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2004-01-31

ネットアドベンチャー

 PROJECT MGS3にて、webアドベンチャー・ラビリンスが公開されています。

 PROJECT MGS3

http://homepage3.nifty.com/w-black/index.html

 ラビリンス

http://homepage3.nifty.com/w-black/lav/index.htm

 シナリオのひとつひとつが短いので、気軽に遊べますね。

 私が一番最初にクリアした時のエンディングは、グッドエンド1「ぼくらの21世紀」でした。面白いですよ。

感想

 仕事中ですがやってました。

 ノーマルエンディングが面白いな、うん。

 あとキャラクター紹介に載ってない人の設定が面白かったです。

 まだやっていない人がいると思うので、これ以上書きません。

フーゴ・ハル氏、テレビ登場

 夢時間によると、フーゴ・ハル氏がテレビ番組に登場するのだそうです。

 テレビ東京 「辰巳琢郎のリフォーム夢家族」

 放送日 2月15日 朝7:30〜8:00

http://www.tv-tokyo.co.jp/reform/

 週刊ゲーマニさんの記事で知りました。楽しみですね〜。

 あ、RPGamerのアンケートはがき出すの忘れた。

無個性戦隊 ○○レンジャー

http://nanana_m.at.infoseek.co.jp/m_ranger.html

 よくできてるなぁー。

 私はアクションゲームが下手なので、2面のボスを倒すことができません。

2004-01-29

漬け物

 私の部屋の北側の窓が開かない。よくみてみると、一冊の本がサッシの隙間に入り込んで、開閉の邪魔になっていた。

 本は、たっぷりの結露を吸い込んでいた。

 本を新聞紙に挟んで、上から温風ヒーターを重石にして水分を搾り出そうと試みている。

 水分が抜けきれていなくて、今のところあまりうまくいっていない。

休日

 友人と出かけた。

 私の家から車で10分ぐらいのところに、Oというショッピングセンターがある。25年前に開店し、もうすぐ閉店する。こういう状況なので、普段は売っていないものが売ってあった。

  • 売り物を陳列しておくワゴンが0円〜1000円。(汚れ目立つ)
  • 貴金属を陳列しておくガラスケースが15000円〜20000円(美品)
  • ゲームの筐体3000円(古い型)
  • ビートマニアの筐体8000円(売約済みかも)←これが一番びっくりした。

 陳列ワゴンやショーケース・陳列棚に値札が貼ってあるという状況が異常だった。なんだか買い付け業者になった気分であちこちをみてまわった。

 残念ながら、そこにあったガムボール販売機は売っていなかった。こういうの、結構好きなんだけど、買っても邪魔になるしね。

 さて、あちこち眺めていたのだが、20年ぐらい前に封印されていた寿司屋などの看板があらわになっていた。その看板をみると、忘れていた昔が蘇ってきた。

 このショッピングセンターは開店当時、家族をターゲットにしていた。そしてそのコンセプトは、当時斬新だった。まず子どもが遊べるように大型すべり台などがあった。日曜日には、アトラクションがあった。おとうさんが暇を潰せるように、パチンコがあった(これは今でもある)。本屋やおもちゃ屋もあって、私がこどものころによくかよったものだった。今でもたまに夢でみる。ここはホームセンターが店舗の一部を買い取ったり、100円ショップが入ったりと、何回も生まれ変わったが、最初の印象が一番強い。第二次ベビーブームのこどもたちが大きくなると、こども向けのつくりを変えなければいけなかったのかなぁ、と思う。デパートの屋上が寂れていった、あの光景に似ている。

