Hatena::ブログ(Diary)

博物士

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Friday, 2003/09/26

豚さんの足

Seta  Setaを含むブックマーク

 先日、ヘスス教授が声をかけてくれました。「セタは好きかい? こんどの金曜日、大学が臨時休校になるから、一緒に採りに行こう」

 Seta? 思い浮かんだのは 「かすみ/みき/愛菜/悠」だったのですけれど、それは絶対に違う。辞書を引いてみると、キノコのことでした。はい、行きます行きます。

 そんなわけで、秋の行楽に行ってきました。お出かけ先は、バレンシアから100km離れたテルエルという所。湿気の多いところに行くのかと思ったら、草原と言うには草が足りない荒れ地で車が停まりました。探していくと、草の根元に白いキノコがあります。なんか、スペインでキノコ探しをするなんて意外〜。

 あまり数が集まらなかったので、場所を変えて再挑戦。こんどは、松林が舞台。――って、松の木の根本で採れるキノコって、あれのことですか!? 日本の意地を掛けて捜索にあたったのですが、こちらは収穫なし。そんな簡単に見つからないから、価値があるんだよね。

 このあたりは生ハムの産地ということで、工場へ寄って買い付け。教授2人は、生ハムを丸ごと1本ずつ購入。ひとつ10kgくらいで、価格は85ユーロ(11,000円)。私はというと、積極的に肉を食べようと言う気にはならないけれど、まったく食べないわけではないので500gの小片を購入。

 このとき不安があったのですが、家に帰って不安は現実化しました。生ハムは薄〜く切っていただくのですが、うまく切れないのです(汗) 厚さが通常比3倍くらいになってしまう……。

 その後、ヴィセン教授に昼食をおごっていただいてから帰宅しました。主菜は、たらのすり身のコロケッタ(コロッケの語源)。油の処理が面倒なため家では避けていたので、揚げ物は久しぶりでした。

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Sunday, 2003/09/21

即売会

[] Jornadas de Japodesa  Jornadas de Japodesaを含むブックマーク

 「日本マンガと文化の集い」という広告を見かけたので、隣の県のカステジョン(Castellon)まで出かけてきました。近郊線に乗って片道1時間。駅から10分ほどの公民館が会場でした。しかし、建物内に入っても、あの独特の切迫感というか、オーラが感じられない。サロンでは、ご近所の老人達が食事会などしていらっしゃるし。即売会の会場に辿り着いたのですが、専門用語でサークルスペース6つ分の規模。

 例えて言うなら、「葉鍵っ子がよろずイベントに行ってみたら、スラダン/ママレ/ウテナ/コナンのやおい系で、しかも虎やメッセに流している大手の委託ばっかりだった」というような。要は、思いっきり場違いな感じ。もう少し実情に即して説明すると、出品者が処理に困った品々を持ち寄ったノミの市だったのでした。日本文化講座の方を見てみると、カタカナの練習をしている人の横にPS2が3台。体重の管理能力に障害を持つ人が、ちぃTシャツを着ていたというのが数少ない「それらしい」光景でした。

 話しかけてみようかと思ったけれど、下手にオトモダチになったら困るなぁという気がしたので、さくっと帰ってきました(^^;

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Saturday, 2003/09/20

Goo Goo  Goo Gooを含むブックマーク

 昨日、日本食材店“Japon.es”に味噌と醤油を買いに行ったら、賞味期限が切れるガンモとコンニャクをもらいました。訳ありの品とは言え、購入したものとおまけが同額だったりする(汗)

 がんもどきの方は、昨日のうちにいただいたのですけれど、さてコンニャク。どうしましょうか…… 他に思いつかなかったので、お魚さん風味のスープで煮たあと、味噌をだし汁で溶いて即席おでんにしました。

 コンニャクは、簡単なようで難しいね。

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Tuesday, 2003/09/16

terremoto  terremotoを含むブックマーク

 13時頃、地震ががありました。震度2強くらい、かな。揺れはすぐに収まりました。ところが、同僚達は大騒ぎ。続々と廊下に集合して、「私、地震なんてはじめて〜」とか言ってます。しまいには、「今日の揺れは、東京と比べてどうだったかね?」という質問を振られたりして(汗)

finlandesa  finlandesaを含むブックマーク

 帰宅すると、新しい同居人が来ていました。セレーナというフィンランド人です。いかにも北欧系な、眼鏡っ娘。ところが、スペイン語がまったく×。そうなると英語での意思疎通になります。

 スパングリッシュ(Spanglish)をご存知でしょうか。米国の中西部から南部にかけての地域へは、スペイン語を話すメキシコ以南からの移民が多数流入しています。最新の統計では黒人の数を超え、マイノリティとして最大になったようです。その影響でカリフォルニアやマイアミでは、英語を話しているつもりだけれど実はスペイン語(&その逆)という言語が生じました。これをスパングリッシュと呼びます。

 まさにそれ。いや、be動詞の“is”を使おうとしているのに、ser動詞の“es”にしてしまうから、より深刻。

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Tuesday, 2003/09/09

朝市

[] スイス旅行記 (5/5)  スイス旅行記 (5/5)を含むブックマーク

Neuchatel

 朝食後、名残を惜しんで町中をぶらつく。広場(Place de Halles)には朝市が出てにぎわっていました。

 荷物をまとめて、チェックアウト。支払いには、ユーロの現金を使いました。紙幣だったら受け取るということでしたので。総額SF348を銀行適用レートで計算するとEUR233なのですが、ホテルのレートは悪くてEUR248。今回は実験のためにやってみて、スイスでもユーロが通用することを実証したわけですが、お薦めはできませんね。そもそも、誰がそんなことするか!という感じがしますが。

 ホテルのすぐ近くにある大学(Universite)前から、ケーブルカー(Fun'ambule)で国鉄駅へ直行。わずか1分の乗車ですが、荷物を持っている身には快適この上も無し。

 09時57分の列車に乗車。ニヨンを過ぎ、ジュネーヴで下車。列車は空港まで直行する路線なのだけれど、中心駅から空港駅までの切符を買っていなかったのを思い出したのでした。駅構内で車両をながめたあと、空港へ。

 荷物を預けたあとは、空港内の見学。ふだんはお目にかかれない航空会社を見るのも楽しいものです。すると、空港の端っこなのに、ものすごい数の人が並んでいるところを見かけました。オレンジ色で、すごく派手。イージージェットという英国の格安航空会社でした。名前は聞いていましたが、ジュネーヴ線を就航させているとは知りませんでした。時刻表をもらってみたら、GVAジュネーブからはAMSアムステルダム(オランダ)、NCEニース(南フランス)、それにBCNバルセロナ線がありました。どうりで、IBイベリア航空のBCN/GVA線が安く手に入ったわけだ。対抗値下げしないと、客が来ませんからね。

