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博物士

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Sunday, 2004/02/29

Ano bisiesto  Ano bisiestoを含むブックマーク

 閏日ということでメールマガジン向けに寄稿した文章を転記しておきます。

▼ 深青ちゃん、お誕生日おめでとう

 岡野史佳先生の作品『瞳のなかの王国』にて主演をつとめられた倉本深青さん*1 が、このほど7歳の誕生日を迎えらました。

 深青さんは、1976年2月29日(日)の生まれ。誕生日色はアイビーグリーン、誕生石はペリドット含有隕石。

 “Birthday stars”によると、巨嘴鳥(きょしちょう)座ゼータ星の瞬きが、現時点における深青ちゃんの誕生日。これは、28歳の人が地球から28光年の位置にある星を見ると、同じ時に生まれた光を見ることができるということで導き出しているもの。そのため、しばらくすると星は入れ替わっていくので、注意されたい。

《参照》

 - マリンワールド( http://www.marine-world.co.jp/

 - 365+1( http://somanyminds.com/365/pc/

 - 誕生色辞典( http://www.colorstrology.com/

 - Birthday stars( http://outreach.jach.hawaii.edu/birthstars/

 - お星さまドットコム( http://www.ohoshisama.com/

▼ コラム - 年齢の数え方

 明治35年に制定された『年齢計算ニ関スル法律』の第2項では、「民法第百四十三条ノ規定ハ年齢ノ計算ニ之ヲ準用ス」と定められています。そこで参照されている民法の規定を見ると、第2項但書で「最後ノ月ニ応当日ナキトキハ其月ノ末日ヲ以テ満期日トス」とされています。つまり、閏日である2月29に生まれの人の誕生日は、常に「2月の最終日」をもってあてることになります。

 さらに同条第2項本文では「起算日ニ応当スル日ノ前日ヲ以テ満了ス」とされています。よって、年をとるのは「誕生日の前日の24時になる瞬間」です。

 従って深青ちゃんは、法律的には28歳です。しかしながら倉本家においては法律と異なる計算方法を採用し、4年に1度しか加齢しない計算方法を用いているようですので、当紙ではご本人の意向を尊重することといたしました。

《参照》

 - 法令データ提供システム( http://law.e-gov.go.jp/cgi-bin/idxsearch.cgi

 - 今日は何の日( http://www.nnh.to/

出典:デイリー・ベルズ日本語版 67号 ( http://www.dailybells.co.uk/

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Thursday, 2004/02/26

maid  maidを含むブックマーク

 英国大使館公使邸メイド募集

The Minister of the British Embassy Tokyo seeks an official maid...

題名、英文、いずれも原文ママ。大英帝国ここにあり。

http://www.uknow.or.jp/

Tuesday, 2004/02/24

[] 坂の上の雲 (1)  坂の上の雲 (1)を含むブックマーク

 司馬遼太郎坂の上の雲』第1巻(ISBN:4167105284)読了。

 全8巻から成るこの小説は、3人の伊予人の視点から日露戦争を描こうとするものである。第1巻は、登場人物のお目見えといったところ。

 まず1人目。秋山好古(よしふる)。下級武士の生まれで、10歳の時に明治維新を迎える。貧しさのために学校へ行けず、風呂焚きをして金を稼ぎ、本を買った。この頃、全国に小学校が設けられていたが、大阪では教員が不足していた。というのも、江戸時代に学問をしていたのは武士階級であったから、商人の町である大坂には適切な人材が少なかったのである。明治8年(1875年)、好古は大阪に出て試験を受け、代用教員となった。さらに試験を受けてみると、あっけなく本教員になった。時に好古17歳の時のことであるから、ここから当時の教員の質をうかがい知ることが出来る。しかし赴任先の校長とそりが合わず、教員としての生活を4箇月で終える。そして、そもそも大阪へ出てきた目的であった無料の学校(師範学校)に入学を果たした。1年で卒業し、名古屋に赴任。半年後、主事をしていた同郷の人物の薦めに従い、士官学校に入学。折しも西南戦争が勃発しており、開始が遅れはしたものの3期生として入学。ここで好古は、早く卒業して給料が得られるという理由で騎兵科を選択した*1

 2人目、秋山真之(さねゆき)。好古の弟で、明治元年(1868年)の生まれ。日露戦争時には、有名な電文「本日天気晴朗ナレドモ浪高シ」を起案することとなる。そして3人目、正岡子規。後に俳人となる。秋山真之より1歳年長だが、この二人は長らく学業を共にする。なお、夏目漱石は友人として、高浜虚子も後継者として、この小説にしばしば登場する。明治16年(1883年)、子規は17歳で中学を中退し、大学予備門を目指して東京に出る。ここで子規は、叔父の友人・陸羯南(くが・かつなん)の世話となる。陸羯南は司法省法学校に入ったが、校長と衝突して原敬*2 らとともに放校。その後、新聞「日本」を創刊して言論界で活躍するに至る。

 秋山真之も旧松山藩の育英会から学資を得、子規にやや遅れて上京。子規と共に、大学予備門を受験するための予備校に通った。この学校の英語教師が、後に大蔵大臣として名を馳せ、二・二六事件で凶弾に倒れる高橋是清*3

 さて1年後、入学試験を受け、大学予備門に合格。真之は兄・好古のところに転がり込んでいたが、子規と同宿することにする。在学中、正岡子規は詩歌小説にのめり込み、文芸の才能を開いていく。明治22年(1889年)、肺結核を病む。喀血した自分を、血に啼くような声のホトトギスにかけたことから、この時に「子規」の号ができる。

