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2011-01-21

[]非営利団体の運営にも経営視点や資金が必要という当たり前のこと

2011年1月20日のツイートを再編集しています。

このエントリーは @newsworker さんこと美浦さんの『マスメディアが担ってきたような組織ジャーナリズムは今後は非営利(NPO)化でやるしかないのかもしれない』『だから新聞社経営の話じゃないんだけど…。新聞って営利企業でしかできないのかな』とのツイートに端を発したものです。いくつかの意見がツイッターで交わされていますので確認してください。

非営利団体と経営の話が無関係であるというツイートは非常に残念な気持ちでした。アメリカのように、組織ジャーナリズムを非営利団体が担う可能性は日本でもあると思いますが、その実現を阻むのは非営利団体だけでなく勉強会のような団体運営にも、経営視点や資金が必要という当たり前のことが理解されない現状ではないでしょうか。

まず、議論の前に非営利という言葉からイメージされるNPOやNGO活動の財政状況を確認しておきます。有名なユニセフは年間168億円、日本フォスター・プラン協会(プラン)は35億円の募金を持ちますが、欧米には5-600億円の募金を集める団体もあり、日本はファンドレイジング(寄付を集める、つまり資金調達)が弱いとされています*1

非営利であれば、なおさら経営的な考えが必要です。

まず、組織がある時点でマネジメントが必要になります。いくら崇高な目的があっても人が参加し、自発的に動いてくれるとは限りません。お金や地位というインセンティブがある企業とは違い、非営利の場合は目的やモチベーションが重要です。上司や部下の関係もつくりにくく、指示しても話を聞くとは限りません。

次に活動維持の資金が必要になります。人が動き、集まるだけでお金がかかります。都内であれば打ち合わせの会議室代、マックやスタバも飲食費が必要になります。

人のコストもあります。集まって話しているということは学生ならアルバイトなど収入を得ることが出来ません。大企業やマスメディアにいるとこの部分のコストに気付かない人がいます。平気でベンチャー企業家やフリーエディターやコンサルタントをご相談などといって呼び出すのはここが分かってないから、フリーの人にとっては時間が最も貴重です。蛇足ですがここがコストという理解がないので無駄な会議が減らない…

未来をつくる図書館―ニューヨークからの報告― (岩波新書)

活動資金集めは、ベンチャー企業だけの課題ではないのです。

アメリカ公共図書館を取材している菅谷明子さんの「未来をつくる図書館ーニューヨークからの報告ー」には資金調達や広報を専門に行う担当者がいて、工夫を凝らしてお金を集めていることが書かれています。とてもよい本なのでぜひ読んでください。

非営利活動だけでなく公共セクターもそうですが、いわゆる「いいこと」をやっている団体が多くありますが、だからと言って人がお金を出すかというとそうでもありません。営利企業よりむしろ資金調達は難しい。その理由は、日本ではお金の話をすることが嫌われる傾向にあるからです。

最近のタイガーマスク運動にしても、金を出すのではなく物を贈ることがニュースになる。取材に対して必要なのは資金と人材(人を雇う予算ということであった)と率直に語る施設もありましたが、結局のところ美しい物語として消費されそうになっています。「活動するのでお金が必要」とストレートに言いにくいのは施設だけでなく、あらゆる活動に通じます。

美しい物語を増産するマスメディアは、活動に何の有益性もないどころか害悪でしかありません。資金について話しても記事にならない、世のため人のためにお金もかけずにやっているという美しい記事の枠にはめられて困っている団体運営者にも会ったことがあります。ジャーナリズムには、本質的な問題を取材し、世に問うのが役割のはずです。

私自身もいくつかの団体を立ち上げたので経験していますが、「活動資金が足りているか?」「出そうか?」と言う人は驚くほど少ないのです。中には、いつも活動にきて何にも手伝わないのに運営を批判する人がいます。経営は、人・金・物といわれますが、物はまだしも人と金の問題をストレートに言いにくい中で、活動されている非営利団体、特に常勤の職員を持っている運営は本当に大変でしょう。

ですので、非営利団体の活動は尊敬していますが、問題がないわけではありません。お金や人の管理が甘く、活動が続けられなくなってしまう団体も多い。あとは自分達はいいことをやっていると自家中毒になっているタイプも。お小遣いで飲んだり食べたりしながら活動するのは「趣味の団体」「自己満足」です。これでは活動が広がりません。

非営利に、マネジメントも経営も無関係と思っている人は、一度目的に即したグループを作って活動してみるといいでしょう。給与や地位・肩書きがある企業で、マネジメントやリーダーシップが出来ていると自信がある人も、企業組織による底上げがなくなった時に人としての実力がわかります。会合、イベントの収支計算をやってみてください、活動を周知する広報はどうでしょう、団体のブランディング、戦略は、考えることは山ほどあるし、鍛えられるでしょう。