 帰ってから格安航空会社について調べてみました。各社とも「早く買えば安くなる」という、単純な法則で値段が決まっています。試しに、2か月後のMADマドリード発LONロンドン行きを問い合わせてみると、往路EUR16.99+復路EUR15.13=EUR32.12という提示がありました。――なんですか、これは。スペインからイギリスまでの往復が、4,200円ですよ(汗) 実際には空港税とかが上乗せされるらしいですけれど、それでもマドリードまでの陸上移動費の方が高いです。こんど乗ってみよう。

 

Iberia

 さて、私にとってはおなじみのイベリア航空。会話が通じるから楽だ。機内食は……行きと同じものが出てきました。ヨーグルトが苺たん風味なのまで同じ。違ったところはというと、機内の与圧が低くて、ふたを開けたら中身が噴出してきたことでしょうか(笑)

 バルセロナに着いたあとは、RENFE国鉄で北駅まで乗り付け、そのまま長距離バスに乗り込みました。車中、スペインの大地に沈む美しい夕焼けを見ながらも、スイスの森と湖を思い返していました。

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Monday, 2003/09/08

ケーブルカーからの眺め

[] スイス旅行記 (4/5)  スイス旅行記 (4/5)を含むブックマーク

Chaumont

 起き出すと、どんよりした天候。朝食後、雲行きを見守っていたら、少しずつ空が明るくなってきました。まず、最初に、バスターミナル前のUBS銀行へ行って預金をおろします。スペインの銀行(BBVA)のキャッシュカードを使いましたが、難なく引き出すことができました。SF50 = EUR35.2。単純計算だと SF1=EUR0.70 なのですが、1回あたりの手数料が3ユーロで済んでいます。同額を換金したとすると、空港で現金から両替したときよりもレートが有利だ。安全かつ便利な国際キャッシュカードの普及は、恩恵が大きいです。

 午前のお出かけ先は、ショーモン山(Chaumont)。自動販売機は紙幣がつかえなかったのでバスの案内所に行き、バスとケーブルカーがセットになった往復切符を買う。別々に買うより、ちょっとお得でした。頻繁に出ている7番線のバスに乗り、駅の裏を通って東方向へ。15分ほどで、ラ=クードル(la Coudre)に到着。バス停の目の前にケーブルカー(Funiculaire)の駅があって、すぐにそれと分かります。およそ1時間に1本の運行で、私は10時30分の便に乗車。中学生と思しき団体と乗り合わせたため、車内は満員。運転手さんが改札を兼ねているようで、到着時に駅は無人でした。

 発車すると、フニは森の中を切り開いてつくった線路を進んでいきます。中間地点で、ケーブルの反対側につながれた車両とすれ違います。閑散期だったためか、真っ赤に塗られた車両には乗務員がおらず、客も乗せていませんでした。

 山頂駅に降り立つと、すぐ横に鉄塔が建っています。さっそくコイン式の門をくぐり、展望台の上を目指しました。そこは、まさに絶景。眼前にはヌーシャテル湖(Lac Neuchatel)が広がっています。南の方角を眺めることになるわけですが、雲の間から流れ出した陽光が水面に跳ねてキラキラと輝くのです。また、正面の地平線近くにはムルテン湖(Lac de Murten)が、左手にはビエンヌ湖(Lac de Bienne)を見ることもできました。

 風景を比べるなら、レマン湖よりはるかに素晴らしい。大地の広がりを感じさせてくれます。なんでも、スイス領にある湖としては、ヌーシャテル湖が最も大きいのだとか。レマン湖には、フランスとの国境線が通っていますから。

 ぼーっと眺めているうちに40分が過ぎました。少し冷えてきたので、山頂駅付近を歩いてみます。といっても、建物は数件しかありません。なぜか、こんなところに郵便局がありましたが……。ホテル(Hotel Chaumont ef golf)もあり、先ほど乗り合わせた児童の声が聞こえてきます。4つ星ホテルでお泊まりとは、なんて贅沢な奴らだ(←ひがみ)。ケーブルカーの運行時刻表を見ると始発が7時10分で、観光用にしてはやけに早いなと不思議に思っていたのですが、宿泊客の足も兼ねているのでしょう。

 12時10分の便で下山。1本やり過ごしているので、来たときと同じ青+緑色の車両です。最前列に席をとりましたが、車両の屋根が透明になっているため、これまた美しい光景を見ることができます。

le dejeuner

 中心街に戻ってくると12時30分。1度はスイスの温かい料理を食べておこうと、レストランに入りました。“COOP”の向かいにある“Le Jura Brasserie”というところ。見たところ地元客がたくさん入っていましたし、入口に“Menu de jour”(日替わり定食)が張り出してあったので。

 混んでいましたが、合い席をお願いして場所を確保。ランチメニューの内容はわからないけれど、食べられないものは出てこないだろうということで注文。ちなみに私が食べられないものは、3な(納豆、ナマコ、軟骨)です。これがスイスで供されたら、あまりの意外さに敬服して口にしますけれど(笑) 下の方に3種類の値段が書いてあったのだけれど、辞書を引いてみて概念がわからないのでどうしようもなく、「フルセット」を頼んでみる。

1. Salade de chou rouge

* 紫キャベツのサラダ ワインビネガーがけ

2. Lard fume et saucisson aux lentilles

* スモーク・ベーコンとサラミ レンズ豆添え

* 味も見た目も「豚の角煮」な料理が出てきて、びっくり

3. Dessert de jour

* 本日のデザート

* チョコレート・ムースでした

 せっかくのスイス料理ですから、たっぷり時間をかけて、ゆっくりいただきました。――というと聞こえはいいのですが、要はすっかり忘れさられまして。1皿目が出てきたのは20分後、2皿目に至っては30分後、デザートにまた20分(汗)。ヨーロッパのレストランは連れだって行くのが普通なので、1人旅だと混雑する時間を避ける工夫をしないと、このような目にあいます。いつもは先に入ってしまうか、空くまで待つかするのですが……。スイスは、日本と同じく12〜13時が多客期みたいです。

 スイス料理といえば「フォンデュ」なのですが、これまた1人だと頼めないんですよね。鍋料理だから。バレンシア名物のパエジャも、2人以上でないと×なのです。それに、フォンデュの材料は「チーズ+白ワイン+パン」でしょう? 一昨日から、その3品でず〜っと食いつないでいるし(笑) でも、向かいの席で食べていた人を、じっと眺めていたのでした。

