電氣アジール日録

2007-11-10 きみと世界の戦いでは世界に私怨せよ

20年前には予想もつかなかった本

KKベスト新書『100文字でわかる世界地図橋本五郎監修(isbn:4584121613)刊行。

今回当方は、第1章「世界経済現場地図」、第2章「世界の生活の現場地図」、第3章「世界の紛争の現場地図」の各章左側ページと、地図に入る説明の大部分を担当しました。

昨年の『100文字でわかる世界ニュース』(isbn:4584121265)では、土壇場で、もっと最新の情報に合わせるべく監修の橋本先生のお手をわずらわせた箇所が多かったものの、今回は、あんまりご迷惑を掛けずに済んだはず(と思う)。

先行類書は複数出てますが、大抵はでかくて高額な大判の本なんだよね。そこで、本書はそれを新書コンパクトにまとめてるところがポイント

ハッキリ言ってわたしは冷戦世代で、1980年代中学高校社会科で習った言葉の大部分は、当時すでに戦後約40年も定着しているわけだから、その後も変わらんと思っていたのだが、こういう本の仕事をすると、その多くが通用しない事実を改めて痛感する。

1980年代当時、当然「EU」はまだ「EC」でフィンランドチェコも加盟してなかったし、アフリカ大陸の中央にある国は「コンゴ民主共和国」ではなく「ザイール共和国」だったし、ソ連ロシア)の諜報組織は「FSB」ではなく「KGB」だった。

参考資料として帝国書院の高校社会科地図帳の最新版を経費で購入したが、いやはや自分が高校生の頃と比べると面白い。まあ、それを言えば、さらにわたしの兄貴が使っていた社会科地図帳のお古は、アフリカ大陸の南部にある国が「ジンバブエ」ではなく「ローデシア」だった記憶があるがw

……と、11月5日の日記以来、仕事関係記事が続いているが、今年の夏はもぉ本当に、このへんの仕事忙殺されきっとった。どれも刊行されたらまとめて書こうと思ってたが、原稿書いてた時期が同じでも、版元や編集部が違うと、微妙に発売日がそれぞれ違うからややこしい。

ネモ船長の末裔

今やっている『ガンダム00』は、歴代ガンダムで初めて「アメリカ」や「IRA」など、実在の国家、勢力が実名で登場する。それこそ、20年後に観たら、劇中の固有名現実とまるきり変わっているかも知れない。

ガンダム00』は「どこの国にもない超兵器を持つ者が、軍事力でムリヤリ世界平和を実現させる」という矛盾テーマらしい。

すでに一部で指摘されているかも知れないが、このテーマは、案外古い。

一例をあげれば「潜水艦」など実用化されていなかった19世紀末、神出鬼没のノーチラス号を駆って大英帝国植民地侵略戦争に立ち向かうネモ船長を描いた『海底二万里』、これと同じくジュール・ヴェルヌ原作とするSF映画『空飛ぶ戦闘艦』、比較的近年のものなら、神出鬼没の原子力潜水艦が各国に力づくで核廃絶を呼びかける『沈黙の艦隊』もそうだ。

ガンダムといえば、前に『ガンダムSEEDデスティニー』(デス種)が始まった時は、ちょっとだけ期待した。前作の副主人公アスランらが今度は一国の指導者となっているのだが、国家指導者の立場でも戦争を止めることができず苦悩したりする展開が描かれたからだ。

たいていのアニメは「大人・権力=悪 VS 子供・巻き込まれるだけの弱者正義」という単純な図式を取っているが、主人公権力側で苦悩するのは新しい、と感心した。

が、これは買いかぶりだったようだ。中盤以降、旧作の主人公で、退役して平和な余生を送っていたキラたちは、対立する二つの勢力の間に、停戦を叫ぶ第三勢力として割って入るのだが、これがまるで、絵空事のキレイゴトにしか聞こえず、説得力ゼロなのである。

現実戦争に身を投じている人間は、自分の陣営に、自分の守るべき妻子もあれば財産もある、だから退くに退けず真剣なのではないか。どこにも所属せず何も背負わず余生を送ってるだけの人間平和を唱えても、そんなもん、まるで空理空論でしかない。