ツイッターでの反応で気になったものをピックアップします。

@nyantomoco:米国のNPO系メディアは市民や地元企業や富豪に支えられてます。ファンドレイジングは当たり前の活動でボランティアがそこに参加します。

@nyantomoco:アワプラの最新レポ(米国の非営利NPOやメディア教育)も参考になりますよ。→躍進する非営利メディア〜米国メディア報告(2)(OurPlanet-TV)

@beicun:小さな非営利活動に複数かかわってきた経験から、継続して金が回る仕組みをまず作らないと持続しない。それが実は最も重要。

@beicun:ちょっと手伝ってくれる人の中にすごいクレーマーが出ることも。自分が支えているという意識が強く、しかも使われている身ではないので指揮命令を受け入れる心構えがない。

@masumind:日本では非営利という名称が誤解の元では。とにかくお金取っちゃいけないと思われがち。ボランティアも日当は無償でも経費は必要というのが判って貰えません。事務スタッフの人件費は別途必要です。サービス=無償というのと同根の様に思います。

@tacohtk:非営利は配当しないって意味なんで、マネジメントできないのは組織じゃないんで

@assamtea:まだまだNPOという存在や市民参加の仕組みづくりというものを社会に広めてゆかねばいけない状況と理解しています。自分が活動したり楽しんだりする場のコストは自分が負担するものという意識を皆が持てるようにしたいものですね。

@hopetrue こと宮島さんからは、私が活動のメリットを享受しながら批判する人をフリーライダーと呼んだことに、変化の可能性や多様性確保、寛容性が必要ではないかとの指摘もいただきました。

その必要性は認めています。対話をすべきというのも非営利的な団体に求められがちなことです。しかし、経営基盤が脆弱な組織にとってちょっと手伝ってくれる割りに批判を言う人と対話するのはコストが高すぎます。

対話のコストという言葉だけでも批判されそうですが…どんな人とも対話して、関わりを増やすのは理想的だし、やれるならやりたい。でも、そういう人に対応るすために積極的に参加してる人が疲れたり、離れてしまったりすることもあります。

組織の規模や資金、体制を無視して、「○○しなければならない」と決めてしまうと、結果として運営の選択肢を狭め、持続的な活動から遠ざかる気がします。負担が重いのに、周囲は「やるべき」と言い、団体も引き受けてしまうよりも、出来ないことは、出来ないと言って、周囲もサポートするほうがプラスのスパイラルとなるのではないでしょうか。自分が学ぶ場は自分たちで負担していくという意識が広がることを願っています。

非営利組織の経営―原理と実践

私が運営している「日本ジャーナリスト教育センター(JCEJ)」は、ジャーナリストという個が切磋琢磨する場です。参加は広く呼びかけますし、業界や年齢を超えてどのような人にも開いていますが、学ぶ意思がない個人まで引き受けることは現状難しいです。このように運営の方針や現状を明らかにしておくのは大切だということも改めて知ることが出来ました。

最後に、非営利と経営が関係ないと思っていた方に、ドラッカーの「非営利組織の経営―原理と実践」を紹介しておきます。あまり人気がないようですが、非営利に限らず組織マネジメントにも大変参考になります。そういえば、ベストセラーのもしドラの舞台も非営利(公立高校野球部)でしたね…

【関連エントリー】

2011-01-14

[]なぜ「自分の頭で考える」ということが難しいのか

2011年1月13日のツイートを再編集しています。

「自分で考えて」と言うと正解を求める人がいます。それは「考えて」という言葉に、教師や上司の「正解」を暗に求めるコードが埋め込まれているからでしょう。大学でメディア・リテラシーという考えるトレーニングの講義をやっていても、「間違っていないか心配」「こんな平凡な意見でいいのでしょうか(特別なアイデアが出せるなら苦労はしない)」と大学生から、不安の声や時には不満すら出ます。

多くの人が平凡であり、いわゆる世間的(と言っていいのか分かりませんが)正解でなくても、自分で考え抜いた末の意見を表明してほしいのですが…教育と社会の状況を考えると仕方がないところがあり、「最近の大学生は自分の頭で考えない」とステレオタイプな若者批判をするつもりはありません。ツイッターでのやり取りにもあるように社会の構造的な問題があるからです。また、基本的に学生だからここまででしょ、とは思っていません。人間は可能性があるし、若いから伸びるという部分(むろん年齢ではないところもあるが)もあると考えています。

@fujisiro:自分の頭で考えろ、と付き返すと、大人の正解を探ることを考える学生がいる。まあ、そういう教育しかしてないし、社会に出ても「考えろ」といいながら、実は会社や上司の正解を当てることを求めることがあるので、仕方がないところはあるんだろうね

@masumind:藤代さんには愛がありますが、通常、圧迫的に追い詰めたら、相手の期待する答えに合わせて早く楽になろうと考えがちになる恐れ。問う側に明確な答えが無い場合は、更に悲惨な事になります。

