映画×ロケンロー備忘録




映画とロックを愛するフリーライターの雑記帖。映画におけるロックの使われ方についての雑感を徒然と書いております

*過去に取り上げた作品についてはページ左下の一覧表を参照

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2005-12-01 転がり出した石

gakus2005-12-01

 いろいろと事件があってゴタゴタの連続。ご心配をおかけしました。再開します。

 マーティン・スコセッシが撮った、ボブ・ディランドキュメンタリー「ノー・ディレクション・ホーム」。アメリカではTV放映された作品だが、日本では12月に劇場公開される。これが何と2部構成で、3時間30分の大作! 内容的には1960年代のディランに焦点を絞っており、音楽活動の始まり、フォークの覚醒、デビューと成功、そしてフォークロックの誕生と周囲の反発について、ディランの口から語られ、同時に当時のアメリカ社会…公民権運動、キューバ危機、ベトナム戦争…が検証される。

 トピカル・ソング(時事ネタを歌った曲)という言われ方を、ディランはキッパリと否定している。ディランに言わせれば“自分の知識を日集め、広く包括的な内容の歌を歌った"というこになる。しかし、それを社会的なメッセージとして受け止めた人が多かったのも事実。そんなファンは、後にフォークロックに転換したディランに大ブーイングを浴びせることになる。ともかく、詞に多くの意味を持たせるディランが素晴らしい詩人であることは疑いの余地がない。ビート詩人のアレン・ギンズバーグは、『激しい雨が降る』を聴き、ビートの精神が次の世代に受け継がれたことを知って泣いたという。

 音楽面では、ウディ・ガスリーやピート・シーガーなどから影響を受けたのは有名だが、興味深いのはステイプル・シンガーズやハウリン・ウルフもフォークの範疇で語られること。ソウルやブルースという言葉は出てこない。生ギターの音があって、それに乗った深い詞がある音楽。ジャンルわけが無意味に思えてくる。

 あまりディランには詳しくないけれど、簡単にひと括りにしてしまえるようなアーティストでないことだけはよくわかった…といった感想を抱いたところで第一部が終わる。第二部については、また明日。ジャケは今年の夏に出たディランの未発表テイク集『THE BOOTLEG SERIES, VOL.7:NO DIRECTION HOME』。一応、この映画のサントラになってます。