映画×ロケンロー備忘録




映画とロックを愛するフリーライターの雑記帖。映画におけるロックの使われ方についての雑感を徒然と書いております

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2011-12-06 真実は、いまだ見えず

gakus2011-12-06

 "オルタモントの悲劇"から、ちょうど42年。↓「オルタモントの真実〜メレディス・ハンターはなぜ殺されたのか?」を読了したばかりだったこともあり、改めて当時のドキュメンタリー映画『ギミー・シェルター』を見直してみた。

 念のため、簡単にこの映画の紹介を。本作は1969年ローリング・ストーンズが全米ツアーの締めくくりにオルタモントで行なった、50万人を動員するフリーコンサートの記録として製作された。が、それは会場で起こった殺人事件により、ラブ&ピース時代の終焉をとらえた映像と化してしまう。映画は悪名高き暴走族ヘルズ・エンジェルズのメンバーが、観客のひとり(メレディス・ハンター)を刺殺する模様をまざまざととらえている。

 「オルタモントの真実」の作者は、当時ストーンズツアーマネージャーだったサム・カトラー。ストーンズ・ファンにはライブアルバムGET YER YA-YA'S OUT!』の冒頭でバンドを紹介する声の主としておなじみ。『ギミー・シェルター』の中では会見やオルタモントのステージで、その姿を確認できた。

 映画ハンター殺害以前から暴力沙汰が相次いでいたことを描いているが、何度見ても衝撃的なのはビリヤードのキューで観客を殴り倒す暴徒の姿だ。映画だけ見ると、この暴徒はヘルズ・エンジェルズの一員に思えるが、カトラーの著書によるとキューを握っていたのはエンジェルズの取り巻きな予備軍だったそうで、彼らはエンジェルズに入りたいがために過剰な暴力をふるっていたという。

 カトラーによると、当初ヘルズ・エンジェルズは機材を守るため、500ドル分のビールをギャラ代わりにして雇われたとのこと。しかし映画を見ると一目瞭然で、ストーンズステージが始まるころには、彼らはステージ守護神のごとく立ちはだかっている。ここにも裏事情があり、当初は、あるうさんくさいスタッフ非番警官を動員してステージや観客の警備にあたることになっていた。が、そのほとんどは手におえないほどの会場の混沌を目の当たりにし、”こりゃ無理だ”と帰ってしまったという。結果的に、その役目がヘルズ・エンジェルズに回ってきた、というわけだ。

 DVDの監督らの音声解説でも語られているが、ヘルズ・エンジェルズは単なる悪役ではない。さまざまな要素が絡み合い、結果的に悲劇が起きてしまった、というのが正解なのではないか。

 見直してみて、改めて疑問に思ったのは、メレディス・ハンターはなぜ拳銃を所有していたのか? まだ、なぜあの場でそれを取り出さなければならなかったのか?ということ。ストーンズ関連の書物の多くは、それについてほとんど触れられておらず、ハンターは”かわいそうな犠牲者”として語られることが多い。先の疑問が解決されないかぎり、オルタモントの真実永遠に見えてこないのではないか、とふと思った。

 「オルタモントの真実〜メレディス・ハンターはなぜ殺されたのか?」の直後に発刊された、当時のオフィシャル・カメラマンの回顧録「オルタモントのローリング・ストーンズ」は、これから読みます

 ジャケは1971年、本作のサントラとしてリリースされたTHE ROLLING STONES『GIMME SHELTER』。

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