 さて、食後の珈琲も済ませてお支払い。レシートには、ユーロ建てで「19.24ユーロ」と書き添えてありました。スペインとの比較で、物価は2.5倍です。

Lac Neuchatel

 ホテルの部屋で少しばかりくつろいだあと、湖のクルーズに出かけました。ヌーシャテルからは5系統が出ていまして、次のような路線があります。

1. 西岸の Yverdon-les-Bains 行き

2. 南岸の Estavayer-le-Lac 行き

3. 対岸の町まで周遊

4. ティエル運河(Zihl-Kanal)を抜け、北東にあるビエンヌ湖(Lac de Bienne)へ

5. ブロイ運河(Canal de la Broye)を抜け、南にあるムルテン湖(Lac de Murten)へ

 1〜3は、ヌーシャテル湖(Lac de Neuchatel)内の移動です。今回は隣の湖まで運河で行くという体験をしてみたい。4だと、ビール/ビエンヌ(Biel/Bienne)が訪問地。名前が2つあるのはフランス語圏とドイツ語圏の境目だからだそうで、某「プラスチックの不格好なつくりなのに限定品を繰り出すので人気を呼んでいる大手時計メーカー」の本拠地です。

 できるだけ人気(にんき/ひとけ)の少ない場所へ行ってみたい気分だったので、5を選ぶことにしました。船着き場で切符を購入したのですが、ここで一悶着。

 ヨーロッパ人と日本人は、計算の仕方が違うのをご存知でしょうか? 例えば17.6スイスフランの買い物に対してSF20の紙幣を出された場合、まず手のひらに20セントを2個置いて「18」と数えます。そして、そこにSF2硬貨を加えて「20」にし、客に差し出すのです。つまり、ヨーロッパでは引き算は足し算にして考えるのです。で、私は何をしたかというと、貯まってきたコインを減らそうとして「27.6」を出したのです。おじちゃんは、40セントを釣り銭として出してきました。

 あちゃ〜。おじちゃんは、見るからに海……ではなく「湖の男」。見た目で人を判断してはいけませんが、計算が不得意であるということは、現実として眼前に展開されています。いつもの買い物では、渡した金額を口頭で言うことにしているのですが、今回は言葉が通じないので省いてしまったのです。 SF10を失うのは痛いので何とかしようと試みたのですが、おじちゃんは計算途中にコインをレジの中に入れてしまっています。机の上にあるのは紙幣のみ。で、おじちゃんは英語の“One-Way”すらも知らない(この時は、通りがかった人が通訳してくれた)。私はというと、「10」に当たるドイツ語もフランス語もわからない。交渉は困難を極めそうです。

 『渡した紙幣は20なんだよ〜』というつもりで「ドゥ、ドゥ」と言ってみたら、『おぉ、わかったよムッシュ!』と2スイスフランを足してくれました。――損失が約20%減少したので、これでよしとしましょう(^^;

 教訓。言葉の通じない国におけるコインの整理は、引き算をしてくれるレジを置いている店でやること。 

Navigation

 15時35分、フライブルク号が出港。いきなり見えてくるのは、数百本の鉄杭。資料を調べてみると、先頃 “EXPO'02” という催し物があったようです。写真から察するに、そのためのパピリオンや観覧車を湖上に作ったときの残骸らしい。撤去作業をしていましたが、美観を損ねるものでした。早く引っこ抜いておいて欲しかったなぁ。

 まず船は、湖に沿って北上。午前中に訪れたショーモン山の正面に来ると、森の切り欠け具合からケーブルカーの線路を容易に見つけることができ、よく目を凝らすと展望台も見えます。

 それから湖を横断。太陽が写り込み、湖全体がキラキラと光っています。船上から見とれていていたのですが、ここでようやく気が付きました。湖というと「透きとおった水色」なのだと当然のように思っていたのですが、この湖水はあたかも緑柱石を溶かし込んだかのようなエメラルド・グリーン。ヌーシャテル湖は、森の色をした湖だったのです。種を明かすと、水深がそれほど深くないために植物プランクトンが繁茂していたのです。そこに光線が差し込み、見事なグラデーションを構成していました。写真を撮ってみたけれど、あの美しさを切り取ることは出来ませんでした。

 やがて湖を渡り、船はブロイ運河へと航路を進めます。入口付近は干潟になっており、たくさんの野鳥と、それを観察するわずかな人がいます。2階席にいたのですが、旗を倒し橋の下をくぐる準備をしていました。2階席は汽笛が大音量で耳に入ってきますが、遠くまで見渡すことができます。で、見たいものがあると甲板の船首に移動し、それから船尾へと移って見納め。くるくる動き回る東洋人は、さぞ奇異に思われたことでしょう。護岸のために樹木が植えられており、とても爽やかな風景が楽しめます。

 運河を抜けてモラ湖(ムルテン湖)に入るとヴュイー地区の村に停泊。このあたりは山肌がブドウ畑になっており、湖岸にはワイン作りを営む農家が暮らしています。3つの湖に囲まれたところに位置するヴュイー山に登ると、ヌーシャテル湖やジュラ山脈のみならず、アルプスまでをも見渡せるのだそうです。機会があれば行ってみたいな。

Murten/Morat

 2時間の船旅を終え、17時25分ムルテン(モラ)に到着。ここからはドイツ語地域。首都ベルンまでは、ほんの少し足を伸ばせば行くこともできる位置です。が、わざわざ人の多いところへ向かう気が起こらなかったので、この小さな町(人口5,000人)の散策を楽しむことにしました。港の正面にある坂道を登っていくと、どっしりした構えのベルン門があります。どうやらここは、旧市街の周囲を城壁で取り囲む作りをした、典型的な城郭都市。城壁を見ると手すりがあったので、どこかから登れるのではないかと思い、入口を捜してみました。すると、教会の壁に “Escaliers” というフランス語表示を発見。スペイン語の「階段」は“Escalera”なので、きっとフランス語でも語頭は共通でしょう。「エスカフロ〓ネ」だったら、異世界に飛ばされそうでちょっと嫌ですが。

 はたして、隅っこに入口があり、中には古ぼけた階段がありました。表示がなければ、教会の勝手口のよう。中央に塔があって、見晴台の上からは、赤茶色の屋根の向こうにモラ湖を透けて見えます。なんかホッとする景色。こんなところにやってくるのは少ないようで、城壁の端まで行ってみたけれど誰もいない。独り占め〜。

 帰りは鉄道で。町はずれの駅で、切符を購入。時刻表を調べていなかったので心配していたのですが、フライブルク発ヌーシャテル行きと、ローザンヌ発ベルン行きの乗り換え駅なので、1時間毎に出ていました。それでも30分ほどあったので、もういちど市街に戻り、今度は城壁の外側を一周。10分程でまわれてしまう大きさです。博物館になっている16世紀の水車小屋を見て、駅に戻る。