 対して秋山正之の方はというと、学業にかかる金に苦慮していた。加えて、このまま官吏か学者になっても一流にはなれないと思い悩む。「うまれたからには日本一になりたい」という当時の青年に共通の望みが叶う場を海軍に求めることにした。明治19年(1886年)、学費のかからない海軍兵学校へと入学する。

――と、登場人物の確認だけで、この分量。いやはや。それにしても司馬は、面白い人物達を見つけてきたものです。折しも今年は、日露戦争から100年*4。しばしの間この書を紐解いて、一世紀前の歴史を学んでみようと思います。

http://y-hyouma.hp.infoseek.co.jp/retsuden/yoshihuru.html(侍庵)

*1:歩兵科と騎兵科が3年、砲兵科と工兵科は4年。なお、好古の体格が見込まれたことも理由にはあるらしい。

*2:後に総理大臣となり、藩閥を打破して初の本格的政党内閣を打ち立てる。

*3:宮沢喜一氏が、首相を経験した後でありながら小渕内閣で大蔵大臣となった時、「平成の高橋是清」などという声がありましたっけ。

*4:日露戦争の開戦は、明治37年(1904年)2月10日

Sunday, 2004/02/22

セラーノスの塔

Fallas (Crida)  Fallas (Crida)を含むブックマーク

 スペインの3大祭り*1 である、バレンシアの火祭り(ファジャス)が始まりました。このお祭り、最終日は3月19日。つまり、これからの4週間、そわそわしながら過ごすことになります。だってスペインだしね(笑)

 まず日曜日の20時から、セラーノスの塔で開会式。もちろん行ってきました。これから先、私も全力で取材に当たります。ウェブサイトも立ち上げましたので、どうぞよろしく。

http://valencia.sociallaw.info/

*1:あと2つは、セージャの春祭り、パンプローナの牛追い祭り

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Saturday, 2004/02/21

Renault Megane  Renault Meganeを含むブックマーク

 スペインの自動車メーカーといえばセアットSEAT)なのですが、街を歩いていても滅多に見かけません。私があまり自動車に興味を持たないので認識していないというのもあるのですが。何せ、マツダのファミリア(平成元年型)に、かれこれ12年ほど乗り続けているくらいで。

 でも、1つだけ「これなら欲しいな」と思っているものがあります。『メガネ』というルノー車。後ろから見た時の形が、すごく印象的なの。それが日本でも発売されるみたいです。

 残念ながら、呼び名はフランス風に『メガーヌ』。スペイン風の発音、広まりませんかね。それ以前に、何台売れるかどうかでしょうけれど。

http://www.asahi.com/car/cg/040220.html

http://www.vividcar.com/cgi-bin/WebObjects/f1b8d82887.woa/wa/read/f99d440973/

http://www.carview.co.jp/express_new/megane/index.asp

http://www.renault.jp/new_megane/

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Friday, 2004/02/20

関西弁講義

Kansai dialecto  Kansai dialectoを含むブックマーク

 私のスペイン語の先生、山下好孝(やました・よしたか)助教授が本を出しました。『関西弁講義』(ISBN:4062582929)です。

 数年前、北海道大学で「一般教育演習:外国語としての関西弁」が開講され、大人気を博しました。軽く単位が取れるだろうと踏んだ関西出身者が多数履修したところ、「関西弁は外国語だ」と音をあげたらしいです。地元局はもちろんフジテレビも取材も来て、日本経済新聞でも大々的に取り上げられました。それがきっかけで、今回、講談社 選書メチエの1つとなったわけです。

授業の目標
関西弁を通じて、自分の母語を見直し、対照言語学の基礎を学ぶ
到達目標
関西弁の音声、文法体系を学び、関西弁の運用能力をつけることを到達目標とする。受講生はグループに分かれ、関西弁の創作劇を作成する。その上演をもって期末試験に替える。

(2002年度シラバス より)

http://crab.hucc.hokudai.ac.jp:8080/keng/sfindinput.cgi

 氏のご出身は京都なので、もちろん関西弁のネイティブです。ちなみに奥様はイタリア系ブラジル人で、ご家庭内ではポルトガル語が公用語。大学では、留学生向けの日本語教育を担当しておられます。昨年前期の半年間は、日本語教師として中華人民共和国までご出張…… とまあ、山下好孝研究室に出入りしていると、いろんな国と関わりが持てます(巻き込まれる、とも言えます)。

 関西人は声が大きいのではない。声が高いのである。関西人は関西弁を変えようとしないのではない。変えられないのである――。音韻、文法、語彙。標準語とは異なる独自の体系を持つ関西弁。北大の人気教師がユーモアを交えて綴る、関西弁の教科書。

講談社 BOOK倶楽部 より)

 著者がユーモアあふれる人物だというのと、語学教育において抜きん出た実力があるというのは間違いないです。書店で見かけたら、手に取ってみてください。私は未だ読んでいないので詳しくは知らないのですが、著者曰く「学術的に」書いたとのこと。

http://shop.kodansha.jp/bc2_bc/search_view.jsp?b=2582929

http://www.isc.hokudai.ac.jp/www_ISC/staff/staff2.php

 ちなみに、山下先生は神戸市外国語大学(イスパニア学科)のご卒業。メキシコにも留学されたことがあるとか。その縁で、スペイン語の御指導を仰いでおります。NHKのスペイン語講座でおなじみ福嶌教隆(ふくしま・のりたか)教授の弟子筋に当たると自称しておられるので*1、私は「スーペル・ノリ」の孫弟子らしいです。

http://www.kobe-cufs.ac.jp/bukyoku/spanish/profesores.htm

http://www.nhk.or.jp/gogaku/2002/spain/performer/


【書評】

id:Nomade:20040311#p1

http://www.ytv.co.jp/announce/dokusho/column/0001-0100/0010.html(道浦俊彦さん)

http://www014.upp.so-net.ne.jp/t-kita/kansou1604.html(喜多哲士さん)

http://cse.niaes.affrc.go.jp/minaka/diary2004-02.html##26(三中信宏さん)

http://homepage2.nifty.com/suzuki-kunie/diary0402.html#25(鈴木クニエさん)

http://homepage.mac.com/ytatsu/iblog/C566185499/E429761171/(ytatsuさん)

http://hatanaka.txt-nifty.com/ronda/2004/03/post_1.html(畑仲哲雄さん)

http://lcmx.net/blog/archives/000172.html(たけさん)