 持ち帰るほどのものもなかったのでここを出た。このあとあちこちまわったが、なんかここで疲れてしまった。

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2004-01-27

ノベルゲームの鮮度

 物語伝達の媒体としてのゲーム

http://amanoudume.s41.xrea.com/cgi-bin/mt/archives/000069.html

 新しい物語伝達メディア

http://artifact-jp.com/mt/archives/200401/storymedia.html

 ノベルゲームがそろそろ新鮮味を失っている、という話。

 こういうの、詳しくないけど、やっぱり気になる。

[]二人の作家の共通点

 ところで、ARTIFACTに紹介されているTINAMIXを覗いていたら、大塚英志氏の話が載っていた。

http://www.tinami.com/x/review/12/page1.html

初期の大塚作品では常にこの「鉄壁のごときゲームの規則」が描かれ、登場人物はそれを逸脱しようとしない。このため、さまざまな起伏を孕むストーリーが展開するにもかかわらず、いずれも奇妙に平板な印象を与える作品になっている。『多重人格探偵サイコ』もまた、こうした作品の延長線上にあるが、ただひとつ、それまでの作品とは大きく異なるポイントがある。『サイコ』の登場人物はいずれも「ゲームの規則」の存在を意識しており、懸命にそこから出ようとするのである。そのもがき方は一種異様で、ときとして「暴発」としか呼びようのない行動を取ることすらある。この一点で、『サイコ』は従来の大塚作品とは、大きく趣を異にしているのである。

 これ、どこかで見たことがあると思ったら、保坂和志氏の書いた本に近いことが書いてあった。

 テーマの代わりにルールを作れ、という一文だ。

http://d.hatena.ne.jp/gamebook/20040116#p2

 二人の目指すものは全然違うと思っていただけに、印象深かった。

 小説であれ、物語であれ、またゲームであれ、面白さを生み出すエンジンには共通のものが存在するのだろう。

[]ルール

 ゲームブックでも、新しい規則やルールについて、検討する必要があると思う。

 この点で、最も先鋭化している作家は、フーゴ・ハル氏である。

 ちょっとこちらの作品を見ていただきたい。

http://www.enpitu.ne.jp/usr7/bin/day?id=79672&pg=20040105

 奥谷氏はフーゴ・ハルその人である。

 読者の指が得点となり、また制約になるというアイデア。読者はこのルールの限界を考えて行動を決定するわけだから、単なるアイデアの域を越えている。まさしく新しいルールだといえよう。

 他にアイデアはないかちょっと探してみる。

  • 成功の逆が失敗ではなくトラブル発生な判定系

http://www.trpg.net/ML/kataribe-ml/26500/26563.html

 判定の失敗や戦闘の敗北が、即死になる状況に疑問を持ってもいいと思う。即死すべてを否定するつもりはないが。

  • うそがうそをよぶ

http://d.hatena.ne.jp/gamebook/20031228#p1

 主人公がうそをつくもよし、正直になるもよし。ただし正直を通すと行動範囲は狭くなる。うそをつけば、ばれないようにふるまう必要がある。

 また何か思いついたら書きます。

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2004-01-23

ピューと吹く!ジャガー」という漫画に、レスラー仮面というキャラクターがいる。

 彼は散々場を引っ掻き回したあげく帰ってしまう。そしてその場に残っていたジャガーが「なぜ覆面レスラーじゃないんだろう」とポツリともらす。

 指摘されるまで私は気がつかなかった。そのせいもあってか、このギャグは私のお気に入りになっている。*1

 しまいこんだまますっかり忘れていたこのギャグをふと思い出した。きっかけは松平健・大地真央の離婚だ。仮面夫婦と呼ばれていたらしい。その瞬間

「仮面夫婦」→「覆面夫婦」

と脳内変換されてしまった*2。夫婦のマスクマンが、ちゃぶ台を囲んでなかよく食事している光景が思い浮かんだ。

*1:世の中には、覆面を被っていない覆面レスラーがいる→ストーカー市川http://www.gaora.co.jp/dragon/prfl/ichikawa.html

