ミツバチの大量失踪の原因
- Mullin CA, Frazier M, Frazier JL, Ashcraft S, Simonds R, et al. (2010) High Levels of Miticides and Agrochemicals in North American Apiaries: Implications for Honey Bee Health. PLoS ONE 5(3): e9754.
2007年2月に顕在化したミツバチの大量失踪の原因については、(1)農薬、(2)病気、(3)ストレス、などが関与していることが明らかになってきた。この論文では、ミツバチが集めてくる花粉や、巣のワックスから、多種類の農薬が検出されることを報告している。その数は、なんと98種類。殺虫剤、殺菌剤、除草剤のすべてが検出された。このうち10種類の殺虫剤では、LD50(ミツバチの半数が死ぬ量)の1/10をこえる量が検出された。これだけでも、ミツバチの大量失踪が説明できそうだが、病気やストレスに関しても有力な証拠があるので、おそらくこれらの複合作用によって、働きバチの帰巣の抑制、大量死が生じたものと考えられる。
ミツバチの大量失踪問題については、以下のミニレビューが要領よく2007年までの研究成果をまとめている。
- Oldroyd BP (2007) What’s killing American honey bees? PLoS Biol 5(6):e168.
ただし、この時点では農薬の影響についての証拠が弱かったので、著者は農薬の影響について控えめな評価をしていた。上記の論文は、農薬の影響についての証拠を補強したもの。
※http://d.hatena.ne.jp/takehiko-i-hayashi/20100823/1282519154
のご指摘を受けて一部修正(20100823):LD50→LD50の1/10; 農薬の影響が確かにあることを実証したもの→農薬の影響についての証拠を補強したもの
ミツバチの大量失踪の実態については、以下の論文が詳しい。各州の消失率を示す地図は、事態がいかに深刻かをわかりやすく伝えている。この論文にはまた、巣箱周辺の温度が大量失踪の発生に影響しているという証拠が提示されている。温度ストレスも確かに効いているようだ。
- vanEngelsdorp D, Hayes J, Underwood RM, Pettis J (2008) A Survey of Honey Bee Colony Losses in the U.S., Fall 2007 to Spring 2008. PLoS ONE 3(12):e4071.
ハナバチの減少が農業生産に与える影響については、以下の論文が評価している。
- Aizen MA et al. 2008. Long-Term Global Trends in Crop Yield and Production Reveal No Current Pollination Shortage but Increasing Pollinator Dependency. Current Biology 18, 1572–1575.
- Aizen MA et al. 2009. How much does agriculture depend on pollinators? Lessons from long-term trends in crop production. Annals of Botany 103: 1579–1588
ミツバチの巣箱を増やせば良いではないか、という意見に対しては、そもそも作物生産の増加にミツバチの巣箱の増加が追いついていないことを、以下の論文が指摘している。
- Aizen MA & LD Harder. 2009. The Global Stock of Domesticated Honey Bees Is Growing Slower Than Agricultural Demand for Pollination.
第二著者のHarderさんは、5月に九大を訪問して、セミナーをしてくださった。そのときにはまだこの論文を読んでいなかった。読んでいれば、ハナバチの減少についても議論できたのにと、惜しまれる。
熱帯林の種多様性に関するJansen-Connell仮説の実験的検証
- Mangan SA et al. Negative plant-soil feedback predicts tree-species relative abundance in a tropical forest. Nature 466: 752-755. 5 August 2010
熱帯林における高い種多様性がどのようにして保たれているかという問題は、生態学の中心問題のひとつ。長い間研究が続けられていながら、いまだに解決していない。最近では群集の中立説が注目を集めているが、現実は中立過程だけではないはずだ。
病原体や寄生者の効果を考えたJansen-Connell仮説は魅力的な仮説なのだが、これまでのところ実験的証拠が不十分だった。上記の論文は、この仮説を支持するとても明快な証拠を提示している。きちんと計画された大規模な野外実験にもとづく研究だ。近年の生態学研究の中では、特筆に値する研究だと思う。
病原体や寄生者は世代時間が短いので、親木の遺伝的性質に適応進化すると予測される(この予測を支持する証拠は少なくない)。その結果、親木の近くでは同種の芽生えの成長が悪くなると予測される(この予測についての証拠が不十分だった)。この傾向があれば、同種が更新する頻度が減るので、競争排除が起きずに、多様性が維持される。