 19時00分発。Ins経由だと、30分でヌーシャテルに着きます。船の4倍速ですか(^^; 産業革命期に、鉄道の果たした役割はさぞかし大きかったのだろうなぁ。

 駅の売店で、スイスの風景を刷り込んだカレンダーを買い求める。すでに、2004年版が出まわっています。異国のカレンダーは、わりと誰にでも喜んでもらえる実用的なお土産なのです。これが木彫りの人形とかだと、棄てるに棄てられないですから。ただし、当然のように祝日が違っているので要注意。

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Sunday, 2003/09/07

リンクス

[] スイス旅行記 (3/5)  スイス旅行記 (3/5)を含むブックマーク

Neuchatel - le matin

 今日は市内の博物館を訪問。午前中は、自然史博物館(Museum d'Histoire Naturelle)へ。駅と市街地をつなぐ坂道の曲がり角にあります。途中、パン屋さんが開いているのを見かけました。基本的に商店は日曜休業なのですが、パン屋が開いているというのはスペインと共通で安心しました。つまり、食べ物を買い忘れてもパンだけは確保できるあてがあるということですから。

 せっかくジュラ山脈に来たのだから恐竜の標本でも見られないかと思って来てみたのですが、小さなアンモナイトの化石は売っていましたが、あくまでお土産用。ヌーシャテルの近辺はジュラ山脈の北東端に当たるものの「ヌーシャテル地方」であり、「ジュラ地方」には含まれないようなのです。どうも、湖の北西のあたりを指す呼び方みたい。紛らわしいことに、ラ=ショウ=ド=フォンの北側には「ジュラ州」というのがあるのですけれど……

 では、この博物館の収蔵傾向はというと、まるで動物園でした。並べられているのは、スイスに生息する生き物達の標本。剥製が陳列されていたのには驚きましたけれど。剥製とは、要は遺骸です。日本の宗教観からすると、死体を飾っておくのは気持ちのいいものではありませんので、はく製にされるのは絶滅した動物くらいなものでしょう。死んだものは、大地に還そうとします。ヨーロッパ的宗教観では、死んだ後の肉体は単なる抜け殻に過ぎないので、聖人の亡骸を保管していたりします。バレンシアの大聖堂には、「聖者の腕のミイラ」が祭られているんですよね。

 しかし、ながめているうちに、動物園こそ残酷なものではないかという疑問が湧いてきました。生きている者を檻の中の限定された空間に閉じこめておくことの方が、罪深いのではないかな――と。私は、魂が離れたあとの身体は土に戻してもらいたいと思うけれど、しばらくの間なら他の生命体の知的好奇心ために貸してあげてもいいかな。写真や映像では存在感というものがないから、実体を見ることには十分な意味がある。そして、自然の奥深くまで立ち入ることには困難があるから動物園というシステムが出来たわけですが、剥製にした標本でも目的は達せられるのではないかと感じました。もし動物園関係者の方が読んでおられましたら、剥製の利用について考えてみてはいただけないでしょうか。

 もう少し展示内容を紹介すると、地上階に入口があって、ウサギさん、リスさんといった人里に近い場所に生息する小動物が中心になっています。だからといって、ネズミさんやコウモリさんまで充実していて、ゴミ捨て場まで忠実に再現していたのは、ちょっとあれでしたが(^^;

 地下階は、キツネさん、イノシシさん、シカさん、オコジョさん、リンクス(ヨーロッパオオヤマネコ)さんなど。

 1階(日本でいう2階)は、鳥さんが豊富に集められています。横のボタンを押すと、鳴き声が流れるという仕組み。

 2階は特別展用の空間になっていて、この日は「だまし絵」の展示でした。

Neuchatel - midi

 昨日買っておいたパンで昼食にすることにしたのですが、晴れていたので見晴らしのいいところで食べようと考えました。そこで、高台の上にある牢獄塔(Tour des Prisons)へ。ここからは、ヌーシャテルの街を見渡すことができます。入口に柵が設けてあって、コインを入れると入場できるようになっています。

 しかし、どうも視界に入る景色とはうらはらに、あまり雰囲気が良くない。なにせ、「牢獄塔」ですからね…… 塔のすぐ横にある参事会教会 (コレジアル教会)(Eglise Collegiale)に場所を移し、気持ちの良い前庭で昼時を過ごしました。

Neuchatel - l'pres-midi

 午後は、歴史美術博物館(Musee d'Art et Historie)へ。今回のスイス旅行の主目的です。ここの見物は、オートマタ(自動人形)。18世紀のエンジニア、ジャケ=ドロー親子(Pierre Jaquet-Droz ?, Henri-Louis Jaquet-Droz 1752-1791)の手がけた3体の人形が納められています。ところが、この実演を見られるのは「毎月、第1日曜日の14時/15時/16時」だけなのです。地上階には工芸品が飾られていますが、ごく並の品々。

 人形の展示室へは、時間にならないと入れてもらえません。扉の近くで、所在なげにしている入館者は、およそ20名。筆者は会場と同時に中へ入り、真正面の最前列を確保しました。

 まず最初は、解説スライドの上映です。フランス語で理解できなかったのですが、オートマタが造られた時代背景や、人形の構造を説明していきます。そのあとで、いよいよ実演。

1) 書記くん(L'Ecrivain)

 羽根ペンにインクを付け、文字を綴っていきます。「ヌーシャテルのジャケ=ドローによるオートマタ達」(Les automates, Jaquet Droz d'neuchatel)という文を披露してくれました。

2) 画家くん(le Dessinateur)

 鉛筆で、イヌさんやマリー=アントワネット妃など、4種の絵を描きます。シュシュッと、あざやかに描き上げていきます。解説によると、(1)前後、(2)左右、(3)上下という3つの動作に分解することによって実現しているそうです。要は、CADの「X-Yプロッター」なわけですが、それを230年前に、歯車の動きによって成し遂げているのです。時折、息を吹きかけるという芸もみせます。

3) 音楽家さん(la Musicienne)

 小型のパイプオルガンを弾いてみせてくれます。オルゴールのように歯車のとげとげで音を鳴らす仕組みなのかと思っていたら、人間と同じように指先を動かして鍵盤を押すことにより演奏をこなしているのだとか。よく見ると、胸をふくらませて呼吸までしています。

 書記くんと画家くんの作品の模写は、売店で販売されています。この日、私は14時と16時の回を見学しました。すると、1日に2度も見に来る東洋人は目をひいたらしく、最後に画家くんの描いた実物を頂戴しました。なお、この日の入場者は40人ほどでした。やはり、1回目が混んでおり、3回目の方がすいています。しかも、片付けの時まで見つめていると私のように実物をもらえるかもしれません(笑) 見学席はイチョウの葉のような雛壇になっており、左よりに座ると技術者さんの動きが観察できます。