*2:ちなみに仮面は人間の社会性をも隠すが、覆面は社会性を隠さないという違いがあるらしい。

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/gamebook/20040123

2004-01-22

「世界最速」のサイコロ登場

 スラッシュドットの記事

http://slashdot.jp/articles/04/01/21/0845235.shtml?topic=42

 たのみこむ

http://www.tanomi.com/limited/html/00010.html

 軽いから簡単になくしてしまいそうな気がする……。

現実と仮想世界を融合させたモバイルゲーム

http://www.hotwired.co.jp/news/news/culture/story/20040121202.html

 書いてあることを実行しても、それほど面白そうに思えられない。

 たとえば、ニューヨークではほぼ毎日、デジカメを使ったオリエンテーリングが行われているらしい。テレビニュース番組でやっていた。これと差別化が計れるだろうか。

 2ちゃんねるマトリックスオフだったら、それが実行されるまでのプロセスと、積極的に参加することによって作っていく部分を参加者は楽しんでいる。

 それから電話ボックス近くにリムジンを置くということが、物理的な制限を表している。参加者が2倍になったら、2台のリムジンを置くというのだろうか。

 これだったらどこかにある廃墟を封鎖して、その中で遊んだほうがいいだろう。

95歳

 にんげんドキュメント 西陣織 102歳のプロデューサー より

http://www.nhk.or.jp/ningen/kiroku0401.html

 現存している源氏物語絵巻の挿絵は800年ほど昔の作品である。

 これをこれから千年残すとすれば織物しかない、と山口氏は考えた。70歳の決意である。

 千年未来の人に見てもらう作品を作るのだからあせらない。完成する前に死んでしまっても、それはそれで仕方がない、と山口氏は語る。

 ところで彼には職人仲間の友人が一人いる。一ヶ月に一度会って、一緒においしいものを食べたりしている。その友人は二つほど年下だ。

 二人の会話に、こんなやりとりがあった。

「俺たちも衰えたな。俺の仕事のピークは95歳だったけど、(お前も)それぐらいじゃなかったか」

 二人の意見は一致した。

 95歳という年齢に何が潜んでいるのだろう。全然想像ができなかった。

20歳

 話は変わるが、はるか昔に東京創元社ゲームブックのコンテストが行われたことがある。選考委員の一人は、最終選考まで残った作品の作者の経歴から「なぜか20歳を迎えるといいものが書けるようになるようだ」と書いていた(うろおぼえですみません)。

 これを読んだ時、私は中学生高校生か、という頃であった。早く20歳になりたいと思ったものだった。でも実際20歳になったら、ゲームブックは出版されていなかった。今でもこのことに引っかかりがあるから、今でもゲームブックを書いてみたいなどと思っている(のかな)。

余談

 世間では綿矢りさ金原ひとみ(両氏とも芥川賞受賞者)がそれぞれ19歳と20歳ということで、年齢(と容姿)ばかりに話題が先行してしまっている。「若い人の受賞」という扱いだが、中学生高校生の中には「あと何年かで私も19歳・20歳になる」ととらえている人もいるだろう。

 でも実際大人になったら、こどものころと世間の空気が違っているんだけど。

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/gamebook/20040122

2004-01-17

[][]想定

 前回(http://d.hatena.ne.jp/gamebook/20040116)の補足。

 遊学供瞥軍2)より ゲームの定義(http://d.hatena.ne.jp/gamebook/20031219)の続き

ゲームとはその思考の形態性を情報のやりとりに組み入れて、そこにルールペナルティをもちこんだものである。このこと自体はルールブックを読むようなもの、ちっともおもしろくはない。「おもしろさ」は自立していない。ところがそこにAとBという“想定の持ち主”が加わると、俄然おもしろくなってくる。それは関係の記述をめぐる思考のシフトにかかわる問題なのである。

ゲームにおいて、対戦者が、ある場面でどのように反応するのか」と考えることができるようになると、ゲームは面白くなる(かけひきができるようになる)。これと同じように、「物語において、登場人物が、ある場面でどのように反応するのか」と考えることができるようになれば、面白くなるのではないだろうか。