@fujisiro:そうですね。でも、表現に明確な答えなどあるんでしょうか

@masumind:謙虚に持続的に考えるしかないんでしょうね。それは私達も同じです。答えは一つではないといつも言ってます。

@fujisiro:私自身も考え続けています。表現はギリギリのところまで考えた末、ここまでか、と絞り出すものではないかと。だから、いつも振り返ると恥ずかしい

@fujisiro:自分の頭で考える、というのはそのオーダーを出す側のリスクも高い。テンプレートどおりにやったほうが早いに決まってる。手間もかかるし、腹がたつこともある。でも、表現を志すものならば、苦しい中でも、どんなに平凡なアイデアでも、自分の中からつむぎだしたものが原石なはず。

@akio999:で、出てきた回答に「ほんとにそれでいいの?」と聞き返すと、また黙ってしまって

@fujisiro:なぜ、見たようなw さらに「じゃあ、どうしたらいいんですか?」って逆切れというのがパターン

@akio999:結局、自分で納得した回答を出すことに意味があって、正否はどうでもいいと思う。間違いなら直せばいいだけ。どうしたらいいのかとの逆ギレは、嫌がらせと受け止めたのか、ただノープランなのか

@fujisiro:正解を知りたいんじゃないかな

@akio999:考えることが無駄だと思ってたりして。なんでもググってしまえる世の中は果たして人間にとって良いことなのか。いや、極端な話ですよ

@fujisiro:ググル=考えない、と言ってる人が多いんだけど、検索キーワードを入れるのは結構頭を使うよ。ググってすらいないという笑えない状況があったりする

@akio999:ああ、確かに「ググる=考えない」は語弊があるな。記憶しようとしない傾向は出てると思うけど。ググりもしないか。深刻だな。お前さんの存在価値は何?って言いたくなってしまう

@fujisiro:でもね、右肩上がりの時代、考えるのはリスクだったんですよ。他と同じでも成長するわけだから

@akio999:そのつけが今まさに…。必要だと分かっているけど、そっちに投資できない企業がなんと多いことか。

@fujisiro:これまでのやり方を新しくはできないんじゃないかな?これまでの人が

@akio999:新成人が内向きだとか言い切っちゃってたどっかの新聞の社説は、ある意味で世相を表現してるってことか。会社に頼ってはいけない時代に終身雇用や安定を望む学生が多いこともまた悲劇。

@fujisiro:世相っていうか、考えたことないので、無理なんじゃないの?新聞だって、学生だって右肩上がりの社会構造のなかで来たわけで。急に言われてもねえ…ってところでは

@fujisiro:「最近の若いやつ(別に、テレビでも、なんでもいいのだが)はリスクトラねーな」とかいってる中高年がいるわけだが、右肩上がりでリスクとるのと、沈下状況でリスク取るのは、状況が違いすぎるってのが分かってない時点で、もうお寒い。

@fujisiro:あと、「俺(私)は会社で好きにやってきたんだから、お前もやればいいじゃないか」ってのも同じ。右肩上がりだと組織に余裕もあるし、要するに放置プレイできたってこと。いまはそれも難しい。

@akio999:黒船や戦争みたく外圧がないと、この国は変われないのかな?こんどは何だ?

@fujisiro:外圧に頼らず自ら変わることが求められてるんじゃないですかね。自ら分かることはとても難しいです、人に責任を押し付けることもできないしね

@akio999:意識差は徐々に埋まるものなのか。気づいた人から小さくてもアクションを起こして、伝播させていくしかないんだな。伝え広げるという意味では、昔より手段が増えてやりやすいのでは

@akio999:空気を読むことだけで世渡りする癖が身につくと、失敗も空気のせいにしてやりすごしてしまう。空気は自らが出している、責任は我にあるという自覚を持たねば

ツイッターでのやり取りでもあるように「自分で考える」と言われながら、正解を求めてしまうのは大学生に限らず社会人でも起きていることです。それは、これまでの「考えてみろ」が、指示している上司の気持ちを斟酌しろであったり、組織の空気を分かれ、にあったことが原因でしょう。「最近の若者は考えない」と言っている人は自分の意見に賛同してないということかもしれないし…「考えろ」と言うのは簡単ですが根深い問題が横たわっていそうです。

2010-12-21

[]『人間は歴史から何ものをも学ばないことを、歴史から学ぶ』日本軍「戦略なき組織」失敗の本質

2010年12月21日のツイートを再編集、参考に執筆しています。

久しぶりに空港の書店で「Harvard Business Review (ハーバード・ビジネス・レビュー) 2011月1月号」を買いました。戦艦大和のイラストとタイトルの『日本軍「戦略なき組織」検証失敗の本質』が目についたからです。

Harvard Business Review (ハーバード・ビジネス・レビュー) 2011年 01月号 [雑誌]

