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2011-11-10

オリンパス報道で明確になった日本の大手マスメディアの当局依存

オリンパス報道は「適切だ」と主張していた会社が一転して会見し、損失隠しを認めることになりました。

ここに至るまで日本大手マスメディアの存在感はほとんどありませんでした。問題に火をつけたのは月刊誌の「FACTA」で、解任されたウッドフォード元社長側の意見や企業買収の問題点はフィナンシャルタイムズなどの海外メディアが報道。大手マスメディアはFACTAを無視する一方で海外メディアからを引用、独自記事はほとんどが会社側の主張を紹介するだけでした。報道トーンもおとなしく「ライブドア事件」や「小沢一郎氏の問題」とずいぶん違うのではないか、という指摘もネット上にあります。その原因は当局依存にあるといってよいでしょう。

海外メディアが先行した今回の報道についてはgooニュースの加藤さんの記事にまとまっています。

「日本特殊論」をうまく利用し、「身の危険を感じる」と記者とのコンタクトがスパイ小説のようなウッドフォード元社長の作戦勝ちもあるでしょうが、これまで海外メディアの報道は知ることが出来ませんでした。これほど話題になったのは、各社の日本語サイトがあるほか、フィナンシャルタイムズの記事をすぐに邦訳したJBpressの活動も特筆するべきでしょう。

大手マスメディアが報じませんでしたが、オリンパスは海外メディアと独立メディアによって堀を埋められていきました。読者である私たちはネットや新聞を見比べながら、それぞれの報道機関の姿勢を知ることができました。

それにしても、「ライブドア事件」や「小沢一郎氏の問題」となぜこんな違いが出てくるのでしょうか。オリンパス報道は、FACTAから始まり、それを読んだウッドフォード元社長が調査を行ったという流れです。ここには当局は出てきません。当局というのは、証券取引等監視委員会であったり、東京地検特捜部であったり、警視庁や東京証券取引所経済産業省などです。

このような当局の動きを報じる姿勢に、「小沢一郎氏の問題」の際にリーク報道が批判されました。それに対して「取材の結果」「リークではない」という反論が大手マスメディア側からありました。2011年2月に出たメディア総合研究所の「提言・検察とメディア」には下記のような文があります。

ほぼ一年前、新聞としては異例なことが起きた。主要五紙の社会部長らが、小沢政治資金疑惑をめぐる「リーク報道批判」という同じテーマについて相次いで「反論」記事を書いた。主張の内容は、検察取材は困難なもので「地をはうような取材を文字通り、命を削って日々行っている」(産経)と取材実態を説明し、「当局のリークで書いている記事はない」(朝日)との趣旨で共通している。ただし、一部には「だから報道を信じろ」と“居直り”とも感じられる論調があったのは残念だ。「集めた情報の中にすら、ある意図を持って流されたものがあるのを経験的に知っています」(東京)や「結果的に検察の意図が働いたかのように見えるケースもあるかもしれない」(毎日)といった謙虚な説明もあったが、各「反論」で読者が納得したかというとやや疑問だ。

各社は取材もしているし、意図にも配慮しているともしていますが、今回のオリンパス報道を見て、本当に取材力があるのか疑わしくなってきました。問題があれば当局の動きがあろうと、なかろうと、関係者を取材をして報道すればいいのです。しかしながら、本筋はFACTAや海外メディアばかりでした。そこには当局が動かなければ書けない大手マスメディアの姿が浮き彫りになっています。

なぜ、書く際に当局が必要か。それはリスク回避でしょう。記事に当局の動きを書くことで「これはメディアが独自にやっているのではなく、当局も関心を持っていますよ」と思わせ、責任を当局に押し付けることで責任の所在をあいまいにするという手法です。これが、書き得であり、書き飛ばしを可能にする構造です。当局にもメリットがあります。当局側はマスメディアが勝手に報道しているから知らないと言えるし、メディアが報じているから捜査もやりやすくなります。いわば共犯関係なのです。

さらに、意識の共有というのもあります。ライブドア事件の際に特捜部長が「額に汗して働く者が報われる社会」と言って話題になりましたが、このような社会への見方がメディアの記者、書き手に横たわっているからこそ、情緒的なライブドアバッシングへとつながっていくのです。オリンパスではあまり情緒的なバッシングは見かけず、「海外からの目(投資)が」や「海外で大きく取り上げられている」というトーンには、日本ではこのようなサラリーマン経営の闇の部分があるということにシンパシーを感じている書き手がいるとも思わせます。海外がどう見ようが、不正は許されるものではないはずです。

もちろん、すべての記者やメディアが当局依存だと考えたくもないですが、これほど注目されている報道で不発だったのを見ると取材力と当局依存が問われても仕方がないでしょう。今後、監視委や特捜部が動けば、「監視委が関心を持っている」「特捜部が」といった言葉が文中に入った報道が洪水のように行われるかもしれません。

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