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2009-02-16 備忘日録2/16、村上春樹「エルサレム賞」受賞スピーチ

●村上春樹受賞スピーチ、追記


2/20になって、このスピーチの全文を読むことができた。

後半を読んで、ものすごく驚いた。

My father passed away last year at the age of ninety.

「昨年、父が90歳で亡くなった」と村上氏は話している。


これまで、氏がお父さんのことに言及するのを見聞きしたことは一度か二度しかない。

おふたりのあいだにはなにがしか心理的な確執があるのだと理解していた。

私は一読者に過ぎず、評論家でも精神分析家でもない。不作法に個人的な事情に踏み込むような真似は慎みたい。

だが、氏の小説作品には父親という存在がほとんど登場しないこと、したとしてそれは『羊をめぐる冒険』における「右翼の先生」だったり、『ねじまき鳥クロニクル』における「ワタヤノボル」であったり、『海辺のカフカ』における「田村カフカの父」であるように、ある種のダークスター的存在として描かれること、などを考えると、お父さんの存在が村上氏の創作活動になんらかの影を落としていたことはいえると思う。

He was a retired teacher and a part-time Buddhist priest.

When he was in graduate school in Kyoto, he was drafted into the army and sent to fight in China.

As a child born after the war, I used to see him every morning before breakfast offering up long, deeply-felt prayers at the small Buddhist altar in our house.

One time I asked him why he did this, and he told me he was praying for the people who had died in the battlefield.

He was praying for all the people who died, he said, both ally and enemy alike.

Staring at his back as he knelt at the altar, I seemed to feel the shadow of death hovering around him.

この、在りし日のお父さんの姿−−毎朝、読経を上げる父親と、その姿を見つめる春樹少年という情景が、一枚の写実画のように浮かんでくる。

そこに村上春樹の最初の短編「中国行きのスロウ・ボート」が重なる。それはまっすぐに『ねじまき鳥』で描かれたノモンハンにつながってゆく。そして現在のガザへ。

なんというか、去年でも来年でもなく、今というときに彼は、行くべくしてエルサレムに行ったように思えてきた。


夏に出ると予告されている新作を心待ちにしている。


Always on the side of the egg By Haruki Murakami, Haaretz, Israel News

【英語全文】村上春樹さん「エルサレム賞」授賞式講演全文/47トピックス

【日本語全訳】村上春樹さん「エルサレム賞」授賞式講演全文/47トピックス

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