 そもそも「想定」は、「細部が全体を動かすという仕掛け」と蜜月の関係にあるのだろうと私は思っている。コマや登場人物が細部にあたり、それらの動きが指針になるのだろう。ルールペナルティは、射程や行動可能範囲を示す。プレイヤー・読者に対してここまで説明すれば、あとは自由に想定してくれるだろう。

 物語の場合、主人公がうまくいきそうになったら、作者は想定されうるハプニングをタイミングよく混ぜていく。読者の予想をいい意味で裏切ることによって、読者の感情を作品の面白みが増す。物語の基本のひとつだ。

 ゲームブックはこの種の「隠されたゲーム」を意識的に取り入れたほうがいいような気がする。「死のワナの地下迷宮」において、最初のほうに分かれ道が出てくるのだが、どちらに何人の挑戦者が進んだか足跡から推察できるようになっていた。行った先で挑戦者の死体を目にすると、「きみ」はその死体を遠巻きに観察する。つまり自分以外の挑戦者は、指針を与えてくれるゲームのコマだったのだ。ゲームブックはこういうことができるので、「想定」の取り入れに向いていると思う。ひょっとしたら、ゲームブックに期待されている「ゲーム」とはこういう部分を指すのかもしれない。

聞き手の想定

 前回id:mkomoyaさんからリファがありました。どうもです。

http://d.hatena.ne.jp/mkomiya/20040116

 乙一氏のインタビューから保坂和志氏のインタビューリンクされていて、そちらも読んでみました。やはり保坂氏は短編は書かないようですね。というか彼の創作方法で短編を書くのは難しいように思います。

 登場人物の反応が「想定」できるように、物語・小説の作者はキャラクターを作っていくのだと思いますが、そこで一定の約束事(?)を読者に提示することによって、キャラクター紹介をコンパクトにする方法があると思います。そのひとつが物語における登場人物の役割なのでしょう。

 この種の便利な道具を使わないのなら、登場人物の立場や性格の説明にかなりの紙幅を費やすことになると思います。

 保坂氏は、物語は聞くこと、小説は一人で読むことから発生したと書いています。物語の構造(主人公と敵対者の対立など)は、聞き手が飽きないように生み出された技術のひとつなのかもしれませんね。

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/gamebook/20040117

2004-01-16

 物語はいろいろなジャンルに浸透している。

 もし小説ゲームから物語を取り去ったら、まだ面白みは残っているだろうか。

(注)長いので、あらかじめ結論に誘導しておきます。(http://d.hatena.ne.jp/gamebook/20040116#p5

[]試行錯誤

 もってけドロボー! 斉藤由多加の「頭のなか」。 より

http://www.1101.com/head/index.html

http://www.1101.com/head/2004-01-10.html

公園の砂場のように、

試行錯誤をとおしてものごとの摂理を教えてくれる、

そういうのをすばらしいと思うのです。(省略)

誰がやってもみな同じ結果になるものは、

わざわざゲームとして作らなくても

いっそ映画のように線形の表現をとったほうがよい、

ということになります。(省略)

いいゲームとは、ユーザーによって変化するわけです。

だから古来よりゲームというのは、

紙やビデオテープのような

直線的なメディアでは実現が困難で、

駒やカードソフトウェアのように、

動的に組み替え可能なメディアが必要となるわけです。

  • いいゲームはユーザーによって変化する
  • 試行錯誤を通してメッセージを込めることができる

 本や巻物自体はゲームに向いていない、と。たしかにパラグラフがないと、基本的にゲームブックは成り立たないだろう(パラグラフ以外に直線的でない紙のメディアというと、辞書になるのかな)。

[][]脱物語

 書きあぐねている人のための小説入門(保坂和志著 草思社)

 保坂氏はかつてカルチャーセンターの講座の企画を立てていたことがあるのだという。だから物語論に関してはかなり詳しいようだ。ところが彼は、物語を学んでも小説は書けない、小説と物語とは異なると主張している。(なおあらかじめ書いておくが、彼は物語を馬鹿にしているわけではない。彼はストーリーとは、予想がつく範囲の中で、造りの巧みさを楽しむものだと主張している。)

