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2008-11-19

毎日新聞の誤報、ミスよりも深刻な社会部的な取材手法

毎日新聞が、元厚生事務次官宅の襲撃事件で「ウィキペディアに犯行を示唆する書き込みがあったことが分かった」と報じたのが間違いであったことがネットユーザーに指摘され、お詫びを出す事態になっています。

どうやら記者が単にウィキペディアの時間設定を知らなかったという凡ミスのようですが、「ネット君臨」「WaiWai」と連続してネットで痛い目に合っているにもかかわらず、ネットへの理解が進まないことに呆れます。新聞社における記事の流れは、記者→デスク→整理部・校閲部という感じで進みますが、年齢を考えてもデスクや校閲者が記者よりネットに詳しいということは考えにくく、仕組みを作っておかないとまた間違いが起きるでしょう(最近、J-CASTニュースなどのウェブのミドルメディアの記事が、同じような内容で新聞で「特ダネ」扱いとして掲載されることがあるのも同じ構造です。要するにデスクが知らないから「特ダネ」になってしまう)。

誤報やネットへのリテラシー不足よりも問題なのはその取材手法です。すでに消されてウェブ魚拓に残っている毎日の記事元次官宅襲撃:事件6時間前にネット書き込み…犯行示唆に『アクセスの記録などから書き込みがなされたパソコンが特定できるとみられ、捜査本部は慎重に調べている』という文面があります。これは、毎日報道「ネットに犯行示唆」は誤報という産経新聞の記事の『書き込みの内容は、参考情報として、捜査当局にも伝えていたという』で明らかなように、記者がウィキペディアの書き込みを見つけて警察に伝えて記事にしたものです。

警察は毎日の記者から情報を聞いたら「調べる」でしょうが、消されている記事をみてそのような意味としてとらえる読者は少ないでしょう。あいまいな記事の書き方はマスメディアにも警察にもメリットがあります。マスメディアは「捜査本部は調べている」とまるで情報主体が警察にあるように書くことで責任を回避できますし、警察は情報の非対称を利用して記者をコントロールすることが出来ます。

このようなマッチポンプは、社会的にインパクトのある凶悪事件のたびに繰り返されています。報道されていた目撃情報と逮捕者が違っていたということがありますが、それは記者が現場で見たことを警察に伝えて、否定しなければ「捜査本部は調べている」「捜査本部もこの情報を把握している」と書いているからです(例えば、神戸連続児童殺傷事件では、「黒いポリ袋を持った30-40歳代の中年の男性」「黒いブルーバード」という犯人像がさかんに報道された)。

このときに警察官が「警察の調べでも黒い車が目撃されているよ」と言うのはほどんとなく、「ほう」とか「なるほど」とか、単にうなずいているだけというのもあります。否定しなければGOサイン。「書き飛ばし(記者はスクープ合戦と思っているかもしれないが)」は無責任な報道や警察との癒着の温床になっており、ネットの知識がなくミスしたことよりも、よほど深刻な問題なのです。

追記:今回のような公権力に依存することによる責任回避と反権力のアンビバレントは、下記日経IT-PLUSの記事に書いた近代啓蒙主義の枠組みで説明できる。新聞の中でも特に社会部はこのステレオタイプな枠組みのまま思考停止してしまっている。

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