだなと思います。

鈴木ーYAMAHAのプロジェクトをやってた時にタンジブルインターフェイスについてずっとリサーチしてたんですけど、音楽のフィールドが多分一番今タンジブルインターフェイスが叫ばれてて、結構沢山あって例えばYAMAHATENORI-ONという楽器だとか。

澤田ー岩井俊雄さんですね。ただ有理さんの作品て、インターフェイスだけフィジカルにするというよりも、その元もレコードだったりフィジカルなものを扱ってますよね。

鈴木ーデジタルで光るようなものがあまり好きでないのかなと思います。あと例えばこのiPhoneって中になにが入ってるが全然分らないブラックボックスじゃないですか。昔のものって一見凄い複雑に見えるんだけど、裏を開けると動きが明快なんですね。動いてたり、メカニズムが見れるものが凄くいいんですよね。自分の中でブラックボックスはあんまり好きじゃなくて、そこをもっと使ってる人が分る方が面白いなと思うんです。

澤田ーなるほど。

鈴木ーもう一人ティム・ハンキンていう人もすごい尊敬していて、彼はメカニカルにおもちゃを作っていて。例えばお金を入れると色々動くドネーションボックス(募金箱)だったり、ロンドン動物園のメカニカルクロックをつくったりしてるんですね。全部色々動いて凄い楽しいんだけど、裏から見るとどういう風に動いているかすごい明快なんですよね。何も見えないようなものよりも、人が見てあぁこういう風に動くのねっていう単純に分ってかつ楽しいものが作れればいいなぁと思ってます。

澤田ーなるほど、それはデザインとかをする人間じゃなくても、面白いと感じれると思いますか?

鈴木ーそうですね。割とそうだと思います。明和電機も見た目は複雑だけど、実は凄い単純なんですよね。僕は元々明和電機の凄いファンでそこから明和電機に入ったんだけど、展覧会とかで作品とか見ると、どういう風に動かしてるか分るんですよね。例えば、ここにソレノイドが入っててスイッチが入るとここがどうこうとか。でも単純だけどコントロールの仕方によって全然映え方が違う。


異邦人の街」

澤田ー話は変わりますが、そもそもなんでロンドンに来ようと思われたんですか?

鈴木ーそれはもうRCAがあったから。明和電機ってRCAから熱烈な支持があるんですよ。明和電機のパフォーマンスでロンドンにきた時も沢山RCAの人がきていて、その後RCAの人が明和電機のスタジオに遊びにくるようになったんですよ。その時にその人が持ってきた仕事だったり、過去自分が好きでファイルしてた作品を見てみたら全部RCAデザインンプロダクツの出身だったんですよ。そんとき僕の日本での大学に本当につまらなくて完全に腐ってたんですが、そんな時にこんな面白い場所があるんだって知って。こんなに面白いものをつくってしかもビジネスとしてちゃんとやってる人がいるっていうのが凄いなと思ってこれはもうRCAに行くしかないなと。明和電機の仕事も凄い楽しかったんですけど、サポートしてるだけじゃなくて自分でも何か作りたかったので辞めました。明和電機とやるならコラボレーションする立場でやりたいなと。

来る前は全然知らなかったんですけど、こっち来てみたら色んな民族がぐちゃぐちゃに集まってて音楽にしても混ざったとこから出てきたものが存在してて、そういう部分が凄い面白い場所だなと思いました。

ロンドンの場合ほとんどンの人が色んな場所から来てる人じゃないですか。だからボーダーがない。音楽でロンドン発のグライムってジャンルがあるんですけど、本当にぐっちゃぐちゃのとこから出てきたものでダブ、ジャマイカヒップホップが混ざったところにイランとか中東の要素が入って、さらにそこに中国が混ざったりしてて笑。

澤田ー笑

鈴木ーもうグライムムーブメントは終わっちゃったけど、そういうものが出てくるってところが面白いですよね。あと自分は凄いエレクトロニックミュージックが好きだったんで、こっちに来てAphex Twinがやってるリフレックスっていうレーベルを聞くようになって、すごい面白くて奥が深いんですよね。あとロンドンで第一線で活躍してるデザイナーって大体イギリス人じゃなかったりするじゃないですか。RCAのデザインプロダクツのチューターもイギリス人は一人とかだったし。

澤田ー建築家も外国人が多いです。

鈴木ーそうだね、ザハ・ハディドとかレム・コールハースだとか。プロダクトだとロン・アラッドもイスラエル出身だし。他もアメリカ人、イタリア人、ドイツ人だったり。

澤田ーロンドンの外国人の割合って30%超えてて、イギリス人の中にもインド系だったりアフリカ系が沢山いて、ロンドンってほとんど「外人の街」って感じですよね。

鈴木ーそこがロンドンは面白いかなと思いますね。スウェーデンに行った時に日本人ていうだけで珍しがられるんですよね。でもそれってあんまりいい事じゃないと思ってて、他と同じように見てもらってないと面白いことって出来ないんじゃないかな。日本人であることのクリシェが使えるのってもうとっくに終わってて、今はもうクオリティの勝負なんですよね。オタク文化とか和のテイストでなんかやってそれだけで評価される時代ってのはもう終わってるんだろうなと思います。まぁ自分の中にある日本の要素ってのは使った方がいいと思うけど。自分の好きなことをやって、そこから出てくるものがやっぱりいいのかなと思います。RCAで感じたんですけど、人からのこうした方がいいとかいう忠告ってあんまり聞かない方がいい笑。自分から出てきたものじゃないと全然ダメなんですよね。

澤田ーなるほど、比べて東京はどうですか?