 なお、正面入口の前にある階段を昇って上の階に行くと、美術館になっています。オートマタに気を取られて忘れそうになりました。展示物を数か月ごとに入れ替えているようで、この日は前衛絵画でした。興味がわかなかったので、さくっと退出。去り際、作者の名前くらいは見ておこうとポスターを見たのですが…… 下の方に、なんか黄色いエンブレムが。外務省から送付されてくる書類に刷り込まれている、見慣れたやつ。

 ――なんと、Joan Hernandez Pijuan というスペインの作家でした(汗)

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Saturday, 2003/09/06

国際時計博物館

[] スイス旅行記 (2/5)  スイス旅行記 (2/5)を含むブックマーク

Neuchatel

 まずは朝食。お国柄が出てくるのは、ここです。例えばスペインだと、ありません。観光客とか金持ち向けのところは併設のレストランで提供しますが、それは別料金。朝食は食べないか、カフェオレ(cafe con leche)だけと言う人が多いのです。でもスイスだと、朝食付きが基本みたい。

 地上階(日本でいう1階)にレストランがあって、部屋の鍵を見せると席に案内してくれました。あとはセルフサービス。置いてあるものは、アメリカンの珈琲、オレンジジュース、クロワッサン、黒パン、コーンフレークス2種、牛乳、ハム、ヨーグルト。とにかく、胃の容量の限界まで食べておく。この物価高の国で支出を抑えるための作戦です(笑)

 外出し、まず最初に観光案内所へ。郵便局と同じ建物にありますが、壁に「ようこそ」という垂れ幕が日本語で掲げられています。スペイン語はないのに……。でも、日本語の代わりに「来々熱烈的歓迎」とかだったりしたら悲しいかも。

 市内の交通について質問し、地図と時刻表をもらってきました。それから中心街へ行き、食料品店の営業時間を確認。この作業を怠ると、週末に食べ物がなくなるという事態になりますから。湖側に“COOP”、山側に“MIGROS”があったのですが……

  • Lundi(月) 13'15 - 18'30
  • Mardi(火) 08'00 - 18'30
  • Mercedi(水) 同上
  • Jeudi(木) 08'00 - 20'00
  • Vendredi(金) 07'30 - 18'30
  • Samedi(土) 07'30 - 17'00

 なんですか、この時間割は(汗) 両方とも同じだったので、べつに特定の店舗だけの変則的なものではないようです。スペインの「09'00-21'30、日祝休業」という単純明快さとはさとは比べるべくもありません。こんなところに国民性が出ていて面白い。とにかく、今日は17時までに買い物に来ないと、安く食品調達は出来ないわけだ。

La Chaux-de-Fonds

 11時11分発の列車に乗り、30分ほどでラ・ショウ・ド・フォン(La Chaux-de-Fonds)へ。フランスとの国境に程近いところにあり、ヌーシャテルからは山を越えたところにあるのですが、人口37,200人とヌーシャテル州で2番目に大きい都市です。戦災の被害を受けて街を作り直したこともあって、直線的な道路などに近代的な雰囲気を感じます。

 スイスの精密機械、とくに時計産業は有名ですが、ここラ・ショードフォンがその中心地なのです。歴史を遡ると、16世紀の宗教改革によって迫害を受けたフランスの新教徒(ユグノー)がスイスの山間部に逃げ込んできたのだそうです。その中の職人たちが、山の中でも製作することができ、かつ、質素を旨とするプロテスタントの教義にかなう物として時計を作りはじめたのだとか。ちなみに、ジュネーヴのあたりからフランスとの国境線に沿って伸びるのがジュラ山脈。恐竜で知られる「ジュラ紀」の語源となったのが、アンモナイトが採掘されるというこの辺り一帯の山なのです。もっとも、山脈と言ってもなだらかで、稜線は柔らかでした。

 さて、駅を出て、“Musees”の示す方向に従って右へと道を取り、線路づたいに5分ほど歩くと目指す国際時計博物館(Musee International d'Horlogerie)があります。ここでは17世紀頃に作られた時計塔のための装置や、王侯貴族向けの装飾時計、時計作りの道具などが展示されています。ディスプレイの仕方が美しく、素敵な空間でした。奥の方には現代の高級腕時計も展示されていましたが、歴史的な逸品を見てしまうと虚しくみえます。筆者が腕時計というものを嫌っていて、6,000円の懐中時計を愛用しているというのもありますが…… どうしてみんな、自分の腕に「時間」を縛り付けようとするんでしょう?

 駅の横にあった“MIGROS”で、キャロット・ジュースとビスケットを購入。これを昼食にしようというわけだ。経験上、ニンジンを含む飲料は腹持ちが良いうえに、体調も向上します。

Les Geneveys-sur-Coffrane

 13時16分発の列車に乗り、ヌーシャテル方面へ。車窓を眺めていたら、中間点のレ=ジュヌヴェ=シュル=コフラーヌ(Les Geneveys-sur-Coffrane)の景色が美しかったので、たまらず途中下車。たぶん人口3,000人程度の小村だと思います。ジュラ山脈のど真ん中にあたる地域で、静かな高原です。雨に煙る地平線が。それでも駅のすぐそばにホテル(Hotel des Communes)がありました。列車は1時間おきにやって来るので不便極まりないというわけではなさそうですから、こんなところに宿を取って保養してみるのも楽しそう。

 スイスに限らず、ヨーロッパの鉄道には入場時の改札がありません。さて、スイス国鉄の場合、途中下車ができるのでしょうか? 罰金をとられるよりはいいや、と片道切符を追加購入したのですけれど、これ、必要だったんだろうか。

Neuchatel

 ヌーシャテルへ戻り、まずは買い出しに。スーパーマーケットだと、食品が安く手に入ります。明日の夕食まで質素に食いつなぐことにしたので、必要なものを仕入れておきます。

 その後、日没まで気の向くままに市街地を散策。12世紀に創建されたという参事会教会 (コレジアル教会)(Eglise Collegiale)、教会への向かう道沿いにある時計塔(Tour de Diesse)などをめぐってのんびり歩きます。こじんまりした街なので見所と呼べるものは少ないのですが、そのぶん街角の光景に目をやることができます。古くからの建物は黄褐色の岩石で建てられていることから、アレクサンドル=デュマはこの街を表して「バターの固まりをくり抜いた」と述べたのだとか。

 さて、日も暮れてきたので帰ろうとしたところ、まずいことに気づきました。お酒を買い忘れていたのです! しかも先ほど、地元ヌーシャテル産のカマンベールを買い、室温で寝かせてあります。これは、同じく地元産の白ワインでいただかなくては旅の醍醐味に欠けるというか、チーズさんに失礼にあたるというものです。飲まない人には問題の重要性がわからないかもしれませんが……

