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illusion I see alone in winter

2015-11-30

暫定的見解

見に行く前に「そういえば…」と思い立って、2chを覗いてみた。
なんだ。
原作ファンの思うところは結局いっしょかw
と十把一絡げにするのは良くないんだろうけど。



で、再び見てきた。
今回、「映画版なりの筋」に意識を集中したつもりなのだが。

壮大な恋愛とケンカの物語
繰り返しになるが、それはそれでいい、が、今回見直して意外なことに、そう考えると逆にラストのトァンの心理トレース不能になった。ラストというか、バンカーの場面全体的に。
そのモチベーションでミァハを追ってたなら、切り出し方からして違う筈だと思う。し。
タタタンタンタタタタタンとひゅーひゅーひゅひゅーの代わりにパシャパシャッってなってたけど、波紋が落ち着いた後、トァンがフッみたいな感じて笑うんだよね。あそこが特に分からんかった。
最後に敢えて不協和音をもってきたってなら、ちょっと失敗してないか?と思う…のは、やっぱり原作に引きずられてるんだろうか。
逆に、そこまでのトコは上手く組み立ててあると思うんだけど。

現時点の結論としては、ちょっとモニョる。
まあまた円盤買って一人で部屋暗くして見るさ。

その他
なんか2chじゃ絵のクオリティが言われてたけど、そこは特に気にはならなかった…というか、ハイクオリティアニメを見慣れている人間ではないので、語る資格はないわけだが。
視覚化してくれたおかげで、原作のイメージが広がって嬉しい、と単純に喜びたい。
他方の台詞やらモノローグ、原作の淡々とした毒に慣れた身には多少演出過多に思える箇所もあるけど、こればっかりはしょうがないよな。未読の人にも筋追ってもらわにゃならんわけだし。むしろよく工夫してあるとも思う。

ただ、なぁ…いや、話は戻ってしまうんだけど。
さすがに、キアンの扱いはちょっと可哀そうだよ。
トァンミァハの百合濃度高めるのに反比例してラストから復讐色消すわけだから、ストーリー改変上仕方がないとはいえよ。
痛々しすぎて目瞑っちゃったりしたもん。

そう。百合濃度。
2ch見て初めて伊藤先生ご自身が百合を公言してらしたことを知ったくらいで、これまで特に気にもしてなかった。
が、別にあってもいいし、不自然ではない。が。
バンカーシーンのミァハの衣装は、やりすぎではないでしょうか。。


いや、円盤、買うんだけれども。
また見るけれどもさ。

















しかし、やっぱり、"Ghost of a smile"は良くできてると思った。

僕の分まで笑わなくていい
だから僕の分まで泣かなくていい
時はやがて君を癒し
今を過去のものにしてくれるよ

って部分は、双曲線を排除しようとするハーモニクス的な思考だが、

今日はこんなに晴れてるから
君がもしよければ散歩でもしにいこう
君に会いたい
心から思う

って直後に続いて、そんでココは、明らかにそれ(ハーモニクス)に反発してるんだよな。
映画とも原作とも繋がりつつ、独立の作品としても楽しめる。
コレだけじゃなくて、Doorもリローデッドもちゃんとそうなってる。
いや虐殺映画はまだ公開されてないけどさ。

















で、虐殺器官だよ。

来年完成を目指す、か。









遅えよ、というのは措いといて。いや、措かないんだけど。
ハーモニー中、虐殺が先に公開されてれば、もっと説得力があったんだろうな、って箇所・描写は散見された。
これも仕方ないというか、究極の「仕方ない」事情ではあるが。
そこはつくづく惜しい。

2015-11-29

距離感を喪失して何が悪い?