鈴木ー東京出身ですけど、あんまり今の東京の状況って分ってないんですよね。東京って凄く面白い街で、ロンドンと同じで飽きないですよね。でもアトラクションが凄く多くて街に溢れてる分、あんまり自分で何か作ろうって感じが起こらない感じがしますね。あと東京ってショーケースだと思っていて、それこそ世界中の色んなところからレコードも集まるし本も集まるし、何でも集まる凄い場所なんだけど、その反面ここ10年で東京から出てきたもので何があるかなって考えると、村上隆オタクアートだったり深澤直人のシンプルなプロダクトとか以外に何かあったかなと。音楽にしてもオリジナリティのあるものがなかなか出てこないなと思っていて、ロンドンだったらグライムだったりフランスだったらテクトロニックっていうものが今でてきているんだけど。日本だとperfumeとかになるのかな、テクノポップというか、でもそれならこっちでもあるしなーと。ピチカートファイブなんかは割と東京的なオリジナリティはあったかなと思うんだけど。

あと日本は一般の人から企業までのデザインに対する興味がこっちより薄いんじゃないかなと思います。日本人で50歳ぐらいの人でそういう芸術的ものに興味がある人ってそこまで多くないじゃないですか。人気があるのはモネだったりピカソだったりで、決して現代アートの展覧会だとお年寄りの人とか行かないじゃないですか。割とこっちだとテートの今度の展示はダメだったとかそういう話が普通に出てくるんですよね。

澤田ーこないだ建築のオープンハウス(一年に一回普段入ることの出来ない建築に入る事ができる日)でリチャード・ロジャーズのロイズに行ったんですけど、

鈴木ー僕何年か前にいってロイズで4時間、ガーキンに入るのに8時間並びましたよ笑。

澤田ー笑。そう、凄い量の人が並ぶんですよね。建築にあんなに一般の人の関心があるっていうのが凄いなと思います。

鈴木ーそう。それが凄い面白くて、皆アートだったり建築だったりよく知ってるんですよね。あとこっちだと現代アーティストのダミアン・ハーストだったり、トレイシー・エミンとかが文化人として国民的に知られる存在だったりしますよね。皆アートとかに興味があるんですよね。

澤田ーバンクシーみたいなアーティストが成功してて、HMVとかで本が平積みになってる状況って凄いなと思いますね。

鈴木ーうん。多分ロンドンの場合はコーディネーターがすごい充実してると思うんですよね。ブランディングをしてアーバンからでてきたバンクシーみたいなアーティストをピックアップしてビジネスにできる人がいるっていうバックグラウンドロンドンにはあって。日本にも小山登美夫とかそういう人はいるんですよ。ただ土壌としてまだまだ新しい人がどんどん出て行く環境は整ってないんじゃないかな。

澤田ーギャラリストとかキュレーターもこっちは多いですよね。

鈴木ーそうですね。汚い話ビジネスと密接に関わってるからそういうことがやってけるんだと思いますね。

澤田ーマーケットが確立してるんでしょうね。

鈴木ーそう。皆投資としてアートを買うってことをするんですよね。ブランディングだと思います、本当に。

澤田ーブレア首相の時のクール・ブリタニアみたいにイギリス政府の都市の対外的なブランディングは上手いですよね。世界中にブリティッシュ・カウンシルがあってデザインの事情を集めたり、逆にデザイナーを売り込んだりする。

鈴木ーデザインを産業としてちゃんと扱ってるんですよね。まぁどこがいいか分んないですけどね。イギリスなんてお金転がして儲けてるようなもんですからいつ景気悪くなるか分んないですし。

澤田ー笑。今日は面白い話をありがとうございました。

2008-09-22

[][]vol.13 仙石亜紗子氏、橋村雄一氏

写真追加版 f:id:g86:20080920114044j:image:right

f:id:g86:20080916014707p:image

g86 London 第一弾はロンドン建築を勉強する仙石亜沙子さん、橋村雄一さんのインタビューです。

今回は二人の日本での作品、ロンドン東京建築教育の違い等についてお話を伺いました。


profile

仙石亜紗子

1985年東京都出身

2008年 多摩美術大学環境デザイン学科卒業

現在、UCLバートレット、ディプロマコースに在籍

第31回卒業制作優秀作品展レモン賞受賞

橋村雄一

1984年生まれ大阪府出身

2008年 多摩美術大学環境デザイン学科卒業

現在、University of East London、ディプロマコースに在籍


interview内容 (以下敬称略)

澤田ーまず多摩美時代の作品について説明していただけますか。

橋村ーこの作品は多摩美の芸祭で毎年テキスタイル学科の三年生が主体でテキスタイル、ファッションショー、演劇、ダンスなんかを組み合わせたようなパフォーマンスを毎年やるのが伝統で、そのための舞台デザインを俺ら入れて、5、6人で一緒にやって。テキスタイルの人からの要望があんまり舞台が前にあって客席が後ろっていう向かい合う感じじゃなくて、もうちょっと入り交じったような、観客をもっと取り込んだような構成にして欲しいって言われました。地面を一段上げてそこに穴があってそこに観客が座るようなイメージからスタートして、そこから大きさなどを調整して曲線で穴を空けていったというところからこういう形がきまっていって、中央奥の半弧状の部分ではバンドが生演奏するステージ。客席には皆で作ったウレタンの座布団が引いてある。真ん中が少し隆起してるんだけど。。。

f:id:g86:20061103150937j:image f:id:g86:20061103111308j:image

仙石ーそれはこのパフォーマンスは四個の感情を表現した四部構成になっていて、その中で華々しいシーンの時は何十人というパフォーマーが舞台の上に登るけど、静かな雰囲気のシーンでは三、四人しか舞台の上に立たないんだけど、そのわぁってパフォーマーが真ん中で重なり合った時に全員が観客席から見えるように段差が必要で。でも静かなシーンの時は平たい舞台の上に数人がぽつぽつと立っているような感じっていうテキスタイルの人からの要望があって。。