 この時間になると、開いている店は駅構内のものしかなさそう。薄暗くなってきた中、坂道を昇って買いに行ってきました。そうして軽い夕食となったわけですが、あまりにも上質なカマンベールで、ワインが無くてはきついくらいでした。手触りは、白カビがふかふかとしていて、まるでつきたての草餅みたいなの〜 はにゃ〜ん(*><*)

au revoir

 ヨーロッパは「常識」が通じるので、言葉がわからなくても何とかなります。以前、モロッコに行ったときは「常識」が通用しなくて大変でしたけれど(絨毯屋に押し込められた時は、生きて帰れるか不安になった)。ただ、最低限のあいさつは現地の言葉で交わすのが礼儀でしょう。

 ただ、『さようなら』のつもりで“Adieu/アデュー”と言ってみたら、微妙におかしな顔をされる。スペイン語の“Adios/アディオス”とは、語源が同じでも使い方が違うみたい。出発前に購入しておいた英仏辞書を調べてみると、“Au revoir/オゥルヴォワ”と言うのでした。

 でも、どうして「アデュー」なんていう単語を知っていたのだろう――と思って調べてみたら、「○ー○ー○ー○」の決め台詞でした(笑) おかしいなぁ、“R”は最初の回の途中で見る気を喪失して放棄したはずなのに。

 ちなみに、他に使った単語は、「メルシ」、「シルブプレ」、「ボンジュール」、「ボンソワール」で、合計5個。これでも個人旅行できてしまいました。

 言葉の使い方であれ?と思ったのは、「ボンジュール」から「ボンソワール」に切り替わる時点が最後までつかめませんでした。午前と午後なのかと思ったのですが、日没後でも「ボンジュール」と言われたことがあったし。

 ちなみにスペインでは、昼食前が「ブエノス・ディアス」、昼食後が「ブエナス・タルデス」。ただ、スペインの昼食時は14〜15時であるということを知らないといけません。

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Friday, 2003/09/05

レマン湖の大噴水

[] スイス旅行記 (1/5)  スイス旅行記 (1/5)を含むブックマーク

Barcelona

 ホテル“Rey Don JaimeI ”をチェックアウト後、カタルーニャ広場にある銀行(BBVA)で預金をおろし、8時15分発の空港行きバスに乗る。バルセロナ(イル・プラット)空港では、IBイベリア航空のカウンターは中央のBターミナルにあるのですが、搭乗口はCターミナルの最も西端。しかも、そこからバスに乗り、Aターミナルの東端よりさらに先に駐機している航空機に乗り込むという、効率などまったく考慮していない動線。

 9時55分発のIB4494便の搭乗率は3割程度。わずか1時間25分のフライトなのですが、軽食でサンドイッチが出てきました。定刻11時20分に到着。

Geneve

 空港内のUBS銀行で両替。200ユーロが、296.50スイスフラン(以下SF。なお、CHFと表記される場合もある)でした。日本円換算だと、SF1 = EUR0.67 = JPY88 ですか。面倒くさいことやってますが、最近はユーロ建てで生活しているので……。日本円からの直接交換だと、85円くらいだと思います。

 まずはジュネーブの中心部、コルナヴァン駅へ。駅構内のコインロッカーに荷物を収納して身軽になり、街へ繰り出す。右に出て、左に曲がって、真っ直ぐ進むと5分ほどでレマン湖に出ました。イギリス公園(Jardin Anglais)の花時計(Horloge Fleurie)の前でバスを見かけたのですが、ちょっと変わっていました。なんと、電気式なのです。鉄道に詳しい人なら、1本ポール式の市電みたいなのといえば分かるでしょうか。後に、ヌーシャテルでも同じ構造のものを見ましたのが、たぶん市電が走っていたときの設備を流用したものと思われます。でも、ゴムタイヤをはいているバスが電線にぶらさがって走る様は、見慣れるまで奇異に映るものです。

 そこから坂を登り、緑青の吹いた緑色の尖塔が特徴の大聖堂へ。ところが、途中で雨が降り出したため、教会の位置を確認して中心部へ引き返す。途中、哲学者ルソー(Rousseau)の像を見てきました。時に13時40分。経験上、旅が楽しくなくなるのは、(1)空腹、(2)重たい荷物、(3)雨具を忘れたときの降雨、(4)非衛生的な宿泊施設、(5)金銭欠乏、――です。これはいけない、と昼食をとることにしました。しかし、初めて来たところなので、飲食施設をかぎ分ける嗅覚が働かない。お手軽なところで、サンドイッチ店に入りました。

 “ボンジュール”

 おおっと、いきなり店員さんのフランス語攻撃です。ちなみに筆者、フランス語は3日勉強してあきらめた経歴の持ち主。「フランス語は綺麗」と言う人がいますが、私に言わせれば母音のはっきりしない気色悪い言語なのです。しかし、ここでめげてはなりません。メニューをスペイン語で読み上げて、無理矢理注文します(笑) あと、飲み物も。代金は、サンドイッチがSF7.9、清涼飲料水がSF2.9だから、合計してJPYに換算すると……

 1,390円 !? (ぉぃぉぃ)

 物価の安いスペインとの比較する気は起きませんが、スイスは想像を絶する物価高。これは、かなり引き締めてかからねばなりません。余談ですが、日本は物価が高いと言われますけれど、高いのは住居費と公共交通料金であって、飲食費は結構安いんですよね。100円でおにぎりが、300円出せば牛丼が食べられますから。

 もったいないので、じっくり噛み締めて味わっている内に、小降りになってきました。雨は「嫌いじゃない」のですけれど、ここ3か月間に1度も雨に降られていなかったので、すっかり傘のことを忘れていたのでした。レマン湖の遊覧船に乗ろうと思ったのですが、「お客が少なくて、運休なの」と言われて頓挫。次の便が出るまでのあいだ、市内観光を続けることになりました。

 ということで、先ほど門の前までやってきたサン・ピエール大聖堂(Cathedrale de St.Pierre)へ。ここは宗教改革を指導したカルヴァンゆかりの地で、隣には彼が神学講義を行ったというカルヴァン講堂(Auditoire de Calvin)もあります。しかし、観光としては54mの高さがある北の塔を見逃すわけにいきません。SF3.5を払い塔の上に昇ると、ジュネーヴ市街とレマン湖を見渡すことができます。あいにくの曇り空で遠方は望めませんでしたが、晴れていればさぞかし美しい景色であることでしょう。

 次は、宗教改革記念碑(Monument de la Reformation)です。かれこれ12年の間、社会科の講師として収入を得てきて、16世紀の世界史は少なからぬ回数講義しましたので、ここまで来たからには見ておきたいな、と。地図で見ると、大聖堂から100mほどの所です。

