2010-12-09
アニメと小説?
昨日のエントリのはてブコメで
「アニメを見ている人たちは小説読みとかに比べて馬鹿ばっかりで、小説読めばいいのにアニメごときに高級なこと求めている」とならないところが意外だった。
っていうtatsuzawaさんの意見があったんですけど
別に僕はアニメ見ている人たちが小説読みとかに比べて馬鹿ばっかりとかそういうことは全く思ってません。アニメに高級なことを求めること自体は別にいいと思いますよ。だって「自分の好きなジャンルの作品が、もっと楽しくなればいいのに」と思うことは否定できないでしょう。
それに小説読んでる=賢いだとは普通に思えない。小説読んでる人でも馬鹿はたくさんいますよ。もちろん割合としてどうかってのは別ですよ。たとえば幼稚園児が小説読めるかっていえばそもそも漢字とかが読めないから読めないけれど、プリキュアは見られるとか考えられるわけで。でもこれも、内容を理解しているかどうかって言うのとは別ですよ。つまりプリキュアが戦っているのは理解できるけど、話が理解できているかどうかは別、といったような。あるいはもしかしたら幼稚園児は小説の内容が理解できなくても、紙に印刷された図形を見ることだけで楽しんでいるのかもしれない。ジャンルとして「広く」受け入れられている見方っていうのはあると思いますけど、それも無論絶対的なものではないわけで。
ちょっと逸れましたけど、つまり昨日のエントリっていうのは、「メディアの違いを理解せよ」っていう例の決まり文句に過ぎないんですよ。
2010-12-08
アニメで内面
それにしても、アニメで内面が描かれているだの描かれてないだのでどうのこうのとか言うんだったらその人は近代文学とかでも読んでればいいのであって、何故アニメで内面やらを描く必要があるのかを説明してもらわないと単なる趣味の問題に回収されますよ。
いわゆるアニメにおける「物語の有無」がどうのみたいな話もそうで、そもそもTVアニメって枠自体が超綿密な物語をやりにくいものであることとかを考慮した上で物語がうんぬんとか言ってるのかどうなのか、そのへんもちょっと考えて欲しいわけです。綿密な物語を評価したうえで分析とかしたいんだったら小説とかでやりなさいな。なんでアニメなんですか。そこらへんの説明がないと「アニメを見ている人たちは小説読みとかに比べて馬鹿ばっかりで、ちょっと頭が良さそうなことを言うとはてブとかたくさんもらえて俺スゲーってなるからアニメの分析とかやってます」っていう承認欲求むき出しのアレにしか思えないですよ。
2010-12-07

素直になれよ。日常系よりセカイ系のほうがよっぽど面白いよ。
2010-12-03
ダルマ少女愛好者カイン・ウェールズからのメッセージをお読みください
10 年前は、私がダルマ少女のことを話しだすと皆がへんな顔をしました。
切断すること、ただそれだけのために、世界中から集まったボランティアが人類の知識を注ぎ込み、巨大な四肢の貯水池ができてゆく。そのような考えに対して、ビジネスの世界など一部には懐疑的な人もいるようでした。
倫理もない。道徳もない。行動計画もない。
切断から10年が経った今、毎月3億8千万人がダルマ少女をズリネタに使っています。その数はインターネット接続環境にいる全人口のほぼ3分の1に達します。
ダルマ少女は世界で5番目に人気のある萌え要素です。他の4つは、数百万ドルの投資と膨大な数の従業員、執拗なマーケティングの上に作られ、維持されています。
しかし、ダルマ少女は商業的な萌え要素とはまったく異なります。それは、ボランティアが少しずつ切断していってできた、コミュニティの産物です。あなたもこのコミュニティの一部です。そして私は今日皆さまに、このダルマ少女を守り維持してくださるようお願いしたいと思い、この手紙を書いています。
私たちが力を合わせれば、手も足もないダルマ少女を維持することができます。また、オープンなダルマ少女を保ち、切断された四肢を誰でも好きなやり方で使えるように保つことができます。また、ダルマ少女の成長を助け、知識をあらゆる場所に届け、あらゆる人々に参加してもらうことができます。
毎年この時期に、私たちはダルマ少女に萌えているの皆さまと、ダルマ少女コミュニティに関わるすべての人々に向けて、この共同作業を維持するためのご助力をお願いし、20ドル、35ドル、50ドル…… と皆さまが可能なだけの額のご寄付をいただいてきました。
もし皆さまがズリネタを得る場所、快楽を得る場所としてダルマ少女を評価してくださるのであれば、ぜひ、今すぐ行動していただきますようお願いいたします。
どうぞよろしくお願いいたします。
カイン・ウェールズ
ダルマペディア創設者
追伸 ダルマ少女とは、人々が大きな四肢を切り遂げる力です。私たちのような人々が、少しずつ、二次元美少女を切り込みます。私たちのような人々が、少しずつ、欲望を出します。これは私たちの隠れた性癖を集めれば、世界を変えることができるという証なのです。