*1:正確には、東谷頴人先生の門下らしい。

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Wednesday, 2004/02/18

Preguntas 100  Preguntas 100を含むブックマーク

 思うところあって、『はてなダイアリー利用者に100の質問』の改訂案を出してみました*1 。既に存在しているものを変えようとするには、新しく作るよりも3倍ほどの労力が必要となります。まず第1に、なぜ今のままではいけないのかを説得力をもって説明し、共感を得られるようにしなくてはいけない。第2に、残すものを選り分けなくてはいけない。取捨選択について疑問があれば、誠実に答える責任が生じます。第3に、そのうえで新しいものを考えなくてはいけない。

 考えただけでも大変です。しかし、はてなのコミュニティーでどのくらい議論が出来るのかということに興味があったので、議論を提起してみました。火中の栗を拾う、もとい、燃え盛る火の中に栗を投げ込むような心境なのですが――

Monday, 2004/02/16

イタリア版どれみ

AirEuropa  AirEuropaを含むブックマーク

 エアーエウロパの航空券をチケットレスで購入。で、スペイン旅行をする人に役立つのではないかと思い、記録にまとめておきました(イベリア航空編もあります)。ヨーロッパでは、競争のおかげで航空券が安く買えます。

http://barcelona.sociallaw.info/ux/aireuropa.html

 欧州の航空事情については、次のサイトが参考になります。

http://europe.s9.xrea.com/(Flying Cheap!)


 ぜんぜん関係ない――わけでもないのですが。魔女ガエル*1 は「マジョリカ」。地中海に浮かぶ島は「マジョルカ」。わかってるねん、わかってるねんで(声の出演:大阪さん)。

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Saturday, 2004/02/14

law school  law schoolを含むブックマーク

 受信したロースクールに関する疑問。私でも答えられる内容だったのでコメントをつけたのですが、そこから話が進んでいきました。お相手してくださったのは経済学専攻の人。

http://d.hatena.ne.jp/yohkura/20040207#c

http://d.hatena.ne.jp/yohkura/20040210

 最初は議論の軸足が定まっていなかったのですが、再質問で「どうしてアメリカ合衆国に法学部は無いのか?」ということに落ち着きました。そう、米国の大学に法学部は存在しないのです。米国で弁護士を目指す人は、学部で法律以外のことを学び、卒業後にロースクールで法律を学ぶことになります。裁判官は、弁護士の中から推薦を受けた人が就任します。こうした外国の法律事情は、法学部なら徐々に教わることなので「今さら」という話なのですが、日本を基準にして見ると驚くべきことです。その米国から拝借してきて、日本版ロースクール(法科大学院)を作ることになったのですから、なんとも奇妙な話――

http://www.juris.hokudai.ac.jp/lawschool/faq.html(法科大学院FAQ)

 それはさておき。法学部というものが必ずしも万国共通のものではないならば、どうして日本に法学部(そして司法試験)があるのかを知っておくことが、議論のために役立つのではないかと思い、メモを用意しておくことにしました。

 話は1872年(明治4年)にさかのぼります。司法省に明法寮が設置され、司法官(判事と検事)の養成が始まりました。それが1877年(明治10年)には東京大学法学部に合併されています。つまり、裁判官と検察官(それに高級官吏)を育てるために国が法学部を設置したのです。1887年(明治20年)の文官試験試補及見習規則により、東京大学(1896年より帝国大学)の法科大学および文科大学を卒業した者は、無試験で高等文官試補(要は役人)になることができたのです。なお、明治初期に日本が法律の分野でお手本にしていたのは、ドイツとフランスです。アメリカは、19世紀には未だ発展途上国でしたから。

 当初、弁護士は代言人と称されていました。その育成を担当したのは、私立の法律学校です。1886年(明治19年)8月25日に制定された私立法律学校監督条規で指定されたのは、

 (1)明治法律学校、

 (2)専修学校

 (3)東京法学校、

 (4)英吉利学校、

 (5)東京専門学校

の5校。それぞれ、現在の(1)明治大学、(2)専修大学、(3)法政大学、(4)中央大学、(5)早稲田大学に当たります。これらの大学の出身者に司法試験の合格者が多いという事情は、こうした沿革が影響しています。

http://www.moj.go.jp/PRESS/031112-1/15-2univ.html

http://www.moj.go.jp/PRESS/031112-2/031112-2.html

 ついでにいうと、帝国大学の卒業生に比べて色々と不利な境遇に置かれたということが影響して、反骨精神というのが校風に染みついているような気がします。明治大学などは、大学のサイトで辛辣なことを言ってます(後掲)。具体的には、1890年の裁判所構成法では、帝国大学法科大学の卒業生に対して司法官の任用の第1次試験が免除されていました。また、1879年(明治12年)の無試験免許代言人規則により、東京大学法学部の卒業者には代言人試験が免除されるという特権が与えられていました(1914年の弁護士法改正まで)。対して私立の学校は、前述の監督条規により、帝国大学の指揮管理下に置かれるという悲哀を味わっています。これは、自由民権運動の弾圧という意味合いもあったようです。1880年代といえば、自由民権運動*1 が活気づいていた時期ですから。