この点『ガンダム00』では、主人公ツナ・セイエイが属する組織ソレスタルビーイングが、タダの善意のボランティア団体ではなく裏もありそうな集団で、劇中でもツッコミが入りまくっているし、セツナ自身も、かつて自分が幼児期に戦争でひどい目に遭ったので、復讐鬼のごとく各大国の軍事力を挫いてみせることに執着しているらしい、という私怨的動機が見える分、まだしもウソくさくない。

そう、『海底二万里』のネモ船長も大英帝国祖国を奪われた復讐鬼だったし、『空飛ぶ戦闘艦』のロバー(ロビュール)は完全にキチガイとして描かれていた。こういう人間が言ってる言葉なら、たとえ間違っていても、そいつにはそれを言わざるを得ない何かがある、という説得力はあるのだ。

――だが、実際問題、いかに高潔な志によるものであれ、力づくで正義や理想を実現させるのがうまい手かといえば、そこは疑問である。

と、いうのは、世の中は一部の為政者だけでなく、膨大な数の下々の民草があって成立している。上が一人で勝手正義や理想に燃えても、一人で空回りするだけでついてくる人間がいなければ、正義や理想を一時的に実現できても、その維持は難しいし、下々の民草を脅して恐怖心で従わせても、自発的意志で動かせるのと比べて効率が悪い。

正義や理想なんぞに欲情して萌える変態だけでなく、健康なフツーの感性を持った下々の民草が自発的に動くようにするには、それなりの「鼻先のニンジン」が必要である。

旧ソ連では政府に敵対する人間を密告することが奨励され、共産党の忠犬はエラいさんに頭をナデナデしてもらえた。ナチスはもっとうまく、ユダヤ人共産主義者を狩る我々は、ただゲルマン人であるとゆーだけで(なんの努力もしなくても)優秀な民族、という「優越感の快楽」を与えた。

下々の民草を無視して勝手正義や理想を追うものは、往々にしてドン・キホーテと化す。

正義政府はあり得るか?

以前『架空世界の悪党図鑑』執筆に関わった時、「文学の中の悪党」の章で、敬愛する山田風太郎の作品から『妖説太閤記』(isbn:4062738953)の豊臣秀吉と『警視庁草子』(isbn:4480033416)の川路利良を取り上げたが、本当は、風太郎作品からのチョイスならぜひ『明治断頭台』(isbn:4480033475)の香月経四郎を取り上げたかった。

だが『明治断頭台』をネタバレ抜きに説明するのは無理なので、やむなく見送った。

この作品の主人公、香月経四郎は、明治の初期に置かれた弾正台の官吏である。弾正台は役人不正を取り締まる部署で、検察官裁判官と刑の執行官の権限をあわせ持つ。香月経四郎は、一見軽薄そうな青二才ながら「正義政府を実現する」という強い意志に従って、数々の役人不正を暴き、次々とギロチン台へと送るのだ。

月経四郎が日本へ持ち込んだギロチン台は、フランス革命後、正義と理想にトチ狂った革命政府が、数々の「反革命」腐敗分子を処刑するために使った道具である。

月経四郎の捜査と処断の手際は素晴らしいものなのだが、じつは最後にとんでもないどんでん返しがある。これは、バラすとつまんないから興味のある人は一読して欲しい。

この小説の最終章のタイトルは、ずばり「正義政府はあり得るか」である!

月経四郎は、『ガンダム00』の主人公セイエイより、『デスノート』の主人公夜神月に近いというべきだろう。(死)神の力を使って力づくで正義と理想を実現しようとした夜神月は最後には「新世界の神」になり損ねて破滅するが、香月経四郎も最後は破滅する。不正役人の首をちょん斬り続けたものの、自分のやっとることは、ただの恐怖政治に過ぎないのではないか、という絶望心理に陥るしかなかったからだ。

まあ『ガンダム00』は地上波で夕方やってるアニメであるから、主人公ツナ夜神月や香月経四郎のようになる可能性は低いだろうが、せいぜい、(それで腐女子に人気が出るかは不明だが)空想的平和主義をホザくヘタレと化したりせず、私怨で殺気ギラギラを貫いてくれる事を支援するばかりである。