 ところが見あたらない……。広場はあるのですが、それらしきものは無いのです。しかし、私の方向感覚と読図能力は、この方角で間違いないと告げています。この広場、高台になっていたので、崖の下へと降りてみました。道路がありましたが、それも渡って下へ。するとそこに、ようやくお目当てのものがありました。まぁ、等高線のない観光ガイドの地図だからね。

 モンブラン広場(Pl. de MontBlanc)の船着き場へ戻り、こんどは無事に乗船券を確保。レマン湖の遊覧船ツアーを開催しているのは2社あるのですが、駅側のCGN社ではなく、スイスボート社の15時30分発シレーン(Sirene, 人魚)コースににしました。SF12で、乗船時間は1時間15分。同乗したのは、インド人の御一行40名様(汗)

 レマン湖の湖岸には資産家の別荘が建ち並んでいて、それを眺めていくというものです。確かに素敵な家なのですが、中産階級の庶民が見てもねたみ&そねみの種にしかなりません(笑) 人魚のブロンズ像まで行って折り返してくるのですが、これにしても白々しい。終盤にはUN国際連合ヨーロッパ本部とか WTO世界貿易機関といった国際機関の施設群を見ることになるのですが、法律家からすると単なる大きなお役所でしかない。いまひとつ盛り上がりません。決して悪くはないのですけれど、自然遺産としては観光地化が進みすぎているし、人類の歴史遺産としても中途半端かな。

 ここでジュネーヴを後にします。ヌーシャテルまでの往復切符をSF69で購入し、17時48分発の急行列車に。このとき、窓口で何か聞かれたけれど分からなくて適当に処理してもらったのですが、どうやらヌーシャテルに行くには2経路あって、どちらにするかという問いかけだったようです。渡されたのは直行便(via Renens)でしたが、ローザンヌ(Lausanne)経由もありました。ニヨンを通り、およそ1時間20分で目的地ヌーシャテル(Neuchatel)へ。

Neuchatel

 簡単な地図しか持ち合わせていなかったのですが、どうにかホテルに到着。ネットを駆使して見つけた**2つ星ホテル“Hotel des Arts”です。それでも、共同シャワーのシングルが1泊SF87(7,670円)します。しかし! 部屋に入って、ちょっと感動。80年代モダンでまとめられた、それはオシャレな部屋だったのです。ヌーシャテルに行くなら、ここはお薦めです。駅からSF1で乗れるケーブルカーがあって、それで市街地に着くとすぐ目の前なので交通至便。

 かなり暗くなってきていたのですが、とにかく食料と水を確保しないといけません。コンビニエンス・ストアなどないので、買いそびれるとレストランで思いっきり高価な費用を払うか、さもなくば飢えを耐え忍ぶしかありません。すでに一般の商店は閉まっていたのですが、駅の構内に06時から22時まで休業日なしで営業する食品店がありました。ここで、水、缶ビール、ぽてち、ワッフルを購入。

 で、物価の話をいちいちしているとキリがないのですが、どうしてもこれは言いたい。SF2.9(255円)のビールは許せる。しかし、ポテトチップスがSF4.6(405円)というのは納得いきません〜

 買い物に行く途中に驚いたこと。道路を渡ろうとして、自動車が通り過ぎるのを待っていたのですが、横断歩道の前で停まるのです。クルマが。それが、1度ならず、滞在中ずっと。平和だなぁ。スペインだと、信号の色と通行の可否は連動していないので、どうぞご注意を。

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Thursday, 2003/09/04

グエル公園

Barcelona  Barcelonaを含むブックマーク

 明日からのスイス旅行は、バルセロナ発の航空券を買いました。もちろん、バレンシア―バルセロナ間も飛行機で移動できるのですが、往復で100ユーロかかります。バス移動だと往復42ユーロで済むので、同じお金を使うなら前泊してバルセロナ観光もしようと考えました。バルサへは、5年前の最初のスペイン旅行で行ったきりですし。

 どうも無駄に気合いが入っていたらしく早朝5時に目が覚める。もしかしたら7時の便に間に合うかも、と出かける支度を始めたのですが、朝食の準備をしていて大事件が発生。食器棚を開けたら、カビが大発生していたのです(泣) どうやらここ2日間のうちに、同居人の誰かが汁物をこぼしたまま放置していたらしい。しかもそれが、ほんの少し開いていた私の棚に流れ込んで…… このまま出かけると誤解を受けそうなので、掃除を始めました。そんなこともあって、バス駅についたのが7時ちょうど。2時間ほど待合室でぼーっとするはめになりました。

 所要時間は4時間20分。特急でも4時間かかるので大して差はないのに、料金はバスの方が安い。ただし、「それなり」の速度で走るので、ちょっと怖いような気もします。バルセロナ北駅に来るのは初めてだったので出口を探して少し迷う。地下鉄で移動し、まずはホテルにチェックイン。ゴシック地区にある“Hotel Don Jaime I”にしたのですが、ここは5年前にも泊まったことのあるところ。記憶の中で少し美化されていたのですが、それでも1泊42ユーロと格安でいいところなのは変わっていませんでした。

 ランブラス通りに出ると、アメリカンエクスプレスの営業所がありました。スイスまでどうやって資金を移動させようか困っていたので、トラベラーズ・チェックの価格を物色。ところが、T/Cのレートが悪いうえに、販売手数料が高い。現金化のときにまた手数料を取られる考え、やめにしました。

 再び地下鉄に乗り。バルセロナの象徴ともいえるサグラダ・ファミリア聖堂へ。ちょうど食事時だったので、手頃な店に入り定食を注文。1皿目の欄に「お米のサラダ」というのがあったので、頼んでみました。出てきたものは、ツナご飯に赤/緑ピーマンのみじん切りを混ぜ込み、ドレッシングをたっぷりかけたもの。これのどこが『サラダ』なのか、見識を疑うようなものでした。でも、サウザンアイランド・ドレッシングの強烈さ故に、口の中に入れるとそれは「サラダ」と認識されてしまうのです。人間の感性とは不思議ですね。あまりのことに2皿目の名前を忘れてしまったのですが、ごく普通の「焼きソーセージと豆の盛り合わせ、アリオリソース添え」でした。

 さて、改めて聖家族教会へ。ちなみに、外観を眺めるだけなら入場料はかかりません。生誕の門の前に立つと、素晴らしいの一言に尽きます。石で出来ているのに、したたり落ちてくるのではないかと思うほど。これほどまでに人を感動させられる近代建築を、他には知りません。天才建築家ガウディの遺作を見るために、バルセロナへは足を運んでみるべきです。

