「ベース」、という名の楽器。(その1)

 私は、趣味で「ベース」という楽器を弾いています。Wikipediaで『ベース』を検索しますと、このようなページが見つかります。

 ベース (弦楽器) - Wikipedia

 この記事では、上記のページその他、Wikipediaの記述などを参考にして、「ベース」と呼ばれる楽器について書いてみようかと思います。

 上記のページでは、ベースという楽器を、

  • 発音方法 ─ 音響を電気的に増幅する(エレクトリック)かそうでない(アコースティック)か
  • 演奏姿勢 ─ 楽器を縦に構える(アップライト)か、ギターに類似の演奏姿勢をとるか

という二つの視点から、次の4種類に分類しています。

  1. アコースティックかつアップライトであるもの
  2. アコースティックであり、アップライトでないもの
  3. エレクトリックかつアップライトであるもの
  4. エレクトリックであり、アップライトでないもの

 この分類の仕方は非常に明快ですので、これに沿っていろいろ考えていこうと思います。

 まずは、「1.アコースティックかつアップライトであるもの」。
 この種の楽器の代表格は「コントラバス」。いろいろな言語で見てみますと、この「コントラバス」系の名称で呼ばれる事が大多数ですが、英語では「ダブルベース」と呼ばれます。この「コントラバス」系の名称及び英語での「ダブルベース」が正式の名称です。
 これらの正式名称の他に、この楽器は別称が多く存在します。
 「アコースティック・ベース」(『エレクトリックである』ベースと対比して)、「アップライト・ベース」(スパニッシュ・スタイルで演奏するベースと対比して)、「ストリングベース(弦バス)」(低音の管楽器と対比して)などなど。
 日本では「ウッドベース」と呼ばれる事もあり、おそらく低音の金管楽器と対比しての呼び名かと思いますがこれはいわゆる“和製英語”のようで、海外では使われません。
 別称が多くあるせいか、これらの楽器をいちいち別物として区別しようとする意見をネット上などでたまに見かけますが、同じ楽器ですからね(笑)。間違えないで下さい。

 しかし混乱が起きるのも無理はないのです。単に「アコースティック・ベース」と言えば「2.」のカテゴリに属する楽器もアコースティックですし、「アップライト・ベース」とだけ言えば「3.」のカテゴリに属する楽器も含まれるからです。
 「2.」、「3.」のカテゴリに属する楽器は、知名度がぐっと上がってきたのはごく近年になってからの事で、そのためこれらの楽器の実態についてはあまり広く浸透していない事も、上記のような混乱を生み出す一因になっているのかもしれません。

 …というわけで「2.」、「3.」のカテゴリに属する楽器について少し調べてみたところ、私も知らなかった事がいろいろわかって勉強になりました。

 「2.アコースティックであり、アップライトでないもの」の代表格は、現在では「アコースティック・ベース・ギター」です。私は最近までこの種の楽器は「4.」のカテゴリに属する楽器を元にして、アコースティックギターに類似した共鳴胴を持たせたものかと考えていたのですが、実際の事情はそのような単純なものではありませんでした。
 メキシコ音楽では「ギタロン」や「バホセスト」などの低音撥弦楽器が用いられるのですが、「アコースティック・ベース・ギター」なる楽器が生まれた背景には、このような楽器の存在もあったようです。
 ポルトガルには「ヴィオラ・バイショ」と呼ばれる低音の弦楽器があるそうです。「ヴィオラ」という名称で勘違いしがちですが(ああさらにまた混乱が(^^;;)、これは「ギター」の事です。「バイショ」とは「ベース、低音」という意味。つまり「ヴィオラ・バイショ」とは「低音のギター」の事。
 ラテン系の音楽では、ずっと昔から「2.」のカテゴリに属する低音弦楽器がよく用いられてきたようですね。

 「3.エレクトリックかつアップライトであるもの」。「エレクトリック・アップライト・ベース」がこのカテゴリに属します。
 1951年にアメリカのフェンダー社が発売した『プレシジョン・ベース』という製品が市場で大きな成功をおさめたため、一般的にただ「エレクトリック・ベース」と言った場合には「4.」のカテゴリに属する楽器を指す事が多いのですが、実はこちらの「エレクトリック・アップライト・ベース」のほうがフェンダーの『プレシジョン・ベース』よりも早く、1930年代に既に製品化されており、しかも複数のメーカーから発売されていたようです。
 そのうちの一社が、後にビートルズのメンバーの愛器となる楽器を生み出して名を上げる事となるリッケンバッカー社。日本語公式サイトhttp://www.rickenbacker-jp.com/jp/top.htmlの『ヒストリー』のページには、

リッケンバッカー・エレクトロ・ストリング社の楽器の仲間は、すべて幾つかのホースシュー・マグネット・ピックアップを装着して誕生しました。ギターやマンドリン以外にも、完全な電気ベース、バイオリン、チェロ、ビオラを発案しました。

http://www.rickenbacker-jp.com/jp/history_a.html

と記載されています。
 ではこの「エレクトリック・アップライト・ベース」が当初商業的に失敗し、一度はすたれてしまう事になったのはなぜか。英語版Wikipediaの記事Electric upright bass - Wikipediaには、その当時にはベースの低音を扱うのに充分な性能のピックアップや増幅装置がなかったという旨の記述があります。

 そして最後のカテゴリ、「4.エレクトリックであり、アップライトでないもの」。これは先に述べたフェンダープレシジョン・ベース』を祖とし、進化と発展を続けて現在に至っている「エレクトリック・ベース」という楽器です。スパニッシュ・スタイル(ギターのような演奏スタイル)で演奏されるため、「(エレクトリック・)ベース・ギター」とも呼ばれます。
 ところでこのカテゴリの楽器、現在世にあるのは確かに『プレシジョン・ベース』を祖とするものなのですが、元祖は『プレシジョン・ベース』ではなく、これまた1930年代に「エレクトリックであり、アップライトでない」低音弦楽器が発表されていたようです。

Paul Tutmarc, Inventor of the First Electric Guitar

 上記のページに載っているカタログでは「ベース・フィドル(Bass Fiddle)」という名称で呼ばれていますが、実はこの「ベース・フィドル」という語も数多くあるコントラバスの別称の一つです。

 Tutmarc氏の発明した"Bass Fiddle"があまり受け入れられる事なく世に埋もれてしまった理由はわかりませんが、同時期に登場していた初期の「エレクトリック・アップライト・ベース」同様、やはりピックアップやアンプの性能の問題だったのかもしれませんね。
 楽器に詳しい方ならここでピンとくると思いますが、フェンダー社を興したレオ・フェンダー氏はもともとラジオ技術者で、エレクトロニクスの専門知識がありました。世界で最初に商業的成功をおさめた「エレクトリック・ベース」が彼の手になるものだったのは、そのあたりにも一つの理由があるように思われます。

 最近のポピュラー音楽ではベースパートを担当する楽器も多様化してきていますが、上記の4分類に従って区別すればわかりやすいと思います。

 さて、この記事のタイトルには「(その1)」と付けました。この記事はもともと「ベース」と呼ばれる一群の楽器の名称についての誤解を解くつもりで書き始めたのですが、書いているうちにさらに踏み込んで書いてみたい事柄が出てきました。続けて書き進めていくととりとめのない話になってしまいそうなので、一旦ここで一区切りとします。
 後日書く予定の「(その2)」では、「エレクトリック・ベース」を中心に、再びベースについて考えてみようと考えています。

※この記事は以下を参考にして書きました。