 ざっとまとめてみましたが、これで法学部の位置が少しは見えてくるのではないでしょうか。なんか嫌なものが見え隠れしていますけれどね。なお、この文章の作成に当たっては法史学ないし法制史の資料を多数使用しましたが、主として黒田忠史教授(甲南大学法学部)のレジュメ「法曹養成制度の歴史的諸類型」を用いました。諸外国の制度について、簡潔にまとめられています。

http://www.juri.konan-u.ac.jp/home/kuroda/(黒田忠史研究室)

http://www.u-tokyo.ac.jp/gaiyou/0809.html東京大学の沿革)

http://www.meiji.ac.jp/koho/information/history/(明治法律学校の誕生)


 ちなみにスペインの場合、法学部を卒業すれば弁護士になれるので、とっても簡単。既会員2名の推薦状を添えて弁護士会に登録する、という手続的要件はありますけれど。そのぶん、競争が激しかったり、質が揃っていなかったりするみたいですが。あと、大学を卒業するのが大変だ、とか。

 そんなこともあって、さほど重要でない相手には“Yo soy abogado.”(私は弁護士です)と自己紹介しています(^^;) 正しくは“Master of Law”なのですが、スペインは大学の制度そのものが違っていて修士課程が無いため、説明するのが面倒なのですよ。う、嘘はついてないもんっ。

http://www.nichibenren.or.jp/jp/hp/directory/(世界弁護士会便覧)

*1:憲法を制定し、国会を開設することにより、政府の権限を抑えようとする政治運動。板垣退助や大隈重信が主導した。この動きに対抗し、1889年、伊藤博文ら政府側によって起草された大日本帝国憲法が発布される。

Thursday, 2004/02/12

[] Cha^teau Rouge  Cha^teau Rougeを含むブックマーク

 渡辺淳一シャトウルージュ』(ISBN:4163204202)読了。

【書評】

 駄作。

 性的交渉を拒絶されて1年になる夫は、妻を色事師の手に委ね、夫を見下す妻への復讐を企んだ――。筋書きを要約すると、こんなところだろうか。430頁弱になる書だが、この設定は30頁ばかり読み進めれば明らかになる。

 さて、このような状況にある男女を舞台に登場させると、結論は2つしかない。(1)新たに良好な関係をもたらすか、(2)破滅に至らしめるかのどちらかである。

 選択肢(1)ならばどうだろう。男の視点で語られるこの話において、妻が夫の要求に応えるようになるというのは、あまりにも都合のいい希望でしかない。これがポルノであれば、最も好ましい結論である。女が男にかしづく様が描かれ、性欲にたぎった男の欲望は大いに満たされるからだ(ハーレクインにしても、男女の関係が逆転しているだけで物語構造や目的にさほど違いはない)。

 予想された結末は(2)破局である。その見込みを裏切られるような展開があれば、この小説には意義がある。推理が間違っていることを期待しつつ、エピローグまで読み終えた。そして残念なことに、私は自分の見立てが的中したことを確認したのである。

 渡辺淳一は、『シャトウルージュ』を書き始めてしまった時点で失敗していたのだ。もしレアージュがフランス退廃文学の金字塔と讃えられる小説を著していなければ、本作は画期的であったのかもしれない。だが、本作の舞台作りは『O嬢の物語』そのものではないか。この名作の存在を知らずに本作が書かれたとすれば、無知を恥ずべきである。

 思うに、文学を評価する尺度というものは、今までに無いものを創出したかどうかで測られるべきものだろう。どんなに欲情的にエロティシズムが綴られようとも、既存のものの再配置でしかないなら、それは文学としては無価値である。音声と映像を伴い、より直截的かつ刺激的なアダルトビデオにでも任せておけばよろしい。小説としてやるなら、マルキ=ド=サドを超える意気込みをみせない限りSM文学としての価値はない。

 望まれていたのは、セックスレスという現象に真正面から立ち向かうことである。少なからぬ現実は(3)世間に向けて夫婦を演じ続けているのだと思う。想像するに、このもろく崩れそうな均衡を描写することの方が為しがたい。だが、本作の主人公(夫)は、不自然なようでいて安定した関係を崩してしまった。確たる目的も持たずに。

 いったい渡辺淳一が『シャトウルージュ』で何を書き記したかったのか、皆目見当がつかないのである。本作が、セックスレスに対して真剣な眼差しを持っていないことは断言できる。それを疑問に思うなら、日常的に性交渉を持つ夫婦を主人公に置き換えてみると良い。筋書きに変わりはないはずだ。それは取りも直さず、本作の主題はセックスレスにあったわけではないことを意味する。

 私は、主人公が調教室へ飛び込んでいく(あるいは帰ってきた妻に真実を打ち明ける)勇気を持っていることを、そして心の融和が展開されることを秘かに期待していたのだ。軟弱者を臆病のままにしておくことに、何も難しいことはないのだから。これが妻を主人公にした話であれば、また違ったかもしれないが(ますます『O嬢の物語』に近づいてしまうけれど)。小説から恋の手ほどきを受けたいなら、頬を赤らめ胸ときめかせてコバルト文庫を読む方が、邪(よこしま)なことに気をとられずに済むように思える。

 作者から執筆前に相談を持ちかけられたならば、私はこう伝えたでありましょう。何も貴方が苦労して小説を書くことはありません、みのもんた氏と瀬戸内寂聴女史の連絡先を載せてみてはいかがですか――と。


http://www.counselingservice.jp/lecture/lec21.html(カウンセリングサービス)

http://www.medical-tribune.co.jp/ss/2000-5-25/bn3.htm(医学新聞)

