映画×ロケンロー備忘録




映画とロックを愛するフリーライターの雑記帖。映画におけるロックの使われ方についての雑感を徒然と書いております

*過去に取り上げた作品についてはページ左下の一覧表を参照

メールは

こちら

はてなアンテナに追加→

2004-08-25 激情過剰

gakus2004-08-25

 マイケル・マン監督、トム・クルーズ主演のサスペンス「コラテラル」(10月公開)について。

 LAのしがないタクシー運転手(ジェイミー・フォックス)が、乗客の美しい女性検事(ジェイダ・ピンケット・スミス)と親しくなったまでは良かったが、その直後に乗せた白髪まじりの男(トム・クルーズ)によって災難に巻き込まれる。実はこの男、一晩で5人の命を奪おうとしている殺し屋。そうとも知らず、大金に釣られて彼に付き合うことになった運転手は、とんでもない災難に巻き込まれる…。

 虚無的で人嫌いのトムと、人間嫌いとは言わないまでも他人と距離を置いてつきあう典型的都会人のジェイミー。サスペンスの形式を借りながらも、そんな二人のやりとりは禅問答的で、シチュエーションを活かした教訓的人間ドラマに近い。そこで語られるのは都市の孤独や、夢と現実のギャップといった、都会人の心象風景の断面。「チェンジング・レーン」のバイオレンス版というか、サービス精神旺盛なスコセッシ映画とでもいうか、そんな印象を抱きました。

 マイケル・マン監督は骨太な作風で知られているが、音楽も例に漏れず。ギター・ノイズとパーカションの乱れ打ちをフィーチャーしたスコアで、アクションシーンをガンガン盛り上げる。そうかと思うと、LAの美しい夜景のなかをジェイダを乗せて走るロマンチックなシーンではGROOVE ARMADAの『HANDS OF TIME』をフィーチャーして、ソウルフルでアダルトな雰囲気をやたらと盛り上げたり。サウンドで過剰なほど情感を煽るのは、「マイアミ・バイス」のころからのマン監督の得意技。ここまでやり過ぎると、若い人にはダッセーと思われないか、ちょっと心配になるが…。

 印象的な場面に、路上に飛び出してきたコヨーテを、急停止したジェイミーじっと見つめるシーンがある。クライマックスに向かう直前、ジェイミーがトムとの戦いを決意する前の象徴的な出来事で、男気あふれるマン監督らしい名シーン。ここでオーディオスレイヴ/AUDIOSLAVEの『SHADOW OF THE SUN』が流れ出す。静かなオープニングからギターをギュワーンと言わせて転調する、このナンバー、ジェイミーの心の変化をわかりやすいほど表現している。これなんかも過剰な盛り立ての例だが、ここまでやられるとダサさを通り越して素直に燃えてくる。

 「マイアミ・バイス」以降も「ヒート」「インサイダー」でエモーション過剰な音楽を聴かせ、力を入れて男気を謳いあげたマン監督。ここまでやり続けると一種の芸だよなあと思う。竹内力哀川翔が、10数年前から演出過剰のVシネで主演を張り続け、ここ数年で認められたのであれば、マン監督のこんな選曲だって評価されていい…けど、この監督の場合は寡作だから仕方ないか…。

 写真はGROOVE ARMADA、2003年のアルバムで『HANDS OF TIME』を収録した『LOVEBOX』。