橋村ー最初はお立ち台みたいのを必要な時だけだすっていう案も出たんだけど、でも台を誰かが持ってくるなんて格好わるいってことで、なだらかな隆起をつくればいいんじゃないかということになって。そうすれば舞台の上も連続した地面だっていう感じに繋がるし、あと迫力も出る。皆客は地面に座っているから見上げることになって圧倒的なパフォーマンスになるんじゃないかと。

澤田ー取り囲んでる客席が舞台に食い込んでもいて、観客と演者の対の関係を崩してますね

橋村ーそうそう。テキスタイルの人が言ってたのは儚い夢のようなものを表現したい、観客のいる空間自体が日常とは違うパフォーマンスの場に変わるようなことをやりたいと言ってて。

澤田ー最終的にひとつの形態に落とさなければいけない中で五人グループでの設計というのはどうでしたか?。

橋村ー図面は結構俺が描いてて、週に何回かテキスタイルの人も含めてミーティングをやってそんときに図面とかの修正をしてたから、その段階では俺が描いてたけど。施工は皆でやって。

仙石ー全体的な形態は違う子がやって、この隆起のアイディアは私が出したり、皆でちょっとずつ収容人数とかからちょっとずらしてみたり、細かい構造とか橋村くんがやって。この構造で持つかどうかってのを実際作って上でジャンプとかもしてみて。

f:id:g86:20080922004734j:image

橋村ー1/1でこんなに人が乗るようなものを作った事が無いし、ここで飛んだり跳ねたりダンスとかするわけやから。

澤田ー橋村さんはパフォーマンスをされてたって伺ったんですが?

橋村ーえーとこの前の年にパフォーマーとして参加してて、その繋がりでこれを頼まれたんだけど、その経験もあったからどういうものが求められてるかは結構分ったかな。


「聴覚的空間」

澤田ーではそれぞれの作品を説明していただいていいですか。

仙石ーこれは内藤廣さんのちひろ美術館をつくり直すという課題で、場所も敷地もまったく同じで、求められる収容人数、プログラムも一緒でした。私は岩崎ちひろの本を読んで凄い感動してこの人凄い素敵だなぁと思って、この人のモットーが一枚の絵だけでは自分の作品は成り立たなくて、絵本になってページをめくる時の読んでる側の感情の起伏とか時間とか、ページを一枚一枚捲る動作とかを含めて、本になって自分の作品は初めて成り立つていうことを言っていて、私はそれを読んで凄い面白いなと思ったので、美術館は絵本みたに展示はできないけど、時間の流れとか、岩崎ちひろの求めてった一枚一枚の絵の意味とかをこう空間として表現できないかなっていうのがこの作品のコンセプトです。

f:id:g86:20080921114542j:image f:id:g86:20080921114544j:image

そこで構造は金属の薄めの壁を折り曲げて、人が壁と壁の間をすり抜けていく事で、絵本のページを捲る感覚を味わえないかなと思ってエスキスをしました。基本的には展示空間と、そうじゃないカフェとかライブラリーとかショップとで大まかに二つのボックスに完全に別れていて、行きと帰りの通路が渡してあります。空間的に二つのボックスに分けることで、片方の展示空間では音が静かに反響して、片方はショップなどの賑やかな音が反響するっていうのが自分の中で凄い大事でした。

橋村ーなんで絵本から鉄板をすり抜けるっていうのが出てきたの?

f:id:g86:20080921114540j:image

仙石ー紙が捲った時に出来る曲線。こんな感じで(上画像)。人がスーっとその中に入っていくような。あと五個の展示空間が設定されていて、最初に入った展示空間からは次の空間が視界に入らないようにしたりとか、スロープで段差をつけていてその起伏と壁の起伏で次の展示空間が視界に現れたり消えたりっていうのを、最初から大きめの模型をつくってカメラで実験しながら作りました。

澤田ー鉄板の感じがリチャード・セラの彫刻みたいですね。卒制で盲人用の施設をやられてましたが、この作品もプログラムを分ける事で静かな空間と賑やかな空間に分けていたり、音っていうのは仙石さんのなかで重要なキーなんですか?

仙石ー結構、音を考えるのはなんでか分らないけど癖になってます笑。なんでだろう。。。視覚的には隣の空間が見えなくて閉ざされてるんだけど、音が反響して聴覚的な空間としては体育館みたいに大きなものとして成り立っているような空間が私は個人的に心地よくて。壁で視覚的には遮断されてても、音は繋がっているっているのが好き。