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Wednesday, 2004/02/11

新生銀行

tarjeta de banco  tarjeta de bancoを含むブックマーク

 1月分の奨学金が振り込まれていなくて窮乏。いつもは19日頃に入金があるのだけれど、「諸般の事情により、1月は26日以降になります」という連絡が来ていました。確かに2週間遅れようが「以降」だけれど、あまりにも遅れられると生活費が底を尽きます(泣)

 仕方なく、円建て預金の引き出し。で、前から気になっていた銀行間比較を試してみました。というのも、シティバンクの場合「ユーロを引き出す場合、いちど米ドルに換算してから円預金に再換算するので、適用レートが悪い」という話があるんですよ。そこで、国際キャッシュカードを2枚持っているので、同じ日に同じ銀行から同額(25ユーロ)をおろしてみました。どちらも1回あたりの手数料はかからないので*1、純粋に為替相場での勝負になります。ATMは、スペインのシティバンクを利用。

シティバンク
3,519円(Eur1 = Jpy140.76)
新生銀行
3,461円(Eur1 = Jpy138.44)

結果は、新生銀行の圧勝。しかし、ずいぶんな差ですね。

http://www.citibank.co.jp/basic/b_shikumi/oversea_01.html(Citibank)

http://www.shinseibank.com/atm/riyou_kaigai.html新生銀行

*1:シティバンクには、国外で現地通貨を引き出すため海外両替カード「ワールドキャッシュ」もありますが、こちらは1回の引き出しにつき200円の手数料がかかります。

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Monday, 2004/02/09

[] 菜の花の沖 (6)  菜の花の沖 (6)を含むブックマーク

 司馬遼太郎菜の花の沖』第6巻(ISBN:4163631607)、読了。完結。

 クナシリ(国後)の沖合でリコルド率いるロシア船の強襲を受けた高田屋嘉兵衛。彼は、ロシアへ赴くことを承知する。捕虜としてではなく、両国の和平をはかる仲介者となるために。

 いざ北へ。だが、心づもりはどうあれ、実態は生命の手綱を握られた人質である。しかも氷に閉ざさる冬のカムチャッカで、栄養不良(脚気)が同行した3人の命を奪った。嘉兵衛ですら失楽し、猜疑心に囚われる。

 そして、春。いつ戦禍が起こってもおかしくない張りつめた中で、交渉がはじまった――

【書評】

 感動という言葉を気安く使いたくはありません。しかし、他に適切な表現が見つからない。言葉に不自由し、情報を持たず、国と国との利害に挟まれながら必死にもがく人々の姿を、他にどう表せましょうか。

 嘉兵衛が、自分のことを話し、とくに箱館の友人が僧になったこと*1 について物語ったとき、リコルドは、お前さんはいい友達をもってこの上もない物持だ、といった。嘉兵衛は、「それも二人!」といった。むろんリコルドをふくめたのである。

 「二人も! 何と沢山の友達だろう!」私は思わずつぶやいた。

と、リコルドは書いている。(339頁)

 嘉兵衛は、三平*2 と話をするに及んで、はじめて自分が発したことばのすべてが相手に正確に伝わるという人物にめぐりあえた。片手では拍手できないように、言葉というものは相手との間で成立するものだということが、しみじみとわかった。(347頁)

 この辺りは、視界を歪ませながら読んでいました。この書に出会えた巡り合わせに感謝します。

*1:海産物問屋を営んでいた丸屋治郎左右衛門が、嘉兵衛の遭難を聞いて世をはかなみ、店をたたんで出家したことを指す。

*2:高橋三平。幕府の重臣で、松前副総督。和平交渉の責任者。

i-miyai-miya 2004/02/10 22:17 『菜の花の沖』は、昔NHKで、嘉兵衛役○○(忘れた、目のぐりっとした役者)で、毎回は見なかったですが面白かったです。

yamazakurayamazakura 2004/02/10 23:19 確か竹中直人で一度ドラマ化されています。確かに目はぐりっとしてますw

genesisgenesis 2004/02/11 23:42 キーワード『菜の花の沖』の方にDVDの商品情報を書いてありますので、そちらをご覧になってください。

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Sunday, 2004/02/08

座頭市

[] Zatoichi  Zatoichi を含むブックマーク

 日本映画がスペインでも公開されたので、観てきました。“サトイーチ”です。日本風にいうと、北野武監督の『座頭市』ね。

 う〜ん、悪くはないのだけれど、良くもなかったというのが感想。ストーリー展開における、浪人・服部源之助(浅野忠信)の絡ませ方に難あり。この作品なら、割り切って勧善懲悪の二極対立にしてしまっても文句は出なかったように思う。その妻・おしの(夏川結衣)の最期に至っては、かなり疑問。あと、女性はハラキリするものでしたっけ? この夫婦の存在が、後味の悪さの原因。

 『勝新の座頭市』を崩すために持ち出された金髪だとか、朱塗りの杖なんかは、まったく違和感なし。コミカルに行くという路線は当たりでしょう。どうせなら、腹を抱えて笑い転げるくらいのことをやってほしかったなぁ。

 技法の点では、カメラワークに野暮ったい感じを受けました。私がわかっていないだけ?