『人間は歴史から何者をも学ばないことを歴史から学ぶ』というのは、元防衛大学教授の杉之尾宜生による、ノモンハン事件「失敗の教訓」情報敗戦:本当に「欧州ノ天地ハ複雑怪奇」だったのか、の締めくくりに書かれている言葉です。

戦史からマーケティングやリーダーシップ、組織のあり方を学ぶのはHBRに限らず、ビジネス誌に良くあるパターンですが(戦国武将から見る部下掌握術といったもの)成功事例には自分を投影し、失敗事例は他人事や物語として消費してしまうといったことがあるのではないでしょうか。自分事として考えを深め、行動の参考にするために使うことを前提に読むと、答えが簡単に出るものではなく、そのタイミングにおいての判断の正否も難しいものです。

ノモンハン以外の特集の論文は5本

  • 求められる「現場感覚」「大局観」「総合的判断力」戦場のリーダーシップ(野中郁次郎 一橋大学名誉教授)
  • 山口多聞に見る理性と情熱のリーダーシップ 危機に積極策を取る指揮官(山内昌之 東京大学大学院教授)
  • 昭和期陸軍の病理 プロフェッショナリズムの暴走(戸部良一 国際日本文化研究センター教授)
  • 戦艦大和特攻作戦で再現する合理的に失敗する組織(菊澤研宗 慶應義塾大学教授)
  • 生産現場から見た太平洋戦争 航空決戦と「航空機産業」の崩壊(新治毅 星槎大学教授)

です。

山口多聞司令官に関する論文は少しifと英雄視が過ぎる気もしますが、状況が刻々と変わる戦場、かつ大敗の中で一矢報いたという状況、大局観とリーダーシップは参考になるのですが、何よりこの論文が興味深いのは山口司令官の戦いを英雄的なものでなく、歴史的な敗戦局面でしか最大の効果を上げることが出来なかった悲劇としての側面から書いていることです。

山内教授は『山口が命であがなった悲劇の教訓を真摯に学ぶのは、現代に生きる日本人に残された課題』(表現が大げさな気がするが…)としています。教訓の一つに年功序列とハンモックナンバーという帝国海軍の人事制度があります。順序を待っていれば戦争は終わっていたという計算もあるようで、山口司令官がリーダーシップを発揮できるのは、主力空母の「赤城」「加賀」「蒼龍」が戦闘不能になった状況で、指揮を引き継ぐ序列を飛び越え「我レ今ヨリ航空戦ノ指揮ヲ執ル」(航空戦としているところで配慮しているとの説もあるようだ)と宣言してから。会戦での大敗が濃厚になってからでなければ指揮する事はできなかったことこそ悲劇でしょう。

それに、山口司令官は艦長とともに海に沈んだことを美しい、武士道だ、と評価する声もありますが、貴重なリーダーを失ったと考える事も出来る訳で。論文でも責任を取らず栄転していった他のダメ軍人と比較されているのですが、ダメ軍人が生き残り、責任感ある人が死を選ぶという構造も大きな問題ではないでしょうか。

例えば、既存のマスメディアも一部のオーナー企業を除いて年功序列が強いですが、そうなるとネットをよくわかっている世代が経営判断をする頃にはビジネスの勝負所が「終わってる」というパターンがあり得そうですし、これは既存マスメディアに限らず、該当する組織がありそうです。

なぜ上司とは、かくも理不尽なものなのか」などの著書がある菊澤教授による大和出撃の意思決定プロセス分析もユニークでした。

取引コスト理論を使って特攻作戦を分析、大和を温存したまま戦いに敗れた場合という想定をし、卑怯者と言われる心理的負担や特攻が繰り広げられる中で温存できない状況、戦利品として見せ物にされる可能性などから、特攻が合理的と判断したのではないかとしています。このような、後から考えれば、もしくは他の組織から見れば、どう考えても非合理なことが、組織内で合理的であるというのも良くある話です。組織の外や消費者とは無関係な仕組みや慣習、改めようと思っても大変な事が分かっているので誰も改めない、ということがあるなら大和特攻と構造的には同様で笑うことは出来ないでしょう。

個人的に一番良かったのは航空産業の崩壊です。

失敗の本質―日本軍の組織論的研究 (中公文庫)

技術的に未熟なのにもかかわらず産業の育成を怠り、経済性を無視して多数の機種と改良を重ね、陸海で規格の統一もされておらず、エンジンなども多数あったため生産効率が悪かったが、アメリカは機種を絞りこみ大量生産したという話は、なんだか携帯とかパソコン、車も同じ方向のような気もします。

未成熟な生産現場にもかかわらずベテラン工員を徴兵。さらに資源が枯渇して品質が低下、材料不足のために代表品を使い、さらに部品種類が増えて、生産効率も低下というスパイラルが起きたと。戦争開始時には試験飛行があったのに、終戦近くになると工場から引き渡し地点に飛ぶのがテストになったそうで…