澤田ーSANAAのー

仙石ー梅林の家。

澤田ーもそういった空間ですよね。

仙石ーそう。中に入った事とかはないですけど。あと家具とかもなるべくこの壁と連続しているようになってます。


「メビウスの輪/シームレスな空間」

仙石ー次のこの作品は伊東豊雄さんの課題で、UCバークレーにつくっている施設をそのまま多摩美図書館の場所に置き換えるっていう課題でした。この課題は楽しかったよね〜。中に入るのは常設展、企画展のスペース、大中小3つのシアター、あとカフェとかショップとか、オフィスも、あと学生がミュージアムとかシアターと交流したりするスタディルームとか。まぁミュージアムとシアターの複合施設です。

f:id:g86:20080921114620j:image f:id:g86:20080922005532j:image

私が考えたのは多摩美には凄い大きなホールが何個もあったので、普通に座って映画を見るような施設はもう必要無いなと思って、もうちょっと自由な、昼寝とかできるような映画館があったら素敵だなと思ったのが始まりで。観客席がすり鉢状に凹んでいて、天井に大きなボールが浮かんでいて、そこに映像が映写されて、すり鉢状のところに観客がごろごろ寝転がりながらその映画を見るという笑。

橋村ーゆるいね〜笑

仙石ーうん、ゆるい笑。で、その三つのシアターの周りをミュージアムが取り巻いているっていう空間を考えました。凄く表現し難いんですけど、これも音と一緒で完全に空間を区切りたくなかったので、すり鉢状の空間は凄く暗いんだけど、その周りに壁を作らないで周りのミュージアムと繋がっていて、ミュージアムの展示用の壁とかで段々光が遮られていってシアター内は結果暗くなるような、光のグラデーションをつくりたかったんです。そういう具体的な空間が一番最初に浮かんで、そこから設計していきました。一番難しかったのが、敷地がそんなに広くなかったからそのシアターの周りにどう美術館を収めるかっていうのが凄い大変で、その時にエッシャーの階段が延々と繋がっているような空間が作れないかなと思って。こう延々にループするような。

澤田ーメビウスの輪のような。

仙石ーそう、ぐるぐるループすることでもの凄く広がりのある空間を作れないかなと考えて。美術館の層が階段とかエレベーターがなくて隆起してて、結局メビウスの輪状になって始まりの場所に行き着くような空間を考えました。個人的には一番楽しかった課題です。

澤田ー空間が連続的だけど外に出たり中に入り込んだりしていて、伊東さんのぐりんぐりんに近い空間なのかなと思ったんですが。

仙石ーそう、ぐりんぐりんを思い浮かべたたわけじゃないけれど、イメージとしてぐりんぐりんに近いものがありました。

橋村ー伊東さんにもそれは凄い言われてたね。

仙石ー伊東さんはこれを見てぐりんぐりんを作った時のことを思い出したらしくて、隆起する床の構造がぐりんぐりんの時あまりにも分厚くなってそれが凄い重々しくて、これを実際作るとなると同じ事が言える、もうちょっと軽くできないのかって言われました。一番最後に言われたのはあまりにもぶっ飛び過ぎてるから笑、もっと建築的に考えろと笑。

橋村ー建築らしさみたいなのがもっと必要なんじゃないのとか言われてたよね。あの人は既存の建築の形式とかを壊そうといてる人やけど、それでもやっぱり建築的な考え方っていうのはあって踏みとどまるところは踏みとどまらなきゃいけないってこと。

澤田ー建築的リアリティーみたいなことですか?

橋村ーうーん、それもあるし、実作をあれだけやって俺らが分らない建築のできることとできないことみたいなことを分ってるからあういう事を言ってたと思うんやけど。。。

仙石ーあまりにも無法地帯であると笑。

橋村ー建築的な解決法が合ったんじゃないの?と言ってた。特に屋根に関して。

仙石ーまだその解決策は見いだせずにいます笑。


「盲人の空間」

澤田ーでは卒制について説明していただいていいですか。

仙石ー卒制は目の見えない人のために施設を作りたいっていうのが、2年生ぐらいから思っていて。最初は個人住宅とかを皆に勧められたんですけど、もうちょっと公共施設みたいな社会的なことをやりたいなと思って。

橋村ー個人住宅だと住人が長く住んでそこに慣れさえすれば結構細かいデザインは関係なくなっちゃうじゃん。

澤田ーなるほど。

f:id:g86:20080920125828p:image

仙石ーさっき見せた二つの作品みたいに公共性があって、色んな人が行き来する場所の方が自分は好きで、作っててすごく楽しかったんです。高田馬場に盲人用の公共施設が一つの区画の中に6個ぐらいある場所があって、そこを訪れた時に街中に黄色い点字ブロックや音声信号器が至る交差点、至る敷地に張り巡らされていて、私にはそれが衝撃的で、なんだこの街はと思って。そこから施設の方や盲人の方にインタビューして、やっぱり目の見えない方は家から出て場所にたどり着くまで大変で、自転車とか車も危ない、だから高田の馬場みたいに点字ブロックとかが張り巡らされてないと、施設として成り立たないんだって事をまず教えて頂いて。点字図書館やリハビリセンターなどの5つか6つの施設のためだけに、街に盲人用のインフラが張りめぐされているんですが、でもそこに盲人の方が留まってリラックスしたり勉強したりする空間が全く無かったんです。点字図書館はほとんどビデオレンタルで全てネット注文を受けての郵送で成り立っていて、半分は倉庫、半分は展示図書を作る工場みたいになってます。普通の新刊で出てる本をどれだけのスピード、どれだけの量で対応して点字化するかっていうことで工場が動いていて。そこに一切ソファがあってリラックスして本を読むみたいなスペースが無かったんですが、じゃぁ盲人の人にそういう空間って必要なのってなった時に、家にいてネットで成り立つなら危なくないしそれでいいじゃない、って凄く言われたんですけど私が実際盲人の方10人ぐらいにインタビューした時に、やっぱり皆外に出たいし、色んな人と交流を持てることに喜びを感じると言っていて、私は卒制で家の中だけじゃなくて人と人とが交流できるような場所をつくりたいなと思っていたので、じゃぁ高田馬場にそういう施設をつくろうと思いました。それでちょうどその区画の真ん中に公園があって誰にも使われていないような状態だったのでそこに建てようってことになって。

f:id:g86:20080920125832p:image:w150f:id:g86:20080920125830p:image:w150f:id:g86:20080920125829p:image:w150