 楽しみにしていたのは、鈴木慶一氏の音楽。ムーンライダーズの、で分かる人にはそもそも説明不要か…… 『わかつきめぐみの宝船ワールド』*1 で、かの迷曲「♪干しワカメ無いですか〜」を作った人、というのも古いし…… ん〜と、最近なら「♪きいてアロエリ〜ナ」*2 の作曲者さんです。ところが期待していたよりも音楽が目立たず、気を付けていないと聞き逃してしまう。言い方を変えると、劇伴として溶け込んでいるということなのですけれど。確かに、この作品に久石譲は合わない。

http://www.office-kitano.co.jp/zatoichi/(オフィス北野)

http://www.siesta.co.jp/aozora/archives/000450.html(aozora blog)

http://www.beats21.com/ar/A03100802.html(Beats21)

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Saturday, 2004/02/07

escuela profesional  escuela profesionalを含むブックマーク

 厚生労働省発表による「若年者の就職能力に関する実態調査」

http://www.mhlw.go.jp/houdou/2004/01/h0129-3.html

 事務系・営業系職種において、(1)コミュニケーション能力、(2)職業人意識、(3)基礎学力、(4)資格取得、(5)ビジネスマナーの修得により、採用可能性は60%を超える

 その5つが身に付けられるなら苦労しませんっ――と、思わずツッコミを入れたくなるのですが、これは要約が悪いですね。【重視される能力とその習熟実感】を聞き取り調査したものなのです。つまり、A高校の生徒とB学院の生徒が応募してきたら、会社としてはどちらを採用したいですか?というアンケート。高校(特に商業科とか)でのカリキュラム編成を考えるための資料であると捉えてください。

 この調査、「職業能力開発局」の発表です。失業対策として雇用を創出すべきだろう!という意見は、「職業安定局」の管轄に対するものなので的外れ。ずれた感じがするのは、同じ厚生労働省でも縦割りというものがあるためです。って、言い訳にならないんですが。

 ただ、これを大卒学生の就職支援として見ると、果たしてそれは大学がやるべきことなのかという疑問が出てきます。私見では、もっと専門学校を重視して欲しいと思う。筆者、恵庭市にある専門学校で非常勤講師をしていました。もともとは公務員を目指す人のための地理歴史や政治経済が担当だったのですが、そのうち就職講座としてSPI対策とか作文の書き方とかも受け持つようになりまして。私は就職活動など1度もしたことないのですが、逆に自分自身の経験を持たないぶん、会社の求めている能力が何なのかを冷静に観察でき、いい経験になりました。そして、《普通科》と《大学》に寄りかかり過ぎている日本の現状に危惧を覚えたのです。

 もし、あなたが高校/大学を出たのに就職できないという不満を抱いているなら、いちど専門学校の門を叩いてみてほしい。

http://www.gakkou.net/sen/(日本の専門学校)

http://www.school-jp.net/senmon/edit/edit02.html(専門学校Q&A)

http://www.hht.ac.jp/

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Friday, 2004/02/06

[] Ultimo Samurai  Ultimo Samuraiを含むブックマーク

先日*1 話題にした『ラストサムライ』のことで。検索履歴を見ると、「あの勝元なる人物は、実在していたのか? 本当に参議の職にあって、元老院に列席していたのか?」という興味を持たれた方が多数いらっしゃるようです。結論だけ伝えるならば、あれはフィクションです。ただ、せっかくなので明治新政府が発足した直後から征韓論のあたりまでの時期に参議を勤めた人物の一覧を作ってみました。かなり間違いや脱落があると思います。不備に気付かれましたら、コメント欄により正確な情報を書き添えていただければ幸いです。


概略

  • 1869年(明治2年) 「参議」の職が太政官に設置される
  • 1875年(明治8年) 元老院が設置される
  • 1885年(明治18年) 内閣制度の発足により参議を廃止
  • 1890年(明治23年) 帝国議会の解説に伴い元老院が廃止される


人物

  • 前原一誠(1869年7月〜1870年9月)
  • 大久保利通(1869年7月〜1871年6月、1873年10月〜1878年5月に暗殺さる)
  • 広沢真臣(1869年7月〜1871年1月に暗殺さる)
  • 副島種臣(1869年7月〜1873年10月の政変)
  • 木戸孝允(=桂小五郎)(1870年6月〜1874年5月、1875年3月〜1876年3月)
  • 西郷隆盛(1871年6月〜1873年10月の政変)
  • 大隈重信(1871年9月〜1881年10月の政変)
  • 板垣退助(1871年7月〜1873年10月の政変、1875年3月〜)
  • 江藤新平(1873年4月〜1873年10月の政変)
  • 後藤象二郎(1873年4月〜1873年10月の政変)
  • 大木喬任(1873年4月〜)
  • 伊藤博文(1873年10月〜)
  • 勝海舟(1873年10月〜)
  • 島津久光(1873年〜)
  • 寺島宗則(1873年〜)
  • 伊地知正治(1874年〜)
  • 黒田清隆(1874年8月〜)
  • 山県有朋(1874年8月〜)


参考資料(抄)

http://www.bekkoame.ne.jp/ro/gi11496/(日本人物総覧)

http://www2.plala.or.jp/shyall/nenpyo/meiji.htm(幕末年表)

http://www.netlaputa.ne.jp/~kitsch/isin/1868-77.htm(幕末維新年表)

http://www.tabiken.com/(歴史事典)

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Thursday, 2004/02/05

[] 菜の花の沖 (5)  菜の花の沖 (5)を含むブックマーク

 司馬遼太郎菜の花の沖』第5巻(ISBN:416710556X)、読了。

【書評】

 書名を「ロシア史概説」に変えた方がいいんじゃないかなぁ。高田屋嘉兵衛、ほとんど出てきません(笑) 考えてみると、日本人の常識(=中学校で習う歴史)にロシアはほとんど登場しません。ロシア革命に至る説明として「農奴」が出てくる程度。かえすがえすも、司馬遼太郎が教科書を著さなかったことが悔やまれます。もし日本史なり世界史の教科書を書いていたならば、歴史を楽しく学べたでありましょうに。ロシア史を知るために、これほどの好著は多くないでしょう。