 時間の許す限り彼の足跡を追ってみようと思いました。続いては、グエル公園。地下鉄バイカルカ駅の近くに長いエスカレーターがあり、これに乗ると公園の裏門まで着いてしまうという優れもの。どうしてこんなものがあるのか謎なのですが。雪が降る地域の出身者にとっては、機械設備が屋外にあるというだけで違和感があります。東京だと外気にさらされる場所にエレベーターがあったりしますが、札幌でそんなものを造ると雪が詰まって扉が閉まらなくなります。

 次は、カサ・ミラ。まず屋上の奇妙な煙突を眺めたあと、5階の資料館、4階のアパート内部を見学してきました。その後は再びランブラスへ戻り、グエル邸。時間も遅くなってきたので、外から見るだけ。

 日没後、カタルーニャ広場にあるfnacへ。ここは柔らかめの書籍が充実しているので、観光客とか外国人に便利。店内撮影はあまり好ましくないのだけれど、「国外における日本文化の紹介に関する学術的研究」ということで……

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Wednesday, 2003/09/03

dominio  dominioを含むブックマーク

 ドメインを取りました。かれこれ2年ほど前からたくらんではいたのですが、なかなか踏ん切りがつかなくて。それが先月、いまお世話になっているところが利用しているホスティング業者が突然に廃業すると伝えてきて、あわや一時休止かという事態になりました。結果的には管理者の尽力で回避できたものの、かなり心配しました。仕事で使っている名刺には、@fumica.com のアドレスを書いてあります。また、200人を超える読者を抱えるメールマガジンを発行しているという責任があり、ころころ連絡先が変わるという事態は避けたい。

 それに今日は空見(9・3) ちゃんの日なので、とても縁起が良い(笑)

 さて、ドメイン取得を決断したら、次は業者選びです。しなければならないことは2つあって、(1)レジストラーと呼ばれる登録代行業者に、ドメイン名を登記してもらう、(2)ホスティング業者から文書や画像の配置場所(サーバー)を借り、その住所をレジストラーに連絡する――という手続が必要になります。

 自前ドメインというと、.com/.net/.jp/.cc/.to あたりが定番ではないでしょうか。ところが私、どうしても英国ドメインを取りたかったのです。そうなると“.co.uk”を選べるところという選考基準で、自ずと候補は絞られてしまいました。最初は米国の老舗業者である Register.com にしようとしたのですが、2年分で$90というのは酔狂でやるには少々高い。そこで、バリュードメイン(Value-Domain)を通じて登録しました。.ukドメインは最低契約期間が2年なのですが、それでも請求額は2,066円(7%のクレジット手数料を含む)。

 さて次はホスティング。ところが、開業者の数が多すぎて、どこがいいのか決められない。迷っても仕方がないので、エクスリア(XREA)にしてしまいました。ここ、無料ホスティングを提供しているところなのですが、実質的には「バリュードメインドメインを取得した人」でなければ登録できません。そのぶん連携が強く、設定に必要な情報もそろっていたので、練習用には悪くはないだろうと考えました。メールアドレスも100個設定できるので、知人に配るには十分な量。使ってみて性能が思わしくないようなら、別業社に乗り換えればいいだけのことです。こちらには「有料広告免除サービス」という名目で、1年分2,556円支払いました。それでも、ドメイン取得費用と併せた年間維持費は3,589円。

 ウェブサイトに広告が出ても構わない、メールアドレスとして使う、というならば、1,000円/年たらずで独自ドメインを運用することも可能。費用面での障壁は、いつの間にかこんなにも低くなっていたのですね。

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Tuesday, 2003/09/02

latin  latinを含むブックマーク

 先日、池田在住のKたんから“Repeatedly”というMADムービーを紹介してもらったのですが、その冒頭の音楽ソースが気になって仕方がありませんでした。歌い出しが“Rex”であるのは聞き取れたので、モーツァルトのレクイエムからの連想でミサ曲だろうと思っていたのですが。なんと、『エ〓スコン△ット4』というシューティングの音楽だったのでした。やはりモチーフは鎮魂歌。最近のゲームって、こんな音楽まで使うのですね。

 製作元が歌詞と解説をウェブサイトに載せていたので取り寄せてみたのですが――訳詞を見なくても意味が分かる。ラテン語だというのに(^^; さすがに2語目の“tremendo”が「沼地、恐ろしい、ものすごい」という意味なのは辞書を調べて知りましたが、それでもスペイン語として読めてしまう。スペイン語がラテン語から派生した言語であるということを改めて知ったのでした。

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Monday, 2003/09/01

septiembre  septiembreを含むブックマーク

「コバルトブルー マリンブルー

8月の喧噪をひきずって

セルリアンブルーの9月がはじまる」

岡野史佳 『フルーツ果汁100%』

Salida  Salidaを含むブックマーク

 同居人が去っていくのを見送るくらいはしないと、と早起きしたのはいいものの、低血圧でふらふら。これはいけん、と珈琲を飲んだら、カフェインの作用で心臓の鼓動が速くなって倒れる(^^; 5分ほど横になっていたら治りましたけれど。

 物音がするので部屋の外に出てみると、いつの間にかサビーネがエレベーターに乗ろうとしている(ぉぃぉぃ)。あわてて飛び出したのですが、そこには大量の荷物が。スーツケースとリュックサックが2つずつに、ボストンバッグ……。タクシーを呼び止めたはいいものの、これは誰か手伝わなきゃいけないということで私が急遽同乗。理由は、ペルー人2人は、朝食前で嫌がったから…… まぁ、ここで断固拒絶して仕事に出かけられるような性格なら、社会保障法を副専攻にしたりしませんから、いいのですけれど。

 しかし、重い。スーツケース1つで軽く20kgは超えています。鞄1つを運ぶのでも苦労するのに、私の約66%しか身長を持たないサビーネが運べるわけがない。あーあ、リュックをかついで歩いただけでステンッと転んでるし。それでも、クマのぬいぐるみを持ち帰ろうとするのが女の子なのだな。 

Luftpost  Luftpostを含むブックマーク

 大学から戻ってくると、スイスから速達が届いていました。中には、先日予約したホテルからの確認状。しかし読めない。郵送で書類を送ってくるのはしっかりしていると思うけれど、どうしてドイツ語で送ってくるかな…… 第2外国語は独語だったので、かろうじて何が届いたのかはわかりましたが。大学に入った時にはカール=マルクスの著書を原書で読もうという壮大な夢を持っていたのに、割り当てられた授業はドイツ語版『奥の細道』を和訳するという極めて「アカデミック」なものでして。未だに、担当だった石橋教官の意図を理解するに至っていません。やる気を喪失したもののこれが必修科目であったため、40万円の追加料金を払って学部在学期間を1年間延長したという過去があるのだ。

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