最初に考えたのは点字ブロックの代わりになるような、もっと自由に人が選択できるような記号を作れないかなと思いました。点字ブロックは歩けっていう記号と止まれっていう記号しかなくて、それに沿ってしか歩けないしそこから三歩でも離れるとそこには何も分らなくなるなってしまうんですけど、それを触れた時にそこがどういう場所かっていうのが分ったり、自由にどう歩くか選択できるような記号を作りたいと思い、床を波紋状に起伏させるっていう記号をデザインしました。物の中心から離れるほど段々波紋の感覚が大きくなっていくので波紋のどこかに白杖や足で触れた時にその物からどれくらい離れてるかを分るのがひとつの特徴で。あと円弧状に広がっているので波紋に沿って歩けば物にぶつからずにその周りをくるくる回れるっていうもので、これはインタビューした時に物に白杖で触らなければその物が避けられないのが凄いストレスだと聞いてこれはいいなと思って。足の裏の感覚で物の中心と外側の方向がちゃんと分るかを実際に人の体重に耐えられるようにFRPで一分の一で作って実際ごろごろ運んでって盲人の方に使ってもらって、自分でも目をつぶって棒を持って実験してみたりしました。

f:id:g86:20080324143938j:image

橋村ー中心にある物って何なの?

仙石ー家具とか壁とか生活していく上で障害となるもの。あとなるべく家具とかも移動式じゃなくて常設されるようなものになるべくしました。あと音で何かできないかなと考えて、盲人施設で視覚的にあんまり変化を作っても意味がないので壁はなるべく作らずに屋根をドーム状に起伏させて点在させることで、音で空間の識別をして貰おうと思いました。ドームの大きさとか床の素材とかで違う質を持つ空間が作れないかなと。動線的に区切るんじゃなくて、音と材質で区切ろうとしたんです。その移動のツールとして波紋があるんです。

f:id:g86:20080920125831p:image

澤田ー目が見える人だと空間の認識にあまり違いが出ないような場合でも、盲人の方には材質によって空間の質がそれ以上に変わったりするものなのですか?

仙石ーその違いをしっかり定義するのは多分難しいと思うけど。。それぞれ見えるか見えないかどちらかの経験しかないから、と思うんですけど。。うーん。

橋村ー感覚が敏感にはなったりするんじゃないかな、やっぱり。

澤田ー自分で実験したり、盲人の方にインタビューしてみてどうでした?

仙石ーインタビューしてみて、彼らも材質について毎回分ってるわけじゃないので凄い曖昧なんですけど、例えば絨毯の部屋とタイルの部屋とどっちが心地いいかとか、天井の高さとかについても聞いたんですけど、横の広がりよりも高さの広がりの方が凄く心地よさに反映したりだとか、基本的に絨毯の部屋は音が反射しないから凄く閉鎖感が強いってのは聞きました。

澤田ーそれは面白いですね。僕は音の閉鎖感とかってあんまり普段意識しないですけど、新宿のICCのカールステン・ニコライの作品で無響室の中でホワイトノイズみたいなのをすごい音量で流してる部屋の中に入った時に、普段感じた事ないもの凄い閉鎖感というか空気の詰まった感覚を覚えたんですがそういう感覚が盲人の方だともっと普段から敏感に感じられたりするんですかね。

仙石ー私もその部屋入った!そう。私は多分そういう音の閉鎖感ってのを普通の人より強く感じて。すごく共感したのは、盲人の方がいつも窓を開けて窓の側に座っていたいといっていて、私もいっつも窓は開けてて。凄い音の広がりとか、風の吹き込んでくるとかがないとすごく自分が心地悪かったりする。


「移動空間から考える/スチボ文化」

澤田ーでは橋村さんの卒制での作品についてお話伺ってもいいですか。

f:id:g86:20080920124106p:image

橋村ーもう結構忘れたなー、、笑。当時人が歩くような場所に凄く興味があって。人が動くっていう事に対してなんか惹かれてて、何かのために留まっている場所っていうよりも、何かのために移動しているっていう空間に興味があって。でも建築って大体何か目的があって空間を作ると思うんやけど。でもその間を結んでる空間てのはそこまで重要じゃないようなものとして扱われているような気がして。だから逆にその移動するために空間からスタートしたものをつくろうと思ったのが始まりかな。なんで移動する空間に興味があったかっていうと、哲学的なんやけど自己同一性というか、結局自分が移動して自分がその場所にいてっていう常に自分がっていう一元的なものみたいなもの、そういう色んな人のその一元的なものが絡まり合う場所っていうイメージがあって。一人一本の線、糸が絡まり合ってるような場所を作ろうと思って作りました。

f:id:g86:20080920124107p:image:w150f:id:g86:20080920124108p:image:w150f:id:g86:20080920124109p:image:w150

澤田ー街路みたいなテクスチャーのボリュームを重ねたコンセプトモデルが興味深いですね。ヴォイドの方を逆にスタイロで作ってる。

橋村ー反転したやつね。水平方向の街路が縦横無尽に走っているものを積み上げていって、かみ合った部分は吹き抜けになってて自分が歩いてると他の人の動きも見えるし、歩いてて景色がどんどん変わる様子が単純に楽しいかなと。移動することが楽しいってのは、ひとつの日常の楽しさかなって。カフェとか住居とかをよくするのと同時に、そういう機能を繋ぐ移動空間の豊かさも大事でしょうと思って。