そもそもブログの名前「ガ島通信」というのはガダルカナル島のことです。ブログをスタートしたのは新聞社に在籍していた2004年でしたが、紙=戦艦巨砲主義、ネット=航空線と考え、パラダイムシフトに対応することなく敗戦に進む中で現場は苦労するという意味を込めて名付けただけに(ガ島という現場はどのような組織、業界にもあり、既存マスメディアのみではないので名前はそのままにしています)、第二次世界大戦の失敗、そして日本の航空戦への対応については非常に興味があったので、今号はとても参考になりました。

タイトルに使われている「失敗の本質―日本軍の組織論的研究」を読んでいない方は、ぜひそちらから。ノモンハンについても多数の書籍が出ていますが、半藤一利の「ノモンハンの夏」は目を通しておいても良いでしょう。

2010-12-07

[]Wikileaksと創設者アサンジ氏を英雄視する危険性

2010年12月6-7日のツイートを再編集、参考に執筆しています。

Wikileaksの創設者アサンジ氏がイギリスで逮捕されました。一部のジャーナリストは「別件逮捕」としているようですが、なぜ現時点で別件とわかるのかも分からないのにそんな発言をしてしまうのでしょうか。Wikileaksとアサンジ氏に対して、ある種の英雄扱いや評価をしているジャーナリストや研究者がいることが少し不思議だという自分のツイートをまとめてあります。

ここでは外交文書や米軍機密を報じたことの事実ではなく、なぜ評価をするのかにポイントがあります。ツイートでも書いてありますが、私自身のWkileaksとアサンジ氏に大しては評価は保留、というよりむしろ評価することへアラートが鳴っています。

@fujisiro: Wikileaksのようなサイトで「何が」報じられているのか、よりも人にフォーカスがあたっているのが興味深い。マスメディア側に変な英雄視もあったり。少なくともスパイ小説的な演出の可能性も疑っておくべきなんじゃないかなあ

@fujisiro: ともかく、ウィキリークスへの変な評価やアサンジ氏への英雄視はいまのところ保留している。えらく評価したり、手配されている容疑が、陰謀だ的な意見が記者からけっこう出ていることにも驚いたり。まず疑うって基本じゃないか

@fujisiro: とりあえず英雄みたいに持ち上げて、流れが変わったら「化けの皮がはがれた」的にバッシングするのはお約束ってことなので、いまのうちにどの記者がウィキリークスにどんな評価をしているか確認しておいてもいいかもしれない

@fujisiro: マスコミの記者からいくつか問い合わせをもらうんだが、不思議なのは「内部告発」と銘打つと見方が変わって「日本でも国家機密とまではいかないけど、掲示板やファイル共有でネットに流れてましたよね」とか言うと、それは違う的な話をするのだ…本当の目的なんて分からないのでは

@fujisiro: 何かインパクトのあることをやっている人の主張を鵜呑みにして、後でバッシングするぐらいなら、その時に確認しようと思うのだ。せめて「違うかもしれない」と保留する言葉を添えておくべき。逆にインパクトがあることをやっている人が「面白いからですよ」とかいうと、バッシングなわけだが

@fujisiro: 騒ぎを起こすのが目的だが、何か社会の「正義」的な衣をまとっている場合、見極めが難しい。だがその可能性もあると考えるのか、そんなものは考慮しないのかによって、対応は変わってくる。ジャーナリストは、色々な可能性を考えておきたい

@fujisiro: 「本当の目的は何か」を探ろうと取材が殺到しても、もし目的などない場合、「本当は目的があるはず」と思えば、思うほど、相手の術中にハマる、という可能性もある。何でも、直接取材したらいいってもんでもない。

@fujisiro: 日本のマスメディアにある、一次情報や動機主義は、ある意味でコントロールしようと思えばたやすい。なるべくアクセスできないようにして、動機がそれらしいが、よくわからない、という状況にしておけばいいのだから

@fujisiro: 動機=いいことを言っておけば、たぶんインパクトがあることに正当性があるんじゃないかとの余談がマスコミによって与えられるが、「別に」とか「金儲け」などというと、行為がどうであれ「問題だ」とバッシングされるという不思議

@fujisiro: 目的を探ることが既にハマってるという可能性もあります。もう少し経過をみないと RT @masumind: wikileaksの目的はどうなんでしょうね。 RT @fujisiro: 「本当の目的は何か」を探ろうと取材が殺到しても、もし目的などない場合、「本当は目的があるはず」と

@fujisiro: 誰もが目的、動機に興味をもつんですが、実のところ「何の目的もなく」行動してることは結構あったりしませんか?そして行動の大小は人によって違う RT @masumind: wikileaksの目的はどうなんでしょうね

@fujisiro: 人はインパクトのある行動に「意味」を求める。意味がないと気持ち悪くなる。だからこそ、意味を真空にしておくと人が勝手に意味を与えてくれるのだ。