上記の論文では、パナマのバロコロラド島(BCI)の森林プロットにおいて、異なる頻度で出現する6種を選び、芽生えを以下の3つの条件で育てて、5か月間の成長を比較した。
(1)無菌化した土
(2)無菌化した土に同種の親木の下の土を混ぜる
(3)無菌化した土に異種の親木の下の土を混ぜる
この実験を、シェードハウス内と野外の両方で行った。結果は見事だ。全種において(2)よりも(3)の場合に成長が良かった。このうち4種で有意差があった。とても面白いのは、負のフィードバックの強さ(同種の土でどれくらい成長が悪くなるか)は、成木の出現頻度と負に相関することだ。つまり、成木の出現頻度がもっとも高いTetragatrisでは成長が微減だが、成木の出現頻度がもっとも低いLacmelleaでは成長がもっとも大きく低下した。他の4種はその中間だ。同じ傾向が、シェードハウス内でも野外でも確認された。また、野外実験において、地上の敵(植食者や葉の病原体)による負のフィードバック効果はほとんど観察されなかった。この結果から、土壌中の敵(おそらく微生物)が、成木の種多様性およびその出現頻度を規定する主要な要因だと著者たちは結論した。
類似の結果はすでに温帯草原の研究で得られていたが、熱帯林でこれだけきれいな結果を出した論文が発表されるとは予想していなかった。すばらしい。
Newsletter 第6号発行
アジア保全生態学GCOEのNewsletter第6号が発行されました。
今回はコアサイトの1つ、屋久島の紹介です。
Newsletterのダウンロードはウェブサイトhttp://sites.google.com/a/conservationecology.asia/main/top/newsLetterからどうぞ。
(川口)
オピニオン論文
当COEの矢原代表とDIVERSITAS研究者とのオピニオン論文が、Current Opinion in Environmental Sustainability (http://www.elsevier.com/wps/find/journaldescription.cws_home/718675/description#description)にてオンラインでアクセス可能となっておりますので、興味ある方はご参照ください。
【eVosystem services】
Daniel P Faith, Susana Magallon, Andrew P Hendry, Elena Conti, Tetsukazu Yahara, Michael J Donoghue (in press) Evosystem services: an evolutionary perspective on the links between biodiversity and human well-being. Current Opinion in Environmental Sustainability
【diversity assessments】
Tetsukazu Yahara, Michael Donoghue, Rafael Zardoya, Daniel P Faith and Joel Cracraft (in press) Genetic diversity assessments in the century of genome science. Current Opinion in Environmental Sustainability
(三村)
個体間変異が多様性を維持する(by矢原)
階層ベイズ法を駆使した森林生態学研究で有名なJim Clark博士が、サイエンス2月26日号に下記の論文を発表しました。
Clark JS (2010) Individuals and the Variation Needed for High Species Diversity in Forest Trees. SCIENCE 327:1129-1132.
古典的な競争理論では、種間競争に強いものが勝って、多様性は減ります。ある資源軸で強ければ他の資源軸で弱いというトレードオフがあれば多様性が維持されますが、このようなトレードオフは一般的ではありません。環境の時間変動の下で、ある時期に強い種は別の時期に弱いという負の相関があれば多様性が保たれますが、実際には正の相関があります(良い年にはどの種も成長が良くなる)。そこで中立説に注目が集まっていますが、種の間に違いがあることも事実。この論文では、種の特性の平均値に違いはないが、環境に対する反応の幅に違いがあるというアイデアを検討し、このアイデアが高い種多様性をうまく説明できると結論しています。
種内の変異性を考慮することは間違いなく重要であり、Jim Clarkの上記の論文は的確にこのポイントをついていると思います。ただし、Jim Clarkは、なぜ高い個体間の変異性が保たれるかについては問題にしていません(遺伝的でも非遺伝的でも良いと書いていますが、多くの場合に高い遺伝率が観察されます)。また、種によって環境変動に対する変異の幅が広い場合と狭い場合があります。この違いを説明することも必要。
Jim Clarkの仮説は、中立説に対する有力な代案を提示しています。群集、あるいはメタ群集レベルの仮説としては有力だと思います。しかし、私は群集・メタ群集レベルよりも、もうすこしマクロスケールでの多様性の維持機構を考えるほうが、現実をよりよく説明できるのではないかと考えています。