映画のハーモニーの結末、アレはアレでいいんじゃないか、と思うようになってきた。
小説の解釈としてアリ、という意味ではなく、コレはコレで一つの物語の形のような気がする。小説の表面を単に薄く切り取ったのとは別の存在として、原典とリンクは当然しつつも、バックボーンの通った世界になっているような気も、する。

痴話喧嘩ね。
そう捉えた場合、ハーモニクスなる・下手すると無駄に巨視的な筋を絡ませる必然性が問われるわけだが、あのラストなら、確かに一つの応答になっては、いる。

そう思えるようになったのは、コイツを買ったからかもしれない。

リローデッド

リローデッド

三部作全部の主題歌となれば買わない訳がないが、"Ghost of a smile"を劇場で聞いて好きになったからこその購入、でもある。
何つーかな。映画世界とマッチしてるのは無論だが。
映画見て、今週もっかい小説読み直して、「ああ、こんな思いが三人の中にありつつも、の小説の筋だったら確かにいいなー」とゆーふーにも思ふ。
三人中、誰が誰に歌うと一番しっくり来るかなー。
全員がお互いに、っていうイメージがいいなー。
曲の途中で勝手な脳内補完で主客逆転させたりして再生してる。





そんなこんなをひっくるめた上でもっかい堪能したくなったので。
また明日見に行くことに決めたw

2015-11-24

再びの距離感の喪失

見てきた。

細部除き今回はわりと原作に忠実なんだなーと思ってたら、最後に凄いのが来た。
コレは…アリなのか?

一般人基準を以て客観的にではなく、俺自身の主観としてこの解釈はアリか否か、、、未だ結論が出ない。
確かにこういうことでもあるというか、ハーモニー世界に対する一つの立場・見解として確かに成立している。死角からきつめの一発を食らった感じではある。
が、しかし。

今回は幸い、パンフレットを購入できた。
で、その中でトァン役の声優さんが、トァンはキャラクターっつうより概念みたいだ、空っぽさが拭えない、と語ってらっしゃった。
うーん……


1.自分の空疎さを自覚してるキャラ、という言い方であれば、しっくり来るんだが。
2.空疎さが浮き立つ部分があるとすれば、それは「女同士の壮大な恋愛とケンカの物語」に仕上げた結果のあのラストからの演繹、という気もする。そういや飛行機の中で泣いてるシーン、若干違和感があったよ。後知恵だけど。




いやね。
おれ、今回映画見て初めて、自分がトァンに感情移入してるの正面から自覚したんだよ。
声優さん(沢城さん)の声、凄く良かった。スッと入ってきた。
映像も音楽も、スッと入ってきた。
至福の2時間だったよ。







いろいろ反芻してぼーっと考えて、夢の続きに浸ることにする。
これ以上の結論はまたいつか。

2015-11-23

ノクターン。夜葬曲。レクイエム。

先日の日記で「なぜ虐殺器官をすっ飛ばすんだ?」と書いたが、公開延期になったのね。
それはそれで楽しみではある。
このクソったれな現状にひと段落ついたら見れる、くらいのタイミングだといいな。






で、明日、ハーモニーを見に行く。

今から楽しみでならん。
オフィシャルサイト見て、トァンとかの映像化された風貌見るだけで「これどこの場面かなぁ」とかって想像してウルッて来るんだよ。
アレが映像として迫ってくんだろ。
やべえよ。
グッズとか揃え出しかねん。おれ。
























で、そのオフィシャルサイトだが、「原作の記述に潜む毒が映像化で消滅しないように気を付けた」的な記述があった。
うん。うんうん。
分かるよ、というか、そのご配慮にありがとうと言いたいよ、原作を先に読んだ者としては。













例えば死ぬとか死ぬとか死ぬなどといった方法が用意されております。

by 伊藤計劃さん


こんなんばっかだもんな。












でよ、これ書いてる時、伊藤さん死の淵にいたわけだよ。
こう、なるのかい?













なぁ、こう、なるもんなのかい???




















たとえば見舞いに来た誰かが顔を歪めたとしても、双曲線に割り引かれた欲望集合体だとかって思うもんなのかい。
その果てにある境地、どんな世界が見えるんだい。






















お袋も、そうだったんかなぁ。
そうだったんだろうなぁ。