 だから小説を書く際は、物語の当たり前を排除している。具体的な指針を書くと

  • 登場人物に役割を与えない
  • エンディングから逆算して書かない
  • テーマの代わりにルールを作れ

などがある。

[]問題を解く

 それでは彼は小説を何と定義しているのか。

  • 小説とは「細部が全体を動かすという独特の力学を持っている表現形態」である。
  • 小説の理想のひとつが、「解決不能に見える問題を提示して、それを解くプロセスを書いていくこと」である。そして「もしもこんなことが起きたら」というリアルな感覚の問いを見つけることが、小説を書くために必要である。
  • 問題を提示するのだから、テーマよりルールを明らかにすべきである。
  • 「物語」の場合だと、定型に当てはめたり、そもそもこの問いがエンディングから逆算されたものだったりする。物語の定型に当てはめてしまうと、リアルさがどんどん失われていってしまう。

[]細部が全体を動かす

 彼の主張する小説コンピュータゲームに置き換えてみると、「小説」の楽しみ方は、(箱庭)シミュレーションゲームの楽しみ方に近いのではないだろうか。「細部が全体を動かしていく」プロセスとゲームの試行錯誤とが似ていると感じる部分なのかもしれない。

 これは小説ゲームが近いというよりも、どちらも「細部が全体を動かす」感覚を楽しむ娯楽なのだろう。

[][]まとめ

 人をひきつける面白さの中には、このようなことも存在する。

  • 試行錯誤によって、何かがわかっていくこと
  • 細部が全体を動かしていくこと
  • 解決不可能に見える問題を提示して、それを解いていくこと

余談

 従来だったら保坂氏の言説は、「短編小説と長編小説の書きかたの違い」というものになっていただろう。小説に物語はいらない、と宣言しているところが興味深かったので掲載した。

 なお、この文章をもって「ゲームブックに物語はいらない」といっているわけではない。物語の中の魅力的な行間をいっそう深める、というゲームブックは存在するし、それはそれで面白いと思う(たとえばギリシャ神話三部作がそうだった)。

 いろいろな書きかたがあると思う。ゲームブックの可能性を少しでも広げていきたい。

2004-01-13

 id:hosiさんの日記が面白い。

http://d.hatena.ne.jp/hosi/20040110

 高校生ゲームブックを薦められたようです。

 さて、その続きは……。

http://e4.cocolog-nifty.com/e4/2004/01/post_20.html

http://e4.cocolog-nifty.com/e4/2004/01/post_21.html

「展覧会の絵」、気に入っていただけたようです。

 温かく見守っていきたいですね。

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/gamebook/20040113

2004-01-07

[]翻訳人。つなげる仕事はおもしろい! より

http://www.1101.com/translator/index.html

http://www.1101.com/translator/2003-01-06.html

誰かの受け売りですが、

小説を読む楽しさは二つしかない。

 身につまされるか我を忘れるかだ」

というのを読んだとき、

うまいこと言うもんだと思いました。

その両方を味わえる小説がいいんじゃないかなぁ。

感情移入できて、ハラハラドキドキするもの……。

「身につまされる」というのがいいね。あとの「感情移入」というフォローも好きだ。

 身につまされるということは、苦しさに共感してしまうということにあたるのだろう。

[]感情移入

 まぁこれは私だけかもしれないが、はじめてTRPGをやった時に、キャラクターに感情移入することができなかった。これはこれでいいかもしれないが、視野を広くしたいと思って、何回かトライした覚えがある。