澤田ー写真でしか見てないですけど、模型がすごい硬質でソリッドな質感だなと思ったんですが。橋村さんのUELも校風としてマテリアルを重視するっていうのがあって、何かそういう素材とかに拘りがあるのかなと思ったんですが。

橋村ーそれは特にコンセプトとは関係ないけど、好みかな。拘り、、、はアンチスチレンボード笑。さっきいったコンセプトってすごい図式的な考え方だと思うんやけど、OMAとかSANAAみたいな。コンセプトからダイアグラム作ってそれを建築にしたような。でもそれだけじゃ建築ってダメだと思っていて。やっぱりいくら図式的に新しくても、あとの半分として身体感覚に直接関わる素材とかもやっぱり大事な要素だと思ってる。そういうポリシーを反映させたのかな。図式だけで終わりたくなくて、物としてのクオリティでも何か言えるようなものを作りたかった。

仙石ー模型じゃなくてひとつのアート作品みたいにしたかったって言ってたよね。

橋村ー結局学生の俺らって実作とかまだ作れないから、模型でしか語れないから模型だけでも完成したようなものを作りたかって、何かを模したものじゃなくて、ものそれ自体で力があるようなものを作りたかった。それはUELを選んだ理由にもなってると思う。

澤田ー模型って日本だとスチボ文化があって、

橋村ー便利だからね笑

澤田ーこっちだと3Dプリンティングとかレイザーカットのレイヤーモデルだったりその元として3DCGがすごいじゃないですか。それってでも単純にどっちが進んでるとかそういう問題じゃなくて、それぞれの建築の価値観を反映していたり、又はそういう枠組みができてしまっててそれに建築が左右されているとも言えると思うんですがどうですか?

橋村ースチボね、、。特にSANAAなんかはスチボがなかったらあういう建築はなかったと思う。あの人達は白模型を大量にそれこそひとつのプロジェクトに何百個も作るようなことをするから、色も、、、まぁは色はいいや、スピーディーで作りやすいものっていうのでスチボは大事だったのかなとは思う、あういうSANAA的な建築が生まれる上で。


建築アートの距離」

澤田ーなるほど。ではなぜロンドンに来て今の学校に行こうと思ったのか聞かせてください。

橋村ー多分、物質とか光とか空間の根源的なクオリティーってのをまだUELは信じてて、前衛的なものばっかりに目を向けないで過去のものを参照したりすることも大事にしてるし。新しいものを生み出すのも大切やけど、人間てそんなに古代から変わってないしそういうものを無視したらいけないと思う。古風といったら古風やけど、空間の純粋な部分をUELは未だに大事にしてるんじゃないかなと思って。石膏とかモルタルとかの模型を作ったりもするんだけど、同じボリュームの模型をスチボでつくるのと石膏でつくるのでは同じ白でもやっぱり違う。どう違うか分らんけど人間てそういう違いを認識する能力があって、そういうところに焦点を当てたいなと。そういう感覚を忘れないでいたいなと思う。バートレットは?

仙石ーまず、日本であんまりピンと来る学校が見つけられなかった笑。うーん、でもそれより先にアートと街の距離がすごい近い。日本だと感じられないけど、美術館がフリーだったりロンドンだとそういうアートとかがすごい近く感じられる。そういう文化の圧倒的な違いにすごく惹かれて。バートレットにきた理由は、とにかく学生の作品がすごく面白くて感動的だった笑。もうちょっと日本にいる時は、空間の構成の質に皆が焦点をあてていて、だからすごいミニマルだったり。そういう考え方もすごい好きだったけど日本にいたらそれ以外に焦点を当てられない気がして。上手く言えないけど、、え、バートレットってどうなの笑?

澤田ー笑。

橋村ーあんま上手く言えないけどバートレットって空間が無いよね。空間の質が無いというか。そこからスタートはしてないっていうイメージがある。

仙石ーそう。日本とはまた全然違って。でもそういう空間については自分の中で日本で済んでるなと実感していて。感覚的に身に付いたかなって。それが嫌なわけじゃなくて、それプラスで違う観点でバートレットでは日本で学べないものが学べる気がして。

橋村ー何なんやろね。バートレットって。空間じゃなくて。。。

仙石ーあと洋服から建築を考えたりもしていて、身につけるものを建築であるって言い切って洋服をデザインしたりだとか。その考え方が自分がすごいやりたいと思うことに近くて。建築の設計も好きだけど。建築じゃないものを建築として見るような。インスタレーションとかインテリアデザインとか建築の混ざり合ったところから空間を考えることをすごく私はしたくて。それをしたいって思った時に日本の大学よりバートレットの方がすごいそれができる気がした。それだ笑!


