Hatena::ブログ(Diary)

博物士

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Friday, 2004/12/31

http://2style.jp/rmania/

[] When they cry...  When they cry...を含むブックマーク

 夏頃から話題に上っていた竜騎士07原作の同人サウンドノベル、『ひぐらしのなく頃に』に触れてみた。

 未だ解答に示されていないミステリーであるということが、最大の関心事であろう。出題があるのに解答が示されていない――という状況は、多分に落ち着かない。フェルマーの最終定理を初めて見せられた時のように。その溝を埋めたくなるという心理を利用した、面白い趣向である。これから時間(おそらく2年)をかけて作者からの解答が示されていくということだから、今この時期が旬。

 出題編は雛見沢村に暮らす4人のヒロインを軸とし、(1)竜宮レナ鬼隠し編)、(2)園崎魅音綿流し編)、(3)北条沙都子祟殺し編)、(4)古手梨花暇潰し編)の順に展開される。舞台設定を同じにしながら、少しずつ事象を重ねていく手際の良さは見事だった。もっとも、これにより、かえって混乱させられるのだが。分岐した別々の事件が、あたかも同一の事件かのように思わせられるわけで、ある分岐では事件だったものが、別な分岐では事故だったりするわけだし。散りばめられた謎そのものがトラップであり、推理すべき《真相》とは何であるのかを探る方が難しい。

 細かい疑問点は、主観と客観の交錯、人物の入れ替わり、主観者に対しては知らされていなかった情報――等で説明可能だから、あまり気にしていない。このあたりは、数多ある可能性の中から作者が選び出したものを解答としてくれて構わない。大がかりに仕掛けられた、科学的に説明しがたい4つの謎*1 について、どのような説明がなされるのかを楽しみに待とう。作者がすべてに答えないという『エヴァ』のような終わり方をしたとしても、この作品なら面白いと思うけれど。

http://07th-expansion.net/07th Expansion

http://hpcgi3.nifty.com/azi/higurasi/(みんなのレナレナ)

http://2style.jp/rmania/(バナー)

*1:《ひぐらし》状態、富竹の死因、梨花の予言、大災害――かな? かな?

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Wednesday, 2004/12/29

[] MORI Hiroshi  MORI Hiroshiを含むブックマーク

 およそ1か月かけて、森博嗣のVシリーズ(+同時期短編集)14冊を読了。

 いや、もう、最近は寒くってねぇ。毛布にくるまった姿勢でも出来ることといったら読書だし……

 短編集『地球儀のスライス』。小鳥遊練無(たかなしねりな)の顔見せ。

 第1作『黒猫の三角』。新シリーズ主役陣の登場。だからこそできるトリック。おかしい、「登場人物の数が足りない」なぁ――と思いつつ読んでいて、やられた。

 第2作『人形式モナリザ』。“実質的な”シリーズの始動。

 第3作『月は幽咽のデバイス』。わがままな動機。

 第4作『夢・出逢い・魔性』。舞台が東京のテレビ局であることですら仕掛けだったとは。

 短編集『今夜はパラシュート博物館へ』。練無、西之園萌絵と遭遇。

 シリーズ外作品『そして二人だけになった』。絡み合う二人。

 第5作『魔剣天翔』。アクロバット・ショーの最中に、曲芸機の中で行われた殺人。サブヒロイン・各務亜樹良の登場。

 第6作『恋恋蓮歩の演習』。豪華旅客船から「消えた」男と絵画。

 第7作『六人の超音波科学者』。研究所で起こった、研究所でしか起こりえない殺人。

 第8作『捩れ屋敷の利鈍』。萌絵と探偵・保呂草潤平の遭遇。

 第9作『朽ちる散る落ちる』。『六人の〜』の続編。瀬在丸紅子の展開する正義論(新書版233頁)が秀逸。

 第10作『赤緑黒白』。鮮やかに塗られた死体。何故に四色なのか。そして物語は、原点へと帰っていく。

 短編集『虚空の逆マトリクス』。積み重なる追慕。

 総じて面白かった。が、無理をしているという印象を拭い去れない。ホームズ役を紅子と保呂草に、ワトソン役を練無と香具山紫子に、そして警部役は林と祖父江七夏に――と、複数配置にしたことが、1人ずつの魅力を減じさせてしまったように思えてならない。

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Monday, 2004/12/27

Monitor  Monitorを含むブックマーク

 3年の付き合いになるノートパソコン(Vaio SR)だが、画面が800×600であることに不便を感じていた。加えて、春先にHDDレコーダー(NEC AX300)を購入したものの、受像器を持っていないので再生できない。

 で、15インチの液晶モニター(153VB)とアップスキャンコンバータ*1VABOX2)の組み合わせで、1台3役を担わせることにした。あ、3つめは、買ったはいいものの1時間しか立ち上げていないDreamcastのため。

 うん、なかなかいい感じ。画質も悪くない。作業空間が広すぎてカーソルが行方不明になるけれど(笑)