@fujisiro: まったくです。意味は後から付与される RT @gnsi_ismr: 動機なんて後からいかようにでも当人や周囲の手によって再構成できるものです。RT @fujisiro: 日本のマスメディアにある、一次情報や動機主義は、ある意味でコントロールしようと思えばたやすい

@fujisiro: RT @Bon0627: 正直なところ、受け手がそう信じたいだけで情報の真偽は二の次になりがちなように思います。単純に権力と対立している様に見えればそれが正しい、みたいな。実際対立項なのかどうかすら不明瞭ですが。情報は打ち出す側が好き勝手に取捨選択出来ます

Wikileaksをめぐる報道は海外から来る物が多いですが特にアメリカは国内問題で、報道するメディアも当事者であることは忘れてはいけないことです。誰しも自分に関わる都合の悪い情報は扱いや距離の取り方が難しい。日本のマスメディアにとっては、一次情報を流す、ある種の社会正義やジャーナリズムを標榜しているという点で当事者性を帯びており、それも頭に入れて報道を眺めると、別の側面が見えてくることもあるでしょう。

2010-11-27

[]「ジャーナリズムフェスタ2010」で話して来ました

2010年11月24-25日のツイートを再編集、参考に執筆しています。

ジャーナリズムフェスタ2010 デジタルメディアでジャーナリズムは進化するか?」というイベントに参加してきました。

f:id:gatonews:20101127160726j:image:right

ジャーナリズムをテーマにしたイベントは、デジタルやソーシャルメディアというタイトルがついていても中高年や新聞OBが多いのですが、ジャナフェスは運営の中心であるアジアプレスの石丸次郎さんが「ジャーナリズム志望の若い人が減った」という危機感から始めたことから、大学もたくさん来てくれていました。

ゲストの皆さんも悲観論やネット批判に終わらず、可能性や逞しく活動されている独立系ジャーナリストのお話があり私自身も参考になりましたし、ジャーナリスト志望の若い方にメッセージを伝えることが出来て嬉しかったです。参加者の皆さん、Ustの生中継やツイッターを見て頂いた皆さん、そして何よりも長丁場のイベントを運営したスタッフの皆さんお疲れ様でした。

参加したのは、第1部「ジャーナリズムはどこにいるのか」です。ゲストは、花田達朗さん(早稲田大学教授/ジャーナリズム研究)、奥村倫弘さん(ヤフー株式会社メディア編集部)石丸さん、私です。壇上で発言をピックアップしてツイートしたものを、下記に再編集して掲載します。敬称略です。ツイートはの原文は、@toshiroさんがTogetterに『@fujisiroによる「ジャーナリズムフェスタ2010」@大阪・第一部』でまとめてくれています。

  • 自己紹介、メディアやジャーナリズムの現状認識について

「マスメディアとジャーナリズムを区別する。マスコミという言葉は英語で通じない。日本だけで通じているマスコミという言葉はマスメディアとジャーナリズムが会社というものをベースに癒着したもの。それが今日解体しつつある、させなければいけない」(花田)

「読売新聞からヤフーに96年に転職。ニュース系サイトは日本最大級だろう。月間43億PVある。ヤフーニュースは取材していない。記事の配信を受けている。トピックス編集部は25人、ほとんどがマスコミの関係者。30代中心。新聞のスクープは読まれず、ほとんど芸能やスポーツが読まれる。ビジネスの側面があり、どうしてもPVに引っ張られるので、ジャーナリズムの大事な部分を守るためにも記者が必要」(奥村)

「徳島新聞で記者をやっていた。転機は若者向け紙面の担当になったこと。新聞社では文化部は都落ちとされているから悔しい思いもあった、もうひとつは新聞はこの先どうなっていくのかという不安があったので、チャレンジしてみようという意欲もあった。どうして新聞社が若者向けに対策をするのか、新聞は習慣性がある商品なので、若いうちから読んでもらわないといけない。徳島新聞は日本で最も高い世帯普及率を持つが、それでも読まれてないという危機感は販売店を中心にあった。新聞の危機は今に始まったものではない。若者に新聞を読んでいるか聞いたら、読んでいると答えるが、突っ込むと実は記事を読んでいない。社会面トップと喜んでいても、それを読んでいるのはおまわりさんだけ。配られているのと、読まれているというのは違うということ。花田さんがおっしゃられた、マスメディアとジャーナリズムが会社というので結びついているというのは同意する。ジャーナリズムの話を新聞社ですると、すぐに給料の話をする人がいたりして、それはジャーナリズムと違うのではと思ってしまう」(藤代)

  • ジャーナリストアンケート紹介

「デジタルメディアの拡大には賛成だが、出所の知られない情報が出回ったりする恐れもある」(放送局20代)「尖閣ビデオがYouTubeに投稿されたこと。テレビ局に持ち込まれなかったことの意味を感がなければいけない」(放送局30代)「重要な過渡期にあると認識しているが、どう対応していいか分からない」(新聞記者50代)←「これは正直な本音じゃないかと思います」(事務局)