「ペーパーアーキテクトとリアリティ/建築の飛翔力」

澤田ー笑。ロンドン建築教育ってよくも悪くもアーキグラムの影響って大きいですよね。バートレットもピーター・クックが盛り上げて今みたいな学校になったし、AAはもちろんアーキグラムの発祥てのもありますけどデイビッド・グリーンが今でも教えてたり、ピーター・クックもレクチャーでよく来る。ロンドンて街自体はすごい保守的で、現代建築で比べたら日本の方がよっぽど多いけど、アカデミックな部分ではそういうアンビルド文化とかペーパーアーキテクトの文化がリアルとはちょっとかけ離れた状態でどんどん進んでる傾向がありますよね。そういうことについてどう思いますか?日本のスチボ文化って、スチボで作るってことはある程度建築的にリアリティーがありますよね、そこに日本の建築界のロンドンとは違う姿勢があるように思えるんですけど。

橋村ーそうだね、日本てあんまりペーパーアーキテクトっていないよね。

澤田ー逆にロンドンにはそういうものが許容される文化があるとも言えるかもしれないですけど、ロンドンで今実作建てて注目されてるのってそういう前衛的とは違うアジェイみたいな建築家だったりするじゃないですか。逆にバートレットとかAAでた人の中で、建築じゃなくてハリウッドとかゲーム会社、又は映像作家みたいなバーチャルなとこで活躍してたりする人が結構いますよね。そういう現実とちょっと離れたようなロンドン建築教育についてどう思いますか?

仙石ーうーん、こっちにきてすごい頭痛がしたのが、アート建築の境界線を定義しろ言われた時に、すごい国だなと思って。ディスカッションさせられたんだけど。すごいそういうこと求められない?日本てそこまで定義して分ける程、色んなものが繋がってない気がする。なんかそういうアート建築がすごい近いっていうそういう所から来てる気がした。うまく言えないけど。。。私ははっきり言ってあんまりアーキグラム好きじゃなくて、やっぱり建築は都市の中で成り立っていて、完全にアートでないし、そうじゃない部分の方が大きい。私としてはただ額縁に入れられたアーキグラムのドローイングとかは建築じゃないってのが私の意見なんだけど。建築学科に行くっていうと「あぁ絵うまいんだ」とか言われて、アート建築が融合して考えられてる気がする。それが原因な気がする。その文化の違い。私はドローイングを建築っていうようなことはしたくないけど、アート建築が融合してることで、インスタレーション建築の中間、そのグレーゾーンから何か面白いことが出来るような気が毎日してます。そういう考え方はすごく好き。

橋村ー俺はペーパーアーキテクトは否定しないし、面白いと思ってるけど。自分でそう成りたいかって言われると成りたくないけど笑。そういう分野としてあっても普通に面白いなと思ってみてるし。バートレットってペーパーアーキテクトやん。てかほとんど。それ見ててやりたいとは思わんけど、見てる分にはすんごい面白い。から何か俺の中で別枠なんかな、ペーパーアーキテクトって。勝手にやっといてみたいな笑。

澤田ー笑。

橋村ーでも間違いなく可能性を広げる、他に影響を与えるって意味ではすごい意義のあることだと思うけど。結局ザハとかだって、元はペーパーアーキテクトでも今は建ててるし。

仙石ーそれ面白いよね笑。ペーパーアーキテクトがどんどん現実化してくっていう笑。

橋村ーうーん。でもどう思う?ザハとか。

仙石ー私は好き。

澤田ー面白いとは思います。モバイルアートみたいなのが実際建っちゃうってのは凄い。

仙石ーそうそう、しかもクオリティが高いんだよやたらと笑。

橋村ーなんかなー、多分あの人らがやってることってポンって遠くに何か新しいことをやって、それに現実がそっちに少しだけ引き寄せられるみたいなことじゃないかな。ファッションとかでショーに出てくる服とかってぶっ飛んでて普段こんなんで街歩けないやんみたいなとこあるけど、でも多分それをやることによってファッションのブランドの姿勢とかを示してる。でもファッションはショーでやれるからいいけど、建築でそれを皆がやるとちょっと違うんじゃないかなと思う。建築ってある程度永続性があるし、自分の金じゃなくてクライアントがいて建つわけやから、そういう意味でちょっと罪悪感もあるかな。

仙石ーペーパーアーキテクトはアートだと思う?

橋村ーアートじゃない?分らん、アートって言われたら何でもアートな気がする笑。

仙石ーAAってあんまりペーパーアーキテクトじゃないよね。

澤田ーそういうとこも結構あると思いますけど笑。今のAAは構造的なものが多いのかな。

仙石ーそう構造っぽい。でも普通の構造じゃないよね笑。

橋村ー俺がやりたいのは飛躍しすぎた新しいものをやりたいんじゃないんやろなってのは思ってて。ちょっとだけ、今あるものから外側に押し広げられるようなものが作れたらなって思う。バートレットとかAAは飛ばすねんね、きっと。

仙石ー飛ぶねー笑。

橋村ー飛んで、何年後かに現実がちょっと追いつく。

澤田ー僕は前衛っていう言葉のアーキタイプというか、イメージってあんま昔と変わってないんじゃないかなと思ってて。新しいと前衛ってちょっと違って、今何が新しいかって言われた時にUELの素材を追い求める姿勢とかヘルツォーグとかアジェイみたいな建築って前衛とは言えないと思うけど、今新しいからこそ評価されてるんじゃないかなとも思うんですが。

橋村ーそうねぇ。でも同時にザハとかの有機的な建築とか伊東さんのやってることも新しいと言えると思うけどね。


「異なる価値観と対話する」

澤田ー僕は参加してないんですが、アーキサミットはどうでした?

仙石ー自分はまだまだ勉強が足りないなと笑。多摩美時代は言葉でこう何かの意味とか理由とかを主張したり、時代の流れの中でどういう場所に自分がいるかとか、考える場を自分でも作らなかったし、周りにもなかったから、すごく他の大学との違いを感じて。とりあえずあんまり言う事無いよねってなって、感覚的な方向から攻めてくんだってことをひたすらプレゼンしたんですけど、終わったあとに色んな大学の人がすごく興味を持ってくれて、私の作品に色々思ってくれたりして。自分達とは全然違うことを考えてる大学生達と交流できて。最初私は恥ずかしい!って感じだったんですけど、四年間感じてきた事とかを話して向こうも興味を持ってくれてってのが嬉しかったです。すごくいいなと思って。だからまた誘って下さい笑。

澤田ーはい笑。橋村さんが参加したぺちゃくちゃナイトはどうでした?