*1:パソコン用のモニターに、テレビ画面を写すための装置。

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Thursday, 2004/12/23

[] Kosuge Yutaro  Kosuge Yutaroを含むブックマーク

 小菅勇太郎氏が、去る19日に逝去されました。惜しい人を亡くしました。残念でなりません。

http://www33.ocn.ne.jp/~watermelon/

tanizakuratanizakura 2004/12/23 14:07 残念です。体調を崩していることは以前から知っていたのですが。

KTFMKTFM 2005/01/01 04:19 同感です。氏の暖かい作品は私も好きだっただけに残念でなりません。

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Wednesday, 2004/12/22

[] パラサイト×2  パラサイト×2を含むブックマーク

 山田昌弘『パラサイト・シングルの時代?』(1999年、ちくま新書)、同『パラサイト社会のゆくえ?』(2004年、ちくま新書)読了。

 著者は、「パラサイトシングル」という用語を生成した社会学者。どうも、この人がパラサイト・バッシングの元凶という気がする。というのも、かなり偏向的な視点で捉えており、冷静な分析がなされていない。『〜時代』の方での「平成不況の原因は、親元に寄生(パラサイト)して消費財を購入しない若者の増加が背景にある」といった論調は、あまりにひどい。伝統的な家庭電気製品が売れない理由の説明にはなっても、貯蓄に振り向けられる額が増加していないならば経済の循環を停滞させたわけではないのだから。

 『〜ゆくえ』では、《パラサイト・シングル》のイメージを、前著での「豊かな消費生活を楽しむ若者」から、「自立したくても出来ない不良債権」へと変更している。まえがきで「社会学はナマモノだから」ということを述べているけれど、これほどの転換を社会学という学問のせいにするのは不適切。もともとの見解が、現象の一部しか捉えていなかったというだけのことだろう。

 参照しなければならない図書ではある。しかし、依拠はできない。

パラサイト・シングルの時代 (ちくま新書) パラサイト社会のゆくえ (ちくま新書)

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Tuesday, 2004/12/14

[] The place promised in our early days  The place promised in our early daysを含むブックマーク

 札幌のミニシアター「シアターキノ」で新海誠監督の新作『雲のむこう、約束の場所』を観てきた。

 幕が上がったところで、気づかれないように内心ため息をつく。

 「どうして、こんな作品に仕上がっちゃったのかなぁ……」

 端的に言って、物語としては破綻した作品。前作で評価された対象である「企画から製作までをすべて1人がこなした」という部分が、逆に負の作用をしてしまっている。分断された《雲の向こう》にそびえ立つ塔というイメージから物語を組み立てていったのだろうけれど、それがヒロインに関与するのは何故なのか? とか*1、半径20kmの異相空間は地上だけではなく上空にも及んでいるんじゃないの? とか*2、べつにわざわざ飛行機を自作しなくても移動できるんじゃないの? とか*3、疑問が次々に出てくる。

 断片的な要素を積み重ねて寂寥感を駆り立てるという手法は『ほしのこえ』と同一。こちらでも、なぜ少女が戦闘に出向くの? といったところで疑問があったのだけれど、そういった考証の甘さが今回は全面に出てきてしまっている。架空と現実の混成に失敗しているんだよなぁ。つまり、スパイスとしてほんのちょっぴり加えるべきフィクションの分量が多すぎる。この作品を生かすためなら、現実への歩み寄りを放棄し、世界の謎は謎のままとして触れずにいたとしても悪くなかったように思う。

 映像表現としては、すごくいい。気品がある。でも、物語を練り上げるという能力が、新海誠には決定的に欠けている。これを小説化しても、ちっとも面白くない。もし本作を30分間くらいに切りつめ、セリフ(特に地の文)を取り払ったら、優れたビデオ・クリップになるだろう。たぶん『ヨコハマ買い出し紀行』のように、世界観は所与のものとして扱われ、たおやかな時間と光を心ゆくまで楽しめる作品になると思う。映像作家としてなら、新海誠は一流の人材だ。彼に次回も《物語》のある映画を作らせるなら、アイデアを補正(ブレイン・ストーミング)して高めてくれる演出者(プロデューサー)が必要だろう。

 とにかく、惜しい。

http://www.kumonomukou.com/

http://www2.odn.ne.jp/~ccs50140/新海誠

http://theaterkino.net/シアターキノ

*1:理論を組み立てた人物と血縁関係にあることが関わってくる問題だとは思えない。

*2:地上は荒廃しているのに、接近しても安全なのか。

*3:移動手段としては危険であるし、費用対効果が釣り合わないだろう。

KusanagiMikanKusanagiMikan 2004/12/14 23:45 厳しい評価ですね。自分は新海誠は映像作家と思っているので、この作品も結構評価していたのですが。(最初からストーリーは捨てていたとも言う^^;)

genesisgenesis 2004/12/15 00:05 私は、作品を《物語》に還元して考えますからね。その点はダメだとしっかり批判しておかないと、向上はないと思うのです。このまま同じ路線をたどっていかれたら、新海誠という人の価値そのものが滅失してしまいかねないし。苦手なところは他者の力を借りるという「能力」を身につけてもらいたいところなのです。

