映画×ロケンロー備忘録




映画とロックを愛するフリーライターの雑記帖。映画におけるロックの使われ方についての雑感を徒然と書いております

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2004-08-12 華氏911

gakus2004-08-12

ブッシュ政権批判映画として注目されているマイケル・ムーア監督の「華氏911」を観た。

“怒り”の映画である。米国の一市民であるムーアが、ブッシュに向けた怒り。いったい何に怒っているのか? 疑惑の選挙で当選→警告を無視しての休暇三昧→9/11→米国民よりもビンラディン一族の救助を優先→9/11には関係のないイラク戦争。ブッシュが政権を獲得して以来してきたことが語られれば語られるほど、観ているこちらもブッシュへの怒りが増幅してくる。

ムーアが言っていたとおりのコメディーであることは音楽の使い方でも明らかで、ブッシュが在職機関の42パーセントを休暇で過ごしていたという映像にゴーゴーズ/GO-GO’Sの『VACATION』のサビが重なり、鉱脈というべき中東要人との会見映像ではR.E.M.の『SHINY HAPPY PEOPLE』が流れる。その歌詞“僕を愛してくれたら、そこに金や銀が輝く”とは、ブッシュが大統領の権限を利用して私腹を肥やしていることへの強烈な皮肉だ。

 しかしイラク戦争をも食い物にするにいたって、映画はだんだん笑えなくなる。愛国心をタテマエにしつつ、復興支援の名のもとに群がってくる“持てる者と、より持てる者”。代償はイラクの民間人と米国兵の死。徴兵された米国兵の多くは、失業率の高い街で徴兵された、先行きの見えない若者たち。“持たざる者”は、いいように利用されるだけなのである。

 イラクに出征していた息子を亡くした母親が、息子から最後に受け取った手紙を読むシーンで、不覚にも泣いてしまったが、それほどまでに映画はジョークから遠ざかっていく。そしてエンディングで流れるニール・ヤングの『KEEP ON ROCKIN’ IN THE FREE WORLD』。7月26日の日記で予想したとおり、ヤングのシリアスなメッセージは、よりストレートに映画のテーマを訴えるものになっていた。ムーアの当初の構想どおりTHE WHO『WONT GET FOOLED AGAIN』が使われていたらブラックジョークの比重がいくぶん増していただろう。しかし、ここまで観てしまうと、もう笑いたい気分ではない。というより、笑えない。

 観ている間中、映画に感化された米国の危ない観客、ブッシュが殺されたりすることもあるかも…などと考えた。しかし、それはムーアにも言えること。政治的に危険な映画を撮ったがために狂信者に命を狙われても、なんら不思議ではない。そうまでして、ムーアが言いたかったことは、ただひとつ“こいつが大統領で本当にいいのか?”。プロパガンダ映画と切って捨てる人もいるだろう。しかし大きすぎる敵を相手にして、それなりに影響力のあるメディアを使ってケンカを売ることは、なかなかできるものではない。そしてリスクを承知で訴えたいことを訴え、またそれによって観客の心を動かせる人が、どれほどいるだろうか。ムーアは命を賭けて「華氏911」を撮った。その一点だけでも、観るに値する映画だと思う。

 写真はR.E.M.『SHINY HAPPY PEOPLE』を収録した1991年の大ヒットアルバム『OUT OF TIME』。以前から政治意識の強かった彼らも、大統領選の直前にニューアルバムを発表するという。