仙石ー緊張しましたか笑?

橋村ーえ、ぺちゃくちゃナイト笑?緊張はした。でも半分以上外人やったからあんま分ってなかったんじゃないかな笑。イベント自体は凄いいいと思う。誰でも参加できるし。俺が出た時のことはよく分らんけど。そんな反響あったわけでもないし。一つの枠に三人で出たからすごい軽いプレゼンだったし。どうだったけな。。

澤田ー学生がそういう議論の場を作っていくていう事についてはー

仙石ーすごいいいと思います。

澤田ー違う人種とか国の人と一緒に授業を受けてみてどうですか?

仙石ーそれはめちゃめちゃ楽しいです。文化がまず違いすぎて、英語でげらげら馬鹿な話とかたまに真面目な人生相談とかするだけで私は本当に楽しいです笑。すごい感動を思えた笑。どんなに近い国とかでも価値観も全然違うし。

橋村ー外に出ると日本人の特徴がよく分るよね。いいところも悪いところも。

仙石ー私は日本人らしくないらしい笑。

澤田ー卒業したらベースはどこに。

橋村ー日本かな。

澤田ー東京ですか。

橋村ーやろね。結局日本人だし笑。外人として暮らすのってやっぱりつらいし、そこまでしてここに住むこともないかなと。ネガティブかな笑。

仙石ー大丈夫か、お前ー笑

澤田ーでもロンドンて外国人が日本で暮らすよりよっぽど暮らしやすい街ですよね。

橋村ーそれはそうだね。

澤田ー外国人がいて当たり前とうか。ロンドンに事務所持ってる有名な建築家でも外国人は多いじゃないですか。レムがサーペンタインのパビリオンでやったインタビューマラソンの中で、ロン・アラッドだったかがロンドンはアウトサイダーでい続けさせてくれる街だみたいな事を言ってて、なるほどって思ったんですよ。

橋村ーペーパーアーキテクトも多いし。

仙石ーアウトサイダーでいることがつらい人も楽な人もいると思って、私がどちらかは分らないけど。けどとりあえずこっちで働きたいなと思ってて、しばらく働き終わった時点で考える事かなって思う。多分でも日本は好きだし。。日本は楽笑。ただ日本にいると日本人としか喋らなかったし、22年間で日本人だけのすごい保守的な考え方が浸透してたんだなってのをここで感じたから、ここで学べることはすごいいっぱいあると思う。

澤田ーでは東京ロンドンで都市として何が違うと感じましたか。

仙石ーとにかく東京ロンドンよりもすごい広い、繁華街と繁華街の間に住宅街がある。でもロンドンは繁華街の隣に繁華街がある笑。東京の有名な街を抽出して円のなかにぼんって入れた感じ。東京にいた時はロンドン東京に近いなと思ってたけど、住んでみたら全然違った。すごく忙しいし。

橋村ーでも似てると思うけどね。ヨーロッパの中で見たら一番東京に近い。

澤田ーたしかに。でもロンドン東京だと距離感覚が全然違いますよね。大体バスで事足りるし、下手すれば歩いてどこでも行ける。

橋村ー大きさはすごい過ごしやすい、住みやすい街やと思う。

仙石ー面白いよね、ロンドンて。東京にいると、例えば秋葉原から渋谷に行くってなるとあぁ遠いって思ってたけど。

橋村ーまぁ忙しい街やね。

仙石ー本当に。あとロンドンの方が親切だよー笑。だって店員の人とか街の人が話しかけてくれる。

澤田ーそれ女の子だからですよ笑。

橋村ーないないない、目も合わしてくれないもん笑。

仙石ーロンドンは得だね、女の子は笑。

澤田ー笑。では今日はこんなところで。どうもありがとうございました。

2008-09-15

[][]g86 LONDON

f:id:g86:20080916014707p:image

g86 will start new project with student from AA school in London!!!

g86設立から一年がたちまして、いろいろなことが動き始めました。

それに合わせてg86 LONDONを始動します。

ロンドン在住のメンバーを加え議論の射程を世界へ広げてみようと思います。


new member

澤田 航(AA school 1st year在籍)

1986年12月30日 石川県金沢市生まれ

東京ディズニーランドがある千葉の街舞浜で育つ(東京24区)。

2006年4月〜翌3月 慶応義塾大学経済学部

2007年9月〜翌6月 ロンドン芸術大学セントラル・セント・マーティンズカレッジ基礎課程をDistinctionで修了。 

2008年よりAA school在籍

wataru.sawada@gmail.com

Wataru Sawada / Architectural Association School of Architecture 1st year

DOB/P Dec/30/1986 Kanazawa, Ishikawa Japan

・grew up in Maihama which is almost in Tokyo (but it's not).

Apr. 2006~Mar. 07 the Faculty of Economics, Keio University

Sep. 2007~Jun. 08 Diploma in Foundation Study at Central Saint Martins College of Art (Distinction)

Sep. 2008~ the AA

wataru.sawada@gmail.com

はじめまして!

g86に参加させてもらうことになった澤田です。

遠方ロンドンからの参加となりますが、アウトサイダーとして、

g86の活動をよりグローバルに相対化できればなと思ってます。

よろしくお願いします。