 かなり勉強になったので、要点をまとめておくことにします。

  • ロシアに統一国家が成立したのはかなり遅く、9世紀にキエフ公国が成立したのが最初である。その、遅れたロシアをヨーロッパ化したのは、ピョートル大帝(在位1682年-1725年)。なんと名前を変えてアムステルダムの造船所にもぐりこみ、自ら船造りを学んだ。(53頁以下)
  • ピョートルは、まずポーランドに学んだ。ポーランド人の主体はロシアと同じスラヴ人である。しかし、宗教が決定的に違っていた。ロシアはギリシア正教(ロシア正教)を国教としていたのに対し、ポーランドのそれはカトリックであった。即ち、ポーランドはカトリックの世界でおこる科学、芸術、社会思想をも共有していたということである。ロシアが地理的にはヨーロッパにありながら異なった文化圏にあるのは、カトリックが持つ情報伝播力が東方教会によって遮られていたことによる。(101-02頁)
  • コサックとは「離れ者」の意。地主貴族の重税に耐えかねて逃亡した者達が、集落を組織したもの。懐柔策により皇帝(ツァーリ)に対して忠誠を誓うようになった。コサックはシベリアをわずか60年で東進し、原住民を武力で脅し、黒テンの毛皮を税として巻き上げた。(61頁以下)
  • 皇帝は農民から収奪した金で、西欧の知識人を雇った。その例として、デンマーク生まれの探検家ベーリング(1681年-1741年)がいる。(82頁)
  • ポルタヴァの戦い(1709年)によりロシアはスウェーデンを敗った。この際に得た大量のスウェーデン人捕虜(技術者)がシベリアに流され、オホーツク沿岸の文化を向上させることとなった。(79頁以下)
  • 帝国の基礎が確立するのは、女帝エカテリーナII世(在位1762年-1796年)の代。この時期、シベリアで鉱物調査をしていた人物に、キリル=ラクスマンがいる。フィンランド人なのかスウェーデン人なのかは定かではないが、ともかく非ロシア人。なお「ロシア人」であるか否かは、ギリシア正教の洗礼を受けているかどうかで判断するものである。彼は漂着した光太夫の面倒を私財で見てやった。その次男アダム=ラクスマンが光太夫の送還という名目で日本を訪れることになるが(1792年)、弱冠26歳であった。というのも仰々しい使節を仕立てると、失敗したときに恥をかくためだとか。(95-129頁)
  • この時期も、ロシアは北太平洋で毛皮獣を捕っていた。そのロシアにとっての問題は、食料。シベリアを陸路で輸送すると小麦粉の値段は16倍に跳ね上がる。日本から食料調達することを望んでいたのであり、侵略は考えていなかった。もっとも、それを日本が知るよしはなかった。(139頁以下)
  • アレクサンドルI世の代に入った1803年、再び日本へ使節を送ることにした。海軍大尉にして実務家であったクルーゼンシュタインの提案によるものである。しかしながらそこに、毛皮財閥「露米会社」の利益代表であるレザノフが乗っかった。思惑を異にする2人の間には、不和が生じた。そして、江戸幕府がロシアとの交渉を拒絶した。何しろ、交易をしたいのはロシアの一方的な利益のためであり、日本にしてみれば接近してくるロシアに恐怖しか持たなかった。なお、この返事を持っていった人物は遠山金四郎影晋で、町奉行で有名なあの人(遠山金四郎影元)の父である。(148-199頁)
  • この時期、長崎オランダ商館長を努めていたのは、ドゥーフ(Hendrick Doeff)という人物である。彼は19年の長きに渡り日本に滞在した。しかしながらその任期中、オランダそのものが消滅するという事件があった。1810年、ナポレオンの侵攻を受けてフランスに合併されたのである。それからの3年間、地上には出島にだけオランダの国旗がひるがえっていた。(179-181頁)
  • レザノフは、カムチャッカでクルーゼンシュタインと別れ、サハリンへ向かった。この地を領有して基地とし、日露貿易をしようという思いつきからである。そしてこの軽率な人物は、思いつきを即座に実行に移した。1807年の4月、レザノフに雇われた海軍士官が率いる武装船は、エトロフ(択捉)島のナイホ(内保)を襲撃し、掠奪行為をはたらいた(フヴォストフ事件)。(263頁以下)
  • ロシアは北太平洋の軍事力を補強するため、表向きの理由を「学術調査」ということにして軍艦をオホーツクに回航させた。艦長は、ゴローニン(Golovnin)である。1811年7月、クナシリ(国後)島で測量をしていた彼は、米/魚/野菜を調達すべく交渉のために上陸したところを日本の仕掛けたワナによって捕縛された。加害者(ロシア)にとってみればフヴォストフ事件は些細なことであり、被害者(日本)が外敵に対し緊張状態に陥っていたとは考えが及ばなかったのである。日本としては、背信的な手段を用いてで先の事件の真相を問いただしたかったのである。(314頁以下)
  • その連鎖に絡め取られたのが高田屋嘉兵衛その人であった。同年8月、囚われたゴローニンら7名の安否を知る人物を捜していたリコルド元副艦長は、クナシリに立ち寄ろうとした嘉兵衛を港の沖合で襲撃し、彼を連れて立ち去ったのである。(これは第6巻冒頭のお話)。

http://www.tabiken.com/history/doc/F/F018C100.HTM(旅研:ギリシア正教)

http://www.tabiken.com/history/doc/G/G327C100.HTM(旅研:ゴローニン)

i-miyai-miya 2004/02/06 05:19 >これほどの好著は多くないでしょう。→ ロシアについて -北方の原形もいいと思います。

genesisgenesis 2004/02/06 21:25 id:i-miya さん、こんにちは。ご紹介いただいたのは、ISBN:4167105586 ですね。できることならすぐに読んでみたいところなのですが、スペインで手に入らないのが残念です。

i-miyai-miya 2004/02/07 21:49 そうか、スペインだったのですね。私は古本屋で手軽に買いました。

genesisgenesis 2004/02/07 22:39 最近、海外生活をしているそぶりが無くなってきていますので、気が付きにくいことでしょう(笑)