火吹山の魔法使い」などの、初期のゲームブックの主人公はゲームのコマみたいな存在なので、小説のように読者側が主人公に擦り寄っていくということがあんまりない。

 あとTRPGキャラクターを作ったときに、名前を付けることに苦労した覚えがある。おそらく名前を付けるということに、何らかの境界があるのだろう。

 話は戻るが、結果的には感情移入に成功したと思う。キャラクター各々に名前を付け、主義を持たせ、それを遵守させることによって、ぼんやりと理解できたような気がする。まぁこんな回りくどいことをしなくても、キャンペーンなどでキャラクターを使いまわしていれば、もっと早く理解できたかもしれない。

[]悲劇

 感情移入はカタルシスを楽しむために存在するのだろう。ゲームブック悲劇といえばギリシャ神話三部作を思い出す。あとは……なかなか思い出せないな。悲劇テーマにしたゲームブックが少ないのは、ゲームなので達成感のほうを優先するからなのだろうか。あと根本的に、物語とゲームブックの楽しみに違いがあるのだろう。それでももう少し開発されてもいいような気がする。

 ゲームブックはある意味サドンデスが悲劇を成立させ難くしているような気がする。悲劇は遅効性の毒なのだ。

 かつてスティーブ・ジャクソンの「地獄の館」のなかに、凶悪な仕掛けが存在した。それは迷い込んでもすぐには死なないが、確実にデッドエンドになるパターンの存在である。これに手を加えて、「ロミオジュリエット」パターンを混ぜてみれば、新たな「悲劇パターンゲームブックができると思う。これはこれでうまくいきそうな気がする。

 主人公は修道士ロレンスか、ロミオの友人ベンヴォリオにあたる人物がいいだろう。パリスだったら、悲劇を通り越して喜劇になるな。

[]ロミオジュリエット

http://www.e-freetext.net/randj.html

 これを書くにあたって、「ロミオジュリエット」をはじめて読んだ。ロミオっていい人っぽいけど、人を殺すんだね。びっくりした。あとパリスってめちゃくちゃかわいそうだ。生きているだけでジュリエットの邪魔になるだなんて、これこそ悲劇だろう。もし「誰の味方になるか」と問われれば、私はパリスの味方になると思う。

TunamiTunami 2004/01/08 02:58 人間はある新しい概念に相応の呼称をつけて専門用語としたとき、その概念を完全に理解したことになるらしいです。また、昔の中国では「真の名を知られると、それを知った者に生死その他の運命一切を呪術的に左右されてしまう」という考え方があったようです。名前をつけるというのは、「(それを)自分のものにする」という作業の中で大切な手順なのでしょうね。

gamebookgamebook 2004/01/08 20:19 なるほど名前をつけるという行為には、「特別に区別する」という意味あいがあるのでしょうね。きっと社会が変わっても行為の意味あいは変わらないんでしょうね。

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2004-01-05

1月4日もブレナンデー?

 ハーマン・オクトーネ14世が夢時間にて、迷宮を公開しています。

http://www3.ocn.ne.jp/~stolz/grailquest/hugohall/maze01.htm

 うーん、よくわかんなかったです。

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2004-01-01

[]所有について

 新年からたわごとを。

 ゲームをいろいろと比較していると、TRPGユニークな面があることに気がつく。それはプレイヤーキャラクターの所有を認めたことである。TRPGの魅力の中に、キャラクターデザインが入ることに異議を唱えるものはいないだろう。この概念プレイヤーにデータの一部を委ねるというかたちで、ゲームの垣根を越えて広く普及した。それだけ「所有」は魅力があるのだろう。

 このTRPGから発生した流れとは全く別の源流がトレーディングカードゲームであると思う。いうまでもなく、カードの所有を意味する。それに付け加えて、オリジナルのデッキ(データの一種)を作ることもまた楽しみの一つである。

 ここで私が何をいいたいかというと、先に挙げた「所有」の他に、新しい「所有」がないものか探してみたいということである。見つけることができたら、ゲームに新しい流れが起きるような気がする。

 こんなことを、大晦日ファミレスで友人と話していた。2003年ドイツゲームをはじめて、いろいろと視野が広くなった一年だった。

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