  • 新聞やテレビはどこに行くのか

「いままでにある古い構造的な問題があって、新しい構造が覆いかぶさってきている」。この二つを切り離して、考えていくという視点も必要。では、古くからある構造的な問題は何か。日本の中だけで通用するマスコミ、会社ジャーナリズム。フリーランスのあり方が組み込まれず、排除される仕組みだった。世界的にみれば異常な状況。戦後のマスコミレジームは会社ジャーナリズムはフリーや個人のジャーナリズムを最初から計算に入れていない。端的に現れているのがメディアの経済構造。フリーへの支払いなど」(花田)

「福井時代に事件をやっていた時に福井新聞にどんどん抜かれる。地方紙は地方でしか情報を発信できなかった。福井新聞のスクープを見て、再取材すると全国に届いてしまうということがあった。ネットの時代になると沖縄の記事も北海道の人が読めるようになった。一部にしか伝えることが出来なかったメディアが日本中、世界中に情報発信できるようになったのが画期的というのは押さえておいてもいいのでは。ヤフーでは、全国紙から、みんなの経済新聞ネットワークまで配信してもらっている。全国に発信できる。新聞だけでなく、個人のブログもヤフーで扱うようになっている。会社の規模はさほど問題ではなく、情報発信の範囲の垣根もなくなり、それぞれの報道機関がフラットな位置に立って、持てる力をどう発揮するか」(奥村)

「ずっと前から言ってるが、マスメディアは死なない。多くの人に伝える仕組み、構造は必要とされている。人は24時間しかない。ただ、それを担うのが既存メディアであるかは別。新聞やテレビの会社ではつぶれるところも出るだろう」

「新聞を辞める事が出来たのは、個人で自由に発信できるブログがあったから。読者もいたし、反応もあったし心強かった。新聞と違って反応もあったので。書きたくて、伝えたくて記者になったのだから、書けるところがあればいいじゃないか。デジタルが実現したのは、会社に縛られない個人として自由に発信できるマイメディアを持てるようになったこと。検閲もされない、書きたいときに、書きたいことを書ける。ジャーナリストにとって望むべきことではないか?」

「辞めるもうひとつのきっかけは、懸命に作った別刷りが読まなかったこと。記事やレイアウトも相当工夫したが、現場に見に行ってみたら開封もされてない。ゴミ箱に積まれている。ショックだった。取材し、伝え、編集は大事だが、パッケージを見直さねばと思った。記者の皆さんは、自分の記事がどう読まれているか見に行ったことありますか?」(藤代)

「テレビ局は、制作費は減らしているが、自分の給料は減らさない。会社ジャーナリズムをいかに続けていくかにしがみついているようにしか見えない」「あと、ジャーナリズムにはかっこいいことも大事」(石丸)

「新聞社の研修などに呼ばれたときに、既存マスメディアが生き残るのは2つしかないと言う。1はブロガーに負けないように質の高い記事を出していく、2給料を下げる。というと下を向いてしまう人がいる。2は個人の事情もあるが、1で下を向くとはどうか」

「マスメディアはソ連の百貨店みたいなものだ。隣に出来たフリーマーケットで売っている商品を低い、正当性がない、という話をしてもしかたない。おいしいもの、良い商品を提供するために質を上げていくという話をしなければ。ネットは既存マスメディアのコピーや盗作ばかり、という人はネットでの情報の流れをよく見たほうがいい。ネット系の小さいメディアが報じていることもある。でも、既存マスメディアは引用を書かないから、新聞を見ているとネットはマスコミのコピーだと思ってしまう。ネットも記者のひとつの情報源になっている。しかし、それを認めずに、独自ダネにしようとするから(また、新聞社幹部がネットを知らないことを利用している記者もいたり)恥ずかしいことになる。そもそも、取材して掘り起こしている独自ダネなんていくらあるんだ、という視点も忘れてはいけない」(藤代)

「ヤフーの記事選択基準。裏を取っているか。記事を読んで判断、中には裏をとってないようなものもある。テレビで放送しているとか、それは大きな新聞社でもあること。なので一概に言えない。藤代さんの言ってたブロガーに負ける記事やめろという話。通信社の記事は現地の新聞の翻訳で、書いた記者は別の国にいる。そんなことをするために特派員を配置しているのか?おもしろニュースは集めるならブロガーもいる。グローバルになってきている。韓国の砲撃などは、韓国の新聞からの配信が詳しい。日本の特派員は日本のメディアと競い合っていいのか」(奥村)

「話を聞くと奥村さんは問題意識を持っているようだ。ヤフーニュースは記事の品質の評価期間になりえるのか?仮にそうなるとヤフーはジャーナリズムがこういうものだという基準を持っていないといけないが…」(花田)