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Wednesday, 2004/02/04

フローライト

[] Tucson Show  Tucson Showを含むブックマーク

 アメリカ合衆国のツーソン(アリゾナ州)で、世界最大のミネラル・ショーが開催中とのこと。

http://d.hatena.ne.jp/goito-mineral/20040201id:goito-mineral

 調べてみると、1月29日から2月16日までの期間に複数の団体が1つの町に集結し、全体として巨大な鉱物即売会となっているらしい。

http://www.tucsonshow.com/

http://www.tucsonshowguide.com/tsg/

 日本から買い付けに出かけた人の記事を探してみると、出てくる出てくる。しかも、思わずヨダレがでるような品の写真付き。あまり見続けていると、勢いで買ってしまいそう……。私、大学では法律学を修めましたけれど、地質学に進もうと考えていたこともあったのですよ。鉱石集めは趣味として付き合えると思ってやめました。労働法は趣味にならないですからね〜(``;

http://www.kcjones.co.jp/events/tucson_top.html

http://www.hori.co.jp/hori/other2/tucson04.htm

http://business2.plala.or.jp/jaipur/tu-son.htm

 右上に添えた写真は、フローライト(fluorite、蛍石)です。手当りしだいに収集するわけにいかないので「透明、光る、緑色」に的を絞っているのですが、その中でもお気に入りの1つです。

Tuesday, 2004/02/03

リトルウィッチ

[] Quartett!  Quartett!を含むブックマーク

 リトルウイッチ(Littlewitch)の新作“Quartett!”は4月23日に発売予定。

 で、困ってます。

 資料収集のため、こんどの4月に2週間ほど一時帰国しようと思っているのですよ。そのため旅行代理店に航空券の手配を発注しているところでして。計画では、誕生日(注:お釈迦様と同じ)を札幌で過ごし、4月22日に日本を出るつもりだったのです。これを数日、後ろにずらそうかな――と。

 大槍葦人さんの美しい絵がいち早く楽しめるなら、誕生日に(わびしく)機内食でもいいと思う(笑)

http://www.littlewitch.co.jp/

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Monday, 2004/02/02

camara digital  camara digitalを含むブックマーク

 フナックへいって、デジタルカメラの実物を見てきました。スペインの電子製品事情ですが、日本で売られているものと大差ないです。違うところといえば、サムスン(SAMSUNG)やLGといった韓国の企業が幅を利かせているところでしょうか。お値段に見合った質を備えているので、家電では強い。ヒュンダイ(HYUNDAI)の自動車も良く見かけますね。日本企業にはブランド・イメージがあるものの、かなり出遅れている感が有ります。

 さて、普及価格帯のカメラが幾らで買えるかを控えてきました。後ろの〔 〕内は、日本の大手家電量販店Yのサイトで提示されている価格です(ポイント還元は考慮せず)。

Nikon Coolpix 3700
399ユーロ 〔¥39,800〕
Pentax Optio S
399ユーロ 〔¥39,800〕
Sony Cybershot DSC-P8
349ユーロ 〔¥34,800〕
Canon IXUS II digital
389ユーロ 〔日本ではIXY、¥39,800〕
Casio Exilim EX-Z4
499ユーロ 〔¥49,800〕

 偶然でしょうけれど、数字が似通ってますね〜 最近は円安なので、1ユーロは 131.31円です。

 Exilim の欠点だと思っている「シャッターボタンを半押ししたことが指先に伝わってこない」というのは、未だ改善されていないですね。光学メーカーでは、当たり前の仕様なのですが。

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Sunday, 2004/02/01

[] 菜の花の沖 (4)  菜の花の沖 (4)を含むブックマーク

 司馬遼太郎菜の花の沖』第4巻(ISBN:4167105551)、読了。

【書評】

 前半は、高田屋嘉兵衛がエトロフ(択捉島)へと渡る航路を開拓するあたりで足踏み。当時のロシアがとっていた外交政策に力が注がれています。1874年にロシアとの交渉にあたった榎本武揚の略歴(150-152頁)と、領有をめぐるロシア(=ヨーロッパ=ローマ法)と日本(=中華=冊封)との論理の違い(160頁)に関するくだりが興味深かった程度。先住民族がいる土地の領有問題については、星野道夫が『ノーザンライツ』(ISBN:4101295220)所収の「アラスカはいったい誰のもの」でも触れているが、米国では1980年まで未解決だったのである。決して昔話ではない。

 後半、嘉兵衛はエトロフに住む蝦夷人*1 との関わりを深めていく。幕府の側の思惑には、クナシリ/エトロフの蝦夷人たちの暮らしを豊かにし、ロシアになびかぬようにする(236頁)ことがあったとか。鎖国をしているということは条約を結ぶことは出来ないということであり、外交政策によって乗り切る道はない。加えて、当時の日本はヨーロッパ的な法制度に従っていない。しかし、隣接するウルップ島までロシアの勢力が及んでおり、差し迫った状況下にある。

 蝦夷地を委ねられた幕臣たちの動きが興味深い。というのも、江戸中期の武士は事なかれ主義。急変する事態に対処できる人材が少なかったであろう中で、抜てきされた人物が光っていた。

*1:いわゆるアイヌ

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