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Friday, 2004/12/10

[] list::cartoonist  list::cartoonistを含むブックマーク

 ここ3週間ほど、暇を見つけて作業していた【リスト::漫画家】が出来上がりました。キーワードの大カテゴリーにもなっている分野でありながら、作者名の体系付けが用意されていないという雑然とした状態になっていましたから……。

 こういった基層レヴェルの構造(いわゆるメタなキーワード)は、提案しただけで普及につながることは(まず)ありませんし、他者の自発的な協力も期待出来ませんので、既存の項目に対しての敷設を行うところまでは提案者の責務として進めておきました。以前に同種のものを手がけた際に受けた指摘は、今回の活動に反映させています。これが受容されるかどうか―― あとは、神の見えざる手に委ねます。

追記
文法的におかしなもの(日本語の規則に反していたりHTMLの作法に従っていない)や、著作権法に抵触するもの(不適切な引用)が散見されましたので、最少限の修正をしておきました。今後、有識者の皆様方において手直しが加えられていくことを望みます。

tanizakuratanizakura 2004/12/15 01:52 お疲れ様でした。
いや、すごい人数ですね。>漫画家

genesisgenesis 2004/12/15 21:41 当初の見積もりより、大幅に登録数が多かったです……

tanizakuratanizakura 2004/12/16 00:48 うーん、僕も4人登録したはずだから、4人分仕事を増やしてしまったんですね。(^^;

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Wednesday, 2004/12/08

教養としての名画

[] 「モナ・リザ」の微笑はなぜ神秘的に見えるのか  「モナ・リザ」の微笑はなぜ神秘的に見えるのかを含むブックマーク

 岡部昌幸『教養としての名画』(ISBN:4413041011)読了。

 最近、書名に《教養》という文字列を含むものが増えているような気がする。大学教育における教養部は、1990年代に耐用年数が尽きて解体された。それが反転して、今度は《教養》が価値のあるものとして映る時代になったのだろうか――。

 本書は、西洋美術史上で燦然と輝く画家の生い立ちを語り、それぞれの代表作1枚について読み解きとしていく。この手の粗悪なものにありがちなオカルト風の「謎解き」ではなく、対象物に込められた寓意を語るという構成なので安心して読める。文章も平易。

 ただ、要は「名場面集」であるため、それに伴う限界がある。本書でいう《教養》とは、広く浅くの言い換えなので、かなり物足りない。しかも添えられた絵画はモノクロでしかないものも多く、口絵カラーにしても補助線が描き込んであって、到底鑑賞に耐えられる代物ではない。

 手堅くまとめられているけれども、本づくりにかける熱意は感じられませんでした。

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Wednesday, 2004/12/01

物語消滅論

[] キャラクター化する「私」、イデオロギー化する「物語」  キャラクター化する「私」、イデオロギー化する「物語」を含むブックマーク

 大塚英志物語消滅論』(ISBN:4047041793)読了。三部構成だけれど、第3章は各論ないし応用編。主たる部分は、副題にもある《物語》を扱う第1章と、近代の登場が生んだ《私》の位置づけを論じている第2章。

 第1章では、工業化されうる《物語》の制作において、「作者」はブルーカラー労働者であると説く。すなわち、セオリー(手順)さえ踏めば自動的に物語を生成できるようになった時代では、作者は「アプリケーション」に過ぎないというのだ。このあたりの着眼点が、原作者が本業であると自称する大塚ならでは。

 ここで大塚が述べている「誰でも作者になれる」ということについては、自覚的に行われた実例を挙げることができる。一昔前に話題となった同人誌で、『詩織』というもの。あいざわひろし氏によって漫画化されている*1。初代ときめきメモリアルのエロパロなのだが、原作者の岩崎啓眞(いわさきひろまさ)氏は、1994年に出版された第1巻のあとがきで制作手法について説明している。それによると、フランス書院文庫130冊をデータベースに投入し、パターンの出現頻度で並べ替えを行い、機械的に作り出したのだという。この話を読んだ時には衝撃を受けたのだけれど、それが10年経ってようやく理論化されたということか。

 第2章では、まず明治後期の文壇にさかのぼり、田山花袋『蒲団』や夏目漱石夢十夜』を素材にして、《私》という概念の登場について考察を巡らす。《私》とは演じるキャラクターの1つであり、近時多用される「属性」という見方で把握されるものだという。近代に入って《私》という概念が登場して初めて多重人格が存在しえた、といった指摘は面白い。昨今の「自分探し」という現象も、《私》の属性を決めるという行為の持つ意味との関係で考察できそうだ。

 例として挙げられている作品についての注釈が少ないので、若干の共有知識を要求されるところが難点。キャッチフレーズの付け方も、インパクトが弱い(物語のイデオロギー化といってもねぇ)。だが、内容は平明で、理解に苦しむようなところは無い。随所で東浩紀氏に対する皮肉が(やんわりと)出てくるのだが、一世代上の余裕を感じさせる。

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