「日本の記事は朝鮮日報が報じたと書いているが、朝鮮日報はもっと深く書いている。そうなるとどちらを選ぶかは明らか。色々な角度から書かれているというのが分かるというのが大事で、それを並べて提示したいと思っている」(奥村)

「権力は影響力があるメディアを取り込もうとしている。新聞は鍛えられもし、取り込まれてもいるが、それなりにやってきた。新しいデジタルメディアをどうするか。ヤフーにも基準は必要なのでは?」(石丸)

「論説もないし、社説もない。影響力を持とうと思ってはじめたわけでもないが、大きくなってきているのは事実。いまどういうことが議論されているか、というのを伝える場所。A社とB社の判断を両方提示するのが役割。読まれないニュースに対する扱い。世に問いたい記事について、それぞれの媒体社がどういう訴えをしたいのかを汲み取っていきたい。何がいいか、悪いかではなく、声を拾い上げること。権力のメディアへの取り込みは今のところない」(奥村)

  • 学生アンケート紹介。大阪と東京の大学生、専門学校、高校360人対象

「関心のあるジャンルは音楽。ファッション、スポーツ。社会や経済はその後。生活圏内の中でカルチャーがある、最後に政治経済、社会がある。学生と遠い。新聞が扱っていた内容に学生には興味がない。パッケージが大事にもなっているし、見た目は遠いように見えているというのも事実。読めよ、努力しろという話かもしれませんが、ほしい情報を得られるようになっている中では難しい。発信している側からも高みからでなく、フラットにだしていくほうがいいのでは」

「学生アンケート情報を得るのは、ウェブとテレビがダントツ。その次がSNS。だが、一番信頼しているメディアは、新聞、テレビの順。この数字をどう見るのか、具体的によく利用する人は?と聞くと朝日新聞、ヤフー、NHK、日経、ミクシィとなる。ざっくり言うと新聞を読んでない、信頼できるところに新聞が出てくる。情報に対して信頼できるか、できないか、というのが若者の世代にあるのかと聞かれると難しい。信頼できるのかどうかで見てない。興味があるか、どうかが判断」

「メディア接触時間。信頼できるとあげられてるが3分の1はまったく読んでない。携帯とウェブ、SNSで一日の時間消費の大半を占めているのではないか。お風呂でジップロックに入れて、携帯をいじるのが普通らしい。インターネットの情報発信は?ミクシィ184、ツイッター114、ブログ108。ミクシィは人気。その他にフェイスブックも出てきている。信頼できる情報源に@コスメがある」(学生運営)

  • 第1部まとめコメントをそれぞれから

「ジャーナリストは同時代の出来事をクリティカルに批評する。私はその活動をウォッチしている。若い人にジャーナリズムのismの担い手。同時代観察という表現活動。事実に接近し、リポートしていくというのはいくら時代が変わろうが、社会に必要不可欠。ジャーナリズムは単にビジネスのために行われているものではない。担い手が少なくなっているのは、公共、パブリックが危なくなる。厳しい状況だが、この中からジャーナリズム活動を担う人が出て行ってほしい」(花田)

「学生さんにジャーナリストに真剣に取り組む人もいる。新聞への辛らつな意見も多かったが、新聞にしか出来ないことがある。なんで新聞社の記者を志したのか、初心を忘れないでほしい。世の中を良くしていきたいか、いきたくないか、それが大事。職業的なジャーナリストだけでなく、ブログとかツイッターで、興味のある記事を紹介していることもある。なぜ自分がその記事を紹介するかという思いを大事にしてほしい」(奥村)

「これからのメディア社会を作っていくのは皆さん。マスメディアが悪いとシニカルに批判しても何も変わらない。一人ひとりが担うとしたら、誰かのせいじゃなく、自分たちが担う。どんな仕事でも、色々なかかわりが出来るようになっている。マスメディアへの就職は厳しいし、入っても現場は疲弊している。一般企業に入りジャーナリズム活動をする人もいる。そんなときに頼りになるのが仲間、ここに来ている縁を生かして、支えあって高みを目指してほしい」(藤代)

次の予定があったので第2部の途中会場まで見学したのですが、雑誌で黒字を出している玉置泰紀(関西ウォーカー編集長、@tamatama2)さんが、部数は10年前に比べて10分の1なのに黒字なのは、給料を減らして、技術革新に対応してソフトウェアはインデザインを使い、ソーシャルメディアをタイミングよく活用していると話していたのが印象に残りました。

デジタルを以前から活用しているフォトジャーナリストの宇田有三さんが、小学生が大きくなったらどんなメディア環境になるかを考えながら、ホームページやブログ、ツイッター、さらにクライアントの立場を考えて写真のデータベースを3種類の言語で構築していることには驚きました。宇田さんは「マニュアル本を買ってきて作る簡単なことです」とおっしゃっていたのですが、多くの人や企業がその簡単なことが出来ないわけで… 他にも海外取材でのネット利用の注意点などもとても参考になりました。